【Side Story-5】
「麻津度 彩依、僕は貴方にどうしても伝えねばならない事があります…」
「紫織…何を…」
月明かりに浮かぶ色が失せた瞳を見た瞬間、彩依は言葉を継げられなかった。
「ねぇ、覚えてる?」
「ああ、オレ達が初めて出逢った場所だ」
ニコ…
あの日、自由奔放な母さんに女の子の格好好をさせられるのが嫌で逃げ出した僕はこの場所で一人泣いていた。
転んで膝を擦りむき、痛くて、不安で、淋しくて…。
「君、どうしたの?」
そんな時、僕の前に現れたのが彩依だった。
「これでヨシ!」
ショートパンツにシンプルなTシャツ、全身絆創膏だらけの如何にもヤンチャそうなその子はペットボトルの水で傷口を洗うとウエストポーチから絆創膏を1枚取り出しペタンと貼ってくれた。
「エグッ…エグッ…あ、ありがとう…」
「ったく、いつまでも泣いてるなよ。可愛いい顔が台なしじゃないか」
「か…可愛い?」
「ああ、この天才科学者(予定)のボクが保証してやるよ」
「でも…」
「ボクを信じろ、お嫁さんにしたいくらいだからな」
知らない子から可愛いと言われて複雑な気分だった。
「お嫁さん…?それって、好きって事?」
「ああ!」
間髪入れない気持ちいいくらいの即答。まだ恋愛感情なんて無かったけど、この子と仲良くなりたいと思ったのは確かだった。
「でも…僕、男の子だよ?」
一瞬キョトンてしたけど、ニッて笑うと腰に手を宛て、胸を張ってこう言った。
「ハハハ、だったら何の問題も無い。ボクは女だからな!」
「エッ…エエーッ!?」
こんな素っ頓狂な出逢いだったけど、僕達は毎日日が暮れるまでこの場所で過ごしていた。
「送ってくれて有難う」
その日、何故か彩依は家に帰りたがらなかった。僕の家の前までついて来て、後から思えば少し不自然だった。
「フン、結婚前の嫁を送り届けるのは当然だ」
この頃にはもう僕の事を嫁と言い始めていた。
「お帰りなさい紫織ちゃん。あら~、ひょっとして麻津度クン家の彩依ちゃん?」
驚いた事に彩依の両親と母さんは知り合いだったらしい。
「ええ、彩依ちゃんの事は任せて~」
幼いながらも彩依ん家に何かあったんだと感じとった僕は出来るだけ明るく接しようとした。
「二人とも~ご飯よ~」
テーブルには山盛りサラダとオムライス、ご丁寧に旗まで立ててある。
「いただきま~す」
「・・・」
俯いたまま何も喋らない彩依に僕が出来る事は少ない。
「・・・ッ!彩依ちゃん、あ~ん」
一口分をスプーンで掬い、彩依の口許に持っていく。
「・・・」
「ほら、美味しいよ。あ~ん」
「あらあら~、仲が良いわね~」
「僕は彩依ちゃんのお嫁さんだから。ね~」
多分あまり深くは考えて無くて口にした言葉。それは少しだけ彩依の心に届いたようだ。ゆっくりと振り向き、少しだけ口を開けた。
「美味しい?」
コク…
「そう、じゃあハイ!」
二口、三口と彩依の口に運ぶと自分のスプーンを手に取り、口一杯に頬張り始めた。
「あ~あ、口の周りベタベタじゃないか」
ウェットティッシュでケチャップ汚れた彩依の口許を拭う。
「あらら、お熱いわね~」
夕食も済み、一息ついた時、母さんがトンでも無い事を言い出した。
「さぁ、二人とも~お風呂に入っちゃいなさ~い」
「ハ~イ」
「んしょっと…」
シャツとズボンを脱ぎ、パンツに手を掛けた時…。
「フム、紫織はボクサーパンツ派か…」
「…エッ?」
そこには裸の彩依ちゃんが立っていた。
「ちょ…ちょ…」
「どうした?早く入らないと風邪をひくぞ」
カッコ~ン…
「フゥ~、気持ちいいな」
な…何で彩依ちゃんまで一緒に入ってるんだ?
「紫織のママが二人ともと言ったから…」
だからって…だからって…。
「そうだ、身体洗いっこしよう。出ろ、紫織」
カッコ~ン…
「どうした?紫織、身体を丸くして…洗いにくいだろ」
ど…どうしよう、タオルも持って来て無いし…。出たくても彩依ちゃんが居るし…。
「ほら、次は前だ。コッチを向け」
「い…いいよ、自分で洗うから」
「遠慮するな、ン?どうした、何を隠している?」
隠す、隠すに決まってるじゃないか!っていうか、彩依ちゃんも隠してよーッ!!
「…?紫織、それ何だ?足の間に付いてるの。ボクには無いぞ?」
「男なんだから当たり前じゃないかー。ていうか、彩依ちゃん、拡げちゃダメーッ!!」
驚いた事に彩依ちゃんは男女の違いも知らなかった。お父さんは居るけど一度も会った事が無いらしい。
「そうか、男の子には付いてるのか…。じゃあボクはいつ生えてくるんだ?」
彩依ちゃんは初めて見るオチ○チ○に興味津々で、ずっと突いたり引っ張ったりして、後で母さんに注意されていた。
「あらあら~、本当に仲良しさんね~」
その日遊び疲れた僕達は同じベッドで手を握り合って眠っていた…。
・・・・
―再び本宮
「本当に懐かしいな…」
あの日から僕達はずっと近くに居た。思春期を迎え、他の男子にからかわれるのが恥ずかしくて距離を置こうとした時も彩依は自分に素直なまま真っ直ぐ接していた。二人の性別が変わった現在も…。
トス…
「…紫…織…?」
彩依の胸に顔を埋め、ジャケットを握り締める手が、身体が震える。
「……怖い…僕は怖いんたよ、彩依ッ!!」
ポタ…ポタ…
我慢出来ず、溢れ出した想いが彩依を濡らしていく。
「僕は彩依の"嫁"として女の子に変えられた。その事に不満は無い。でも…彩依に触れる度、触れられる度に僕の心は女の子に染まっていく。そして、彩依が僕を求める程に、求められる程に不安になるんだ!ただの気まぐれじゃないかと、エッチがしたいだけなんじゃないかとッ!」
「…紫織」
背中に廻された腕が身体をグッと引き寄せる。互いの鼓動が重なる程に…。
「それはオレだって同じだ。紫織は時が経つ程に可愛くなってその存在が大きくなっていく。お前が誰かと話す度に、微笑み掛ける度にオレの中で闇が拡がる。どんなに"オレの嫁"だと叫んでも闇は晴れず、暗い欲望が紫織にオレという存在を刻み付けたい、紫織を穢したいと暴れ回りって、求めずにはいられなくなる!」
互いを見詰め合う瞳に自分が映る。
「紫織…」
「僕に刻んで…。彩依の言葉で…、その身体で穢して…」
引き合う様に、それが自然であるように唇を重ねる。
「ン…ンン…」
絡み合う舌が別れを惜しむように1本の橋が架かる。
「…紫織」
「ン…やっ…だ…駄目…」
後ろから抱き寄せ、胸元の併せと内股に手が触れた瞬間、紫織が身を屈ませ拒絶する。
「やっぱりまだ怖いか?」
「ううん…違う…違うの」
上気した頬、潤んだ瞳で呟く。
「僕…着付け出来ない…」
「あ…」
「あー、やっと見付けたぁ!捜したよぉ」
「ったく、どこ行って…」
絡め合うように握られた手を見て何かを感じ取ったらしい。
「ま、結果オーライかな?」
「宜しいんじゃないの?」
残り僅かな催しを一同はいつも通りに愉しく過ごした。
―紫織の部屋―
消灯された薄暗い部屋、窓から射す月明かりが産まれたままの肢体を浮かび上がらせる。
「綺麗だ、紫織…」
「あまり見詰め無いで、恥ずかしいよ…」
家に戻っても母さんは居なかった。ただリビングテーブルに1枚の書き置きが残されていた。
丸みを帯びた字で簡潔に一言だけ。
《頑張れ》
と…。余計なお世話を一箱添えて。
「紫織…」
「…彩依」
二つのシルエットは一つに重なり、静かに横たわった…。
「痛ーーーいッ!!やっぱり嫌ぁーーーッ!!」
ドゴォッ!
春はまだ遠くにあるようで。
―END―
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