翌朝、目覚めると既に華姉の姿は無く、代わりに一枚のメモが置いてあった。
【夕方私の家に来て下さい】
表の店側のシャッターは閉じられ、【本日臨時休業】の貼紙がしてあった。
何度も訪れて、まるで自分の家の様に過ごして来たのに、昨日の今日では何か緊張する。
裏の勝手口の前で背中に冷汗を感じながら震える手でドアノブを握る。
「あ、祐樹。いらっしゃい」
扉を開けると少しおめかしした華姉が出迎えてくれた。今日は珍しく薄化粧を施している。
「あ…ヤッパリ変かな…?」
いつもと雰囲気の違う華姉に見とれて硬直している俺を不安そうに覗き込む。
『う…ううん、綺麗だよ、華姉』
「アハ…謝々(笑)」
花の様に笑顔が綻ぶ。
リビングには沢山の豪華な料理と華ママが待っていた。
「お帰りなさいネ、祐君」
ニコニコと意味有り気な笑顔…。こりゃ華ママには確実に昨日の事がバレてる…。
まあバレない方がおかしいだろうけど…。つい昨日まで思いっきり不機嫌だった娘が俺の家から一晩中帰って来なくて、朝になったら逆に物凄く上機嫌で、しかも化粧なんかしだしたら。
『あ…あの、すみませんでした』
緊張する俺をあやす様に頭を撫でて…。
「何言ってるネ。これで祐君は本当に私の息子ネ。とても嬉しいヨ」
優しくハグした後に俺の肩を持って反転させたかと思うと耳元でこう囁いた。
「頑張ってネ、向こうでパパがお待ちかねネ」
一瞬で全身の血の気が退いた。
勉強ばかりの俺の親父とは違い、華パパは普段は優しいんだけどキレたら物凄いらしい。確か若い時はかなりヤンチャで、噂では組をたった一人で潰したとか何とか…。
うう…緊張する。
コンコン…
『し…失礼します』
ドアを開けた途端、鋭い視線が突き刺さる。ウワ…、ヤッパリバレてるよ。
「おい、祐樹…」
ゆっくりと近づき、俺の襟を掴む。マジ殺されるかも…いや、後悔も言い訳もしない。ちゃんと許可を貰って…。
「テメェ…十何年もずっと傍に居たクセに、今頃ったぁどういう事だ?俺の自慢の娘に何か不満でもあるのか!?」
えっ?どういう意味?
「こっちはとっくに覚悟決めてるのに遅いんだよ。ったく、そんな所は父親ソックリだなお前は」
つ…つまりOKって事かな?
「あ…そうだ忘れてた」
ゴツンッ!!
ホッと胸を撫で降ろしたのも束の間、頭上に華パパのゲンコツが落ちてきた。
『痛ッテーッ』
「まあその…何だ、華鈴を泣かせた罰と、大事な娘を盗られた父親のヤキモチの代償だ。有り難く受けとれ」
背を向けそう言った華パパは耳まで真っ赤だった。
『あ…有難うございます』
その日の夕食はとても賑やかな物となった。俺の手をとり甘い言葉で自分の料理を食べさせようとモーションをかける華ママと、間に割って入り無理矢理自分の方に顔を向け、食べさせようとする華姉。互いに牽制し合う二人を見て上機嫌で次々とビールを空けていく華パパ。
―そして翻弄される俺…。
憧れていた家族の団欒がそこには有った。
めでたく華姉のウィンドウ・デリバリーも再開となったのはいいけど、親公認の仲となった為、以前より大胆かつ積極的にモーションをかけて来る様になった。
この間は胸の部分を大胆にカットされた谷間を強調したチャイナにワザと下着も着けずにやってきたり、3日前など俺の家でご飯を作ってくれたが、何とエプロン一枚の姿でいるんで、思わず後ろから抱きついてしまった。ガキの頃、キッチンに立つ華姉の後ろ姿が好きでよく甘えていたけど、
「きゃあ、祐君のエッチ」
って怒られた。当時は何で華姉の顔が真っ赤で、どちらかというと困った様な表情をしているか判らなかったけど、こういう事か。
さあ、華姉の携帯へと俺専用のHOT LINE。
「ハイ、【華鈴】飯店で~す」
普段より半音高めの嬉しそうな声。
『華姉、[いつも]のお願いね』
「ハ~イ、【スペシャル華鈴セット】ですね。すぐお伺いしマ~ス」
少し頬を染め彼女はいつも通り窓からやってくる。テキパキとテーブルに並べられた【ご馳走】の山。
「ン…ンン、どう祐君、美味しい?」
適温に冷えたジャスミン茶を口移しで。微かに口に拡がる甘味と芳香。
「ハイ、祐君。ア~ン」
寄り添う様に隣に座り、俺の口に自慢の料理を運んでくる。とても甘い時間。
「ねぇ、【スペシャルデザート】は何時がイイ?」
脚を擦り合わせ、更に頬を紅くして瞳を潤ませて尋ねてくる。
答えは決まっている。
『勿論、今!』
華姉を抱き寄せ、向かい合わせで膝の上に座らせる。
「もう、祐君のエッチ…ぁん…」
恋のデリバリーは【秘密の味】。
華姉の薬指に二人の未来が光っている。
―劇終―
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