十八話
_紳一は、こめかみあたりに麻酔針を打たれたような感覚をおぼえた。
「……どうって……まさか」
「和彦くん本人から聞いたことなんだで。わしが紫乃さんにした事を許す代わりに、自分がした事を誰にも言うなと言われたが、春ちゃん……いや、春子やあんたらのことを思うたら黙っていられなくなった」
_紳一も繁も、いやな汗があとからあとから滲み出てくる。
「もっとえらい事が起きる……。わしのせいで和彦くんは心が病んでしもうた……。だから誰かが救ってやらんと、この先も何人ものおなごが泣くことになる……」
_繁はそう言うが、どうにも和彦のことが気に入らない紳一は気が進まず、和彦が罪を犯したという話もどこか信じがたい。
_しかし、その和彦は今、春子を車の助手席に乗せて自宅に向かっている。
_和彦の歪んだ愛情が春子に迫っていることなど、紳一が知るはずもなかった。
「そういえば春子はどうしたね?まさか祭に繰り出しとるんか?」
_繁は唾を飛ばしながら紳一に訊いた。
「友達と祭に行く約束をしていたみたいで、おそらく今頃は──」
「それはいかん。和彦くんはいつだかわしにこう言ったんだ。『あんたが紫乃にしたことを、俺がやったとしてもそれが道理。あんたと俺はおなじ、いやしい人間ということだ』とな」
_紫乃の命日の墓参りの場で、和彦から忠告されたことを紳一は思い出していた。
「養鶏場の佐々木さん、あの人には気をつけておいたほうがいい」
_あの時、九門さんが言っていたのはまさにこのことだ。
_しかし、そう言った本人がまさか強姦に手を染めていたとは。
_紫乃を寝取られたうえに、子どもまで産ませた佐々木さんに仕打ちをするなら、その春子をも辱(はずかし)めるというのだろうか。
_厄介なことになった、と紳一が舌打ちしていると、家のおもてのほうで誰かが玉砂利を踏む音が聞こえた。
_森南つぐみだった。
_紳一と一緒に祭に行こうと思いを秘めて訪れたのだが、少し浮かない顔をして、「ここに来る途中で春子ちゃんを見かけたのですけど、それが、男の人と一緒に車に乗っていて」と目をまるくしながら言った。
_紳一は鼻の奥がツンとしびれた。
_嫌な予感がする、と繁が視線を鋭く外に向けると、靴を履くのもめんどうだといった風に紳一は家を飛び出し、やがてつぐみの目でも追えなくなってしまった。
_森南先生は九門さんの顔を知らないわけだし、春子を乗せた車を運転していたのが九門さんだという可能性は十分ある。
_紳一は、もつれそうな足をとにかく前に出して走りつづけた。
_車が小石を踏みつけながら停車すると、春子、和彦の順に車から降りた。
_ここに来るのも、あの事件のあった日以来だ、と春子は思った。
_でも今日はこのあと美智代と二人で祭の縁日を楽しむ予定なのだから、さっさと美智代を連れてもと来た道を帰るはずだった。
_玄関に入ると、そこには赤い鼻緒のついた黒い下駄がそろえてあった。
_おそらく美智代のものだろう、と春子もその横に自分の下駄を並べて彼の家に上がったとき、いきなり後ろから手拭いで口を塞がれたと思ったら、今度は手首に痛みがはしり、両腕を後ろ手に縛られたと気づく間もなく自由を奪われた。
_あっという間の出来事に、しかも着慣れない浴衣のせいで春子はほとんど抵抗もできないまま和彦の手にかかり、カーテンが閉めきられた一室に放り込まれた。
_そのはずみで尻餅をつき、唯一うごかせる脚で後ずさりするものの、すぐに背中は壁に突きあたる。
_春子がおそるおそる見上げた視線の先に無表情な父の姿があった。
_お父さんは私になにをするつもりなのだろう。
_あんなに優しかったのに、今はなんだか人が変わってしまったみたい。
_実の父と実の娘なのだから間違いは起きないはずだもの。
_それに美智代だってこの家にいるはず。
_美智代はどこにいるの?
「春子……」
_彼がそう言うと、こんな状況でありながら春子は和彦のことを父親を見る目で見つめた。
「春子ももうじき十七になるか。その浴衣もよく似合っているし、紫乃に似て美人になったな。紫乃の血をひいて……」
_和彦の表情がかすかに曇ったように見えた。
_私の中にはお父さんの血だって流れているんだよ、と春子は言いたかったが、口が塞がれていてなにも言えない。
「春子が深海紳一さんに惹かれる気持ちはわかる、血のつながらない親子なのだからな。でも、春子のほんとうの父親がどこでなにをしていて、娘のことをどう思って暮らしているのか、春子はそれを知っておかなければいけない歳になった」
_この人が言いたいことは何なのか。
_私の父親はあなたで、今も私のことを愛して暮らしている、それが違うと言いたいのだろうか。
_春子は戸惑った。
「こうすればわかるだろう──」
_そう言って和彦は春子に近寄り頬にキスしようと顔を寄せたのだが、春子はそれを拒絶して顔を背けた。
_まだ春子が小さい頃に父からされたそれとは違い、これはもう男が女を扱うときのキスの気配だったのだ。
「そうか……。ほんとうは俺だってこんな物は使いたくないんだ。春子さえ大人しくしていてくれたら、誰も傷つかずに済むんだよ、わかるよな?」
_和彦は太い声でそう言ってから、懐からなにかを取り出す動作をした。
_そこに見えた物が春子の視界の隅っこでギラリと光った。
_なにかはわからないが、白い刃(やいば)の付いた物だというのは確認できる。
_震え上がるほどの恐怖が私をおそってくるにちがいない、と思った春子だったが、父親からそんなものを突きつけられたことがとても悲しく、恐怖よりも先に淋しさが溢れてきた。
_そんなことをしてまで娘を犯したいの?
_こんなの不潔だよ。
_私だって普通に恋して男の人の体を知ったけど、ほんとうの親子のそういうのは知りたくない。
「春子……泣いてるのか?」
_明かりの少ない部屋はそれだけで異常な空気をためこんでいるようで、そんな空間で自分に体の関係を迫ってくる父の姿が哀れに思えて、春子は涙をこぼした。
「俺のことが哀れなのだろう?汚らわしいだろう?だったらあの男はどうなんだ。俺から大切なものを……紫乃をうばって……、その上、春子まで」産ませて、と言いたかったのだが言葉にならずに和彦は唇を歪めた。
_お母さんをうばった?
_あの男って?
_和彦の言葉の意味を知ろうと思う春子だったが、いつの間にか和彦は春子のすぐそばまで迫っていて、春子の浴衣の帯に手をかけていた。
_はっ……、いやっ……。
_彼の手から逃れようと、自由のきかない上半身をなんとかよじれさせてみると、思惑とは逆にひゅるっと帯がほどけてしまい、はだけた浴衣の下の脚はもう和彦の視線をあびるしかなかった。
_春子がもがけばもがくほど浴衣は畳を舐めながらひろがっていく。
「紫乃……、やっと会えた……」
_和彦は、すっかり女の体に成長した春子の艶姿(あですがた)に紫乃を見たのか、何度もかつての妻の名をつぶやきながら春子に覆いかぶさり、浴衣をむしって乳房を抱いた。
_お父さん、だめ。私は春子、お母さんじゃない。
_心でそう叫びながら無駄な抵抗をつづける春子も、彼の屈折した愛情のまえではただの女だった。
_ブラジャーの山をずらされると乳首が恥ずかしそうに顔をだして、右を向けば彼の指がそれをころがし、左を向けば彼の口がそれに吸いついている。
_生暖かい感触がとめどなく春子の乳を火照らせ、やがて頭の中が熱くなってくるのだった。
_いやだ、お父さんはずるいよ。
_そうやっていれば女の子の気持ちがおかしくなってくるって知っているんだもの。
_私の女々をおかしくさせないで、ああ……。
_乳房と唇とがまみれるいやらしい音が部屋に染みわたって、和彦は春子の下着を脱がせると、こんどは自分の着衣も脱ぎはじめた。
「紫乃、もう一度だけ春子を妊娠してくれ」
_そんなことを何度言っただろうか。
_刃物はすでに彼の手から転げ落ちていたのだが、それ以上に鋭いものが春子の股ぐらに向けて無言の威嚇をしていた。
※元投稿はこちら >>