十話
_男があごをしゃくって春子を促すと、ぎこちない手つきで服の上から胸のふくらみを撫でてみた。
_男はもう一度あごをしゃくる。
_それに従って春子の右手はスカートをゆっくり捲り上げて、白桃に似た太ももを男の前にあらわにした。
_下着は足首のところでくたびれているから、隠すところだけは手で隠した。
_とても十六歳とは思えないほどの色気と、男うけしそうな顔立ちの良さは、ポルノ雑誌や成人映画に出てくるどの女よりもその男の股間を熱くさせるのだった。
「オナニーする年頃になったのか」
「え……?」
_春子がはじめて聞く言葉だったから意味がわからない。
「声に出して言ってみたらわかるさ。オナニー」
「……オナニー?」
_それを聞いた瞬間、男は満足げに鼻の穴をふくらませてにやけた。
_もはや射精寸前。
_たまらずズボンをずり下げて、どす黒い肉棒を見せびらかすように放り出した。
「いや……」
_春子は犯されまいと下半身をスカートで隠した。
「体には指一本触れないって約束したばかりだ。だから春ちゃんはあの続きをするだけでいい。おじさんはそれを見てるだけなんだ。どうした?」
「……」
「ならば紳一くんに告げるしかないな」
「そんな……」
_紳一の名を出されると心が折れてしまいそうになる。
_仕方なく、ふたたびスカートを裏返しにして、恥ずかしい部分を手で覆った。
_そんな春子の目の前で男の性器はどんどん膨れ上がる。
「やりなさい」と男が急かす。
_春子はまだ動かない。
「おじさんに犯されてもいいのかい?」
_いやいやと首を横に振って、ようやく春子は自分の股をさぐりはじめた。
_男も自らの竿を握りしめてしごいている。
_春子の手にもしだいに感情がこもり、そのぬめりが膣の中へと指を誘っていた。
_恥ずかしいけど、犯されるよりはいい。
_そんな思いで指を割れ目の奥に押し込んで、たっぷりの汁をいたずらにかき混ぜた。
_愛らしい女学生のオナニー。
_これ以上のご馳走はほかにはない。
_男の目の色が変わった。
_そして春子の目の色までもが微かに変わっていった。
_互いの性器をさらけ出して弄りつづける異常な光景。
_男の言われるままに春子は糸瓜を抜き挿しして、男の性欲が満たされるのを待つばかりだ。
_ぐちゃぐちゃと膣が音をたてると、「うん……うん……」と声を漏らし、また、くちゅくちゅと音をたてれば、「ああ……うん……」と身悶える。
_それをじっと見ていた男の膝はがくがくと震えて崩れそうだ。
_つぎの瞬間、男は「うっ」と気味の悪い声を漏らして、春子に向かって精子を噴かせた。
_手に、服に、腹に、白い痕跡を残しながら春子を撫でまわすように垂れていく精液。
_しかし春子は自慰をやめようとはしない。
_気持ちがどこかに届きそうで届かない、まるで空中に浮かんでいるみたいな気分になっていた。
_それにつけて男の回復も早い。
「いい女だ」
_そう言って男は春子を押し倒し、膣を犯そうと狙いをさだめた。
_春子は抵抗しようとしたが、火照った体では拒みきれないとわかっていた。
_お父さんごめんなさい。
_もうだめかも知れない。
_あきらめかけた春子の上から見下ろす二つの眼球の鋭さといったら、それは肉食の獣の目を思わせるほど黒く光っていた。
_春子は顔を背けた。
_するとどういうわけか、男は「ちぇっ」と舌打ちして春子から離れたのだ。
_遠くの方から人の足音と話し声が聞こえてくる。
_どうやらそれはだんだんとこちらに近づいてくるようだ。
_町内パトロール中の地元消防団員の数人が巡回しにやって来たのだった。
「また来るよ」と吐き捨てて男は立ち去ろうとしたが、なにかを思い出してまた春子の方に向きなおすと、「今日あったことを誰にも言わないほうがいい。言えば春ちゃんが女々いじりをしていたことが、町中にひろまることになるのだよ」そう言って釘をさした。
_生け垣の向こう側で男と消防団員がすれ違いざまに一言交わして、春子はただそれを見送っていた。
_あんなにひどいことをされたのに涙が出てこない。
_私はどこかに感情を忘れてきてしまったのだろうか、と表情も変えずに着衣の乱れを手で払った。
_足もとには、仕事を終えた糸瓜がぐったりと横たわっていた。
_その頃、春子を襲った男のほうも「妙だな──」と独り言をつぶやきながら眉をつり上げていたのだった。
_夜になって紳一が帰宅すると電話が鳴った。
「私が出る」
「ああ」
_春子が電話に出て「深海です」と名乗ると、受話器の向こうで森南つぐみが申し訳なさそうに名乗った。
「先生こんばんは。こんな時間にどうしたのですか?」
「ちょっとお父さんにお話があるのだけれど、いらっしゃる?」
_そう言われて紳一に代わるのだが、二人のあいだにどんな事情があるのか気にかかる。
_学校のことだろうか。
_あるいはもっと親密な事情があるのか。
_そんな春子の思いをよそに、紳一は照れくさそうに電話に応じている。
「このあいだはあんなこと言ってすいませんでした。私の言ったことは気にしないでください」
_昨日、自宅の一室で身を寄せ合って、つぐみから「好きです」と告げられた時のことが紳一の頭をよぎった。
「僕のほうこそ、先生がそんなふうに思っていたなんて知らずに、すいません」
「そのことは本当にいいんです。それよりも、本をいただいたお礼がしたかったものですから、その……なにかご馳走させてください」
「そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫です。僕も本の処分に困っていたところだし」
「ご迷惑……ですよね……」
_つぐみの折れそうな声が紳一の耳を震わす。
_少し悩んだ後、ひときわ声を明るくして、「せっかくだから甘えさせてもらおうかな」と、つぐみを思いやって紳一は言った。
「是非、そうしてください」
_つぐみの声は高くはずんでいた。
_そうして二人で会う約束をして電話を切ったのだが、紳一の話し声を聞いていた春子は当然おもしろくない。
「どんな用だったの?」
「ああ、本を譲ったお礼に食事をご馳走してくださるそうだ」
「そうなんだ──」
_やっぱりそうなんだ。
_お父さんと森南先生は特別な関係だったのね。
_娘の私がかなうわけないもの。
_春子はあからさまに嫉妬した。
_そして思わず口がすべった。
「じつは今日ね、私、養鶏場のおじさんに──」
_犯されそうになったと言いたかったが、ふしだらな娘と思われるのが嫌で、やっぱり言えなかった。
「佐々木さんがどうした?」
「なんでもない」
_紳一のほうも昼間、九門と会っていたことを春子には言わずにいた。
_お互いに後味のわるい気持ちのまま夜が更ける。
_いつになく気温がぐっと下がって、草の根まで冷やすほどの肌寒い夜になった。
_どちらからともなく寝床を共にしたいと声をかけ、しかし夕べのように体をむしり合うこともなく、ただ温もりを交わして抱き合ったまま眠る二人。
_そして翌日、紳一は熱を出して寝込んでしまった。
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