八話
_長い夜が明けた。
_先に起きたのは春子だ。
_紳一を起こさないようにそっと風呂場に入って朝湯を浴びる。
_夕べのこと、お父さんは忘れないでいてくれているかしら。
_寝床で自分の娘を抱いたことを。
_全身に水滴をしたたらせながら春子はそんなことを思っていた。
_そこにしゃがんで恥ずかしく股間を洗い流すと、ぬめりを落としたお湯が排水口に流れていく。
「はぁ……」
_閉じた穴の奥がくすぐったくて、ため息が出た。
_ようやく紳一も起き出してきた頃には、春子はセーラー服に着替えて朝食の支度をしていた。
「お父さん、おはよう」
「おはよう、夕べは眠れたか?」
「……知らない」
_そう言って怒った顔をつくってみても、内心は幸せでいっぱいだった。
「ふわあ……」と、あくびをしながら新聞をひろげている紳一につられて春子もあくびをした。
「おはようさん、紳一くん居なさるかね?」
_まだ朝も早いというのに元気な声が玄関側から飛んできた。
_その声を聞きつけた近所の犬が吠える。
_穏やかな朝があっというまに賑やかに。
_紳一が玄関の戸を開けると、バケツを提げた農作業服姿の男が立っていた。
「おや、佐々木さん。おはようございます」
「やあ、紳一くん。今朝、産まれたばっかの卵さ、ほれ」と自慢気にバケツの中身をこちらに向けると、初々しい朝採れの卵がぎっしりと入っている。
「いつもすいません」
「いいんさ。そんなことより、春ちゃんどうしてる?」
_その男は佐々木繁(しげる)。
_佐々木夫妻が営む小さな養鶏場の主人だ。
_紳一に呼ばれた春子が足音をひそめて玄関に出てきた。
「おじさん、おはようございます」
_セーラー服姿の春子を見るなり繁は目尻を下げてにやけた。
「春ちゃんはほんとにべっぴんさんになったな。いくつになったね?」
「十六です」
「そうかね。こんなに器量よしじゃ、紳一くんも嫁に行かせたくないだろ」
「いやぁ、そんなことは──」
_紳一が照れ隠しで笑う。
「高校を卒業したら、うちの鶏舎を手伝ってくれんか?給料だって春ちゃんしだいで色つけることもできるよ。まだ先の話だから返事はいつでもいいんだがね」
「考えておきます。おじさんのところの卵でここまで育ったようなものだから」
_まったくその通りだ。
_うちの卵のおかげで乳も膨らんだし、月に一回、春ちゃんも卵を産める体になったんだからな。
_繁は股間をそわそわさせながらそんなことを思っていた。
_何から何まで母親の紫乃にそっくりだとも思った。
_そして……犯してしまいたいと思った。
_繁の腹の底にたまった性欲は、五十過ぎのものとは思えないほどギラギラと煮えたぎっていた。
「朝早くから邪魔したね。それじゃあまた来るよ」
_じゃあと手を振る紳一と春子に振り返りつつ、繁は畑に挟まれた道を行く。
_季節の変わり目の風が二人のあいだを吹き抜けていった。
_学校の休み時間、春子と美智代は教室の後ろの方でひそひそ話をしていた。
「昨日のこと、お父さんには内緒にしてあるから、美智代も絶対に誰にも言っちゃだめだよ」
「わかってる。夕べ私もお父さんに説教されて、昼間どこに行っていたのか訊かれたけど、あのことは言ってないから安心して」
「でも、まさかうちの学校の生徒があんな襲われ方してたなんて……なんか怖いよね」
「うん。危ないのは都会だけだと思ってたけど、私たちも気をつけないといけないね」
_そう言って美智代が顔をこわばらせた後、春子はトイレに行くと言って教室を出た。
_閉まりの悪いトイレのドアを閉めてスカートを捲り上げると、下着を膝下まで下ろしていく。
_月経は終わっていたが夕べの紳一とのこともあって、布ナプキンをあてておいたのだった。
_春子の思ったとおり、うっすらとした汗染みのような汚れがそこに着いていた。
_不潔だと思いながらも、春子は便器にしゃがんで自分の陰部を指でなぞってみた。
「……」
_微かに湿った左右のヒダが少しめくれて指に吸いつく。
「ん……」
_入り口に指を潜りこませてみる。
「うん……」
_びくんと股間を縮ませながら気持ちいいところをさぐっていった。
「ううん……」
_その時、授業開始のチャイムが鳴って、仕方なく春子は名残惜しい思いのまま教室に戻った。
_四時限目の授業が始まる。
「ちょっと出てきます」
_工場での午前の作業を終えた紳一は、昼休みの時間を利用して紫乃の墓参りに行くことにした。
_今日は紫乃の命日だ。
_汚れた作業着のまま切り花を抱えて、工場からほど近い墓地へ向かう。
_紫陽花はまだ道端の雑草に混じって葉をひろげているだけだった。
_墓地に着くと水道場のバケツに水をはって、線香の煙を浴びながら紫乃の墓前に向かった。
_どうやらそこには先客がいるようだ。
_なんとなく見覚えのあるその顔に紳一が声をかけようか迷っていると、礼服姿のその男がこちらに気づいて声をかけてきた。
「お久しぶりですね、深海さん」
「紫乃の告別式以来ですよ、九門(くもん)さんとこうして会うのも」
_お互いの腹の内を探り合うような低い声ですり寄っていく。
「娘は……、いや、春子は元気でやってますか?」
「春子はもう九門さんの娘じゃない。僕の娘だ」
「僕の娘だろうが深海さんの娘だろうが、そんなことでやり合う気はありません。ただ、少しだけ忠告しておきたいんです」
「忠告だなんて、おどかさないでくださいよ──」
「養鶏場の佐々木さん、あの人には気をつけておいた方がいい」
「何が言いたいんです?──」
「あと、血のつながらない男と女がひとつ屋根の下で暮らしていれば、間違いが起こらないとも限らない」
「僕と春子のことか?──」
「ようするに、春子と血がつながっているのは誰なのか、ということなんです」
「九門さんの言いたいことはよくわからないが、僕は春子の父親です。そして紫乃は僕の妻だ。あなたとはもう何の関係もない」
_紳一は感情的になることもなく、胸を張って九門の目を見据えて言った。
_なるほど、といった感じで不適な笑みを浮かべた九門は、もう一度、紫乃の墓前に手をあわせてその場を去った。
_その後ろ姿に、なにか後ろ暗いものを背負いこんでいる気配を感じたのは気のせいなのだろうか。
_九門が紫乃と離婚した理由は紳一にも知らされていない。
_だが、なんとも食えない男だ、と生理的にそう思うのだった。
_あらためて紫乃と向かい合った紳一は静かに目を閉じて、夕べの春子とのことを許して欲しいと願った。
_君がいなくなった今、僕には春子しかいないんだ。
_それだけはわかってくれ、と。
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