妻からメールが来たのは、午前中のことだ。
出社して、仕事に取りかかろうとしたときに、突然届いた。
妻は、いつものようにパートに出掛けていたが、それが終わり次第、サトシと一緒に家に戻るという。
慌てて、体調不良を理由に、自宅へと戻った。
妻たちが帰宅したのは、12時を少し過ぎた頃だった。
いつも利用する軽自動車のエンジン音が聞こえ、急いで2階へと駆け上がった。
子供たちが使っている遊び部屋には、比較的大きなクローゼットがあり、そこに隠れた。
決定的な現場を押さえて、サトシを追い込むつもりだった。
二人は、家の中に入ってくると、すぐに2階へと上がってきた。
まっすぐに長女の部屋に向かい、妻が証拠と称する、長女の下着の有無を確かめに行ったようだった。
部屋中のドアというドアは、開放してあったから、格子造りのクローゼットからは、二人がどこに向かうのか、手に取るようにわかった。
また、長女のベッドを使って、二人がやり始めたら、どうすべきか迷ったが、それは希有な心配に終わった。
二人は、長女の部屋から、すぐに出てくると、そのまま夫婦の寝室へと向かったようだった。
すぐに踏み込むつもりはなかった。
他の男にやられている妻を見てみたい露悪趣味にも駆られていた。
しばらく、そのまま10分ほどの時間を、じっと待ち続けた。
寝室のドアは、締めてしまったのか、それらしい声も音も聞こえてはこなかった。
時計の針の進むのが、ずいぶんと遅く感じられて、その間も妻は奴の玩具にされているのかと思うと、鼻白むことではあるが、正直興奮を覚えてならなかった。
時計の針を確認し、辺りの気配を探ってから、ようやくクローゼットを出た。
足音を忍ばせながら、寝室に向かうと、かすかにドアの向こうから、妻の喘ぐ声が聞こえてきた。
妻には、いつも通りやれ、と言ってあった。
私に、聞かせたい気持ちもあったのかもしれない。
サトシ君、サトシ君と、情感たっぷりに喘ぎながら、妻は、ドアの向こうで細い声を出していた。
ベッドの軋む音が大きくなり、やがて妻の喘ぐ声が、絶息するような途切れ途切れのものに変わってから、ドアノブに手を掛けた。
下げるだけで解錠されるドアノブは、ほんの少し下げただけで、すっ、とドアを開かせた。
軽く押してやると、そのままドアは音もなく流れていき、開かれた視界の中に二人の姿が現れた。
妻は、大きく足を拡げきっていた。
サトシは、妻のひざの裏に手を入れて押し拡げながら、背中を立てて、眼下に妻を見おろしていた。
ゆっくりではあったが、叩きつけるような腰の動きだった。
緩慢に突いては、喘ぐ妻に頭上から罵声を浴びせかけた。
「おら・・・気持ちいいか?メス豚・・・。」
私の妻をメス豚と呼んだ。
それを聞いた瞬間に、私の中で、こいつは殺してしまってもかまわない存在になった。
「お願い・・もっと気持ちよくして・・・何でもするからもっと突いて・・・。」
時折、深く突き入れては、思い出したように止まる。
焦らして、それを眺めながらサトシは楽しんでいるのだった。
はしたない妻の言葉には、正直、息を飲んだ。
こんな淫らな言葉を口にするような女ではなかった。
いつもの通りにやれ、とは言ってあった。
つまり妻は、いつもこうして奴らを喜ばせているわけだ。
「ケツなんか振るんじゃねえよメス豚・・・。大人しくしてねえと、やらねえぞ・・・。」
「あっ!いやっ!・・。」
不意にサトシが抜いたようだった。
妻は、慌てたように腰をくねらせた。
それでももらえないとわかると、しがみつくようにサトシに胸を合わせていった。
その時、サトシの肩越しに、妻と目があった。
「あっ・・・。」
妻は、ばかみたいに口を開いただけだった。
妻が急に止まったのを見て、サトシが怪訝そうに、こちらを振り返った。
「よう。」
不思議なほどに、気持ちは冷静だった。
足は震えもしなかった。
入り口に背中をもたれさせ、腕を組みながら、二人を眺めていた。
まったく、免疫とは恐ろしいものだ。
目の前で、赤の他人に妻を抱かれていても、今までの経緯があっただけに驚くはずもない。
「だ、誰?・・・・」
その時のサトシの顔は、なんと言葉で表現していいかわからない。
驚いたような、今にも泣き出しそうな、そんな不思議な顔だった。
「そいつの旦那だよ。」
その言葉を、サトシは理解したかどうか。
「そ・・そうなんですか?・・。」
おかしな受け答えだった。
「どうした?先を続けろよ。」
私の露悪さにも拍車が掛かっていた。
そのまま続けるのなら、それを眺めているのも面白いと思った。
サトシは、突然のことに、状況をまったく理解できていなかった。
きっと、今までこんな状況に追い込まれたことがなかったのだろう。
それだけ、奴らは狡猾にやっていたということだ。
パニックを起こしていたサトシは、不思議な行動に出た。
信じられないといった顔をしながらも、また、私の言うがままに妻の上に覆い被さっていったのだ。
腰を、二、三度動かした。
そして、思い出したように、また身を起こすと、泣きそうな顔で私を見つめた。
「あ、あの・・これはですね。その・・ぼ、僕が悪いわけじゃなくて・・あ、奥さんが・・・奥さんの方が僕を誘ってきたわけで。・・だから、その・・・僕が悪いわけじゃないんです・・・。」
最後は、媚びを売るように笑みまで浮かべていた。
それを聞いた瞬間に、脱兎のごとく駈け出して、奴に襲いかかったのは、言うまでもなかった。
妻が慌てて止めに入らなかったら、私はサトシを殺していたかもしれない。
ベッドの上に駆け上がるなり、奴の髪を掴んで、床に叩き伏せていた。
そのまま、何度も顔面を床に叩きつけ、奴の顔は血塗れになった。
きっと、鼻は折れたことだろう。
妻は、慌てて私とサトシの間に身体を入れると、身を挺してサトシの上に覆い被さり、奴をかばった。
「サトシ君!大丈夫?!」
不安そうに向けていた目は、演技だけとは思えなかった。
「なんでこんなことするんだよぉ・・・。俺が、何したって言うんだ・・・・。」
妻の身体の下で脅えながら、奴は、涙まで流して、恨みがましそうな目を向けていた。
その目を見た瞬間に、反射的に、もう一発殴っていた。
「もう、やめて!」
妻の怒声に、あきれた気持ちにもさせられた。
妻は、必死にサトシをかばっていた。
私を愛してると言いつつも、妻にはサトシもまた大事なのだ。
それがわかって、面白くなかった。
呼吸を整えて、荒ぶる気持ちを抑えた。
妻は、子供をあやすように、大きな身体を縮こませて震えているサトシを気遣っていた。
妻が、奴らを子供だと言っていた理由が何となくわかった。
間男と言えば、昔なら死罪にもあたる重罪だ。
発覚すれば、姦淫した妻と、戸板一枚を背中合わせに挟んで縛り付けられ、生きたまま川に流されることになる。
裁きによって決められた罪ではなく、妻を奪われた夫が、当然の権利として認められた、言わばリンチのようなものだ。
それだけ、人の妻を奪うというのは、昔から禁忌とされてきた。
だが、それが、こいつ等にはわからない。
ほんの少し、子供が悪戯をした程度でしかない。
人様の女房を弄び、玩具にしたところで、それは奴らのとって遊びでしかないのだ。
だから、殴られても、殴った方を非難することができる。
悪いことをしているなどという意識が、まったくないからだ。
しかも、反撃を受ければ、抵抗することもせず、脅えているだけだ。
あきれすぎて相手にする気にもならなかった。
怪我の手当をするために、妻が奴の手を引いて、1階へと下りた。
サトシは、もう泣いていなかったが、反撃する意志もまったくなさそうだった。
それよりも、これからどうなっていくのか不安でならないような顔だった。
私と目が合うと、逃げるように避けた。
妻の目の前で、これからの話をしたくはなかった。
「出掛けてくる。」
サトシの襟を掴んで立たせた。
そのまま、玄関へ向かっていこうとすると、慌てて妻が追ってきた。
「わ、私も一緒に行くわ。」
思わず振り向きざまに、妻の頬を叩いていた。
妻に手を上げたなど、初めてのことだった。
彼女が心配していたのは、私だったのか、サトシだったのか?
おそらく後者であったろうと思う。
それだけに、苛立ちが募っていた。
苛立ちが、反射的に腕に伝わった。
「お前は家に居ろ。もうすぐ子供たちが帰ってくる。母親なら子供たちの面倒を見るんだ。」
私の気持ちがわかったからか、それとも、初めて私に殴られて驚いたからなのか。
強く睨んでそう言いつけると、妻は、打たれた頬を手のひらでかばいながら、泣き出しそうな顔で小さく頷いていた。
密室に閉じこめるつもりはなかった。
それでは、相手の気持ちを引き出すことができない。
脅えている相手ならば、なおさらだ。
近くのファミレスに二人で入った。
意外な場所に連れてこられて、サトシ自身も、意外そうな顔をしていた。
目の縁や、唇の端には紫色の痣が目立ち、鼻には、大きな絆創膏が貼ってあった。
「あとで、医者に行けよ・・・。」
飯を注文してから、タバコに手を伸ばし、それを吹かしながら言った。
さほど痛がっている様子でもなかったから、鼻は折れていないのかもしれなかった。
サトシは、狐に摘まれたような顔をしながら、小さく頷いていた。
私は、何も語らずに、苛立ちながらタバコを吹かし続けた。
こちらから問いかけたのでは、相手に自由な解答をさせることになる。
本音を引き出すためには、常に向こう側から発言させなければならなかった。
「あの・・・。」
しばらくの間は、俯いたまま黙っていたが、やがて沈黙に堪えかねたようにサトシが口を開いた。
私が、何を考えているのかわからない。
それを確かめなくては、不安でしょうがないのだから、向こうから口を開いていくしかないのだ。
「なんだ?」
短く答えた。
相手にできるだけ、話しをさせるつもりだった。
「これから、どうするんですか?」
「どうして欲しい?」
「警察にでも、行くんですか?」
「なぜ、そう思う?」
「いや、すごく怒ってるみたいだから・・・。」
「もちろん怒ってるさ。」
「あの・・・。」
「なんだ?」
「警察に行くつもりなら、やめた方がいいですよ。」
「なぜ?」
「その・・こんなことは言いたくないけど、お宅が不幸になりますよ。」
「なぜだ?」
「ビデオ・・。」
「あ?」
「奥さんのビデオが・・・あるからです。」
その時だけ、サトシの目が光ったような気がした。
「それで?」
そんなことは折り込み済みだ。
「いや、だから・・それがご近所にでも出回ったら・・困るかと・・。」
私が驚かなかったのが意外だったのだろう。
サトシの目に、また不安の色が浮き始めた。
「それは、脅しか?」
「いえ・・そうじゃないですけど・・・もし、そんなことになったら困るだろうなあ、と思って・・・。」
はっきりとは言わないが、らしきことは匂わせる。
もっとも狡猾で、卑怯なやり方だ。
「君は意外と頭が悪いんだな。」
毅然として言った。
「なにが・・ですか?」
「妻と関係したくらいなら犯罪にはならない。立派な離婚の原因にはなるがな。だが、脅してその事実を隠蔽しようとしたら、これは間違いなく脅迫だ。これで、君は今日だけでも二つの罪を犯したことになる。」
「二つ?二つって、僕は脅したつもりもないし、独り言を言っただけです。それに、もうひとつの罪って、なんですか?」
「家宅不法侵入だよ。私の家に黙って入ったろ?」
「そ、それは、奥さんがいいって言ったから!」
「まあ、落ち着けよ。大きな声を出すな。それでなくとも君は目立つんだから。いいか?これだけは言っておくぞ。俺に脅しは通用しない。妻のビデオをばらまくというならやればいい。その代わり、こっちも反撃するぞ。まず妻を脅迫して姦淫を強要した事実を訴える。次にそれを達成するために不法侵入し、家族に危害を加えようとしたこともだ。何年かかろうが、徹底的にやる。しかも、君だけを集中的に狙う。妻を当てにしているなら、あきらめた方がいい。君と家族、あいつがどちらを取るかは明白だ。だからこそ、今まで家族にばれないようにやってきたし、私とも別れなかった。だが、それが白日の下にさらされた今となっては、君たちに脅されて隠し事をしていた事実に脅えることもない。堂々と私の味方につくことになるだろう。」
半分は、はったりだった。
いざ、裁判となったら、果たして妻がどちらの肩を持つかは、まだ私には、はっきりとはわからなかった。
身を挺して目の前の男をかばっていた妻の姿がある。
天秤は、どちらに傾くか、まだ五分五分と読んでいた。
「僕だけを狙うって・・・。」
「君たちは、3人いるのだろう?3人で妻を犯していた。だが、狙いを付けるのは君だけだ。」
「どうして!?」
「私の妻をメス豚と呼んだからさ。」
そうだ。こいつは妻をメス豚と呼んだ。
それだけでも万死に値する。
「そんな・・そんなこと僕だけじゃないですよ!」
「だろうな。だが、ターゲットになるのは君だけだ。大人の怖さを教えてやるよ。それなりに著名な弁護士も知っている。徹底的にやって、君だけじゃない。君の家族も同じ目に遭わせてやる。一生を潰してやるよ。」
「そんな・・・。」
途方に暮れた顔だった。
「家族だなんて・・・家族は関係ないじゃないですか!?」
「私も家族だが、大いに迷惑しているぞ。あまつさえお前等は、私の娘にまで手を出そうとした。」
「それは・・・それは、ゲームですよ。本気じゃなかった。あくまでゲームだったんです。本気でそんなことをしようなんて思ってなかった。」
「たとえゲームだろうが、私の娘にそういったことを仕掛けようとしただけで犯罪になるのさ。そうだ。これも立派な犯罪だ。またひとつ前科が加わったな。」
動じない私の態度に、打つ手を失ったような顔だった。
注文したメニューが運ばれてきても、サトシは、俯いているだけで、口を付けようとはしなかった。
「あの!」
ほとんど飯を食い終えた頃に、ようやく口を開いた。
「か、金を上げます。それで、どうですか?慰謝料として、あなたにお金を差し上げます。それで、和解ってことで、どうです?」
うまい具合に条件を提示してきた。
向こうから先にそれを口にしてしまえば、あとは操るなど思いのままだ。
「金?君は貧乏学生だと聞いたぞ。そんな金があるのか?だいたい、幾ら払うつもりだ?」
「か、金は、友達が出してくれます。もちろん、僕も働いて返します。金額は、あなたの気の済む金額を仰ってください。」
友達とはテッペイのことを言っているのだろう。
こんなことになっても、自分で解決の道を見つけようとはせずに、友達頼みだ。
やはり、こいつ等はガキだ。
額面を言うつもりはなかった。
それを口にすれば、今度はこちらが脅迫罪に問われかねない。
「誠意を示すというなら、君が金額を提示しろ。」
あくまでも、向こうに言わせなければならなかった。
苦渋に満ちた顔をしていた。
浮気の慰謝料など、こんなガキどもにわかるはずがない。
「ご、五十万なら、どうですか?・・・。」
金額の少なさに思わず声をあげて笑いそうになった。
「話にもならんよ。」
「だ、だったら、百万なら、どうです?」
精一杯譲歩したという顔だった。
それが、この子供の限界なのだろう。
「今時離婚の慰謝料でも、それ以上の金を出す。貧乏学生の君に、そんな金が払えるとは思えんよ。」
しれっと言ってみせた。
途端に奴の顔つきが変わった。
「だったら!どうすればいいんですか!?教えてくださいよ!」
顔を赤くして、私を睨みつけていた。
自分が悪いことをしておきながら、抜き差しならなくなったら、すぐに逆ギレだ。
今のガキどもの顕著な傾向だった。
「そう声をあげるな。警察を呼ばれたら困るのは君だぞ。」
途端に、サトシは、おどおどと周りに目を走らせた。
「いったい、どうしたら、勘弁してもらえるんですか!?」
身を乗り出して、小声で話しかけてきた。
いい加減うんざりという顔になっていた。
これ以上追い込めば、コントロールが難しくなる。
「鼻から金など欲しくはない。だが、このままでは君を許すことができない。」
「だったら、どうすればいいんですか?」
「今から、俺の言ったとおりにしろ。結果次第では、君を許してやる。」
「何を・・すればいいんですか?」
まだ、不安そうな顔だった。
「簡単なことだ。他の二人を、マンションに呼び出せ。そこで、決着を付ける。」
意外な返答に、サトシは、口を開いて私を見つめていた。
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