「今日も行くのか?」
妻の作った朝食を口に運びながら訊ねた。
「え?どこへ?」
朝食を作り終えてからも、妻は台所に立って子供たちの弁当を作っていた。
「仕事だよ。」
「ああ!・・・行くよ。だって、勝手にお休みしたら、怒られちゃうもの。」
「どっちへ行くんだ?」
妻は、ふたつのパートを掛け持ちしている。
化粧品を配送する配送センターの棚卸しと、大手焼き肉チェーン店の清掃婦だ。
配送センターには、妻の浮気相手がいる。
「化粧品の方。」
あっさりと答えた。
「あいつに会うのか?」
「サトシ君のこと?そりゃ会うわよ。だって、同じ班だもの、嫌でも顔を合わせちゃうわ。」
振り返りもしなかった。
しきりに包丁を動かし、こちらに向けた背中は笑っていた。
「別れると言ってこい。」
無駄とはわかっていても、言っておかなければ気が済まなかった。
「えーっ、急には、無理よぉ。」
案の定の答えが返ってきて、ひどく落胆した。
夕べは会うなと言ったら、うん、と甘えた声で答えたくせに、その数時間後には、もう手のひらを返す。
この女のなにを信じればいいのか、もうわかりもしなかった。
離婚をするのは簡単なことだが、3人の子供たちを、一人で育てていく自信などなかった。
ましてや、3人が3人とも女の子ともなれば、なおさらだ。
あの子たちが、ある程度大きくなるまでは、まだ妻の力が必要だった。
離婚は、極力回避したい。
それが、嘘偽りのない本音だった。
たとえ、乱交を楽しむようになってしまった妻であっても、あの子たちには、まだまだ、いい母親であることには違いないのだ。
家事もしっかりとこなすし、家族に愛情も注ぐ。
浮気さえしていなければ、妻は、間違いなく及第点の取れる女だ。
私一人が我慢すればいい。
一人だけの我慢比べだ。
どこまで耐えられるのか、それだけが問題なだけだった。
「夜も行くのか?」
心臓が、ドクンと鳴った。
「今日は、行かないよ。って、毎晩なんか行かないよぉ。」
返ってきた答えに、泣きたいほどにホッとした。
「今日もするからな。」
「え?なにを?」
妻が、ようやくこちらを振り返った。
なにを言っているのか、わからないといった顔をしていた。
「なにをって、あ、あれだよ・・・。今夜もお前を・・その・・お仕置きしてやるって言ってるのさ・・・。」
あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうだった。
朝から、交わす会話じゃない。
「えーっ!?どうしちゃったの急に!?大丈夫なの?」
よほど妻は驚いたらしい。
包丁を握ったまま、目を見開いていた。
自信はなかった。
明け方には、すっかりだめにもなった。
しかし、夕べの余韻は、まだ残っている。
目の前に佇む妻を、あいつらから奪い返したくてならなかった。
「うれしい・・・。」
本当に、嬉しそうだった。
包丁を置いた妻は、エプロンで手を拭いながら、私の元へやって来た。
細い腕を首に絡ませ、チュッと頬にキスをしてくれた。
「じゃあ、今夜は、うんと栄養のあるものを作ってあげるね・・・・。」
私を見つめながら、甘い声でささやき、再びチュッと頬に口付けた。
そして、もう一度、じっ、と私を見つめ、静かに目を閉じた彼女は、ゆっくりと唇を重ねてきた。
どうしてだ?
なぜ思い通りにならない?
こんな極上のごちそうが目の前にあるというのに、なにを躊躇っている?
どんなに奮い立たせようとしたところで、力を漲らせることはなかった。
口でしてもらうと、大きくはなる。
だが、入れようとすると、すぐに萎えてしまって、入り口を突破することもできない。
まったくのお手上げだった。
朝の約束通り、妻は、自慢の料理の腕をふるって、私の帰宅を待っていてくれた。
食卓に並べられた豪勢な手料理に、長女は目を丸くし、下の娘たちは、はしゃぎながら喜んでいたものだ。
メインのウナギを腹一杯に食べ、風呂上がりには、帰宅帰りに奮発して買った3千円のユンケルまで飲んだ。
身体は火照り、下腹部にかすかな疼きを覚えて、灯りを消した頃には、間違いなくやれると自信もあった。
なのに、いざ裸にした妻の肌に口を付けていくと、反応さえしない。
わざと荒々しく性器を舐めあげ、たわわな乳房を乱暴に揉みしだいたりもしたが、ピクリともしないのだ。
「口でしてあげるね。」
料理の腕を無駄にされても、妻は、文句のひとつも言わなかった。
気の毒そうな顔さえもしなかった。
献身的に口を使い、手を使ってくれた。
それなのに、最後は、妻の口の中でさえ、力を失っていった。
末期的だった。
自分でも、これほど重傷になっているとは思ってもいなかった。
妻が文句を言わないのをいいことに、甘え続けて、ずっとさぼってきた。
まったく性欲というものが湧かずに、流れに任すままに放っておいた。
その結果が、これだ。
「バイアグラしかないね。」
小さくなったものを手のひらに包み、ゆるゆると扱きながら、妻が言った。
怒ってるようではなく、面白がっているような顔だった。
「それが、だめなんだ。」
「どうして?」
それくらいなら、私だって考えなかったわけではない。
中折れが頻発するようになり、うまくコントロールができなくなって、すぐにEDを疑った。
最後まで保たないことが続くようになると、さすがに心配になって、同僚にそれとなく相談したら、同じ悩みを抱えていた彼が、常に携帯しているのだと、自慢げに財布の中から取りだしたバイアグラを一粒分けてくれたことがある。
医師の処方の元に手に入れたものだから、まがい物ではなかった。
早速、試そうと飲んだところ、それから30分もしないうちに視覚障害が起こって、目の前が暗くなった。
動悸も激しくなり、このまま死ぬのではないかと、かなり焦ったものだ。
10分ほどで症状は回復して事なきを得たが、以来、薬に頼ることはあきらめた。
「俺には、薬は効かないってことさ。」
「なんでわかるの?」
「どうしても。」
薬を試した相手は、妻ではない。
だから、そんな事件があったことなど、妻は知らない。
「ふーん・・。」と言っただけで、妻は、それ以上追求しなかった。
結局その夜は、なんの手も打てず、ふたりは裸になって、身体を冷やしただけだった。
翌日も、また妻を求めてみた。
まったくだめだった。
その次の日も挑戦してみたが、話にもならなかった。
妻は、ずっと献身的に付き合ってくれた。
文句など、何一つ言ったりせずに、懸命に奉仕さえしてくれた。
「また、がんばってみよう。」
笑顔で言われると、それだけに心苦しくてならなかった。
その翌日に、隠し預金を下ろして、仕事帰りに、アダルトショップへ立ち寄った。
大小2本のバイブと手錠を買って、家に帰った。
寝所に入ると、早速、試した。
「あ・・パパ・・気持ちいいよ・・。」
付き合うように悶えてはくれる。
バイブに遊ばれながら、一生懸命、私のものを扱いたりもした。
「パパ・・逝っちゃう・・・逝っちゃうよ・・・。」
乳房を掴みながら、乱暴に動かしてやると、耐えられないかのように顔を歪めていた。
妻が、激しく悶えれば悶えるほど、虚しさが込み上げてきてならなかった。
「パパ・・手を握ってて・・一緒に・・一緒に逝こう・・・。」
固く目を閉じながら、妻が誘った。
一緒に歓喜を味わうことのできない自分を恥じて、役に立たないペニスを呪った。
私は、妻に応えてやることさえできない、駄目な男だ。
「すっごく気持ちよかったよ・・・。」
ひとしきり終わると、微笑を浮かべて、私を見上げていた。
「そうか・・・。」
虚しい笑いを浮かべながら、私は、妻の頭を撫でていた。
その次の日、仕事を終えて家に帰ると、妻の姿はなかった。
子供たちだけが、用意された晩の食事にありついていた。
「あれ?ママは?」
テレビを見ながら、箸を動かしている子供たちに訊ねた。
「ママ、お仕事に行ったよぉ。焼き肉屋さんに行ってくるってぇ。今日は、遅くなるって言ってたよぉ。」
一番下の娘が、得意そうに大きな声で教えてくれた。
ドスンと、一瞬にして、目の前が真っ暗になり、身体から力が抜けていった。
子供たちがいなければ、おそらく私は、その場にひざを付いて倒れていた・・・。
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