身を乗り出して喜びをあらわにする泉堂の言葉をNo.2の男が遮る。
「泉堂さんももうご存知でしょうが大東亜の社長さんが亡くなったんでウチも僭越ながら花を贈らせて戴きまして…あ、おかわり如何です?」
余程コーヒーに拘りがあるのか自分で豆から挽いていた。
「そう言えば…あの一件の小娘のマネージャー、何て名前でしたっけ?その葬儀の席で彼に会いましてね…」
「・・・?」
このサングラスをかけた細身の男のが何を言いたいのか理解出来ないようだ。
「恋人同士だったんですってね、いやお可哀相に。彼女には光るものがあったし、彼にも何かを感じてたんですよ。私なんて恥ずかしながらCD買い込んじゃいましてね…」
業界最大手の社長と弱小事務所の新人アイドルと成り立てマネージャー、あまりの場違いだ。
「だから何だって…」
泉堂の苛立ちを他所にのらりくらりと世間話を続ける。
「いやぁ、驚きましたよ。新社長に就任したのがまだ20歳そこそこの坊ちゃんってんだから、信じられます?」
ここでやっと1本の糸が繋がっている事に気付き、泉堂の背中に冷たいものが流れる。
「そのマネージャーの彼、亡くなった社長のお孫さんだったそうですよ…」
業界最大手の社長となればその影響力は泉堂の比では無い。権力を存分に奮ってきたからこそ、その事に恐怖した。
バシャ…
「ぎ…熱ぃ…」
笑顔で淹れたてのコーヒーを泉堂の頭に零す。
「私等が言うのも何ですが…この世には決して触れちゃいけないタブーとかがあるんですよ。貴方はまさにソレに手を出してしまった。解りますよね?禁を破って自爆の上、全てを失ったオッサンと強大な力を手に入れた若者、どちらにつくべきか…」
のた打ち回る泉堂の髪を鷲掴みにし、強引に引き上げる。
「今、貴方がこうして無事に私共と話せているのもお優しい若社長さんのお陰なんですよ、解ります?泉堂サン…」
男は組事務所の裏口から文字通り叩き出した泉堂にこう告げた。
「まぁ、世の中には血の気の多い若者もいますし、貴方の慰み物にされたアイドルのファンだった奴らが襲って来ないとも限りません。昔のよしみでウチの若い衆が近くに居ると思いますんで…」
そう言い残し扉は閉じられた。もう泉堂に安住の地は無い。ホテルでの密会を続けていた為、数ヶ月帰っていなかった家も資産凍結で入れなかった。何も持ち出せず、入手出来たのは1枚の封筒。中身は妻からの手紙と離婚届出証、日付は件の1週間前だった…。
公園のベンチで身体を丸めて眠り、ゴミ箱を漁って空腹を満たす。その姿はかつて祐也に吐き捨てた[負け犬]そのものだった。
「ああなるとかつて業界で畏れられた悪徳プロデューサーも惨めなものですね、見る陰もありませんや」
「そうだな…その点、大東亜の若社長は恐ろしいよ。役目の為とあらば恋人を犯した男にも頭を下げ、裏切り者は愛した女だろうと容赦無く潰す…案外コッチの方が向いてるかもしれないなぁ、あの御仁は…」
「ハァ…ハァ…」
泥だらけの服に腫れ上がった顔、口許からは血が滲んでいる。
浮浪者狩りにあった泉堂は数名の若者に袋叩きにあい、這う這うの体で路地裏に逃げ込んでいた。
腕力には自信のあった泉堂だが、連日の逃亡生活と空腹が力と気概を奪っていた為、一方的に嬲り者にされていた。少し離れた場所に見覚えのある2名が居たがニヤニヤと笑うだけで助けようとする気配は無い。そこで初めて泉堂はNo.2の男の言葉の真意を理解した。下手な気を起こせば直ぐに始末出来るよう監視しているのだと…。かつて我が物顔で奮っていたその業界の闇の恐怖を…。
「畜生…畜生…」
這い擦る泉堂の視界に女物の靴が映り、見上げると彩乃が立っていた。
(そうだ、まだこの女が居た、自分の性奴隷となり、恋人を捨てた女。天はまだ俺を見放していねぇ…。コイツをAVに売れば暫くは…)
泉堂は彩乃に襲い掛かると一気に下着を引き下ろす。前戯も無く秘裂に熱り立った肉棒を捩込むとその欲望のままに打ち続けた。
「ハァ…ハァ…どうだ久し振りの俺様の味はぁ?どうだ、嬉しいだろう!?」
狭い路地の最奥で壁に背中を預けた彩乃を突き上げまくる。相手を思いやるつもりも無い泉堂は彩乃が喘ぎ声すら漏らしていない事に気付かない。
「…ないの……くん、居ない…」
「ハァ?何がどうしたってぇ…」
彩乃が漏らした声を聞き返す。
「何処にも居ないの…祐くん」
「クッ…何言ってやがる。お前は恋人より俺様を選び、あの男は裏切ったお前を見捨てたんだ。今更そんな男の名前を呼ぶんじゃねぇよ」
泉堂の溜まりに溜まった欲望は出口を求め暴れ始めている。
「貴方…貴方さえ居なければ祐くんは…」
ドシュ…
「……ッ!?」
彩乃の膣内に凌辱の証を吐き出すと同時に脇腹に疾る鈍い激痛。思わず突き飛ばすように離れると肋骨の辺りからジワリと赤い染みが拡がっていく。
「テメェ…何しやが…」
崩れ落ちるように膝をついて倒れ込む泉堂に目もくれず、フラフラと彩乃は歩き始めた。
「祐くん…何処…?」
「ま…待て…助け…だ…誰か…」
薄暗い路地裏の奥、掠れた声は都会の雑踏と突然降り始めた雨音に飲み込まれ、やがて泉堂はピクリとも動かなくなった。
「な…何アレ…?」
降りしきる雨の中、髪も着衣も乱れた少女が傘もささずにユラリと歩いている。頬と胸元は赤い飛沫に染まり、右手に握られたナイフからは血が滴っている。その姿の異様さに人々はズザっと道を空けていく。
「お…おい、あの女見覚え無いか?」
「待てよ、アイツ…失踪中の水無月彩乃に似てないか…?」
誰も皆、携帯を取り出してはいるが警察を呼ぶ者はいない。ただひたすらにメモリー残量を減らしていくだけだった。
「や…ヤベェよ…マジ目がイッてやがる」
拘わるな…そう本能が告げるように誰もが彩乃の背中を見送るように固まっていた。
「祐くん…」
いつしか彩乃は試写会が行われた会場のあるビルに辿り着いていた。
本来居る筈の守衛も鍵も架けられてはおらず、彩乃は容易に入り込み階段を登って行った。
何かに導かれるように一歩ずつ…やがて屋上に辿り着いた頃には雨もあがり空には星が瞬き始めていた。
カラーン…カラーン…
「やっと…見付けた…」
手から滑り落ちたナイフが階段を転げ落ちていく。
「ゴメン…ゴメンね…もう離れない…ずっと傍に居るから…私を…抱きし…」
「アレ…?」
「どうされました社長?」
大東亜興業の社長室、その大きな椅子には少々馴染まない青年が座っていた。
「ウン…ちょっと音楽プレイヤーの調子が…」
彼の趣味なのか高価な調度品は一切無い質素な部屋。機能性重視と言えば聴こえは良いが少々色気に欠ける。
「先日お伝えしましたメガプロの件、如何なさいますか?」
あの試写会から芸能界はひとつの転機を迎えていた。かなりの数の売れ筋アーティストが姿を消し、その隙間を狙って各社の売り込み合戦が激化していた。
「ハァ…ヤレヤレまたかぁ。一度はお世話になった古巣とはいえ、未だ旧態然としたのってなぁ…」
「社長が業界を学ばれた会社でしたね…」
溜め息を吐くスーツに身を固めた女性、かつて人気アイドルとして頂点に君臨していた芹亜だった。祐也が新社長に就任してすぐ、白紙に戻った関係を持とうと所属事務所から送り込まれて来たのだった。所謂"お土産"というやつだ。
「あの時は大変でしたね…当然と言えば当然ですが、手を出されなかったんですもの。で、私が引退すると言った時の事務所長の顔ったら…」
「僕も驚いたよ、芹亜さんが『私は流れ星になりました』と言ってもう一度やって来きたんだから」
絶頂期だからこそ辞めた。あとは落ちるだけだし、トップアイドルを枕営業に使う様な事務所にも愛想が尽きたからとも笑っていた。
「でも内心はそんなに魅力無いのかな…?と落ち込みましたけどね」
笑い合う二人、壊れた音楽プレイヤーの告げる意味も知らずに…。
ヒュー…
ドシャッ!!
「な…何だ?何か墜ちてきたぞ…」
「キャーーーッ!?」
アスファルトに拡がっていく赤い血溜まり…。虚像の世界に憧れ、夢を叶えかけた少女が掴もうとした物。それは月の光に映し出された恋人の幻覚。少しでも近付こうと手を伸ばした瞬間、足はその支えを失った。
「ゆ…祐…く……」
限りなく頂点に近付いた少女はその最期まで何かに手を伸ばしていた。
再びヘッドホンを耳に装着するとノートパソコンに向かいあう。新人社長が取り組んでいたのは組織の再編成と改革だった。
「で…お返事はどうされますか?」
各社が少しでもあやかろうと色々な物を贈って来る。彼にとって一番最悪なのが女の子自身だった。
「会うだけは会ってみるけど…そろそろ潮時かな?」
そう言って株取引のHPを開き、ある企業の欄をクリックする。そこには件の名前が記されていた。
「全売…っと」
大東亜興業がメガプロを見限った…そのニュースは瞬く間にネットに拡がり、メガプロの株主達は一斉に売りに転じた。
「今度、オーディションの場を設けてくれないかな?見込みが有りそうな者はウチに入って貰っても良いし、他所に行っても良い。所属タレントは商品であっても道具じゃ無い。ぞんざいに扱う所には消えて貰った方がいいからね」
「それでは早速緊急会議を…スケジュールの調整もせねばなりませんし」
パタン…
ノートパソコンを閉じ、部屋を出る二人。
「そういえばまたアノ曲を聴いてらしたんですか?」
「ああ…初心を忘れない為にね。でもデータが壊れちゃったみたいでちゃんと再生されないんだ、もう一度落し込まないといけないな」
社長室に残された消し忘れの音楽プレイヤー。その液晶にはあの1stシングルのタイトル、アーティスト名は水無月 彩乃と表示されていた。
シャカ…シャカ…
途切れ途切れに再生される楽曲、ヘッドホンから漏れる音が無人の社長室に消える。
《……ゆ…ん…ゆう…く…》
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