―試写会会場―
「ど…どういう事だ…?」
3分程映像が流れた後、突然全く違う台詞が流れ出した。顔面が蒼白になる彩乃と額に脂汗を流す泉堂。場内は騒然としていた。
『い…イヤ…ヤメテください』
『大人しくしろよ!俺に逆らったらどうなるかは想像がつくだろう?』
それは彩乃が初めて泉堂に犯された時の会話だった。場内の誰もが声の主に気付き始めている。
「バカヤロウ!早く映写室に行って止めてきやがれ」
固まっているMCの胸倉を掴み突き飛ばす。
「だ…駄目です。鍵が開きません…ていうか中に誰もいません!」
映写室の近くに居たスタッフが何度もドアノブを引っ張るってみたがまるでビクともしない。
詰め寄る報道陣と右往左往するスタッフに彩乃が突き飛ばされる。
「キャアッ!?」
「マネージャーを辞めた?」
ホテルのラウンジの片隅で芹亜が驚きの声をあげる。
「ハァ…実は先日祖父が亡くなり、僕が跡を継ぐ事になりまして…」
淋しそうにグラスを傾ける祐也、その微笑みは何処か自虐的に見える。
「でも、アイドルになりたいという彼女の夢を叶える為にマネージャーをしてたんでしょ?そんな簡単に諦められるの?彼女はこれからなのよ、そんな大事な時期に貴方が支え無くてどうするの。ましてやあの泉堂が彼女を狙っているのに…」
芹亜は祐也に対し、僅かに苛立っている様だ。いつものクールさが無く、言葉尻が荒い。
「芹亜さん、何故"星"は輝いてると思います?星にはね2種類あるんですよ。自身が光を放ち輝くものと、他の光を反射して輝いて見えるだけのもの…」
「ちょっ…、それはどういう…」
「彩乃は事務所から離脱しました。つまり彼女は僕より泉堂さんを選んだって事ですよ」
芹亜は祐也と彩乃が恋人同士だと知る数少ない人間の一人。それだけで何があったか全てを悟ったのだろう。それ以上言葉を継がなかった。
「彩乃はアイドルになり、夢が叶った。僕の役目は終わったんですよ、そう彼女は終わったんです…」
そう言って祐也は傍らに置いてあった微かに騒がしい音を漏らすスマートフォンを触った。
「・・・」
一方、試写会会場は静かだった。先程までの騒乱が嘘のようにその場に居た全員がある一点に集中している。
ゥィィン…
尻餅をつき捲れたスカート、M字に開かれた彩乃の脚の付け根に蠢く物体に…。
「イ…イヤァーーーッ!!」
一斉にたき続けられるフラッシュと場内に響き渡る彩乃の叫び声。咄嗟に裾を押さえ込んだが秘裂から溢れる淫水に濡れた内腿は先程までの音声の信憑性を増させる。
「ち…違う、それはその女が…」
泉堂が保身の台詞を吐こうとした瞬間、スクリーンにある映像が映し出された。
立ち上がった祐也の顔を見上げた瞬間、芹亜は言葉を失った。そこには彼女を犯された怒りも、別れた悲しみも無い。
「そうだ…折角だからコレ…」
そう言うと胸ポケットから取り出した黒いケースの中の1枚の紙を芹亜に手渡した。
「な…何よコレ…」
その名刺にはこう印字されている。
《大東亜興業株式会社 代表取締役 桂木 祐也》
「こ…これは…?」
それは業界トップ、つまり芹亜が所属する事務所より遥か上位の芸能事務所の名刺だった。
「緊急役員会議でも満場一致でご賛同戴けました。まだまだ頼りないですが、今後とも宜しく」
「ン…ンン…」
スクリーンには二人の男女、捲れた裾から見える白いお尻は誰もが何をしているか、そしてその服装から誰なのかを容易に理解させた。
『ククク…馬鹿みたいに金出して何枚もCDを買ってまで集まった野郎共が後ろから突かれてケツ振ってるお前を見たらどう思うかな?』
『ァ…アアアーーッ!!』
『な…何を…』
『プレゼントさ…ちゃんと着けて出るんだぞ』
それは開演前の控室での映像。
「ウ…ウワァァァーーーッ!!」
知りたくなかった事実を確定されたファンが暴徒と化して押し寄せる。最早警備員だけでは手に負えず、関係者全員を奥の控室に誘導した。
「どうにかなんねぇのかよ、この役立たず共ッ!」
泉堂の怒声が響く。
「無理ですよ!芸能関係者だけなら圧力をかけて口封じ出来ますが…生放送じゃ無かっただけでも…」
「ディレクター!大変です、一連の全てが動画サイトに生中継されてます。それどころか物凄い勢いでネット上に書き込みが…」
駆け付けた警察官や機動隊により暴徒と化したファン達を抑え込み鎮静化させられたが、隙を突いて抜け出したレポーター達が控室のドアを叩き、叫んでいる。
「彩乃ちゃん、出て来きて詳しく聴かせてくれ!ていうか出て来い!」
「泉堂さん、どういう事ですか!?」
ドンドンッ!!
ドンドンッ!!
最早何が起きたかなど判断もつかず、彩乃は部屋の隅で怯え震えている。
「怖い…助けて…助けて祐くん…」
身体を小さく丸め、大粒の涙を流しながら彼氏(だった者)の名を呼び続けている。
♪♪♪♪~
まるで呼応する様に専用着信音が流れる携帯を荒らす様に鞄から取り出した。
「ゆ…祐くん助けて!助けて!助け…」
通話ボタンを押して必死に叫ぶが無情にも返事は無い。ただ無機質にメールの到着を知らせるだけだった。
「………ぁ」
『サヨナラ』
液晶画面に表示されたたった4文字が全てを語り、彩乃の中でギリギリ残っていた何かを途切れさせた。
ある意味正気に戻ったと言っていい。正気に戻ったからこそ、鏡に映った自分、その事実に堪えられなかった…。
ボサボサになった髪と乱れた衣装、そしてボトボトと抜け落ちたバイブが床でうねり、ポッカリとあいた穴から零れる精液が太股を伝い流れる。これが憧れたアイドルの姿?
「ぅ…ゥウ…イヤァァァーーーッ!!」
信じられない程に大きな慟哭をあげた後、崩れる様に倒れ込み放心した彩乃がブツブツと呟きながら歩き始める。
カチャ…
「あ…彩乃ちゃん、話を聴か…せ…」
扉を開けて出て来た彩乃の異様な雰囲気に気圧されレポーター達は退くように道をあけた。
「・・・・」
フラフラとまるで夢遊病患者の様に歩く彩乃、その瞳には全く生気が無かった…。
「祐く…ん何処ぉ?何処にいるのぉ…?」
「畜生、何処のどいつかは知らねぇがよくもやりやがったな」
混乱に乗じて一人逃げ出した泉堂。自分以外は欲望を満たす為の単なる道具としか考えていない。冷静になった所で思い当たる節が多過ぎる泉堂に首謀者が特定出来はしないだろう。
―翌日―
大手の報道各社は今回のスキャンダルには触れていない。…が、その代わり映画の話題も報じられる事は無かった。しかしいずれゴシップ誌のようにプロデューサーと新人アイドルの醜聞を書かざるをえないだろう。既にネット上では凄まじい勢いでスレッドが立ち上がり、削除していくプロパイダーの作業も焼け石に水、それどころかその必死さが事の信憑性を物語っている。
芸能事務所各社は泉堂と関係を持っていた人物を秘密裏に抹消して存続を謀り、芸能人は電撃入籍などで誤魔化していく。
「ゥゥ…畜生…」
あの日から1ヶ月が経ち、一大スキャンダルは新たなニュースに上書きされ人々の関心は薄らいでいった。だが泉堂は業界から追放され職も影響力も失っていた。
結局映画は公開されず、多額の負債は原因である泉堂に賠償金と共にのしかかってきた。全資産は凍結され手持ち金も底をつき始めている。
馴染みの店も門前払い、かつて自身がそうしてきた様にADにすらゴミの様にに扱われる始末だった。
泉堂が最後に訪れた場所、それは以前ゴタ消しに使っていた闇の巣窟だった。
「確かに泉堂さんにはお世話になりましたし、コチラとしても出来る限り恩返しをしたい所です…」
業界にいる限り直接では無くとも少なからずこういった組織に係わりがでてしまう。
身なりこそ高級ブランドでピシッとしているものの近寄り難いオーラを纏っている。そして愛想のよい笑顔に隠された眼は決して笑っていない。
「そ…それじゃあ…」
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