「ホラよ…」
「ん…有難う」
あの時と同じ場所、同じ缶コーヒーとジュース、そして同じ星が瞬く空…。何もかもが同じだ、たった一ツを除いて…。
「…祐…くん」
抱き締めた僕の腕のYシャツの袖を引っ張るとそっと目を閉じた。
「・・・」
「……どう…したの?」
触れられ無い唇に彩乃が不安気に見上げてくる。
コツン…
「痛…ッ、もう何するのよ祐くん?」
不意打ちでデコピンを喰らった彩乃は額を擦り、口を尖らせている。
「馬~鹿、今お前は一番大事な時期なんだ。スキャンダルのネタは避けなきゃならない、少しは自重しろ」
「……あ…うん…そう…だね」
フ…と視線を落とす。その複雑な表情は何に対してなのだろうか…。もっともソレが何であれ今の僕には何の価値も無かったのだが…。
「さぁ、もう帰ろう。明日も忙しいよ」
「……ウ…ン」
それからの5日間、彩乃と共に笑い、叱責し、激励し、慰めた。そんな僕と彩乃の時間はどんな三流作家でも書かない様なごく平凡な茶番劇にすら思えたのだった。
「・・・・・」
ここの処、帰宅してからの僕は何をするでも無く、放送が終了した砂嵐の様なテレビ画面をただ見詰める夜が続いていた。いや…この1ヶ月僕の見ていた全てが同じだったのかもしれない。
―試写会前日―
「皆様、本日はお忙しい中、誠に有難うございます。私は未だ祖父の足元にすら及ばぬ未熟な若輩者ではございますが…」
大東亜興業の新社長として正式に僕は関係者の前に立っていた。責任者が決まり安堵する者、この機会にと野心を抱く者、あくまで自分の立場を知る者、その目が語っている。これが祖父が僕を指名した理由か…。
こんな事が出来るなら彩乃をは…、いや今の僕の使命はそんな小さな事じゃない。この大東亜興業に災いとなるものを排除する事だ。
「社長、例の件ですが…」
お披露目のパーティーも一段落着いた時、特別班から報告が入った。準備万端全てが滞り無く完了、あとは当日を迎えるだけだ。
ピ…ピ…ピ…
「あ…彩乃?夜にゴメン…実はちょっと会社でトラブったらしくて明日は先に行っててくれないか?ああ、現地集合って事で…。早く寝ろよ、折角の大舞台に目の下に隈作ったむくみ顔なんて見せられないだろ?…ああ、僕も"愉しみ"にしてる。……じゃあ…な」
ピ…
「おやすみ…良い夢を…」
―公開記念特別試写会 当日―
会場は多くの彩乃のファンとマスコミ関係者で溢れていた。このチケットを入手する為、応募券付きの1stシングルCDは記録的な売上げを見せ、彩乃が国民的なアイドルとなった証明でもあった。
「おかしいな…祐くんまだなのかな…?」
関係者以外立入禁止のバックヤードで各方面に挨拶をしながら未だ姿の見えないマネージャーを捜していた。
「あ、彩乃ちゃん。いよいよだね。緊張してる?」
「あ、お早うございます。今日は宜しくお願いします」
すれ違うスタッフに頭を下げながらも目は人混みを追っていた。動ける範囲は全て捜し、携帯にかけても繋がる事はなかった。
「…ここが最期…」
貼紙にはプロデューサーの名前が書かれている控室の扉、この奥にあの男がいる。
コンコンコン…
「お早うございま~す」
ある種の緊張が走る。
「オゥ、来たか。ン~?ボウズはどうした?」
「そ…それが…」
簡単に状況を説明すると静かにうなだれた。
「だがお前独りってのは都合が良いな。ちょっとコッチに来な」
そう言うと彩乃の腕を掴み、強引に引き寄せた。
「あ…でも時間が…メイクも…」
言葉は拒絶しても身体は疼き始めていた。
「ン…ンン…」
四つん這いになり、片膝で包まった下着、白い尻を突き上げた姿で後ろから無粋に捩込まれた肉棒を受け入れている。思わず漏れそうになる喘ぎ声をスカートの裾を咥える事で堪えていた。
「ククク…馬鹿みたいに金出して何枚もCDを買ってまで集まった野郎共が後ろから突かれてケツ振ってるお前を見たらどう思うかな?」
下卑た笑みを浮かべ欲望の白濁液を彩乃の腟内にぶちまけた。
「ァ…アアアーーッ!!」
口許から涎を垂らし、グッタリと横たわる彩乃。白濁の零れる秘裂と菊門に冷たい感触が侵入してきた。
「な…何を…」
「プレゼントさ…ちゃんと着けて出るんだぞ」
無機質な機械音は低い羽音をたて彩乃の股間を凌辱する。
「そ…そんな…」
コンコンコン…
「そろそろお願いします」
彩乃の抗議は呼びに来たADによって遮られてしまった。
「さぁ、行くぞ」
「ハ…ハイ…」
「本日は当試写会にお集まり頂き有難うございます」
MCの言葉により始まった試写会、もう逃げ場は無かった。
(ク…ゥゥ…)
容赦無く襲いくる快楽に堪え、どうにか営業スマイルを絶やさぬ様努力している彩乃の横でプロデューサーはいつもの自信タップリな態度でレポーターの質問に応え、彩乃を褒めちぎる。
「大丈夫?彩乃ちゃん、調子悪そうだけど…」
共演者の一人が声を掛けてきた。原因は勿論、彩乃の股間でうねっている2本のバイブレーターだった。泉堂は話しながらリモコンを操作し、羞恥と快楽に堪える彩乃の様子を見て愉しんでいたのだった。
「だ…大丈夫です。こんな大舞台初めてで緊張しちゃって…」
「そう…だったら良いけど…」
僅かに頬を染め、小刻みに震える彩乃の言葉を鵜呑みにしたようだ。
ひと仕切り泉堂プロデューサーの雄弁を聞き終えると一人のレポーターが彩乃に質問を投げ掛けた。
「スミマセン、所属していた事務所から独立してまでこの映画に挑んだ覚悟と理由をお聞かせ願えますか?」
「・・・エッ?」
寝耳に水だった。自分はそんな事は一言も言ってないし、話も聞いていない。言葉を失い呆然とする彩乃にレポーターは一枚の紙切れを突き付けた。
「今朝、このFAXが全てのマスコミ各社に送られてきたんですよ。彩乃さんのサイン入りでね」
その紙切れにはこう綴られていた。
【拝啓 マスコミ各社様
この度、私 水無月彩乃は一身上の都合により所属事務所から独立し、泉堂氏プロデュースの下、芸能活動を続けていく事になりました事をご報告申し上げます。
―水無月 彩乃―】
「そ…そんな…」
彩乃には全く身に覚えの無い事だった。しかし1stアルバムがいきなりのランクインし、主演映画発表当日による電撃退社発表の販促手段はマスコミが喰い付くには充分過ぎるインパクトだった。
戸惑う彩乃から注目を逸らす為、泉堂がMCに指示を出す。
「エ…エ…ッと、それでは質問はこれまでとし、お楽しみの映画をご覧頂きたいと思います」
―同時刻―
上映会場からかなり離れた駅前のベンチに祐也が座っていた。
「そろそろかな…」
何かを映し出しているスマートフォンを眺めていると後ろから声を掛けられた。
「アラ?桂木君じゃない。どうしたのこんな所で。確か今日は大切な彩乃ちゃんの試写会なのにマネージャーがサボってるなんて感心しないわね」
声の主は芹亜だった。
「そう言う芹亜さんこそどうしたんですか?」
「私は久々に貰えたオフを満喫中よ。そうだ、良かったらお茶しない?この私が誘ってあげるんだから光栄に思いなさい」
「アハハ、喜んで…」
祐也は少しだけスマートフォンを操作するとポケットに仕舞い込んだ。
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