そうだ…泉堂プロデューサーの話を承けたのは僕だ。だからこそキッチリ話をつけなければ…。
「貴方だってこの業界がただ煌びやかなだけでは無い事は知っているわよね?抗議でもするつもり?例え証拠が有ったとしても簡単に握り潰される、泉堂はそういう男よ。まして彼女に起こった事実は変わらないわ。逆らえば逆にこの世界で生きてはいけない…」
現在トップアイドルの座に君臨する槙備、そのオーラに気圧され言葉を継げなかった。だけど僕は彩乃のマネージャーなんだ。
「さぁ…どう動くつもりかしら?」
・・・・
「で、どうする気だ?」
泉堂は深々と腰をかけ、睨みを効かせている。
「そのツラだと、気付いてんだろ?俺が何をしたか…」
「き…今日はお願いに参りました」
本当は今すぐにでも殴り倒したい、自分が何をしたかその身に解らせたい……だけどそれは彩乃の将来の為には…。沸騰し逆流する血を、震える拳を、猛る心を無理矢理抑え込み、血を吐く思いで言葉を継ぐ。
「せ…泉堂プロデューサーのお陰で彩乃もかなりに…人気が出てき……ですからこれ以上手を出さな…噂がたっては互いに利になりま…」
「恋人を犯した男に頭を下げるというのか?」
ギリ…ッ
泉堂がわざと嘲り煽っているのは判る、コイツはそういう男だ。
「いえ…今の私は彩乃のマネージャーです。ですから彩乃にマイナスとなる可能性を除外した上で……」
「…上で?」
「彩乃をよ……宜しくお願いします」
90度…体を直角になるまで頭を下げる。こんな事では足りないかもしれない、この男なら土下座や靴を舐めろとまでも言うだろう。だが…。
「…良いぜ。その気概に免じて俺が彩乃に手を出すのは止めてやろうじゃないか。世の中ヘラヘラと媚びる奴が多い中、お前みたいな奴俺は嫌いじゃねぇぜ」
「あ…有難うございます」
もう一度深々と頭を下げ、部屋を後にした。
「胆の据わった良い彼氏じゃねぇか…なぁそうお前も思わねぇか?」
そう言って視線を下げた先、机の下で隠れる様に身を屈めている少女が目に涙を浮かべながら頭を上下に動かしていた。
「フ…負け犬が…」
ダンッ!!
玄関を抜けた一番最初の街路樹に拳を叩き付ける。力だ…僕に力があれば彩乃をあんな目に遭わせずに済んだ。
~♪~♪
「ハイ、桂木です。あ、先日は有難うござ…エッ?遺言…」
着信音は一ツの希望を運んできた。一瞬悩んだものの僕は了承し、その準備に取り掛かった。
映画公開まであと1ヶ月余り…僕は緊急役員会議の壇上に立っていた。
「…それでは決を摂りたいと思いますので皆様投票箱に…」
結果は満場一致、祖父の遺言との事もあり、最初の反対派も筆頭株主である祖母と両親の時にお世話になった顧問弁護士が後見人となる条件で賛同を得る事が出来た。あとは…名義変更と各種届け出、そして今の会社、つまりメガプロのカタをつけねばならない。
会社には病欠と届け出ておいたので数日なら自由がきく。その数日である程度形にしておかなくては…。幸いにして名義変更の届け出の書類などはスムーズに受理され、名実共に大東亜興業の社長となれた。あとはタイミングの問題…。
最近の彩乃は以前の様な暗く疲れた表情をしなくなったらしい。それどころかイキイキと積極的に仕事をこなしてレコーディングも完了、既に生産に入っているとの事。だから僕も彩乃の為に…。
「桂…木…君?」
槙備芹亜…何故いつもこう嫌なタイミングでこの女性と出くわすんだろう…。
「何故最近姿を見せない貴方が此処に居るの?」
「あ、スミマセン…実は今から病院へ行くところなんですよ…」
「病院…?何処か悪いのかしら、見た目いつもと変わらないようだけど…」
相変わらず鋭いな…、だからこの女性は苦手なんだ。アイドルより参謀向きなんじゃ無いだろうか。
「そう、でも今貴方が見るべきは自分の体じゃ無くて彼女なのでは?大変な時に支えてあげなくてどうするの」
芹亜の言葉はいつも僕の心に突き刺さる。僕よりも長く業界にいて多く知っているだけじゃない何かがある。
心に過ぎる一抹の不安、僕は泉堂プロデューサーの控室へと向かった。
「・・・ッ!?」
ドアをノックしようとした瞬間、微かに聴こえてくる居るべき以外の人の声。
「…まさか」
ソッとドアを細く開けて中を覗き込むと…。
「アッ…アアッ…ンン…ハァ…」
彩乃だ…机に突っ伏した彩乃が泉堂に後ろから犯されていた。
(何故だ…?予定ではこの時間インタビューを受けている筈、しかも場所はこことは真逆の方向… つまり彩乃自身がここに来た?まさか…いや、しかし…)
いくら考えても違和感が拭えず、全てが最悪な結果を導く。そして何より彩乃の目は強姦され凌辱に苦しむものでは無く、性欲に溺れ快楽を貪る雌そのものだ。
(……彩乃)
最期の望みをかけて携帯を鳴らす。
~♪~♪~♪
「ぁん…ん…祐く…ん…」
(出てくれ…そして僕の名を呼んで助けを…)
携帯を手に取り、そして……
ピッ…
……切った。
「んあ…あ…後で…掛け直せば…あっ…ああ…イイ…」
(・・・・・)
その瞬間僕と彩乃を繋ぐ何かが切れた気がした。
最早決定的だった、僕が見たのは疑い様の無い残酷な現実だった。
(・・・・・)
僕は音をたてないようにゆっくりと立ち上がり、その場をあとにした。そしてビルを出たと同時に電話を掛ける。
「モシモシ、桂木です。実は調べて貰いたい事が…ええ、その試写会の……お願いします」
流石は祖父が仕切っていた会社だった。僅か数分の後、メールが送り返されてきた。そこには会場の場所だけで無く、日時や参加予定社とその連絡先、設営する業者と会場の見取り図まで添付されていた。改めて祖父の力に驚かされる、コチラが全てを話さずとも望む情報が全部手に入った。
見取り図を基に必要器材を揃えて貰い、ネットワークに詳しい数名のスタッフと共に設営業者に臨時のバイトとして潜り込むのにも成功した。次は…。
試写会1週間前…僕は所属事務所の社長室を訪ねていた。
「…という訳で申し訳在りませんが…」
「そうですか…大東亜の社葬の際に君を…いえ、貴方をお見掛けしたので疑問には思っていたのですが…。正社員への登用の話も出ていたので当社としては大変残念です」
これまでの社長と照らし合わせると零れそうな笑みを堪え難い程の豹変だった。改めて力関係の凄さを理解した。
「で…では…早速引き継ぎの者を…」
「その事なんですが…」
引き継ぎの必要が無い事に頭を傾げていたが、そんな事は関係無かった。
「…これで下準備は完了…っと」
日時設定をしたFAX機にある文章が書かれた用紙を読み込ませる。
「…これでヨシ!」
あとは当日まで普段通りに過ごせば良い。
「嗚呼~祐くん、心配したんだからねっ!」
久し振りに会った彩乃はいつもと変わらず、いや上機嫌で接してきた。不思議なものだ…そんな彩乃を見ても何も感じない。お陰で僕も普通にこれまで通りのマネージャーを演じられる。
「アハハ、ゴメンな。ちょっと色々言い難い状態でさ…」
どうやらまだ彩乃には既に僕が退社している事は知らされていないようだ。尤もそうじゃなきゃ困るけど…。
収録を終えた帰り道、打ち上げパーティーで誰かの悪戯で僅かにリキュール酒を混ぜられたジュースに酔った彩乃は殊更僕に甘えていた。腕にしがみついていないとフラフラとして歩き辛そうだ。
「飲み物買って来るからちょっとここで休んでてくれ」
このベンチはあの日彩乃と初めてキスして、二人の未来を夢見た場所。大切な想い出の場所だった。
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