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1:美貌貴婦人と雇われ運転手6
投稿者:
kana
◆ESCVVanDCU
美貌貴婦人と雇われ運転手5
秋も深まる薄曇りの黄昏、醍逢家頭首誠司のベルリン渡航を空港まで見送った千壽貴婦人を、ひとり後部座席にお乗せした運転手 蛭田は、高速路を一路邸宅に向かって車で疾走していた。後部座席のバックシートにぐったり身を預けたまま、千壽夫人は走り去る殺伐とした晩秋の景色を車窓から眺めつつ、独り物思いにふけっていた。バックミラーに映る美貌おくさまの寂しそうなそのお姿に、本来なら慰めのひとことをお掛けするのが仕えるものとしての心配りであったろうが、邪(よこしま)な恋慕の情を抱く蛭田にとっては、むしろ、狙った美しい獲物を糸でからめとろうとしている毒蜘蛛の興奮に似た胸の高鳴りに身をゆだねるひとときであった。 蛭田は、美貌おくさまのふくよかな和装姿をバックミラー越しに覗きみながら、あろうことか毎夜密かに眺めていた深紅のイブニングドレス姿のおくさまの,淫靡なお写真の映像にだぶらせながら淫らな妄想にふけっていた。肉欲そそるあの画像の…豊媚な美貌貴婦人の紛れもない生(なま)の肉体が、すぐうしろの後部座席に身をゆだねているのだ。しかも、いまや蛭田の運転する車にただおひとり…‥みるからに無防備なお姿で……。 うう~~!このままどこかの裏さびれた小道にお車を乗り入れて、……あのむっちりした和装姿のおくさまの帯締めを……この手で強引に解きほどき、着物の胸ぐらをひきはだけて…たわわな乳房を掴(つか)みだしてやろうか…‥。いや、後ろ向きに押し倒して……着物の裾をめくり上げ、まっしろい双臀を剝き出しにして………。うう~~っ!……想像するだけで、股座(またぐら)の物が膨らんで……そそり立ってきよる。 い……いや、いかん!沼山さまのご指示に背くことは…‥。……焦ってはならぬ。 "急いては事を仕損じる"とはこのことよ。蛭田、他ならぬあの沼山さまが……"必ずや、おまえにあの美貌夫人のからだ、好きにさせてやるぞ…"とおっしゃったのだ。そしてあの誠司様はようやく今日遠い外地に発たれた。機は熟しつつある。あとは沼山さまの最後の一手を…待つのみ。今しばしの辛抱じゃわい。 指示するまで決して動くなとかねてより蛭田は固く約束させられていた。美貌おくさまおひとりを乗せてひた走る車のハンドルを握りしめながら、ふつふつと滾る欲望をかろうじて抑え込んだ蛭田。 一方、そんなこととはつゆ知らず後部座席に身を預けた美貌の千壽貴婦人は、夕暮れのうら寂しい車窓の景色をただ漠然と眺めながら、空港での夫誠司との別れのひと時を思い出していた。 「千壽、たぶん数か月のベルリン滞在になると思うが、あとは頼むぞ。」 「あなた、遠い異国へのご出張、ほんとうにご苦労様です。 無事のお帰りを…‥お待ちしておりますわ。」 「ああ……、欧州ではいまや破竹の勢いの独逸帝国への旅だ。わが醍逢家にとってたぶん将来大きな商機に繋がる渡独となることだろう。むこうでは忙しくなると思うが、できるだけ手紙を書いて送るから心配するな。」 「それにしても、あなた、水も食べものも異なる異国です。くれぐれもご無理のないように。」 「ああ、分かっている。そんなに心配するな、千壽。」 「はい……、あなた、お元気でいってらっしゃいませ。」 「……ああ、そうだ。ひとつ大事なことを伝え忘れていた。 千壽、実は娘京華のことだが‥‥夫の寿慈くん、来年明けを待たずに満州(中国北東部)に発つらしい。」 「ええっ!あなた、本当ですか!」 「ああ、この前、陸軍調達本部との情報交換会で、会合の後、懇意にしている少将から密(ひそか)に耳打ちされた。本人にはまだ赤紙通達(召集令状)は届いていないと思うのでここだけの話にしておいてくれ、と打ち明けられた。」 「まあ…。寿慈さんまで‥‥外地に……。」 「いや、わたしと違って、寿慈くんは……満州の戦線だ。時代の流れとはいえ、京華も心中必ずしもおだやかではあるまい。ひと月せぬうちに京華もきっと寂しくなる。できるだけ機会を作って、会いに行ってやってくれ、千壽。」 「もちろん、そういたしますわ、あなた。」 「うん。では、あとのことは頼んだぞ。これから寒くなる、風邪をひかぬよう気をつけなさい。 では、いってくる。」 「お早いお帰りを……お待ちしております、あなた。」 千壽にとって夫誠司の渡独だけでもとても心寂しい出来事であったのに、なんと愛娘の連れ合いの寿慈さんまで……。しかも、日本の統治間がない満州への出兵という思いがけない事実を知らされ、心ならずも夫人は衝撃を受けていた。大日本帝国による満州統治は近頃不穏な情勢が伝えられていた。中国の抗日地下組織が満州主要都市で根を張りつつあるとされ、帝国軍はその活動を根絶やしにせんと日夜苦闘していた。その満州への出兵となれば最悪の場合、生死にかかわる事態もあり得る。夫の無事を祈らずにはおれぬであろう愛娘の心中を思って、千壽夫人はいたたまれない気持ちになっていた。 "そうだわ。帰宅したら、早速京華に手紙を書かなければ…。寿慈さんに赤紙がくることは伏せて、それとはなしにご機嫌伺いを……。できれば、久々に実家である醍逢邸に寿慈さんと是非遊びにいらっしゃい……と認(したた)めて……。" しかし、その夜、千壽夫人が認めた娘京華への心のこもった手紙が寿慈宅の郵便受けに届いたとき、娘夫婦は東北への温泉旅で不在であった。帝国陸軍本部での多忙な日々の軍務の傍ら、寿慈は愛妻を伴ってしばしば東北の鄙びた温泉宿を訪れることを好んだ。新婚早々であったが、寿慈は軍本部の活動を通じ中国満州の不穏な情勢を把握して心中必ずしも心穏やかではなかったのである。これではいつ赤紙が自分に来るかもしれない……、愛妻を連れての東北旅は寿慈のささやかな現実逃避のひとときであったといえる。そして、図らずも寿慈の予感はまもなく現実になる。 東北旅から夫と帰宅した娘京華が義母千壽夫人の手紙を手にして数日経たないうちに、思いがけずも夫寿慈への赤紙(召集令状)が通信兵によって届けられたのであった。 急遽その事実を電報で知らされた千壽夫人は、すぐさま印旛村の寒村に住む娘夫婦宅に向けて蛭田の運転する車の後部座席に身をゆだねていた。 「蛭田、できるだけ急いでください。早く娘に会いたいわ。」 「畏まりました、おくさま。 それにいたいましても、おくさま、旦那様が発たれたのはほんのこの前でございますが、お嬢様のお連れ合いもまもなく外地へ……とお伺い致し、実のところ少々驚いております。しかも、なんと満州軍へのご招集だとか……。」 「ええ……。」 「おくさまも当分の間、おひとりでお寂しいでしょうに……。お嬢様まで……。」 「寿慈さんは…戦場…です。娘にとっては……わたしの寂しさなど比較にならない……不安で心もとない心境に違いないわ。誠司は数か月、遅くとも半年後には必ず帰ってきます……。でも寿慈さんは……。」 そう呟きながら思わず言葉をつまらせた美貌夫人に、蛭田は一瞬同情を感じはしたものの、あろうことか内心ほくそ笑みながら、慇懃無礼極まる胸の内のことばを飲み込んでいた。 "……そうでございますね。おくさまはお寂しいどころか……、まもなくこの蛭田と……夜ごと全裸の淫ら遊び……。嬉し恥ずかしの肉の愉悦に狂われ……夜ごと随喜の涙を流してお歓びなさるはずでございますから……。かねてよりおくさまの深紅のドレス姿のたまらないお写真を眺めながら、夜ごと自らを慰めておりましたこの蛭田でございます、おくさまのむっちりしたそのおからだ……拝見させていただくのが、がなにより愉しみでございます……。なんなら、この蛭田が……お寂しくなられたお嬢様のお相手も……させていただいても……。" 美貌貴婦人と雇われ運転手 印旛村の村はずれのこじんまりした邸宅で、娘京華、寿慈と久々に再会した千壽夫人は、愛に育まれたふたりの幸せそうな変わらない姿にひとまずほっと安堵した。寿慈はもちろんのこと、娘京華も、軍人の妻として夫の満州出兵を心静かに受け止め、それなりの覚悟を決めているように見受けられた。寿慈はほぼ二週間後に慌ただしく満州に発つという。 愛娘の手料理に舌鼓を打ち、寿慈と娘から東北旅のつれづれ話を聞きながら、久々に心安らぐひと時を過ごした千壽夫人は、二週間後の寿慈の満州出立の日、上野発午前八時の特別列車の見送りを約して、その夜遅く印旛村をあとにした。 そして二週間は慌ただしく瞬く間に過ぎ、寿慈満州出立の日を迎えた。 「お母上、お見送りありがとうございます。 わが日本国のために、帝国陸軍将校として満州で立派に軍務を果たしてきます。 妻、京華のこと、よろしくお願いしますね。」 「ええ、寿慈さん、娘のことは大丈夫。心置きなくいってらっしゃい。」 「発つ前に…できれば御父上にお会いしたかったのですが……、あいにく独逸ご出張で……残念です。お帰りになったら、寿慈からくれぐれもよろしくと…どうかお伝えください。」 「ええ、必ずお伝えしますわ。」 「京華……元気でな。軍務を無事果たして帰国したら…、また東北に行こう。」 「ええ、あなた……きっと‥‥きっとですわね。」 「うん……。きっとな。 では、いってくる。 母上、行ってまいります!」 「いってらっしゃい、寿慈さん。無事のお帰りを…娘とお待ちしておりますわ。」 大勢の見送りの群衆の大合唱と無数の日章旗が打ち振られる中、上野発の特別軍事列車の車窓から多くの兵士に交じって、静かに敬礼しながら走り去る寿慈の姿を垣間見て、思わず涙ぐむ愛娘を千壽夫人はやさしくかき抱いていた。 そしてその夜、一夜を千壽夫人宅で静かに過ごした愛娘は健気(けなげ)にも翌日の早朝、印旛村の自宅に向け醍逢家邸宅をあとにしたのであった。 哀しきかなこのひとときが千壽夫人と娘京華の、とわの別れの最後の夜になるとは……母娘ともこのとき想像だにしなかったのであった。 美貌貴婦人と雇われ運転手 極寒の冬が去り、ようやく春の気配が桜の蕾を膨らませ始めた頃、千壽夫人は一通の封筒を受け取った。待ち望んでいたベルリンの夫からの書簡かと一瞬胸をときめかせたのもつかの間、その封書が海外からのものでないことにすぐ気づき夫人はたちまち落胆した。封書の裏を返せば、通常送り主が知れるのだが、なにも記載がない。表書きは邸宅の住所とともに醍逢千壽さまと記されてあったが、荒れた流れ字の筆跡はなんとも知性を感じさせず記憶にないものであった。少々不審な印象を抱きながら、その封書の封を切ろうとしたその時、醍逢家老執事が夫人の私室扉をノックしてその日訪れる予定であった来客の到着を告げた。夫人は封筒をそのまま扉横の丸テーブルに残し、そのまま客間へ向かった。 封を切らず残したその不審な封筒のことを千壽夫人が思い出したのは、来客が去り、一連の夫人の執務が終わって、執事の運んできた夕食をいつものようにひとり寂しくとり終え、入浴して一日の疲れを癒したあとであった。 そろそろ寝ようと自室に戻り裾先まであるワンピースの薄絹の夜衣に袖を通して腰ひもを軽く結び終えたとき、なにげなく見た扉横の丸テーブルの上に残された封筒…‥。 まあ…忘れていたわ。 誰かしら……送ってきたのは‥‥。 千壽夫人はおもむろにその封筒を手に取り封を切った。 一枚の便箋に走り書きされたような乱れたひらがな文字‥‥。そしてその便箋に包まれるように添えられていた一枚の写真が夫人の手元から滑り落ちた。 何かしら?絨毯の上に落ちたその写真を拾ってなにげなく見たその瞬間、美貌貴婦人は思わず息を吞み瞬く間に全身を硬直させた。 その画像には、荒縄で緊縛された和装姿の女性が……。裾を乱したまま、左肩肌脱ぎになった胸元のまっしろい膨らみがいまにも零れんばかりの危うい姿で後ろ手に荒縄で緊縛されて……。そして千壽夫人の、驚愕におおきく見開いた瞳は、その女性のみだれ髪の這った俯き加減の美しい瓜実顔に釘付けになっていた。 き‥‥京華! 美貌貴婦人は動転した。 そ‥‥そんな…‥。そんなはずは! 千壽夫人は震える手でその写真をベッドサイドの手元照明の明かりに近づけ、恐る恐るもう一度画像を確かめた。しかし、まぎれもなく、それは娘京華の横顔であった。しかも、荒縄で緊縛され、抵抗しながら縛られたのか、着ている和服は乱れ、脹脛(ふくらはぎ)はおろか左肩が剥き出しで胸元からまっしろい豊かな乳房の膨らみが覗いている。 千壽夫人は震える手で同封されていた便箋を手に取りなおし、走り書きの稚拙な文字に目を落とした。 "ちずおくさまへ。むすめのきょうかおじょうさまは、ごらんのとおり、だいじに あずからせていただいております。ぶじにおじょうさまをかえしてほしければ、おくさまおひとりで、さるばしょまで ひるた のくるまで いそぎおこしください。なお、このことは ひるた いがいには、いっさい たごんなさらないやうに。まんいつ かってなことをなさるようなことあれば、おじょうさまのおいのちのあんぜんは ほしょういたしかねますので、あしからず。 みせものごやのくぐつし" (解説:"くぐつし"とは傀儡師のこと。人形浄瑠璃で人形をあやつる影役者、人形つかい。) あまりのことに、美貌貴婦人はその便箋と写真を握ったまま、崩れるようにベッドサイドに身を落としていた。 た……たいへんだわ。 ど………どうすれば………。 反射的に思わず老執事を呼ぶ鈴紐を手に取ろうとした夫人は、はっとなって思いとどまった。 と、とにかく冷静にならなければ………。 あ……あの娘(こ)が……こんなひどい姿で……。 ど、どうして"ひるた"の名前が……。 あの運転手……まさか! この"くぐつし"とやらと……。 千壽夫人はベットサイドに腰を落としたまま両手で額を覆った。困って逡巡したときの夫人の無意識のいつもの仕草であった。唯一頼れる最愛の夫の不在にいたたまれない焦燥と孤独を感じながら、しばらく夫人はそのままの姿勢で暗澹たる思いで思案していたが、"それどころではない、急がなければ"、と意を決していた。写真に焼き付けられた見るも無残な愛娘の姿に、美貌夫人は日ごろの沈着冷静な思考をほとんど奪われてしまっていた。 こうしているあいだに……あの娘(こ)は‥‥きっと酷い目に……。 とにかく、一刻も早く娘を救い出さねば……。 そう呟(つぶや)いた千壽夫人は、送られてきた便箋と写真を封筒ごと暖炉の上のオルゴールの小箱に入れると、ベッド脇の丸テーブルの上の私用便箋に老執事宛て短い走り書きを残した。万一数日してもわたしが帰宅しない場合は、暖炉上のオルゴール小箱の中の封筒を確かめるように、と……。そして流れるような艶やかな黒髪を後ろでポニーテイル状にしっかり結び終えたかと思うと、就寝用の薄絹の夜衣の上にそのまま全身を包む外出用コートを羽織った。そしてさらに慌ただしく執務机の鍵のかかった引き出しを引き開け、そこに仕舞われていた護身用の懐中拳銃と弾丸の入った小箱を机の上に取り出し、拳銃の弾倉を押し開いて弾丸を震える手でひとつづつ装填した。5つの弾丸を装填した懐中拳銃の重みに一瞬戸惑ったものの、すばやくそれをコートの懐中ポケットに忍ばせた美貌夫人は、邸宅の長い廊下を裏庭への勝手口に向かってすばやく移動していた。途中で女中部屋の前を無事通り過ぎたが、夜が更けたとはいえいつ召使らと遭遇するか知れず内心不安で胸がつぶれそうであった。 ようやく裏勝手口の扉を開け裏庭に出ると、ひんやりした夜風に思わずコートの襟元をひきしめながら、千壽夫人は蛭田の離れ小屋まで急ぎ足で駆け抜けていた。 薄暗い小道を抜け、蛭田の小屋の扉の前に立った美貌夫人は、その小屋の小窓からカーテン越しに光が漏れているのを確かめたあと、胸の動悸を静めようとその場で静かに瞼を閉じ、ひと息大きく深呼吸した。 さあ、千壽……いくわよ。 再び眼(まなこ)を開いた夫人は、震えそうになる拳(こぶし)をしっかり握りしめ、ゆっくり目の前の扉をノックした。
2026/02/06 18:33:42(bH2QfUOH)
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