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1:無題1
投稿者:
U.M
その時、私は家の中で一人で化粧をしていました。娘の恵美子の帰りが遅くなることは
電話で分かっていました。これから数時間は一人の時間を過ごすことになっていました。 私は鏡台に向かい誰のためでもない、誰に見せるでもない化粧に興じていました。高校の 教師をしていた私は、普段は殆ど化粧はせずに、服装も教壇の上では殆どトレーニングウ ェアーの上下で通し、普段も極めて地味なものしか着ていませんでした。真面目、地味、 未亡人。そんな暗いイメージしかない自分を鏡の中で変えていたのです。 私の住んでいるのは横須賀市の南端、京浜急行YRP野比駅からバスで5分ほどのハイ ランドという名前の住宅地です。この日は娘の恵美子がボーイフレンドの青也君を家に呼 んで誕生日を祝うはずでした。ところが娘が横須賀中央までケーキを買いに行っていると きに、梅雨明けの集中豪雨で久里浜駅近くの送電線が切れ、京浜急行が不通になってしま いました。復旧にはまだ時間がかかりそうだ、と泣きそうな声で電話があったばかりでし た。京急が不通ならば青也君も来れない訳だし、のんびり待っていなさい、と娘を安心さ せた後でした。 私は32の時に夫に先立たれました。その後は口うるさい親類の口撃に耐えながらも仏 事をこなし、ようやく恵美子も20になりました。40代も半ばを過ぎた今の今まで男性 とお付き合いしなかったわけではありません。何度か交際を申し込まれ大人の付き合いも 重ねてまいりましたが、相手の人はなぜか年上の方が多く、お付き合いしても話が合わな いと言うか、普段授業で若さ溢れる男子高校生と接しているだけに、年上の男の老いた部 分ばかりが目に付き、とても結婚までは考えられませんでした。 それと、私には人には言えない過去がありました。教師としてしてはならない教え子と の恋、37の時です。勉強の出来る子でした。母を亡くしかわいそうだった。そのうち彼 を好きで好きでしょうがなくなった。彼も私に夢中になってくれてそして一度だけの過 ち。私は自然と彼に身体を開いてしまいました。彼にとって私は初めての女性。その彼と は卒業と同時に私の方から身を引きました彼の将来のために。それはそれで綺麗な思い出 としてとっておけば良かった。でもその後がいけなかった。 少年の童貞を奪うマドンナの役はこの世の中でも最高の快楽として身体に擦り込まれてし まったのです。その後も何人かの少年に一度限りの性の手ほどきをしました。 でも今の私はひとりぼっち。一人で過去の思い出に浸り、誰に見せるでもない化粧に興 じる寂しい女。 先週デパートで買ったばかりのローズピンクの口紅を試してみました。いつもと違う雰 囲気に成れるかもしれない。 アイラインを入念に入れる。――― 真面目な女教師。 思い切って空色のマスカラを付けてみる。―――未亡人、若いのにかわいそう。 アイシャドーは少し濃いめに。――― 女手一つで娘を育て上げた立派な母親。 チークはブラウンで立体的に、――― 孝治君だったっけ、若い男。あの時は年甲斐もな く燃えてしまった。 鏡の中の自分に色々なことを考えながら化粧を施していくうちに、いつもの自分では絶 対あり得ないもう一人の自分に変身しようとしていました。ブラジャーをはずし、プレー ンな白のブラウスを素肌に着て、ブラウスの上から乳首の突起が目立ちます。上品で真面 目な女教師、ではなくて、女の魅力で若い男を誘惑し自分のモノにする。 「欲しい男、そんなものいないわ。」 男が欲しいことは正直な気持でした。だけど同年代の疲れた中年には何の魅力も感じま せんでした。もちろん年寄りもいや。私の理想は若い男。若くて筋肉質で肌がすべすべし て、私が初めての女として教えて上げる、かわいい男‥‥。 「ばっかみたい。」 そう口に出して言うことで、とんでもないことを考えそうになってしまう思考の流れと 身体の反応を振り払いました。 そのとき、玄関で呼び鈴が鳴りました。 「はーい。」 私は、それまでの考えを現実に戻すためにもわざと陽気に小走りで玄関に向かいまし た。ドアを開けるとそこには、大雨の中、ずぶ濡れになった娘のガールフレンド並木青也 くんが立っていました。 「こんにちわ。おばさんお久しぶりです。」 「まあまあ、青也くん。びっしょりじゃない。早く入って。」 ドアの外は激しい雨が地面をたたきつける音が響いていました。青也くんは雨の中を走 ってきたのか肩で息をしながら、白い息をはあはあ吐きながら言いました。 「本当、パンツまでびっしょりになっちゃいました。ごめんなさいこんな格好で。」「本 当にびしょぬれね、そんなことより早く早く、そのままシャワーを浴びなさい。着るもの 持ってくるから。」 「すみませーん。」 青也くんが後ろ手にドアを閉めると、今まで聞こえていた雨の音が何かに吸い込まれる ようにスーっと止んで、音のない世界にドアの鍵を閉める音が「カチャッ」と響きまし た。 私は青也くんを風呂場に導き、早く熱いシャワーを浴びるように促しました。青也くん の身体からは湯気が立ち、男の汗のにおいが女だけの家の中に満ちて行きましたました。 まるで渇いた砂漠を水が潤すように。
2003/07/30 10:21:38(K8CZ7JSK)
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