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1:引力
投稿者:
(無名)
今ではそれを目にすることは、少なくなったのかもしれない。昔はよく見られたけれど飲食店の軒先や公園などに設置され、銀色のBOXに薄青く光る蛍光灯のようなものが中に見えていた。子供の頃はあれは何だろうと不思議に見上げていると、突然カリッ!……バチッ!……っと音がしてびっくりしたものだった。親に聞いてみるとあれは虫を退治する物なのだと、そう教えられた。
それが誘蛾灯なのだと知ったのは、大人になってからである。今でも時々まだ古い街の店先にあるのを発見する事があり、穀物倉庫、或いは果樹園にも設置されているのだとか……。蛾や蚊が蛍光灯に見えるあの怪しげな薄青い光に吸い寄せられ、流れる電流でバチッ!……っと、なるらしい。 内向的な性格の早瀬実紅は古い図書館に勤めて、もう10年にもなる。目鼻立ちがはっきりしているからその美貌が目立ち、昔から言い寄る男が多くて男性が少し苦手だった。もちろん全ての異性がそうなのではないけれど、35にもなってひとりが楽なのは否めない。美人なのに視力が悪いことを逆手にとって、黒縁の眼鏡をつけたり地味な服を着たりして、目立たないように意識している。 カチッ!……バチッ!……。 建物の裏口に設置された誘蛾灯が、吸い寄せられた虫を退治する音が鳴り響く。退勤時間になった実紅が通用口から外に出ると、全身の毛が抜け落ちた醜い動物がいるのに気付いた。何?……犬? よく見たら顔の周りに残る毛並みから、狸らしいと分かった。この辺りのどこかに住み着く野生の狸は、朝夕になると時々その姿を目にすることがある。後で調べてみるとダニが原因の疥癬症による皮膚病で、猛烈な痒みと硬化した皮膚が盛り上がって毛が抜け落ち、あんな姿になったらしい。 その末路は知れており、このまま冬を越せず春を迎えることは奇跡に近い。実紅は1度も縁のなかった動物病院に寄って理由を話し、触れることは難しく塗り薬は無理だろうから、勧められた飲み薬を手に入れてこの日は帰宅した。次の日の退勤後に暫く辺りを探していると、植え込みの中にその姿を見つけた。目立ちたくなんてないだろうに毛のない肌が目立つので、わりとすぐに見つかった。 実紅が近づくと逃げるのだけれど、衰弱と皮膚が引き攣るらしく動きが弱々しい。こちらを見詰めるその子に見せながら小皿を下に置き、餌に薬を混ぜた物を盛ってその場から距離を置く。よほど空腹だったらしいその子は警戒しつつも小皿に近づくと、ペロリと平らげた。 明日も来るんだよ………。 そう告げる実紅をその子は暫く見詰め、去っていった。それから毎日その子は実紅を待つようになり、休みの日も薬入りのエサを食べさせ続けた。 すると1ヶ月も経つとその子はゴワゴワした皮膚の状態が改善され、少しづつ毛も生えてきた。そして3ヶ月も経つと、秋になった季節に追いついて、立派なフサフサとした冬毛が身体を覆う姿になっていた。 それからめっきり姿を見せなくなって心配していた実紅の前に、その子は突然その姿を現した。 同じくらいの大きさの狸と並んで数メートル先で実紅を見詰め、なんと後ろから子狸3匹が現れたのだ。一匹が実紅の直ぐ側までやって来て、どこからか拝借してきたらしい柿を、咥えていた口から地面に置いてみせる。逃げようともしないで見上げてくるその狸を見て、実紅は「その子」だと確信したのだ。彼は自分の家族を実紅に見せたくて、わざわざ連れてきたらしい。柿をお裾分けするなんて野生動物らしからぬ行動で、感謝の気持なのだとありがたく受け取ることにした。 彼は去り際に1度立ち止まると実紅を見詰め、身体が何かに包まれる不思議な感覚を覚えると、次の瞬間には彼をはじめとする家族たちの姿も忽然と消えていた。何かを言いたげな感じだったけれど、彼はただの狸ではないのではないかと思えてならないのだ。そうとしか思えないことが、実紅は実感することになるのだから………。 実紅は電車内で、よく痴漢の被害に遭っていた。 然るべき所に相談をすれば対処をしてくれるのだろうけれど、どうしても恥ずかしくて出来なかったのだ。内気な性格と何より感じやすい体質が災いし、抵抗できない女として餌食になってきた。下着の中に入れられた手に好き放題にされ、どれだけ絶頂に導かれたのだろう………。 今年も憂鬱な時期がやって来る。 それは健康診断であり、あの胃カメラの不快さを思い出すだけで嫌になる。そして何よりも婦人科系が苦痛で、マンモグラフィと子宮頸がん検診までする念入りようなのだから……。 通常の健康診断を終えると、いよいよ婦人科系である。溜息をいくらつこうと検査着を着る実紅の視界には検査室の扉が、見えてきてしまった。 楽にしてくださいね〜……それではいきますよ〜 無惨に挟まれて潰れる自分の乳房が、悲鳴を上げる。平気な人もいると言うけれど、会ってみたいと実紅は本気で毎回そう思う。そして子宮頸がん検査が待っている。同じ女性でもマンモグラフィのほうが嫌だという人は少なくない。血が苦手な男性は血液検査のために血を抜かれるのが苦手な人が、意外と多くいる。実紅はマンモグラフィよりも血を抜かれることよりも、恥部を曝け出すことのほうが嫌で堪らなかった。 実紅のほうが順番が早いはずなのに、後から来る人に譲り続けて結局いちばん最後になってしまった。午後に回っていたから人数もそれほどいなかったこともあり、案外すぐに自分の番になった。 そして去年まで同じ中年の産婦人科医だったのに、実紅よりいくつか歳下の若い医師に出迎えられて、動揺を隠すのに苦労しなければならなかった。その医師はこれでやっと最後だとの安堵感と疲労を覆い隠しているのが見え見えで、実紅を見ておや……?……っと、僅かな表情の変化から興味を示されたことを敏感に感じ取ってしまった。 小さな籠に脱いだショーツを畳んで入れると、その上に数枚の紙が入ったクリアファイルを置く。 分からないように小さな溜息をつきながら診察台に乗り、医師が速やかに上半身とを遮るカーテンを引く。医師によって所定の位置に片方づつの足を乗せられると、ついに膝が開かれる…………。 今年からいくつか診る項目が増えましたから……。 と言っても、大したことはありませんから………。 こんな時の医師の言葉は実紅の経験から、あてにはならないと知っている。 最近ちょっとある病気が広まりを見せる傾向がありまして、手から口へと侵入して発病までにはそれなりに潜伏期間がありますから………。 あっ…皆さん同じく診てますから、ちょっと念入りに診させてくださいね…………。 実紅は聞いたことがないけれど、もし本当ならそのうちニュースでも取り上げられるかもしれない。80年代に流行り始めたあのウイルス性の感染症も、90年代に再流行をみせた性感染症も一時期テレビで盛んに放送されていた過去がある。 自覚症状が出る前は粘膜に、白い小さな発疹が出るんですね……。 その時期が厄介なのは痛み痒みがありませんし、間近で良く診ないと分からない点なんです……。 知らずに感染してる場合はある薬を塗ると、浮き上がって見えますからね、早期に治療が始められますから心配は入りません………。 知らずに感染って、それを聞いて心配しない人なんているわけがないでしょう。ますます実紅は、不安を覚えた。 それでは薬を塗っていきますね、ちょっと冷たいですよ~……… ヒヤッとする感覚に身体が硬直し、握りしめた手に力が入る。恥ずかしいところを指で開かれて、丹念にゆっくりと粘膜に塗り拡げられていく。 何だかとろみのある感じの薬が塗り拡げられていくうちに、段々と冷たさが抜けていく。考えたくないけれど、愛撫を彷彿させるような触れ方なのは考え過ぎだと、繰り返し自分に言い聞かせる。 閉じた状態から塗り始め、開いて左右の内側を触れ続けていた医師の指が膣口から上へとゆっくり這い上がっていく。何かが目覚めそうな感覚を覚えて、実紅は自分を必死に抑えることに集中する。 ちょっとここは、ごめんなさい…………。 でも粘膜ならどこでも発症しますから、厄介なことになる前に安心を買うと思って少し我慢しましょうね…………。 医師の言う言葉の意味を理解する前に両肩に力が入り、思わず口を両手で覆い隠す。だっていちばん触れてほしくない所を、触れ始めたのだから。 この医師を何度も疑っては総合病院の医師が嘘を言うはずがないと、思い直す。しつこいくらいに上下に動かされるその指に、寝た子を起こされたことを嫌でも自覚させられる。 出てしまいそうな声を喉で止めて、必死に我慢する。身体が動いてしまわないように我慢するけれど、反射的に動くことまでは防ぎようがない。 快感から逃れるように、腰が勝手にうねり始める。 せっ…先生、まだかかりますか………? 声色が変わらないように、細心の注意を払う。 実紅はできるだけ冷静を装い、努力した。 そうですね、ここまでは異常はないかな……。 でも包皮の内側に出てしまう方も、中にはいらっしゃいます………。 自覚症状が出る前にご自分でそこまで確認する方は、まずいらっしゃいませんからね………。 自覚症状が出てからだと治療は1ヶ月近くはかかりますから、それは避けたいでしょ………? 実紅は、こう言うしかなかった。 んっ……お願いします………。 医師の指が包皮を持ち上げた瞬間、声が出そうになるのを実紅は必死に堪えた。ぬるぬるした指の腹が優しく優しく円を描き、震える吐息の音を出さないようにするのが精一杯。 早く終わって、お願いだから……。 実紅の心の叫びは、医師には届かない。 その代わりに左右に傾く腰が上下にうねり、内腿の筋肉がぴくびくさせるのを目にして、笑みを浮かべる医師がいた。 この規模の病院の医師が偽りを口にしながらこんな検査をするなんて、恥ずかしくて誰に言えようか。おまけに何度もオーガズムを味わうのだから、一生誰にも言えるはずがない。なぜならそれほど狂わされ、感じてしまうのだから……。 それでは、中の方の触診も始めていきますね……。 は……………はいっ………。 やっと聞こえる程度の掠れ声で、実紅が返答する。まともな声量を出すなんて、出来るわけがない。だって、変な声になりそうだったから……。 今思えば子宮頸がんを診る検診のはずで、まずはクスコを挿入して確認するはず。あんな状態から疑問を感じるほど、まともな思考が出来るわけがない。沈み込む指を中で動かされ、引いては沈めるその行為に抗えない自分がいた。 すりすりとクリトリスを弄られながら指で抜き差しされて、感じやすい身体が一際敏感になる。 医師は自分の指がぬちゃ〜ぬちゃ〜っと糸を引きながら姿を表すのが堪らなかった。彼女はもう自覚をしてないのだろう。自分が卑猥な息遣いを出して、こちらに聞かせていることに。 彼はクリトリスに触れている手を離してズボンのチャックを下ろし、今しがた触れていたピンクの小粒にそっと口をつけた。 異変を感じた実紅はもう、抗う代わりに背中を反らせることしか出来なかった。
2025/08/26 10:12:15(dTBxROhX)
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