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土曜の午後、僕はひとりでリサイクルショップをぶらついていた。
古着コーナーの隅で、ロングのピンヒールブーツを手に取り、その艶やかな革の質感を指先で撫でていたとき——カーテンが揺れて、彼女が出てきた。 職場のパートのおばさん。 名前は伏せるが、年齢は四十を少し過ぎていたはずだ。 けれどその姿は、僕の知る“彼女”とはまるで違っていた。 膝上10センチほどのミニスカート。 オーバーニーのタイツに、ヒールのあるショートブーツ。 そして、背筋をピンと伸ばして鏡に向き直る、その仕草。 「……あら」 視線がぶつかり、僕たちは同時に気まずそうに笑った。 沈黙が苦しくなって、僕が声をかける。 「偶然、ですね」 「うん……ほんと、恥ずかしいところ見られちゃった」 ドリンクバーでお茶をすることになったのは、成り行きだった。 ファーストフードの隅、窓際の席で並んで座ると、彼女はポツリポツリと話しはじめた。 ——バツイチで、子どもは元夫の元にいること。 ——服が好きすぎて、借金を重ね、自己破産したこと。 ——それでも、可愛い服を着ることで、なんとか自分を保っていること。 彼女の告白は、まるで懺悔のようだった。 最初は驚いた。けれど、言葉の端々からこぼれる「見られたい」という欲望に、僕の中の別の感情がざわつき始める。 「……でも、もう可愛い服は似合わないって、みんなに言われるの」 「僕は、似合ってると思いますよ。むしろ……もっと、攻めた格好のほうが」 そう言ったとき、彼女の目が一瞬だけ潤んだ。 それは羞恥のせいか、それとも——何か別の、より深い渇きのせいだったのか。 僕は自分の性癖を、打ち明けてしまっていた。 AVやフェティッシュな衣装が好きなこと。女の人が自分のために服を選び、着替えるそのプロセスがたまらなく興奮すること。 彼女は何も言わず、ストローを唇にくわえたまま、僕を見ていた。 その沈黙の中で、ある種の共犯関係が生まれた気がした。 「明日、リサイクルショップ行かない? ちょっと離れたとこだけど、いいとこあるの」 「車、出しましょうか。僕の軽だけど……」 「そのかわり、最後に……あなたの好みの服、着てあげる」 彼女はそう言って、少しだけ笑った。 翌日、約束の時間より10分早く、彼女は待ち合わせ場所に現れた。 昨日までの「おばさん」の面影は、そこにはなかった。 濃いめのメイクに、ゆるく巻かれたロングヘア。 毛先までしっかり染められた金髪は、街灯の下で艶を放っていた。 「昨日、夜に染めたの。あなた、金髪好きだって言ってたから……」 「えっ、そんなこと言いましたっけ」 「ふふ。覚えてないの? 言ってたのよ、ちゃんと」 助手席に乗り込んだ彼女の脚が、ミニスカートの裾から覗いた。 生足ではなく、光沢のあるベージュのストッキング。 シートに座るたびに、ナイロンが擦れる音が車内に広がる。 僕はエンジンをかけながら、すでに限界に近い。 小さな車内に満ちる香水と口紅の甘さ。 それはまるで、昨日話した「秘密」が、彼女の身体から染み出ているようだった。 隣町のリサイクルショップは、思った以上に広かった。 服飾コーナーだけでなく、ウィッグや下着、果てはダンス用のコスチュームまで並んでいる。 彼女は一通り見渡してから、こちらを振り向いた。 「可愛いのは……もう、いい。今日はあなたの好きなの、着る」 彼女が選んだのは、水色のサテンシャツ。 ボタンを留めればギリギリ胸の谷間がのぞく、小さめのサイズ。 そして、光沢のある黒革のミニスカート—— まるで夜のステージに立つ女性のような装いだった。 「パンツ、透けそうよね」 そう言いながら、彼女は試着室のカーテンを閉めた。 その数分後、カーテンの隙間から差し込む光の中に、彼女の素足が見えた。 タイツを脱いだ音がした。 「……ねえ、ガーターって好き?」 突然の問いに、僕は反射的にうなずいていた。 「じゃあ……そっちのお店、行ってみない?」 彼女が指差したのは、昨日下見したアダルトショップだった。 僕は軽く息をのんで、うなずいた。 これは僕がリードしているようで、きっと彼女の中にも「誰かに背中を押されたい欲望」があるのだと思った。 アダルトショップの中は、誰もいなかった。 昼間の光が差し込まないその空間で、僕たちはまるで“演者”のようだった。 ガーターストッキングの棚の前で、彼女は一足ずつ指先で撫でるように選んでいく。 一つ、二つ、そして三つ目のパッケージを手に取ったとき—— 隣のコーナーにあった電動バイブに、そっと手を伸ばした。 「これ……重いのね。振動するのかな?」 彼女の声は無邪気にも聞こえるし、わざとらしくも聞こえた。 僕の視線を感じながら、バイブのスイッチを探すその仕草が、妙に艶っぽかった。 そのまま僕は、黙ってそのバイブを取り上げ、レジに向かった。 「一緒に……?」と彼女は言ったが、僕は首を横に振った。 「待ってて。支払いは……こっちで」 彼女は一瞬、寂しそうに笑って——それから、目を伏せた。 店を出たとき、彼女は空を見上げてぽつりとつぶやいた。 「今日、私……誰に見られても平気かもしれない」 国道沿いの古びたラブホテル。 「SMルームあります」と掲げられた赤いネオンに、僕の心臓は鼓動を早めていた。 部屋に入った瞬間、彼女は無言で壁際の椅子に腰かけ、脚を組んだ。 まるでここが初めてではないかのような仕草だった。 「……着替え、るね」 シャツのボタンを一つずつ外しながら、彼女は鏡のほうに身体を向けた。 僕は三脚をベッド脇に立て、カメラを構えた。 この瞬間を、切り取るために。 シャツが落ちる音。 ミニスカートが膝を滑り落ちる音。 そのすべてが、鼓膜にゆっくり沈んでいった。 彼女の下着は、黒のレース。 ブラジャーのカップは薄く、肌の起伏を隠しきれていなかった。 ショーツはTバックで、ストッキングを通して浮かぶ腰骨のラインが、異様に艶かしかった。 「……変な身体でしょ?」 「……全然。むしろ、怖いくらいに興奮してる」 彼女はうっすら笑って、買ってきた水色のシャツを羽織った。 ボタンは上から二つだけ。 開いた胸元の谷間から、黒のレースがのぞく。 タイツの代わりに、ガーターストッキングを太ももに巻くと、クリップを止める手がわずかに震えていた。 「見てるの、わかってるんでしょ?」 「見てるよ。撮ってる」 彼女はそれを確認するように、鏡の前でゆっくり回った。 カメラのファインダー越しに見る彼女は、“職場のパートのおばさん”ではなかった。 彼女は、自分でその役割を脱ぎ捨てたのだ。 「……ねえ、手首、縛ってみてくれる?」 冗談のような声だったが、僕は真剣にうなずいた。 昨晩アダルトショップで買った麻縄を広げ、彼女の手首を後ろ手に縛っていく。 縄が皮膚に食い込み、シャツの袖がずり上がる。 「きつく、していいよ」 その言葉に、僕の頭の中で何かがはじけた。 縄を二重に巻き、結び目をひねるたびに、彼女の身体がわずかに揺れる。 撮影ボタンを押すと、ファインダーの中の彼女は、すでに“見せるための女”になっていた。 脚を組み替え、胸を反らし、恥じらいと陶酔を同時に宿した目でこちらを見た。 「ねえ、あとで見せてね。どんな風に撮れてるか」 「もちろん。でもその前に……もう少し撮らせて?」 彼女はうなずいて、ベッドに膝をついた。 レンズの先で、彼女の背中がゆっくりと弓なりに反っていく。 シャツの裾がめくれ、ストッキングの切れ目から、むき出しの尻が覗いた。 「こんな格好、自分からするなんて……想像もしてなかった」 「でも今は……?」 「……やめられない。止まれない」 その夜、僕たちは記録に残るだけの行為を繰り返した。 音も、匂いも、光も、全てが彼女の身体に焼きついた。 麻縄の痕が、彼女の手首に残っていた。 シャワーを浴びた後も、タオルを巻いたまま僕のほうを振り返り、 「……これ、またやってくれる?」と、真顔で言った。 その目には、もう羞恥も理性もなかった。 翌朝、彼女はいつものパート時間より少し遅れて出勤した。 オフィスの休憩スペースで僕とすれ違ったとき、周囲の目を意識するように、彼女はわざと足音を立てた。 ピンヒールのパンプス。 光沢のある肌色のパンストが、スカートの裾からきらりと光を反射する。 膝上ギリギリの丈に、男たちの視線が吸い寄せられていくのがわかった。 「……見てるね、みんな」 休憩室で、彼女がこっそり言った。 「あなたが昨日、言ってたから。パンストの下、何も穿いてないの」 その囁きは、僕の意識を一瞬で非日常へ引き戻した。 目の前にいるのは、昨日、ホテルでカメラの前に跪いていた女だ。 麻縄に縛られ、シャツの胸元をわざと開いたまま、恍惚とした目でシャッター音に身体を震わせていた——あの彼女だ。 「……バレたら、どうするつもり?」 「バレない程度に、わかってほしいの」 「誰に?」 「みんなに。でも、あなたが一番わかってくれたら、それでいい」 彼女は、演じることに目覚めた。 誰かの欲望をなぞることで、自分自身をなぞり返す——そういう快感に。 帰り道、僕の車の助手席に座った彼女は、まるで舞台を終えた女優のように、力を抜いていた。 「ねえ、あの写真……また撮ろうか?」 「……もっといいの、撮りたいね」 「たとえば?」 「……縛ったまま、外で。誰かに見つかるかもって状況で」 「ほんとに、する気?」 「あなたが撮るなら……うん。演じてみたい」 その瞬間、僕はある考えが浮かんでいた。 ——彼女を、僕一人で抱えておくのはもったいない。 ——友人たちにも見せたい。共有したい。演じる舞台を、もっと広げたい。 「……ねえ。今度、友達紹介していい?」 「……どんな人?」 「僕と似たような。変な趣味のやつ」 彼女はしばらく黙っていたが、静かに微笑んだ。 「あなたが、撮ってくれるなら……それでもいい」 その夜、カメラのメモリを整理しながら、 僕は自分がただの“性欲に飢えた男”から、演出家のような存在に変わっていることを自覚していた。 彼女を魅せる。演じさせる。撮る。そして誰かに見せる。 その背徳感と優越感が、何よりの興奮だった。 あれは、私を女として見た目だった。 年齢でもなく、過去でもなく、「今の私」に欲望を向けていた。 彼が撮った写真を見返す。 ベッドの上で尻を突き出し、髪を乱し、目を伏せた自分。 縛られて、自由を奪われながらも、どこか悦びに満ちた顔。 「……これ、誰かに見られたらどうしよう」 そう言った私に、彼は静かにこう言った。 「誰かに見せるために撮ってるんじゃない。見られることに酔うあなたを、撮ってるんだよ」 その言葉が、脳の奥に染み込んだ。 羞恥と快感の境目が消えていく。 他人の視線にさらされたい。 驚かれたい。興奮されたい。犯される想像をしたい。 私はもう、戻れない。 演じることで女になれるなら、私はいくらでも演じてみせる。 この身体を、役割を、欲望を―― 全部、見せてみたい。
2025/07/27 22:04:37(I83KMz5t)
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