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1:黒い下着2の3
投稿者:
ま
◆72/S7cCopg
水谷の、僕らに対する、特に白井に対する態度は、度を増していった。端
から見ても、むやみに、必要以上のスキンシップをしているように見えた。 女子は、女子同士なら、割と平気に相手の体に触れるくらいのことはするも のらしかったから、はじめはあまり気にせず、先輩と後輩の他愛ない交流と いう風にしか見ていなかったが、だんだんその触れ合いが、軽いものでな い、執拗といえるくらいなものなっていくにつれ、やりすぎでないかと思い 始めた。 それは白井も同じように感じていたらしく、ある日、二人並んで自転車で 下校している途中に、 「唯ちゃんは、とても可愛くて好きなんだけど、あんまりべたべたしてくる から、時々困っちゃうのよね」 と告白した。僕は、女としてもあれは閉口するくらいのものなのだと知っ て、 「そうだよなあ」 と強く相槌を打った。 白井の口調は、特に僕に助けを求めようとするものではなく、愚痴に近い ものだったが、困っちゃうと言うからには、何とかしてやりたいとは思っ た。が、この場合、僕に何ができるだろうかと考えると、実に手の付けよう のない問題であるように思われた。俺の女に気安く触るな、と言えばよいだ けのことなのであるが、相手が男ならともかく、女、しかも後輩に対してそ んなことを言うのは、大人気ないように思われた。水谷からすれば、好きな 先輩になついているだけのことなのだから、それをあまりとやかく言うの は、心の狭い人間のやることのように思われた。あどけない水谷のことを悪 者のように扱うのも、水谷に気の毒であるように思われた。僕は一言発した きり、次の句を継げなかった。白井は、それには格別不服な態度を見せるこ ともなく、 「こないだなんて、胸、触られちゃったんだよ」 と言った。僕はぎょっとして、我知らず目を見張って白井を見た。白井が 眉をひそめて、困った顔をしていたのが、僕にかすかな安心を与えた。淫乱 な白井のこと、女子に胸を触られて欲情を起こすことも、ないとは言い切れ ないと、瞬時に考えたのである。白井は、迷惑であるというような顔をして いたので、僕は安心した。 あまり言いたくないようなら、無理に聞き出すつもりはなかったが、一 応、詳しく聞いてみようとすると、白井は、ややためらいながらも、話し出 した。何でも、普通の会話をしている最中に、突然話題を転ぜられて、 「白井先輩って、おっぱい大きいですよね」 と言いながら、何も遠慮することなく、胸に触れてきたのだという。 ここで僕も急に話題を転じるが、白井は胸が大きい。これまで、必要がな かったから、そのことについて特に言及してこなかったが、大きいといえる くらいのバストを有している。白井はそれを、昔からオナニーばかりしてい るせいで、女性ホルモンが過剰に分泌されたからだと言う。その説が正しい のかどうか僕は知らないが、とにかくまあ大きい。と言って、尋常ならざる ほどに馬鹿でかいわけではない。Dカップだそうだ。白井は体が細いから、 特に目立つだけで、他の女子と相対的に見てみれば、そこまで大きくないの かも知れない。しかしうわべは大きい。淫乱な白井らしく、魅惑的なボディ ラインをしている。 水谷がその胸に触れたのも無理からぬ話だという気はする。その時の水谷 の心境を想像してみる。水谷ははっきり言って胸が小さい。幼児体型と言っ て何ら差し支えない。無論、はだけた胸を直接見たわけでないが、制服の上 からでも、着やせでなく、実際に胸部の肉付きが乏しいことがはっきり知れ る体である。そんなだから、豊満な白井の胸に、ある種憧れを抱いて、つい 触れてしまったのだとすれば、不自然はない気がする。しかし、水谷の心境 がそうではなく、全く別の意図から、白井の胸に触れたのだとすれば? 自 ら、触りたいものに触りたいという意思をもってした行為であるとすれば? つまり、水谷がレズビアンであるとすれば? まさかとは思いつつも、僕は その想像をよすことができなかった。それに、根拠のない話ではないと思っ た。それくらい、水谷の白井に対する態度は、度を越していると言えた。僕 にも気安く話しかけるように、男を毛嫌いしている様子はないが、レズビア ンというのは、同性に恋愛や性の対象を置く女性のことであるから、必ずし も男を嫌う道理はないわけである。しかし、そのように根拠らしいことを並 べてみても、憶測に過ぎなかった。常識、という言葉は、定義が甚だ難しい 言葉であるから、あまり用いたくはないが、他人との、特に同性との交流に おいて、やや常識を欠いてしまっているだけだといえば、そうである気はし た。それだけでも、十分問題ではあるが。 男のしたことであれば、迷わずその男を打ちのめすだけのことであるが、 相手が女だけに、どうあしらってよいものか判然としかねた。悪意という か、下心があってしたことかどうかもわからぬのだから、殴りつけるわけに はいかなかった。第一、僕は、女を殴ってはいけないと心に決めている。男 が、腕力に任せて女を捻じ伏せるのは、全く野蛮人のすることである。脳み そが出来損なっているに違いない。人間でないと言ったって過言でない。白 井を殴ったことだって一度もないし、それからもこれからも有り得ない。僕 は結局、白井に話を聞かされても、 「あんまりひどいようだったら、一度、はっきり言ってやらないと駄目だ ぜ」 と言うことしかできなかった。僕にははどうにもできないから、自分でど うにかしろと言ったわけである。しかし白井も、僕に話をしながらも、その ように思っていたのだろう、 「うん。そうだよね」 と言って頷いた。が、その言葉には力がなく、強い意志が感じられなかっ た。僕は、きっとすぐには言わないだろうなと思った。せっかくなついてく れている、可愛い後輩を突き放すようなこは言い辛い、言いたくないという 白井の思惑は理解できた。 それから、白井はやはり言わなかったのだろう、水谷の態度は変わらなか った。無意味に、白井に抱きついたり、腕と腕を絡ませたりしていた。僕は それを見るたび、変な気持ちになった。できればやめてほしかったが、相手 が女であると思うと、やはり何も言ったりしたりできず、苛々した。水谷が 男であれば、こんなに悩むことなく、ぶん殴ってやるのに、などと思った。 はじめは、ただの笑いだった白井の顔も、苦笑いになってきていて、明らか に困惑しているようであった。 ある日、部活動の休憩時間のとき、椅子に座りながら、楽譜を読んでいる 白井の背後から、最早日常茶飯事のように、水谷が抱きついた。首の周りに ゆるく腕を回し、顔と顔はもうほとんど密着していた。白井はやはり、困っ た顔をしたが振り払えずにいた。僕はその様子を、ピアノの椅子に座りなが ら眺めていた。すると、突然、僕と水谷の目が合った。意図的に、こちらに 目を向けたように思えた。 僕はその目付きに、なにかとてもいやなものが胸の内に湧いてくるのを感 じたが、それの正体が何か捕まえられないうちに、水谷は目線を外し、それ と同時に、その感じも到底手の届かぬ奥底のほうに沈んでいってしまった。
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2006/10/16 00:08:15(sR3dANkd)
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