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1:黒い下着4
投稿者:
ま
それから、白井の、僕に対する態度が変わった。少なくとも僕にはそう感
じられた。白井は、僕を挑発、誘惑するかのような素振りを見せ始めた。話 しかけると、いつも通りに応える。が、目が違う。媚びるような、甘えるよ うな目付きで僕を見つめる。少し上目遣いをしている。また、唇が違う。か すかに湿っているように見える。キスをするときのように、少し先を尖らせ て、突き出すようにする時もある。さらに、頬をほんのり紅く染めている。 それらは、注意をしていなければわからないくらい、微妙な仕草であった。 あるいは、僕の気のせいだったのかも知れない。けれども僕は、そういう彼 女の、いわば官能的な態度に接する度に、密かにちんこを硬くした。僕は、 彼女のそういう態度を、前の、うまくいかなかった告白のやり直しを、早く してくれと懇願する意味に解釈した。しかし、僕はそれがなかなかできずに いた。また言ってねと言われたことを、次の日や次の次の日に言うのは、あ まりに無遠慮な気がした。そう思って、機会を伺おうなどと行動を起こさず にいると、ますます言い出し辛くなった。白井が、内心、僕のことを、いく じなしと思っているのではないかと思うと、早く言わなければという気がす るのだが、一度機を逸したものを再び捕まえるのは、存外困難であった。 また僕は、白井のために勃起すると、いつか、白井の黒い下着を目撃し て、同じく勃起させたことを思いだした。僕はそのとき、よからぬことを考 えて、煩悶した。その懸念は、消えたわけでなかった。それを思うと、もし かしたら白井は僕をからかっているのではないか、と邪推しないではなかっ た。つまり、他に男があるのに、僕をその気にさせているのではないか、と いう想像である。それが事実だとしたら、憎んでもあまりある極悪人であ る。しかし、想像の域は出なかった。あまりにひどい、身勝手な妄想だと、 僕自身嘲笑せざるを得なかった。結局、僕の進みたいと思う方向に進むしか 道はなかった。 きっかけはないか、ないかと思っているある日、ホームルームの時間に、 担任の先生からプリントを渡され、自分の希望する進路を書いて提出しろと 命ぜられた。我が校は修学旅行が二学期始まってすぐにあり、それが終われ ば、三年生は自らの進路を定め、それに向けて邁進せねばならなかった。こ ういう事情は、他のどの学校でも大差ないのではないかと思われる。僕は、 公立の高等学校であれば、どこに行ってもかまわないと思った。なるべく近 いほうが良いが、すごく努力をするのは大儀であったので、自分の学力に見 合ったところに行ければと考えた。しかしそれは、僕一人であればの話であ った。僕には、自分より白井の進路のほうが重大であった。白井の行くとこ ろならば、どこにでも行きたいと思った。白井の学力は僕を凌駕していた が、白井のためならば、どんな努力も辞さない覚悟であった。 白井の進路を知りたくて、放課後、クラスメイトがそそくさと帰り始めて いる中、もたもたと帰り支度をしている白井を捕まえて、話しかけた。 「うん?」 と言って僕を見た白井の目は、やはり僕を誘惑していた。僕は、本能を直 接刺激されたかのようにむくむくと膨らんでくるちんこを隠すために、不自 然にもポケットに手を突っ込んだ。その仕草を見ていた白井が、かすかに微 笑しているように見えた。僕は、見透かされているような心持ちがして、ひ どくどぎまぎした。 しかし、あくまで平静を装って、話を聞くと、白井の志望は公立のF高校 であった。その情報は僕の心を明るくした。F高校は、評判は良いものの、 偏差値はあまり高くなく、通知表に3ばかりコレクションしている僕でも十 分射程内の学校であった。とはいえ、白井の学力を持ってすれば、もっと上 を狙えるはずなのに、どうしてそこを志望するのか疑問に思った。その点を 問うてみると、 「あそこは合唱が強いから」 という答えが返ってきた。白井は、高校に行ったら、合唱部に入りたいの だと言った。確かにF高校の合唱部は、全国レベルの実力を誇っていること で有名なので、それをするにはうってつけであると思われた。しかし、白井 が合唱をやりたいというのは初耳だったので、少し意外に思った。けれど も、白井にはよく似合っているような気がした。が、白井といえば、三年間 バスケをやっていたので、一応、そのことを聞いた。 「バスケは続けないんだ?」 「うん。バスケはね、作者が、何も考えずに、適当に書いたことだったか ら」 僕の問いに、白井は意味不明な答えを返した。しかし、何故だかわからな いが、そのことはそれ以上追求してはいけないような気が、すさまじく強く して、もうそのことに触れるのはやめておいた。勢いで書き始めるからこん なことになるのだ。 「金子はどうするの?」 白井は、ある答えを期待しているかのように、瞳を輝かせながら、僕に言 った。僕の進路は、今の会話の中ですでに、F高校だと決定したから、それ を言おうと思った。正直、合唱のことなどは、この時まで頭の片隅にもなか ったが、歌は好きなので、白井と一緒ならばやってみてもいいかもしれない と思った。しかし、僕らはまだ正式な恋人同士になっていなかったので、そ れなのに同じ高校を目指すというのが、お互い気持ちをわかりきっているに も関わらず、変に気になって、言うのが憚られた。また、教室内に、まだ他 のクラスメイトが数人残っていたのも気になった。人前でそんなことを言う のは、恥ずかしかった。 「まだ決めてない」 僕はついそう言った。すると途端に、白井の瞳からは輝きが消え、代わり に失望の色が浮かんだ。明らかに、不機嫌が表情に滲み出ていた。 「そう」 低い声で呟いて、白井は立ち上がり、すたすたと教室から出て行った。僕 は自らの発言を心底後悔し、訂正をしようと、慌てて後を追って教室を出た が、白井はすでに、びっくりするほど遠くにいて、階段のところを曲がると ころであった。僕は、そこでまた、そこらにいる人たちに目立ってしまうの を恐れて、猛烈に彼女を追いかけることをしなかった。僕は落胆しきり、己 の意気地なさを恥じた。教室に戻って、自分の鞄を持ち、とぼとぼと昇降口 へ向かった。 靴を履き替えながら、明日になれば機嫌は直っているかもし れない、明日、何にもなかったような調子で話しかけてみよう、などと考 え、玄関を出て、校門へ向かった。 校門を出て、家の方向へ曲がろうとすると、校門の陰に白井が立っていた ので、僕は驚いた。白井は、不機嫌というより、わざと怒っているというよ うな顔をしていた。僕はいくらか安心を覚えた。 「あんなこと言って」 白井は、校門に寄りかかったまま、そう言って、少し頬を膨らませた。僕 は、白井のその仕草が非常に可愛らしく感じて、興奮した。 「同じとこでしょ?」 と白井は言った。突然言ったので、僕はつい、え? と言った。 「高校。一緒のところに来てくれるんでしょ?」 白井は、僕が周りを気にして、本音を言えなかったことを見抜いて、わざ わざそこで待っていてくれたのである。顔面を高潮させて、ちょっと上目遣 いをしながら、僕の返事を待つ彼女に、 「うん。もちろん」 と僕は言った。白井は、にこにこ笑って、校門から背を離し、僕に近付く と、僕の腕をぽんと叩いて、 「お互い頑張ろうね」 と言った。白井のそういうスキンシップは、珍しいことでなかったが、僕 はそのたびにいつもどきどきしていた。 白井の心遣いへの感激と、仕草への興奮で、気分が最高潮に盛り上がった 僕は、その勢いで言ってしまおうと思った。 「白井」 「ん?」 「この前、うまく言えなかったんだけど」 「うん」 このときの白井の、ほころんだ顔を、僕は忘れない。 「俺、白井が好きだ」 今度は、盗み見している奴も、聞き耳立てている奴もいなかった。白井は 少し間を置いて、 「私もね、金子がたくさん話しかけてきてくれて、ずっと嬉しかったんだ よ」 と嬉しいことを言ってくれた。 初秋の日の夕暮れ。木々の葉が紅く色づき始めている中で、それを真似る かのように頬を紅く染めている白井の姿は、鮮烈で、美しかった。 僕らは恋人同士になった。特に誰にも教えなかったが、クラスの連中には すぐに知られた。僕は念願かなって、冷やかされ、喜びながら嫌がり、幸福 を感じていた。
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2006/09/01 23:37:29(6WRp3UvH)
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