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1:走れ
投稿者:
ま
こんなのは、どう?
Mは激怒した。必ずかの邪智暴虐な王を除かねばならぬと決意した。 主人公のMは類まれな正義感の持ち主で、邪智暴虐な王とは、ひどい人間 不信のために、家族や家臣まで次々と処刑する暴君である。それに怒ったM は、その王を殺そうと、城に向かうが、捕らわれる。Mは、自分の命など惜 しくはなかったが、故郷の村にいる妹が、間も無く結婚することだけが気が かりで、3日だけ猶予をくれと嘆願する。3日後には必ずここに戻ってき て、殺されてやろうと言った。王は信じず、逃れたいための嘘だと言った。 Mは、そんなら人質を置いていこう、3日経って帰ってこなければ、その人 質を殺すがいい、と言った。 以上は、ある有名な小説の冒頭部分を要約したもので、原作通りなら、人 質というのは、Mの無二の親友、石工のSという男なのであるが、私はここ で、女を登場させたい。しかも、女友達とか、恋人、などではなくて、肉親 であったほうが、読者は興奮を覚えるように思われるので、Mには、村にい る妹の他に、城下の市に住むもう一人の妹がいたことにしてしまおう。Mは この妹をとても大事にしていて、妹も兄を尊敬している。お互い信頼しきっ ていて、これまで嘘をついたり隠し事をしたりしたことがない。このMの妹 が、原作におけるSの代わりに、人質になる。 そうしてMは、村までの10里の道のりをひた走り、疲労困憊ながらも辿 り着き、もう一人の妹と、その相手の牧人の結婚式を、半ば強引に開いてし まう。慌しくも、花嫁と花婿は幸せであったようだ。Mも、いささか幸せな 気分に浸るが、市には自分を信じて待っているもう一人の妹がいる。少し眠 って、Mは再び10里の道を、市へ向かって走った。 いくらか時間に余裕がありそうなので、歩調を緩めて口笛を吹きながら歩 いていると、Mは眼前の光景に愕然とした。いつもは穏やかな川が、激しく うねりをあげて濁流となり、橋を破壊してしまっているのだ。前日の大雨の せいらしい。Mはゼウスにうねりを静めよと願うが、そんなことでは状況は 一向に改善されず、泳いで渡る他無しと、ざんぶと濁流に突入した。 これがまた、どうしたことだろう、この川の水、妙にねっとりしている。 ねばねば、ぬるぬるしている。まるでローションみたい。なんでそうなの か、私は知らない。とにかく、体にまとわりついて、気持ち悪い。いや、気 持ち良い?なんだか変なところがくすぐられているようだ。Mは妙な感触と 戦いながら、満身の力を込めて、濁流を掻き分け、どうにか対岸の幹にすが りつくことができた。 かなり疲れたが、時間を食ったのでゆっくりしていられない。Mは再び走 り出し、小高い丘の峠に差し掛かる辺りで、3人の妙な女に出くわした。 「あら、お兄さん。何を急いでいるの?」 「そんなに体をぬるぬるさせちゃって」 「私たちと、いいことしない?」 女たちは魅惑的な態度でMを誘惑した。 「何だ、お前たちは。私は急いで城へ赴かねばならぬのだ。放せ」 「どっこい放さないわ。ここにいてもらわなきゃ困るのよ」 「さては王の命令で私を待ち伏せしていたな」 そうとわかれば、いやもとよりいくら魅惑的であろうが、愛すべき妹を思 えば、魅了などされるはずもなかった。 「恨みはないが、正義のためだ」 Mは女たちをぽかりと打ち据え、その隙に颯爽と峠を下っていった。 それから今度は、容赦ない日照りがMの体を焦がし、みるみる体力を奪っ ていき、Mはついに倒れた。立ち上がろうとしても、四肢萎えて、芋虫ほど も前進かなわぬ。濁流を掻き分け、売女を倒して、韋駄天。真の正義を持つ 勇者Mは、ここにきてほとんど絶望した。どうでもいいやという勇者に似合 わぬふてくされた根性が心の隅に沸いて、手足を放って寝転び、うとうとと まどろんだ。 その時、股間に違和感を感じてMは飛び起きた。なんと先の女たちが集ま って、自分の一物を口に咥えているではないか。あの後もMを追いかけてい たらしい。Mは思わず呻いた。それで、かえって目が覚めた。自分がこんな ことしている間に妹は殺される。妹はきっと信じて待っているだろう。その 信頼をこんなことで裏切るのは、最も恥ずべき悪徳だ。Mは女たちを跳ね除 け、再び走り出した。 一方そのころ。城では王とMの妹が会話していた。 王が妹に話しかけた。 「お前の兄は遅れてくるぞ」 「兄さんは今まで一度だって嘘をついたことがありません」 「それでは初めて嘘をついたのだ。殺されるのがわかっていて戻ってくる奴 がいるものか。お前も哀れな娘だ。馬鹿な兄を持ったために若い命を散らす ことになる」 「哀れなのはあなたです」 「そうか。しかし、どうでもいいことだ」 すると、王は突然、Mの妹の衣服を引き毟った。 「何を!」 「どうせ戻ってはこないのだ」 「来ます!だいいち、まだ3日経っておりません!」 「殺しはしないさ。殺しはしない」 「外道!」 「どうとでも言え!そんな態度がいつまでもつかな?」 「んっ!」 Mの妹は、下唇を強く噛んだ。 このあと、王と彼女の間でどのようなことがあったのか、それはわかりき っていることだけれども、私には、それを卑猥な言葉やいやらしい表現でも って、書き表すことなど、到底できないことだし、そういう文は他の方々の 作品を読めば、似たようなものはいくらでもあるので、ここは読者の想像に お任せして、場面を疾駆し続けているMに戻す。 Mは何度か血を吐きながらも力を緩めず走り続け、夕暮れ間際に市に辿り 着いた。それから城までの途中、今にも若い娘が磔にされるところらしい、 という噂を耳にした。まだ日は沈まぬ。まだ間に合う。王に、人を信じる素 晴らしさを教え、誇らしく死ぬために、Mは走った。 城の広場には処刑台が設けられていて、すでに妹は高々と磔にされてい る。Mは野次馬の群集を掻き分けながら、待て!殺されるのは私だ!Mはこ こにいる!と叫んだ。つもりであったが、しゃがれたかすれ声がわずかに出 ただけで、刑史の耳には届かなかった。Mは台に躍り上がり、妹の足にすが りついた。Mは、戻ってきたぞ! 群集からは、あっぱれ、ゆるせ、と大歓声が挙がり、Mの妹の縄は解かれ た。兄弟はひしと抱き合い、おいおい泣いた。 しかし妹は、辛い告白をしなければならなかった。 「兄さん、私は、どんなことをされても、どんな辱めを受けても、信じて待 っていました。そうして兄さんは戻ってきて下さった。私は兄さんの妹であ ることを誇りに思います」 Mは愕然とした。 「そうしてそれから、どうか、兄さんも、私という妹の兄であることを誇っ てください。兄さんの日ごろの教えの通り、私は信じて疑いませんでした」 「ああ。ああ。お前の兄であることを誇ろう。私のために、辛い思いをさせ て、すまなかった」 「言わないでください。私は、兄さんが約束通りに戻ってきてくださっただ けで幸福なのです。けれども、許してください。私の体はもはや汚れていま す。こんな不浄な体で生きていくのは、死ぬより辛い。自ら命を絶つこと を、許してください」 「わかった。しかしお前だけではいかせない。全て私の不徳の為すところ。 私もすぐに後を追おうぞ」 手段はどうであれ、妹はその場で命を絶った。Mは、王だけは生かしてお けず、これをひねり殺してから、妹の後を追った。 場違い千万で恥ずかしい。
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2005/10/08 22:48:50(QOpk.ReZ)
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