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1:迷宮の道化師
その無機質で、冷たい空間で、
私は、進路を失い、 霧と海藻の漂う海に封じ込められた船のように、 次の思考を停止したまま迷っていた。 羅針盤はどこにある? 自分の位置がわからない。 「涼子、今度の代休何か予定入ってる?」 街外れの小さなスーパーの、就業後のロッカールーム。 大して親しくもない同僚の突然の問いかけ。 何度クリーニングしてもくすみの取れない、 くたびれた制服の片袖を抜きながら、 私は少し戸惑うように、首を傾げて相手の顔を見た。 何の用なんだろう?一体。 第一この子、下の名前何て言ったっけ? 私は無理してまで人と交わるのは嫌いだ。 だからと言って自分の殻に閉じ篭るタイプ、 というわけでもないけれど・・・。 でも、今夜の歌番組の出演者と、 タウン誌のグルメ情報だけを栄養に生きているような、 そんな連中と付き合えるほどの器用さは、持ち合わせていない。 こういう誘いは苦手だ。 だけど予定が空いているのも事実だった。 「何も予定は無いけど・・・」 「じゃあ一緒に遊園地行かない?火曜代休組の沙耶と奈緒とで一緒に行こうってな ったんだけど・・・」 沙耶?奈緒?・・・名前を言われてもわからない。 顔を見ればわかるだろうけど・・・。 「それでね、4人揃うと割引になるクーポンがあるんだって!」 なんだ、員数合わせか・・・。 そう思いながらも気の進まぬまま、私は曖昧に同意してしまう。 不景気で転職なんてとても難しい昨今、 今の職場に居辛くなるような事だけは避けたかったから。 だから・・・。 数日後、派手だけれど、陳腐で色の褪せかかった、 冴えない遊園地のゲートの前に、私は立っていた。 冬の始まりの、中途半端な空は、 今にもみぞれ混じりの雨を落としてきそうな、 陰鬱なグレーの絵の具で、乱暴に塗りたくられている。 晴れた日には華やかであろう園路のカラータイルも、 何オクターブも低い彩度に沈み込んで、 私の気持ちを重く湿らせる。 それでもほかの三人は、 何がそんなに楽しいのか、ゲートをくぐる前からもう、 黄色い声を上げてはしゃいでいる。 園内の案内図に顔を寄せ合い、 過激なアトラクションに胸をときめかせているのだろうか。 私は、といえば子供の頃から三半規管が極端に脆弱で、 所謂絶叫マシンの類いは全く受け付けなかった。 だから、本当のところさして親しくも無い同僚と離れて、 別行動とさせてもらう事を願い出た。 元々員数合わせで誘われただけの捨て駒だ。 気持ちのいいくらいの快諾をもらって、私は群れを離れた。 寒い平日とはいえ、それでも少しは客の姿が見える、 人気アトラクションの並んだ園の中心部を素通りし、 北側の丘陵地にぶつかる薄暗い奥まった一角に、 私はそれを見つけた。 一見洋館風の、しかし実際はちゃちなブリキの板金細工に、 陰気な墨色のペンキを塗っただけの建物に、 ゴシック風の切抜文字で書かれた『鏡の迷宮』の表示。 入口はおろか、建物の周辺にも誰一人居ない閑散な気配が、 今の自分の気持ちにふさわしい気がして、 私は引き寄せられていった。 入ってみて、やっぱり少し後悔した。 女一人で入ったそこは、あまりにも心細い場所だった。 同じ大きさの、鏡の壁が続いている。 ところどころ、通路が開いていたり、 透明なガラスが嵌っていたり、 ハーフミラーだったり、 それが入った者を、妖しく惑わせた。 幼い頃、母親の三面鏡で遊んだ事を思い出させる、 延々と続く鏡の回廊・・・。 そう言えば、 そうやって三面鏡で創り出した無限回廊の奥からは、 夜中の12時になると、 柱時計が時報を告げる「ボーン・ボーン」という音と共に、 悪魔がピョンピョン飛びながら、こっちにやって来る、、、 そんな不気味な話を、子供心に聞いた事がある気がした。 不安を紛らわすように闇雲に進むうちに、 方向感覚が無くなった。 入ってどのくらい歩いたのか、 どのくらいの時間が過ぎたのか、 それさえも曖昧になってきた。 どれだけ歩こうとも、ほかに人の気配は全く無かった・・・。 私は進む事を諦め、そこに停止した。 その時。 目の前の壁の向こうに、何かの気配がした。 私の左右は確かに鏡の壁だったが、 目の前だけ一枚が、透明なガラスの壁だったようだ。 そのガラスの向こう側、 ピエロ? 道化の衣装を着た何者かが、 私に背を向けて、ヨチヨチと横向きに歩きながら、 鏡の向こうから徐々に姿を現した。 全身がガラスの前まで来ると、 そいつはくるりと振り返り、こちらに正面を向けた。 ビクリ、とした。 気味の悪い、無表情なピエロのメーク。 毒々しいほどの色の衣装。 薄暗いガラスの向こうで、瞳は闇に呑み込まれたように、 何処を見ているのかも解らない。 ・・・そして。 股間。 晒されていた・・・。 曖昧な硬度の肉茎が、 先から透明な糸を垂らして晒されていた。 停止した思考が、上手く再起動できなかった私は、 凍りついたように視線を外せず、立ち竦んだまま・・・。 スッ、とピエロが動き、鏡の影に消える。 意図を持った移動に感じた。 急速に、恐怖が高まり、本能が危険を訴え始めた。 逃げなければ・・・。 走った。 壁伝いに手を触れながら、 ピエロが動いた方向から、なるべく離れるように・・・。 でもすぐに、方向感覚は失われた。 焦り・・・。汗・・・。 呼吸が早くなり、動悸が高まる。 こめかみに痛みが走り、 いくら口を開いても、喉が絞り込まれるように痙攣し、 空気が肺に入ってこない。 パニックが襲ってきた。 猛然と走り出した私は、 通路の開口のように見えて、 実は透明なガラスだった壁に、 したたかに顔を打ち付けた。 衝撃と痛みにうずくまり、 しばし悶絶する・・・。 激しい額の痛みに手をやると、 ぬるりと生暖かい出血に触れた。 その時。 後ろに気配があった。 まるで自分の背中に、赤外線感知機がついているように、 私の背後に禍々しく起ちあがる邪悪な熱気を、 はっきりと感じていた。 うずくまったまま、ゆっくりと振り返る。 毒々しい衣装の一部が視界に入る。 心臓が、破裂しそうなほどの鼓動を始める。 さらに、身体を回すと・・・。 怒張した、脈打つ肉茎が、獣の匂いを発しながら・・・。 暗黒の瞳が私を見据える。 戦慄に射竦められた筋肉は、 一切の運動信号を受け付けず硬直してしまった。 近付いてくる・・・獣の匂いが・・・。 袖口に大きなフリルの付いた衣装の手が、 私の髪に伸びてくる。 何の遠慮もなく掴まれて、引き寄せられる。 そのまま、髪を掴んだまま奴は、 腰を屈めて私の顔を覗き込むと、 闇と穿たれた瞳の奥に邪淫な炎を灯らせて、 ニッ、と笑った・・・。 掴んだ髪を引き上げて、私の顔が上向きにされる。 奴の曝露された肉茎が、無遠慮にそこに押し付けられる。 垂れ落ちていた粘液が、私の顔に塗り込められていく。 発情した妖獣の匂いが、私の鼻腔に侵入してくる。 髪を掴んでいない、もう片方の手が、 口を開けとばかりに、両頬を押し込む。 無抵抗に開いたそこに、奴はそれをねじ込んできた。 それ自体が意志を持った生き物のように、 唇にめり込み、前歯を押し開き、舌を舐り、 口一杯に淫臭を満たし・・・。 私は意識が遠ざかりかけて、 ガクッと顎を落としそうになる。 その角度が、それの方向とが一致した一瞬に、 奴は喉の一番奥まで貫いた。 その瞬間、 熱く、生臭い迸りが、奥深くに浴びせられた。 呼吸のままならない苦しみの中で、 既にあやふやだった視野は次第に狭まり、 ほどなく目の前が暗黒になったと同時に、 私は意識を失った。 連続的に激しく揺すられる感覚に、 痺れた脳が覚醒してきた。 瞼を開くと、目の前に私が居た。 うつ伏せにされ、腰だけが何者かに抱え上げられていた。 コートは剥ぎ取られ、 その下のニットは胸の上まで捲り上げられている。 ブラは外され、視野に入るところには見当たらない。 それだけではない。 下半身に身に付けていたものは全て失われ、 その背後でピエロが激しく腰を振っていた。 「私が見てるのは何だろう・・・?」 幻のようなその映像は、 しかし、鏡に映っていた私の姿だった。 意識と共に、下半身に与えられている刺激も、 徐々に蘇えってくる。 痛痒さを掻き毟るような激しい往復。 「芯」から沸き上がる得体の知れぬ悶絶。 音声信号も繋がり始めた。 奴の荒々しい息遣いと、 濡れた粘膜同士が発する淫靡な水音。 意識の無い間に、こんなにも・・・、 濡れてしまったのか・・・。 一気に顔が熱くなる。 全身の血が、急に激しく駆け巡り始める。 乾き始めていた額の傷跡から、 私の高まりを印すように、 新しい出血が感じられる。 陵辱に、、、身を焼かれていた。 体が勝手に昇っていく。 昇りつめていく。 巨大な船のエンジンが、 全速にモードを移すように、 奴の腰の動きが加速していく。 果てが来る。 果てが来る。 鏡の向こうの私が叫びを上げる。 奴が仰け反り、一番奥に注ぎ込む。 最後の巨大なうねりの頂点で、 全てが弾け飛び、そして暗転した・・・。
レスを見る(1)
2008/12/21 22:18:20(ho/7vR1P)
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