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(「旅館の姉妹」のつづき)
私が出張で泊まる定宿は、いかにも家族経営の老舗旅館というたたずまいをしており、いたるところに経営をしている家族のにおいを感じることができる。いつもくつろぐロビーには、ここで生活する小6と小4の姉妹の成長記録とも言える学校での図画や工作が並んでいる。この信州のさわやかな環境ですくすくと育った姉妹は、私をお兄ちゃんと昔から慕ってくれ、私もどこか本当の家族のように感じていた。 そんな出張中の休日昼下がりに、不可抗力とは言え、その姉妹と混浴をし、挙げ句の果てに姉のマキに自らの欲望を放ってしまったことに、今私は部屋に戻り、ひとり反省の中にいた。 「あぁ~、勢いとは言え、何てことしちゃったんだ。今までお兄ちゃんと慕ってくれてたマキに、ぶっかけちまったぁ~。しかも『続きはまた今度な!』なんて言っちまった。どうするんだよ、この後の出張…。」 暗くなりゆく部屋の中で、いつ終わることのない内なる反省を続けていた。その時、遠くの方から、妹のノゾミの声が聞こえた。 「お兄ちゃーん、ご飯できたよ~!」 会社には内緒にしているのだが、実は休日の夕飯は、旅館を切り盛りする家族にごちそうしてもらっていた。出張中の休日宿泊は手当も少なく、それを心配した女将さんが今回の出張から声をかけてくれたのだ。金銭的な面で非常にありがたいことだが、それよりも1人で食べる寂しい夕食をとらなくてよいことが最大の助けとなっていた。だがしかし、今日は違う。日中の出来事が脳裏をよぎり、マキも来る食卓でどんな顔をすればいいだろうか。でも、行かないと何かあったのかと優しい家族が聞いてくる。そう葛藤しながらも、風呂上がりのラフな格好のまま、旅館のスリッパをひっかけて、うつむき加減で母屋に続く長い廊下を進んでいった。 「お兄ちゃん、おそいっ!」 食堂の入り口でノゾミが手足をじたばたさせながら待っていた。いつもながら活発な女の子だった。すぐに手を引っ張られ食堂の中に引き入れられるとそこにはいつもと同じ休日の夕飯の風景が広がっていた。ただ1人を除いては。 案の定、マキも家族と一緒に私の到着を着席して待っていたが、私が入ると顔を少しうつむき、少し肩を緊張させながら、横目で私を確認していた。いつもは食べ盛りのマキは目の前にある食事に釘付けだが、今日は確実に私を意識し、どことなく赤らむ頬は直視できないほどかわいいものだった。 2人の間に何かあったと悟られてはいけないが、ここに1つ問題がある。私の座る定位置がマキの目の前であることだった。ノゾミに腕を引かれるまま目の前にマキ、隣にノゾミという定位置に今日も座らされてしまった。悟られまいとするのはマキも同じで、食卓の端に座るマキは家族の方に顔を向け、はやくたべようよ!といつもの元気な振る舞いをして見せた。しかしながら緊張のためか少々台詞口調だったため、“おいおい、マキよ。棒読み気味だぞ”とばかりに微笑んでしまった私をマキが見つけ、直後の“いただきます”の号令に混じって、私に“ベーー”っと憎らしさを見せた。 くっ、くそっ!なんてかわいいんだ…。 日中出会ってしまった風呂から出る間際のまだ小6の笑顔に、私はすっかり心を奪われていた。 食事が始まれば、いつものようにわいわいと会話が進み、仕事のこと、旅館のことなどいろいろと交流の話題がつきなかった。しかし、マキのおばあちゃんである女将さんがとんでもない話題を投げ込んできた。 「マキ、おまえ分からない宿題があるって言ってたじゃないか。お兄ちゃんに教えてもらいなさいよ。いいよね?ナオちゃん」 ナオちゃんとは私が家族からこう呼ばれているわけだが、それよりもなぜ今その話題を降るのかと老人の恐ろしさを感じつつ、うまいこと断らないとと思った瞬間、私よりも早くマキが反応した。 「だっ、大丈夫だって、もうすぐ分かるし、それにお兄ちゃんお仕事あるし!!」 ナイス、マキ。そう思った瞬間、頭の切れる女将の一言が放たれた。 「もうすぐじゃ、まだ分かってないじゃないか。それにナオちゃん明日休みだよね?ほらちょうどいいじゃない。ナオちゃんもいいよね?小学生の宿題でこの夕飯が食べられたと思えばね?はっはっはぁ」 女将にやられてしまった。断ることのできない私は、わずかな抵抗ながら、マキがよければ教えるよと言うしかできなかった。その後、若夫婦からの強烈なプッシュがマキにあり、外堀を埋められるように、マキの宿題を手伝うことになってしまった。 「あぁ~、違う違う。そこは引いちゃだめだよ。足さないと。」 「だって、弟より兄が後から家を出て追いかけてるんだよ?」 目の前には、分速100mで歩く弟を10分後に時速12kmの自転車で追いかける兄に対してふくれっ面を見せるマキがいた。 夕飯が終わり、いつものように片づけをした後、私は自室へ帰り、テレビを見ていたところに、数冊のノートを抱えたマキが現れ、おおよそ家族会議でつり仕上げられた2人が今、座敷の机で向き合って、とある兄弟について熱い議論を交わしていた。ノートの上に大量の数字や絵を描きながら、大学で塾の講師をしていたこともある私は、どうにかマキに忘れ物を届ける兄の優しさとともに、出会うべき距離を教えることができた。 「ん~、よくわからないけど、答えがでちゃった。やっぱりお兄ちゃんすごいね。」 ちょっと疲れながらも微笑みを浮かべたマキが、手を後ろに付きながら程良い達成感を見せていた。自然体に振る舞うマキはとても女の子らしく、わずかながら本当の兄になったような気分を味わったが、それも束の間、昼間の魅力あふれるマキの姿をダブらせて見始めている自分がいた。机越しではあるが、目の前にはピンクのタンクトップに水色のショートパンツの女の子が座布団の上で無防備な格好で足を伸ばしているのである。おそらく私の鼻の下は、マキの伸ばす足にも負けないくらい、伸びていたのだろう。それに気付いたマキは、さっと体育座りになり、 「なんか、お兄ちゃんの目がえっちぃ~」 と心境が筒抜けだと言わんばかりの態度をとってきた。しかしその表情は微笑みと恥じらいが混じり合うような、今にも抱きしめたくなるものだった。あまりにも気持ちを見透かされてそうでしゃくだったため、 「ほら、勉強つづけるぞ!ほかに分からないことないのか?」 とわずかながら大人の見栄を切って見せた。その瞬間、目線を私からはずし、顔を膝に当てるように丸まりながら、横目で消えているテレビを見ながらマキはつぶやいた。 「・・きって、なに?」 「ん?なに言ってるか聞こえないぞ?」 「……。つづきって、なに?」 「へっ?つづき?」 「…。お風呂で言っていた…、つづきって何なのか分からない。」 「!!!!」 まさか、マキの方から話を進めてくるとは思っていなかった私は、丸まるマキとは対照的に、背筋を伸ばし、硬直してしまった。 「い…、いや、あれは、勢いというか、、、まぁ、かわいかったというか…。」 そういうと、マキは恥ずかしそうに微笑んだと同時に、恥ずかしいのか、隠すように手のひらで顔を覆った。しばしの静寂のあと、ゆっくり隠した顔を私に見せると共にそっとつぶやいた。 「お兄ちゃん、教えてほしいな…。つづき…。」 唇を噛みしめたマキは、大人とも思わせる上目遣いで私を見てきた。その瞬間だった。今まで後悔を押し出していた理性は、まるで自転車で弟を追いかける兄のように走り去り、そのあとには、この純粋な笑顔を自分のものにしたいという欲望だけが私の中に残っていた。 「そうだよな。今日はマキの分からないところを教えないといけないんだよな。ちょっと難しいかもしれないけど、つづきを教えてあげましょう。いいですね?」 少し残った私の優しさは、語尾を先生口調にさせ、それに気付いたマキは、まるで子猫のようにこう鳴いた。 「は~い」 私の部屋は家族が暮らす母屋から伸びた廊下を進んだ、増築した建屋にあった。食堂やお風呂から遠いため、繁忙期以外は客を泊めてはいなかったが、夜勤などで日中寝ることもある私に配慮してくれ、静かなこの部屋を与えてくれていた。そのため家族や宿泊客の雑踏から切り離されており、そしてその逆もまた然りだった。そして今日は一段と周りが静かだった。妹のノゾミは、学校のクラスメイトと花火をするため、近くの公園へ行き、それに引率するため若夫婦が旅館を空けていたことが大きかった。 勉強の時はじゃまだと消していたテレビをつけた私は、上の空でテレビを見つめるマキを感じながら、押入からふかふかの布団を畳の上に広げた。それに対して、なにをしているのかと訪ねないマキは、おおよそ“つづき”がどのようなものであるのかは、自ずと理解しているのだろう。テレビをつけたのは、この準備中の男のみっともなさを誤魔化すためであり、この後の授業を周りに悟られないためのカモフラージュであることは、2人の共通認識だったかもしれない。 「マキ、こっちにおいで」 布団を引き、枕を1つ配置した布団の上で、私はマキを呼び寄せた。その声にすこし背筋を伸ばしたマキは、まるでテレビに興味があるかのように、目線をテレビに向けたまま、ゆっくりとこちらへハイハイしてやってきた。そして布団に手が触れたとたん、マキは私の目を見て、はにかみながら、へへっと笑って見せた。その瞬間、テレビの音は聞こえなくなった。 「じゃあ、ここに座ってごらん」 布団の上であぐらをかいて、両腕を伸ばした私は、もう後戻りのできない授業をはじめようとしていた。 つづく。
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2019/07/31 19:03:06(0wE99aHM)
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