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1:(無題)
投稿者:
(無名)
風の音がコトリともしない、蒸し暑い夏の夜だった。
六畳間の寝室で眠っていた久代は暗闇の中で目を覚まし耳を澄ますと、いつも聞き慣れてい る蛙の気だるい鳴き声と虫の音に混じって、何かが蠢くような、或いは人の呻き声のような物 音は外からではなく、家の中で発せられているようだった。 普段なら久代一人だけのこの家に、今日は夕刻から二人の来客があり、三人での楽しい歓談 の時があった。 二人の来客は異国出身の若者二人だった。 二人は共に東南アジアから農業研修生として政府機関を通じて村役場に何人かが配属され、 久代の家にもその内の一人が割り振られ、この一ヶ月間農作業の補助要員として働いてくれた のだった。 久代の家に来たのはチャン・ウイリットといって、二十三歳のまだ少年のようなあどけない 顔立ちをしたひょろりとした細身の身体つきをした青年だった。 日本に来てまだ一年とかで、日本語もカタコトしか喋れなかったが、真面目な性格なのかど んな仕事でも嫌な顔をせずに一生懸命に働いてくれ、久代自身、大いに助かったというのが実 感だった。 研修の期限が今日で終わるという今日の日に、久代のほうからこれまでの労働の返礼という ことで夕食に招待したのだ。 この時にチャン・ウイリットのほうから、同じ研修生としてこの村に来ている仲のいい友人 がいるので誘ってもいいかと、少し遠慮気味にたどたどしい日本語で言われたので、久代は気 持ちよく了解した。 チャンの友人というのは、やはりこの村に派遣されている、ヤム・クーソンという二十七歳 の青年だった。 ヤム・クーソンはこの村の別の家の補助要員として働いているのだが、言葉のよく話せない チャンの手助けで、久代の家にも二度ほど応援に来てくれていた青年で、日本に来てから三年 になるとのことだ。 日本語もかなり流暢で、性格も明るくさばけた感じで、チャンとは生まれた村が同じだとい うことだった。 酒も少し入った三人での歓談の時でも、ヤムは久代に、 「アナタハトテモキレイナヒトダ」 と大人びたお世辞を言ってきたりして場を持ち上げていた。 彼ら研修生は滞在期間中は、村役場が用意した公営住宅で、集団で寝泊まりしていて、個人 への家での宿泊は禁止事項になっていたのだが、酒の弱いチャンが酔い潰れてしまったことも あって、久代のほうから泊っていくよう勧めたのである。 久代は四年前に癌の病で他界した、夫の生家で一人暮らしをしていて、一反の田圃と野菜畑 の他に、亡夫が情熱を入れていた椎茸栽培に精を出して、もう人口二百人にも満たない過疎 の村で生きていた。 小学校の教師としてこの地方に赴任してきて、四年目に同じ教師をしていた夫と知り合い、 一年ほどの交際で結婚し、間もなく娘が生まれて高校に進んだ頃、夫が突然教師を辞め、生家 に帰り農業従事者になりたいと言ってきた。 多少のいざこざや葛藤はあったが、結局、久代は夫に従った。 夫婦の間に娘が一人いるが、夫が亡くなる少し前に、村内の妻子のある男性と為さぬ中にな り、駆け落ちのように二人で村を出て行ったきり、これまでに杳とした音沙汰もないままにな っている。 このことは狭い村の中では、当然のように白眼視の対象となり、あからさまな非難の声はな くとも、久代は華奢で小さな身体をさらに小さくして、六十二歳になる今日まで密やかに暮ら していたのだ。 暗い闇の中で、久代は夏用の上掛けを首のところまで被りながら、蛙や虫の音に混じって聞 こえてくる物音、それはもう人の出す声とわかるくらいに余韻と響きを持って、久代の研ぎ澄 ませた耳にはっきりと聞こえてきていた。 久代の寝室から二間ほど隔てた八畳の客間に、異国の若者二人が布団を並べて寝ている。 何かの物音か人の声のようなものの発信源は、どうやら若者二人が寝ている客間のほうから のように思えた。 最初に久代が思ったのは、その若者の内の一人が急病になって苦しんでいるのではないか、 という危惧だった。 或いは急な食当たりでも起こしたのか、とも思った。 久代の寝室から若者二人がいる客間は、小さな庭を囲んだ縁側で繋がっている。 縁側に出る硝子障子を開けると、庭先を通して斜め右側に二人の居る客間が見える。 まんじりともできずにいた久代は布団から起き上がり、縁側に出る硝子障子まで這うように して伝った。 戸の硝子に顔をつけて見ると、八畳の客間は煌々とした灯りが点いていた。 十一時前くらいの刻限だった。 自分の意識がはっきりと目覚めたせいもあってか、客間のほうから聞こえてくる、もう明ら かに人の発する声はより鮮明に、久代の耳に聞こえてきていた。 苦し気に呻くような声だった。 おそらく二人の内のどちらかが、何かに苦しんでいるのだと久代は理解した。 その場を立ち上がり、久代は着ていた寝巻の襟を直しながら、硝子障子を静かに開け縁側に 出た。 庭先で蛙や虫の音はまだ続いていたが、久代の耳に入ってくるのは客間のほうからの人の呻 くような声だけだった。 客間の前まで行って、久代は縁側に膝を折り腰を下ろした。 声をかけようとする寸前に、久代は身を屈ませたまま、硝子障子のガラスを通して、煌々と 灯りの点いている中を窺い見た。 久代の目が大きく吊り上がり、もう少しで屈めていた腰が砕けて、縁側の板に音を立てて崩 れそうだった。 信じられない光景が、久代の目に飛び込んできたのだ。 裸になった浅黒い肌をした若者二人が布団の上で、一人が仰向けになって、もう一人がその 上に覆い被さっていて、恋人同士のように激しく抱き合っていた。 男性同士の二人が、唇と唇を強く重ね合って、お互いの舌と舌をまさぐり合っている。 久代は崩れそうになった態勢をどうにか堪え、もう一度驚愕の目を瞬かせて中を覗き見た。 唇が離れると、二人は何かの言葉を交わしていたが、それは二人の母国語のようで、何をい い合っているのかは久代にはわからなかった。 やがて男の一人が布団の上に立ち上がった。 久代の目にまた驚愕が走った。 立ち上がったのはヤム・クーソンのほうで、つられるように上体を布団から起き上がって、 膝まづくように座ったのがチャン・ウイリットだった。 座り込んだチャンの顔のすぐ前に、ヤムの細く引き締まった下腹部から、身体の色よりも まだ黒く固そうなものが上に向いてそそり立っていた。 久代の目に再びの驚愕が走ったのは、ヤムの細身の身体から突き出ているそのものを目に したからだった。 少し離れた縁側から見ても、ヤムのものの長さと太さは、人間のものとは思えないくらい で、久代の口があんぐりと開き、目が瞬きと瞳の動きを喪失させてしまっていた。 久代の小柄な身体の中に、どうとも表現のしようのない、何か気持ちを狂わせるような熱 風が吹き通った気がした。 寝巻姿の身体も同じで、久代はその場で石の地蔵のように凝り固まってしまっていた。 チャンの手が、ヤムの腰から突き出たものに、何かに導かれるように添えられていき、口 が自然な動きで長さのあるヤムのものを含み入れていくのが見えた。 久代のこれまでの人生で、男性のものをこれほどにはっきりと見た経験は一度もない。 知っているのは四年前に他界している夫のものだけだった。 チャンはまるで女性のような柔らかな振る舞いで、ヤムの腰から突き出た鉄の棒のような ものを愛おしげに口の中に含み入れ、汗に光る顔を前後に動かせていた。 男性と男性のこんな行為を見るのは、無論、久代には初めての体験だった。 男性同士、女性同士のそういう世界があるということは、こんなうらぶれた限界集落に住 んでいても、当然に知識としては知ってはいた。 それに、これは長く連れ添った亡夫にも話していないことだったが、久代自身はもう何十 年も前の、彼女が高校三年の時、四十代の国語を教える女性教師と、為さぬ関係に陥ったこ とがあった。 独身だったその女性教師に、勉強を教えてもらうということで家に招かれ、まだ男性経験 も当然にない久代は、何もわからないまま唇を塞がれ、衣服を脱がされ、裸の全身を愛撫さ れたのだ。 その日から高校を卒業するまでの約半年ほど、久代はその女性教師の愛玩物のようになり、 月に何回かの割合で愛され続けたという経験があった。 女性教師の巧みな舌で、自分の股間の漆黒の下を執拗に愛撫されると、久代は何一つ抵抗 ができなくなるほどの快感に襲われたのを、六十二歳のこの年齢になっても、ふいに思い出 すことがあったりするのだった。 目の前の男性同士の激情的な絡み合いを見て、瞬間的に、もう何十年も前のあの女性教師 との燃え滾るような熱い絡みが、脳裏を過ってきていた。 おぞましいものを見たという嫌悪感のような思いが、希薄な感じになっていた。 しかし、このままここにいるということもできず、久代は硬直感の強く残る身体をどうに か奮い立たせて、その場を立ち上がりおぼつかない足取りで、足音だけは立てないようにし て自分の寝室に戻った。 夏用の上掛けの中に潜り込むようにして身体を横たえ目を閉じたが、緊張感は多少薄らい でも、胸のほうの動悸はあの縁側にいた時よりも高くいや増してきていて、それから長い間、 睡眠に堕ちることはできなかった。 つい今しがた目にした光景を忘れ去ろうと、久代は必至に気持ちを切り替えようとして、 何度となく寝返りを繰り返した。 寝返りを打つたびに上掛け布団の下で、寝巻の裾が乱れ、久代はその都度手を下に伸ばし ていた。 睡魔はいつまで待っても来なかった。 「あ…」 何度目かわからない寝返りをうって、手を下に伸ばし寝巻の裾を直そうとした時、手の先 が無意識に久代のショーツの上をなぞった。 手の指先が擦るように触れただけなのに、全身に激しく電流が流れたような気がした。 そこから久代の手の動きがおかしくなり出した。 気持ちの中にそんな意思は微塵もないはずなのに、手が勝手に身体の下に下がり、太腿の あたりを這うようになぞり出したのだ。 自分の意思はしっかりしている。 早く熟睡状態に陥ろうと気持ちを急かせているのだ。 そう思えば思うほど、片方の手は久代の意思に反するように、太腿から離れることができ なくなっていて、今はもうショーツの上にまで這ってきている。 ショーツの薄い布地を通して、繊毛のざらりとした感触が、触れた指の先から一気に胸の 中の、もう長く忘れていた官能の血を熱く滾らせようとしてきていることに、久代は薄々に 気づき、思わず身体と心を狼狽させていた。 こんなことしていてはいけない。 気を静めて早く眠らなければ。 頭の隅に残っている微かな理性が、恥ずかしくも湧き上がってきている、為さぬ官能を掻 き消そうと、久代の全身と心の中で闘いを挑んでいた。 夫を亡くして以来、一度として自分が女であるということを意識したことのない久代だっ た。 何十年も前の、あの高校時代の女性教師との悦楽の時や、亡夫に抱かれて身を悶えさせた ことをふいに思い出すことはあったりしたが、それもほんの何秒かの思いつきで理性の気持 ちに容易く掻き消されていた。 暗い闇の中で、久代は閉じていた目を開け、どこを見るともなく視線を一点に集中させて いた。 寝返りのたびに、寝巻の裾を直そうと何度も片手を足のほうに伸ばしていたのだが、葛藤 の中で理性の気持ちが勝ったのか、手の動きは止まり、寝巻の両襟を強く握り締めて、下唇 を強く噛み締めていた。 このまま時が過ぎ、知らぬ間に朝を迎えられたらいい、と本心から久代は思っていた。 視線を向けていた闇の中に、突然ある物体が現れ出て、久代は驚いたように目を何度か瞬 かせた。 最初は何かの棒のようなかたちに見えたが、闇に向かって目を瞬かせると、カメラのピン トを合わせるように、朧だった棒のような線が鮮明化され久代の目に飛び込んできた。 それは見紛うことなく、あのヤム・クーソンの下腹部から上に向かって反り返っていた、 驚くほどの長さのものだった。 小柄で華奢な久代の背筋に、一瞬冷たい冷気のようなものが走った。 だがその冷気はほんの一瞬だった。 久代の胎内のどこかでドクンと湧き上がった熱い血流が背中の冷気を瞬く間に覚まし、夏 の日の暑さとは違う熱さに全身が一気に包まれ出していた。 その不浄な思いを振り切ろうと、もう十度を超える寝返りを強くうった時、足元のほうで 寝巻の裾が大きく乱れたのと、両手で握り締めていた寝巻の襟まではだけたようになった。 襟の片方だけが闇の中で開いた感じになった。
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2023/09/21 14:45:54(uLWa/jZ0)
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