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1:告白
投稿者:
ThirdMan
「幸福な家庭はどこでも同じであるが、不幸な家庭はそれぞれ異なっている。」
トルストイ 「母さんは、なんでも許してくれました。ぼくが『したい』というと、すぐに服を脱いで、はだかになってくれました。母さんはやわらかくて、とても気持ちよかった。いつも、ぼくの頭をなでてくれて、ぼくは、うれしくて母さんをもっと気持ちよくしてやりたかった。母さんとふたりきりでいるときは、幸せだった。だから、あいつがキライだった。」 「いつの頃からか、あの子が可愛くてなりませんでした。あの子に求められると、どうしても拒めませんでした。いけないこととは、頭ではわかっていても、最後には許してしまうのです。わたし自身が、あの子を欲しがっていたのかもしれません。わたしには、あの子しかいなかったのです。あの子だけが、わたしのすべてでした。いつの間にか、そう思い込むようになっていました。だから、それを邪魔しようとする、あの人が、許せませんでした。」 「イジメをされるようになったのは、中学に入ってからすぐです。母さんが、友達の前で、ぼくを『○○ちゃん。』と、よんだんです。いつも、母さんには、そうよばれていたから、おかしく思ったことはありませんでした。でも、友達は、ヘンだっていうんです。いつの間にかマザコンってよばれるようになって、クラスの女の子からも、わらわれるようになりました。みんなが、ぼくをバカにするようになったんです。だれも相手をしてくれなくなって、すごく、くやしくて、かなしかったです。そして、その原因をつくったのが、母さんだと思ったら、もっと悲しくなって、そして、母さんをうらみました。」 「学校へ行かなくなったのは、中学一年の夏休みが終わってすぐの頃だったと思います。何を聞いても、理由をいってくれなくて途方に暮れました。それまでは、なんでも話してくれる、いい子だったんです。躾に厳しかった夫は、あの子を叩いてまで学校へ行かせようとしました。理由も聞かずに、そんな乱暴なことばかりして、いつもわたしは止めていたんです。でも、夫は、お前が甘やかすからだの一点張りで、なにをいっても、聞いてくれませんでした。そんなことばかりしていれば、あの子だって居場所がなくなってしまうのは、当たり前のことです。ある日、家を出たきり帰ってこなくなって、それから、あの子の家出が始まるようになりました。」 「家を出ても、行くところなんてありませんでした。さいしょは、ゲームセンターで時間をつぶしていました。一晩目はうまくいったけれど、二日目のときに、夜中までいたら、ほどう員の人に見つかってしまって、すぐに、家につれもどされました。あいつに、ひどくおこられて、なぐられました。母さんが、ぼくをかばってくれたけれど、このひとがイジメの原因を作ったんだと思ったら、うれしくなかったです。それからも、なんども家出をしました。家にいたくなかったからです。死んでしまおうかと思ったけれど、ぼくは弱虫で、そんな勇気はありませんでした。おかねがなくなると、どこへも行けなくなるので、母さんのサイフからぬすむようになりました。はじめは、こわくて千円とか2千円とかだったけど、なれてきたら、1万円とか2万円とか平気でぬすむようになりました。多いときは、5万くらいとったこともあります。」 「時々、財布からおかねが、なくなっていることには気付いていました。はじめは小額でしたから、たいして騒ぎもしなかったんですが、段々と金額が大きくなっていって、生活費まで手を付けられるようになってしまったら、さすがに黙っているわけには、いきませんでした。あの子を呼んで、諭すようにいったつもりだったんですが、とても怒らせてしまって、わたしは、初めてその日、あの子に叩かれました。とてもあの子の口から出てきたとは信じられないような汚い言葉ですごまれて、わたしは、怖くて足が震えました。あの時は、痛みなどよりも、あの子に叩かれたのがショックで、しばらくは、何もすることができませんでしたね。どうして、こんなことになってしまったのか、わからなくて、ただただ、泣いていたと思います。」 「初めて母さんをなぐったときは、こわかったです。さすがにやばい、と思って、母さんにおこられると思ったんですが、びっくりした顔で、立っているだけで、おこりませんでした。その時は、こわくて、逃げるようにうちを飛び出したんですけど、次のときも、母さんをたたいたら、やっぱり泣いてるだけで、もう、こわくありませんでした。だから、サイフの中にあったおかねを全部とったんです。悪いことをしてるって気持ちは、ありませんでした。ぼくが、そんなふうになったのは、母さんのせいだからです。おなかの中では、いい気味だと思っていました。」 「あの子がわたしを平気で叩くようになって、辛かったです。いっそ、死んでしまいたいとも思いました。でも、あの子をなんとか立ち直らせたい気持ちが強くて、わたしは死ぬことができませんでした。夫は、なにをいっても聞かないあの子に、愛想を尽かしたみたいになってしまい、すっかり諦めてしまって、お前に任す、と無責任なことをいったきり、家にも帰ってこなくなりました。外に女がいたんです。それを知ったときには、ひどい裏切りに、あの人を恨みました。そして、見返してやろうとも思いました。だからかもしれません・・・。あんなことを許してしまったのは・・・。」 「いつものように、サイフから金をぬすもうとしていたら、母さんに見つかりました。すごい顔でサイフを取り上げようとしたから、頭にきて、なぐったんです。たたくのなんか平気になっていたから、足でけったりもしました。いつまでもサイフをはなさなくて、ずいぶんたたいたと思います。いつの間にか、母さんは、床にたおれて、ぐったりとなってました。そのときだけは、死んだんじゃないかと思ったら、こわかったです。でも、息をしているのがわかって、ホッとしました。床にたおれたまま、ピクリともしなかったけど、スカートがめくれて、小さなパンティが見えていました。前の晩に、友達のところにとまったんですけど、その友達が女の子を部屋につれこんで、一晩中エッチしてたんです。だから、ぼくもムラムラしてて、そのときは、エッチがしたくて、しかたありませんでした。母さんは、ねてるから、大丈夫だって思いました。そう思ったら、もう、とまりませんでした。」 「股間に違和感を感じて、目が覚めたんです。ハッとなって、足のほうに顔を向けたら、あの子が、その・・・顔を埋めていたんです・・・。驚いて、慌てて逃げだそうとしましたけど、でも、すぐにまた捕まってしまい、ひどく殴られました。何も考えることができないくらい叩かれて、ぼんやりしていたら、今度は、足下のほうで泣き声がするんです。あの子が、わたしの足を抱えて頬ずりしながら、声を出して、泣いていました。それを見てしまったら、もう、我慢できませんでした。この子も苦しんでいる。必死に生きようと足掻いている。それがわかってしまったから、あの子を抱きしめながら、わたしも泣いてしまったんです。あの子に押し倒されたときは、もう、どうなってもいい、と心底思いました。この子と一緒に地獄に堕ちよう。地獄に堕ちて、この子とふたりだけで暮らそう。そう思えてなりませんでした。夢中で、わたしの服を脱がせようとするあの子が、可愛いとさえ思いました。きっと、わたしも疲れていたんだと思います。あの子に脅える毎日でした。夫は、すぐに逃げ出してしまい、どうしていいかもわからずに、あの子に脅えながら、途方に暮れる毎日でした。でも、夢中になって、わたしを欲しがってくれたんです。やっと、帰ってきてくれた・・・。そう思えて、なりませんでした。何をされても拒みませんでした。鬼のような顔をしながら、あの子が中に入ってきたときも、そのたくましさを、わたしは喜んでさえいました。あの子を力強く抱きしめながら、わたしの中で呻いて果てたとき、わたしは、束の間、幸せでした・・・。」 「すごく、はずかしかったです。母さんとエッチしちゃうなんて、考えたこともなかったのに・・。でも、なんか、終わったら、いやじゃなかったんです。ずっと頭をなでてくれました。昔みたいに、ずっとなでてくれてたんです。母さんのおっぱいに顔をうずめていたら、久しぶりにホッとした気持ちになりました。なんか、うちに帰ってきたって、気持ちにもなれました。もう、母さんをうらんでなんか、いませんでした。でも、はずかしくて言えませんでした。また、エッチがしたくなって、それもはずかしくて言えなかったから、そのまま、だまって、また、しました。母さんは、ぼくを抱きしめながら、気持ちよくして、って、ねむたそうな声でいいました。どうすればいいか、わからなかったから、母さんに聞いてみたら、ずっと入れてて、って言ったから、できるだけガマンしました。エッチしてるときは、すごく母さんがかわいく思えたりしたけど、出してしまうと、やっぱりはずかしくなって、ぼくは終わると、母さんを残して、部屋に帰りました。」 「避妊をするつもりはありませんでした。許してしまうのなら、とことん地獄に堕ちよう、そんなことを考えてしまったんです。産まれてくる子供のことは、何も考えませんでした。あの子のことだけで良かったんです。あの子だけが、傍にいてくれれば、それでわたしは、満足でした。初めの頃こそ、恥ずかしそうにしていましたけど、慣れてくると、当たり前のようにわたしを求めてくるようになりました。稚拙な児戯でしたけど、それでも、わたしには十分満足でした。一日に何度も求められて、服を着る暇さえありませんでした。お風呂も一緒に入るようになり、もちろんベッドも共にしました。夫は、時々しか帰らなくなっていましたから、不安はありませんでした。むしろ、見せつけてやりたい気持ちのほうが強くて、わたしのほうから欲しがったりもしました。いけない母親ですね。でも、身体を繋ぐようになってからは、驚くくらい、あの子はおとなしくなり、それまでの凶暴さが嘘のように消えて、笑うことも多くなっていました。だから、あの子が、可愛くてならなくて、夫が見捨ててしまった息子を取り戻した気持ちが、とても強かったです。わたしだけの力で、あの子を取り戻したんです。それを、あの人に教えてやりたい気持ちでいっぱいでした。」 「あいつは、ぼくに会いたくないのか、家に帰るときは、決まって母さんに電話をしていたので、見つかる心配はありませんでした。母さんは、見つかってもかまわないっていっていたし、ぼくも、そう思っていたから、こわくはなかったです。文句をいってきたら、母さんは、ぼくのもになったんだって、いってやろうと思ってました。だから、あのときだって、平気だったんです。いつもなら、電話をかけてから帰ってくるはずのあいつは、昼間にとつぜん、帰ってきました。」 「ふたりで、一緒にお風呂に入っていたんです。朝から、ずっと裸のままで、ふたりとも身体は汚れきっていました。その頃は、そんな生活に明け暮れていて、際限がなかったんです。今思えば、ふしだらなこと極まりないですが、あの時のわたしは、それが嬉しくてなりませんでした。女に生まれた喜びを、もう一度、あの子に教えてもらっていたようなものです。あの子は、日に日に上手になって、わたしを、ずっと悦ばせてくれました。あの子のためなら、なんでもしてあげたくて、わたしは、言いなりになっていたんです。お風呂に連れて行かれて、あの子の身体を、わたしの身体で洗ってあげていました。どこで覚えたのか、そうして欲しいっていわれて、そんなことばかりしていたんです。あの子の、その・・・おチンチンは、わたしの膣で洗うのが決まりでした。その日も、彼に跨りながら、洗ってやっていたんです。陽は、まだ高くて、小さな窓の外から、明るい日差しが差し込んでいました。あの子の胸に、自分の胸を合わせながら、気持ちよさそうにしている、あの子が可愛くて、わたしは、夢中で彼の顔を舐めていました。まだ、お昼にもならない午前中のうちから、自分の息子をこんなに可愛がることができるなんて、夢のように思えてなりませんでした。あの子をもっと悦ばせてあげたくて、夢中になっていたあまりに、夫の帰宅に気付きませんでした。どうして、あの人があんな時間に帰ってきたのかは知りません。不意に、浴室の外から音が聞こえて、目を向けたときには、もう、開いたドアの向こうに夫が立っていたんです。心臓が凍りついたのは、ほんの一瞬だけのことです。あの人は、目を見開きながら、溺れた金魚のように、口をパクパクと開けているだけでした。息子も驚いたのは、ほんの一瞬だけのことで、すぐに正気に戻った彼は、力強くわたしを抱き寄せてくれました。その力強さが嬉しかったし、安心もできました。わたしは、背を向けていたのでわかりませんでしたが、きっと、あの子は、夫を、もの凄い目で睨んでいたと思います。そのとき、夫は何かを言ったようですが、もう、覚えてません。取るに足りないことだったと思います。本当に、くだらないひとでした。」 「しばらく、母さんとそのまま、お風呂に入っていました。母さんのおなかは、少しふくらんでいて、中に赤ちゃんがいるのは知っていました。ぼくの妹です。え?どうして、妹だって、わかるのかってことですか?母さんが、そういっていたからです。おなかのふくらみ方で、どっちかわかるっていってました。ぼくのときとは、ちがうそうです。妹が生まれたら、いっしょにかわいがってね、って母さんはいってました。ぼくも、そのつもりでした。でも、あいつは、その母さんをなぐったんです。ぼくの妹まで死ぬところだったんですよ。あんなヤツ、殺されてとうぜんです。」 「ふたりでお風呂から上がると、あの人は、居間で待っていました。険悪な顔をして、苛立っているのは、わかりました。それでも、お風呂から出るまで待っているんですから、本当に意気地のないひとですよね。そのくせ、わたしたちの悪口だけはいえるんです。呆れて、相手にする気にもなりませんでした。ひどい言葉で罵倒されました。そんなこと、わたしたちを見捨てた、あの人からは、いわれたくありません。無視して、2階へ上がっていこうとしたら、いきなり、あの人に髪を掴まれました。床に叩きつけられたときは、お腹の大事な赤ちゃんが、流れてしまったんだじゃないかと、気が気じゃありませんでしたよ。さらにお腹を踏みつけられそうになって、咄嗟にかばいました。そのとき、あの子が、わたしを助けてくれたんです。わたしを叩いてばかりいたあの子が、わたしを助けてくれたんですよ。すごく嬉しかった・・・。あの子は、手に包丁を持っていました。それを、あのひとの背中に突き立てたんです。すごい悲鳴がして、あの人は床を転げ回りました。醜い芋虫が転がっているようで、見ていて気持ち悪くて仕方ありませんでした。床に叩きつけられた恨みもあって、わたしも台所から包丁を持ってくると、あのひとの至る所に突き刺しました。外に女を作って、わたしたちを見捨てた恨みもありましたから、血を流しながら、床を転げ回るあのひとを眺めていたら、何とも言えない高揚感に満たされました。あの子とふたりで、数十回は刺したと思います。気が付いたら動かなくなって、死んでいました。何も感じませんでした。せっかくお風呂から上がったばかりなのに、また、汚れてしまって、もう一度、お風呂に入らなきゃ、なんて、そんなことを考えてました。でも、あの子も興奮していたのか、お風呂の中では、もの凄く逞しくなってて、ちょっと得したような気分にもなりました。本当に、あの子は、これからが楽しみなんです。すごく上手になってくれたんですよ。早く、うちに帰って、いっぱい、あの子に可愛がってもらいたい・・・。」 「ぼくが外に出られるようになったら、母さんが帰ってくるのを待ちます。もちろん、いっしょに住みますよ。たぶん、妹も生まれているから、ふたりとも、ぼくがめんどうを見ます。ぼくたちは、もう夫婦なんです。子供だっているんですよ。りっぱな夫婦じゃないですか。母さんは、ぼくの奥さんです。奥さんのめんどうを見るのは、夫なら当たり前じゃないですか。母さんが出てきたら、また、ぼくたちは、ふたりで仲良くくらすんです。あ、3人ですね。姉弟がいないと、かわいそうだから、もうひとりつくってあげようかな。4人で、ずっと仲良くくらすんですよ。ね?すごくいいと思いませんか?刑事さん。」 これが、署轄管内でおこった殺人事件の供述内容の一部だ。 近所の住人から、もの凄い異臭がするとの通報に、交番勤務の巡査を派遣してみれば、この母子の自宅の庭先で、ひとりの男の腐乱死体が発見された。 上から毛布を掛けただけで、無造作に庭先に転がされていた状況だったという。 死後、一ヶ月以上は、経っているものと思われ、発見した巡査は、すぐさま応援要請をすると共に、この家の住人に事情を問いただすべく、玄関のチャイムを鳴らしてみた。 すると、玄関に出てきたこの母親は、ひとつの衣服も身に着けず、素っ裸のままで応対したそうだ。 常軌を逸した殺人事件に、現場は騒然となり、日頃は、閑静な趣のある住宅街も、この時ばかりは、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。 取り調べは、3日に渡って行われたが、ふたりの供述に矛盾する点は、見られなかった。 父親を刺し殺したあとも、この母子は、ごく当たり前の暮らしを続け、セックスに明け暮れていたらしい。 母親は、すでに妊娠4ヶ月に入っていた。 息子は、14歳以下であるから、刑事罰の対象とはならず、救護院へと送致される。 母親のほうも、心神耗弱を理由に、量刑が減刑される可能性は否定できないだろう。 おそらく、あと数年後には、息子である少年が言ったように、ふたりは、また、同じ部屋で寝起きができるようになる。 つまり、二人目の子供の誕生も近い、というわけだ。 警察は、検察が裁判を維持するための資料作りが、主な仕事であるから、いったん署轄の手から離れてしまえば、あとは、このふたりが、どうなろうと知ったことではない。 しかし、やりきれない事件ではある。 取り調べに当たった刑事には、同じ年頃の息子がいた。 今年で中三になるが、父親の職業を嫌って、ここのところ折り合いが悪い。 善からぬ奴らとの付き合いもあるようで、それを、こっぴどく叱ったのは、ついこの間のことだった。 刑事という職業柄、なかなか家に帰ることはできない。 子供の躾は、妻に任せっきりだが、それを妻は面白くないと思っているところがある。 自分にしたところで、あの殺された父親と同じだった。 家族の中で孤立している。 孤立だけなら、まだいいが、対立にまで発展すると、今回の事件が、対岸の火事では済まなくなる恐れだってある。 まさかな・・・。 そう思いつつも、刑事は、廊下に出ると、ケータイを開いていた。 就業時間を終えて、勤務態勢が夜間にシフトしつつある署内は、人も少なく、刑事の立っている廊下には、誰の姿も見あたらない。 リダイヤルの先は決まっていた。 今夜も、捜査資料作りで、自宅には帰れそうにない。 数回のコールののちに、妻が出た。 「ああ、俺だ・・。すまんが、今夜も帰れそうにないんだ。」 精一杯に申し訳なさそうな声でいってみた。 (またですか?いい加減に家族のことも考えてくれないと、わたしだって、どうなっても知りませんからね。) 妻の不機嫌ぶりは、相変わらずのことだ。 「あいつは、家にいるのか?」 ここのところ夜遊びばかりで、ほとんど家にいないことが多かった。 (ええ、うちでおとなしくしていますよ・・・。) 「そうか。この前叱ったのが効いたかな?」 まだ、父親の威厳は保っている。 そう思った。 (まさか・・。あの子が、あなたの言うことなんか聞くわけないじゃない・・・。わたしが、ちゃんと諭したのよ・・・。) 妻の鼻白むような声が返ってきた。 「諭したって、この前まで、苦労してたじゃないか?だから、俺が叱ったんだろう?」 そうだ。妻が散々ぼやくから、俺が説教をしたのだ。 なんでも、母親に手を上げようとしたらしく、それを聞かされた私は、さすがに見過ごせなくなって、忙しい合間を縫って自宅に帰り、しこたま息子をぶん殴ってやったのだ。 納得させたわけではないが、いい薬にはなったと思っていた。 (あなたの言うことなんて効きそうにないわよ。それどころか、恨まれちゃって・・・だから、ご褒美を上げたのよ。) 意外な答えに、驚いた。 「あ!?ご褒美って、なんだよ?」 (あなたが、気にするようなものじゃないわ。わたし、これからお風呂に入るから、もう切るわよ。) 腕時計をチラリと覗くと、まだ、7時にもなっていなかった。 妻は、就寝前に風呂に入るのが、毎晩の習慣のはずだ。 「おい、お前、これから風呂って・・・。」 (お袋、まだかよ・・・。) そのとき、スピーカーから、声変わりのした息子の太い声が聞こえた。 「お、おい!」 (あ、そうそう、それと帰るときは、事前に連絡してね。ご飯の仕度とかもあるから。必ず連絡してから帰ってきてよ。必ずよ。) それだけをいうと、慌てたように、通話は一方的に切れた。 はは・・・まさかな・・・。 署の中では、一番美人と誉れの高かった婦警を女房に娶った。 すでに四十に近いが、しまった体形は、まだ崩れておらず、セックスアピールも十分にある。 息子は、刑事に似て、がっちりとした体型で、背も高かった。 あの身体で押さえ込まれたら、妻などひとたまりもない。 妄想が次がら次へと湧いて出て、開いたケータイを、しばらく耳から離すことができなかった。 取りあえず・・・新しい包丁を買うのは、やめさせよう・・。 このあいだ、包丁が切れない、と妻がぼやいていたのを思い出した。 自分の給料で買ってやったもので、殺されたのでは、笑い話にもならない。 職業が刑事だからといって、日頃の暮らしは、一般の家庭と何ら変わらない。 どこの家庭だって、同じような問題を抱えていて、だれもが同じような悩みを抱えている。 不幸な家庭だって、みんな同じようなものかもしれないぜ、トルストイさん・・・。 虚しい電子音をしばらく耳に聞き、刑事は、大きなため息を吐くと、静かにケータイを閉じた・・・。
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2012/02/04 20:32:44(z/zJdoyl)
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