母に見送られて実家を出た。久しぶりに母が用意してくれた朝食を腹におさ
めて。
その時、母の顔は昨夜の一夜妻そのものだった。
「彼方・・行ってらっしゃい。」
充実した一晩を俺は送る事が出来た。そして、例のあの企てを如何実現させ
るか？
その事に考えを集中させるのだった。



来月の温泉行きの予定が、一行に捗らなく焦りを感じていた時、思いもかけ
ない人物から連絡が来た。
当の相手真理子からだった。
俺の携帯にかかって来たのだが、何か深刻な状況の様だ。
「驚いたな・・、　俺の方から連絡しようかと考えてから・・。」
「えっ、そうなの・・？　じゃ偶然じゃなくて・・神様がかけても良いとい
ってくれたのかも・・。」
俺は真理子のその言い回しに、何かありそうな雰囲気を感じた。
「その口調だと、何かあったのかな？」
俺はずばり言った。
「実は今東京に出て来ているの・・それで・・こんな事彼方に頼むのは変だ
とは判っているのだけど、東京に他に頼れる人いないから・・。」
かなり深刻な状況の様だ。
「チャンと説明して・・力になれるならどんな事でも協力するよ。」
俺は真理子に気持ちを伝え、ともかく説明を求めた。
真理子は俺に事情を説明し始めた。
それによると、毎月一度都内の病院で診察を受けているのだが、今日診察が
済み、支払いをしようとした時、財布がなくなっている事に気がついたと言
う。
カード類もすべて盗られ、このままでは、病院の支払いが出来ないと言うの
だ。
「明日以降に支払うと言う訳にはいかないの？」
「住所が東京じゃないので、身分証明証が必要だと言うの。」
気のせいか、真理子が泣いている様に感じた。
「大丈夫・・俺が何とかするから。今からその病院に行く様にする。」
俺は真理子から病院の名前と、後の事を伝えると、その足で真理子の所へ向
かった。
真理子の元に着いた時、すでに時計は１７時を廻っていたが、途中で連絡を
入れておいたので、窓口担当者が融通を聞かせてくれ、何とか支払いを済ま
す事が出来た。
３人で病院を出た後、今後の事を相談する事にした。
カード類の紛失届、警察への連絡等を相談していると、大事な事を忘れてい
る事に気がついた。
「そうだ、これからの事忘れていた。お金無いのだろう？
家に帰るどころか、ホテルにも泊まれないよね。」
俺はその事をすっかり忘れていた。
「あっ、そうだ、如何しよう・・？」
「どうもこうも無いじゃない・・・今日は良治君とホテルにでも泊まるしか
ないよ。」
「でも・・お金が・・。」
「そんなもの・・俺が出すよ。それに家までの交通費も居るだろう。」
真理子に向ってそう語りかけると、見る見る真理子の顔が情けない顔に変わ
って行った。
「ごめんなさい・・何から何まで、面倒掛けてしまい・・すみません。」
涙声になって、真理子が俺に詫びた。
「いいから・・そんな事気にしないで・・もう俺達、他人じゃ無いだろ
う？」
最後の部分は少しだけ声の強さを落としたので、真理子にも直ぐその意味が
判った様だ。
泣いていた顔が、その言葉に思わず苦笑いに変わった。
「もう・・・やだわ。」
真理子は恥かしそうに、俺の言葉に照れた。
真理子と良治の二人を、新宿駅前のホテルにチックインさせ、俺は一先ずア
パートに戻る事にした。
別れ際、真理子が傍に来て、
「お願い、今夜一緒に泊まって・・せめてものお礼をしたいの。」
「お礼って、お金もないのに・・・いいったら。」
俺はその時、真理子の行っている意味を取り違えた様で、
「そうじゃなくて・・今の私に出来るお礼と言ったら・・彼方なら判るでし
ょう？」
真理子の言葉で、俺の勘違いに気が付き、
「いいよ・・今はそんな事考えなくても・・。」
俺は、心にもない事を無理して言った。
「お願い・・お礼させて・・私の気持ちだから・・、ネッ、この通りよ。」
そう言うと、真理子は俺に向かい頭を下げた。
そんな真理子の姿を見ていると、彼女の気持ちを汲んでやるのも男の優し
さ・・と考え、その気持ちを受け取る事にした。