５月８日　いつもの時間に目覚し時計がなった。ぼんやりと天井を見ながら今日の予定を考えていた。午前中はフロアの改装工事のプランを検討し、午後は本店の営業会議だ。この不景気な時代に店長になったのはいいが仕事のハードさに最近くたびれてきた。まあそのうちなれるんだろうな、と思いつつ体を捩じって起きようとした。ところが捩じれない。あれ、と思いはっきり目が覚めて考えた。私の手足は動いている、けど敷布団に接していないのだ。宙をばたばたと動いている。顔を横に向けようとしても顔が横に大きくなったのか回らない。掛布団を手で横に引きずり落とし、全身に力をこめて捩じってみた。すると今までの自分とは違う、何か横に広く出っ張った胴体が見え、そしてゆっくりとうつ伏せになった。そして布団の上で立ちあがろうとするが胴体に比べ手足が短く細いので、立ちあがる事ができない。しかし這うことはできた。気がつくと私の手足は６本ある。無論、一本一本に感覚があって意志のままに動いている、それもごく自然に。部屋の入り口に向って戸を横に開こうとした、しかし体が起き上がらないので手が届かない。壁に手をかけると、すんなりとひっかかって上体が起きた。手の先に粘液のような物がついていて、壁面にねっとりとへばりついている様だ。戸を開き洗面所に向った。そして鏡を見て私はしばらく考えた、そこには巨大なゴキブリがいるではないか。

悪い夢か、こんな事があってたまるものか…しばらく鏡を見ていたがどうしようもないので妻を呼んだ。声にならない、妙な音が出ている。しかし何分たっても妻の返事はない。そういえばなんの物音もしない。妻はいないのか…台所に行くと誰もいなかった。なぜ妻がいないのか、見当もつかない。ましてやなぜ自分がゴキブリになっているのか、考えれば考えるほどパニックに陥ってしまう。
これは夢だ、夢から覚めれば元の姿になっているだろう、だったらどうすれば夢から覚めるのだろうか…
思案の結果、強い刺激を与えることにした。ほっぺたをつねればいいのだろうが、ゴキブリには頬がない。したがって目の前にある包丁で体を突つくことにした。
ちくっ、となるはずだが体の表面は硬い殻で覆われでいるのでなんの刺激もない。更に力を入れて突いてみた、するとグサッと大きな音がして包丁が10cmほど胸の中に刺さってしまった。いたい！さすがにこれはやりすぎた、イタイイタイ、堪らない。しばらく床に這いずり回って七転八倒していたが、あまりの痛さに気絶した様だ。
何分かわからないが、目が覚めた。まだ胸が痛む。あれは夢ではなかったんだ…と思いながら自分の手を見ようとした。人間に戻っているはずだ…しかし戻ってはいなかった。周りを見まわすとただのゴキブリになっていた。体長は5cm、体重は15g、立派な大人のゴキブリだ。台所の隅で這いずり回っているゴキブリになっている、これは夢なのか、この胸のいたみはなんなんだ…もう一度刺激を与えてみようか、とも思ったがもしこれ以上小さくなったら、と思い止めた。
今日は欠勤だ、部下に電話しなくちゃ…電話が重くて持ち上がらないだろう。
しばらく台所の隅で考えていると玄関から音がした。妻が帰ってきたようだ。
いったい朝からどこへ…と思い考えていたら妻が昨夜、今日からジョギングをやってみる、と言っていたのを思い出した。妻は部屋のほうに行き着替えている様だ。しばらくして台所にやってきた。私がいないのをまだ気付いていない様だ。そして台所に来て朝食の支度に取りかかった。流しの下にいる私のすぐそばに来て何か野菜を刻んでいる様だ。ふと上を見ると妻のスカートの中が丸見えになっている。今までこんな事はしたことがないので、ちょっと驚いた。白いズロースしか穿いていない。しかし女性の股間を真下から見上げるなんて、とんでもない事だなあ、と思いながらも久しぶりに見る妻の下着姿に興奮してしまった。ゴキブリに果たして何ができるのかわからないが、当分こんな事でもしながら生活するしかないんだろうな…

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