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出張先で、ハプニングバーに行った。ハプニングバー、通称ハプバー。性に飢えた男女が集い、夜な夜な突発的行為を楽しむバーの様相を呈した風俗だ。そこで出会った忘れがたい男の子の話をしたい。
その男の子は、熱帯夜であることを忘れてしまうような黒の長袖のシャツに、黒の細身のパンツを着て、ひとり部屋の隅っこでだらりと座っていた。まわりは酒池肉林の様相を呈しているにも関わらず、彼のまわりはとても静かで、そこだけ浮遊しているように見えた。気になったので、声をかけてみた。 「隣、いいですか?」 「どうぞ。」 目が合う。暗がりの中でも、彼の目は涼しく光った。 話してみると、彼は思った以上に話しやすかった。軽いジョークを交えると、目尻にくしゃっとしわを作りながら笑ってくれた。飲み物や、煙草の心配をよくしてくれて、たまに飲み物を取りに行ってくれた。やさしい。 彼はわたしの性遍歴に興味を持って、面白そうに聞いてくれた。これまでしてきたセックスのこと、自分流のセックスの極意などをわたしも調子に乗ってぺらぺらと喋ってしまった。 彼は、あまり自分のことを語らなかったが、ハプバー通い自体は長いようだった。きっかけは、失恋だったという。 「失恋して、その時点で人間不信になったけど、ハプバーに通って、また更に女の子のこと信じられなくなった。」 彼は遠い目をしてそう呟いた。 「わかるよ。」 わたしも言った。 「たくさんのひとと会って、セックスしてを繰り返すと、どんどん人間として擦れていくよね。わたしも男の子のこと、信用できないし、安心して身を委ねるってできなくなったな。」 「だよね。」 彼はわたしの目を見た。 「まあ、それでもハプバー通いやめられないんだけど。そろそろやめたいんだけどね。」 「そっかー。」 彼はさみしそうに笑った。 わたしの胸に、影がよぎった。 「そういえば、わたし、相手がセックス上手いかどうかわかるんだよね。」 「どうやるの?」 「キスをすればいいの。」 「え?」 「キスすればすぐわかる。」 彼の目を見て言うと、彼はくしゃっと笑った。 「じゃあ、やってみよっか。」 彼が言った。わたしは彼にキスした。 彼はすぐ舌を入れてきた。わたしも舌を入れ返した。 しばらく互いの舌を味わって、離れる。 「……どう?」 彼は訊いた。 「んーまあまあかな。」 わたしは言った。 「まあまあかー。」 彼は頭の後ろを掻いた。 「お姉さんはセックス上手そうだよね。」 彼の目がわたしを見る。おずおずと、彼は言う。 「プレイルームに誘っていいですか?」 その一言は、今まで聞いたどんな誘い文句よりもまっすぐなのに、紳士的だった。わたしはにっこりして、シャワールームに向かった。 プレイルームに入ると、彼はわたしをやさしくマットの上に寝かせてその上から覆い被さってきた。強く、強く抱きしめられる。深くキスをしながら、やはり抱きしめられる。彼はなかなかわたしを離さなかった。 焦ったくなって上下をひっくり返す。乳首を舐めると、彼は笑った。 「あはは、お姉さん上手だわ。」 わたしは嬉しくなって、彼のいろんなところを舐めた。脇、胸、腕、お腹。彼は、上手、上手、と何回も言いながら小さく震えた。そして、焦ったくなったのか、 「そんなに舐めるの? 舐めなくていいよ。」 と言ってまたわたしをマットに押しつけてぎゅーっと抱きしめた。そして、今度はわたしの乳房にむしゃぶりつく。 しばらく愛撫した後、彼は言った。 「挿れていい?」 「フェラしてないよ? いいの?」 「いや、性病対策でしてもらわないことにしてるんだよね。」 彼はコンドームをつけて、わたしに向き直った。 挿入後も、彼はわたしを抱きしめながら動いた。彼は何度も、何度も力強くわたしを抱きしめた。わたしは彼に挿れられながら、ああ、このひとはきっととてもさみしいんじゃないか、という考えに至った。誰も信用できないけど、性病も怖いけど、それでもなお体温がほしくてハプバー通いをやめられない。そして今日、こうやってわたしと出会い、今、貪るように体温を抱きしめている。なんだか切ない気持ちになって、わたしは喘いだ。 「あ、ごめん、いく。」 わたしが上に乗って動くと、彼は淡々と言って、わたしの中で射精した。わたしは彼を抱きしめて、頭をぽんぽんと撫でた。しばらくそうしていると、彼が言った。 「ごめん、もう一回やっていい?」 彼はまだ勃起していた。 「ハイペースやね。」 「いや、いつもこうじゃないんだけど。」 彼はそう言ってもう一度コンドームをつけた。 彼が勃起するのも無理はなかった。彼とわたしの相性はとても良く、彼が動くたびにわたしの中がぎゅーっと締まるのを感じた。彼のものはわたしの中の一番いいところにやすやすと届き、何度も刺激した。 彼はやはり動きながらわたしを強く抱きしめた。その度わたしは胸を掴まれたように切なくなった。 彼が二回目に果てた後、わたしたちはまた強く抱き合ってしばらくじっとしていた。わたしは彼の、彼はわたしのさみしさを包み込むような抱擁だった。 「ありがとう。」 お互い何度もそう囁き合って、わたしたちは離れた。服を着替えて、譲り合いながらシャワールームでシャワーを浴びた。 帰る時も、彼をぎゅーっと抱きしめてから帰路についた。お互い笑顔で別れた。 帰りながら、ずっと彼のことを考えていた。わたしは出張のついでに寄っただけで、多分もう二度と会うことはないだろう。連絡先の交換は、バーのルールで禁じられている。わたしの家からこんなに遠くて、ばったり会うなんてこともありえない。 道ずりのセックスなんて何回もしてきた。みんな笑顔であっさりと別れてきた。彼とも笑顔で別れた。でも、彼のことを考えると、胸が締め付けられた。きっと彼はあの後、他の体温を探してさまようのだろう。ハプバー通いもやめられないだろう。いつかはやめられるかもしれないけど、それは明日ではないだろう。 これは恋ではない。わたしが勝手に彼にシンパシーを感じてしまっただけだ。彼のさみしさに触れて、わたしの中にあるさみしさが震えた。ただ、それだけの話。 わたしたちはなんてさみしい生き物なんだろうね、とわたしは思う。信じられなくて、でも信じたくて、もがいて、すがって、またさまよう。 わたしは多分少し嬉しかったのだろう。同じ生き物を見つけて。それだけで少し安心したのだろう。 さようなら、わたしと同じひと。おやすみ。
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2020/08/19 23:43:56(jR3nH3Fj)
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