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1:えろ無し
投稿者:
(無名)
家のお爺様は、頑として山の家を離れない。
母が「お父さん、不便でしょう?私たちと町で暮らしませんか?」 そう誘っても、お爺様は 「ここには、昔から神様がおる。ワシはずっと見守って来た。今更、町にはおりんよ」 お爺様が言う神様は、昔から山で繁殖を成功させている角鷹だ。 なんでも、昔のお殿様がずっと鷹狩りに使っていた角鷹を幼い娘が病死すると、早世した娘のコナラと名付け、この山に離したのだそうだ。 それ以来、なんど生まれ変わってもこの角鷹に一族はこの山から離れないのだそうだ。 お爺様はその鷹を敬愛し、敬っている。 確かに私もお爺様の住む山のお家に行くとたまに見かける事がある。 とても大きな鷹で、お爺様の家に向かう途中に開けた渓流があって、そこに枯れた柳の巨木があって、そのてっぺん辺りに止まっていて、ときたま 「ヒュイッ!ヒュイッ!ヒューーーーッイッ」と鳴く。 それはそれは大きな声で、小さい時などは、驚いて泣いた程だった。 私が学生の時に、あんまりにもお爺様が角鷹、角鷹と言うもんだから調べた事があった。 角鷹(クマタカ)英名だとMountain eagleと呼ばれ、鷲とされるようで、主にヤマドリや野ウサギ、キツネ、時によってはニホンザルすら捕食する猛禽類なのだそうで、調べた私はそら恐ろしくなった。 だが角鷹は、本来、警戒心が強く、人前にはなかなか姿を表さないと表記されていた。 だが、お爺様の敬愛して止まない、この山の角鷹は、不思議な事に、鷹の目の玉がわかるほど近くに姿を現し、大きな声で鳴く。 大学生の時に野鳥に詳しい教授がいて、その話をしてみたが、あるわけないと一蹴されてしまった。 それだけ角鷹と言うのは人前に姿を現すのがごく稀な事なのだろうと思った。 お爺様に「角鷹の巣って、お爺様は見たことある?」と聞いた事があった。 お爺様は「あるよ?今もある。どうせキノコも採りにいきてぇーし、一緒に行くべ?」とお爺様に連れられて見に行った事もあった。 お爺様は、足元のキノコを器用に見つけながら山をスイスイと登って行く。 私の方がバテて「お爺様、もう少しゆっくり」と懇願すると、決まってお爺様は「今の若いもんは。角鷹さまに笑われるぞ」と言う。 私が見た角鷹の巣は、大きなヒノキのてっぺん近くにこんもりとした木の枝を組んで大きな座布団みたいに平べったく、でっかく見えた。 そこに2つの角鷹を見た。 お爺様のお陰なのか、私は角鷹をごく身近な鳥としていつしか捉えていた。 大学を卒業し、街の会社に勤務が決まり、すっかり忙しくてお爺様の山の家に行くことも疎かになって数年の事だった。 私は親元を離れてアパートで一人暮らしをしていた。 仕事から帰宅すると母から電話があって、お爺様が倒れた。 直ぐにお医者さんに向かって! 取る物も取らずに家を出て車を走らせる。 病院に着くと、もう母と父、それと父の兄夫婦が揃っていた。 「お母さん!お爺様はいつ倒れたの?」 母は慌てずに 「今日ね、お父さんに煮物を届けたの。初めは美味しい美味しいと言って食べてたんだけどね、急にむせ始めて、倒れ込んじゃったのよ」 「やだぁー。で、お医者さんはなんて?」 お母さんは 「いま、見てもらってる・・・」 全員、お爺様がすきなのだ。 みんな、しょんぼりしていた。 お爺様は、その後、半年ももたなくて春にあの世に召された。 お爺様が暮らしていた山には一族のお墓と家老塔があり、御先祖代々の御霊がこの山に眠っている。 お爺様も御先祖さまと一緒の山に手厚く葬られた。 墓前にお選考を立て、1人づつ順番に手を合わせてお参りしていると、お墓のすぐ裏にある大きな赤松の上の方から 「ヒュイッ!ヒュイッ!ヒューーーイッ!!」 見ると大きな角鷹が私たちを見下ろし、大きな口を開けて鳴いていた。 いつもに無く、とても悲しげな鳴き声に聴こえた。 お爺様の山のお家の遺品整理をしていると沢山の角鷹の書籍が出てくる。 母は少し呆れたように「お父さんったら、余程、鷹がすきだったのね」 と重ねてゆく。 私は、ハッとなって 「お母さん!まって!その本、みんな私がもらってく!」 私は、お爺様が敬愛した角鷹の書籍を読み漁った。 どれもみんな、研究書などの学術的な書籍では無かった。 どれもこれも、物語りだった。 読み漁っている内に、私も虜となって行った。 読めば読むほど、お山にいる角鷹が普通の角鷹ではないと思えて仕方なくなる。 いつか教授が言っていた、ありえない! 本当だ、ありえない事だ・・・ お墓参りの時の事を思い出す。 ほんの数メートル近くで、角鷹が鳴いたのだ。 絶対にありえない。 こうして、私は、取り憑かれた様に仕事も辞め、お爺様の山のお家に移った。 お爺様のお家の庭に野菜、山菜を植え、山にはお爺様から教わったキノコのシロがある。 私はここで、山の食堂「くまたか」を開業した。 従姉妹の澪ちゃんが調理師の資格を持っていて、とことん口説きに口説いて、一緒にお店をやってくれる事に決まり、私も貯金から退職金から、すっからかんに使い果たした。 初めこそ渋っていた澪ちゃんが、次第に形になってくると俄然、やる気を出した。 山にあるもの、山菜や山のキノコをふんだんに使った、和洋折衷のお店。 開店当日。 満席御礼。 店を仕舞い支度している夕方。 お墓の方から 「ヒュイッ!ヒュイッ!ヒューーーイッ」 私は、そっとそちらに向いて手を合わせた。
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2023/12/05 22:33:21(413wgxP/)
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