今から１０年と少し前。

私は妻帯者。
２度目の不貞の精算を終え、心に空いた穴を埋めるために当時全盛だったブログというものを始めた。

最初は特にテーマなどもなく、なんとなく日記帳的な感じで始めた。
サイト形式だったので、参考程度に他人のブログを覗いたりしてるうち、それなりに形になってきた。

テーマをいくつか決めて、それぞれにジャンル分けをして、ものがものだけに万一他人様が見てもそれなりに楽しめるような内容にすることを意識した。

当時の私は行動範囲が広く、泊まりもよくしていてテーマの１つ、旅とした。
不思議なもの、可愛いものに惹かれるので、外出して発見しては撮ってアップした。
音楽も好きだったので、色々なジャンルの色々な曲をアップしては日記に記した。

それなりに他のブログも覗いてはコメントを入れたりして退屈しのぎには丁度いい趣味の１つになった。

始めてから１ヶ月ほど経った頃、初めてフォロアーがついた。

毎日朝と就寝前に記していた曲に惹かれてやって来たその人。

歳は２２、女性。新社会人で受付嬢をしているという、ハンネＳ(仮称)さん。

可愛らしいコメントを入れてくれたその人は、なにを間違ってかそれからの私のブログの常連となる。

色々な旅先での出来事へのコメント。
日常の些細なことへのコメント。
音楽の話。

他にも来客はあったけれど、第1号である彼女は、少し特別な存在だった。

互いにフォロアーとなり、行き来することも次第に増えていった。

彼女のホームページは若い女性らしい可愛らしい部屋。それに引きかえ私のときたら…

１度何が面白いのか聞いてみたことがある。その時の回答は

Ｓ「視点と発想が独特だから」

だった。う～ん。

月数日から週数日、徐々に距離を感じさせないくらい、近所の知り合いみたいな感覚になっていった。

互いのプロフはホームページに記してあるから、どんな人か(嘘八百かもだが)はだいたい想像していたけれど、徐々に詳細も知りたがるようになってきた。

彼女は小柄。ショートカット。栗毛。彼氏なし。学生時代にはいて経験済み。趣味は音楽とスイーツ。

私は妻帯者、大柄。赤毛(当時凝っていた)不貞前科２犯(笑)趣味は単車、音楽、スノボ。

段々とブログの内容以外のことも話し出すようになり、１年が過ぎた頃、ネットを飛び出して番号とアドレス交換をした。

結構な遠方だったから互いに身バレする恐れもなく。
彼女からの提案だったが前科者の私は自戒もあり、渋っていたけれど直電NG、お互いに面白い物を発見したら撮って送る、を条件に応じた。


本名も知った。可愛らしい名前。


それからというもの、ブログはこれまで通り更新しながら夜更けには直メで話す、という二重生活が始まった。


24:30。


彼女は毎夜、その時間になるとやって来た。

話題は様々。大抵は私が聞き役。彼女の仕事の愚痴であったり、なんでもない出来事であったり。
おやすみを言って終えたあと、こんなオッサンと話して何が面白いのだろう？と何度も考えた(笑)

ある夜、その日は珍しく定刻を過ぎても来ない彼女に、私の方からメールしてみた。

私「寝てるかな？」

の問いに暫く間をおいての返事。

Ｓ「おきてまーす！ふふふ(*^^*)」

二言三言、返ってくる返事の顔文字の頬にハートマーク。

私「酔ってるのかい？」

Ｓ「ちがいまーす！(*^^*)」

私「？？？」

Ｓ「あのね…シテました(*^^*)言っちゃったあ！」

私「ん？あ、そうなんだ…邪魔したね。ごめんよ」

Ｓ「もう終わってますっ！はずかしいー(*^^*)」

私「自白しといて(笑)ま、誰でもすることだし健全な証拠だよ。気にしない(笑)」

Ｓ「えー？気にしてよ(*^^*)ウソです(笑)Ｔ(私、仮称)さんは奥さんとしないの？」

私「今夜？しないよ。まぁレスだし。滅多に会わないしね」

Ｓ「自己処理？」

私「ごく稀に。そんなエネルギーがあるなら明日の仕事か遊びに廻します(笑)」

Ｓ「Ｔさんあのね、前から聞きたかったんだけど…いい？」

私「…な、なんでしょう？」

Ｓ「前科２犯の話(笑)」

私「ああ…まぁ隠す必要もないし聞きたいなら話すけど…面白くもなんともないと思うよ？」

Ｓ「わーい(*^^*)」

彼女は何に興味が湧いたのか、私の２度の不貞の話を聞いてきた。

１度目の伝言ダイヤルで知り合った相手、遠方すぎて１度だけ会って終わった話。
２度目の出会い系サイトのＪＫ、１０年続いた相手の話。

人に初めて話す、自身の体験。少し恥ずかしくもあり懐かしくもあった。
それぞれ長過ぎるので数日かけて洗いざらいを話した。

Ｓ「ワルい人ー！奥さんいるのにー(笑)でもめちゃくちゃでおもしろいー！(^w^)」

私「…何が面白いんだか。２人共男見る目がなかったんだよ。君はちゃんと厳選しなさいよ？婚活とかしてる？」

Ｓ「いらなーい！(笑)今はねー(^^)」

私「自己処理してるクセに？(笑)」

Ｓ「イジワルですねー(^^)そういうの、求めなくても自然にできるものだと思うの。だから意識して探したりしません」

私「ほう。よくわかってるね。いい答えだよ。」

Ｓ「あたし、Ｔさんみたいな人、好きだなぁ(笑)」

私「ご冗談を(笑)」

Ｓ「うまがあう？、っていうの、大事だし(笑)」

なんだか嬉しい関係。そう思うようになっていた。

Ｓ「Ｔさん１番おきにの曲、って何ですか？あたしは○○○の×××ー(^^)」

私「え～？なにそれ？知らないなぁ…１番は…多すぎて決められない(笑)」


24:30の友。


そんな関係が続いた。ブログで１年。直に話すようになって２年。
色々なことを話した。色々なことを本音で言える相手。
１度、会ってみたいと思うほどの相手。
求め続けたものが、そこに。



しかし。



終焉は突然やって来た。



いつものように絡んだあと。


Ｓ「じゃあまた明日。この時間に。おやすみなさい」

私「おやすみ。いい夢を」


これが私と彼女が交わした、最後の言葉となった。





　　　2011年（平成23年）

　　　3月11日（金曜日）

　　　　14時46分18秒





私は仕事中だったが、休憩室のテレビですぐそれを知った。

そして帰宅後、もっと凄いことになっていることを知った。



彼女は宮城県に住んでいる。海の近く。





大丈夫だろうか。




テレビは全局、夜通し特番。


凄惨な事態を延々と映し出している。


ざわつく心を抑えきれない。しかし何ができるでもない。


待った。


ただ。その時間が来るまで。




24:30。




約束の時間。







来なかった。





いつものように携帯は…光らなかった。





それから毎日、待った。


回線がダメなのかも知れない。
携帯が壊れたのかも知れない。
家族、友人を優先してるのかも知れない。

ブログは更新されていない。


待った。１週間。１ヶ月。それからもずっと。

携帯は光らない。

ブログも更新しない。

四六時中、ただ開けては、彼女が来ていないか、見ては閉じ。


自ら連絡しようとは思わなかった。

してはいけないような気がした。

ただ、怖かった。悪い方の予感。





半年が経ち、日常の立ち振舞いは変わらずも、中身は廃人同様の私のもとに、見馴れたアドレスでメールが入った。



彼女の兄を名乗るその方は、丁寧な挨拶とともにあの日、休みだった妹は家ごと波に呑まれた事、形見の携帯はビニールのポーチに入っていて奇跡的に無事だった事、妹と親交のあった方々に感謝のお礼をしてまわっている(御両親の意向)事、１人だけ遠方(私)で連絡しようか迷っていた事を告げられた。

それでもあえて連絡をくれたのは彼女の携帯の電話帖、その男のプロフ欄に、


「いつか会ってみたい人」


と記されていたからだそうだ。

おなじこと考えてたんだぁ…

それを聞いたとき、ちょっと照れくさい気分になった。


とても律儀な方で、妹とはどういうご関係ですか？と聞かれ、彼女のブログの１フォロアーです、と答えた。
私と話すまでブログの存在は知らなかったようで、それを教え、わざわざの連絡のお礼とお悔やみの言葉を伝えた。


最後に、


「厚かましいお願いですが、妹のこと、忘れないでやって下さい」


と言われた。








忘れるものか






ブログはやめた。



いくら更新しても、なにを書いても、１番来て欲しい人が来ることはない。

続ける自信も、意味もなくなった。




彼女が１番好きだと挙げた曲。

スイミー／Every Little Thing

今は大のお気に入りだけれど、聴けない曲。






３年間に渡るブログの残骸は主をなくしたまま、今もバーチャル世界のどこかに漂っている

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