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hollyhocks occulted 30
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:空想・幻想小説
ルール: あなたの中で描いた空想、幻想小説を投稿してください
  
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1:hollyhocks occulted 30
投稿者:
ID:jitten
〜まえがき〜
⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠
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大きな桜の樹の下に向かい合って立っていた。
広大な庭園は手入れが行き届いていて、芝は青々として美しく、池の水は空との境目が分からぬほどに澄み切っている。
ただしあいかわらず、雲は天に張り付いたまま微動だにしないし、遠くの山の木々は風にさざめいたりしない。
鳥の鳴く声は聞こえるが、姿は見えない。
「…術式手印無しで召喚…さすが…たいしたもんだな…」
光世?大典太光世?が、いつものように、首の後ろに手を添えてゴキ、と鳴らす。
呆れたふうな、涙を堪えたふうな、なんとも絶妙な表情で、女を見下ろした。
「…し、死ぬかと、思いましたよ、」
女は、片手でもう一方の手首を掴み、痛みがないことをしみじみと噛み締め、それから鎖骨から肩の骨をするりと撫でた。
脂汗が滲んでいてベタベタする。
オーバーサイズの白無地の長袖Tシャツにシンプルなヒップハングのデニムを着ていた。
こんな服持っていたっけと一瞬疑問が浮かぶが、一刻を惜しんだ大典太光世?が雑なイメージで生成したのだろうな、と思い至り追及はしない。
「…いえ、嘘、ですね、出血はほとんどありませんでした、内臓を損傷するような箇所の骨折でもないので、致命傷ではありません。」
先の発言が大仰だったと冷静に訂正したけれど、そんなこと聞いていないしどうだっていい、とでも言いたげにまつげを伏せた、彼は、どっちだ?
「…あんたの、そういう、ところが、俺は…正直、苦手だよ…」
これは大典太光世だ、さめざめと悪態をついた顔を覗き上げると、その目は白兎よりも真っ赤だった。
「…俺を呼んだことは、評価、するが…」
冷えた指先で、女の鼻の先端をつつく。
「…何度でも、言うぞ?…あんた、いい加減にしろ!審神者が自ら敵陣に突っ込むなんて…聞いたこともない…!」
「あっ!そうでした!そんなことよりも!車ぁ…どうしよう…!」
なにをどのくらい思い出したかなんて、誰ともなにとも比べようがなく、ただ流れ込んできた走馬灯のような記憶に、不快感と、また逆に、背筋が凍るほどの爽快感が同時に巻き起こったのは事実。
それに酔いしれてはしゃぎ過ぎ、異形のモンスターを返り討ちにしてやるなど、無謀だとかつての部下?にたしなめられて当然だ。
だが、現実問題、スポンサー企業の社用車は川に水没して全損。
道の駅の駐車場全体に描かれた非芸術的なブラックマークは簡単には消せないし、商業施設だ、監視カメラや防犯カメラがあってしかるべきである。
罪のないクレーン車は傷だらけになってしまったし、農業倉庫の壁にもセリカの赤い塗料がこびりついている。
言い訳する隙もなく、ドリフトレーサーとしての選手生命は失われ、さらに危険運転と器物破損、さらにさらになんなら公然わいせつで一発アウトだ。
冗談じゃない。
「…そんなこと、って…はぁ、気が抜けるな…」
「モリシタさんになんて説明しよう…」
怒られちゃいます…と頬を膨らませて俯いた、その頭にひらりと舞い落ちた花びらを摘んで、大典太光世は盛大にため息をついた。
「…兄弟と、話してくる…あんた、勝手に、出るなよ…?いや…出られる、はずは、ないんだが…あんたなら、やりかねん、というか…」
困り顔で唇を結び、それから摘んでいた花びらを、ふう、と息で吹き飛ばす。
とたんに、女の両足がずしっと重くなった。
目をやると、桜の樹の根が足首に絡みついている…
違う、根が足と溶け合って、土の地面に縫い付けられているのだ。
なにもかもがまるで幻想物語の世界だ。
「ええ?そんな、どこも、行かないですってば、」
不満を口にするけれど、大典太光世は桜吹雪の竜巻とともに消えてしまった、さっきなにもないところから現れたときの逆再生のように。
しかたがない、ドサっ、と腰を下ろす。
ここは本丸。
を模した大典太光世の神域。
静かだ。
今にも声が聞こえてきそうな、気がするのに、100を超える刀たちの、刀の付喪神たちの、賑やかな、声が。
『主さま、遊びましょう!』
『あるじさん!これ見て、かわいいでしょ?』
『大将、ちょっといいか、』
『あーるじっ、なにしてんだ?』
『なあ、主、次の出陣なんだが、』
『やあ、きみ、味見をお願いしたいのだけれど、』
『おい、あんた、役所からまた半ギレの文書がきてるぞ、なにしたんだ?』
『主君、いってらっしゃいませ、お帰りをお待ちしておりますね。』
なにを、どのくらい、思い出したか、など、なにとも、誰とも、比べられない、分からない、ただ、あの日、自分のせいで、みな、折れてしまった。
中には、刀剣男士は消耗品だと言う政府の役人もいる。
資源と札があれば刀剣男士を顕現することはいくらでもできるのだと、無理な進軍をして折れたとしても、それを必要なコストだと冷淡に処理する審神者も一部いる。
だが、日々を共に家族のように過ごし、喜びや悔しさを分け合い、なにげなく言葉を交わす、人の形をした彼らを、単なる道具扱いなど、女にはできなかった。
小高い丘から見渡す立派な日本家屋はひっそりとしていて、そう、誰もいないのは、みなが折れたからではなく、ただ大典太光世が作った舞台のセットだからなのだが、恐ろしく寂しく、涙と吐き気が込み上げた。
こんなところにひとりきり置き去りにされて身動きもできず、嗚咽を漏らすことしかできない、新手の拷問だな、と大典太光世を恨む。

ソハヤノツルキは神経を尖らせたまま、東屋のベンチに座って缶の炭酸飲料を飲んでいた。
そこへ、控えめな駆動音を引き摺った黒いリムジンがやってきて停まる。
道交法違反も甚だしい、全面完全スモーク張りでなんとも物々しい。
審神者が言ったとおりだ。
堅苦しいスーツの男の運転手がリアドアを恭しく開けると、気の強そうな和服姿の老婆が杖をつきつつ降りてきて、鋭い視線でソハヤノツルキを見下ろした。
「……銘光世作は、」
それが兄の居場所を問うているのだと理解するのに半瞬かかった。
「…あーね、主を隠しに行ったよ、あのまんまじゃ、疼痛性しょっくで死んじまう。」
実際はどうだろうか、ひどいマゾ嗜好で痛みにやたら強い、自分でしぶといと言い放っていたし、かつて腹を裂かれても一命を取り留めるほどにはフィジカルもメンタルも頑丈な女だ、このくらいで死んでもらっては困る。
「…俺たちは刀解か?」
「…たしかに、石見八拾六号本丸の襲撃について知る者がいるのは都合が悪い…分かるだろう?だが、お前たち、器は人間ではないか、まあ、人間だろうが、処分するのは容易いが、我々にとっても、お前たちのようなケースは初めてなんだ、逆に、今すぐ保護してラボにブチ込みたいところさ。」
老婆は、やれやれという仕草で首を振った。
「…主を、治療する気はあるんだな?」
初対面のこの老婆が時の政府の役人であることはまず間違いない。
あのとき組織の保身のために自分たちを見捨てて、箱庭を封鎖した奴ら…
老婆は、すぅっと目を細めた。
幾層にも重なった皺が歪む。
「治療…か、お前たちが思うようなやり方ではないかもしれんが、我々はあれをみすみす切り捨てるほど阿呆ではないよ、お前たちには想像もつくまいよ、あれは、兵器だ。」
杖を、聞こえよがしに、カツン、と鳴らす。
「…主に、なにをさせる気だ?」
「なにをだって?審神者業だよ、他になにがあるって言うんだい?顕現させて、使役させて、回復させて、それを繰り返すんだよ、他本丸と比べてみろ、時間遡行軍の討伐成績は常にダブル…いや、トリプルスコアだ。」
懐から煙管を取り出すと、運転手の男がそつなく火を差し出した。
ふぅー、と、長く長く、煙を吸って、吐く。
その濃い煙を、うっとおしげに手で払い、骨と皮ばかりの乾燥した手首を、大典太光世が掴んだ。
「お、おけーり、主は?」
「…今のところ、大人しくしている…それで…?」
いつのまにか、どこからともなく現れて、当然の顔をしてそこにいて、華奢で小柄な老人をじろりと見下ろした。
「無作法な!離せ!」
連れの男が血相を変えて大典太光世の腕に取り付いたが、うってかわって老婆は表情筋をぴくりとも動かさずに瞳の光だけで笑った。
「そう殺気立つんじゃないよ、事態を解決しに来たんだ、銘光世作、」
そしてソハヤノツルキへと顔を向ける。
「徳川の三池もだよ、」
ソハヤノツルキは、ゆっくりとしたしゃべり方とは裏腹に、吊り上がった目の奥は烈火のごとく燃え盛っているのだ、それが殺意でなくてなんだということもない。
しかし老婆は豪胆な態度で顎をしゃくるような素振りをすると、男はすごすごと後退った。
「…これから、どうするつもりだ…?」
大典太光世が低い声を絞り出して問うた。
「どうもこうも、変えられた歴史をもとに戻すために時間遡行軍を殲滅する他ないさ。現代遠征に長けた本丸から1部隊をさきの時間軸に送る。あの審神者が使い物にならなくなる前に時間を戻すのさ。」
大げさに肩をすくめて見せる。
大典太光世は手を離し、一歩下がって、うつむき気味に上目遣いで睨みつけたが、老婆は解放された手首を大袈裟にさすりながら、おお、こわいな、と茶化すように呟いた。
「…本来、あの審神者をここで回収すれば済んだのだ、マイナーな競技の、さして知名度もない選手が、実力を発揮できぬままに消えるだけだ、よくある話さ、それでなんの問題もなかった…それが、だ、お前たちが考えなしに引っ掻き回すものだから、今や、この審神者が姿を消せば、なにかしら歴史に影響する可能性が、なく、ない、状況に、なってしまったのだよ、まったく、面倒なことをしてくれたね…」
その文句を聞いて、ソハヤノツルキは、安堵する。
主人がこの時代を生きていく未来が正しいルートであると、2205年から来た役人が言うからである。
しかし頭がこんがらがってくる。
今ここに存在している自分と兄はどうなる?
疑問は音になって口から出ていた。
「俺たちは、どうなる…?」
ハッ、と、老婆は声を立てて笑った。
「どうだい?1時間前の自身と鉢合わせる勇気があるなら、お前たちを使ってやってもいい…できるならな、それは、お前たちと、お前たちの主人次第だろう?もっとも、見させてもらったが、召喚の儀をなんなく敷くことができたんだ、その器と、能力的には可能だと踏んでいる…装置も札もない状態で、あいかわらず、とんでもない力だよ。」
試すような視線で突き刺されて、身じろいでしまう。
整理が追いつかない。
1時間前の自身と鉢合わせる?
自分たちが、時をさかのぼって?
自分たちを援護して主人を守る?
それはいい、それが済んだら?
任務であれば元の時間へ帰るだけだ、子ども向けアニメに出てくるタイムマシンと一緒だ、出立した時点に帰れば済む、が、主人を守り切った瞬間に、いや…
そもそも…
自分たちが過去に介入した瞬間に、ここは、この世界は、なくなってしまうのではないか?
それともパラレルワールドになって、枝分かれした時間軸をとぼとぼと歩み続けるのか?
「我々の希望的観測としてはだ、2者がうまく融合するのがいちばん望ましい、我々の監視下には置くがね…その可能性がある以上は、お前たちを出陣させることを止めはしない。それか、融合後に器と刀剣男士に分離してもいい、さすればお前たちはノータイムで刀解だが。」
大典太光世の脳裏に、光世の記憶が重なる。
女が言った、転生、というジャンル、だと。
人型に込められた、刀の魂。
それは時の政府にとっても例のない案件なのだ。
「…てか!なんでよ!?遡行軍が!?現代は記録媒体が発達してて歴史改変しにくいから襲撃しても意味ないっつってたじゃん!?」
黙って聞いていたソハヤノツルキが立ち上がった。
「…ってかよ…なんで…なんでだ?なんで、こんなに執拗に、主を、狙うんだ…?人間の、煩悩、利用してまで…?」
「…思念体だね?そうだね、これは推測だが、現代の人間が、精神と肉体が脆く、そのくせ執着心は強く、取り憑くのが簡単なことに加えて、外見的にも身動きが取りやすい、といったところかな?」
「…本丸の襲撃自体は稀にあるんだよな?…それは、練度の高い刀を多数率いてる審神者が狙われるってんだから、まあ、理には適ってる…けど…今のてんちゃんを襲う理由が、分かんねーよ…」
ソハヤノツルキが征羽矢と混じり合う。
それを老婆は感じ取っていて、いよいよ厄介だなと眉を寄せた。
「…あれの、力の質量自体は、並みだ、が、とにかく特異なのだよ、顕現に関わる数値は、まあ、たいしたことはない、その後だな…育成に不可欠な、従わせるための妖力とでも言おうか、それと、特殊な生理活性物質の生成…体感しただろう?性行で顕著に効果をあらわす、回復のための霊力…」
兄弟2人?2振り?の胸がギリギリと痛んだ。
我を忘れて貪るように抱いた女体の感触が腕に蘇り、震える。
「だが、戦を繰り返すうちに彼奴らも気付いたのだ、あれの力が、他とは違うと。そうして襲撃を企て、実行し、対峙して、目の当たりにした、その力を生み出しているだろうと目星を付けた胎を掻っ捌いて、奪うか、失わせるため、喰らった…」
「…実際は?…子宮は関係なかった、のだろう?…大部分を失われていて今もなお、俺たちは勝手に惹かれ勝手に踊っているわけだが、滑稽だが…」
大典太光世が長い指で額を押さえながら言った。
老婆は頷く。
「そうだ、臓器と力に関連はなかった…我々の必死の研究もいともあっけなくあざむかれたものだ…あくまでも個人の特性でしかなかったのだよ、100mを10秒で走れる肉体とか、嘘をつくときに眼球が動かない精神とか、そういう類いの、先天的だが原因や理由のない、ただの特性だ。」
さも面倒だと言いたげに吐き捨て、また、コツコツ、と、杖をアスファルトへと打ちつける、兄弟を、焚き付けるように。
「さて、お前たちの主人を渡しなさい、お前たちを出陣させるのは、あれの仕事だ。」

囚われた両足では体育座りしか落ち着く体勢はなく、ぼんやりと桜の舞う空を眺めていた。
どちらにせよ明日のレースは走れまい。
絶望だ。
どれだけ大勢に迷惑や心配をかけるか、そしてどれだけ説教を食らうか、想像するだけでげんなりしてしまう。
胃も痛む。
回顧。
あの本丸で、現世での仕事や人間関係がうまくいかず落ち込んでいるときでも、あまり顔に出ないタイプだが、いちばんはじめに気が付くのは初期刀の歌仙兼定だった。
付き合いが長いだけのことはある。
初期刀とは、本丸を与えられる際に政府から割り振られるバディだ。
柔和な話し口の割に、端々に威圧感のある、高慢な打刀であった。
雅を愛し、茶器や和歌に精通し、厨仕事に長けていて、小言の多い、ふるさとの母のようだった。
『きみ、そんなふうでは、みなにしめしがつかないだろう、冷たい水で顔でも洗ってきたまえ。』
腕を組み仁王立ちになり、つっけんどんに言い放つ。
口争う気力もなく、言われたとおりにして執務室へ戻ると、そのうちに美しい細工の練り切りと少し高級な日本茶を盆に乗せてやってきて、とくになにか尋ねるわけでもなく、ひとつふたつ世間話をして去っていく。
『夕餉は山菜の炊き込みご飯にするよ、味噌汁に卵を溶いてあげよう。』
女の好物をちらつかせて、物理的に機嫌を取ろうとするのだ、本刃は卵の味噌汁は邪道だから好きじゃないと言うくせに。
回顧する。
いっぽう、刀たちの代表として主人の秘書的な役割を務める、近侍の乱藤四郎は、その愛らしく華やかな見た目に反して、苛烈かつ過激な発言をして女を驚かせたものだ。
『あるじさんを悲しませる悪い子は、ボクがお仕置きしてあげるよっ!どこのどいつか教えて?』
冗談じゃなく討ち入ってしまいそうで、女は慌てて笑顔を作るしかない。
『やっぱりあるじさんは笑ってたほうがかわいいっ!んだから!ねっ、ほら、気晴らしにしょっぴんぐ行かない?新しいねいるが欲しいんだ!』
そう言って半ば強引に手を取る。
そのまま連れ出されて、どうせ万屋街でパフェやパンケーキを奢らされるのだ。
だが、キラキラした声で次々と紡がれるおしゃべりに、こわばった気持ちは自然とふわりと解けていったものだった。
回顧は止まらない。
初鍛刀、本丸で初めて自らの手で顕現した刀、愛染国俊は、そういった細やかな心緒を汲み取ることとは無縁そうな、底ぬけに明るく賑やかな短刀である。
『んん?なーんだ?腹でも痛いのか?』
派手な赤い短髪は無造作に跳ね回っており、鼻の頭に少年漫画の主人公のように絆創膏が貼ってあるのが、びっくりするほどよく似合っていた。
そんな容姿ではあるが、それでも、鎌倉の名刀である、女よりもはるかに年上なのだ。
余裕のあるおとなびた表情で見上げられて、思わず頬が熱くなる。
なんでもないですよ、と誤魔化すと、隣に座り込んで端末でおすすめの動画なんかを見せてくる。
『この曲、聴いてるとさ、元気出るんだよなぁ!なんつってるか分っかんねーけど、ははっ!』
だから英語の歌詞を簡単に訳してあげると、目を輝かせて喜んでくれる。
『主はすっげぇなぁ!こんな異国の言葉知ってるなんて、かっけぇ!』
単純だが、くすぐったいような感じがして、少し自己肯定感も回復せざるを得ないのだ。
回顧であり、懐古!
ただ、そんなとき、もっとも、欲しい言葉をくれるのは、だいたいは、本丸のナンバー2、徳川に勝利をもたらした脇差、物吉貞宗であった。
穏やかな微笑みで、前触れなく現れて、じっと見つめてくる。
静かでゆっくりとした話し方で、核心を抉る。
『辛いときにも笑顔でいれば幸運が舞い込むんですよ、って言うボクは、他本丸のボクですよ。』
たったそれだけで、全て見透かされていると悟る。
『聞いたほうが良ければ聞きます、話すのが嫌でしたら…それでもボクは聞きたいです、言語化は、思考の整理とも直結しますから。』
ほだされ、ぽつりぽつりと、相談するでもなく、ただ愚痴をこぼすだけ、しかし、課題はいくらか明文化され、気付き、見えてくる。
辛いのは自分だけではなかった、とか、同時に、悪いのは自分ではなかった、とか。
彼の柔らかなミルクティー色の髪の向こう側から、光が差す瞬間を、そう、幾度も見た。
懐古とは、郷愁。
ぬっ、と影が覆う。
「あ…おかえりなさい、」
大典太光世が見下ろしている。
無言で差しだされた手を取ると、ひょい、と立たされた。
足も、自分の、人間の足に戻っている。
「…時の政府の者が来ている…話した…接敵時点へ、俺たちを送ってくれるか…?」
「ん?てことは、わたしがダメージを負うのは歴史の改ざんになるって判断ですかね?」
「…そのようだ…」
女は、はた、と首を傾げる。
「でも待ってくださいよ、ドッペルゲンガーになっちゃいます…」
またオカルトなことを、と大典太光世は胸中で毒づいたが、事態はまさにオカルトそのものであり、ドッペルゲンガーとはこういう状況で生み出された時間の魔物なのかもしれないと思い直した。
さきほど、役人と弟と話した内容をかいつまんで説明すると、女は、むむ、と親指の爪を噛んだ。
「あなたたちがモルモットにされない且つ刀解されない条件が、腑に落ちないですが、」
つまるところ、ギャンブルだ、出会ったドッペルゲンガー同士が折良くフュージョンするか否かにかかっている。
可能性はあると、例の老婆は語ったらしいが、その根拠を詳しく聞いたわけではない。
「…融合…同化…親和…解離…分離…」
ぶつぶつと呟きながら、なにか壮大な思考を巡らせている様子だが、大典太光世が急かした。
「…俺たちは、どうでも、いい…融合しなければ、現時点へ帰還する、そこが存在するのかどうか、あんたがいるのかどうか、もるもっと?に?される?かどうか、は…知らんが…融合の後に分離したなら、大人しく解かされるさ…とうに、覚悟は、できている…からな…」
大きな手のひらがそっと女の頬を撫でた。
「…むしろ、それが、いちばん、いいのかも、しれん…三池の、兄弟と…これまでどおりに、仲良くやってくれよ…」
扉を開けてみるまで、どうなるかなど断定できるはずもない。
魂と分かたれた器は、記憶は、情感は、どこに由来する?
「…あとは、あんたが、腹を決めるだけだ…」
全部が壊れてしまうかもしれないのだ、これまでの、全部が。
培ってきた人間関係は?
努力して伸ばしてきた才能は?
軌道に乗ってきた商売は?
まばゆく美しい思い出たちは?
「…責任重大過ぎて…」
へら、と、力なく笑う、その唇に、大典太光世が少しかがんで口づけた。
「…あんたは、なんでもないと…平気だと、言う、が…俺は、あんたが、あいつらに、傷付けられた過去を、消したい…」
耳を塞ぐようにして顔を上げさせ、今度は額に、そしてまぶたに、順に唇で触れる。
「…行こう、頼む…間に合いたかった俺を、救ってくれ…守らせてくれ…」
切なげに瞳が潤んでいる。
女は、催眠術にかかったように、こくりと、首を縦に振った。
「…出た一瞬は、おそらく、激痛が…だが、治療の準備は整っている…信じてくれ…あんたは、俺が、殺そうと思っているんだ…それまで、生きてくれ…」
まばたきとともに、空が、朽ちて、落ちる。
守りたいのか、殺したいのか、ぜひともはっきりしていただきたい。

「…ッ!…がッ…!く……ふ……っ…」
簡素なベッドの上で目を覚ました。
忠告されていたとおりの焼けるような痛みに悶えるも、間髪入れず透明なシリコンの吸入マスクをあてがわれ、霧状の薬品を吸い込んだ。
リムジンの内装は救急車様の造りになっていて、あらゆる医療機器といくつものモニターが所狭しと並んでいる。
白衣を着た医師らしい者も同乗していたようだ。
「石見八拾六号本丸結城実天城の結城航乃だね?」
薄ピンクのプラスチックカード…
…審神者証…
光世が女に返しそびれていたものだ、それを手に、老婆が問いかけた。
肩の骨が砕けているのだろう、頷くことさえ億劫で、ただ、睨みつける。
さきの薬品は単なる鎮痛剤であった、眠気は誘発されない。
「尾張の支部官長だ、すまんが、石見はちと遠いからね…さあ、話は銘光世作から聞いているだろう?お前がこやつらを送っている間は死なさないさ、安心しろ。」
しかし女は、マスク越しに、くぐもった声で怒鳴り返した。
「…っ、うちの刀を!…刀解は!させねぇよ!」
その怒号に、大典太光世とソハヤノツルキの心臓がぎゅうっと軋んだ。
うちのかたな、と、呼ばれた、それだけで高揚する、幼い狂喜と狂気…
「どうかな、お前次第だよ、急ぎな、分岐の叉が深くなるほどに融合の確率が下がるとしたらどうするんだい?」
確証のない煽りに、わざと聞こえよがしな舌打ちをし、女は横目で三池の御神刀兄弟を見、それから官長を名乗る老婆へと視線を戻した。
「…ステータス…数値を、」
「やれやれ、心配症だね、2振りともカンストしているよ、お前がそう育てたんじゃないか、」
タブレット状の端末を操作し液晶画面を女へと見せつつ、そう答えた。
「…桜は…?」
「さくら…?ああ、気力のことを、そう呼ぶね、現場は。さきの戦闘で目減りしてはいる、が、おや?徳川の三池はいちどマックスまで回復していたようだね?」
ソハヤノツルキが気まずそうに目をそらす。
大典太光世は、知っている、とでも言いたげな湿度高めのため息をついた。
「…大事ない…はやくしろ…」
女は不満げに、気だるげに、されど闘志をギラつかせ、口を開いた。
喉が震える。
音がそこから生まれる。
契約のもと編まれる、絶対的な、命。
「第一部隊、ソハヤノツルキ、隊長、大典太光世…行ってこい…救ってきなさい、わたしを、あなたたち自身を…」
にや、と、不謹慎にも口角が上がる。
「…出陣を!命ずる!」
そしてまた、大量の花弁の竜巻が、2振りを包んで、天高く、舞い上がった。
「…どちらが化け物か、分かったものではないね…手印も結べぬ腕で、装置も札も、なにもないここに、ゲートをこじ開けるのか…いよいよ手放せんな…!」
老婆の邪な笑みが煙管の煙にゆらゆらとくゆる。

車の駆動音がうるさ過ぎて、気付くのが遅れた、と、思ったが、そうではなかった、既に気付いていた。
なにかが、そう、あれは時間遡行軍の脇差部隊、3体の紫色にけぶる影がこちらに向かって歩いて来ていた。
この景色を見るのは2度目だ!
征羽矢はシートベルトを外して身体を垂直に起こした。
邂逅!!!
ベストな形だ!!!
激烈な興奮が脊髄を劈く。
「…てんちゃん…っ!」
鋭い視線で、近付いてくる影を射程距離に捉え、強く女を呼ぶ。
女は征羽矢の目線の先を追い、身構えてクラッチを踏み込むと同時にギアを1速に入れる。
額に汗を滲ませて、ブォンブォンとアクセルを煽り、急発進の準備を整えつつ、相手の様子をうかがう、が、征羽矢は続けて叫んだ。
「てんちゃん!動くな!兄弟も来るっ!」
ミツヨさんが…?
どういう意味?
そう問おうとして、唇が動きかけた。
そのとき、雷鳴がとどろき、空から人間の形をしたものが降ってきた。
どすん、と地響きがして、セリカの前に降り立った、天使などではない、悪魔でもない、そのよく知った後ろ姿が、ゆっくりと振り返る。
「えっ?えっ?な、ん?どう?いう?…み、ミツヨさん…?」
「説明は後だ!とにかく動くなよ!?動かすなよ!?」
征羽矢の左の手のひらが灰白色に輝き始める。
もう征羽矢はソハヤノツルキに変わっている…!
女の背筋を、冷たいものが駆け上がっていった。
凶兆!!!
ドアを開けようとする腕にしがみついて止める。
「…待って…出るな!…単騎では出させない!撤退する!」
しかし、口をついて出た言葉が、現状とマッチしてしないことを察して、自分で自分に驚いて息をのんだ。
なんだ…?
なぜ、いま、とっさに、たんき、と…?
「よく見ろって!単騎じゃねぇ!最強の!双騎だぜ!」
ソハヤノツルキは挑戦的な喜色で破顔する。
そうだ、光世…あれは、大典太光世だ、大典太光世が、いる、どう見ても単騎ではない、では、なぜ、じぶんは、いっしゅん、たんきだと、にんしきした?
頭の中に虹色の靄がかかっている。
大典太光世も、手のひらから光をこぼし、体内から引き摺り出すような仕草で、重厚な刀を呼び出した。
ソハヤノツルキは女の手を振りほどいて車外へと飛び出す。
「…近付けさせるな…秒殺する…」
「しょーち!」
ソハヤノツルキが改めて手のひらを合わせて捻じり、そこから太刀を生成する。
女は、フロントガラス越しに、呆然とそれを見ていた、不気味な既視感と、悲しい予感とともに。
ああ、兄弟が目覚めてしまう、武器としての尊厳など必要のない、限定的ではあるが戦争のない時代に、世界に、せっかく生まれたのに、血の味など知らなくてもよかったのに、わたしが、わたしの、せいで、わたしと、出会ったがために!
力まかせに、拳でハンドルを殴りつけた。
セリカに罪はないが、行き場のない悔しさに身は焦がれて、エネルギーが捌け口を探して爆発したのだ。
「あああああああ!!」
絶叫する。
涙があふれて止まらなかった。
青銀と緑銀の太刀筋はアーティスティックにリズミカルに閃き、女の煩悶など知る由もない。

台本通りだ。
3体の乙型脇差ののちに、乙型の念の乗ったイカれサポーターの思念体、その半刻後、甲型大太刀が2体、そして、甲型の念の乗ったDVクソ男の思念体を、咆哮を上げさせる間もなく叩き斬った。
太刀に不利な夜闇の中といえど、経過も結末も熟知しているストーリーを辿るわけだし、もちろん練度カンストは伊達ではない、なんの苦もなく、あっけなく殲滅は完了した。
女はステアリングにつっぷしたまま、肩を震わせて泣いていた。
目の前で、ソハヤノツルキが征羽矢と、座標のズレが寸分もなく邂逅したように、おそらく、大典太光世も、光世と、なんのラグもなく融合したのだと悟った、やるせなかったのだ。
女もまた、審神者として、凶兆を、いや、それは、吉兆かもしれないのだが、汲み取ってしまった、自分はこの襲撃で命を落とすか、その寸前までいったのだと。
そうして、なんらかの方法で、彼らを呼び戻したのだと。
自分が!
助かるために!
嫌悪感が胃から迫り上がってきて、たまらず、車外へと転がり出た。
酸っぱい体液を吐き散らし、アスファルトの地面を叩いて、意味のない母音の羅列を叫んだ。
自分を!
救うために!
この美しい兄弟を!
血塗れにすることを!
選択したのだ!
憎い!
自分が!
自分ひとりが死ぬだけでよかったのに!
死など怖くないと思っているのに!
死ぬ直前になって怖気づいたのだ!
最低だ!
脳内はいまだ七色にさんざめいて、まともな思考はできそうもない。
少し離れた場所から、2振りの神が、憐れむような目線を向けている。
ああ!
神になど!
ならずともよかったはずなのに!
彼らが、なにか、言っている、が、なにも、聞こえない、聞きたくない、だから、あのとき、頼んだのだ、殺してくれと、自分が、愛しい兄弟を、汚す、未来を、予見していたから、だから、死にたいと、願ったのだ、平凡な希死念慮などではなかったのだ、あれこそ、あの湧き上がる死への渇望こそ、トゥルーエンディングへの、キーだったのだ!
猛烈な勢いでフラッシュバックする記憶と後悔が土石流になって女を押し潰した。
そこで、ぷつりと、気を失った。

鼻腔をつく不快な胃液の臭いと、足回りの硬いセリカの駆動振動と、エンジン音の奥で兄弟がささめきあう声で気がついた。
どのくらい眠っていたのだろうか。
とんでもない頭痛に顔を顰めた。
襟元に染み込んだ自身の嘔吐の跡がそれを増幅させている。
それなりの高身長で体幹強めのがっしり体型が、4シーターだが2ドアの、かなり狭い後部座席に無理やりに詰め込まれているのだ、まるで邪魔な荷物くらいのひどい扱いだ。
寝返りを打ちたかったのだが、どうにも窮屈で、図らずもうめき声を上げてしまった。
「おっ、起きた?おはよー、」
ソハヤノツルキ…征羽矢…どちらだ?が、のんびりと声を掛けてくる。
「…ん…えっ、と…?どっち…の、ソハヤさん…?」
「あ、あ、三池征羽矢だ、俺だよ!」
助手席から半分身体をひねって女の顔を覗き込んだ。
「そーだよなぁ…ちっくしょ、あいつ!つぎ出てきたら熱湯風呂に飛び込んでやる…!」
それは、どうなんだ?
相手は刀だ、熱湯風呂より、海なんかが嫌がりそうでは?
またしても無駄な思索が頭の中を跳ね回る。
運転しているのは、大典太光世…ではなく、光世だ。
「…刀は、熱さには、強そうだ…熱湯より、塩水の方が…」
そうぼそぼそと話すから、女はたまらず吹き出した。
「…なんだよ…?」
ルームミラーに、怪訝な顔をした恋人の目が映っている。
「…いえ…わたしも、同じこと、考えてたから、なんか、可笑しくて、」
「なんだ、けっこー元気そーだな?」
征羽矢があっけらかんとして笑った。
実にあっけらかんとして笑うのだ。
女は『無い記憶』に罪悪感を覚えた。
征羽矢を返せと、ソハヤノツルキに詰め寄ってごねた、気がする…
ソハヤノツルキの魂の存在を否定してしまったことを悔いている。
身体を張って自分を守ろうとしてくれる彼に対してそんな物言いをするなんて、我ながらどうかしている。
寝起きでぼうっとしていて考えがまとまらない。
あれは、いつかは定かではないけれど、たぶん、セックスのさなかだった。
肉体を要求されるのは、久方ぶりに刀剣男士として刀を振るった代償でしかなかっただろう、本人…本刃に、その本能的な欲求に抗う術はなかったやもしれない。
だが、虚無から刀を取り出し、それで敵のものとはいえ生命を奪う挙動に、眉ひとつ動かさぬ神の所業を目の当たりにして、征羽矢が消えていなくなってしまうのではないかという不安に勝てなかった。
女の暴言に固まった真顔が忘れられない。
きっと、傷つけた、ソハヤノツルキへ謝罪したい心持ちではある、が、次の機会などあっても困る…
ん?
そこまでぐるぐると逡巡して、ふと我に返る。
それはいつの話だ?
刀を振るった?
それはこのたびの騒動の話ではないか?
セックスはしていない、そんな暇などない。
だが、心裏にいくつかの光景がセピア色に褪せてこびりついている。
ボンネットに組み敷かれ犯され、硬い地べたに転がされ足蹴にされ、何度も絶頂に叩きつけられた『無い記憶』が女を蝕む。
女はどうにか上半身を起こし、軽くストレッチをしながら、解消しない疑問について、兄弟になにか知らないか聞こうと思うのだが、適切な文言が見当たらない。
「あー…なんで、こんなことに、なったんでしたっけ…」
けれども、もちろん、あまりに抽象的な問いかけに答えは返ってこない。
光世が唸るように脅すように言った。
「…悪いが、あんた、今夜、部屋…俺も、そっちに、泊まる…」
「んん!?なんでこんなことに、なったんでしたっけって、聞いてるんですけど!?」
こめかみを押さえた。
頭の奥がガンガンする。
ホテルへ戻れば頭痛薬があるから、しばしの辛抱だ。
「…話すと、長い…明日に差し障る、困るだろう…?」
「ええ?…暴論…」
しかし、なぜだかもう明日のレースは諦めたような気になっていたが、冷静に考えてみると単走は走れるのだ、睡眠時間を確保すべきなのはしごくまっとうなご意見である。
なぜ明日は走れないと絶望していた?
メモリとファクトが噛み合わない。
この割れるような頭痛のせいに違いない。
詮無いことについて思い悩むのを辞め、窓の外を流れていく対向車のライトをぼんやりと眺めていると、やがて兄弟にあてがわれたビジネスホテルに到着した。
征羽矢が降りて手を振る。
「おやすみ!ちゃんと寝ろよ?ヤリ過ぎ注意な!」
そのニヤついた顔をねめつけ、光世は鼻を鳴らしてギアを入れアクセルを踏む。
セリカは初めてのはずだが、なんの違和感もストレスもない、非常にスムーズなクラッチワークだ。
女は運転席のヘッドレストにしがみついた。
「ほーんと、マニュアル車がすっかり板に付いちゃって、」
「…誰の、おかげだよ、誰の…」
そこから10分足らずでノースガレージのチームが取っているホテルへ着いた。
ずいぶん長い時間出かけていた気がするが、まだ日付は変わっていない。
そもそも、征羽矢と夕食を、と出かけたのに、けっきょく夜のドライブをしただけだ、空腹が著しい。
そういえば征羽矢はさっきコンビニのビニール袋を持っていた、カップ麺の派手なパッケージの模様が透けて見えていた…
都会や観光地とは違って、1階がファミレスになっているとか、売店があるとか、そんな都合のいい機能はこのホテルにはない。
管理のいい加減な砂利敷の駐車場にセリカを停め、運転席を前へ倒してスライドさせてもらい、女はやっとこさ外へと這い出した。
「…ん、」
そして半透明の袋を手渡された。
ガサガサと音を立てて覗くと、菓子パンとおにぎりとカップスープが入っている。
「えっ、これ、買っててくれたんですか?」
「…腹、減ってるだろうと…兄弟が…」
なるほど、ソハヤさんの入れ知恵か、と妙に納得する。
「ありがとうございます、部屋、4階です、こっち、エレベーター。」
自然と手を繋いだ。
ひんやりとしていて心地良い。
「あー…勝手に、泊まって、大丈夫ですかね?モリシタさん、寝てるでしょうしねぇ、」
無人のカウンターを横目に、寄り添って廊下を歩きながら呟く。
「…明日、事後報告するさ…あんた、今日の、あの、事件も、あったんだ…俺が無理を押し切ったと、言って、いいから…」
そうか、ストーカーまがいの過激ファンに性的暴行を受けたばかりなのだ、恋人が多少以上に過敏に心配したとて、ごくナチュラルな展開ではある。
「へへ、」
女は、つい、だらしなく笑って、繋いだ手の指を絡めた。
光世はびっくりして肩を跳ねさせたが、優しく力を込めて握り返した。
半畳ほどの、黴臭い、無機質なエレベーターの箱の中、4階までのほんの十数秒、とろけるほどに、くちづけを交わす。
本物の恋人同士のように、何年かぶりにようやく出会えた恋人同士のように。
部屋のドアを開けて、せっかく買ってきた夕食を放り投げ、リュックからはみ出して散らかった衣類や小物を蹴り飛ばし、明かりもつけず、ベッドへとなだれ込んだ。
昆虫の羽根をいたずらに毟るような動作で着ているものを脱ぎ去り、シャワーも浴びないまま本能剥き出しの体臭を放ちながら、押し倒し、そして押し倒され、前戯もなく猛る衝動を受け入れる。
「…っ、ん…」
小さく声が漏れたが、それは単なる生理的な反射に近く、まだ官能的な喘ぎではない。
防音の効いたあの部屋ではないのだ、節度、の二文字がかろうじて脳裏をよぎっていった。
頭痛はまだ額の向こう側をギチギチと締め付けてくるけれど、薬箱を探す時間さえも惜しい。
女は舌を伸ばして光世の胸へと這わせ、滴る汗を舐め取った。
光世は背をしならせ、女の胎の奥を何度も叩き、抉る。
木製のシングルベッドは壊れそうに悲鳴を上げている。
女はこらえきれずに人さし指の第一関節を口に咥え、噛み締めた。
「…う、う…っ、」
閉じきれない唇の端から、涎が流れ出て枕を濡らす。
終わらない祝宴!
百花繚乱!
色とりどりの立葵が浮かんでは消え、咲いては散った。
なまめかしい目線で縋られ、光世はその頬を殴りつけたい情動をどうにか飲み殺した。
首筋に噛みつきかけ、いや明日もメディアに露出するだろうと正気にたしなめられ、二の腕に歯を立てた。
白く柔らかく、簡単に食い千切ることができそうで、悪寒が走る。
加減が分からなくなる。
女は顔を顰め、まぶたをぎゅうっと閉じて仰け反った。
またしてもフィジカルな痛みに欲情しているのだ、奇特この上ない。
膣は痙攣して光世のものを締め付けた。
光世は呆れている、そして苦悩する、四肢の骨を砕かれた最悪のコンディションで嫌悪する相手にレイプされたとき、きっと、おそらく、いま光世に抱かれているよりも性的に興奮していたに違いない、と。
その未来は回避したが、光世は見てしまったわけだから、もう消すことはできなかった。
許せない!
変態も度が過ぎている!
これを犯し殺すのは俺以外であってはならない!
情念に焦がされ、まだおさまらぬ昂りを突き刺したままに、女の腰を掴んで強く引き上げた。
「…ふっ、う…!」
自身の下腹部へゴリゴリと擦り付けるようにして揺さぶると、女はつぶっていた目を薄く開いて光世を見つめた。
ああ、こういうのが、悪くないのだな、と、理解する。
道具のように粗雑に扱われて悦ぶ姿を哀れむ。
本当はもっと大切にしたいのだと教えたくて、いったんくさびを根こぎにし、口に咥えている人さし指を引いて外させた。
唾液がつうっと糸を引く。
どれだけの力を込めていたのか、ぞっとするほどにくっきりと歯形が付いて血が滲んでいる。
それを優しく舐める。
人さし指から順に、中指、薬指、小指、と、いやらしくチュパチュパと音を立てて舌を沿わせた。
手のひら、手の甲、手首、肘、さきに噛みついた二の腕、汗の匂いの強い腋までもを、隙間なく丁寧にねぶり尽くす。
鎖骨から、柔らかな乳房、敏感になっているその先端、空腹でぺたんこの腹、脇腹、臍の中、そして茂みへと差し掛かり、女はごく小声で叫んだ。
「もういい…!」
しかし良くても良くなくても止めるつもりは光世にはなかった。
こわばる膝を割り開き、濡れた部分に鼻先を埋める。
「…だめ…!」
だめでもだめでなくても、関係ない。
ぷっくりとした紅真珠のようなそれを、いとおしげに啜る。
「…っ!」
女は咄嗟に枕を掴み、口に押しつけて声を殺した。
舌の先端で転がし、上下の唇の端でそっと喰み、じゅるじゅると唾音をさせて吸引すると、女は悶えて腰を捻った。
触れた内腿にかつて自身が刻んだ火傷の跡があったので、そこへも口づける。
太腿、膝の裏、ふくらはぎ、くるぶし、足の甲、と舐め進め、足の指を口に含む。
「…っ、そ、そんなとこ…!」
ぎゅっと力むので、足の裏をくすぐるように舌でなぞってやると、くすぐったいのか、ぴくぴくと震えた。
指の股までを入念に舐めずり回して、光世は、はぁ、と、艶っぽく息を吐いた。
女は枕を口元にきつく抱いて、涙目で光世を睨んでいる。
もうこれで、他の男が触れた箇所で自分が触れていない箇所はないだろう、と、満足してにやりと相好を崩した。
そして、破裂しそうな屹立をひとつ扱き、ひくついた肉裂へと再び押し込む。
あとは畜生よりも野性的に、互いを求めて、ただ抱き合った。
繰り返し肌を打ち鳴らし、溺れるがごとく求め合う、甘い愛の言葉もなく、ひたすら飽きるまで、夜が今日を終えて、明日が見えてくるまで。

眠っている恋人を起こさぬよう、そっと布団を抜け出した。
備え付けの小さな冷蔵庫から、ミネラルウォーターをロックを外して引き抜く。
飲み口に唇を寄せ、なんともなしに天井を仰ぐと、部屋のあちらこちらにクラゲがふわふわと泳いでいるのが見えた。
目をこすると消えた。
また雨が降っているようだ。
カーテンを細く開ける。
雨粒が窓を静かに叩いている。
出走予定時刻までには止むとのことだが、女にとってはその予報が的中しなくともべつに問題はない。
床に放られたコンビニの袋からツナマヨのおにぎりを拾い上げてビニールを剥いた。
こんな時間に炭水化物と脂質の塊を摂取するのもどうかと思いはするけれど、いよいよ空腹に耐えられなかった。
米粒を頬張り、もういちど冷蔵庫を開けてみる。
「…ビール飲みた…」
ひとりごとを呟く。
だが我慢するより他ない、公式レース前のアルコールチェックに引っかかってしまう。
…眠くないわけではなく、胸がざわめいて落ち着かないのだ。
こんな夜は本来ならば酒を飲むのがいちばんの薬なのだが、人生とは思うようにはいかないことの連続だ。
征羽矢と夕食を食べに行こうと約束したのに、その途中で時間遡行軍の奇襲を受けた。
だが、なにか訳知りの様子のソハヤノツルキと大典太光世によって迎撃し、被害はなかった。
確信はないが、十中八九、いちど自分は敵に屠られたのだろう。
そしてこと切れる直前に、兄弟に命じたのだろう、襲われる前にタイムリープして助けてくれと。
なんて勝手なんだ、虫酸が走る。
渋い顔で寝息を立てている光世を見つめた。
離れるべきだ。
冷え冷えとした覚悟を、大事に腕の中に抱き締めた。
互いのスポンサー企業との利害関係もいったん全て白紙に戻してしまうのは、各方面にたいへんに申し訳ないと心は痛むけれど、もう会わないほうがいい。
そばにいればいるほどに、彼らの中の別人格?別刃格?を触発してしまう。
気に入っているのでもったいないが、あのボロ長屋も引き払わなければならないかもしれない。
今のところ職業レーサーを辞めるつもりはない、とはいえ、まだ正式に所属していないのが救いであると諦めがつくうちに、ノースガレージとは切れるべきで、あの居心地の良い薄暗い場所を去ることこそが最適解だ。
彼らの知らない場所で、また魑魅魍魎に襲われ、たとえそこで生命を落としたとて、しかたない、かまわない。
それこそ絶命の折にはみっともなく生にしがみついて、まだ死にたくないなどと大騒ぎするのかもしれないが、その醜態を彼らに晒さなければいいだけだから、それでいい。
なんと伝えたらうまくいくだろうか。
『別れましょっか!』
『ほかに気になる人ができちゃいまして、』
『はじめからそんな好きとかで付き合ってたわけじゃないじゃないですか、』
『せいせいするでしょう?わたしのこと面倒な女だって思ってたの知ってるんですからね?』
『もう嫌なんですよ、こんなふうに執着されるのって、ウザくて、』
『嫌いになったんです、それだけですってば、』
『楽しかったですよ、さよなら、』
『さよなら。』
嘘をつくのは簡単だ、大得意だ。
しかも恋愛という営みが煩わしいと思っているのは嘘でさえなく事実だ。
人のベッドでのびのびと眠る光世に向かって、無音で囁いてみる。
『さよなら。』
うん、容易く言えそうだ、と、ひとり頷く。
既にスケジュール帳に書き込まれている予定ほどは、こなせるならばこなしたい。
それが済んだら、さよならだ。
まずは今日が最高の1日になるように、虚空へと正拳突きを繰り出して十二分に気合を入れた。
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〜31に続く〜
 
2026/02/28 22:20:28(LqRBU0XI)
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