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hollyhocks occulted 28
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:空想・幻想小説
ルール: あなたの中で描いた空想、幻想小説を投稿してください
  
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1:hollyhocks occulted 28
投稿者:
ID:jitten
〜まえがきのまえがき〜
⚠エロ要素なし回⚠もうだめだ⚠もうガマンできない次はバチボコに犯してもらうぞ!!!!(クソの抱負)⚠

〜まえがき〜
⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠
—----------------------
暑さでぼんやりしていた。
パシャ、と、シャッターを切る電子音がして、瞬時に警戒マックスの形相で振り返ると、大きなカメラを抱えた青年が立っていた。
「やっほー元気ー?水も滴るっ!イーオトコっ!見つけちゃったら撮るよねっ!」
征羽矢は、ふ、と固まった表情筋をほぐす。
「星野サン!来てたんすね、てか、勝手に撮るなし!」
ファインダー下のモニター部を覗き込む。
険しい顔つきの自身の横顔が映っていて、なんだかゾッとした。
自分ではないような気がしたのだ。
「んんー、なに考えてた?さっきの?セクハラオタクのこと?それともバチギレユキちゃんのこと?」
ぴっ、と消去マークを押す。
「…そんなんじゃ、ねーっすよ…なんとなく、イラついちまって…」
盗撮はいただけないが、客観的に見て、相当に殺気に近い邪気を放っていたと、気付けたことに関してはありがたい。
星野の首から提げられたスタッフパスに目がいく。
「今日は仕事っすか?」
「そ、ノース様のご依頼ー。けっこーユキちゃん撮ったよ、見る?」
データを次々に送っていくと、ついさっきの追走の様子が何枚も撮影されていた。
静止画だと2台の距離はますます近く見えて、征羽矢は思わず身震いした。
「観戦はじめてなんすけど、ついそーって、みんなこんななんすか?見てて怖ぇっすわ。」
「にゃ、今日のユキちゃんはブッコミ過ぎだねぇ、本来は後追い苦手なはずなんだけど、単走調子良かったからアガってたのかにゃー。」
どんどんと時を巻き戻していくように映像が切り替わっていく。
「あ…これ…」
征羽矢が声を漏らした、その写真は、エキシビジョン、女のハチロクがくだんの男を乗せていたときのものであった。
「んっふ、なかなか決定的瞬間を撮っちまったのさ!今日関係者で入ってる知り合いから連絡あってさ、あとで警察に提供してって頼まれてんの。」
最大望遠で撮っているからかやや薄暗くボケ気味だが、デジタルの利点はここから修正が利いて、見えていないものを明るみに出せるかもしれないところである。
フロントガラスの向こうに、運転席の女に覆いかぶさるようにしている小太りの男が映っている。
征羽矢は目を擦った。
ガラスが雨粒に濡れて薄い太陽光を乱反射しているからだろうか、どうにも妙な色に見える。
「ちょ、見せてください、」
「ダメだよー?特定して報復とか考えたら!」
星野がふざけた感じで言いながらカメラを渡してくれた。
「いやいや、もう捕まってたし!」
そんなつもりは今のところまだ皆無だった征羽矢は、芸人のツッコミ風に、テンポよく星野の二の腕を手の甲で叩いた。
しかし星野は、ふむ、と腕を組んで斜め上を見上げた。
「どーかな?初犯ならすぐ保釈でしょ?」
「マ!?そーなの!?」
四半世紀をごく真面目に生きてきて、世の犯罪事情に詳しいわけがない、テレビの刑事ドラマをほんのりと思い出してみるけれど、あれは作り話だ。
警察に連れて行かれた容疑者は逮捕されるんじゃないのか?
拘置所とか、留置場とか、あるじゃん?
「うーん、暴行罪か、不同意わいせつでしょ?前科なければ保釈ーからのー、公判で執行猶予付き判決ー、じゃない?即刻懲役とかにはならないっしょ。」
「ええ…?そんなもんなの…?」
「だーかーらー、きみたちっ!なにかやりかねないっ!おにーさんは心配っ!」
人さし指をピンと立て、征羽矢の鼻先に突きつける。
冗談ではあろうが、その声色の奥に、じりじりと釘を差すような圧がちらついていた。
「や、ちがくて!これ、この写真、なんでこんなに紫色なんすか?」
ところが、星野はきょとんとして首を傾げた。
「?…むらさき?…どこらへんが?」
どくん。
心臓が大きく脈打った。
あれ?
「っ、え?なんか、だって、こう…この、あたりとか、すごいモヤってなってる…」
星野はモニター部を肩に掛けたタオルで拭いてから、カメラを傾け角度をいろいろと変えてその画像をまじまじと見つめた。
征羽矢が認識している染みのごとき青紫の写り込みを、撮影技巧に長けているプロカメラマンが見えていない…?
こんなにはっきりと…
男の全身から吹き上がるかのように、そして女の首元へまとわりつくように、滲んでいるのに…
「…?いや、俺には、分からないんだけど、」
こいつ今日のあの女に関わるいざこざのストレスで頭か視覚かのどちらかがどうかしてしまったのか、という憐憫の情の混じった視線を投げかけられて、征羽矢は固唾を呑んだ。
それは、征羽矢が、征羽矢も、兄の恋人であるあの女に、惹かれていることを、見透かしている眼差しでもあった。
「…あー、気のせいすかね…画面反射してたかな、すんません、変なこと言って。」
押し付ける形でカメラを返し、顔を背ける。
記憶がパラレルワールドと交錯するくらいならよかった、タイミングよくガラスが割れたりするくらいならよかった、玩具のようなプラスチックカードで戦々恐々とするくらいならよかった、しかし、どうにも、それでは、片付かない、なにかが起こる、胸騒ぎに、息苦しさに、目眩に、侵食されていく。

「ユキちゃんミツヨくん、はいチーズ!」
死語チックな掛け声とフラッシュを唐突に浴びせられ、微妙な表情のツーショットをすっぱ抜かれてしまった。
「ホシノさん…いい加減にしてくださいよ…」
女にじっとりと湿度高く睨まれ、星野は、ふにゃ、とだらしなく笑って、ゴミ箱のアイコンをタップした。
「待たせてごめんな、立ち話しててさ、」
征羽矢がかき氷のカップを差し出した。
「星野サン、席は?」
「ないよ、どこでも出入り自由ー。スタンド上からだと全体撮れるし、コース脇も入れてもらえるよ。でも仲間といっしょに見るのもいいねぇ!」
さっそくコースに向かってレンズを向け、すばやくピントを調整してシャッターを切る。
「わたし今からブースのほう行かなきゃなんで、」
長いストロー状のスプーンをくわえたまま女が立ち上がった。
光世も慌てて腰を上げる。
「…お、俺も、行く…」
「そんなくっついてこなくていいですよ、ノースのほかの選手の応援もしたげてください。」
女は光世の肩を押し戻す。
しかし光世は、不安げな面持ちで、レインコートの裾をもじもじと握ってはほどき、その煮え切らない動作とは裏腹に、主張を翻す気のない無言のプレッシャーを迸らせた。
「…過保護!」
女はいつかのように吐き捨てる。
だがそうはいっても、征羽矢も星野も、おそらく森下も、他のノースガレージの職員たちも、大会のスタッフたちも、純粋なファンたちも、たとえ会場内であっても今日のところはあまりひとりでうろちょろしないほうがいいのではないか、と案じてくれているだろうことは、当たり前に想像できていた。
もはや公認と言ってもいい恋人は、十二分に上背があって強面で、ついて歩かせるにはうってつけである。
肩をすくめて、諦めて階段を降りていく。
じゃ、ちょっとここで撮らせてもーらお、と星野が機嫌よく言う声が後ろから聞こえた。
シロップの染みたかき氷をひとすくい口へと運ぶ。
甘くて冷たくて、疲労した筋肉と脳がしゅわりと沸き立つ。

面目ない。
せっかく、奇跡に近い縁で出会った他業界の企業がこのたびの大会から協賛して広告効果を期待してくれていたのに。
せっかく、CLUB thunder boxでは新進気鋭の若手DJが応援の意を込めて音曲を練ってくれていたのに。
せっかく、久しぶりにできた女友達が実力を発揮できるようにとおまじないのようなネイルを施してくれたのに。
せっかく、口下手で目立ったことをやらかすのが苦手なはずの恋人が場を盛り下げぬよう力を尽くしてくれたのに。
自分は、走っていなければ、生きている意味などない。
急速に冷えていく思考回路。
走れないのならば、生きている価値などない。
サインを何枚書いても、ブロマイドが売り切れても、誰の役にも立たない。
悔しさも怒りも音もなく鎮火して、それが、悲しいという感情なのだと気付いたのは、大股で歩く自身の手を、光世がおもむろに後ろから繋いだときだった。
雨と汗で湿気った手のひらは冷たいが優しかった。
情けなくもまた涙目になっているからぜったいに振り向かない。
キャップを目深にかぶってずんずんと早足で歩いていく。
でも、振りほどけない。
いつから自分は、こんなに弱くなってしまったんだろう。
嫌気が差す。

テントの後ろ側から中を覗き、宣伝広告の担当職員とひとことふたこと言葉を交わしてから、少し離れたところでそわそわとしている光世を手招きする。
「前でちょろちょろされると、ミツヨさんも絡まれそうですからね。」
いや俺は、とまごつく大きな身体をブースの中へと押し込みパイプ椅子を差し出して、そこでじっとしていてくださいよ、と態度で示す。
そうだ、自分は部外者なのだ、と思い出し、大人しく従うことにした光世は、レインコートを脱いでからしおらしく着席して猫背になって身を縮めた。
テントの前にはサイン会の開始を待つファンが十数人ほど列を作っている。
先頭から数人目のところに、さきの放送のときにアシストしてくれた青年が並んでいるのが見えた。
女に伝えようと思って手を伸ばしかけるが、広報の職員がそれを遮って声を上げた。
「はーい、今日は応援に来てくださってありがとうございまーす。これから順番にサインお渡ししていきますので、書くものがあるかたはご用意のうえそのまま並んでお待ち下さーい。とくにご希望がなければ弊社カタログの表紙裏に書いてお渡ししまーす。」
ここ最近で急に人気が出たとはいえ、だからといって、アイドルなんかとは違う。
イメージしていたよりもゆるりとしたサイン会が始まる。
「あした単走がんばってください!」
「追走めちゃ残念だったけど、あの気迫ヤバかったっす!」
案外とのんびりと会話をしながら、手慣れた様子で不可思議な文様のようなサインを次々と書き綴っていく。
邪魔をしてはいけないと思いはするが、あの青年の番が回ってきて、光世は背中からこっそりと声をかけた。
「…あの…なんだ、その…さっき、な、困っているところを手助けしてもらったんだ…」
「?」
女は、顔を上げてその若い男を見上げた。
「こんちゃす!追走後追いのブッコミかっこよかったっす!これに書いてくださいっ!」
へら、と笑って、トナカイマークのステッカーを差し出した。
「…音響やってるときに…いろいろと、教えてもらって…選手のことや、車のことなんかを…」
「あっ、そういう!えー?ほんとに!それはたいへんありがとうございました!おかげさまでかっこよくキマってましたよ!」
女も営業用の笑顔を浮かべ、ペンを取り、ふと首を傾げた。
所属チームのものなのでもちろん当然ではあるのだが、どうも見覚えのあるステッカー、というより、シチュエーションである。
「ん?…あ!あの!海老江で!わー、ようこそ、お足元の悪い中いらっしゃいましたね、」
なるほど、光世ともうっすら顔見知りだったわけだ、どうりで、急ごしらえのタッグで光世が訝しがらず受け入れられたのにも頷ける。
「へへっ、ブロマにもサイン欲しいのと、いっしょに写真…お願いしますっ!」
「特別ですよ?写真は、あとで、ですね、そこらへんで待っててください。」
「やっ、った!」
青年はさっそくステッカーをスマホケースに入れて、満足そうに眺め、親しげに手を振って列を離れた。
そのとき、雑踏が不穏な色を纏ってざわざわとさざめいた。
突如として黄色いマフラータオルを首にかけた中年男性がテント前のテーブルにつっかかってきたのだ。
「クソアマ!お前みたいなのがいるから大会が引っかき回されるんだよ!」
とてつもない反射速度で光世が立ち上がり身を乗り出した。
連れ合いが、まあまあ、と宥めるけれど、暴言は止まらない。
「責任取れよ!辞めろ!辞めちまえ!出ていけよ!女はいらねぇんだよ!結婚でも出産でもなんでもしておままごとしてたほうが幸せだろ!?」
どうやら泥谷を贔屓にしている熱心なサポーターのようである。
その怒りは分からなくはないが、どうしてやることもできない。
心にもない謝罪を述べたところで納得はしないだろうし、時間はもう巻き戻せない、レースの結果は変わらない。
「女だってだけで持て囃されてんだよ!調子こいてんなよ!?お前の実力なんて誰も認めてねぇよ!ノースだって顔採用だろ!?」
もし本当に顔採用であるなら自分が選ばれるはずがない、と笑ってやろうと思ったのだが、周囲の関係者の表情を見るに、どうやらそういう状況でもないらしい。
必死な連れが引っ張って後退らせてくれているので、まさか殴りかかってくるという距離感でもない、光世は手は出さずにただ睨みを利かせていた。
そこで会場スタッフが駆けつけて、やや強引にどこかへと連れて行こうと男の腕を掴む。
「誰もお前の走りに期待してねぇよ!気付けよ!消えろ!出ていけ!」
テントの周りにはすっかり野次馬が集まっていて、中にはスマホのカメラで撮影している者もいる。
最近どこにいても面倒事を引き起こしてしまう自覚があるから、各方面に申し訳ないと思ってはいるのだが、今はスポンサー企業のゼネラルマネージャーの指示で業務中である。
罵声を浴びせながら遠ざかるその男には一瞥もくれず、列に並んでいる少年に、なんでもないよ、だいじょうぶだよ、と声をかけると、Tシャツの背中にペンを走らせた。

時間は後ろ倒ししたが、初日の表彰式はいたって滞りなく済んだ。
単走、追走ともに今日の上位8台に、数台の招待選手、他大会での入賞選手が混ざって改めて明日走るのだという。
優勝を称えその名が呼ばれたけれど、女は限りなく色のない面差しで盾と賞品目録を受け取り胸に抱いて俯いた。
コメントを求められて、右手の指先で湿った前髪を弄びながら、ぼそぼそとスポンサーとサポーターへ感謝を述べたあと、このたびの騒動について謝罪の言葉を口にしたが、そこに気持ちが1ミクロンもこもっていなかったことは三池兄弟にはよく分かった。
ゲートへと向かう人波に逆らって歩き、裏からピットを覗く。
女はひとしきり記者とカメラマンに囲まれ、乗らない気をどうにか隠したそれなりの対応をなんとか終えたところであった。
メカニックチームと明日のセッティングについて相談している。
声をかけて良いものか迷ってたじろいだ光世の視線に気付き、ぱっと顔を上げて少し表情を和らげ手を振った。
「…あんた、なんだ…その…今からも、いろいろ、忙しいのだろう…?」
「あー、そうですね、もうちょっと明日の準備…」
そこへ森下が念を押す。
「悪いけどそれが済んだら警察署行くわよ!」
そうだ、平然としているが、あんなことがあったのだ、プロのアスリートとして重要な試合の最中だったから、すぐすぐの事情聴取でなくともと配慮されただけで、本来ならばその場で保護がてら同行を要求されるべき被害者なのだ。
当の本人は大儀そうに目をそらして、ハチロクのボンネットを開ける。
「分かってますよ…」
森下と行動をともにするのなら、まあ、安心か、と、光世は、切り出した。
「…俺は、き、きょう、知り合った同業のやつと、飯、行ってこようかと…」
ここで女を野放しにしてまた突拍子もないことをしでかさないか、とか、くだんのストーカー野郎や過激ファンになにかされないか、とか、心配がないわけじゃない。
が、土下座でもする勢いで平謝りして、お詫びと礼をさせてくれと懇願する彼の顔も立ててやりたい。
そもそも礼を言われるような完成度のものは提供できていない、と思っている。
そして、たとえ詫びでも礼でもなくても、縁を蔑ろにせず交流してみたいと望んでいる自分もいる。
数日ぶりに恋人に会って、もっと欲みたいなものにまみれて困らせてしまうのではないかと案じていたが、ここにきて良い出会いがあってうまく気が逸れたことは好都合であった。
「あっ、あのDJの彼!どうです?体調、良くなりました?」
「…ああ、まあ、軽い熱中症だと…」
エアコンのよく効いた救護室で、十分な経口補水液と休息を摂り、今後の様子を見て必要ならば医療機関へと口添えはもらったが、すっかり回復して、嬉々として、自身の代わりに披露された光世のパフォーマンスについて熱く語り出したほどである。
「よかったです、楽しんできてください!でも病み上がりのかたに飲ませちゃダメですよ?」
「…あんたじゃないんだ、一緒にするなよ…」
「ソハヤさんは?」
「ホテル帰って城本サンと明日の作戦会議!きょう昼間めちゃくちゃ忙しかったんだってよ!」
Vサインをして見せる。
初めてのライビュイベントは大成功だったようだ。
それについては喜ばしい限りである。
が、そのため明日に向けて調整が必要だと息巻く経営のブレーンは、いかに疲れが溜まっているとて一息さえもつく暇はなさそうだ。
「ええ…?おしごとするんですか…?えらすぎ…」
俺がやるとも手伝うとも言わない社長を軽く睨んでみたけれど、どうもその顔を見るに、既に口を挟みかけて助力を断られた後だということが想像できた。
さしずめ、邪魔だから、とか突っぱねられたに違いない。
眉間にしわを寄せていて、ややナーバスなご様子だ。
「発注ちょい詰めて、ホール助っ人手配して…ありがてぇなぁ、てんちゃんのおかげかなっ!」
「…まぁ、話題には、事欠かなかった…ですかね…?」
心ならずも、そう相槌をうつ。
「えっ、イヤミじゃねぇよ?」
征羽矢は慌てて言ったが、女は卑屈に笑い、それには返事をせずにあたりを見回した。
「イトーさんはどちらに?」
「なんかいろんな企業サンから商品開発?オファー?声かけられててさ、あっちはあっちで飲みに行くってよ、これもてんちゃん効果だな!」
秘書を運転手に連れて、地酒と川魚が楽しめる敷居の高い店へ行ったという。
さすが、しっかりと出資したのだ、タダでは帰らないという気概がたいへんに強欲で素晴らしい。
「ホテルまでは?タクシーです?」
「そーだな、ま、近いし。」
山中にあるサーキットである、近隣の飲食店や宿泊施設は峠を下りて町に出る必要があり、近いと言っても車で15分ほどかかる。
自分が送ってやれればいいのだが、残念ながらこのあとは森下に連行されて警察署へ直行だ。
「んん、じゃ、これ、おふたりカリーナ使ってくださいよ。アルコール抜けてます?」
鍵を手渡される。
昼までにビールを2杯と薄いレモンサワーを1杯、それぞれ飲んだが、うだる暑さにひどく汗をかいたことに加え、さまざまな想定外の出来事が立て続けに起こり、心地良い酔いなどどこかへ消え去ってしまっていた。
「わたしノースのセリカ借りるから。ね、モリシタさん、いいですよね?」
振り向いて直属の上司に問う、ノーを突きつけられるはずがないと疑いもしない丸い瞳。
森下はやれやれと肩をすくめた。
「そのために持ってきてるわ、あなた社用のワンボックス嫌がるから!」
「せりか。」
光世がポツリと呟いた。
車種名ではあろうが、それは本当に女性の名前のような響きで耳に残ったのだ。
女が、せりか、と呼ぶ、友人が妹かのように親しげに。
なぜ自分は生物ですらない鉄の塊にこんなにも嫉妬心を燃やしてしまうのだろう。
「保険かけっぱにしてるから大丈夫ですからね。ミツヨさんがおともだちとおでかけなら、ソハヤさん、わたし終わったらいっしょにごはん行きましょう?」
「お、いーね!そんくらいいーよな?兄弟?」
そして、さらに、自分は、その内界を熟知している弟に、こんなにも、嫉妬心を、燃やしてしまうのだ、女が、弟に対して、愛とか、恋とか、そんなまどろっこしいことを言わないと知っていたとしても。
だが放っておけばひとりで飲み歩いたりするに違いない。
征羽矢が兄の居ぬ間に女を口説くのは想定済みであっても、どこかの適当な飲み屋で安酒を飲んだくれて知らない男に言い寄られて興が乗って持ち帰られて抱かれたりするよりは!
まだ、マシ、なのか…?
「…好きに、したらいいさ、あんたこそ、明日があるんだ…飲むなとは言わんが……控えろよ…?」
短い沈黙ののちに捻り出した控えろ、は、目的語は、酒、か、それか、短絡的で衝動的な行動、か…
「しょーち!」
それを微塵も理解していないふうで、女はウインクした。
このレースが終わったら、この週末が明けたら…
光世はその台詞を飲み込んだ。
その後になにを言うつもりだっただろうか。
今日も殺意に似た独占欲に胸は震えている。

陽はとっぷりと暮れ、空を覆う厚い雲はますます重く濃鼠色でどんよりと垂れ下がっている。
それでも気温はさほど下がらず、蒸し暑く、久しぶりの熱帯夜になりそうだ。
兄を見送ったあと城本との通話を終え、やるべき業務を片付けてしまった征羽矢は、ホテルの部屋のベッドで落ち着きなくゴロゴロしながら面白くもないテレビを見ていた。
夕食に誘われただけで舞い上がり浮かれた幼い心が、憐れで、切ない。
するとそこへ、ようやく用事が済んだと電話があった。
はしる気持ちをこらえ、なるべくスンとした様相で玄関へ赴くと、ロータリーには虫のような顔つきの赤いスポーツカーが停まっていた。
こいつが「せりか」か。
征羽矢はぐるりとその車の周りを1周してジロジロと観察した。
フロントライトが左右に2つずつあるのが珍しい、きっとこいつも旧車と呼ばれる部類の車両なんだろうな、と思いを巡らせる。
「なんだか変な疲れ方しちゃいましたよ、ね、少しだけドライブしません?気分転換に付き合ってくださいよ。」
女は助手席に滑り込んだ征羽矢を見上げた。
「いーぜ!あんま飛ばすなよ?」
空腹でないこともなかったが、最近めっきり兄の特等席になりつつある女の隣に座るというは、とてつもない優越感だった。
飯処までの往復だけではもったいない。
地味めな繁華街を抜けて、川沿いの県道を走る。
簗場があったり吊り橋があったりして、ふだん海の近くに暮らしている2人にとっては新鮮な景色をいくつも通り過ぎていく。
道幅は狭くなくカーブもきつくなく路面の舗装は新しく、非常に快適な夜のドライブである。
ただ山側の法面には伐採の追いついていない木々が鬱蒼と生い茂り、街灯の明かりを半分ほど遮っていた。
また、進むほどにラジオの電波は届かなくなりガザガザとノイズを吐き始めたので、征羽矢はしかたなく電源を切った。
メディアプレーヤーどころかCDプレーヤーどころかMDプレーヤーどころかカセットテーププレーヤーもない。
低めのエンジン音が唸り、谷間に反響しているのが際立って聞こえる。
しいて会話をしたいというわけでもなく、全開の窓枠に左肘をついて、顔面に風を受けてスピードを楽しんでいた。
あれやこれやとストレスフルなアクシデントが多かった女の気が、放逸の疾駆で少しでも紛れればいいと願っているだけであった。
のだが。
女は、戸惑いながら話し始めた。
「…あの、あのね、ぜんぜん、気のせい、見間違い、だと思うんですけどね…」
「…うん?」
はっきりしない物言いはらしくない。
征羽矢はそれに勘づいていないふりで、のんびりと調子を合わせた。
「あの、きょうのひと…目、が…目が、なんか、おかしくてね…」
きょうのひと、が、例の暴行犯のことを指しているのは明白だ、征羽矢は思い出して奥歯をギリっと噛み締めた。
「…それは、どーゆーふーに…?」
チラリと運転席の方を盗み見るけれど、女はまっすぐに進行方向を見たままで、その眼差しに恐れとか不安とかが揺らいでいるふうではない。
いうなれば、疑問と、不信。
「…信じなくてもいい、ですからね…わたし、そのひとの、目が、紫色に、燃えてるって、思ったんです…それに…」
むらさき。
征羽矢の鼓動が速くなる。
星野のカメラに映っていた妖しい色味の光の帯が思い起こされる。
炎のようにゆらゆらと立ちのぼるそれを、征羽矢も紫と認識して星野に問うたのだったか。
女は、とぎれとぎれに、単語を探しながら言葉を紡いでいく。
「…実は…か、噛まれそう?に、なって…それで、その…歯が…なんか、牙?みたいで…気持ち悪くて…や!気のせいだと思うんですけどね!」
それを聞いて、征羽矢は、今度はぐるりと首を回し、女の横顔をじっと見つめた。
「…噛まれ?そう?…牙?」
覆いかぶさるようにして抱きつかれていたのは、あの不鮮明な写真で確認していた。
不同意わいせつであれば無理やりにキスをされそうになったりすることも、許しがたいが、あるだろう。
それを、噛まれる、と、受け取った、ということは、ある程度は明らかな動作があったということだ。
牙、を、目視で実見できるくらいには、口を開けた姿を曝け出したと、いうこと、だ。
セリカはウインカーを出して左折する。
通り沿いに道の駅を見つけたのだ。
営業はとっくに終っていて店舗は真っ暗で、だだっ広い駐車場ではパワー不足の水銀燈が薄明かりを灯している。
セリカの他には、店舗側のアーケードからいちばん遠いスペースに、油圧ショベル、クレーン車、標識車などの工事車両が数台置き去りにされているだけである。
近隣で大掛かりな道路工事か法面工事をしているのだろう。
奥のほうに駐車して、アイドリングさせたまま、女はゆっくりとステアリングに寄りかかった。
オカルトなことを口走ってしまったと悔いているようであった。
ちゃちなつくりのフェンスの向こうは、それほど高さはないが、7、8メートルといったところだろうか、切り立った崖状になっていて、真下を川が流れている。
古びた東屋が、そばの汚れた自動販売機の光に照らされてぼんやりと浮かび上がっている。
征羽矢は、とにかくなにか言わなければ、と思考を巡らせていた。
ソハヤノツルキの記憶が断片的に重なっていく。
紫の炎。
だめだ、主は忘れているのだ、思い出させる必要はない…

自分たちの乗っている車の駆動音がうるさ過ぎて、気付くのが遅れた、なにかがこちらに向かって歩いて来ていた。
征羽矢はシートベルトを外して身体を垂直に起こした。
「…てんちゃん…」
鋭い視線で近付いてくる影を射程距離に捉え、静かに女を呼ぶ。
女は征羽矢の目線の先を追い、身構えてクラッチを踏み込んだ。
ギアを1速に入れる。
2人ともが、あのストーカーDV男か、あるいは女のサポーター?ファン?が暴徒化した輩か、と、予想していた。
女は額に汗を滲ませて、ブォンブォンとアクセルを煽り、急発進の準備を整えつつ、相手の様子をうかがう…
迂闊に動いたところに飛び出されたりして、当たり屋まがいの醜行に踊らされるのは避けたい…
徐々に、暗闇の中に溶け込んだその輪郭が、はっきりとしていく…
征羽矢は、ピン、と、糸を張り詰めたような、その緊張を察知した。
ソハヤノツルキの気配が乗り移る。
両の瞳はテールランプの色に紅くぎらついて、静電気に晒されたがごとく、派手な金髪が逆立って揺れた。
その近付いてくるモノは、人間ではなかった。
女の知る生き物の、どれとも違う、奇怪で邪悪な姿形を、していた。
肌、と表現していいのかどうか定かではないが、表皮に、湯気のように、濃いアメジスト色の靄が纏わりついて、グロテスクに光を放っている。
蜘蛛様の多足な下半身に、ヒト型の上半身を生やした、怪物…
ファンタジーアニメや異世界RPGに出てくる、モンスター、そのもの…
「な…なに…?あれ…え?」
そう口にして、しかし、その途端に、女は、唐突に、理解した。
それが一般に言う「思い出す」に準ずる脳の働きかどうかは分からなかったが、猛烈な、理解。
あれは、敵「敵だった」。
自身が属する「属していた」組織の、また、自身が使役する「使役していた」刀剣男士たちの、敵「敵だった」。
時間遡行軍、と、呼ばれている「呼んでいた」、未来の世界の、歴史修正主義者と称されるテロリストたちが送り込んでくる「送り込んできた」、鋼の邪鬼の兵で、あの形状は、脇差の鉄滓から生み出される「生み出された」魑魅だということを、心得ている「心得ていた」…
なにかの景色がフラッシュバックする。
カメラロールを高速でスクロールしていく感覚。
「…チッ!来たか…っ!」
ソハヤノツルキが低くがなった。
左の手のひらが灰白色に輝き始める。
女の背筋を、冷たいものが駆け上がっていった。
凶兆!
ドアを開けようとするソハヤノツルキの腕にしがみついて止める。
「…待って…出るな!…単騎では出させない!撤退する!」
脳で処理するより早く、叫んでいた。
自分がなにを言っているか、まったく飲み込めないのだが、声帯は震え、唇は声を発するための形を作った。
「なっ!なん…!?」
ソハヤノツルキが息を呑む。
女と、審神者が、邂逅の、瞬間、を、迎えようと、している!
歓喜と憂苦が同時に噴き上がる!
「今の!あなたの!レベルも!生存値も!知らない!刀装や御守のシステムも分からない!可視化されている数値がない以上は行軍しない!」
張り上げられた声は威圧感に満ちていて、まさに、ソハヤノツルキの主人が戰場に対面したときのそれであった。
言葉遣いが一気に荒れるのは、感情が高ぶった合図だった。
いかに普段は自身を律して語句を選んでいるのかが推し量られる、そんな、ノスタルジー。
頬の筋肉が引き攣って、まるで笑顔みたく歪む。
が、もしこれが夢でなく集団幻覚でもなく現実であるならば、そんな場合ではない。
「そーいってもさぁ!このまま放置するわけにゃいかねーよなぁ!?ここは!『現代』だ!」
じりじりと距離を詰めてくる異形たちを睨みつけ、女は意を決したように、ハッ、と勢いよく短く息を吐く。
「…あれらを…ぶっ飛ばせばいいんですね…?」
スローな話し方に反した、あまりにも瞬発的な動作であった。
煽ったエンジンの回転数にドンピシャに合わせたタイミングで、スコンッ、と、シフトノブをセカンドへと引き込んだのだ。
と同時にクラッチは鮮やかに繋がり、リアタイヤは煙を噴く。
「っ、おい!あんた!正気か!動くな!止まれっつってんだよ!」
前置きなく繰り出された、遠慮も躊躇もないサイドターンに、ソハヤノツルキはGに押し負けてアシストグリップに縋り付いた。
左手から漏れ出していた謎めいた煌めきはすっかり潜まっている。
敵を見据えたまま横滑りしながら、女が自然と相好を崩す。
なぜ?
どうして?
そんな顔を?
ソハヤノツルキの頭の中で、クエスチョンマークが乱れ飛んだ。
ギアはリズミカルにサードへ、そしてトップへと駆け上がる。
「シートベルトしてください!あとは慣れるまで黙ってて!舌噛みますよ!」
「…待て、…待てって!突っ込むつもりか!?」
「…しゃべんなってば!」
観光バス用のスペースの手前に置かれた赤い三角コーンを、あえてタイヤの端で掠めてはじき飛ばす。
広さは、充分。
白線がヘッドライトに照らされて反射して網膜を焼く。
化け物が身をわずかに沈め、飛ぼうとしたのが、見えた。
一瞬の、薄いブレーキ。
淀みないシフトダウン。
車体の荷重が前輪に乗ったところで再びサイドブレーキを上げ、ハンドルをわずかにきる。
リアタイヤが盛大に滑り散らかし、その勢いで車体の左後方で1体の敵を吹っ飛ばした。
ばしゅん、と、抵抗の少ない衝撃がセリカを揺らした。
サーキットでタイヤガードにぶつかる時や、追走のときに並走車にあたるときのような重いショックが全然なく、女の思惑とあまりにも違ったため、車はそのまま大きくスピンして、後輪からはさらに大量の白い煙が上がった。
ずるずると横滑りしつつ、少しずつグリップが戻っていくのを感じ、さらにアクセルを踏み込んだ。
「あー!ソハヤさん重いっ!左重い!感覚狂うーっ!」
悪かったな…!
この人間…人間ってのはみんなこんななのか?
そんな訳はない…!
しかも、少し楽しそうくらいだと思っていた表情は、今や満面の笑みになっていた。
「待てっつってんだろ!?無茶だ!」
ソハヤノツルキがこれまでに見たことのない顔で慌てている。
それが可笑しくて、女はケラケラと笑いながら、なおアクセルペダルを踏む。
ぎゅるぎゅるとけたたましいスキール音を上げて、車は横向きに円を描くような動きでドリフトし続けた。
先ほど轢いた脇差は、塵となって夜風に霧散していった。
「おい!もうよせよ!」
審神者が前線で戦うなど!
バカバカしい!
もっともあってはならない事態だ!
審神者とは安全な場所で戦況を読み、刀剣男士に指示を出して敵を討伐する軍隊の指揮官だ、これでは、お転婆どころの騒ぎではない…!
そもそも!
この女は既に審神者として目覚めたのか…!?
ソハヤノツルキの所思は激しく交錯する。
いちおうは生物を模した形をしたものを、だ、躊躇いなく轢き殺す度胸は、もはや正常な人間のメンタルではない。
そのとき、助手席側のトランクの尻先にもう1体の脇差が食いついた。
窓が全開だ。
蜘蛛のような長い脚がソハヤノツルキに届きそうな気がして、女は咄嗟に左手を伸ばして助手席のパワーウィンドウのスイッチを引いた。
そのためハンドル操作が少しばたつき、立ち直り始めていた姿勢が崩れてスピンしかける。
速度がほんのわずかに落ちたところを狙いすまし、トランクリッドへと完全に飛び乗られてしまった。
「…!…こいつっ!」
女が舌打ちする。
節ばった蟲の脚がリアガラスを叩く。
ソハヤノツルキが身体をひねって後ろを向こうとする、が、それを女が止めた。
「ねぇ、ちょっと、わたしを信じて。」
…?
…信じる?
こんなロマンティックな浮ついた台詞は、こんな場面で使うべきではないのでは…?
ソハヤノツルキの脳裏に、今考えても仕方のない疑問がふっと浮かんだ。
速度が上がった。
正面に、農業倉庫のような建物がある。
のっぺりとしたコンクリートの、ただの壁だ。
軽量化を重ねたペラペラの車体がぶつかったりしたら、きっとひとたまりもなくぺしゃんこになるだろう。
速度が上がる。
「?」
衝突してしまう?
思考する猶予すらない。
まさか!?
あんたを信じるって?
こういうことか!?
無茶苦茶だ!
本物の馬鹿なのか!?
壁に向かって斜めに進入する。
リアガラスをガツンガツンと脇差が何度も叩く音が響く。
ソハヤノツルキは歯を食いしばった。
もう、いろいろと諦めた。
この人間には、とてもじゃないが、俺の思う常識は、通用しない…
ブレーキング、滑り出し、窓の景色が横にスライドしていく、奇妙な感覚。
絶対ぶつかる!
衝撃に身構える。
女はまだ笑っている。
なんならこれまでに見た中で一番楽しそうにしている。
美味い食事をとるより、高い酒を飲むより、美しい桜を見るより、たわいない会話で恋人とじゃれ合うより…
唸るエンジン音の中に、じりっ、と砂利を踏みしめるような不協和音が一瞬、鳴った。
フードにかじりついていた脇差を、壁にこすりつけるようにして剥がしたのだ。
「やばっ、1ミリかすりましたかね…いまいち車長わっかんねーな!」
そのままスピンしながら壁の方を向き直り見やると、先程まで脇差の妖怪の形をしていた黒紫の気配は硬い壁に削られて粉々になって海風にさらわれていった。
「あっははは!鈍っちゃったな、勘!」
「…おい!そろそろいい加減にしろって!」
「あと1体!」
残った敵をフロントガラスに捉え、また速度を上げる。
相手もこちらに向かって突進してきていた。
単純な正面衝突を避けて車体の横腹で薙ぎ払おうと、軌道を大きく左に膨らませる。
が、女が右回りばかり繰り出しているのを悟ってか、敵も車の動きに合わせて飛んだ。
ごつん、と重い衝突音とともに、ボンネットに飛び乗ってきたのだ。
斜め上方から脚を振り下ろし、それがフロントガラスに突き刺さる。
爪の先がかすかにガラスに食い込み、蜘蛛の巣状にヒビが広がった。
「クッソやりやがったな!?フロント純正いくらすると思ってんだよっ!?」
女が歯ぎしりして罵声を飛ばす。
同時にギアをセカンドに下げ、アクセルを一番深くまで押し込んだ。
いっそう喧しいエンジン音が轟き、夜の空気を震わせた。
脇差はもう一度大きく振りかぶる。
次、同じ箇所に一撃食らわされたら砕ける…!
ソハヤノツルキが中腰を上げ女を庇うように前に乗り出した。
「ちょ、邪魔!危ないから頭下げて!」
それを女は左手で押し返し、ソハヤノツルキの後頭部を押さえ伏せさせる。
「腹に力入れとけ!…ごー、よん、さん…!!」
唐突なカウントダウンが始まり、ソハヤノツルキは困惑して身体を強張らせる。
「…にい、いち…!!」
ドガザザザザジジジッ!!
凄まじい衝撃と耳障りな摩擦音が響き、窓の外、上から細かく火花が散るのが分かった。
そして突如速度が落ちて、そのあと車体が完全に停止した。
アイドリング音と女の荒い息遣いだけが車内に充満している。
…フロントガラスがヒビだらけで真っ白で、正面の景色を認識していなかった…
ボンネットの上に立ち上がった脇差を乗せたまま、駐車してあるクレーン車の、水平に張り出したクレーンフレームの下を、全速力で、フルアクセルで、屋根を擦りながらくぐったのだと、ようやく理解した…
振り返ると、リアガラスの向こう側で、最後の敵は霧となり消えていくところであった。
「あっははは…はぁ…、行けるかなと思ったんですけどね、やっぱちっと車高分かってなかったですね…低かったぁ…」
女はため息と失笑を同時にこぼした。
「ああー、セリカ、ごめん…」
そしてそのままハンドルに突っ伏して、落ち込んだように肩を震わせた。
ソハヤノツルキはただただ唖然としてそれを見ている。
なんだったんだ今のほんの数分の出来事は…?
「はぁ……あっ、ソハヤさん、怪我ないです?」
急に我に返ったふうに、女が助手席できょとんとしているソハヤノツルキを見つめた。
「…や、俺は、へーき、だけど…」
言葉に詰まって、右手で目を隠すように瞼の上を押さえる。
「…あんた、正気か…?」
「?」
「…ふっ、あはははっ!」
声を上げて笑い出す。
思わず女はギョッとする。
「狂ってんな!」
「?」
「あんただよ、こんな…ふふっ、あはははっ…!!」
もう、止まらない、というように、顔を隠したまま体を小刻みに震わせて笑いをこらえようとしている。
「…ふ、ふふ、殲滅完了、あんたが誉だよ、でもさぁ…」
長い指の下から、白い歯が見えている。
「…頼むからさ、無茶すんなよ、二度と…」
きゅっと唇を結んで、笑みの消えた口元が、少し悲しげに懇願する。
顔から手を離すと、その深紅の瞳がじっと女を覗いた。
下がった眉、その眉の間に苦しげなしわが寄っている。
右手が、女の頬に触れる。
「あんたが傷付けられると思ったとき…怖かった…」
「…ご、ごめん、なさい…」
満開の笑顔の後にめったに見せない切ない困り顔を突きつけられて、女はつい謝ってしまった。
なぜだか少し気まずく、ごまかすようにギアを入れ、ゆるゆると走り出す。
適当な枠線の中に車体を納め、エンジンを切った。
喉がカラカラだった。
自動販売機でなにか買おうと、なんの気なしに、運転席のドアを、開けた。
その、右手首を、誰かに、突然、掴まれた。
ぶ厚いぜい肉でむくんだ、人間の男の手であった。
「ッ…!!」
強く引かれ、地面に引き摺り倒され、景色がぐるんと回る。
アスファルトにしたたかに後頭部をぶつけてしまい、くらりと目眩がした。
ソハヤノツルキが向こう側で叫んだのが聞こえた。
仰向けの身体に馬乗りになってきたのは、昼間に女に暴行を加えて警察に連行されたはずのあの男である。
ただし、その眼は、先にまみえた鋼の化け物と同じ、感情のない紫色に燃えていた…
「…ギュ…ギ、グァ、グ…」
人語ではないなにかでうめき、女の生白い喉元に、牙を立てて噛みついた。
痛みがチリっと走る。
食われる…!?
「っ、ソハ…ッ…!」
助けを求めて、呼んだ、それに、応えるように。
ゴトリ。
男の首が落ちた。
大根かなにかを輪切りにするのと同じ所作で。
息も切らさず。
ソハヤノツルキが男の背後から刀を振るったのだ。
寝転んだまま見上げる。
街灯の明かりで逆光になっているが、鬱々たる様相で。
汚物でも見るような侮蔑を含んだ真っ赤な眼で。
傷口、というか、グロテスクな言い方をすれば、断面、から、血が、噴き出し…?
頭から下の人体であった塊は重力の法則に従ってどしゃりと崩れて倒れ、た、が、どういうわけか、鮮血が飛び散ったりしない。
かわりに妖異な青紫の粒子が迸り、それは形を失っていく、角砂糖が熱い紅茶の中で溶けてなくなっていくように。
女は、日光が苦手な人食い鬼が太陽にさらされて灰になっていくアニメを思い出していた。
はね飛ばされた首もまた、崩れていく、その目が、まだ女を凝視している。
たっぷり数秒間を見つめ合い、そして、やがて、塵ひとつ残さずに、消えた。
呆然としながらも、流血する首筋を押さえ、体を起こした。
胸が爆発しそうなほど激しく脈打っている。
なんだ?
なんだったんだ?
のしかかってくる男には体重があった、つまり質量があった。
物体としての物理法則を完全に無視している。
「…思念体だな…厄介だぜ…」
ソハヤノツルキは、ブォン、と軽やかに血振りのアクションをし、そして納刀しようとして、止まる。
鞘は乱雑に腰のベルトに通されて引っかかっているだけなので、絶妙な角度がままならず手元がもたついたのだ。
「…あー、まー、そーだわな…」
こき、と、首を鳴らして、改めてゆっくりと刀を納めた。
刀…?
「…か、かたな、ど、どこ…どこから…いつ、の、まに…」
女は乾いた声を片言に吐き出す。
「んー?現代遠征仕様、見るの初めてか?」
ソハヤノツルキは、左手で先端の方から鞘をなで上げていく。
それに合わせて右手は柄を押し込むように動く。
蠱惑的に閃く左右の手のひらが合わさる頃には、90センチ近くあるだろう太刀の姿はどこにもなかった。
「…」
自分が幻想物語に精通していてよかったと漫然と思った。
理解はできないが、受け入れることは、たぶん、どうにか、できている。
「…ごめん、主、油断してた、俺のせいだ、怪我、させちまったな…」
「…あ、いえ、そんな…このくらい、たいしたこと、ないです…」
あるじ、と呼ばれたのに、違うとはねつけることができない。
頭はパンク寸前だ。
敵…
時間遡行軍の襲撃を受けた…
征羽矢はソハヤノツルキで…
自分は審神者で…
「…あいつは…?どうして、人間、じゃ、なかったの…?」
あの暴行犯のことが腑に落ちない…
「稀に…時間遡行軍に精神侵食されて、乗っ取られたり、操られたり、する、だろ?恨みとか、執着とか、さ、弱い人間の心の隙につけ込んだ、汚いやり方だぜ…」
だろ、と、問われても…
さっき咄嗟に叫んだ『審神者』としての自身の言葉が、耳の奥に残っている、現実世界ではまず口にすることのない聞き慣れない単語たち…
「本体じゃなくて、思念体、だから、面倒だなって、あいつ、また来るかもな…」
遠くを見やってそう言ったソハヤノツルキが、振り向いて、女の顔を覗き込んだ。
「…思い出した?」
「…す、少し…?」
その時、ふと、糸が切れたがごとく、猛烈な疲労と眠気が女の全身を蝕んだ。
ほんの数分ではあったが、本気の全力で集中していたらだろうか。
今日のレースよりも感覚は研ぎ澄まされていた気がする。
聞きたいことはまだまだ山ほどある、整理したい情報も、散らばったままで。
これからどうするか、誰にどんな言い訳をすればいいかも、考えないといけないと知ってもいて。
だが、まぶたがどうにも脱力して抗えない…
「…ごめん、寝る、」
返事を待たず、助手席側に回っていそいそと乗り込み、シートを倒して目をつぶった。
「ごめん、10分、寝かせてください、」
よく見ると、運転席は揺りかごのような形、いわゆるバケットシートというやつで、リクライニング機能がないものであった。
「10分で、起こして…」
そう言うと、すうっと気配が薄くなり、すぐに眠りに落ちていった。
ソハヤノツルキは所在なさげに辺りを見渡す。
瀬音と虫の声。
地面にはおびただしいタイヤ痕。
排気ガスの匂い。
ゴムが焦げた匂い。
静かに規則正しく上下する女の胸。
乾燥した唇の質感。
尖った睫毛の、つんつんとした影。
女の、汗の、匂、い…
ソハヤノツルキははっとして口を強く押さえた。
そそくさとその場を離れて、崖面との境目の輪留めブロックに腰掛けた。
600秒…
ひたすらに、無心に数を数えた。
そうでもしていないと…
—----------------------
〜29に続く〜
 
2026/02/06 12:03:04(sK/a41lE)
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