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〜まえがきのまえがき〜
⚠ちょっとモチベ下がってて書けてなかったんだけど思わずコメントもらっちって奮い立ちました…いちおう続き考えてはあるんだけど…継続するってたいへんだね…というわけでおもしろくないエロ要素なし回です土下座ァァァ⚠ほんとはわたしだって推しともっとイチャイチャしたいdeath(夢)⚠ 〜まえがき〜 ⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠ —---------------------- 『ではレースの合間にエキシビションターイム!単走予選トップ!SNSでも話題の空知由希選手の助手席抽選券、幸運なあなたのチケットナンバーは…FブロックA列54!FブロックA列54番のチケットをお持ちの方!』 呼ばれてスタンド席からドタドタと下りてきたのは30代半ばほど、大人しそうな小太りの青年であった。 スタッフに入場券番号を確認してもらい、緊張した面持ちで近付いてきた。 「よろしくお願いしますね、安全運転でいきます。」 女は冗談めかしてグローブを脱ぎ右手を差し出した。 別に礼儀も愛想も知らない、そうしろと森下にいつも口うるさく言われるだけのことだ。 「あっ…は、おね、がいしますっ!」 ぎこちない握手のあと、スタッフからヘルメットを受け取りながら、青年は鼻息荒く唾をとばした。 「ドリフト、好きなんですか?レースは初めて?」 およそスポーツ観戦慣れしているとは思えない、野暮ったいロゴTシャツにジーパン姿の青年に続けて言葉をかけた。 「…あ、や、その、そ、空知しゃ、さんの、ファンで…あの、写真バズったやつで…か、かっ、かわいいなって、それで…」 「…ありがとうございます。」 ひくつく頬をこらえて、なんとかギリギリ合格点の笑顔を作る。 こういうやつが出てくるから、嫌なんだ、と心の中で文句を言う。 「…車は?なに乗ってるんですか?」 「えっ、いえ、そんな、ぜんぜん、親の、軽、よく分かんない…す…」 だめだ、たまんない、限界。 女は無益な会話を切り上げて助手席のドアを開けた。 「深く腰掛けてシートベルトをして下さい。」 声が冷たくならないように気を配るのも面倒だ。 自分はさっと運転席側へ移動して乗り込み、ヘルメットをかぶる。 複雑な5点式のシートベルトをするすると装備して、セルを回した。 助手席で脂汗を滲ませている青年には、外からスタッフが手を貸しているから無視だ。 イライラする。 芸能人じゃない、かわいいとか言われても気持ち悪い、あんな加工が秀逸なブロマイドの顔面でファンになったなど、うれしくもない。 レースを見て欲しい。 リザルトを求めて欲しい。 ドリフトに、せめて車に興味を持ってくれよと、呆れずにはいられない。 不満を悶々と胸に渦巻かせているうちに準備は整ったようだ。 下唇を噛む。 二度とこの助手席になんか乗りたくないと思わせてやる! そんな勢いで、アクセルを、踏み込んだ。 『おやぁ、空知選手、エキシビションとは思えない振りっ返しをかましてきましたねぇ、追走の準備運動のつもりかぁ?』 のんきな解説が観客の笑いを誘うが、当の本人はこめかみに青筋が立たんばかりである。 案の定、隣の青年はシールドの奥で目を見開いて、そこに涙をためている。 ドリフトを少々でもかじった人間であれば、どうということはない、とは言わないにしても、覚悟くらいはできていただろうに、およそ車を運転するという行動からすら縁遠い生活をしてきたお坊ちゃんには刺激が強すぎる。 『ラッキーボーイは泡ぁ吹いてないかい?ヤンチャが過ぎるんでないかい?空知ちゃーん?』 周回を終え、不必要なターンでタイヤガード間際に助手席側ベタづけでとまってやったのだ。 『おそろしいほど繊細なコントロール!路面ビッショビショって知ってる?頭だいじょぶそ?見せつけてきますねぇ!』 キンキンと鳴るスピーカーの声と、スタンドから沸き上がる声援に、思わず小さく舌打ちをした。 ストレスを感じているからかわずかに息苦しい。 シートベルトを外す前に、がばりとヘルメットを脱いだ。 汗で前髪が額に張り付いている。 助手席の青年もひとつかぶりを振ってそれに続いた。 「…大丈夫ですか?」 女は、いちおう形式的に、その丸い顔をのぞき込んで尋ねた。 ちよっとムキになってしまったことは認めよう、と若干の反省の気持ちがなくはない。 青年の目はうっすらと涙に濡れていて、そして、そして。 そして。 なぜか、黒目の奥が、紫色の炎のように、チラついた。 「?」 男が口を開いた。 歯、ではない、犬歯? いや、牙? 人ならざる形状のなにかが見えた。 漫画やアニメではおなじみの、魔族や竜族に描かれるような、非現実的な、そのビジュアルに、心臓がざわめく。 とてつもない悪寒が背筋を劈いた。 こいつ…! 人間じゃない…!? そのとき、ざあ、と目の前が暗くなった。 一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。 こちらに向かって歩き始めていたスタッフ数人が慌てて駆け出したのが見えた。 青年がおもむろに女に抱きついたのだ。 ギィ、と硬いシートベルトが鳴く。 どろりと匂う成人男性特有の汗で、頬の肌同士がねばっこく吸い付いた。 とっさにドライビンググローブをしたままの拳を握り、肉と脂肪で分厚く膨れた肩あたりを殴るが、びくともしない。 臭い息が鼻先をかすめる。 ヤバい、これ、キスとかされる? 身をよじるが、一回り以上太い腕で抱きすくめられ逃れられない。 男の歯?牙?が女の首筋に、触れた。 違う! キスなんかじゃない! 錯乱している。 吸血鬼とかに血を吸われるヤツだ! やっぱり人間じゃない!? こんなときにオタク脳が火を吹くから困る。 ぶよぶよの腹を蹴り飛ばしてやろうと思うのだが、コンパクトなポジションにシートを固定しているから足を抜けない。 「…クソ野郎…っ!」 低くがなったところで、両のドアが外から開けられ、男は後ろから引き剥がされ、女も身体を引かれて助けられた。 「…おいふざけんなよっ!?出ろ外っ!ケーサツだケーサツ!ケーサツ呼べ!」 有能なスタッフが手早くシートベルトを外し、男を車外へと引きずり出しながら叫ぶ。 確保されたというのに、男はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて舌なめずりをしている。 「…由希しゃん、いいにおいだ、ね…柔らか…かわい…」 「うるせーっ!黙れ!おい暴れんなっ!」 さらに数人が駆けつけて、男の左右の腕を掴み濡れたアスファルトへと抑え込んだ。 「空知ちゃん、大丈夫!?」 運転席側のスタッフが、女の顔を下から見上げる、のを、女の平手が叩いた。 無意識だった。 あの夜、光世の顔を殴りつけたのと同じ、衝動的な、暴力。 振り下ろした手はブルブルと震えて、男の牙?に触れられた喉の横を押さえた。 目は所在なく泳いでいる。 恐怖と嫌悪感で表情は歪み、短く浅く、はっ、はっ、と苦しげな呼気が繰り返し吐かれている。 「うわ、ごめ、んなさい、ちょ、と、大混乱…ほんとごめんなさい!」 すぐに正気に戻り、焦って謝罪するが、顔色は蒼白のままで。 「由希ちゃん!」 ノースガレージのイメージカラーの黒とブラウンのミニスカートワンピースに身を包んだレースクイーンが、ピンヒールのまま走ってきて、2人の間に身を乗り出した。 「とりあえず降りて!これ!」 グッズの大判タオルを頭からすっぽりと被せて、立たせて肩を抱いた。 「顔かくして。こっち。ここ段差。」 気の強そうな語気で、てきぱきと指示を出す。 「もう大丈夫だから!」 会場のざわめきは大ブーイングになっていた。 「なんだあいつ!」 「え!?抱きついてなかった?ヤバ…」 「犯罪じゃん!」 「ケーサツ!」 「最悪…!」 「死ねし!」 その噪音を背に、女はふらりふらりとパドックへと戻った。 外からは見えない、リフトのさらに奥の方にへたり込んだ。 レースクイーンが、ぎゅう、と女を抱きしめる。 「由希ちゃん、息、して、ゆっくり。袋、いる?」 女よりはるかに若いが、かれこれ3年目の付き合いにもなる仲であり、レースクイーンなどという人に見られて消費される職業柄か、気丈で妙に姉御肌なところがある。 「…だいじょぶです、さすがに、ちょ、びびった、です…」 タオルがパサリと肩に落ちた。 へたくそな作り笑いを見せる。 あの…目の奥の異様な光は、明らかに人間のものでない牙のようなものは、あれは、見間違い…? 幻覚…? 「笑わなくていーよ、水でいい?」 「…あり、がと、ございま…」 そう言われても、張り付いた偽物の笑顔は簡単には剥がれない。 ミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、打ちっぱなしのコンクリートの床から伝わるひんやりとした冷気に身震いした。 「ユキちゃん!」 そこへ森下がすっ飛んできた。 面倒事はごめんなんだけどなぁ。 なぜか、ずっとずっと平穏を装ってきた人生のみなもが急に大荒れの海原だったと露呈してしまった気がしている。 あの兄弟に、かかわってからだ。 ただ、もうひとつ、はっきりとさせておくとすれば、かの兄弟にとってもである、この女にかかわってから、ぐるりと世界は変わったのだ、お互い様ではあるのだ。 『トラブルにより大会を一時中断しております…再開の予定はまだ…チケットの払い戻しは現在のところ…お問合せは総合案内所…気温35度を超えています…各自で水分補給を…体調が悪い方は管理棟の…』 「平気です、走れます。」 飲み干したペットボトルをぐしゃりと潰した。 フィジカルに力は有り余っている。 「…嘘よ、そんな顔じゃないわ、分からないはずないでしょう?」 森下がそれを突っぱねた。 両腕をがっしりと組んで仁王立ちになり、譲らないとばかりに胸と顎を突き出している。 「…顔、て、」 眉間にしわを寄せ、女は斜め下を見る。 自身の髪の先からしたたった汗の粒が白っぽいコンクリートの床に点々と水玉模様を描いている。 反対に森下の方はかすかに口角を上げて勝ち気な表情だ。 「何年その顔見てると思ってんのよ、なめんじゃないわよ?」 「わたしが、そんなにデリケートなわけないじゃないですか、」 だがここでは引き下がれない、と、女もふてくされた言い方で返す。 長年、母親のように世話を焼いてきてくれた森下に通用するとは思えなかったけれど、それでもいちおう。 当然、一蹴される。 「…冗談…!クラッシュしたらどう責任取るつもり?」 「…しません、事故なんて!」 「ほぉら、そういうトコよ、『知りませんよモリシタさんがなんとかしてくださいよ』って言うのが正解よ!」 間髪入れず返した台詞の揚げ足をひょいと取られてしまった。 「…なんなんすか、それ…」 非論理的に、されど言いくるめられそうになり、たまらず右手でわしわしと短く硬い髪をかき回した。 「おい!どーしたってんだよ!?だいじょぶか!?」 裏側から背の高い兄弟2人が顔を出した。 兄の方はあからさまに不機嫌な顔をしているが言葉は発さない。 「あー…さっきのひとが…接触?してきて?ちょっと、すったもんだといいますか…」 「接触?なんか、抱きつかれたとか、周りザワザワしてたけど、まっさか!」 征羽矢がぎょっとして顔をしかめた。 女はなんと答えたらいいか戸惑い、つい黙る。 その沈黙を肯定ととった光世は、背筋の凍るような温度のない声で呻いた。 「…殺す…」 「ストップストップストップ!すぐ殺さない!ちゃんとしょっぴかれてったでしょう?わたしはなんともないですから。」 「ええ…?こんな事件?ある?ドリフトの?大会で?」 征羽矢の気配もジャリジャリと乱れている。 半ば呆れたため息とともに投げやりな疑問を口にするが、そんなこと女の方が聞きたいくらいだ。 「わたしだって初めての経験ですよ…」 腹立たしげに口をとがらせる恋人を、過去の人間関係による心的外傷の痕が色濃く残る恋人を、咎めたいわけではないのだが、どうにもしようがなく、光世はじろりと睨みつけた。 「…なんとも、なくは、ない、だろ…?」 森下がそれに乗っかってくる。 「そうなのよ!大会は中止にはならないでしょうから、今日はDNSしなさいって言うんだけど、聞きゃしないわこの子!」 「でぃ、えぬ…?」 「棄権よ、棄権。メンタルブレブレでよりにもよって追走なんてさせられないわよ!相手がいるのよ?」 森下が、やれやれ、というふうに、海外ドラマばりの大げさなアクションで肩をすくめて見せた。 「いやです、走れます、走ります。」 だが、女は駄々っ子のように首を横に振る。 「あなたねぇ…!」 森下だってもろもろ心配して忠告しているのだ、ムッとしてワントーン高い大声が出かけた。 それを遮って、ほんの少しの鼻声で叫んだ、なにか、らしくないものがこみ上げてくるのをこらえている声だった。 「だってですよ!?こないだから!知ってますよ、男ができたからもうダメだみたいに書かれてるの!守りに入るとか!結婚したらどうせ引退とか!本意じゃない!」 森下が、女の額を、ゴツンと自分のそれで頭突く。 視線がぶつかり、今にも火花がスパークしそうだ。 「それが世間よ!その認識はそんなにすぐには変えられないのよ!あなたが女でドリフトやってる以上!」 傍で聞いていた征羽矢がごくりと唾を飲み込んだ。 森下の言う通りではあるのかもしれないが、ここで男だ女だと区別されるのは、正直きついだろうな、と、そっと女の顔を盗み見た。 口の端を横に引き、歯を食いしばっている。 半拍ののちに、重い口調で、しかし激しい語気で、「じゃあ!なおさら!きょう!いま!にげるわけにはいかないんですよ!」 途切れ途切れに思いの丈を並べていく。 珍しく取り乱した女の様相に面くらい、柄にもなく光世が2人の間に割って入った。 「…落ち着け!…落ち着い、て、ください…ふたりとも…」 「部外者は黙っててください!」 冷徹な単語が光世の心に突き刺さるが、気づかないふりをした。 「…俺は、部外者だ、だが…あんたが、ここで走らない選択をするとは思えない…この言い争いは…不毛だよ…」 いつもどおりに独特に、ゆっくりと紡がれる光世の言葉に、森下のささくれた感情がわずかに解ける。 「…わたしが折れるしかないってこと…?」 「…残念ながら、な…」 光世が女の手首を掴んで引いた。 「え?え?なに?どこ行くんですか?」 「…俺も…我慢の限界なんだよ…」 ピットから出てずんずんと歩いていく。 コーナー奥までやって来て、スタンドを見上げると、そこには実況席があった。 たいへんな注目を集めている。 光世は身ぶりでマイクを貸してくれ、と動作すると、長机の端の、驚いた顔でふたりが歩いてくるのを眺めていた審査員の男性が胸元のマイクを外した。 椅子から立ち上がり、最寄りの階段をいったん指さすが、ふと首を振って、身を乗り出して腕を伸ばし、その小さな機器を光世の手のひらに向かって落とした。 大きな手、長い指でそうっとそれをつまんで口元へ寄せる。 「…少々、失礼する…」 光世の小さな声が、マイクを通して、会場内に響いた。 キーン、と、わずかにハウリングする。 「…空知の…こ、婚約者だ、文句が、あるやつは、中港区の、thunder boxに、来いよ…!」 突然始まる謎のパフォーマンスに、女は目を丸くして固まっている。 カメラがふたりの姿をしっかりと抜いている。 巨大なモニターに、ふたりの横顔がぬかりなく映っているのをちらりと確認すると、その顎をくいと掬い、口づけた。 フラッシュバックする、そもそもの始まりの夜、カウンターテーブルについた肘から伝わるひんやりした温度、喉の奥に残るビールの余韻、光世の汗の匂い。 ふう、と、色気の濃い息をひとつつく。 「…ブロマイドも、グラビアも、ファンサも、好きにしろ…!ただこれになにかしてみろ、相手に、なる…」 女は耳まで真っ赤になって、なにか言ってやろうと唇をパクパクとさせるけれど、ついぞ言葉は出てこない。 「…さっきのやつは、命拾い、したな…ここのスタッフも、警察も、俺よりは、優しい…だろう?」 会場は呆気にとられて静まりかえっていたのだが、瞬時に熱気で爆発する。 「いーぞ!言ったれ!」 「ヒュー!かっけーな、おい!」 「見せつけんなよ!サイコーかよ!」 「mitsuyoー!応援してるよー!」 「ざっけんな!ぽっと出のチャラ男が!」 「うおー!ゆきたーん!」 騒ぎに慌てて走ってきたスタッフが両手を広げて光世を制する。 「警備の不手際でご迷惑を…しかし、これでは…」 「…ああ、申し訳ない…です…どうも辛抱できなくて…」 ワイヤレスのマイクを返し、ぺこ、と頭を下げた。 「…あなたたちの、せいじゃ、ない…責めるつもりはない…です…申し訳なかった、です…」 とってつけたような丁寧語で、カタコトに、繰り返し謝罪を述べ、女の方へと振り返った。 「…どうだ?…いろんなことが、どうでもよくなった、か?」 「最初っから、わりと、どうでも、わたしは…」 女は噛みつかんばかりの勢いで光世を睨んでいる。 「…場があたたまっただろう…午後のレースは、少し時間はおすが、予定通りだと、伝えて来いよ…」 「…ほんっと、ちょっと、あまりにも、振り切ってる…」 女は呆れて斜め上を見上げた。 光世は首を傾げた。 なんの、匂い…だ…? 女の唇に触れたとき、なんともいえぬ不快な匂いが鼻腔をついたのだ。 例の無礼なファンの体臭が残っていた…? そう自身を納得させようとするが、もっと生理的で本能的な拒否感が頭の芯を苛む。 『…殺せ…』 征羽矢がニヤついている。 「いつ婚約したんだよ?」 「…うるさい…」 「どんどんナシがでかくなるなー。」 SNSアプリを立ち上げたスマホの画面をスクロールしていく。 「ミツヨくん、肝が据わってるってとってもステキよ?ただ度が過ぎるのよ…これだけ話題が尽きないなら、本気でうちのモデルやりなさい?ノーとは言わせないわ、わかるわね?」 森下が光世の胸をトンと突いた。 非所属とはいえお抱えのレーサーのスキャンダルを次々と起こしているのだ、根拠のない噂話や謂れのない誹謗中傷も多々あるだろう。 それを丸め込むのも容易ではないはずだ。 つまるところ、その対価、というわけか。 「ちゃっかりお店の宣伝までしちゃって。」 女が楽しげに茶化した。 「あら、本当に、毒気抜けたお顔になったわね、ユキちゃん。」 森下がその頬をつついた。 「…無理してない?冷静?やっぱりヤバいと思ったら退ける?」 「…約束…し、ます、ヤバいと、感じたら、退く…」 やくそく、の4文字を、絞り出すように台詞を吐く。 自身がもっとも苦手とする分野である。 「…そう…しかたないわね、それなら、ぶちかましてきなさい!」 森下はスマホを耳に当てた。 「ノース森下よ。空知いけるわ。お待たせして申し訳なかったわね。ええ…本人が…ええ、わかってる、わかってるわ…ええ?それは…どうかしら…話してはみるけど、期待はしないで?じゃ、招集、向かわせるわね、頼んだわよ!」 タイミングよく木庭がハチロクを運転して戻ってきた。 警察がなにやら内装や車内カメラを確認させろと言ってきたので対応してくれていたのだ。 「走るだろ!?」 エンジン音がうるさいから怒鳴るしかない。 頷くドライバーを見て満足気に歯を見せて笑った。 「だと思ったよ!超特急で仕上げよう!」 「ユキちゃんはダッシュで招集行って。ハチはチェックが済んだら回すわ。」 女がパドックから出ていくと、森下は眉毛を下げて光世へと向き直った。 「ミツヨくんは…えっと、これはお願いなんだけど…」 『たいへん長らくお待たせいたしました…大会の再開を決定…追走から予定走順通りに…開始時刻は…』 「音響やってた子が、熱中症っぽくてダウンしちゃったらしくて…」 さっき、挨拶した、あのサングラスの青年だ。 名刺をポケットから取り出して改めてじっと見た。 DJ JU-NNと名乗っているらしい。 「無理なら断ってね、その…簡単でいいらしいの、BGMとかを、ちょっと、面倒見てほしいって、運営が…」 森下が指を組みつ解きつ、しどろもどろに言葉を探しながら話す。 「それが、その子がね、ミツヨくんにお願いしたいって、言ったらしくて…もちろん、謝礼は、きちんと!」 「…初めて触る機器…知らぬ音源…納得して、いただけるようなものは、きっと、お聞かせできない…」 光世は言い訳を先にしたが、それは、既に引き受けるつもりがあったからであった。 恋人は予選をトップの成績で通過した。 会場の盛り上がりは最高潮で、それを萎れさせてしまいたくなかった。 「そんな!なんだっていいのよぉ。無音じゃサマにならないっていうならCD流しておけばどうにかはなるんだから!」 森下はそう言ったけれど、ダラダラと緩急なく垂れ流しただけの音の波というのは、記憶に残りにくく感情に影響しづらいものだ。 ここは、いうなれば、花道。 性犯罪に踏み込んだファンの暴挙により掘り返された過去のトラウマをも振り払い、女が我を通してまで走ると決めたせっかくの、花道である。 この場にいる人々の脳裏に、思い出に、刻ませてやるためには、自分にならできることがある、と、強く信じた。 見舞いがてら救護室へ立ち寄ろうかともよぎったが、それよりも託された仕事にいち早く向かおうと思い直して、例の味気ないテントへと走って来た。 不慣れな、というのも烏滸がましい、音響のおの字も知らないだろう数人が小さなオーディオの箱を囲んでつつき回している。 肩で息をしながらその惨状を見つめる光世の視線に気付いて、顔を上げたひとりが、経緯を聞いてはいたらしく、安堵の表情を浮かべてへたり込んだ。 光世は呼吸を整え、ひとつ頷き、現状かかっている音源を確認して、ボリュームを絞ってからマイクを手に取った。 「…さきほどは、騒がせて、すまなかった…DJ mitsuyoだ…」 会場が分かりやすくざわめいた。 「ここまで会場を沸かせてくれた、DJ JU-NN…たいへんに熱い男だが…少々ヒートアップし過ぎてな…休息中だ…」 たまたま近くにいる者たちが野次馬的に覗いてくる。 「…役者不足で悪いが、代理で、舞台に上がらせていただく…!」 そこでいったん勢いよく音量を上げ、マイクを外してひと息をついた。 音まわりはなんとかなる、なんとかする、なんとでもする。 だが思いがけず困ったことになったと気付いた、選手の名前や、マシンの名称についてである。 まんがいちにも誤った氏名を読み上げてはならないし、車好きばかりが集まっているこの場所で、車種名を間違えればボルテージが下がってしまうのは目に見えていた。 そもそも関連企業の担当職員が多数来場しているはずだ、そんな失礼な失敗はノースガレージとオースクルターレリアの手前、必ず避けなければならない。 森下はBGMを、と言って光世に依頼をしたのだから、余計なトークやコメントをしなくとも、場が繋げればいいのにと呆れられてしまいそうだが、どうしても、できる限りの力を尽くしたかった。 机の上に残されていた紙の束を掴む手が武者震いする。 選手名簿の空いているスペースに、細かなボールペンの字がみっちりと書き込まれているのだ。 この選手はどこ出身で、里帰りのたびに必ず食べる郷土料理はこれ、だとか、この選手は子どものころのあだ名と、そのあだ名が生まれたおもしろ感動エピソード、とか、この選手は実はすごく勉強熱心でこんな資格を持っているんだ、とか、たわいないが、ファンがかじりつきで喜びそうなネタが、ずらりと並んでいる。 この努力をなかったことにはしたくなかった。 スマホを片手に検索しながら、まずは選手名簿にふりがなをふっていると、ひとりの青年が走ってやってきた。 「なあ!空知由希のカレシのひと!」 やっつけに、なんだ俺は今とても忙しいんだ、という目線を投げると、どことなく見覚えのあるような気がする顔が、ぐい、と光世に迫った。 「あんた、あれだろ、ドリフトとかぜんっぜん分っかんないっしょ?協力してやるよ!」 有無を言わさずブースの中へ入って来て、光世の隣にパイプ椅子を広げて座った。 「…?」 「あれ?覚えてねーの?かーっ!冷てぇな!ほら!海老江のノースで!レジ打ちしてただろ?」 青年はがっかりした様子で薄く笑った。 光世のシナプスに猛烈な速度で電気信号が流れ込む。 「…!ああ…!思い、出した…」 女と森下に乗せられて、ノースガレージの店舗で労働させられた日のことが呼び覚まされた。 女に握手してくれと言った、あの青年である。 たしかに観戦に行くからサインを頼むと騒いでいた。 若くやんちゃな風貌の彼を安直に受け入れてもいいのか、手助けなど必要ないと追い返すべきか、迷う隙を与えずに青年は光世の手の中の書類を覗き込んだ。 「まいーや、追走始まっちまう、急ごうぜ!まず、このひとね、『石徹白』は、『いとしろ』選手!ぜってー読めねーよな!マシンはJZX100、これはチェイサーってやつで、次は…」 おしかけ助手の力添えがたいへんに有意義で、ランチタイムを彩る放送局の仕事は大成功を収めたわけだ。 光世はもちろんのことトークはあまり得意ではないが、DJ JU-NNの努力の結晶であるアンチョコを駆使して、出場選手たちを精いっぱい紹介して激励した。 「…彼の、仕事にかけるプライドを…ドリフト競技への、情熱を…おれは、代わりに、読み上げただけだが…みなに、伝われば、嬉しい…」 そう締めくくると、スタンド席のあちらこちらから割れんばかりの拍手の音が響いた。 小一時間ほどのあまりにも突貫工事なタスクで、自身が納得いったかというと難しいけれど、とりあえず大きなヘマなどもせず、観客たちは勝手に盛り上がって、無事に午後のイベントへと繋ぐことができた。 汗が幾筋も頬を伝って流れ落ちる。 正直、店のステージに立つより緊張した。 「…助かったよ…ありがとう…」 疲れ果てて背もたれへ身を預けると、パイプ椅子は、ギギ、と鳴いた。 「へっへー!あのときもさぁ、ぜんぜんカー用品のこと知らねー感じだったしさ、あんた、顔はかっこいーけど、ポンコツってタイプっぽいよな!」 にゃはは、と緊張感なく変な笑い声を上げ、頭の後ろで手を組んで胸をそらす。 たいへんな悪口ではあるのだが、それはよく弟や従業員たちにも言われていることだったから、言い返せずに言葉を飲み込んだ。 「あとで空知由希のサインもらいに行くから、サービスしてねっつっといて!」 「…つ、伝えよう、いちおう…」 どうだろう、煙たそうな顔をされるような、気もする… 不安が過ぎる。 『みんなで店の常連のドリフトレーサー空知由希の応援をしよう!』の名目で昼から飲めると集まって、まさか本当に首位で予選を通過するなんて、ドラマティックにもほどがある。 エアコンの設定温度はいくら下三角を押しても16度以下にはならない、熱気と湿度は限界突破寸前である。 しかもなにやら暴走ファンの過激行動で事件発生、からの恋人登場で激烈牽制パフォーマンス、さらにその恋人が急遽で会場音響パーソナリティを務めて話題を掻っ攫うなど、なにをどうしたらそんなチートスキル転生系アニメ並みのシナリオが書かれるのか、信じがたい。 アミューズドライブの記者など配信画面にかじりついて、SNSを流れてくる投稿と見比べてはなにやらノートに書き記している。 それを鈴原が覗き込み、ダメ出しをしているようだ。 征羽矢が口を酸っぱくして忠告していた『あの女のプライベートに突っ込まない』をどこまでも守ろうとしているのだろう、今日はあくまでも『話題のCLUB thunder boxで前代未聞のドリフトレースライブビューイングイベント開催』の取材なのだ。 既に想定していたキャパは超えた、記事としての見応えは十分である。 開店時はそうでもなかったのだ、特に馴染みの数人が連れ立ってやってきて、ダラダラと雑談しながら中継を見ていただけだったのだが、この胸焼けするほど濃厚な全部乗せてんこ盛りストーリーが口コミとSNSで急速に広まったようだった。 カウンターの中でくるくると動き回る濱崎に代わって、堀江がスマホをチェックしていた。 「あの、いっつもてんちゃんさんをロックオンしてくるまとめサイトが、バンバン更新してますね。」 『空知由希、全畑サーキットで開催のドリチャレ西、得意のウェットで最高得点、明日の決勝へ』 『速報!悪質ファン?同乗走行当選者男性が性的暴行?イベントは一時中断、再開未定』 『破局報道完全否定!DJ mitsuyo、2000人の前で熱烈キス、悪質ファンを牽制!空知由希と婚約との発言も!』 『続報!お騒がせイケメンDJ、急病のスタッフに代わり会場音響をジャック!』 「規格外過ぎません?ミツヨさんも、てんちゃんさんも。」 面白いのと呆れが半分半分だ。 昼の虚無タイムにステージに上がろうと思っていたのに、光世が会場に火をつけてしまったから、配信は続行されて店内も大いに沸き立ち、堀江は手持ち無沙汰に濱崎の業務を手伝っていた。 これから午後の追走が始まるから、次のチャンスは表彰式前の空き時間だ。 今は城本が有名なカーチェイス映画の主題歌を流しながら、ドリフト大会公式サイトの画面を片手に簡単に競技の説明をしている。 客たちはそれを聞いたり聞いていなかったり、各々酔ったりしゃべったり好き勝手に音楽に乗って身体を揺らしていた。 「あー、ごめんホリくん、生の樽、替えてくれ、間に合わねー!」 濱崎が悲鳴を上げる。 「うっす、夜の分、足ります?」 「分っかんねーけど足りねーだろ!FAX送っといてくれん?」 「ですね、明日もこんなですかね?18リットル2本頼んじゃっていっすかね?」 「いっとけいっとけ!そんでそれ終わったらロングタンブラー洗ってくれん?マジごめんけど!」 「瓶モノはもう瓶のまま出しましょう、グラス類も、なんならプラカップがあったはず…」 大急ぎで生ビールの樽を交換し、バックヤードから、なにかのイベントの時に使ったプラスチックカップの残りを抱えて戻ると、堀江はため息をついた。 「明日は、助っ人、呼びましょっか…」 じきに城本が降りてくるから相談して経営陣に打診してもらおう、明日もこの調子では濱崎の負担がとんでもない。 「ホリー!レモン切って!くし切り!」 1時間半ほど押して競技が始まった。 雨は本降りにはならないが、ずっとしとしとと細く落ち続けている。 放送は実況解説席へ返し、光世はスタンド席で待つ征羽矢のもとへ戻ってきた。 「おつかれぃ!」 薄いレモンサワーのカップを受け取り、濡れた硬いイスに腰掛けた。 「あーいう、ラジオのパーソナリティみたいなこともできるんだな!さっすが兄弟、沸いてたぜ!」 つけ焼き刃のパフォーマンスだ、前任者の努力がなければ自分にできることなど限られていた、と光世は首を振った。 追走は、先行と後追いに分かれて2回走行する。 先行は後追いから逃げ切ること、後追いは先行をとらえることで加点されるようだ。 路面にはごく浅い水たまりができていて、車たちは豪快にスプラッシュを上げて横滑りしていた。 さていよいよ女のハチロクが後追いで出走する。 前を走っている黄色い車両にビッタリと張り付いて離れず、ドリフトの姿勢に入ったところを、やや外側から食い込むようにして鼻先を横腹に接近させた。 『おっかないなぁ!先行の泥谷選手のビビり顔が目に浮かぶっ!』 実況が茶化すが、競技を見慣れていない兄弟からすると、もう接触しているように見えるほどである。 天候のためもあるのか、スピード自体はさきの単走のときよりは出ていない。 が、タイヤがスリップしやすい状態で、運転席から目視できない車両の角の膨らみを、動いている対象のわずか十数センチまで寄せながらコントロールするのだ。 『本日絶好調空知由希!ファントラブルも意に介さず!得意の先行で逃げ切れば勝ち上がりか!?』 すぐさま場所を入れ替えて2本目がスタートする。 鮮やかで軽やかな立ち上がりで、ぎゅるん、とエンジンと後輪が唸った。 が、後追い車は、つい、と失速した。 みるみるうちに距離が広がる。 『おっとぉ?泥谷、踏み込めない?どうした?合わなかったか?もったいない!パワーでは捻じ伏せられたはずだが!?』 フィニッシュラインを越えてランオフエリアに停車した黄色い車に、ハチロクから飛び降りた女がヘルメットを外しながら駆け寄って叫んだ。 「っざけんなよっ!やり直しだ!わたしは!走れる!もしクラッシュしたとして!それはわたしの技術不足でしかない!それは普段となにも変わらない!」 コース周りのスタッフが慌てて走ってくるが、女は運転席で顔を覆って縮こまっている選手に怒声を浴びせるのを辞めない。 女の身にあんなことがあったのだ、女のメンタルが通常通りでない可能性が大いにあり得る、荒ぶって踏みすぎて単独スピンでもしたとして、もしその際に接近していれば巻き込まれるのも必至。 となると後追いの車両が怖気づいてハチロクに迫れないのも、まあ、いたしかたない。 それが、女にとっては許せないのだ。 「こんな勝ちは望んでない!戦って勝たせろ!もっと突っ込んでこいよ!」 観客たちは呆気にとられているのか、野次も飛ばない。 静まり返った客席に、マイクもつけていないというのに、女の大声が響き渡る。 かつて、こんな大勢の前で、こんなに必死になって声を荒げる姿を、見たことがあっただろうか。 ツナギ姿のスタッフが宥めるように女の前に手を差し出したが、それを乱暴に振り払い、頭を掻きむしり、罪のない黄色い車両のドライバーをなじり尽くす。 「もっと!突っ込んでこいよ!男のくせに!なめんなよ!バカにするな!わたしを!か弱くてかわいそうな女だと思うな!わたしは!お前らと同じ!レーサーなんだよ!」 そこへ、スーツの男がツカツカと早足で歩いてきた。 森下である。 女の肩をむんずと掴み、半分振り向いたところを、華麗に平手で殴りつけた。 パァンっ! 清々しいほどに乾いた破裂音が、コンクリートに囲まれたサーキットコース内に反響する。 女は我に返ったのか、黙り込み項垂れ、森下へと頭を下げ、促されて、運転席に座ったまま俯いている泥谷という選手と、集まったスタッフたちにも深々と謝罪の意の御辞儀をした。 『あー、えっと、空知ちゃんの主張ももっともなんだけどね、こればっかりは、レーサーも人間だからさ、頭では踏みたくても、足が動かなくなるんだよねぇ、』 『これは空知ちゃんが悪いわけじゃない、泥谷が悪いわけでもない…』 実況と解説が説得力には欠けるフォローを入れてくれたけれど、会場を包む異様な雰囲気はもう元には戻らない。 実際に、泥谷はアクセルを緩めてしまったことをひどく悔いているようだった。 光世はさきに選手紹介の文章を読んでいたから覚えていた、泥谷という男は、安定したドリフトに定評のある50代のベテラン選手で、高校生の息子も一昨年からこの業界に入り、ルーキー部門の選手として活躍を始めたところだった。 親子でドリフト初心者向け動画を投稿したりして、おもしろくてかっこいい父親像の、いわゆる、いいパパ、というやつである。 かけがえのない大切な家族がいる、家庭がある。 職業ドライバーとして賞金の奪取はもちろん望まれる結果ではあるが、それと、命、とは言わないまでも、事故で怪我を負う、健康な身体を損なう危険性とを、天秤にかけずには、いられない、まともな人間である以上は。 それを、世界は、本能と、呼ぶのだろう。 競技はさすがにもう中断はしない。 追走もけっきょくは得点で勝敗が決するわけだから、トーナメント表で女から伸びる直線は太いマジックでなぞられて、次の対戦を待つばかりである。 女はパドックの奥で立ち尽くし、握り締めた拳はぶるぶると震えていた。 「悪かったわよ、みんな見てる前でビンタしたりして。」 森下がつっけんどんに謝ったが、女は首を振った。 「…いえ、全面的にわたしが悪かったです、あそこでぶん殴っていただいて、よかったです…」 口ではそう言うが、本当に思っているかどうかは怪しい。 心中を支配しているのは忸怩たる感情か、はたまたやり場のない怒りか、それとも柄にもない悲嘆と落胆か。 「辞退します…申し訳、なかったです…」 森下の反対を押し切って出場すると豪語したのに。 みっともなく、みすぼらしく、しっぽを巻いて、逃げる。 ほらやっぱりダメだった、と薄ら笑われる。 これだから女は、と酒の席で陰口のネタになる。 翌朝のスポーツ新聞にもきっと小さく記事が出る、イベント中にいき過ぎたファンにより性被害を受けた女性選手がその後の競技を棄権しました、と。 森下が、長く、長く息をついた。 「…今日は、仕方ないわよ…あなたはよくやってるわ…明日は、明日よ、単走、勝つわよ。」 人さし指と親指で、ぶに、と女の頬をつまみ、上を向かせて、しっかりと目を合わせる。 そして、にや、と、いやらしく笑う。 「うちとしては、十分よ、どれだけ映像抜かれたかしら…コマーシャルとしてはカンペキな注目度よ!」 その図々しさは一周回って心地よく、女のこわばった体は少し解けた。 「さあ、今日はコレでフリーとか思ってないかしら?冗談!ブースでしこたまサイン書かせるから覚悟なさいよ!」 きっと立て込んでいるだろうと、パドックを覗くのはもう少し経ってからにしようと申し合わせて、気まずくレモンサワーを啜っていた兄弟の背後からそっと忍び寄り、ガバッと肩に抱きついた。 「っ!てん…ユキちゃん!びっ、っくりしたぁ!」 征羽矢が目を丸くして、振り向いた。 「あっ!ずるいです、昼間っから、そんなん飲んで!」 女は頬を膨らませ、光世が手に持っていたチーズ春巻きをひとつ勝手に摘み上げた。 「えっ、いま、ゆっくりしてていーの?座れよ、ここ、俺なんか買ってくるわ、なんか飲む?」 「んんー、じゃ、かき氷食べたいです、いちごのやつ、練乳なしで。」 もぐもぐしながらねだる。 「おっけー。」 征羽矢が立ち上がり、空いた席に女が座ると、汗の匂いが雨の匂いと混じってふわりと舞い上った。 隣の家族連れも反対側の壮年男性も後ろの席のカップルも、みなが急な推しチームの選手の登場に驚いて色めきだったが、さきほどのコース上での悶着を反芻して押し黙っている。 引き続き繰り広げられている試合の模様をわざとらしいくらい懸命に目で追っているが、きっと聞き耳を立てているに違いない。 光世は、ぽん、と女の頭に手のひらを乗せた。 トナカイマークの刺繍が施されたキャップはじっとりと湿って、すでに一段濃いブラウンに染められている。 レーシングスーツの膝をぎゅっと握るその女が、地面を睨みつけ、下唇を噛んでいると、光世は知っていた。 ぽた、ぽた、と、かすかな音がして、水滴が薄く骨ばった手の甲に落ちていく。 まあ、雨粒だろう。 だから、ぽん、ぽん、と、それに合わせて、軽く、叩いてやる。 まったく、ひどい天気だ。 トーナメントの2巡目になって、女の棄権が宣言され、相手は不戦勝となった。 1戦目の泥谷という選手にとってはやや気の毒な展開ではあるが、勝負の世界というのはいつもすべからく平等とは限らないということか。 運も実力のうちなど、あまり大手を振って掲げたい言葉ではないが、かといって抗うすべもない。 不躾な報道なら、スタンド席の、不遇な運命に涙をのむことになった女性選手をアップにするかもしれないところだが、会場のカメラマンたちは良識ある職人だったのだろう、配信には映らなかった。 「マジか!棄権だって!」 マイク越しに城本が盛大に舌打ちした。 ええー!?と店内が騒然とし、ブーイングが飛び交う。 もちろんそれは常連でありすっかり仲間の気分である女に対する不満ではない。 元はと言えば例の変態クソファンのせいだし、外野からしてみれば怖気づいて失速した泥谷にも苛立ったし、それを制御しきれなかった運営のやりかたにも納得がいっていなかった。 「たいへんに残念!ですが!単走決勝戦は明日!切り替えてー?かませっ!だよなっ!?」 城本が笑顔でBGMのボリュームを上げた。 その笑顔もたいそう完成度の低い偽物だ。 親しくしていたぶん悔しい気持ちは集まった客たちの比ではない。 実力とは関係ないところで評価が下がるなんて、現代社会ではありがちな闇のほんの一幕である。 ことジェンダーに係る差別や偏見はセンシティブで、ありとあらゆる議論がされてもいまだ尽きず渦巻いているのだ。 テンションの上がる曲を繋ぎながら、城本の内界は靄がかかって先を見通せないでいた。 あんな、普段の様子とはかけ離れたガチギレを世間に晒して、そのくせ少し落ち着いたらスンとした表情をして、きっと、地獄の沙汰ほど落ち込んでいる。 それを周囲に気取らせないように振る舞うのだろうから、また必要以上に傷ついていくのだ。 恋人がそばにいて、なにか心のささえになればいいのだけれど、と思い、いや彼がそんな役に立つだろうか、と疑問も沸く。 「帰るとか言うなよ!?これからだろ!?ブチ上げてくぜっ!」 らしくなく乱雑な言葉遣いで拳を掲げ、満員のホールを煽り、BPMを速めていく。 つらい。 根拠なく、笑って帰ってくると信じていた。 なぜか、満足のいく結果をぶらさげて戻ってくると思っていた。 まさかメソメソと泣いてなどいないだろうが、それが逆に城本の想像を白黒に蝕んだ。 見たこともないはずの、感情を殺した半笑いが脳裏に浮かんで、たまらずに天井を仰いだ。 がむしゃらに低音域をブーストさせると、心のうちを知らぬ客たちは歓声を上げてまた踊り出す。 かき氷は買ったらすぐに戻らなければならないから後にする、征羽矢はあてもなくブラつきながらストレート横の巨大モニターでレースを見ていた。 「俺ってば、気が利くっつーか、かわいそーっつーか…」 あの豪胆な女が兄の前で泣いたりするとも思えないけれど、少なくとも自分が席を外したほうが素直に甘えられるかもしれない。 兄は殺すと言ったが、こうなってくると、あの、あの同乗走行に当選しハチロクの助手席に乗った男こそが許せない… 抱きついたとか周囲はざわついていたが、征羽矢と光世からはそこまでは見えなかった。 抱きついた? 勝手に? 俺たちに許可なく? アイドルの握手会なんかでは屈強なガードマン的なスタッフがいて当たり前だ、が、これはドリフトの大会だ、そこまで厳重に対選手警備を想定してはいない。 むしろレースクイーンのほうに手厚く視線を光らせているふうだった。 とうてい容赦する気にはなれないが、刺されたとか怪我がなくてよかったのか? 胃がムカムカとして、残りのレモンサワーを喉奥へと流し込んだ。 会場入口で、テロ対策だろう、手荷物検査はあったし、まさか刺されはしないとは思うが、なんなら例のストーカー野郎が来ている可能性だって大いにあり得るわけだ。 そう思いついてしまい、ついあたりを見渡す。 「…ほんっと…めんどくせーんだよ…」 兄の言う通り、どいつもこいつも殺してしまえばいいのか、と物騒な解決策が浮かぶ。 それか、囲ってしまえばいいのか。 両手のひらを広げて見つめる。 ゆっくりとまぶたを閉じ、思い描く。 緑の深い山、木々の間から覗く澄んだ青空、遠くで流れ落ちる滝の音、鳥の声、柔らかな風の感触、土の匂い。 大典太光世が主人を閉じ込めようとしたのか否か確信はない。 どんな神域なのかも知らない。 もし自分が、ソハヤノツルキの神域に戯れに主人を招き入れてしまったら、二度と外には出してやれない予感があった。 『…あるじ、もう、審神者なんて辞めちまえよ…あんなさ、あんなこと、毎晩さ、おかしいだろ…間違ってる…手を貸すから、ここから、去れよ…』 『ふふ、ソハヤさんは、わたしが、いないほうが、いいです?』 『ちがっ!…おれは…あんたが、心配ってーか…』 『わたしは、ソハヤさんが心配ですよ、そんな優しくて。わたしが去って、他の誰かがやってきて、同じことをしたら、どうしますか?』 『…っ、そ、それは…そうなんだけど…』 『わたしは、なんともないんですよ、これは、こういう契約ですし、これがわたしの仕事ですし、使命ですから。』 —---------------------- 〜28に続く〜
2026/01/27 22:23:01(ezhkqQ5g)
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