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hollyhocks occulted 18
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:空想・幻想小説
ルール: あなたの中で描いた空想、幻想小説を投稿してください
  
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1:hollyhocks occulted 18
投稿者:
ID:jitten
〜まえがき〜
⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠
—----------------------
「…どうした…?次に、行くか…?」
コキ、と首を傾げる仕草。
半瞬の間もなく、突如としてバケツをひっくり返したような雨が降り出した。
いちど空へ視線をやり、戻すと、そこは。
薄暗く、埃臭い、物置部屋?
ひんやりとした空気に、背中の汗が凍りつく。
ハッと気づくと、喉まわりにぐるりと深紅の縄が巻きついていた。
腕にも、脚にも、蜘蛛の巣のように。
狙いすましたかのごとく、衣服は蝶の柄の浴衣に変わっている。
なんとなく手を見ると、存外気に入っていたネイルの先がわずかに欠けていた。
現実。
夢?
催眠と自分が言った。
妄想?
吐き気がこみ上げる。
狂ってしまうほどに、現実。
ぐい、と縄が引かれ、自由がますますもって奪われる。
膝立ちの姿勢で、頭だけでなんとか振り向くと、光世が陰々滅々とした面持ちで立っていた。
今度は派手な装飾のグレーのジャケットを着ている。
「…人間が、どうしたら、死ぬのか…よく、わからん…」
そう呟いて、ぬるり、と、かたわらの刀を抜いた。
キレイだな…
女の思索があらぬ方へ飛ぶ。
藍のような、銀のような、言いようのない輝きが反射して土壁を照らした。
「…頸をはねるのは容易い、が…それでは…」
ブォンッ。
刀身を翻して振り下ろす。
「…疼痛刺激だけでは…死なない、と。だが、それは心拍数を増やし、血圧…血糖値を、上昇、させる…」
背後から、首筋に刃が当てられ、動けない。
「…あんたは、理屈…理論、統計…そんな話ばかり…」
かすかに刃が食い込んで、生ぬるい血が流れ出した。
たったの一声も発することが、できない。
「…それは、出血を伴う症状に対する…防御反応…哀れだな…命を守ろうとする、反応で、死ぬとは…」
光世の体が、女の背中に寄せられた。
左手が、血液の染みた襟元から肌を侵し、乳房を揉みしだく。
ふっと刃が離れ、気が緩んだ、その背を、光世が踏みつけにする。
縄が、びいん、と張り、喉に食い込んだ。
「…ぐ、が…っ!」
女は可動領域の狭い手足をバタつかせ、白目をむき呻く。
まさに、巣にかかった、蝶…
光世の唇が弧を描く…
うっそりとした、官能的な笑み。
女の身体に左足で体重を乗せながら、右の膝で女の右手首を押さえ込む。
「…少しずつ、いこう…」
ごく自然な動作で短く振り抜かれた刀が、その、小指を、切断した。
まるで、スプーンにへばりついたジャムを、瓶の口でトントンと叩き落とすような、そんな休日の朝のような、軽い所作だった。
混凝土の床を、指だったものが転がっていく。
「ゔぁ゙ぁ゙ッ!…だッ、は…い…ッ!」
激痛に頭の中が締め付けられる。
世の中の反社会勢力と呼ばれる者たちはわざわざこんな苦痛を味わって組織を構成しているのか、と、また場違いな感想が脳裏に浮かんで消えた。
腕全体が痺れている。
熱い。
脂汗が滲み出る。
思ったよりも出血は少なく、生白い骨が肉の間から覗いている。
腹筋に異様に力が入り、ひきつけを起こしたように小刻みに震えている。
「…いつかも、こんな嬌声を、聞いたな…」
急にノスタルジックな遠い目をして、光世が言った。
ぐい、と浴衣の裾を捲り上げ、女の脚を割り開く。
もはや封じておらずとも、女の身体は崩れ落ちて、轢かれた蛙がごとく両手両足を広げた姿で打ち捨てられている。
四肢の動きを阻止する赤い縄がどこへつながっているのか、何の力によって引かれているのか認識できない。
ただ女の身じろぎに合わせてギシギシと軋み、抵抗する気力を削り取った。
光世は、女の化学繊維の下着を引き裂き、無惨に晒された茂みの奥へと押し入った。
「…痛みが、強いと…いいな、いい…」
甘くとろける低い声。
次は光世の左手が女の左手首を掴む。
おぞましい予感に、女は拳をぎゅっと握り込んだ。
「…そうか…ならば…」
ストン。
尺骨頭の少し先で、鮮やかに、切り落とされる。
ゴトリ、と、拳の形をした肉片が落下して辺りを赤く染めた。
「づ、がッ…ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッぁぁ゙ぁ゙…」
さすがに血が勢いよくあふれ出した。
ドラマやアニメでよく見るかわいらしい黄色い悲鳴なんて上がらない。
内臓の底の底から捻り出す野太い咆哮だ。
「…少しずつにしよう、と、だから、言ったんだ…かわいそうに…」
腰を強く押しつけ狭い奥を抉る。
肉の内壁は先ほどまでよりも更にきつく締め付けてくる。
「…失血が多くて、死ぬのは、よほど辛い…かもしれんな…」
光世の形に膨らんだ下腹部を外側から優しく撫で回すと、叫び声の端にねばっこい喘ぎが混じる。
光世は呆れていた。
一般的に人間というのは痛みにひどく弱いはずである。
拷問と同列の責め口に、性的快感を拾うこの女の精神状態と痛覚はまともじゃない。
泡立ったよだれをまき散らし、まぶたは見開かれ、心拍は限界までリズムを速めている。
「…さて、足を、やろうか…」
下半身をみっちりとつなげたまま、腰を半分ほどひねり、ひゅん、と刀を振り下ろすと、宣言通りに、ふくらはぎの下あたりに刃が突き刺さった。
日々のトレーニングの成果か、筋肉が断裂を食い止めてしまったのだ。
「ッご…ぁ゙…ぁ゙ッ…ぁ゙ぁ゙…」
残った4つの爪を床に立てて、ガリガリと引っ掻く。
ひゅうひゅうと喉が鳴る。
女の肉は思い切りよく輪切りにされるよりも激しく血をほとばしらせ、真っ赤な海がいっそう広がった。
「…ああ…気持ちがいいな…どうだ?死にそうか…?」
蠢く胎内を何度も突き犯し、荒らしていく。
傷口ははじめは熱く焼けるようだったが、時間が経つにつれて体温を失っていった。
疼痛刺激で死ぬことはない…
というのは、医学的研究でいまだ根拠が定まっていない、というだけのこと。
血圧と血糖値の話を光世にしたのは、かつての自分自身だっただろうか。
光世は、さきよりも腕を高く掲げ振り幅を大きく確保したうえで、もう一度、きらめく刀身を打ち下ろした。

手も足も損傷はない。
一面の雪景色の中を、激しい吹雪の中を、裸足で走っている。
どちらが前でどちらが後ろか、空はどちらで地面がどちらか、なにもかも分からなくなるほどに、木の一本もはえていない、稜線の端も見えない。
振り向くのが恐ろしく、ただ左右の足を順番に踏み出すだけだ。
鼻水が垂れては凍り、顔面の感覚はいつからないのかもう覚えていない。
いつから走っている?
もう覚えていない?
そんなに長く?
なにも理解できない。
耳は真っ赤に腫れ上がり、ぼあぼあと聞こえないはずの音を拾っている。
千切れそうだ。
まつ毛も眉毛も凍りつき、唇はひび割れていた。
自身が吐く息だけがわずかに熱を含んではいるが、それも頼りなく、いつ消えるかも予測できない。
雪と低温の恐怖を、北国出身の女はよく知っていた。
こんな薄布の襦袢1枚引っかけただけの格好で出歩くなんて自殺行為だ。
自殺行為。
そうだ、殺してくれと、自分が望んだのに、また、必死に逃げている。
なにから?
なにも、なにも分からない…
足は止めず、おそるおそる振り返る。
赤い足跡が点々と一直線に連なっているのが見えた。
視線を落とすと、足の裏の皮膚は霜焼けて擦り切れ、血が滲んでいる。
細い指はパンパンに膨れ上がり、すでに痛みは感じない。
昼なのか夜なのかも判別できないくらいに降り注ぐ大量の雪。
どこまで走れば許されるというのか。
突如として、後ろから肩を掴まれる。
あっと思う暇もなく、突き飛ばされ、じゃりじゃりとかき氷のような目の粗い雪の中に押し倒される。
後頭部を強く押さえつけられ、鼻と口の中に雪が押し込まれていく。
息が、できない。
寒い。
轟々と風が鳴いている。
体は芯まで冷えて石になってしまったように動かない。
何者かの手は温かく、力まかせに捕らえられた箇所から凍った筋肉が解けていく。
着衣は簡単にむしり取られ、深く積もった雪の中に投げ出された。
冷たい風が刃物のように肌を切りつける。
そこへ、なんとも心地よい体温が重なってくるのだ。
たとえこれから手酷く犯されるのだとしても、その温度を求めて身を寄せてしまう。
求めてしまう。
自ずから腰を突き上げ、触れに行ってしまう。
その誰かは、さきに乱暴に突き倒したときの所作とは裏腹に、柔らかく女の身体を抱きすくめた。
ただ顔面は雪に溺れ、脳への酸素の供給はままならない。
低体温に抗ってガタガタと震える背中へとのしかかって、猛り立ったものを女の唯一熱く滾る体内へと無遠慮にねじ込んだ。

「…っ、はッ…ぁ…はぁッ、はぁッ…」
息が荒ぶる。
雪原などどこにもない。
学校の給食室のような、広い調理場だ。
部屋の真ん中に据えられたテーブルにつっぷした状態で眠っていたのだ。
最悪な夢を見ていた気がする。
テーブルの上のレジ袋にはカレールーの箱が入っている。
流水の音が響いて、女はようやく重い頭を持ち上げた。
見慣れた後ろ姿は、流しで野菜を洗っているようだ。
ヘアバンドをした長い髪、黒のロンTを腕まくりしていて、青鼠色のジャージを腰に巻いている。
きゅ、という音とともに水が止まり、穏やかな低い声が問うた。
「…疲れたか…?」
女は無言で頭を振った。
「…気が、済んだか…?」
光世が、ゆっくりと振り向いた。
首に巻いた手ぬぐいで丁寧に両手を拭いた。
赤く揺れる目は、なんとも悲しげに潤んでいる。
嬉々として女の肉を切り裂いていた人物と同一とは思えない。
「…ああ、米は、炊いたんだが…いまいち勝手が分からなくてな…かれーくらいなら、と。野菜は、納屋にあるしな…歌仙がいないと…俺には、とても…」
女はぎしぎしと痛む背すじを伸ばした。
どこも怪我してはいない。
ぞっとする。
とんでもないシステムだ。
何度でも、拷問を始めからやり直せる。
光世の匙加減ひとつで完全体へ修復され、何度でも、同じ苦痛を与え続けることができるのだ。
悪魔…いや…神の所業である。
「…じゃがいもを剥くのは、苦手なんだ…頼めるか…?」
女はのろのろと立ち上がった。
包丁を手にした光世が恐ろしくはあったが、とくに悶着なくじゃがいもの入った手箕を渡された。
それを受け取り、足元の開き戸からもう1本包丁を取り出した。
そこに包丁があるということを知っていた。
朦朧としたまま、皮を剥いていく。
ゴツゴツとしていて、土の匂いがした。
「…まだ…やるか…?」
光世は玉ねぎを剥ぎながら言った。

軽くトーストしたバゲットをちぎり、皿にたまったオイルを染み込ませて齧った。
予想通り、完璧なマリアージュ。
ふと、思い出したように城本が言った。
「それに、ソハヤくん覚えてないだろ?『あるじ』…」
「…っ!な…っ、」
征羽矢が目に見えて狼狽する。
警戒しているのか姿勢を変えて距離を取る。
城本と売り言葉に買い言葉で口争った際に、無意識にぽろりとこぼしたことは、征羽矢の記憶からはとっくに消えていた。
「そう呼んだよ、てんちゃんのこと。なんなん?なんで、てんちゃんに追陪すんの?」
「ツイバイ…」
聞き慣れない単語を、つい復唱する。
思い巡り、悩む、話したところで嘘だと一蹴されるか、狂ってると気味悪がられるに違いない…
「主従関係があるようには見えないけど?どう?そっちが答える番。」
迷いの生じた征羽矢へ、城本が畳み掛けた。
城本が女を抱いたことについては当然怒り心頭ではあるが、残念ながら済んだことだ、今さらなくなりはしない。
女だって、まあ、トラウマとかしがらみとかその場の勢いとか、いろいろ言い訳がありはするだろうが、あの暴力クソ野郎とハードな根性焼きプレイをしたり、若菜とレズセックスしたり、勝手にやっている。
どうせ城本に色目…は、たぶん使っていないと思うが、誘惑…も、たぶんしてはいないだろうが、例のなんともいえない物欲しそうな顔でもして見せたに違いない。
征羽矢がどれだけ躍起になって罵っても、本人は痛くも痒くもない、といった風だ。
昨夜、光世が征羽矢に言った、被害者、の字面がまた思い起こされる。
城本も、そう、なのかもしれない。
「…城本サンて、占いとかオバケとかUFOとか、前世、とか、信じる派?」
征羽矢も真顔のままバゲットを手に取った。
サシで飲むのは初めてだし、酒の席で征羽矢がにこにこしていないのも珍しい。
兄や他のスタッフがいるときの、ごくナチュラルな、あれはきっと、外面、作り笑い。
誰にでもフレンドリーに接するその素顔は、その笑みをバリアにして一線を踏み越えさせない、仮面だったのだ。
城本は大仰に腕を組んだ。
「ロマンがあっていいなって思う派。」
本音だ。
占いは、良いときは都合よく信じればよくて、悪ければアホらしいと笑い飛ばせばいい。
幽霊も未確認飛行物体も宇宙人も見たことがないし、前世の記憶もない。
でも、子どものころに夢中になったオカルト雑誌、超能力者や心霊写真のテレビ特番、SF味の強い映画やファンタジー小説、異世界転生モノのアニメ、それらが、ピュアな少年に希望と想像力を与えてくれていたことは事実だ。
男とは何歳になってもロマンに憧れる生き物だろう。
征羽矢が口をつぐんでせわしなく視線をそわそわとさせている。
「なんだよ、話しなよ、バカにしたりしないよ?」
しばしの沈黙。
征羽矢が、気まずそうに、上目遣いで城本を睨みつけた。
「…俺、俺たち、刀の生まれ変わりなんすよ。」
…カタナ…?
カタナって…
なんだったっけ…?
「…?カタナって、あの、切る、刀?」
「ほらぁ!ぜんぜん信じてないじゃないっすかぁ!」
征羽矢は、歯を、いーっと見せて、それから悔しそうにカウンターテーブルに突っ伏した。
城本はというと、一瞬、ぽかんと口を開いて、目は点になる。
が、すぐに首をブルブルと振った。
組んでいた腕をほどき肘をついて、右の手のひらを喉元に当てた。
ごくり、と固唾を飲み込むと、喉仏がゆっくりと上下する。
「いやいやいやいや…信じるよ?ソハヤくんてそんなしょーもない嘘つかないだろっては思うよ?ちょ、反応に困ったってか…」
なんとか情報を整理したいのだが、なんだ、刀の生まれ変わりって。
意味が分からない。
「ほらぁ!ドン引きじゃないっすかぁ!」
けっして引いてるわけじゃない、ただ、道理が、会得できないだけだ。
それをうまく言語化することも難しい。
「いや、だってよ?刀って生き物じゃないじゃん、生まれ変わるって概念なくない?」
拙い言葉の羅列で、果たして伝わるのか、疑わしい。
征羽矢は、テーブルに投げ出した腕に額をのせたまま、少し顔を傾けて城本を見上げる。
「厳密にゆーと…なぁ、これ、話してい?すげーイタイ奴だともってね?」
戸惑いと憂慮を含んだ声で、縋り付くように尋ねられて、城本は短くため息をついた。
「…いったん飲み込むのに時間かかりそうだけど、一応聞こうか。」

かまどの焚き口に突っ込んでいた火箸を手にした。
米はすでに炊きあがっており、火は燻って、奥の方でチロチロと小さく揺れている。
じゃがいもの芽を包丁のあごでほじくり返していた女は、横目で光世の動作をなんとなく見ていた。
が、察する。
じゃがいもが手から離れてまな板の上を転がり、さらに床へと落下してボトンと音を立てた。
静かに包丁を置き、じり、と後ずさる。
赤く焼けた火箸を握りしめて、光世は振り向いた。
それと同じ色の瞳。
女は、ぎくしゃくと身を後方へと翻し、もつれる足で逃げる。
廊下へと続くはずの厨の扉にしがみついて力いっぱいに引くが、ぴくりとも動かない。
「…開けて…!だ、誰か…!」
ドンドンと激しく何度も叩くのだが、どうも、振動のひとつもしない。
一般的な物理法則に反している。
「…そこから、先は、作っていない…」
光世がぼそぼそと言った。
作っていない。
舞台のセットについて語るように、たんたんと。
「…誰か、か。」
ふ、と、柔らかい笑みをたたえ、一歩一歩、迫ってくる。
視界の端に勝手口のドアをとらえ、女はまた床を蹴った。
アルミのノブに飛びつき、ガチャガチャと回そうとするが、悲しくも、そこにも救いはなかった。
「…た、すけて…!」
開かぬ木の板に背中を貼り付けて、近づいてくる光世と対峙する。
「…やめ、やめて…だめ、やっぱり、だめです、やめて…!」
語彙力は失われ、同じ言葉を力なく繰り返すしかできない。
光世が身体を折り曲げて、女の頬をそっと撫でた。
唇が触れそうな距離で、脳が痺れるほどの官能的な声で、囁いた。
「…愛してる…」
ゴツゴツとした手からは、今しがたまで触っていた生の玉ねぎの、つんと酸っぱい香りがしている。
じゅッ。
鈍く不快な音とともに、たんぱく質の焦げる匂いが立ちこめた。
焼けた火箸は、半袖のTシャツから伸びた、少し日焼けした二の腕の肌へと押し付けられている。
「っ…!ぁ゙…ッ…」
さきからいったい何度目の激痛だろうか、もう、数えることも諦めた、これが、自身が望んだ地獄…

「厳密にゆーと、その刀も現存してるから生まれ変わりってのも違くて…ツクモガミって知ってます?」
あまり顔色は変わらないが、実のところ征羽矢も酔っていた。
強い洋酒を飲むときはだいたいソーダ割りにする。
それが今夜は城本が強制的にロックグラスを手渡してきたのだ。
それもまた策略。
普段パキパキとしている快活な声は、少し鼻にかかっていて、蜜を含んだような音が混じっている。
伊達にDJを名乗っているわけじゃない、耳は良い。
城本は心の中で、このままこっちのペースに引きずり込んでやる、とほくそ笑んだ。
「民間信仰の神か、大切に使い古された道具とかに宿るってやつだな。実に日本的なアニミズムの表れだな。」
「…あにみ…?そーゆーのはよく知らねーけど、それなんすわ、ソハヤノツルキって検索しち?」
スマホを取り出して、タタタ、と指を滑らせる。
なんでも手軽に調べることができる時代になって、本を読まなくなった。
ニュースや新聞なんかのメディアの発する情報は信憑性に欠け、そのくせSNSの中に散らばっている嘘くさいストーリーに躍らされる。
征羽矢が口にしたその刀の名前は聞いたことがなかったが、ネット上のフリー百科事典で明らかにされているくらいのあれやこれやを読んだ程度で、生まれ変わりなどと非現実的なことをのたまう青年になにか反論できるとも思わない。
次の休日に市立図書館へ行く予定を、頭のスケジュール帳に書き入れる。
「…平安時代に坂上田村麻呂が愛用したと伝わる刀剣…後世、刀工三池光世が…三池光世!?て!?」
とつとつと音読していたのだが、聞き覚えのある氏名に思わず途中で声を上げた。
征羽矢は、ふにゃ、と相好を崩した。
城本の大げさなリアクションが狙い通りで、してやったり、といった様子だ。
「や、今んとこただのどーせーどーめー。血縁ではねーんすよ、たぶん、で、」
城本が手をパッと開いて見せて、征羽矢の台詞を遮った。
「待った、続き読むから…えっと、三池光世が制作したと伝わる太刀もその名で知られる…ん?同じ名前の刀が2つあるってことか?…この太刀は徳川家康が所持し、死後霊刀として葬られ…久能山東照宮に納められている…」
「その、後に作られたほう、俺。ソハヤノツルキウツスナリ。それのツクモガミ。」
自分のほうを人さし指で、くいくい、と指してニヤついている。
いかにも陽キャなジェスチャーで、ここが前世やら付喪神やらについて議論している場ということを忘れそうになる。
城本は混乱しながらも腰に手を当てて頷いた。
「…信じるよ、信じよう…ただ、可能性としては、ソハヤくんの親、名付けに関わった親族、刀剣に関わる歴史学者とか、そこまでいかなくても刀剣ファンとか…そうじゃなくても、国宝マニアとか…歴史の教諭とか…」
「まーな、それがいっちゃんありそーなハナシっすよね。」
征羽矢は頬を膨らませて眉間にシワを寄せた。
「…じゃ、ミツヨさんは、その刀工の生まれ変わりってことか?」
征羽矢が言う内容を全部受け入れたわけじゃないが、とりあえず、そういうことも世の中にはあるかもしれないと仮定して話を進めるほかない。
「んにゃ、兄弟は、オオデンタミツヨの付喪神。」
オオデンタ、と、征羽矢の言葉を繰り返し呟き、またスマホの液晶に視線を落とした。
親指がすいすいと走る。
「…足利尊氏の愛刀の…その後前田利家に贈られ、唐櫃に収納され注連が張られた…病人の枕元に置くと病が治る…切れ味を試すために山田浅右衛門吉睦によって試し斬りが行われた…」
城本が読み上げるのをじっと聞いていた征羽矢が、俯いて目を細めた。
「…厨二病とか言うっしょ?」
だれも信じるはずがない、と決めつけたような、自嘲。
城本は、いよいよ残りのウイスキーを勢いよくあおり飲み下した。
酔ってでもいないとやっていられない!
「…言わないよ…妄想にしちゃ具体的過ぎるし、ソハヤくんが日本史や文化方面に造詣があるとも思えないし。」
「…さりげにディスってね?」
そうなのだ、征羽矢はとても聡明であり、周りの状況に合わせて自分の身の振り方を調整できる、頭の回転も速い。
てきとーだし、とか、ちょっとやってみただけ、とか言って、大雑把でぞんざいなムーブをしがちだが、実際は思慮深く慎重…
もとい、疑り深く、警戒心が強い…
とはいえ、それは、リテラシーやインテリジェンスがあるという意味での教養が深いとは方向性が違う。
そんな征羽矢から、日本の重要な文化財や歴史に係る単語がすらすらと出てくることが、まず不思議でならない。
ふと、新たな疑問が浮かぶ。
そろそろ自分が答えるターンなんだけどな、気づいてないっぽいから黙っておこう、と城本は、また問いを投げた。
「…じゃ、『あるじ』は、誰なんだ?徳川家康ってわけじゃないんだろ?」
なんとなく徳川家康のイメージは、学生の時に見た社会科の歴史資料集のイラスト、あのでっぷりとした貫禄のある爺さん、である。
いくら生まれ変わりだと言っても、もしそうだとしたらちょっとショックが大きい。
城本が微妙な表情をしていたに違いない、征羽矢は面白がっているようだ。
「あー…徳川家康は俺の元主で、えーと、ツクモガミとして顕現したときの主が、てんちゃん。」
「?…ケンゲン?どういう意味だ?」
城本は今度は怪訝な顔をした。
馴染みのない二字熟語である。
「え?そんな改めて聞かれるとわっかんねーな…人の形の姿を与えられたって感じかな?」
なるほど、つまり、ぜんぜん分からない!
徳川家康が所有していた刀は、いつどこで『あるじ』の手に渡ったんだ?
「…待てよ、てんちゃんは『あるじ』の生まれ変わりなのか?」
「んー、てんちゃんは、主、本人だともう。覚えてないっぽいけど。」
征羽矢の説明が穴だらけなのは、おそらくわざとではない。
彼にとっては、実際にあった出来事、過去の思い出のひとつなのだ、他人に解説することを想定していない。
「…まったく、理解できない。なんで、かたや本人で、かたや生まれ変わりになるんだよ、『あるじ』が長命種ってこと?エルフ的な?」
「ちがうちがう、あー、もー、めんどくせーな…とにかく、ここじゃない世界線で刀として所有されてたってこと。てんちゃんはフツーの人間だろ?知らねーけど。」
他の世界線という便利なワードで、時間軸、歴史的な人間関係など、だいたいの辻褄を合わせようとするのが腹立たしい。
「諦めんなよ、こっち把握できてねーのに。」
征羽矢には悪びれる様子もない。
やっと城本の空いたグラスに気づいて、ウイスキーを注ぐ。
「俺たちはさぁ、ずっと、ずぅーっ、っと、主を大切に想ってるんだ。ぽっと出のモブに掻っ攫われるわけにはいかねーんすよ。」
挙句の果てにモブ呼ばわりだ。
しかし明らかになったこともある。
執着、と何度も会話の中に登場させたその独特の感情が、忠誠心に近いものであるということ。
だが、それと肉欲をごっちゃにしているのはどうにもいただけないようにも思う。
新興宗教なんかで信者が教祖に激烈に焦がれるのに似ているのかもしれない。
どうせバスの始発まで帰れない。
とことん仲良くなってやろうじゃないのよ、と、ボトルを征羽矢のグラスに向けて傾けた。

「…俺は…永遠にこのままでも、たぶん、構わない…」
左手で女の手首を掴んで、かまどの前まで引きずってきた。
右手では火箸を焚き口で熱し直している。
女は光世の左手を剥がそうとじたばたと足掻いていた。
「離してっ!…もうやめてっ…!」
自由になる方の指先を、光世の手のひらと自身の手首の隙間にねじ込もうとするのだが、かなわない。
かなわないと知り、次は全身と体重を使って引き抜こうと、綱引きのように足を踏ん張った。
もちろんピクリとも動かない。
「…やめる?…このくらいじゃあ、まだまだ、死なないだろ…?」
ていねいに、火箸がしっかりと赤くうるんでいることを確認して、女のむき出しの首筋へと近づけた。
熱波が肌に反射して、汗が噴き出たけれど、それが高温に反応しての代謝なのか、状況による冷や汗なのか、区別がつかない。
「…に、二度熱傷では、死ねないんですよ…っ!」
声を発して喉が震えるだけで、その燃える金属が首の皮膚に張り付くのではないかという恐怖が襲う。
「…にど、ねっしょう?…そうなのか…不勉強で、すまない…」
光世は申し訳なさそうに眉を下げ、火箸を、肩口へと押しつけた。
「ん゛ぁ゙ァ゛ッ…い゛っ…ッ!」
女はガクリと膝をつく。
激しいやけどを負った箇所はずくずくと脈打ち、触れる空気が揺れ動くたびに突き刺すような痛みを伴った。
上半身の直立を保てず、どしゃりと床に崩れ落ちる。
そこでようやく光世は手を離し、満足気に女を見下ろした。
「…だが、あんた…あんたが、あんまり、愛らしくて…」
火箸の先でTシャツの裾をぺろり、とめくり、やや温度の下がったそれを、今度は臍の上に押し当てる。
「ん゛ぐッ…ぁ゙…は、は、は…」
かすれた悲鳴を吐き出す口は閉じられず、唾液が滝のようにあふれた。
「…ふむ…これでは、死なない、のか…」
新たな赤黒い傷跡を、ぐりぐりと力を込めたつま先で踏みつけにされ、女は飛びかけた意識を引きずり戻される。
「…ッ、が…」
熱い、痛い、苦しい、辛い、もう、やめてほしい、それか、終わりにしてほしい、死にたいとか殺してくれとか言ったことが間違っていた、神を、相手に。
「…まあ…死んでも、死ななくても…俺は、どちらでも…」
何度でも長い火箸を熱し直し、女の素肌のはだけた部分を順に焼いていく。
そのたびに女は疾呼した。
皮膚が破れて黄色っぽい体液が滲み出て、異様な酸気のある生臭い匂いが立ちのぼった。
「…ああ…とても…うい、な…では、犯すぞ…?」
古くさいパターンデザインのビニール素材の床に、ただれた皮膚が張り付いて、ますますグロテスクに剥がれていく。
組織液と膿とで薄まった血液が撒き散らされる。
光世は楽しそうにその汚れた床に膝をついて女の胴体に跨り、ジャージのズボンと肌着をずり下げた。
「…しかし、こんなに、濡らして…どうにも、あんた、狂ってると、自分でも思わないのか…?」
光世が女の中に押し入り、ゆっくりと腰を突き動かした。
「いや…やめて…痛い…痛いよ…」
女はなんとか意味のある言葉を紡ぐが、四肢はぐったりとして動かない。
されるがままに身体を揺らされる。
「…大丈夫だ、済んだら、元に戻してやる…少し、辛抱しろ…」
光世は、女の鎖骨のうえあたり、自身が焼いた箇所を、長い舌で、れろ、と舐め上げ、優しい声で囁いた。
頭痛。
頭が割れそうだ。
湿った舌で刳られた傷よりも、なぜか額の奥が爆発しそうに疼いている。
二度熱傷では死なないと言ったのも、それも、ただの統計。
このままいけば、脳内の血管がブチ切れてくれるかもしれないなぁ、と、期待も高まる。
はやく、おわりにして…

スパイシーかつ華やかな香りで正気に戻る。
コト、とカレー皿を目の前に置かれて、顔を上げると、光世が仏頂面で対面に座った。
瞳はうっすら赤みがかってはいるが、深い黒曜石色で。
ここは、食堂だ。
一般的な会社勤めはしたことがないが、いわゆる社員食堂とか、あるいは、少年自然の家みたいな簡素な公共施設にありそうな、無機質な空間で、クロスもかかっていない木製のシンプルな長机に、脚の錆びたパイプ椅子。
当たり前に無傷だ。
「…ちょっと、思ってたのと違うっていうか…こう、死ぬまでの過程を、楽しみたいわけじゃ、ないんですよ…人生を、終わりにしたいだけ…なんですよね…」
差し出されたスプーンと水の入ったコップを受け取りながら、女は苦々しくつぶやいた。
かすかに頭痛が残ってはいる。
光世が珍しくびっくりした表情をした。
「…あんた…普通は…精神、崩壊、するころ、だぞ…?」
いただきます、と両手を合わせて、ごはんとルーを半分ずつスプーンで掬う。
野菜はなんとも大胆な大きさだが、懐かしい感じがして心がほっとほどけた。
口に入れると、中辛くらいの加減で食欲が刺激される。
おなか、すいてたんだな、と、急に思い出した。
人は空腹になると希死念慮が強まるというのは、ありがちな話だ。
「だって、もとはわたしが頼んだことですし、被虐趣味については、よくご存知でしょう?」
慣れないバーボンですこぶる酔っ払っていたし、征羽矢が愛だとか恋だとか言うから面倒になって、昔や最近のつまらないことなんか思い出したりして、それで口走っただけだ。
「…で、どうなんだ…?まだ、死にたいと、願うか…?」
そう、死にたいなんて、つい、口走った、だけ。
「…や、しょーじき、もう、いいですね、一生分死にましたし、来週から新規アニメ見たいやつ始まりますし、U12納車されますし。」
一生分死んだ、のパワーワードも、突っ込み役がいないので放置される。
「…アニメや、車、以下か、俺は…」
光世が、大きな口を開けて、あむ、とカレーライスを頬張った。
不満そうではある。
女も黙々とスプーンを動かしている。
人参を、ひょい、と光世の皿へと投げ込んだ。
「…カレーの人参は、いけると、言ったじゃないか…」
「でっかいんですもん…ん?その話、しましたっけ?」
「…前に、な…」
光世は肩をすくめて、その人参を口に放り込んだ。
女はそれを見て、次々と人参のかけらを移動させていく。
「歌仙さんはもっと小さく切るし…って、あれ?なんだこれ…?」
自分の発した台詞に驚いて、思わず左手の指先で唇に触れた。
急に口をついて出た名前に覚えはない。
光世もスプーンを持ったまま固まっていたが、ひとつ息をついて会話をつなげた。
「…歌仙は、あんたに、甘いからな…」
かせん…誰なんだろう、知らない名前だが、どことなく、郷愁にかられる、響き。
「…なにか、思い出した、か…?」

「なにか、思い出したか?」
昨月のカレンダーの裏にサインペンを走らせる。
征羽矢のとりとめのない話はパズルのようで、整理しながらでないと仮に飲み込むことさえ困難だ。
主と呼ばれる『審神者』という立場の人間の拠点は、なんと西暦でいうところの2205年に存在する『本丸』であるという。
刀剣本体から付喪神を呼び出すのではなく、呼び出した付喪神が刀剣本体を所持しているスタイルのようだ。
城本は黒魔術で行われる悪魔の召喚をイメージしているが、それが正しいとは思ってはいない。
ソハヤノツルキや大典太光世の他にも、100を超える刀の神、『刀剣男士』が共に生活していて、歴史を変えようと企む『歴史修正主義者』が送り込む『時間遡行軍』という敵を殲滅する任務に当たっているらしい。
城本のトゲトゲとした右上がりの字が並んでいく。
「思い出すもなにも…けっきょく何を、知りたいんすか?」
「言ったろ、興味があるんだよ、オカルト趣味と思ってくれていいよ。」
いつの間にかウイスキーのボトルは空になっていて、征羽矢の手の中のグラスの氷は溶けて水になっている。
城本もらしくなく酔ってはいた。
でなければこんなファンタジーを本気で真に受けたりするものか!
「しかし主従の忠誠心を恋心とごっちゃにするのはどうなんだ?」
さきに脳内でモノローグ再生した、肉欲、という言葉はオブラートに包んだ。
「そーだな…兄弟に関しては、半年くれーか?第一部隊入ってたから…その、なんだ…たぶん、毎晩…同衾してた、から…」
征羽矢がモゴモゴと言い淀む。
「どーきん!いいかた!」
城本が茶化すように声を上げたが、まさに、征羽矢がソハヤノツルキでなければ、そんな特異な単語は出てくるまい。
「そういう、しきたり!てんちゃ、じゃなかった、主とヤらねーと、手入れだけじゃ、気力が戻らねー仕様なんだよ…」
「…気力っていうのが、つまるところライフゲージとは別に設定された体力ゲージってところか。『手入れ』ってのがライフゲージ回復って感じで、なるほど。」
かの女ほどではないが、城本も人並みにゲームを嗜んできた、世代である。
例えはおよそこれで正解だろう。
一方で征羽矢はいまいちピンときていない風で、首を傾げた。
この容姿と性格だ、ゲームなんてきっと縁遠かったに違いない、陽キャめ、と、また城本は胸の内で毒づいた。
「…『審神者』の役割は、最終、なんなんだ?刀の神たちの指揮を執ることじゃないな?それなら、例の、なんだっけ、ああ、そう、『政府』がすればいい。」
カレンダーの裏紙の上の方に書いた『時の政府』の文字を、ぐる、とペンで丸く囲った。
征羽矢は城本の手からそのペンを奪って、『審神者』の下の『霊力』に波線のアンダーラインを引いた。
「時の政府にはそんな霊力ある奴いねーんだろ、役所だからな。」
「…『審神者』に『顕現』だけさせて、タクティカルな作業はできるだろ?」
征羽矢はあからさまに嫌そうな顔をする。
よほど『時の政府』は『刀剣男士』たちに嫌われているらしい。
「政府の言う事なんか俺たちだれも聞きゃしねーよ。それに、どっちにしろ手入れは主じゃねーと。」
「そこだな、『顕現』と、『手入れ』と、気力回復のための夜伽…ぶっちゃけそれがメインだろ、生贄じゃん。」
征羽矢は、ハッとして、息を呑んだ。
「…生贄…」
その沈痛な呟きに、城本は、しまった、と発言を悔いた。
『審神者』にそんな生活をさせていたのは、征羽矢と同一のソハヤノツルキを含む『刀剣男士』たちなのだ。
敵と戦って目減りした気力を補填するために、慣習的に、夜な夜な、あの女を、貪っていた…
たとえ『審神者』の意思であろうと、年相応の女性が、毎晩、複数の、男の身体を、迎え入れていた…
なかなかにむごい世故だが、『刀剣男士』たちにとってはそんな意図はないのだ。
腹が減ったら食事をする、喉が渇いたら水を飲む、気力が失せれば、女体を暴くだけ…
そして征羽矢の脳裏に、一気に、フラッシュバックする、映画のフィルムが巻き戻るように。

『もうやめろよ!そんなやりかた…死んじまう!』
『人の子とてそう簡単に死にはしないさ、加減はしてるしな。』
『お優しいですなぁ、まるで人間同士みたいに共感するやないですか?』
『…あんたたちだって、心、あるだろ!?』
『心、なぁ、正直よく分かんねーよな、それに主だってちょっと悦んでるからな。』
『俺たちにばかり突っかかるのはお門違いじゃないのかい?あんたの兄弟のほうが、よっぽど鬼畜だぜ?』
『…っ!それは…』
『よくあそこまで振り切れるよ、ぶっ飛んでるね、さすがは天下五剣様、か。』
『ほぉんと、加虐趣味なんてえらい洒落てますなぁ、さすがは天下五剣様やわ。』
『ほら、兄貴が済んだぜ?あんたの番だ、別に、こんなふうにしろなんて言わねーよ、あんたはあんたで優しく抱いてやればいいだろ?』
『…主!大事ないか?傷が…』
『…兄弟…あまりいい子ぶるなよ…』
『兄弟!やり過ぎだ!もう離せよ!主、ゆっくり息を…!』
『ははっ、本当に慈悲深いやつだな、それとも人間風情におべっかかい?』
『ふは、はははっ!おもしれーのな!』
『…兄弟、俺たちの、好きにしていいんだ、そういう、契約だろう…?』
『…そんなん!理性が許さねーよ!』
『…理性、か…だがな、俺たちは、これの代わりに命を、賭している…これは、その、対価でもある、のでは、ないか…』

征羽矢が、ガバっと手のひらで口を押さえて立ち上がり、トイレへと駆け込んで行った。
さすがに飲み過ぎたか?
急に黙りこくって、顔色がみるみるうちに青白くなっていくのを、城本は見た。
しばらく手持ち無沙汰に待っていたが、水を流す音が聞こえてくるが、なかなか戻ってこない。
「ソハヤくん、だいじょぶ?」
ドアをノックする。
征羽矢は中でなにか呻いている。
すっかり撃沈モードだ。
「開けるよ?肩かそっか?水は?飲む?」
便座に縋り付くようにうなだれて、なにかぶつぶつと独りごちていて、城本の声は届かない。
「俺は…あいつらとは違う…兄弟も、良くない、少し離れろ、部隊から外せよ、短刀脇差打刀で組めよ、誉がバラけるように…」
広くがっちりとした背中は淋しげに震えていた。

コップの底の結露が作った水の輪を、人さし指で、つい、つい、となぞり、形を変えて遊んでいるようだ。
この系統の意味もない手癖も見慣れた。
「ねぇ、ここって、本丸なんですか?」
「…神域とか、霊域とか、人間が、呼ぶところだ…あんたの、本丸を模しては、いる…」
ついさっきまで、自分でだって、こんなこと、できるとは、知らなかった、のだが、台詞は脳を介さず直接口から吐き出された。
今しゃべっているのは、どっちだ?
「へぇ!さっきの縁側とかキッチンもです?」
「…そう、だが…?」
「すっごい!ですね!ね、これ食べたら、お願いがあるんですけど!」
女が前のめりになってウキウキとした弾んだ声でねだった。
光世は眉を寄せる。
ほんの半刻前まで、自身を嬲り殺していた相手に能天気なことを!
隙だらけどころじゃない、ほとんど気が触れている。
「…嫌な予感しか、しないな…」
コップの水を飲む。
揺れる水面に情けない表情が映っていて、慌てて全てを飲み干した。
「ところで、ほんとに精神崩壊してたら、どうするつもりだったんですか?」
肘をついて顎の下で手を組んで、いたずらっぽく光世を見上げてくる。
気が、触れているというのは、こういうところだ!
「…ここで、このまま、暮らすのも、いいかと…」
嘘だった。
そこまで考えてなどいなかった。
女が思考を手放して廃人みたいになって、生命維持のための基本動作を失ったら、どうだろうか、永遠に近い時間を、女を生かすための手助けをしながら過ごすだろうか。
それとも、壊れた玩具には興味をなくしてしまうだろうか。
それとも。
「メンヘラすぎるーっ!」
光世の本音を鑑みもせず、女は無神経にケラケラと笑った。
「…」
呆れて言葉も出ない。
「てか!こんなことできるなんて、ガチで神さまなんですね…無敵じゃないですか。」
そう言って、女はキョロキョロと食堂を見渡した。
なんなら光世よりも順応が速いかもしれない。
光世は大典太光世と交錯しながら思惟と心機と経験を共有していたから、驚きとか戸惑いとかとは違うが、それでもそのことわりについて情感を乱してはいたのに。
「…今あんたと、話しているのは、俺だ…が、あんたを、連れてきて…その…なんだ…したのは、たぶん…」
ごにょごにょと歯切れ悪く、語尾は掠れて聞こえなくなる。
代わりに、女が続けた。
「大典太光世さん?」
そうなのだが、はっきりと断言れると、信じられなくなる、全部、夢か、妄想なんじゃないか?
白い陶器のカレー皿を触ると、少しひんやりとしている。
いつもの、コンクリートうちっぱなしの壁の、必要なものだけを詰め込んだあの防音の部屋で、硬いパイプベッドに敷いたくたびれた布団の中で、眠っているだけで、目が覚めたら朝というか昼で、向こうのベッドでは弟が寝ていて、あわよくば、女もいて、コーヒーを淹れてくれたり、する、そんな当たり前の1日が始まるんじゃないか?
「…説明が、難しいんだが…」
だが景色は変わらない。
兆しもない。
女は、スプーンの柄の細くなっている部分を人さし指と親指で摘んで、ぐにゃぐにゃと振った。
くだらない。
だが目が離せない。
こういうところだよ…
光世は軽くため息をついた。
真剣に受け答えしているほうがバカみたいだ。
「ふーん、ま、どっちでもいいですよ。」
「…雑だな、あいかわらず…」
「大典太さんだって、わたしが死んでも死ななくてもどっちでもいいって、言ったじゃないですか。よっぽどそっちのが、雑ですよ。」
大典太さん、と自然に呼んだ、かつての本丸での一場面のように。
きゅう、と光世の胸が軋んだ。
「…なんで、あんた、そんなに、元気なんだよ…」
殺し甲斐があり過ぎる、と、大典太光世が光世の頭の中で面食らっている。
神の毒気を抜くとは恐れ入る。
「うーん、死にたいっていう欲求を満たしてもらったから、わりと充足しているといいますか。」
「…その矛盾は気にならない、のか…?」
それについては答えずに、女はスプーンを置いて両手をぱちん、と合わせた。
「ごちそうさまでした!とってもおいしかったです。やっぱりかまどで炊いたごはんは格別ですね。」
そのかまどで焼き殺されんばかりの拷問を受けたとは思えない感想だ。
光世もつられて手を合わせた。
胃が満たされたことで、女の鬱感情の体積が多少なりとも削られれば、いいのか?
この女を、殺したくないのか?
殺してやりたいのか?
このやり直しの効く世界で?
二度と元には戻せない現実世界で?
女が2人分のカレー皿を重ねて立ち上がり、奥が洗い場になっている暖簾のほうを見たので、光世はあたふたとした。
「そこから先は…」
「あっ、作ってない?です?」
さきの、自分がめちゃくちゃな暴力で辱められた記憶を、いとも簡単に引き出す。
この女の情緒はすでに死んでいる、心臓よりも先に、おそらく、かつての忌まわしい体験によって。
これを蘇生させないことには、色濃い希死念慮は拭えないだろう。
カウンセリングは、できない、何度でも、思い知らされる、己の、無力を。
「…置いておけよ、どうせ、変わる…」
そもそも洗うつもりがあるのならば、カレー皿を重ねるなよ…!
妙なところで潔癖と几帳面がぶつくさと文句を垂れ流すが、口をついて出る前になんとか飲み込んだ。
「ね、洗面所にしてくださいよ、歯みがきしたいです。」
あっけらかんとした女のもの言いに、光世はがっくりと肩を落とした。
「…そういう、便利な能力じゃないと思うんだが…」
真剣に、受け答えを、している自分が、まるでバカみたいだ!

「わはーっ、すご!おもしろっ!…これ、服は?」
女ははしゃいだ声を上げ、バレリーナのようにつま先でくるりと回転した。
競泳用品メーカーの裏メッシュ上下セットのジャージは、軽くてすぐ乾くのが気に入っていて、学生時代から何度も買い直しているお気に入りだ。
「…無意識だが…あんたが、着てたのを、なんとなく…」
現物の仔細な構造やデザインなどを理解していなくとも、思い出や染み付いたイメージの中にある、かつて実在したものは再現可能ということか?
女は思案する。
「小物大物は?」
タオル掛けにかかっている木綿の手ぬぐいを、ちょい、とつまみ上げ、鏡の前のカップに立っている新品のピンク色のハブラシのビニールを剥いた。
「…一般的なものなら…」
「雪の、外の世界も、ありましたよね?外にもできます?」
ハミガキ粉を、にゅ、と絞り出して、そのまま咥えた。
ハミガキ粉の成分など知り得ないはずだが、それはまごうことなきハミガキ粉であった。
仮説はおよそ正しそうだ。
「…限りは、あるが…見える範囲なら、おそらく…」
立て続けに問われるが、答えるすべはない。
その理論や理屈を突き詰めて考えたことなどないのだ。
当然だ、神が思いのままに創造するのに、手順をいちいち明文化したりしないだろう。
ぶくぶくと口を濯いで、すっかり、さっぱりした様子で、甘えたような似合わない顔をして、光世と視線を合わせた。
「じゃね、リクエスト。ツナギと、グローブとヘルメット、スニーカー。FRの車と、サーキット!」
光世は、自分も、と手に取ったハブラシを突っ込もうとした口をあんぐりと開けたまま、しばし固まる。
「…待て待て待て!そういう使い方を、するんじゃないんだよ…!」
なんなんだ、いったいどんな脳みそしてるんだ?
人間ってのはみんなこんなふうなのか?
神だぞ?
神の業だぞ?
俗に言う奇跡とか、そういう類いの神聖なものだ。
それを、児童向け王道アニメに出てくる未来の便利道具のように、実に大雑把に利用しようとする。
厚かましいといおうか、商魂たくましいといおうか。
「えー?でも、やろうと思えばできます?」
女は頬を膨らませて不服そうに光世を睨んだ。
「…できるかもしれんが…そもそも、えふあーるがなにか分からん…!」
思わず声も上ずる。
女は、ポン、と、芝居がかった動作で、一方の拳でもう片方の手のひらを叩いた。
「あ、そっか。前置きエンジン後輪駆動って意味ですよ。ハチかカリーナ出してくださいよ。」
「…出す、とかでは、ない…!」
困ったように眉間にシワを寄せて、光世は天井を見上げた。
-------------------------
〜19に続く〜
 
2025/10/11 07:32:01(JbllOV2z)
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