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hollyhocks occulted 16
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:空想・幻想小説
ルール: あなたの中で描いた空想、幻想小説を投稿してください
  
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1:hollyhocks occulted 16
投稿者:
ID:jitten
〜まえがきのまえがき〜
⚠エロないターンになってしまいました⚠元ネタ要素ちょっとずつ入れないとかなぁと模索した結果なので生暖かい目で見守ってくだちい⚠
〜まえがき〜
⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠
—----------------------
『刀解を。』
昨夜の睡眠時間も相変わらず足りていない。
さすがに少し眠くなってきた。
幻聴に苛まれる。
耳障りな声だ。
せっかく光世が心臓を揺らす心地よい音を創造しているというのに。
「ここで寝るなよな。」
カウンターテーブルに肘をついてこっくりこっくりと船を漕ぎ出した女の肩を叩いて、征羽矢が言った。
まったくもってそのとおりだ、ふらり、と立ち上がり、伝票を手に取る。「いーよ、そんな飲んでないし。」
それを乱暴に取り上げて、手招きする。
「ボロいソファしかないけど。」
「車いこうかと思ったんですけど…では、お言葉に、甘えて…」
明かりの消えたバックヤードの、硬めの革張りのソファに身体を横たえた。
「何時に起こす?」
「爆睡してたら放っておいていただいても。」
「おけ。締めるとき声かけるわ。おやすー。」
扉を閉めるとき、いちど振り向いた。
「…今朝は、ごめんな。」
逆光で、どんな顔をしているかは分からなかった。
光世が紡ぐ音楽の糸が布になり作品になり、眠ろうとする女の体から頭から全部を、毛布のように包む。

あらかた片付けを終えた征羽矢から経緯を聞き、光世はため息混じりに呟いた。
「…それで、こんなところで…?」
「星野サンの前だし、部屋にって言ったらまた面倒なことになるだろ?それに俺も手が離せなかったんだよ!」
腕まくりしていたシャツの袖を直しながら、征羽矢が言う。
それを言い訳だとだも思っているのか、光世はいまいち納得していないというような顔をする。
「…それで…?」
「それでもどれでもねーよ、手ェ出してねーよ!そんなヒマなかったよ!」
それなりに客の入る平日のど真ん中だった。
どうも様子をうかがっていると、最近SNSを賑わしている女の存在を探すような素振りの者もいるふうだったから、なんとなく気が休まらなかったのも事実だ。
そんな弟の心を知ってか知らずか、兄はぶっきらぼうに視線を女へと移した。
「…信じよう…おい、締めるぞ、起きろよ…」
女が身じろいで拳で目をこする。
「…んー?…ふぁ、あふ…やば、寝すぎました…?」
あくびを2回、うっすらと涙目を細め、ゆっくりと上半身を起こして伸びをした。
「…熟睡してたぞ…あんた、大事ないか…?」
念入りに腕と肩と首のストレッチをするのを見ている。
「んん、別に、なんとも…まいにち、げんき…」
まだ眠そうな甘ったるい声で、女はそう答えた。
が、光世にしてみれば、まいにちげんき、が、フィジカルに医学的にどうなのか真相は知らない。
「…こんな…不規則な睡眠…アルコール依存疑い…不摂生な生活で…」
あまり他人のことは言えそうにもないライフスタイルではあるのだが、それでもまだ女よりはまともなほうだと本人は思っている。
「…まぁ、長生きしようとは、思ってない系…」
ブランケットをたたみながら、だんだんといつもの少しつっけんどんなもの言いに戻っていく。
光世は肩をすくめた。
「…だろうな…どうする?帰るなら、おれは、最初の、ハーフしか、飲んでないから…」
かれこれ6時間以上は経っている、アルコールは十分抜けている。
「えー?じゃあお願いしちゃいましょうか、洗濯物干しっぱなんですよ。」
「…鍵、」
ずい、と手を出す。
女は嬉しそうに顔をほころばせた。
「うわーい、ありがとうございます。ふふ、もうすっかり運転に抵抗なくなって!」
それは自宅まで送ってもらえることに対してではなく、これまで車に縁遠かった光世が、自分から運転すると当然のように申し出るくらいには、車との生活に馴染んできたことに対しての、いわばオタクが自身の趣味の布教に成功したときの喜びと同一の感情である。
「…荷物、服、突っ込んできて、いいな…他は適当に…」
そう喋りながらドアを開けたが、ふと振り返って2人を睨んだ。
「分かってるって!なんもしねーよ!」
征羽矢が顔をしかめた。
「…あんたもだよ、兄弟を、煽るなよ…?」
「善処しまーす。」
女は、ペロ、と舌を出した。
善処する気があるのかないのか分かりはしない。
不満げな空気をまとわせたまま、それ以上はなにも言わず部屋を出ていった。
征羽矢が女の横に、少し離れて腰を下ろした。
「…てんちゃんが煽ったことになってんだな?」
光世が山でかけた電話で、被害者だと憐れまれたこともあって、そう察していた。
女は、すんとすました表情で手ぐしで髪を梳かしている。
「じっさい、そうじゃないです?」
普段のとおりの感情の起伏の少ない話し方だ。
「…今朝のは、俺が、悪いだろ…」
征羽矢が気まずそうに目線を床に這わせた。
「わたしの日頃の行いでしょう?それに…」
「…それに…?」
お互いにそっぽを向いている状態で、一瞬、沈黙が流れた。
「…いえ、なんでも…」
そう女が言うのと、
「…城本サンのこと?」
と、征羽矢が、意を決したように確認するのは、ほぼ同時だった。
「…やっぱり、その意図?」
「…どの意図だよ?いや、言わないどくわ、ご想像におまかせー。」
征羽矢はきりりとした眉をわずかに下げて、悲しげに微笑んだ。
ここで城本のせいにしてしまわないところが征羽矢らしいといえばらしい、真面目で、優しすぎるのか。
「…ミツヨさん、怒りますかね…」
「怒るだろ、そりゃ。いーかげんにしろよ?」
手をチョップの形にして、こつん、と女の頭頂部を叩く。
その手でそのまま、もみあげに落ちる、少し伸びてきた髪を耳にかけてやる。
なにもしない、ただ髪に触れただけ…
それなのに、むずむずと欲が自我を出す。
瞳がするどく鈍色に光る…
「…反省してます。」
女がそれを首を振って払った。
征羽矢も慌てたように手を引っ込めた。
「…どーだか。」
そのとき、ドドド、と、聞き慣れたエンジン音が近付いてきた。
女は、ぱっと顔を上げた。
恋する女性のような表情で。
それは光世のことを想ってなのか、カリーナのことを想ってなのか、征羽矢には判断できない。
「車つけてくれたっぽいです、じゃ、さよな、じゃ、なくて…えっと…」
「おやすみ?」
立ち上がる女へと、ひらり、と手のひらを振る。
「あっ、じゃあ、おやすみなさい、で。」
踵を、返す。
征羽矢も、光世も、部屋を出るとき、必ず、振り向くのに、女は、振り向かない、いつも。
征羽矢は、また、誰も見ていないのをいいことに、うなだれた。

助手席のドアを開けて乗り込む。
空は白みかけている。
「なんだか、VIP待遇で。」
光世はにこりともせず、ちら、と女を一瞥した。
「…悪くない…」
その動作と台詞がかみあわず、女は思わず聞き返した。
「え?」
すっ、と視界が陰る。
「…狭い、空間、あんたの、隣、誰も、邪魔しない…だろう?」
口づけが唐突に落とされたのだ。
「うわ、なんか…背徳感…ヤバいですね…」
女は大げさに身震いした。
光世は不思議そうにまばたきをする。
「?…なぜ…?」
「なんで、ですかね…車の、中だから…?」
答えになっていない、が、そんなちぐはぐな会話は今に始まったことでもない。
正面に向き直ると、呼吸を整えてギアを入れた。
「…だから、それで、なぜ…?」
アクセルを、踏んでいく。
朝方の静かな裏路地に、重低音が反響する。
近所迷惑と思わないこともないが、普通の住宅は少ない地区だ、大目に見てもらえるだろう。
トップに入って光世に手放されたシフトノブを、女が、親指と人さし指でするりとつまむようになで上げた。
見ようによっては、卑猥な所作である。
熱っぽい吐息のようなささやきで、その名を呼ぶ。
「…カリーナ…」
光世ははっとして、分かりやすく口角を下げてぼやいた。
「…!…車に、妬かせるなよ…!」
自分との情事を?
自分より愛する?
無機物に?
包まれてなすことで?
背徳感などと?
バカバカしい!
「あっ、そういう?」
カリーナを呼んだのは無意識というか、特に意味はなかったのだ、女は、不可思議な後ろめたさの正体を、知るところとなる、くしくも、恋人のとんちんかんな発想によって。
バカバカしいと女自身も痛感したから、くすくすと細かな笑い声を立てた。
「…車狂いも、たいがいに、してくれよ…」
当然、女の横に誰か他の男がいたら癪にさわる。
そいつが馴れ馴れしかったり、高圧的だったりしたらなおのことではあるが、仮にただ立っているだけだとしてもきっと煩悶する。
しかしそれ以上に、意思も持たぬ車両ごときにこんな劣等感を抱かされるなど、想像したこともなかった。
運転中だ、苛立ちをこらえる。
ウインカーを出して減速するとき、軽くアクセルペダルを煽り、中指の腹で軽くシフトノブを押し込む。
教えのとおりに、セカンドに落とすのだ。
それを、女は、満足げににやにやしながら眺めている。

白い車はない。
カリーナは頭から空き地に突っ込んで、赤いビートの奥に斜めに停車する。
縦列駐車はまだ苦手だ。
「…雑に、停めるぞ…?」
「テキトーで大丈夫です、お隣さんは車たぶん持ってないし、出稼ぎ出てるみたいで、ほとんど帰ってこないので。」
女は助手席から降りて、家の真新しい鍵を開けた。
後ろから光世が、おずおずと中を覗いた。
「…おじゃまし、ます…?」
「ふ、いつも勝手に上がるくせに、ですよ。」
初めて訪れたときはDV男が在宅だったために問答無用で上がり込んだし、その後も自身の想像力に耐えられなくなり、許可なく部屋へと押し入ったりした。
よくよく考えてみると、異性の部屋へ立ち入るなど本来はとんでもなく緊張を伴う行為である。
「なにか飲みます?」
女が土間へ下り、冷蔵庫を開いた。
「…ああ、そう、だな…なんでも、いいが…」
「水と炭酸水とビールとコーヒーがありました。」
光世は擦りガラスの引き戸に片手をついて、台所をぐるりと見渡した。
「…じゃあ、1本だけ、飲んでも、いいか…?」
「もちろんですよ、わたしも飲もっと。」
ロング缶を2本受け取る。
女はサンダルのまま勝手口を出て行った。
扉の向こうに、サンルーム、といえば聞こえがいいが、長めの庇の下に手作り感満載の、厚手のビニールで囲ったスペースがあり、そこに洗濯物を干しているのだ。
手早く取り込みながら、空がだんだんと明るくなっていくさまを見上げている。
「しっかり寝ちゃって、眠くなくなっちゃいました。ちょっとゲームしようかな。」
両腕にパリパリに乾燥した衣類を抱えて居間へ戻ると、それを畳むでもなくローソファの上へと放り投げた。
光世の左手のほうの缶ビールを奪うように取り、プルタブを上げた。
PCの電源を入れると、古くさい和室に不似合いなどでかいトリプルディスプレイが眩しく光を放つ。
ひとくちビールを飲んで、缶をデスクに置き、そして光世の存在など気にもとめていないふうでスカートとTシャツを脱ぎ捨てる。
たった今積み上げた洗濯物の山からキャミソールを拾い上げて着ると、ほとんど下着姿のままで立派なゲーミングチェアに身を沈めた。
今更ではあるが、光世は目のやり場に少し困って、ソファの端にちょこんと座って缶の飲み口をくわえた。
きついタバコの匂いがするのが極めて不快だが、仕方のないことだ。
壁際にずらりと並んだ安っぽいカラーボックスに、乱雑にコミックスとDVDが詰め込まれていて、その天面にはなにかのキャラクターのアクリルスタンドやぬいぐるみがごちゃごちゃとせめぎ合っている。
ディスプレイの中では、女が操作するアバターが、カラフルなペンキを、銃のような近未来的な武器で撒き散らしながら駆け回っている。
光世は、座卓の上にあった週刊マンガ雑誌をペラペラとめくりながらビールを飲み終え、手持ち無沙汰ついでにぐちゃぐちゃのまま放置された衣類を畳んでやる。
それも済んで、女へと声をかけた。
「…俺は、少し、休む…」
どうせヘッドホンをしている、聞こえはしない。
そのままソファの背もたれに寄りかかり、目をつむった。
「ベッド使ってくださいよ。」
光世の小さな声が通った訳ではない、その挙動を視界の端にとらえたのだ。
ゲームの画面を注視しているようで、まるで野生の草食動物のように妙に視野が広いのは、もしかしなくともレーサーなどという特殊な職種のなせるわざか。
「…では、借りる…」
のそり、と立ち上がり、寝室へと続く滑りの悪い襖を開けた。
相変わらず、整理整頓の概念を知らぬ物置部屋に、ただ簡素なベッドがあるだけ、の、寝室ではある。
襖を、閉じずに、開け放したままに、ベッドに横になる。
毛布も掛ふとんもない、足元に丸まっていた毛羽立った大判のバスタオルを、腹の上へと引いた。
横向きの寝姿で、ゲームに夢中になっている女をぼんやりと眺める。
横顔は白い光に照らされて暗い部屋の中に浮き上がっている。
細い首、そこから伸びる腕、しなやかな背、ややふくよかな胸、はりのある臀部から腿のライン、筋肉質なふくらはぎ、と、ゆっくりとなぞるように見つめた。
こっちの部屋は、機械油の匂いがする。
タバコの匂いよりは、百倍マシだ、光世は深く息を吸って、吐いて、夢へと、落ちる。

『…どうだ…っ!?』
『…ああ、そっちは、済んだのか?…こっちは、良くは、ないな、なにもかも足りない、薬も、道具も、技術も知識も…!俺には…!ここでは、もう…できる処置は…ない…!』
『…な…!?おい!おま…その、傷…!?』
『…なぁ、静かすぎやしないか?…他の奴らは…?』
『…手入れが…必要だ…!お前もだ…!なぜ黙っていた!?…くそっ…なんとしても、それを、叩き起こせよ…!』
『はは、無茶言うぜ…』
『…どう…』
『…頼んだぜ…旦那…』
『薬研!?……おい!…あんた!…聞こえてるだろ!…あんたが死んだら全部しまいだ!…いったん、かくまう!…名を…!…言えよ…!』

重いまぶたをゆっくりと上げる。
普通サイズのシングルベッドは、日本人離れした高身長の光世には少し短く、膝をくの字に曲げて眠っていた。
それにしても、狭い…?
「おはよ、ございま…」
いつのまにか目の前に女がいて、うとうととした表情で、じっと光世を見つめているではないか。
光世の長い腕はごくナチュラルに女の背へと回されぐるりと抱いている。
「…ああ、おはよう…」
動揺を必死に隠した、いかにも平静を装った声色と、目線。
普段から寝苦しい夜は枕を股に挟むようにして抱いて床につくことがある、まさか、そんなことを、生身の女に!?
この焦慮を、悟られてはなるまい。
「…すまん、眠れなかっただろう…?」
余裕綽々を演じつつ腕を抜き、その丸い頭を撫でて前髪をすいとかき分ける。
白い額から、なぜだか癖になるブランデーのような匂いが立ち上がる。
これだ、この匂い、これが、意識にまとわりついて離れない、濃度の高いアルコール、あるいは、混じり気のない鉱物由来の油、それか、繁殖期の虫、雨が降る前の空気、シールの粘着部分、発酵しかけた果実、なんと形容すべきか、考えているうちにどんどんと印象が変わっていく、ミステリアスな体臭…
軽いめまいに、光世はふたたび目を閉じた。
「そんなに、眠くなくて、ミツヨさんのこと、見てました、きれいだなって。」
「…きれいでは、ない、だろ…」
寝起きで無精ひげの生えた三十路手前のでかい男をつかまえて、最も遠い形容詞である。
猛烈に照れくさく、まぶたを下ろしたまま、ふいと顔を背けた。
「きれい、ですよ、ほんとうの、かみさま、みたい、です。」
女が、絵本を読みあげるような、おだやかな声で言う。
「…神…」
眼球の奥に、現実ではない記憶が投影させる。
碧のような銀にぬらりと輝く刀身、複雑な文字や記号が記された札の数々、体の内部を血液とともに流れる電気にも似た感覚、胸元と両足の、なにか禍々しいものを押さえ込むようにあつらえられた紅の縄。
神であるがゆえに、触れたいものに触れることを許されず、生けるもののの温度を知らずに暮らしていた自身の葛藤に揺れる、鋼玉色の、瞳。
「もうすぐお昼です。おなかすいてますか?」
ぱちん。
女の鼻声に、その景色はかき消された。
ゆっくりと、目を開けて少し笑う。
「…すいて、いる、ようだ…」
「冷凍ごはんあるはず、待っててください。」
みし、とベッドを軋ませて這い出し、露出度の高い格好のままで台所へと下りていった。
「あー…ちょっと、冷凍やけ気味…焼きおにぎりにしてもいいです?梅干しor昆布?」
「…じゃあ、梅…面倒じゃないか…?」
「米どころの生まれなので、ごはん食べるなら妥協しない派です。」
生まれ。
生い立ちの話を、聞いたのは、初めてか?
姓からしてルーツが北であろうことは予想はしていたが。
カチャカチャと調理音が聞こえてきて、光世ものそりと起き上がり、6畳間のソファに腰掛けた。
振り向くと、半裸なおかつボサボサの髪でけだるげに料理する後ろ姿があり、光世は、心臓のあたりがぎゅうっと締め付けられるような苦しさを覚えた。
丸い木の盆に急須とマグカップを2つのせて、はい、とそれを受け渡してくる。
居住部屋と土間は膝ほどの高さの段差があるし、サンダルの脱ぎ履きが必要になるのだ、使えるものは猫でも経営者でも売れないミュージシャンでも使うのが正解だ。
「玄米茶、熱いですよ、気をつけて下さい。お茶漬けにしてもおいしいですよ。」
ローテーブルに並べられた揃いのカップは、2等身にデフォルメされたキャラクターが色違いで描かれているし、急須も、いかにもありがちな和風の幾何学模様ではあるが、よく観察すると、隅の方に横文字でアニメかゲームかのタイトルロゴが印刷されている。
世の中には様々なオタク向けグッズがあるものだな、と感心せざるを得ない。
しみじみとしていると、焼きむすびを5つのせた皿と空の茶碗を2つ持って、女が部屋へと上がってきた。
ふたり、ソファの下に座り直し、いただきます、と両手を合わせた。
ひとくち、むすびにかじりついて、
「…うまい…料理、得意、なんだな…」
光世は、ほう、と息をついた。
「こんなの料理のうちに入ります?おみそ汁か卵焼きくらいしたらかっこよかったですかね?」
ふうふうと、熱いマグカップの中身を冷ましながら、女は首をかしげた。
「…いや、本丸では…」
そう言いかけて、
「ああ、違ったな…なんでも、ない…」
まださきの幻覚?妄想?が脳裏にこびりついて拭えていなかった。
しまった、と口をつぐむ。
本丸には料理の得意な厨当番が数振りいたからか、審神者が腕を振るうことはなかったように思う、など、言わなくてもよいことだ。
「ほんまる、ね…」
女は、茶碗にむすびを入れて、そこへお茶を注いでいく。
香ばしい香りがふわりと広がる。
「ねぇ、本丸のわたしは、どんな感じなんですか?」
聞かせて良いものか、ほんのわずかに、悩ましい。
言葉を、自然と、選ぶ。
「…そのまま、あんたの、まんまだよ、姿形も、声も…話し方も、距離感も…特殊な…この、匂い…これも、また、同じだ…俺みたいな平安の刀は、車なんて、文明の利器、を、知る由もない…この、オイルと、ガソリン…焼けたゴム…排気ガス…の、匂い…」
なるべく会話に慎重になっていることを悟らせぬよう、ひょいと軽い動作で2つ目を箸でつまんだ。
当の女は平然として質問を続けた。
「本丸で、わたしは、なにをしてます?」
「…審神者…刀から俺たちを、励起して、敵と、戦う、指示を出す、軍隊の大将みたいな役割だ…」
女を真似て、お茶漬けにする。
活動を始めた胃がポカポカと温かく、精神のささくれた部分を削いでいく。
果たして、こんな話を、しても、良いのか?
分からない。
「レーキ…?敵って誰ですか?」
「…時間遡行軍…歴史を変えようとする、歴史修正主義者、が、送り込む、怪物みたいな、やつ、だな…」
光世もぼんやりと思い出している、気味の悪い極彩色の湯気を全身から噴き上げて迫りくる鬼たちの様相を。
「ソコー…さかのぼるとか逆行するって意味ですかね…その怪物に襲われて、わたしは、死んだんですか?」
死んだ…殺された…
背筋を、悪寒が走る。
目の前で、腕の中で、温度が、色が、徐々に消えていく、その一瞬一瞬、コマ送りのように、短い時間のはずなのに、刀として神として永遠に近い感覚を知っているのに、なお、長く長く長く長く長く長く長く長く感じた、あの、数分、数十秒…
「…死んだかは、定かじゃない…あんたが、首を振った、その後のことを、覚えていない…」
ざくざくと米を崩して、おこげの箇所を口に入れた。
冷凍やけしていると言ったが、抜群にうまい。
光世だって征羽矢だって料理は苦手じゃない。
むろん炊飯器で白米くらい炊く。
だが、無性に、うまい。
梅干しの酸味がちりちりと舌を喜ばせた。
無意識に茶碗を口元に寄せてかき込んだ。
「首を?振った?」
女は食事を終えたらしく箸を置いた。
まだ皿の上には2つのむすびが残っている。
少食だと思ったことはないが、そういえば固形物を食べているよりも液体を摂取しているイメージが強いのは否めない。
「…もう、いいのか…?残り…食べても…?」
「ええ、どうぞ。寝起きあんまり入らなくて。おいしいって食べてもらえたら、やっぱりうれしいですね。」
うれしい、と言う割には、すん、と冷めた調子で、2杯目の玄米茶をすすった。
光世はもぐもぐと口を動かしながら、頭の中で答え方を模索している。
「…名を、教えろと、迫ったんだ…真名を奪って神域とか、霊域とか、あんたたちが呼ぶ場所へ、かくまおうとしたんだ…だが、あんたは、口を開かなかった…」
「あー。前ソハヤさんが言ってましたね、マナ?には特別な力があるんですっけ。」
確かに、名を呼んだことで急に様子が変わることがままあった。
そして、名を呼ばれそうになることによって、なにかが頭をしめつけるような、柔らかい痛みを感じたことも、あった。
「でもやっぱり分かんないですね、たとえばわたしはこっちの世界に戻ってきたとして、もともと人間なわけでしょう?」
「…そう、だな…よその本丸には、いろんな審神者が、動物とか…人外とか…いるらしいと、聞いたことはあるが…」
女が目を丸くして光世を見上げた。
「へぇ、他にも本丸があるんですね!…あー、なる、プレイヤーの数だけ、IDがあるわけか…」
ひとりで驚嘆して、ひとりで納得して、ひとり頷いて、軽く握った拳の人さし指の第二関節で下唇に触れる。
光世はその発想に呆れるしかない。
「…ゲームなんかと、いっしょに、するなよな…俺たちは、あんたの、号令で…命も、かける…」
次にかじりついたむすびの具はごま昆布だった。
ねっとりとしていてしょっぱくて、これも、うまい。
カリカリに焼けた表面の醤油の焦げが絶妙だ。
「『俺たち』ね、いったい、何人の刀の神様がいらしたんです?」
「…『何振り』だな、あんたの本丸には、100振り以上、暮らしていた…」
想定よりも随分と大きな数字が飛び出してきて、女はまた驚いて声を上ずらせた。
「ど!どんな規模?」
かつてかの100振り以上の刀たちを使役して飄々としていた、と断定するには根拠が薄いが、その審神者と同一だろう女が、あまりにすっとんきょうに振る舞うのが可笑しくて、光世の唇から、ほのかに笑みがこぼれた。
「…広大な、日本家屋だよ、二十四節気の花々が、美しい、屋敷だ…刀が増えるたびに、増築、するから…迷路みたいだった…」
春のヒナゲシも、秋の彼岸花も、冬の椿も、それぞれに素晴らしかった、が、光世は、夏の、あのタチアオイの庭ばかりを、懐古する。
暑いのは嫌いだと文句を言うくせに小暑を過ぎてもを大暑を過ぎても、タチアオイの景趣のまま。
大典太光世はそのことを問うたことはなかったが、近侍が無邪気に尋ねたとき、そばにいた。
『あなたの軽装によく似合いますからね。』
それはいわゆるおべっかだったのか、真意は知らない。
夏の空の色の瞳の乱れ刃の短刀は自慢げに微笑んだ。

「ミツヨさんは、そっちの世界では、えーと?刀?の?擬人化なんでしょう?」
「…ギジンカでは、ない…付喪神だ…」
食器を流しで洗う。
すぐ横に光世が布巾を持って立っている。
蛇口から流れ出す水音で光世の声はかき消されんばかりである。
「うわ、ほんと、ソシャゲの世界観…じゃ、なんで今ちゃんと人間やってるんですか?親御さんもご健在と言ってましたし、子どもの頃の記憶とかどうなってるのか、説明がつかないですよ。」
まったくもってそのとおりである。
そして、こんな非科学的な事象を説明しろだなんて、らしくない。
泡を洗い流したカップを受け取り、光世はため息をもらした。
「…あまり、考えるなよ…詮無いことだ…そもそも、本丸襲撃は、2205年、の、話だ…」
女の手が止まる。
「まって、もっかい言って下さい、何年て?」
「…2205、年…」
確認するように、ゆっくりと、言い直す。
それを聞き、ふむ、と唇をむすび、なにかを思案しているようだった。
しばしの無言の後に、作業の続きを再開する。
「…未来、なんですね、本丸のある空間は。話変わってきますね…」
「…変わって、くるか?…あんたが…違う、審神者が、今頃の…時代の、出身だったから、ここに帰された、のは、まだ…分かる、が…」
几帳面に拭きあげられて乾いた食器たちが、戸棚の前に積み上げられていく。
きゅっ、と音を立てて、蛇口ハンドルをひねって、水は止まる。
手をタオルで拭くこともせず、ぱっと水滴をきり、残りは手ぐしで髪になすりつける。
こういういいかげんなかところも、まさしく、あの審神者そのものなのだ、と、光世は確信している。
「もしそうなら、ミツヨさん、ってか、大典太光世さん、時間、ソコーしちゃってるってことじゃないですか。」
考察厨め…
光世は据えた目で、先日に若菜に施してもらったネイルが欠けていないかチェックしている女を睨んだ。
「…俺たちは、時空を選んで、出陣できるんだ…が…さすがに、自分自身を幼少期の姿に変化させたり、周囲の人間の人生に干渉することは、どうだろうな…できそうには、ないが…」
その言葉に、女は自身の指先からぱっと視線を上げて、光世の両目をのぞき込んだ。
光世はあくまでも真面目に語っているのに。
なんとも、楽しげな色をまとわせて。
光世の憂いなど知るところではないという素振り。
「これですね、われわれのギョーカイではですね、『転生』っていうジャンルなんですよ。」
「…あんた、いったい、どの業界に与してるんだよ…」
呆れも通り越すと、面白い、ということを、光世は学んだ。

サブスクで昔の映画を観ている横で、女は森下からの電話で話し込んでいる。
『バイトの子がインフルでねぇ、ちょっと店舗で蔓延しちゃって、がっつり人員不足なのよ。入れないかしら?』
「レジです?作業です?」
『どっちもヤバいからあなたに頼んでるのよ、オールラウンダーじゃない。』
薄っぺらい世辞だと自覚があって発言しているに違いない。
「調子いいなぁ、もう…分かりましたよ、すぐ行きます。」
『ありがとぉ!ごめんなさいねぇ、現役レーサーにレジ打ちなんかさせちゃって。急きょ握手会でもする?』
「冗談…」
絶句の一歩手前。
食後のコーヒーはとっくに冷えているから、ゴクゴクと一気に飲み干した。
ふと、その目が、悪戯心に染められてチラリと輝いた。
「あっ!思いつきましたよ、いいこと。使えそうなバイト連れていきますよ。制服3L用意しといて下さい。」
「察したわ。任せて!」
通話を終えて光世の二の腕を揺すった。
「というわけで、ダッシュでお風呂、ミツヨさん。」
「…俺か!?」
ストーリーに集中していて反応が遅れた。
舞台としてはワンシチュエーションだが、主人公の頭の中の記憶や期待や想像を行ったり来たり場面転換するので、すっかり没頭していた。
「他に誰がいるんですか?ソハヤさんでもいいんですけど、忙しそうだから。」
了承なく映像を止めてモニターを消してしまう。
土間へおりて風呂場の戸を引いた。
毎度ながら有無を言わさないスピード感だ。
「…悪かったな、ヒマで…」
今さらぼやいたところで、誰にも聞こえない。
ダダダ、と、ステンレスの湯船に大量の水が落ちる音が響いてきた。
ひねれば湯が出る当たり前の風呂じゃない、まず水を貯めなければならないのだ。
征羽矢であれば、昭和かよ、と茶化すだろう。

水を満タンに貯めて、そこからガスで沸かすのだ、大急ぎで準備しても20分かかったので、けっきょく映画をキリのいいところまで見た。
そしてその狭い風呂に、「時短!」などとほざいて同時に入るのだ、光世の情緒がどうかしてしまう。
着替えもなく、着てきたままの衣服でカリーナの助手席に乗り込むと、さきの会話の続きを始める。
「ね、ほんと、ソハヤさんて、いつ休んでるんですか?ミツヨさんは、ちょいちょい出かけてますけど、ソハヤさんて、毎日カウンター入ってますよね?」
毎晩訪店するが、征羽矢が欠勤している夜はなかった。
労働基準法、の文字がよぎる。
「…一応、シフト休みは、あるんだが、な…どうも、調理周りが、気になる、と…」
接客とアルコール関連の業務は濱崎でもそつなく、それに簡単なつまみメニューくらいなら問題なくこなす。
だが食事の提供を、征羽矢の不在時にはまるっと停止するのだという。
フードに安定のファンがいるのは店としては非凡なことではある、が、一般には、ナイトクラブには必要のない業務に近い。
「難儀な性格ですね。」
エンジンをかけ、発進する。
「…あんたが、店にくるようになってから、顕著だよ…!」
光世は身なりが気になるのか、肩のところの匂いを嗅いだ。
着替えのためにいったん家へ寄るのを譲りたくないのに、どうせ制服だからと女が聞き入れないから、少し機嫌が悪い。
「でもそれ、わたしじゃなくて、たぶんミツヨさんのせいですし。」
女の髪は濡れたままだ。
全開の窓から激しく吹き込む風にまくられて、細かな水滴がキラキラと散る。
光世は大慌てでドライヤーをかけたというのに。
「…そう、か…?」
運転する横顔をじっと眺める。
「分からないならいいです。それこそ、本気かどうか知らないですけど、バイトしないかって誘われてて。」
「…うちの?店でか…?」
初耳だ。
バイトがもう1人いたらな、と愚痴をこぼしていたことは知っている。
が、常連を雇うのはあとあと面倒事に繋がる可能性が高いから避けようと、起業当時から決めていたことだったから。
「です。社長のくせに把握してなかったんかーい。」
さて女の運転では目的地にあっというまに到着する。
今日の仕事場は、ノースガレージ海老江インター店。

搬入口からスタッフルームへ入ると、森下が発注端末とにらめっこしていた。
ゼネラルマネジャーが店舗の業務をやらねばならぬほどには事態は逼迫している様子だ。
「いらっしゃぁい!今日もいいオトコね!さっ、こっち、これ、着替えて!ユキちゃんはすぐ1階レジね、ちふみんと交代!頼んだわよ!」
光世に、クリーニング屋のビニールに包まれた制服とエプロンを押し付ける。
「…だっ、ど…俺は…さほど、役には…」
勢いで付いてきてはみたが、こういった労働はほとんどしたことがない。
いや、自分の店にもレジはあるにはあるが、中古の手打ちレジだから、いわゆるPOSレジは触ったこともない。
「いーのいーの!なんなら黙って立っててくれるだけでもいーわ!目の保養ね!」
森下は女に向かってシッシッ、と手の甲を振った。
女は更衣室のドアノブを回す光世を見送って、自身も持参のエプロンを身に着けた。
自前のツナギ姿だが、ノースガレージのワッペンが付いているので許容されているらしい。
のれんをくぐって店内へ入り、出入り口付近のレジで渋い顔をしている若い女に声をかけた。
「チフミさん、交替しましょう、休憩行ってください。」
「え?ユキたん、珍しっ、オフシーズンじゃないのに。」
ちふみ、と呼ばれた女は、ぱっと笑顔になった。
「GMから直電ですよ。恩を売っておきましょう。」
肩をすくめて、申し送りは?と問う女に、
「まじサンキュ。セール価格、データから変わってるからたぶん大丈夫だと思う。」
レジ画面のタッチパネルで、数項をポンポンと送り、簡単にいくつかの説明を加えたあと、手を振って立ち去った。
ランチがまだだろう。
決してブラックな会社ではないのだが、状況が状況ではしようがない。
仏頂面で、通りすがる客たちに、テンション低めに声出しをする。
「っらっしゃーせー…」
ほとんどの客が興味なくスルーしていくのだが、何人目かのチャラついた格好の若者が、手に持ったラジエーター液から顔を上げ、女を二度見した。
「えっ!?空知由希!?」
女は気まずく視線をそらした。
カー用品店である。
ドリフト競技が趣味の客もご来店でしかるべきである。
「どうも…」
愛想なくバーコードをスキャンして、支払いを待つ。
「え、マジで?なんで?あっ、握手…写真撮って下さい!サインも下さい!」
「あー、バイト中なので…次のお客さまがお待ちですんで…」
客はスマホでQRコード決済を済ませて、少し横にずれて興奮して言った。
「マジか!うわ、待って、もっかいなんか買ってくるわ!おいおい、これ、なんのイベントだよ?」
手に持ったスマホを耳に当てている。
仲間を呼ばれても敵わないが、女にはどうすることもできない。
さきの客の声があまりに無邪気で大きいので、他の客たちもジロジロと女を見ている。
なんだか人が集まってきたし、なんならヒソヒソと情報交換しあっている風でもある。
普通に買い物をする客の列をさばきながら、やれやれ、とため息をついた。
そうこうしているうちに森下が光世を連れてやってきた。
普段は長く伸びた髪を雑に分けて流していて、右目は隠れてほとんど見えないのだが、さすがに前髪をしっかりと上げてポニーテールにしているのが新鮮だ。
どちらにせよ平均の29歳日本人男性にしては稀有な美形である。
タッパがあるから制服は3Lサイズを、と言ったけれど、体つきは細身だからか、着られている感が半端ではない。
ただ某コンビニやチェーンのレストランなんかと違って、企業イメージのカラーが濃いブラウンなので、ピンクや水色にありがちな安っぽさはあまりなく、案外と似合っている。
「モリシタさん、なんか、人が、いっぱい…」
レジ対応の切れ目に、森下に助けを求めてみるが、上司はニヤニヤしていて頼りない。
「あらぁ、ちょっと前までほとんど無名だったくせにね、すっかり有名人じゃない。忙しくなるわね。」
「…作業のほうに、回していただけると、ありがたいですけどね…」
オイル交換やタイヤ交換をする整備工場側の配置にしてもらったほうが、場の混乱を招かないのでは、と考えての提案なのだが。
森下は女の話は聞いていないようだ。
「じゃ、新人教育よろしくね!」
挙動不審の光世を女に押し付けて、さっさとスタッフルームへ引っ込んで行ってしまった。
「…じゃ、しばらく見ててください…基本は、付いてるバーコードをピッてやるだけですから。」
ディスカウントショップやスーパーマーケットじゃない、そんなに大量買いする客はめったにない。
数点の商品のバーコードを読ませて、ビニール袋に入れて、代金を受け取り、釣りがあれば返す。
ポイントカードがあれば専用のリーダーに読み込ませる。
しかもそもそも車がある程度は好きな人間が買い物に来る店だから、あれこれ質問されることもさほどない。
必要以上にニコニコしなくてもいいし、単純作業が主だ。
途中で交代して、後ろから光世の手元を見守る。
もたもたとおぼつかないのは仕方ない。
業務としては問題ないようだ。
「…じゃ、だいたいオッケーです?困ったことがあったらインカムの、ここ、押したら、すぐ戻ってきますから。」
光世が不安そうに振り向いた。
こんなにでかい図体といかつい顔つきで、そんな仔ウサギのような視線を飛ばさないで欲しい、女は苦笑いした。
「…ど、こへ、」
「品出ししてきます、店内久しぶりだから見とかないとですし。」
「…」
なにか文句ありげだが、次の客がやってくるから作業に戻る。
「落ち着いて、お金間違えないようにゆっくりで大丈夫ですから。」
初心者マークのバッジと研修中の札を付けている。
大抵の者は暖かい目で見てくれる。
「日当もらったらお店でどーんと使いますから!がんばりましょ!」

インカムの呼び出し音が鳴ったので急いで持ち場に戻ると、光世が大きな背丈を縮こまらせてしょぼしょぼとしている。
「お待たせしました。」
客の女はブランド物のカーフレグランスをカードで購入しようとしていたのだ。
手際よく会計を済ませて、深めに頭を下げる。
さいわい苛ついているような気配はない。
が、逆に、光世に猫なで声で話しかけてきた。
「おにーさん、ガチかっこいいね、これ、」
カードケースから名刺のような紙切れを出して手渡そうとしてくる。
どうやら連絡先が記してあるようだ。
「申し訳ございません、こういったものは、ご遠慮いただいております。」
女がそれを突っ返した。
光世は困り顔で黙っている。
「こんくらいいーじゃん、ケチババア!…ねぇ、何時に終わる?待ってていい?」
キッ、ときつく睨みつけ下品な暴言を吐いたかと思えば、光世には甘ったるいしゃべり方で媚びる客へと、ふたたび一礼して、抑揚のない音階で、女は謝罪の言葉を繰り返した。
「お待たせして、申し訳ございませんでした。精進してまいります。」
あからさまな舌打ちをして、その客は帰っていったが、買い物をするわけでもなさそうなギャラリーがだんだんと増えていっている。
なにしろ話題の現役ドリフト選手と、顔面国宝級暗黒魔王が並んでいるのだ。
先ほどラジエーター液を買った若者が、ノースガレージのオリジナルステッカーを持ってまたやって来た。
「これ、ください、んで、サイン、書いてください!」
ご丁寧に黒のマジックを同時に差し出される。
「…業務中ですので…」
機械的に、バーコードを、スキャンする。
少し迷ったが、QRコード決済を待つ間に、その小さなステッカーにこっそりとサインを書いた。
「ありがと!こんどドリチャレも行くからさぁ、Tシャツにも書いてよ!」
「…ファンブースが開設される予定ですので、そちらにいらしていただければ…」
「約束だぜ?ブロマも買ったしさ、グッズ、ゆきたんカラーで行くから、覚えててよ?」
そして、光世をじろりと見上げる。
「この人、もしかしてあのDJのヒト?」
光世はタジタジとして固まっている。
せっかくなんだから宣伝しろよ、女は心の中でツッコんだ。
「中港の、thunder boxっていうクラブのDJやってるかたですよ。わたしもよく行くし、飲みに来てくださいね、飲酒運転はだめですよ。」
後ろに会計待ちが出来ているわけではないので、代わりに女が紹介する。
「いっしょにバイトしてんの?」
「今日は特別に、です。職業体験的な?」
説明するのは面倒だが、ぎりぎり嘘ではない。
だが返事の内容はその若者にはどうでもいいことのようであった。
「へんなの。まいーや。ゆきたんいるよってツレに言ってもいい?」
女は一瞬考えて答えた。
「…あまり、大々的に、知らせるつもりはなかったんですけど…まあ、お買い物、していただけるなら…」
販売員の鑑ではある。
「ね、お願い!握手だけしてくれよ!めちゃ応援してるから!」
あまり乗り気ではないが、おずおずと右手を出した。
「ありがとございます!バイトがんばって…じゃなかった、ドリチャレがんばってください!ばいばい!」
そのやりとりが終わる頃には、取り巻く人の渦がまた少し大きくなっていた。

急きょ握手会、と森下が言ったのはふざけていたのだが、それは現実になってしまった。
なんか有名なレーサーらしいよ、くらいのふんわりとした野次馬根性が寄せ集まって、次から次へと人の波がレジに行列を作った。
中にはまったくドリフトと縁のない人間も多いだろう。
レーサー、の名詞の持つイメージは、今のところ、まだF1や、よくいってWRCといったところで。
休憩から戻った千文がびっくりして、作り笑顔で握手を求める人々の相手をする女を横目に、光世のシャツの裾を引っ張った。
「なに、この騒動?てか、誰?」
怒涛の勢いでレジに並ぶ客たちは、手に手に1点の単価の安い商品を持っているから、新人バイトの光世は必死に接客に従事していた。
「…だ、と、す、みません、り、臨時の…み、三池です…」
「みーけクン、この騒ぎは?」
「そ、空知の、ファン?が、握手を、と、そうしたら、こう…」
「理解。これは怒るやつ?でもその前にビンジョーしたほーがいーね。」
千文はツカツカとスタッフルームへと消え、たかと思うとすぐに出てきた。
「GMに許可とってきた。」
にっこり、と、満面の笑みを浮かべる。
「ただ今より、Team North Garage空知由希選手の特別ファンイベントを開催しまぁす!店内商品ご購入のかた、ご希望のかたは空知選手と握手していただけます!また税込5500円以上お買い上げのかたには、購入商品いずれか1点に空知選手のサインを差し上げまぁす!」
女はぎょっとして千文を睨んだ。
「よし、みーけクン、がんばれ!」

筋入り封筒には想定よりも数枚多くの札が入っているが、それと引き換えに疲労は著しい。
「社長も、全畑が済んだら結果いかんでオフィシャル契約するつもりよ。しっかり爪痕残しなさいよね。」
明日は別の店舗からの応援要員が確保できている、と、森下は付け加えた。
「あっ、それと。ミツヨくん、日曜の夜にお店、伺うわ。伊藤チャンも誘ってるんだけど、都合が付けば一緒に。ユキちゃんも同席なさいね!シクヨロ!」
握手し過ぎで腱鞘炎気味の手首も、久々の社会活動にキャパオーバーを訴える脳も、帰り際にブチ込まれた週末の憂鬱な予定に削られるメンタルも、全身全霊クタクタの状態で外へ出る。
夕方の風は少しは涼しくなってきたようだ。
ただカリーナのドアを開けると、車内の空気はむあっと蒸し暑い。
「チフミさん、ミツヨさんのこと、かっこいいって言ってましたよ。」
セルを回しながら、千文の、ユキたんってメンクイだったんだぁ、という台詞を思い出している。
光世は珍しく得意げな表情で助手席へと乗り込んだ。
「…妬ける、か…?」
しかし、女は間髪入れずに否定から会話を続けた。
「いえ、客観的事実です。ミツヨさんは顔がどうにもいいです、そりゃナンパもされます。」
内容こそベタ褒めではあるのだが、光世はつまらなそうに唇を尖らせた。
ルックスについて評価されるよりも、単純に、ちょっとヤキモチ妬いちゃいますね、くらい、愛らしいことを言われてみたいものだと思っている。
昼間に、自身が、仕事なのだからグラビアまがいの撮影も好きにしろよと、確かに言った、それを少し悔いている。
手の中の、女とおそろいの茶封筒をぎゅっと握りしめた。
暮れていく空の下、スピーカーから流れるスピードジャズ調のビートが身体を小気味良く揺らす。

征羽矢に挨拶を済ませてすぐさまバックヤードへ引っ込んだ光世を見送り、女はステージ横でセッティングをしている城本へ手を振った。
征羽矢が、ふたりの視線がぶつかる箇所あたりを鋭く睨んだので、城本は驚きと気まずさを混ぜた微妙な顔をする。
女はそれに気づいているのかいないのか、それともさほど関心もないのか、定位置に腰掛け、オートマティックに提供される生ビールの半分ほどを、一気に喉奥へと流し込んだ。
「労働したあとのビールはおいしいですね。」
「別にいつもうまいだろ。」
今夜の通しはレーズンバターだ。
口元が思わずほころぶ。
「ちょっと臨時収入あったので、ばんばん飲みましょう、ソハヤさんも。」
「聞いたぜ、兄弟にレジ打ちさせるとか、そーゆーのは『とくしん』じゃねーのかよ?」
いたずらっぽい表情で、かつて女が仰々しくのたまった単語を反復する。
「あー、たしかに、解釈違いではありますね。あ、ハマサキさんも、どうぞ。」
グラスビールで女と軽く乾杯する征羽矢を見て、濱崎がにこにこしながら近付いてきたので声をかける。
あざまーすっ、と両手で拝むようなポーズをして見せ、ジョッキに氷とサワーを注ぎ、くし切りのレモンをそこへ放り込んだ。
「カンパイ!てんちゃんさん、あれ見たっすよ、写真、めっちゃカワイイっすね!ふだんとぜんぜんふいんきちげーの、ビビるっす。」
若者にくったくのない笑顔で言われると、つい尻込みしてしまう。
もごもごと言い淀む。
「…あんなの、加工と化粧じゃないですか…」
どさくさに紛れて普段が芋くさいと言及されている気がしないでもないが、あまりにも悪気がなさすぎて、ツッコミ役の征羽矢もスルーしてしまった。
「てんちゃんさんバズってモテモテになっちゃったから、ミツヨさんたいへんっすねぇ。」
「モテモテじゃないです、たいへんじゃないでしょう。」
会話の合間にあっという間にビールを飲み干して、おかわりを用命する。
「それって信頼してるってコト?なーんか、おっとなー、って感じっ!」
新しいジョッキになみなみの2杯めを手渡し、テンポよく茶化した。
信頼?
そんなもの…
と声に出しかけて、純粋な青年に言う必要のないことだと思い直して飲み込む。
タイミングよくカウンターの反対側からオーダーが飛んで、濱崎がペコと会釈して立ち去った。
今度は征羽矢が女の両目を覗き込んだ。
「信頼ね…兄弟はさ、ジェラったらめんどくせータイプだともーぜ?束縛ヤバそう、メンヘラぽいよな。なんてーか、ちゃんと、好きとか、さぁ、そーゆーの、言ってる?」
女は斜め上を見上げた。
眼鏡のフレームの金属部分が間接照明を反射して、視界がチラチラと煌めいた。
思い返してみると。
「…んー?言わないですね、たぶん、言ったことないです。」
何度もキスもセックスもしたけれど。
それこそ、光世が扉の向こう側にいるときに、こっそりと囁きかけたことが、たったいちど、あるけれど。
だってそれは、口に出してはいけないと誰かが。
「なんで?」
だってそれは。
口に出したら、終わってしまうかもしれないから。
それは望まないから。
「そんなの、迷惑じゃないですか。」
だってそれは。
この関係性を。
この距離感を。
変化させてはならないから。
「なんでそーなんの?メーワクなわけねーし。」
征羽矢が呆れて眉をひそめた。
だって、オカルティックな執着心にとらわれて躍起なっているだけの光世に、そんなどろ甘い恋心を悟られては、全部、壊れてしまうかもしれないから。
「それに、気持ち悪いでしょう?」
セフレの延長くらいでいい、利害がある程度一致して結婚するならしてもいい、だがこの気持を恋愛感情だと知らせてしまうのは、悪手。
「まじで意味わからん。付き合ってんだろ?」
征羽矢もグラスの中身を空にした。
飲めと言うのだ、飲んでやる。
ついでに、お互いに一方通行だと思って踏み込まない焦れったいカップルに、ひとこと物申してやる。
勝手におかわりに突入するが、女もそれを止めない。
「付き合ってるって言っても、恋愛とは違うわけで。」
レーズンバターの隅を、ケーキフォークで削るように切り分け、舌にのせた。
甘くねっとりとした旨味がじわっと口の中に広がっていく。
こんなの無限に飲める、と、少し目を細めた。
征羽矢はグラスを置いて、額に手を当てた。
「あのなぁ、兄弟のこと、かなり好きじゃん、ガチ恋じゃん、そんくらい分かるぜ?」
女は、ぐ、と息を呑んだが、ゆっくりと首を振った。
征羽矢につまらない嘘をついてもしようがない。
「…わたしがどうとかではなく、ミツヨさんにだって選ぶ権利が、本来は、ありますので。」
ジョッキについた結露を、つぅっと指で掬う。
水滴が一筋垂れてコースターを濡らす。
ああ。
このくらい。
素直に。
流れれば。
わたしも。
涙が。
支離滅裂な思考が交錯する。
まだ酔ってはいないはずなのだが。
そのらしくなくいじらしい様子に、とうとう征羽矢は前のめりになって声を荒げた。
「あ!の!なぁ!兄弟がてんちゃんのこと大好き過ぎるくらい大好きなのはなぁ!もっと!分かりやすいんだわ!?なんなん?ふたりとも…」
女は、コテン、と、首を傾げた。
「ミツヨさんが?わたしを?冗談…」
自嘲するでもなく、淡泊な物言いで。
つまり。
「えっ、それ本気で言ってる?」
「?」
そうなのだ、それは、まごうことなき、本気なのだ。
「…本気で本気なんだな…鈍いにもほどがあるってーか、自己肯定感に難ありってーか…」
もう性根を叩き直す以外に方策はない。
中途半端に外野が何を言っても聞きはしない。
相思相愛ハッピーエンドでなにひとつ問題はないのに、道中に勝手に茨を植える。
いい加減、俺にも振り切らせてくれよ、とため息をつく。
当人同士がこの調子だから、もしかしたらまだチャンスがあるんじゃないかなんて淡い期待を捨てられない、哀れな自分が疎ましい。
-------------------------
〜17に続く〜
 
2025/10/08 21:12:42(KEZVODPz)
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