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〜まえがきのまえがき〜
⚠こんかいもエロ入れられんかった…!ほんとたいへん申し訳ない…!てへ♡反省してまーす⚠まあそんな読者おらんか、のメンタルでずぶとく書き続けます⚠ 〜まえがき〜 ⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠ —---------------------- 音を立てぬよう、そっと扉を細く開けて外の様子を伺う。 2人の姿はないし、とりあえず話し声なども聞こえない。 Tシャツジーパンにサンダルを引っ掛けて、財布とスマホと免許証くらいを小さなボディバッグにつめこみ、するりと狭い隙間をすり抜けた。 濡れたままの髪は気化熱を利用して火照った顔の温度を下げてくれる。 気配を消して階段を降りていく。 酔い覚ましにどこかぶらぶらと歩いているのか、あるいは自販機かコンビニにでも行ったのか。 ほとんどの荷物は置いてきたし、そもそも金輪際縁を切るとかそういう話ではない、なにしろ光世とは恋人同士なのだから。 いくぶんか物理的距離を取ったらきちんと連絡しようとも思っている。 呼気にはアルコールが少しは残っているだろうが、よほどタイミング悪く止められなければ大丈夫だ。 正常な判断で運転はできる。 足音を殺して早歩きで、逃げるようにその場を離れる。 「…逃げたな…?」 ブラインドの閉じた薄暗い部屋には生気がなかった。 『ただ今、運転中のため電話に出ることができません…』 苛立ち、スマホをベッドの上に投げつける。 征羽矢が苦しげに嗚咽を漏らし、しゃがみ込んだ。 理性はおおよそ取り戻してきたが、代わりにとてつもない頭痛と吐き気に襲われているのだ。 「…吐くなら便所行けよ…」 光世は髪をほどいて、ぐしゃぐしゃとかき回した。 腹は立つが、まあ、いい… 今日一日捕まえることができなくとも、明日の行く先は分かっている… 自身のやっていることが、まさしくストーカーチックである事実に嫌気が差すが、仕方あるまい、奔放な年上の恋人の身を案じての仕業である。 現在できることは、睡眠を取り酒気を抜き、弟にも睡眠を取らせて酒気を抜かせることくらいだ。 見れば荷物はほとんどそのまま置きっぱなしだし、そしていよいよともなれば、女の居場所などいくらでも探ることができる… 思考が交錯する。 探る…? どうやって…? 無意識に指輪に触れる。 「…逃さない、と言ったのを、理解…していない、ようだな…」 征羽矢ならば、その自信どっからくんの?と茶化すところであるが、当人はうずくまってしばらく動けそうにない。 『明日の練習走行の準備のためでかけます。また店いきます。』 簡素なメッセージが届いたのは昼前だった。 折り返し電話をかけてみるけれど、コールはすれども繋がらない。 眠っていたのだが、短いバイブに過敏に反応して飛び起きてしまったのだ。 憂鬱な息を吐いて、ごろりとうつ伏せに寝転がる。 目を閉じると、疲労と不安が瞼の裏に渦巻いた。 『神域』を見せたのは少しやりすぎたか…? パチパチパチ、グラスの中で氷が溶けていくときの音が聞こえた気がした。 それは鍛冶場で火が爆ぜる音によく似ている。 俺は何を考えている…? しんいきとはなんだ…? 夕暮れの畦道… ここではなく今ではない場面を共有した… 血液を沸騰させるように溢れてくるなんらかの力… 違う…! 名前を、呼んだだけだ…! 枕をぎゅうっと抱き締めた。 かすかに女の匂いがする。 染み付いて取れない、オイルとゴムとガソリンと排気ガスの匂い… 無事でいるならいい、と自分に言い聞かせるが、その一方で、この素っ気ない文章を打ち込みながら、もし隣にあの男や、そうでなくとも別の男がいたら…などときりのない想像に擦り減らされる。 やはり脚を切り落としておけば良かった… 嫌味のひとつでも返信してやろうと頭の中でメッセージを推敲するけれど、気の利いたことは思い浮かばなくて、そのままもう一度眠りに落ちた。 城本が、珍しく曇った表情の征羽矢に訝しげに挨拶をする。 「ソハヤくん、おはようございます、体調悪い?」 「あ…おはよーございま…ちょ、二日酔いで…すんません…」 整った鼻筋の上にしわを寄せた。 「遊びに出てた俺らより飲んでるの草…あ、ごめん、さみしかった?」 安い挑発だ。 だが、喉元に鈍色の鋒が突き付けられる、ビジョン。 室内で風もないのに、征羽矢の逆だった前髪が揺れる。 「…まあ、そんなとこっす、城本サン、あんまてんちゃんに絡まないでくれます?」 「えー?ミツヨさんも楽しそうだったよ?」 「…」 無言でグラスを磨いている。 「どっちに対して妬いてんの?」 それは純粋な疑問でもある。 光世と同等の執着を女に抱いているのも事実だろうが、常にニコイチでやってきた兄を女に奪われた、と感じているというのも、ありそうではある。 「…城本サンてデリカシーあるようでないっすよね。」 「これ意図的にやってるから。」 「…性格に難あり…」 一点の曇りもない薄いガラスをライトに透かす。 カウンターテーブルに丸く光の輪が落ちた。 「あ、あと、明日、どっちかだけでも回せません?連勤になって申し訳ないんすけど。」 「どっちでもいけるよ、ミツヨさん?ホリくん?」 「じゃ、堀江が1部なんで、2部、お願いしますね。」 ということは急遽で光世が休みか、これはなにかあったな、と勘ぐる。 ここに勤め始めて1年以上にはなるが、無機質、無愛想、その人間離れした物質的な気配が魅力のひとつだった光世の、技術もさることながらカリスマ性に憧れてきた。 ここにきて、たった1人の女に振り回される、無様、と思いながら、歪められていく理想像が美しくて興奮を禁じ得ない。 たとえば、人間に恋をした神が狂って堕ちていくストーリーなんて、王道過ぎてたまらない。 込み上げてくる不穏な笑みをどうにか噛み殺してバックヤードのドアを開ける。 「りょ。HPのセトリ変更出しとくね。」 中では、明かりもつけず、光世がPCでミックスのデモを作っていた。 ロッカーにリュックを仕舞うと、光世が顔を上げてヘッドフォンを外した。 「…あ、あした…」 「ミツヨさん、おはようございます、明日、出れるよ、ソハヤくんから聞いた。」 「…すまない、ありがとう…」 今朝はあんなに楽しそうにしていたのに、今はすっかり背景に闇を背負っている。 「どーしたの?なんかあった?」 ぎし、と光世が座っているデスクチェアが軋んだ。 城本はソファに腰かけた。 スマホに視線を落として、たたたた、と文字を打つ。 明日も仕事が入った件を家族に連絡しているのだろう。 「…あす、なんだ…その…サーキットに、走りに、行くと、言うから…」 「ひとりで?なんかスタッフの人が一緒とかじゃないの?」 城本の手が止まる。 今は店のHPの公演予定を編集している。 「…どうも、ひとり、で…」 光世が、困ったように眉毛を下げた。 「…そっか。心配?」 「…じ、実は…昨夜、あの、店…あの男…ニアミスしていたらしく…」 「!」 はっ、と息を呑む。 こんな簡単なことに考えが至らなかった。 犯罪に対して認識が甘過ぎた。 相手が勝手に怨みを抱いていたら、出会い頭に刺されるくらいの想定はできて然るべきたった。 いかに自分がのほほんと生きてきたかがうかがいい知れて軽く落ち込む。 「…マスターが…気をつけるように、と…」 「…それは…確かに、そう、か。」 親指を顎にあてて俯いた。 「でも、それこそ四六時中いっしょにいるなんて現実問題…」 城本は女が兄弟と半同棲していることを、いちおうは知らない。 「あっさり被害届出してもらったら?ゲーセンバー?のマスターに口添えもらって、ストーカー規制法?とか、あるじゃん?」 光世は天井を仰いだ。 「…そう、だな…あまりに、あれ、が、のんきで…」 額を手のひらで押さえて、遠い目をしている。 城本の神は、たいへんお疲れのご様子で、それが妙に唆った。 「こんばんわっ!ほんとに来ちゃったっ!」 開店してすぐに入ってきて、カウンターを挟んで話していた兄弟に片手を上げたのは、木庭であった。 「木庭サーン!いらっしゃいませませ!え?チケット買ったの?俺の名刺出してくれたら良かったのに。」 二日酔いを感じさせない太陽の笑顔で席を勧める。 「じゃー今日はドリンクはサービスしますね!なんにしましょ?」 「いーの?ありがと!とりまノンアルでー。」 「ノンアル?車なんすか?」 ジョッキを掴んだ征羽矢の手が止まる。 「車なの。俺たちそういう種族なの。」 光世が手渡したおしぼりでていねいに両手を拭いた。 「ユキちゃんはいつもバカスカ飲んでるぜ?」 「あの子は特殊なのー。」 きれいに泡の整ったノンアルコールビールが、ことり、と置かれた。 「車好きと酒好きの両立むずっ!」 征羽矢がわざとらしく視線を外して肩をすくめて見せた。 「ユキちゃんは、今日は飲めないから、来ないのかな?明日走るって言ってたから、整備はバッチリしといたけど。」 「…!…そ、相談…なんだ、なんです、が…」 光世がしどろもどろに言葉を探している。 「…俺…」 行きたい、と言うべきか。 付き添うなど、それは同じ業界で肩を並べている者が使う台詞だろうから… 見に行く、だとミーハーだろうか、また邪魔をするのかと思われるのもいただけない。 続きが出てこない。 木庭が光世の困っている様子を見かねて、代わりに言った。 「…ついていきたい?」 「…!」 「知ってる、森下さんが言ってたから。ストーカーが心配なんでしょ?」 ジョッキを傾けて、ゆっくりと飲む。 ここ最近ずっと女の堂々たる飲みっぷりを見ているから、どうもむずがゆくなる。 征羽矢はつまみにミックスナッツの小皿を出しながら身震いした。 「…邪魔は、しない、しません…もう…」 光世が、慣れない敬語と丁寧語に苦戦しつつ、会話をつなぐ。 こんなに積極的に喋る兄もめったにお目にかかれない。 「あっはっはは、こないだの?邪魔なんて思ってないよ、興味持ってもらえたら万々歳の世界だから。」 「…す、すみません…」 思わず謝罪が口をついて出る。 「でも、あれでしょ?ついてくるなって怒られた?」 「…そう、です…」 ふーん、と鼻を鳴らして、木庭は少し考えるような素振りをした。 「…運転、できる?車、貸そう。」 面白いことを思いついた、というような、いたずらっぽい顔をしている。 「…ユキちゃんは自力で積車で行くから、車、貸すよ、俺の。マニュアルだけど、いい?」 「…だ、ど、い、いい、の…か?」 思いがけない提案に、どもってしまう。 「2台あるから大丈夫ー。」 この界隈の人間は車を複数所持するのがデフォルトなのか。 理解はしがたい。 「弟が乗るから適当な保険はきいてるし、ただし、安全運転でね?」 人さし指を光世の鼻先に突きつけた。 「…約束、する、します…!」 「明日あさ、静波駅に来て。」 「…それでいい、の、いいんですか…?」 モノレールの駅だから、光世にとって都合が良すぎる。 気を遣わせてしまっているだろうか、と、どきりとする。 「いいよ、俺、西川線沿いだから、安田から帰るから。歩いても知れてる。あっ、送ってくれてもいいし?」 木庭がジャケットの内ポケットから名刺を取り出して、個人の電話番号を書いて渡してくれる。 「…あっ、あり、がとうございま、す…甘せさせて、いだきたい…」 光世も慌てて名刺を取り出した。 先日は征羽矢が取り仕切って挨拶してくれたので、自分は蚊帳の外から見ていただけだった。 「よっしゃ、決定ね。ふふ、ペーパードライバーだったくせに、ずいぶん頑張るね?」 「…」 なんと答えたものか、分からずに黙り込んだ。 「大事なんだ?ユキちゃん?」 「…まぁ…」 「かっわいいなぁ!いいなぁ、若いって!」 木庭が何歳かは知らないが、しかし光世とさほど変わらないと思うのだが、目を細めて笑われて、照れてしまう。 「これを機に自家用車の購入を検討される場合は当店へ是非!」 くったくなくVサインを出す。 「カー用品の店じゃないんすか?」 征羽矢が尋ねた。 「中古車販売もやってるよー。ソハヤくんも、是非!」 はは、と曖昧に相槌をうって、腕まくりをする。 だんだんと客が入ってきた。 今夜は部屋に戻っても迎えてくれる想い人はいない。 体調もいまひとつだしモチベーションが上がらないけれど、案外となんの問題も起こらなくて平和な夜になりそうな予感もする。 「どんな系の音楽が好きっすか?」 「えー、なんでも聴くけど…洋楽あんまり分かんないかも、J-popの明るい系か、知らないでしょ?ちょっと昔のビジュアル系よく聴いたな。」 「クラブ店員舐めないでください?」 光世に目配せする。 「…調度いい、堀江のフィールドだろ…」 光世はいったんバックヤードに引っ込み、また出てきてスタンバイしている堀江に近付いた。 数枚の音源を渡してなにやら相談している。 「すごいね、お客さんの趣味に合わせて即興でミックスしたりするの?」 「いつもするわけじゃないっすけど、これも修行の一環、みたいな?これとこれ使ってこーゆーテーマで、こーゆーふいんきで、っての?」 「そっか、ミツヨくんはDJ界の第一人者なんだっけ。」 「そんなたいそーなもんじゃねーけど、でも兄弟はすげーんだ、かっこいーぜ?」 誇らしげに口角を上げた征羽矢が、オーダーが入り出したので、すみません、と木庭の前を離れる。 「…不思議な世界だな…」 それはあのとき、サーキットで征羽矢が言ったのと同じ台詞であった。 出会わなければ交わることのなかった空間に、今、身を置いていることが奇妙でならない。 飲まないなら食事でも、と征羽矢がメニュー表を見せると、木庭は目を輝かせた。 「充実してんね。誰が作るの?」 「俺。うまいっすよ。」 「えー、料理できるの尊敬!じゃあ、ロコモコ丼!」 「かしこまり!ちょい待ってて!」 カウンターに座っている他の客に簡単に挨拶してキッチンへと引っ込む。 土曜日の夜にひとりでドリンクとフードを回す手腕はたいしたものだ。 しばらく音楽を楽しみながら踊る人々の波を眺めていると、征羽矢が戻った。 「へいお待ち!」 手にはほかほかと湯気を上げる丼。 「ありがと、いただきます。」 さっそく、ぱく、とハンバーグに食いつく。 じゅわ、と肉汁が溢れる。 甘じょっぱい少し和風のソースも美味しい。 目玉焼きは最高の半熟具合で、文句の付け所はない。 「…これは、これ目当てで通える…」 「ははっ、マジで?嬉しーな!」 近くでにこにこと飲んでいる常連の男性が優しく征羽矢に声をかけた。 「まーたファンが増えたな?」 光世の演奏が始まると、ほとんどの客がホールへ移動するか、酒を飲む手を少し止めてステージに釘付けになるから、今のうちだけでも休ませてもらおうとバックヤードのソファに沈み込んだ。 「はー、やっと頭、落ち着いてきた…」 征羽矢がぐるぐると首を回している。 堀江が先の自分のミックスを撮ったものを聴き返していた。 「あ、俺、出ますよ、ドリンク、そんな役には立てないっすけど。」 「おーう、ありがとなー。もー1人、雇いてーな…しょーじき。」 濱崎が思いのほか有能なので、彼が休みの日がきつい。 「ミツヨさん効果でずっとキャパ200パー超えてません?そりゃきついっすよ。」 「だよなぁ…」 堀江がエプロンをつけて店舗へ戻ってくれる。 こめかみの奥はまだほんのりとずくずくと脈打ってる。 記憶をなくしてはいない。 今朝飲み過ぎたのは事実だ。 さみしかったのも隠すことじゃない。 女を押し倒したとき、うっすら、しまった、と思っていた。 兄にも女にも不満をぶつけるのはお門違いだと分かっていた。 なのに止められなかった、あれが、自分の、本音? あれがトリガーになって、出て行かせてしまった自覚もある。 以前、面と向かって言われたことだってあった、そんな関係を求めてはいけない、そうなれば、ここにはいられないと、宣告はされていた。 全て自身のせいだ。 だが今さらだ。 立ち上がって、ぐっと伸びをする。 頬をパチンと叩いた。 兄には悪いことをしたなと反省している。 子どもじみた妬きもちで事態をややこしくしてしまった。 いーっ、と歯を出して笑う練習をして、それから部屋を出る。 それにしても。 悪いのは、自身に危険があるかもしれないと周りから散々注意されているのに、全くと言っていいほど忠告を聞かない女ではないか。 行き先も告げずに黙って姿を消すなど、迷惑をかけるとか心配をかけるとか思うところはないのだろうか。 当然、電話には出ないし、メッセージに返信はない。 ストーカー男に刺されても誘拐されても、みずから、自業自得と皮肉に笑いかねない、そんなの、許さない… カウンター席では、木庭が堀江となんだか仲良く喋っている。 先の演奏について盛り上がっているようだ。 征羽矢の顔を見て、一斉にオーダーが入る。 「ソハくん、こっち、おかわり頼む!」 「ソハくん、こっちも、新しいボトル入れて!」 「ソハくん、なんかオススメのカクテル、弱めのやつ!」 「ソハくん、枝豆ペペロンチーノ作ってよ!」 その声を、両手を上げて制して、おどけて叫ぶ。 「ちょ、待って?みんな俺のこと好き過ぎない?」 あはは、と笑い声が満ちる。 「それと、枝豆ペペロンは裏メニューだから!そんな堂々と注文しちゃダメ!」 そんな征羽矢を、木庭は感心して眺めている。 この人の心を掌握しつつ、軽くあしらいつつ、逆に手のひらで転がすくらいの図太さ、たいへんな才能だ。 これでまだ20代半ばとは、恐れ入る。 木庭は腰を上げた。 「おいとまするわ、ミツヨくんの途中でほんとごめんけど、よろしく言っといて、あと明日始発なって言っといて。」 財布を開く。 「あっ、や、今夜は、うちのおごりっす。チケット買ってもらっちゃって、」 「そういうわけにはいかないでしょ、ロコモコ食べたし。」 「いやいやいや、また来てくださいってことで!」 征羽矢が大げさにぶんぶんと腕を振った。 「じゃあ…」 札を数枚出して、堀江に無理やり握らせる。 「これでなんか飲んで。」 「うわ、そーゆーことしちゃう?」 にこ、と木庭が笑って踵を返した。 「めちゃくちゃ気に入ったから、また来るし、枝豆ペペロンも作ってもらうから。」 だいぶ客の引いたカウンターテーブルを拭いていると、演出を終えた光世がステージから降りて来た。 「…木庭氏、帰った、のか…?」 「おー、明日、始発で来いってよ、もう上がって寝ろよ?」 「…いや、だが、昨夜も、兄弟…」 征羽矢は、もごもごと言い淀む光世の胸を小突いた。 「このへんは俺の仕事だろ?」 もぎりとフライヤーさばきに出ていた城本も戻って来た。 「閉店手伝うよ、ミツヨさん、大丈夫だよ。」 そのとき、兄弟のスマホが同時に震えた。 ふたりともが急いで画面をスワイプする。 『生存確認。おしごとお疲れ様です。』 「…ふざけてんの?」 征羽矢が、はぁーっと重い息を吐いた。 光世の液晶を覗き込むと、まったく同じ文が送られてきている。 「…生きているなら、とりあえず、いい…」 「てんちゃんに甘過ぎない?」 そのやり取りを聞いていて、城本は、あれ、と思う。 明日サーキットへ行くことは知ってる、昨夜ストーカー男とニアミスしたことで不安が募っている、今朝まではいい雰囲気だった、メッセージが来て安堵している現在、『生存確認』に対して「ふざけてる」の怒り、二日酔いの征羽矢、疲労気味の光世。 ピン、と糸が繋がった気がした。 城本が、がばっ、と左右の腕で2人の肩を抱いた。 「ちょっと、おにーさん、きみたちに聞きたいんだけど?」 小声でがなる。 「…な、なんだ、よ…?」 その迫力に光世の腰が引ける。 「きみたち、これまで毎晩てんちゃんを持ち帰ってたね?」 「…!?」 「んなことしねーよ!」 咄嗟に言い返せずに息を呑んだ光世を庇うように、征羽矢が目一杯否定した。 「…てんちゃんと付き合ってるのは、ミツヨさんで間違いないよね?」 こくこく、と光世は頷くしかできない。 「これは純粋に、ソハヤくんの横恋慕?」 「ヨコレンボってなに?かくれんぼの親戚?さくらんぼの友だち?」 「今そーゆーのいらないから。」 「…あんたが、なにを想定してるのか…知らないが、」 光世が苦しげに声を絞り出す。 しかしそれを最後まで聞く気は、城本にはない。 かぶせ気味に説教を続ける。 「スキャンダルを重ねるなって言ってるんだよ、男2人の住まいに女を連れ込むなって言ってる。みんな想像力が豊かだから。」 おそらくその想像通りではあるのだが、しらを切る以外に選択肢はない。 「お言葉ですけど。既婚者が深夜に女を連れ回すのもどーかと。」 「言うじゃん。腹立つな。」 征羽矢と城本の間に火花が散る。 「どうりで、ちょいちょい謎の展開があったんだよな、」 肩に回していた腕を放して、ポリポリ、と頭を掻いた。 「いいか、次、そんな場面もし撮られたら、こっち具合悪いよ?てんちゃんが不健全交友とか?よく分かんないけど、叩かれたら、ストーカー男との関係性も肯定されかねないよ?」 「…なるほど…?」 「してねーって!なるほどじゃねーんだよなぁ!?」 むきになって必死に抗う、光世はあまり嘘をつくのがうまいタイプではない、ここは自分が食い止めねば、と。 「…肝に命じてくれよ、ここが立ち行かなくなったら困るんだよ。」 「だぁら、そー思うなら誘うなっつったんす、俺はね?」 「カレシ同伴じゃん、それ以上ないだろ?」 「じゃ、たとえ同棲してたとしてもカレシ同居じゃねーか、自分の都合いーよーに解釈してんじゃん!?」 「論点ずらすなよ、ヒトツヤネノシタはどー考えてもアウトだろ!?」 「…ふたりとも!…落ち着け…!」 光世が間に割って入った。 「…誤解、を、与えるような、付き合い方は、しない、以後いっそう、注意を払う…助言に、感謝する…」 城本を見下ろす。 「だがあんたも、あまり…あれに、ちょっかいを、かけるな…面倒だ…」 光世は心底わずらわしげに首をゴキリと鳴らした。 「…これは…俺が、ここで上がったら、どうなるんだ…?」 征羽矢を睨む。 「…どーもならねーよ、こんなの、ただのじゃれ合いだぜ、帰れよ?」 「それには同意。さすがに子ども相手にガチギレしない。安心して帰りなよ?」 「…っ!」 光世は城本に掴みかかろうとする征羽矢の頭を叩いた。 「…では、業務命令…城本はシフト通り、これで上がってくれ…兄弟は、閉店を…堀江、少し残れるか…?」 「おっけーっす。とりま退店さばいてきますわ。」 そう答える前から自発的にホールに出て声出しをしていた。 若く大人しいが真面目なスタッフだ。 「…すまんが、俺も、上がる…俺は、俺のことが、心配なんだ…」 神妙な顔で似合わないことを言うから、取っ組み合う寸前のじりじりした気を放っていた征羽矢と城本が同時に吹き出した。 「…なんだよ、なぜ、笑う…?」 「…いやだって、さ、ミツヨさん…オモロ…」 「兄弟、それで狙ってないからずるいぜ!」 「…とにかく、だ…俺は朝になったら、慣れないマニュアルの車を、2時間も運転して…行ったこともない場所へ行き、あれに、なぜ来たと、怒鳴られなければ、ならないんだ…憂鬱だ…」 ゆるゆると頭を振った。 「…あとは、頼んだ、兄弟…お疲れ様…」 手ぶらで裏口から出ていく。 その後ろ姿は妙に哀愁が漂っている。 少しかわいそうに思えてきた。 言い合っていた2人は顔を見合わせた。 「…ぶっちゃけソハヤくん、てんちゃん、好きなんだろ?」 征羽矢は舌打ちした。 「…否定は、しねーよ…」 この気持ちに関してだけは偽りは口にできないと思ったのだ。 が。 「や、モロバレだから、聞くまでもなかったんだけど。」 「なんで聞ーたんだよ!?帰れよ!?」 「俺は疑ってるんだよ、てんちゃんは、ミツヨさんやソハヤくんが心酔するような女性じゃないんじゃない?」 試すような沈黙が落ちてくる。 「…なにが言いてーの?」 「ミツヨさんにもソハヤくんにも適当なこと言っていい顔して、前の男とも切れてなくて、俺みたいな既婚者とも平気でつるめて、そういう女かもしれないよって、」 まだ話している途中である。 が、征羽矢の手が音もなく城本の喉元を掴んでいた。 動作を見て取ることはできなかった、いつの間に…? 「…つまんねー妄想でしゃべってんなよ?あるじを侮辱するなら許さねー…」 城本の頭の中ではてなマークが踊る。 なんの話をしている…? あるじ…? 薄目で征羽矢の様子を盗み見た。 鋭い眼光は、ルビーのように紅くさんざめいている。 …人間じゃない! バンバンと、筋肉質な腕を叩いて降参をアピールする。 ふっ、と力は緩められ、その隙に慌てて1歩後ろへ下がった。 息を切らして怒鳴る。 「侮辱とかじゃない!ちょっと気をつけろって意味!」 「あんたに…何が、分かる…?」 その物言いは光世のそれに瓜二つであった。 このあいだ女が愚痴った、尋常じゃない執着…! あるじってなんだ…!? 「…女性ってのはソハヤくんが思うよりずっとさかしくて汚い一面も持ってるって知っとけって意味!」 「…それ以上言ってみろよ、本気でぶっとばす…!」 堀江がすっ飛んできて城本の腕にしがみついた。 「城本さん、もう、帰ってくださいよ、あ、明日も、頼みますよ!?」 征羽矢の瞳の色がグラデーションを描いて、いつもの焦げ茶へと落ち着いていく。 「…すんません、ヒートアップしちまった…でもてんちゃんはそんな女じゃねーよ、そんな目で見んなよ?」 「…俺も、言い過ぎた…悪かったよ、いい子だと思ってるよ、じゃなきゃあんな仲良くなれねーよ。」 城本がバックヤードへと引っ込み、リュックを掴んで出ていく。 「…お疲れっした、お先です…」 征羽矢は深いため息をついて、堀江に礼を言う。 ルーティン通りにレジを閉めて、日報をつける。 厨房を片付け、元栓を閉めて換気扇を止めて電気を消す。 その間に、堀江は音響機器のデイリーメンテを済ませた。 「こっち終わったら上がりますよ?」 「…ああ、助かったよ、ありがとー。」 征羽矢の、見たこともない辛そうな笑顔に、堀江の胸が軋んだ。 いわば、堀江は征羽矢派。 いっぽう城本はどちらかというと光世派というところか。 相性が悪いと思ったことはこれまでなかったから、ここまで衝突するなんて考えてもなかった。 今夜の城本は、さしずめ、昨夜までは知り得なかった様々な情報が露呈してきて、光世の恋人に好意を寄せている征羽矢のことも、光世を弄んでいる可能性のある女のことも、うっすらと警戒し始めているのだろう。 まあ、お互いが我慢して塞ぎ込みながら、不満を溜め込みながら、いつ爆発するかハラハラしながら仕事をするより百倍マシだよな、最年少は案外と、いちばん大人びた感想を心に仕舞って、タイムカードを押した。 目を覚ましたとき、征羽矢がきちんとベッドで眠っていたのでホッとした。 自身も、気持ちがやきもきしていた割にはしっかり寝れていた。 駅の階段の上から外を覗くと、木庭は既に路肩に車を停めて、傍らで缶コーヒーを飲んでいる。 「…おは、ようございます…」 少し急いで駆け降りた。 「おはよ。昨日はごちそーさまでした。途中で失礼しちゃってごめんね?」 濃いモスグリーンのコンパクトな車だ。 車長に対してノーズが長めで、車高はしっかり低い。 ヘッドライトはこちらを睨みつけてくるかのような横長で、後部座席は存在しない。 「ロードスターだよ。車幅小さめのほうがいいかなと思って。」 「…ろーど、すたー…」 鼻先にそっと触れる。 「死ぬほど整備してあるからトラブルないと思うけど、困ったら電話して。なんとかするから。」 はい、と鍵を渡される。 「ナビ、シオハマに設定してある。道間違えたらコンビニかなんか入って、もと来た道戻るのがいちばん初心者向け。」 光世は素直に、こくり、と頷いた。 「あっ、でも車高低いから、歩道とかの段差越えるとき、ゆーっ、っくり、斜めに、いって?バックでもいいけど、無理でしょ?」 まっすぐに伸ばした左腕に、右腕を鋭角に交わらせて視覚で説明してくれる。 「…わかり、ました、ゆっくり、ななめに…」 「ま、たいしたエアロじゃないし、もう傷だらけだから、あんまり気にしないで楽しく乗ってくれれば。」 「…えあろ…」 「あと重ステだけど、大丈夫かな?」 「…おもすて…」 全ての単語が意味不明で、繰り返すことしかできない。 「乗って、エンジンかけて。」 言われた通りにシートに身を沈めて、鍵を差し込み、回す。 どるるるっ、エンジンが唸る。 カリーナともハチロクともビートとも違う、不思議な音がする。 「…不思議な音がする…」 思わず口走っていた。 「あはっ、さすが耳が良いね、ロータリーだからねって言っても興味ないかもだけど。ハンドル、きってみて。」 くるり、と回そうとした。 回そうとしたのに、ほとんどびくともしない。 ぐっ、と力を込めると、じわり、と、ようやく動いた。 こんなの、本当に運転できるのか…? 眉を下げて木庭を見上げた。 「動きながらだとそこまできつくないけど、駐車するときとか、重いってこと頭の片隅に置いといて。ちょっと、クラッチつないでみて。動いてたら、大丈夫だから。」 すうっ、と、ひとつ深呼吸して、ペダルを踏み込みギアを入れ、やわやわとクラッチを繋ぐ。 ハンドルを操作してみると、確かに、先ほどまでの筋トレマシンのような重さはない。 「そうそう、慌てなくていいからね。」 隣をすたすたと歩いて付いて来ながら、声をかけてくれる。 「午後、雨が降るかも。そしたら少し滑りやすいから、法定速度は守って。あとはー、」 いくつかペーパードライバー用に分かりやすく説明し、窓の外から光世の肩をポンと叩いた。 「じゃ、気をつけて。リラックス。」 「…木庭、さんは、」 「いーよ、安田から乗ったら1本だから気にしないで。それより、無理せず休憩とりながら行きなよ?そのために早めの集合だったんだから、ほら、行ってらっしゃい?」 ひらひら、と手を振る。 「…本当に、ありがとう、ございます…大事に、乗る、乗ります…着いたら、連絡し、ます…」 光世が、ぺこ、とお辞儀をすると、木庭が車から離れた。 どぎまぎしながら発進する。 心臓がうるさい。 ミラーの中で、また木庭が手を振った。 特徴的な、滑らかなエンジン音が、心地良い… 緊張で身体がこわばるけれど、車も、運転も、好きになれそうな気がした。 いや、慢心は危険だ。 気を引き締めてステアリングを握る。 『そんなに力入れないで?』 助手席で、からかうように女が言うだろう。 1人きりの部屋で、丸めたタオルケットを掻き抱いて、膨らみかけた下半身を必死にそれにこすりつける。 「っ…!…はっ…!」 甘い息を何度も短く吐く。 舌を尖らせて突き出して、様々な角度の女の裸体を思い描き、それを犯す。 高く昇った太陽の光がブラインドの隙間からななめに射し込み、シーツに縞模様を刻んでいた。 「…由希…っ!」 聞かせる相手は不在だ。 心置きなく呼ぶ。 鈍い快感が身体の中心部を渦巻いて徐々に束となり、頭の芯を締め付けた。 「…っ!…ふぅっ!…は……由、希…っ!」 すっかり昂ぶったそれを、両手で撫でつけ、虚空に向かって腰を振る。 …なにやってんだろ… 情けなくも一瞬の正気がカットインするが、そこに被さるようにエロティックな記憶が沸き上がる。 『やめてください…やめて…』 脳内ではその台詞ばかりが再生される。 歪んだ欲望に埋もれる。 征羽矢はベッドサイドのティッシュ箱を鷲掴んだ。 首筋を汗が滴っていく。 バキン、と異音がして、変な振動がし始めた。 ハザードをたきブレーキを踏んで、ランオフエリアに停車する。 タイロッドが折れた。 振り返るとイエローフラッグが揺れている。 他の走行車をやりすごしてゆるゆると発進し、ピットへと逃げ込んだ。 まだほんの数周しただけである。 幸先が悪い。 タイロッドの替えはあるし、その交換くらいは自分でできるが、しんどい、目をつぶって唇を結んだ。 フロントが浮いたときアクセルを抜いてステアリングをまっすぐに戻すべきだった。 分かっているのに、集中を欠いていた。 リフトで車体を持ち上げながら、失敗を反芻する。 「ユキちゃん、荒れてるねぇ。」 シオハマサーキットは女にとって、いわゆるホームサーキットのひとつだ。 スタッフはすべて顔見知り以上には親しい。 頼んでもいないのに、作業を手伝ってくれる。 「荒れては、ないですよ、消耗品じゃないですか。」 エアラチェットで手早くタイヤを外す。 「ここで死亡事故んなって言ってんの。よそでやれよ。」 「…」 言い返す言葉が出てこない。 「オトコができて成績下がったら、だからオンナは、って、言われるぜ?」 「…」 知ってる。 自分だって別にブロマイドを売り上げたいわけじゃない。 ずり下がる眼鏡のフレームを、くい、と直して、鼻をすすった。 車が多い。 日曜日だ。 幅の広い片側3車線の国道を走っているだけだが、神経がすり減る。 なぜもっと早くウインカーを出さない? なぜこんなわずかな隙間に車線変更しようとする? なぜ黄色に灯った信号をかたきのように交差点へと速度を上げるんだ? なぜ! 俺のほうを、みな見るんだ! ろーどすたーが目立つのか? 注目を集めるほど運転が下手くそだろうか? また手に力が入ってしまう。 楽しめと木庭は言ったけれど、まだそんな余裕はとてもない。 ガソリンを満タンに入れてくれているし、冷えた缶コーヒーがドリンクホルダーに入っていて、 『眠くなったら5分でいいから仮眠しろ!』 とメモが貼ってある。 頼もしく思うし、くすぐったい気持ちになる。 もし自分に兄がいたならば、こんな存在だろうか。 征羽矢の笑顔を思い出す。 自分は頼りになる兄ではないし、気も利かないし、弟に助けられてばかりだ、と嫌気が差す。 そして、あんな顔を、させてしまった… 征羽矢は、光世の、光そのものなのに。 征羽矢が、女のことを、本当に愛していると宣言したとき、それは審神者だからだろ、となじったけれど、自分は、悔しかったのかもしれない。 そう言える強さは、まさしく光だ。 光世は、自分の心が分からない。 たぶん、これは愛じゃない、たぶん。 カビ臭い暗闇の中で、人知れず夢見ていたまばゆい外の世界に連れ出してくれた主人を、生まれたての小鳥のように慕ってつきまとうだけ… 大典太光世の記憶が混ざる。 だめだ。 今は運転に専念すべきだ。 ナビが曲がれと言うが、そんな簡単に車線変更ができれば苦労はない。 つい前のめりになる。 まだ道は半ばだ。 ひとりだと何をしたらよいのか見当もつかない。 なんていうのは本当は嘘だ。 何をすべきか、分かり始めている。 でも、気付かないふりをしていたのだ。 なんだったら腹も減らない気がしたが、仕方なくトーストを焼いている。 湯を沸かすのも面倒で、冷たい牛乳をコップに注いだ。 そろそろ来月後半分のシフト表を完成させなければ。 仕入先に発注をかけなけらばいけないし、もろもろの支払いのために銀行にも行かなければならない。 部屋とトイレを掃除して、それからハイターとシャンプーを買いに行く必要もある。 チーン、と間の抜けた甲高い音とともに、小麦の香ばしい匂いが広がる。 トースターの前に立ったまま、バターも塗らずにそれにかぶりついて、牛乳で胃に流し込んだ。 覚悟を決め、最たるスポンサーの長に電話を、かける。 『はい、伊藤。どうした?』 きびきびとしたハリのある声が鼓膜を震わせる。 「…あの、お願いがあって…」 『なんだろう?』 どう切り出そうか、と迷うが、意を決してゆっくりと文節を並べる。 「…俺、部屋、出ようと、思って、兄と、空知さん…」 『ああ、そうか、ソハヤくんは、いつも気を揉むね。』 もともとこの建物は、音響設備込みでオースクルターレリアが賃貸に放流していた物件だった。 つまるところ大家は伊藤である。 『急がなくても、いいと思うけど?』 「…や、じきに、けっこん、とか、なるし、きっと…俺ひとりじゃ、ちょっと、ここじゃ…」 『そう、だね、分かったよ。』 城本にはああ言ったが、女が性に節操ないことはもちろん知っている。 兄弟サンド3Pもレズセックスもアブノーマルなプレイも、一般的ではないのだ、当たり前だ。 女を出て行かせるのは本意ではないし、光世と女がどこかに新居を構えるのも現実的ではなく、もしそうなったとしても征羽矢ひとりではこの部屋を持て余してしまう。 自身が出ていくのが最適解だ。 『きみは、防音いるの?』 「そう、思って、相談なんすよ、俺で物件探しても全然いーんすけど、伊藤サンのが間違いねーかなって。」 常に兄と一緒にいたので自然と音楽に触れてきたが、離れるとなると、仕事上、みずから歩み寄る必要もあるだろう。 ピアノとギターには多少おぼえがあるし、お気に入りの音源も山盛りに積まれている。 酒を作っているだけではとてもじゃないがやっていけない。 『少し時間をくれ。自分でも当たってみろ。いい部屋があれば、保証人にはなるよ。』 「すみません、お忙しいのに…」 電話なのに、ペコ、と頭を下げてしまう。 『ソハヤくん、あまり頑張り過ぎるなよ、ミツヨくんとちゃんとケンカしろよ。じゃあ。』 「…ケンカ…」 それがどういう意図か、尋ねようと思ったのに、通話はそこで切れた。 ツー、ツー、という電子音を無駄にしばらく聞いていた。 女がいないだけで時間が過ぎるのが遅く感じる。 この部屋を出たら、いったいどのくらいの虚無に耐えなければならないのか、内臓がぎゅっと軋んだ。 スタンド席へとのぼり、コース全体を眺めている。 これまで何百回と周回したのだ、体が覚えてはいるが、いかんせん一息つく必要があった。 ふと遠くにロータリーエンジンの音がして振り向き見下ろすと、駐車場に心当たりのある車が入ってくる。 木庭のロードスターだ。 ホイールが独特なのですぐに分かる。 用があって同行できないから、と昨日に念入りな整備をしてくれていたけれど、気になって覗いてくれるのだろうか。 …いや!木庭じゃない… クラッチの繋ぎが雑過ぎるし駐車のラインどりが致命的に下手だ。 あんなガラガラの駐車場で何回切り返せば気が済むんだ? してやられた! 居場所が分かっていてもここまで来る手段がないだろうとたかを括っていた。 日曜だし、前日に急に借りられるレンタカーだってありはしないだろうと。 まったく、コミュ症のくせに、変なところでやる気を出して人脈を酷使してくる、とんでもない。 そのまま様子を見ていると、案の定、のそりと縦に長い人影が降りてきた。 あのコンパクトな車体に折りたたまれて入っていたと思うと可笑しい。 挙動不審気味にあたりをキョロキョロと見渡している。 柵越しに大きく手を振った。 「ミツヨさん!」 光世は、はっ、と驚いた顔を上げてこちらを向いた。 「入り口、こっちの下の方です!入るだけならタダですから!」 曇り空の下ではあるが、薄い逆光で、女のシルエットがかすむ。 「…怒って、いないのか…?」 おそるおそる、光世が尋ねてくる。 女は呆れて肩をすくめた。 「べつに?勝手に来た分には、わたしがどうこう言う筋合いないですし。」 前髪を触る。 癖。 照れたり怒ったり、なにか心に変化があったときにそうする。 なんだろうか、やはり腹立たしく思っているのでは。 不安がよぎるが、なんにせよ怒鳴られたり追い返されたりしなくて安堵もしている。 「…変わりごとは、ないか…?」 両の手を、あてなくもじもじと組みまた解しつつ、抽象的に問う。 「ないですよ、あるわけない。過保護。」 それを邪慳にはねのけ、顔をそむけた。 やって来るかどうか分かりもしないストーカー対策に大げさ過ぎるんだ、と、言いたいのはよく理解できる。 「…邪魔は、しない…すみの方で譜面でも読んでおく…」 小脇に挟んだ数冊の冊子を持ちかえた。 「譜面?」 「…スクラッチの…仕事では使わないが、アレンジの、参考に…」 ペラペラとめくって中身を見せてくれる。 「へぇー。ぜんぜん意味分かんない。」 一般的な音曲の楽譜とともに、様々な三角形のマークが羅列されている。 「…俺だって、あんたがやってること、だいたいは分からん…」 光世がしらけた視線を送るが、まるで気にしていない様子である。 「せっかく来たんだから走っていけばいいのに。」 女は伸脚運動をしながら、頬を膨らませた。 「…木庭氏の、車、だよ…」 ぶつけたりしたら大変だ、余計なことはすべきじゃない。 「ドリフトしろっては言ってないじゃないですか。ぐるぐる周回したらいいんですよ。」 今度は屈伸を始める。 「…楽しい、のか…?」 「練習になりますよ、いろんなR、ハンドルの切り具合を一発で決める、とか、低速でいいから速度をとにかく一定に保つとか、目標たてて、けっこう難しいですよ?」 やたら走行を勧めてくるのだが、なんとしてでも回避しなければ。 「…他の利用者の、迷惑に…」 当たり障りのない理由をつけてやろうとしたのを、途中で遮られてしまう。 「そんなの、全員通ってきた道ですよ、誰も文句言わないですよ、すいてるし、申し込んできましょうか?」 「…!…やめてくれ…」 このままでは本当にコース上に連れ出されかねない。 首を振って、スタンド席の硬いプラスチックのイスに腰かけた。 「なーんだ、つまんない。気が変わったら言ってくださいね?ああ!ミツヨさんが走りに目覚めたらぜったいちょーかっこいいのに!」 上腕を高く上げて、背中側へ大きく反らしてストレッチをしている。 こうしてみると、女性らしい丸い輪郭の中に筋張った筋肉も見える。 ドリフトが、いわゆるスポーツとしてどのようなトレーニングが必要なのか見当もつかないが、そういえば腕立て腹筋スクワットくらいの筋トレは部屋でもちょこちょこしていた。 球技や陸上競技と違って、ピンポイントにどこかを増強させるというのではなく、体幹を鍛えるようなイメージだろうか。 「…俺は、最近、十分あんたに…影響を受けすぎている、よ…!」 運転もゲームもセックスも、これほど必死になったことはない。 出会わなければ、きっとこれから一生、昼夜逆転の生活に、閉じられた部屋、狭いDJブースの中、ヘッドフォンを手放すこともできず暮らしていたに違いない。 それに疑問を持つことも、なかったに、違いないのだ。 こんなにも、眩しい。 こんなにも、広い。 こんなにもささやかな音が溢れ、こんなにも、狂おしく、苦しい… 重い腰を上げて用事を済ませた自分を褒めたい。 発注は部屋のFAXで送ればいいし、最寄りのドラッグストアは24時間営業だから問題ないのだが、銀行というのはどうして夕方より前に窓口を閉めてしまうのか。 そのうえここ最近は謎の昼休みが設定されていて、ますます勝手が悪い。 およそ昼まで寝ていることの多い征羽矢にとって、いちばんの鬼門である。 しかも帰り道に雨が降り出したものだから、重いビニール袋を提げたままどたどたと走って帰宅したため、ずいぶんと疲れてしまった気がする。 それでも、あまり美味くない栄養ドリンクを飲みながら、どうにかシフト表も完成させた。 大学院受験生の堀江はよく働いてくれるが、学業が本分だ。 研究を形にしなければならない年だし、あまり無理はさせたくない。 城本だって、本人は何も言わないが、仕事終わりが深夜から朝にかかる日がほとんどだ。 幼い子どもがいるというのに、奥さんは理解ある、と言っても、おそらく不満も募っているのでは… 「もー、ひとり、かぁ…」 物怖じしなくてそこそこ愛想がよくて、できれば酒が強くてとことん夜型で、それなりに音楽が好きだとなお良い。 ドリンクサイドの業務と料理ができれば助かる。 時間の自由が利く独り身で、フリーター的なフットワークの軽さがある人物… 身近な顔がふっと浮かんで、それを首を振って掻き消した。 だいたいの条件をクリアしてはいるのだが。 いや、そこそこどころじゃないくらい愛想は良くないな、と、ひとりで、くくっ、と笑う。 デスクチェアに座り、PCを立ち上げる。 賃貸情報サイトをざらっと流し見る。 どのサイトでも、防音のチェックボックスに印を入れると一気に物件が少なくなる。 できればモノレール沿いが理想的なのだが、この際贅沢は言っていられないか… 椅子を引いて、突っ伏して額を机へと押し付ける。 雨足が強くなってきた。 雨粒が窓を叩く音が静かな部屋に響く。 それを、目を閉じてじっと聞いている。 うまくいくなんて思えない。 出て行きたくなんてない。 出て行かせたくもない。 女と離れるのが辛いし、兄と離れるのも不安で… きっと何もうまくいきっこない。 どーして、このまんま3人じゃいられねーのかな、声にはならない呟きがただのため息になってこぼれたが、雨の音に紛れてどこにも届かない。 ポツポツと雨が落ちはじめたので、光世は屋根がある区画のスタンド席へと移動した。 ハチロクはコースを周回していたが、他の車両とともにいったんピットへと入っていった。 当然オールウェザースポーツだが、予報を見て雨が続くようならセッティングを変更する必要があるのだ。 木庭が、雨になれば滑りやすいと言っていたのを覚えている。 他のドライバーたちと何か話しながら、車の腹下を覗き込んでいる女の姿が確認できた。 数人の男たちに囲まれて難しい表情をしたり、逆にゆるりとほどけてわずかに微笑んだりしている。 ポケットから携行保存食品のビスケットを取り出して口にくわえ、両手はドライビンググローブから軍手に履き替えて、タイヤハウスに頭を突っ込んでいる。 しかし分かっていたことだが、本当に男社会だ。 先日のレディドリは女性レーサーばかりの大会であったし、動画や雑誌を観ていれば、女性も活躍しているのが知られるが、それはやはり全体の内のごく一握りであった。 光世は、自身も、道すがらコンビニで買った菓子パンの袋を、ばり、と破って、中身をかじった。 男ばかりのコミュニティでちやほやされて、と、不躾な客が女に喧嘩を売ったけれど、そう思うのも無理はない。 そして事実でもあるのだろう。 だから少し露出のある格好でブロマイドを撮影しなければならないのだろうし、それが女のプライドをいくぶんかは傷つけている。 抗うように走るしかない、力を示すしかないのだ。 ピットから次々と、お色直しを終えた車が走り出てくる。 どこがどう変化したのか光世にはてんで分からないけれど。 ついさっきまでは、土埃と白い煙を撒き散らしてコーナリングしていたのに、この度は薄い水飛沫を上げた。 速度はぐっと落ちたようだが、軋むような歪な動作が少なくなった。 連なって走るうちの1台がゆっくりとスピンして停車する。 黄色の旗がひらめく。 イヤホンをしていても、轟くエンジン音は光世のこめかみを揺らした。 不思議と耳障りとは感じない。 音楽の邪魔になるとも思わない。 ぜんぜん違う種類の音なのに、けっしていがみ合わずに、それどころか不協和音寄りですらあるのに、絶妙に重なる。 悪くない。 サンプラーに遊びで録音してみても面白いかもしれない… 口の中のものを、ぬるくなった缶コーヒーで胃へと押し込んだ。 弟はきちんと食事をとっただろうか。 征羽矢はちゃらついているようで実はとてつもなくしっかりしていたが、一方で、しっかりしているようで、光世が見ていなければ怠惰でいい加減なところがあった。 今度、城本が教えてくれたラーメン屋に食べに連れて行ってやろう、と思った。 うまいなぁ、と目を輝かせるだろう。 雨が強く降り出し、屋根がバラバラと雑音を奏でる。 ハチロクが滑るたびに、盛大なスプラッシュが舞い上がる。 もし晴れて、水たまりだけが残れば、そこには虹がかかるのだろうか。 ------------------------- 〜12に続く〜
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2025/09/20 19:48:54(mSK7cotq)
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