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〜まえがきのまえがきのまえがき〜
⚠掲載できなかったので試行錯誤して再投稿⚠ 〜まえがきのまえがき〜 ⚠こんかいエロ入れられんかった…!たいへん申し訳ない…!ひと区切りに1エロは入れようと思ってたんだけど…わたしのなかでは必要な日常のやりとりなので、はしょらないであげます、が、反省してます⚠まあそんな読者おらんか、のメンタルでずぶとく書きました⚠ 〜まえがき〜 ⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠ —---------------------- かたい動きでポーズを取ろうと画策する女が、まだなにか文句を垂れている。 「宣材写真なら耐えられるんですけど…ブロマイドて…」 渋い顔をますますしかめた。 「毎回売り切れてるよ、ユキちゃんのは。」 けろりとした声色で星野が横やりを入れる。 ファインダーを覗き、ピントや光量を微調整している。 「かわいいレースクイーンさんたちのをもっと充実させてくださいよ…」 髪を掻こうと手を上げかけるが、ヘアメイクしていることに思い至り、そのまま下ろした。 「それはそれ、これはこれ!はい、こっち、見て?」 女の目線がカメラのレンズを射抜くと同時に、パシャパシャとフラッシュが瞬いた。 「そう言うけど、すごいチャーミングよ?肌キレイだからメイクのりいいし。」 片岡もニコニコして女を褒めちぎる。 女はうっすら鳥肌が立つような感覚を覚える。 自己肯定感など上がりはしない。 カメラを目の前に、作り笑いがわざとらしく貼り付いているのが自分でも分かる。 「無理しなくていいから!いつもの感じで。」 星野が顔をあげて、姿勢をあれこれ指示する。 また十数枚、リズミカルにシャッターを切った。 「ミツヨくん、見てみて。よく撮れてるでしょ?」 後ろを振り向き、静かにパイプ椅子に座っている光世を呼んだ。 「…もちろん、写真も、映像も…アート、だと思ってる…」 よくあるグラビアのように満面の笑顔、とか、セクシーな表情、とか、そういうのとは無縁な、逆に粗雑なくらいの眼差しの女が写っている。 「…もう少し、愛想のいい写真でなくて…大丈夫なんだろうか…?」 「あはは、いーんだよ、ユキちゃんは。ファンは知ってるから。」 しゃべりながら、もう数枚を撮影する。 「ミツヨくんだって、急にユキちゃんがきらきらしてたら気持ち悪いでしょ?はーい、スーツフルバージョンおっけー。上脱いでー。」 「…!?…脱…!?」 光世の座っていた椅子がガタンと鳴った。 「あ、ちがうちがう、誤解誤解。」 星野は慌てたけれど、女はなんとも思っていない風で、身体の正面のジッパーを臍あたりまで下げてから、上半身をするりとのぞかせた。 胸元の丸く開いた白いタンクトップ姿で、レーシングスーツの長袖を腰でぎゅっと縛る。 「でもこれ、わたししか撮らないですよね、男性選手も上裸で筋肉誇張したやつ売ればいいのに…」 「まあまあ、そー言わず。ユキちゃんのは需要があるんだよ。」 眉間にしわを寄せている光世をへらへらとあしらい、またファインダーを覗き込んだ。 「ヘルメット持ってみて?うん、体の横で、うん。じゃ、あぐらっぽく座って?あ、これいいかも、ちょっと体ななめに…お、いーよ!」 光世が目を細める。 別に露出度が高いわけじゃない。 むしろ女性らしい衣装なわけでもない。 誘うような顔をするでもない。 それなのに、なんとも、艶かしいような気がして、人さし指でこめかみを押さえた。 だがそう感じたのは光世だけではなかったようで。 「…俺史上ベスショかも…」 星野が誰に言うでもなく漏らした。 と、突如、不安になり光世をふり返った。 「ミツヨくん的に、コレNG?」 「…いや、俺には…」 言葉に詰まる。 「…なんか、ミツヨくんの影響?…すごい、なんか…」 星野が、手のひらで口を覆った。 言う必要のないことを言いそうになる。 「…今日は、コレを超えれない…」 手を振って女に合図を出した。 女は安堵したように、ぐっと伸びをした。 「もう着替えていい系ですか?」 「…おっけ。自分で選別する?」 「いえ、お任せします。うまく加工してください。」 ひらり、と身を翻して、カーテンの奥へと引っ込んでしまう。 星野は三脚からカメラを下ろすと、どさり、と地べたに座り込んだ。 「…ミツヨくん、ごめん、NGって言われても、コレしかない…」 赤いヘルメットに縋るように両腕を乗せて、うつ伏せに寝そべりかける姿勢で、少し顔を傾げてこちらを見上げる真顔は、かすかに唇が開いていて。 本職のモデルやアイドルとはレベルが違うのは言わずもがな。 だが、心臓を鷲掴みにされる、焦燥感? 片岡もモニターを見る。 「…これは、ギリNGよりじゃない?」 おそらく女性目線で見ても、ドキッとする雰囲気で。 「…もっかい謝っとくわ、ミツヨくん、ごめん。」 着てきたワンピースに着替えて、手櫛で髪を梳く。 ヘアワックスが付いているのでベタベタするけれど、わしわしと適当にかき混ぜてしまう。 「ユキちゃん、ミツヨくんの写真、データあげるね、見る?」 スマホに転送した写真を見せながら、星野が言った。 「わ、なんですかこれ、顔面が神…」 「でしょ?送っとくから待ち受けにでもしてくれ。」 ガラ悪めに顎を突き出して睨みつけてくるポーズがあだっぽくてたまらない。 「本社とレース公式からgo出たら、先行販売あるからすぐ掲載されるからね。」 それは女に対して知らせたのではあるが、なんとなく光世の顔色をうかがってしまう。 「…お疲れ様…」 光世がペットボトルの麦茶を手渡してくれた。 「ありがとうございます、お待たせしちゃいましたね。」 キャップをきゅっとひねって開けて、すぐさまゴクゴクと半分ほどを飲んだ。 「…あんたの、違う一面…見れたから、よかった…」 ごほっ、と女がむせた。 またなんて夢見がちなことを平然とした顔で言うのか。 光世は、スタジオに入ってきたときに入り口近くのテーブルにひょいと置いた、ドーナツ屋のカラフルな紙袋を手にとって、星野に渡した。 「…これ…今日は、邪魔して、申し訳なかった…です…」 女は何も言わない。 「えっ?いーのに、そんな、ぜんぜん。」 一度は断ろうと紙袋を押し返すけれど、光世が無言のまま引き下がらないので、そっと受け取った。 「ありがとう、こんど店、飲みに行くわ。」 星野の言葉に、光世は、ぺこ、と軽くお辞儀をして、エレベーターのボタンを押す。 「どうもありがとうございました、お疲れ様です、お先に失礼します。」 女も頭を下げて踵を返した。 ドアが閉まって2人の姿が見えなくなって、星野ははっとして窓辺へと急いだ。 窓を細く開けてカメラをぐっと望遠にする。 真下から、女と光世がとことこと歩いて出てくるのが見えた。 思わずシャッターを切る。 「盗撮、だめ。」 片岡が笑っている。 モニターには、楽しそうに光世を見上げる女の横顔。 「…あっさり超えちゃったけど…?」 親指は消去のゴミ箱マークを押したがらない。 階段を降りていく。 予定より早く済んですっかり開放的な気分でいる。 金曜日の夕方前、地下のショッピング街は学生が多い。 アクセサリーショップの前を通りすがった。 「…どんなのがいいんだ…?」 光世が立ち止まる。 「なにがです?」 「…指、輪…」 女性店員がそつなく近づいてきた。 「あぁ…わたしは、なんでも。高くないやつで。きっと失くすので。」 これとか、と、シンプルなシルバーの、華奢めのものを指さした。 「…じゃあ、これ、くれ…ください…」 「早っ。いいんですか?」 女は驚いて顔を上げた。 店員もかなりびっくりしてはいたが、 「ペアでお求めですね?サイズみますねー。お手を失礼します。」 さすが、平然を装って光世の手を取ってリングゲージを当てた。 「なにか文字お入れしますか?」 「…?」 「名前とか、記念日とか、無料ですよ?」 そう言いつつ、今度は女の指をそっと持ち上げた。 「いえ、そのままでいいです。」 女が会話に割って入った。 「では、すぐご用意ができますので。」 ペアリングを買うのにこんなに躊躇なく即決できる精神は謎だが、まあ、結局のところ、どうでもいいのだろう、と思い至る。 店員がふたつの指輪を仰々しいケースに入れてくれようとするのを、光世が止めた。 「…そのままで、いい…」 「ですが…」 じろり、と女を睨む。 「それがあると、仕舞われて、しまいそう、だからな…」 店員の手のひらから小さい方の指輪を取ると、女の右手を無造作に掴み、その薬指にぐいと押し込んだ。 ひゅっ、と店員が息を呑んだ。 もうひとつを自身の右手薬指にはめようとして、節のところで軽く引っかかる。 「…?」 店員が慌てて言った。 「す、すみません、左で、サイズを…お直しいたします…!」 光世は首を横に振って、左手薬指にはめ直した。 「…別に、どちらでも、いい…」 ほんとうに高い買い物ではない、おもちゃに毛が生えた程度のものだ。 女にとっても、光世にとっても、周囲からの目をごまかすために身に着ける、そういう体の、ファッションに過ぎない。 光世は自分にそう言い聞かせた。 どうでもいいなど微塵も思っていないのだけれど、まさか浮かれているなんて、悟られては、いけない… 「早かったな。」 征羽矢が座卓にノートと筆記用具を広げてアナログで帳簿付けしている。 光世は、ドサッとベッドに倒れ込んだ。 「…カタログモデルに…兄弟を、推薦、しておいたぞ…?」 ぱちんっ、征羽矢のシャーペンの芯が折れて飛んだ。 「マ?マジのヤツ?」 女が征羽矢のとなりに座って、スマホの画面を見せた。 「ミツヨさん、撮ってもらったんですよ、疲れちゃったみたいです。」 「うーわ、兄弟、かっ、っこよっ!顔面が神じゃん!」 しゃべり方とコメントの方向性が女に感化されすぎている。 現に、女は同じことをさっき言った。 「てんちゃんも、撮影用メイク?ぜんっぜん感じ違うね、ちょー美人。」 「嘘言わないでください…コーヒー淹れていいですか?飲みます?」 スマホを置いて立ち上がり、湯沸かし器に水を注ぐ。 「飲むー!」 嘘、のくだりには無駄に反応しない。 どうせ言っても聞きはしない。 「…のむ…」 光世の返事も待って、マグカップを3つ並べた。 光世はのそりと起き上がり、棚から何枚かCDを抜き取り、見比べる。 「…俺も…仕事をしようと、思い、ました…」 ぽつり、と呟くと、征羽矢が大口を開けて笑い出した。 「あっははは、なに、それ?本日の遠足の作文?」 「…撮られるのも、撮るのも…メイクを、する…指の、サイズを、測る…ドーナツを、揚げる…」 光世は、ゆっくりと、今日の出来事と、最近の出来事とを思い出している。 「…レースで、勝つのも、そのサポートも…経営のための、細かな数字の、計算も…」 征羽矢の目をじっと見つめる。 「…俺には、できない…」 うなだれたその額に、女が熱いマグカップを押し当てた。 「花形DJ苦悩するの巻。」 ふざける女に、光世は小さな声で礼を言って、それを受け取った。 もう片方の手に持っていたカップは、征羽矢へと手渡す。 征羽矢が、女の指に鈍く光る指輪に気がついた。 「…指輪、買ったんだ?」 「買ってもらいました。それっぽいでしょう?」 自分の分を取りにキッチンへいったん戻り、すぐに帰ってきて光世の隣、ベッドへと腰掛けた。 「…なんか、よかったなって思う、うれしい、反面、ちょっと、妬けるな…」 視線をノートへと落とす。 電卓を叩く音が静かな部屋に響く。 華金なんて言葉はとうに死語だが、一見を含む客が多いのは間違いない。 一昨日、先のスキャンダルにたたみかけるような騒動があって、ますます店内は雑踏の熱気で蒸し上がっていた。 今夜は光世はバックヤードにこもりっぱなしだし、征羽矢は満席のカウンターの端から端へと忙しく動き回っている。 始めのうちは、濱崎が女と雑談しがてら、マスコミ気取りのSNSユーザーからほんのりとガードしていたのだが、いよいよオーダーが滞留してきて、バーテンダーの業務へと戻っていった。 濱崎と話すのは気負わなくてよくて楽しいが、そもそも誰かと会話したいわけではない。 思考を塞ぐ騒がしい場所でアルコールが摂取できれば良かった。 生ビールのおかわりを注ぐのもままならないと判断され、女の目の前には芋焼酎のボトルと氷と水のピッチャー、小袋入りのラムネ菓子が置かれている。 ここ数日はチケット代を支払っていないので、多少ぞんざいに扱われても仕方ない。 慣れた手つきで自分で水割りを作って、グラスに口をつけた。 ステージには城本が上がっている。 こうしていろいろな演者に接してみると、それぞれの個性が分かって面白いと思えるようになってきた。 光世の紡ぐ音の波は、エレクトロニックな曲調であっても陰鬱に歪んだアレンジが多かったし、堀江は逆に王道、正統派、耳心地のいい明るい編曲でポップからヒップホップより。 城本のミックスは、ダーティなハウス系、そこから甘めのR&Bにつなげられると落差で目眩がする。 「そっ!空知選手…?」 背後から声をかけられて、女はゆっくりと振り向いた。 こんな瞬間がいずれ訪れるだろうと覚悟はしていた。 「…あのっ!ファンです!握手してください!」 20代前半ほどの青年が緊張した面持ちでピンと立って右手を差し出してきた。 女はグラスをカウンターに置く。 「ありがとうございます。」 結露で湿った手のひらで、握手をした。 「あ…!ありがとうっ、ございますっ!ど、ドリチャレ、がんばってくださいっ!応援してますっ!」 青年へ顔を真っ赤にして、ぺこっとお辞儀をして人混みの中へ戻っていった。 プライベートで構ってくれるななんて、芸能人でもないのに、言えるはずないし、まあ、この青年に関しては、礼儀正しくマナーのあるファンであった。 不躾にスマホのレンズを向けてくるやからとは大違いである。 とはいえ、話題になって知ることとなったこの店にわざわざ足を運んだのであろうから、これ以上踏み込まれたら許容できない、ギリギリのラインだ。 帰宅時の出待ち行為などされたら、いくら芸能人じゃないとはいえ注意を払う必要が出てくる。 カウンターの反対側の端の方から、征羽矢が鋭く睨んでいる。 ラムネの袋を開けた。 酸っぱい香りがふわりと広がった。 ひとつを口に放り込むと、しゅわり、と溶けて、消える。 隣の席に座っている中年男性が話しかけてきた。 「お姉さん、有名人さんなの?」 「…少しだけ、マニアックな界隈で。」 「へぇー。なにしてる人?」 「…モータースポーツです。」 その連れの男性が口を挟んだ。 「知らないのかよ?ばんばんTL流れてただろ?」 「ふーん。」 悪意はないのだろうが、女の顔に、じろりと視線を這わせる。 「オンナノコが、ねぇ。」 また今日に限ってバッチリ濃い目のメイクにきれいめラインのワンピース姿で、モータースポーツという単語とうまく結びつかないのだ。 「芋なんて飲んでるの?渋いねぇ、1杯おごるよ?」 「必要ないです。お気持ちだけ、ありがとうございます。」 面倒くさくなる気配を察して、目を合わせないように、ピッチャーの水面に視線を落としている。 「サガること言うなよ、なぁ、カクテルみたいな甘いのがいいだろ?」 「やめとけって。」 引き下がらない男を、連れが気まずそうにたしなめる。 「オレ若い頃BMW乗ってたぜ?」 気分よく酔っているのか、聞いてもいないつまらない自己紹介をしてくるが、女には微塵も興味はない、そいつにも、その車にも。 「マスター!この子になんか出したげてよ。」 偉そうに征羽矢を呼びつけるが、女のこの2週間弱の記憶に男の存在はない。 特別な常連というわけでもないのだろう。 「すみません、お客様、アルコールの提供は双方のご希望が…」 征羽矢が瞼の上をひくつかせながら、気味の悪い笑顔で歩み寄る。 「え?飲むでしょ?おごるって言ってんじゃん。」 据えた眼差しで、女のむき出しの二の腕をねぶるように見つめ回す。 こいつ…! 征羽矢の舌打ちが聞こえそうで、他の客の相手をしている濱崎はハラハラと横目で様子をうかがっていた。 間違っても手は出ないだろうが、それでも女のこととなるとちょっと分からないところがある、と思っている。 「…無視してんなよ!?」 男の声が上ずる。 女といえば、どうも自分はこの店にとっては疫病神のようだな、と感じていた。 「なぁにがモータースポーツだよ、男ばっかのコミュニティでチヤホヤされてるだけだろ!?」 やれやれ、と唇を結んでため息混じりに、なにか言い返そうと首を持ち上げようとしたそのとき、すぅっ、と影が女を覆った。 低く色のない声が頭上から降ってくる。 「…申し訳ない…そのくらいに、しておいて、いただきたい…」 光世が、背後から、女の座っているカウンターチェアの背もたれを掴んで、くるり、と男と反対方向へと回した。 「…ほら!おまえ飲み過ぎだぞ?クールダウンしてこようぜ?」 連れに腕を引かれて、その男はしぶしぶ立ち上がった。 「うるさくしてごめんね?席、替えて?」 小声で征羽矢に伝え、店外へと引きずって出ていく。 光世が、ふーっと長く息を吐いた。 「…トラブルを、起こすな…」 「いやこれ、わたしのせいじゃなくないです?」 濱崎がトレイを持ってきて、素早く2人の席のものを、カウンター外のテーブル席へと移動させる。 空いた椅子に、どん、と光世が腰かけた。 「今日は入念にお勉強かと、」 女が頬をほころばせてグラスを傾ける。 征羽矢が、かつての女の表情との差に驚きながら、兄の前に氷入りのタンブラーを置いた。 光世はなんの断りもなく女の前に置かれた焼酎のボトルを鷲掴み、ドボドボとそれに注ぐ。 「濃い濃い、濃いですって!ソハヤさん!」 女が慌てて征羽矢を呼んだ。 征羽矢は苦笑いで、自身もタンブラーを持ってきて、光世のそれから半分ほどを移し替えた。 「これね、プチキレ。」 「え、完全に濡れ衣なんですけど。」 ラムネの小袋をひとつ、差し出す。 光世は怪訝な顔をしつつも、ぱり、と封を開けた。 その隙に、ピッチャーから水をぎりぎりまでたっぷりと入れて、ぐるり、とマドラーでかき回した。 「今からお仕事なのに、そんなに濃いの飲んだらだめでしょう?」 薄暗い照明に、じりじりと光る、シルバーリング。 審神者はアクセサリーはしていなかったな、と、脈絡なく征羽矢は思い出していた。 指輪もネックレスもピアスもブレスレットも、なにも。 自分たちは鋼だった。 なにかの金属が主人に四六時中ずっと寄り添っていたら気が触れてしまうかもしれない、今このとき人間で良かった、などと考えている。 いや、しかし… 妬ける、と、さっき言ったけれど、それは光世に対してではなく、指輪そのものに対してだったのでは? 冷たい水割りを喉の奥へと流し込んだ。 のんびりしている隙はない、片付いていないオーダーがまだあるのだ。 思考を頭の奥の方へと押しやって、業務に戻る。 「…俺は、もう、出る…城本をつける、から…じっと、していろよ…?」 不本意だが、という苦い顔付きで、タンブラーの中身をほとんど一気に飲み干した。 「ほんと、わたしをなんだと思ってるんです?」 ラムネを一粒、摘む。 音楽がゆるやかにテンポを落として、ライトもじわりと絞られていく。 それに反して拍手と歓声が竜巻のように吹き上がった。 「…オースにも、ノースガレージにも…恥は、かかせ、られない…」 冷えた指先で女の顎を、そして唇を撫でる。 「…あんたも、少し慎め…」 なにを慎めと? 煙たげに目に角を立てるが、やや冷静になってみると思い当たる節もある、自身の所業か否かは別にして。 ステージ脇ですれ違う際に、光世となにか言葉を交わしていた城本が、シャツの一番上のボタンを外しながら歩いてきて、女の隣に座った。 「お疲れ様です。最後らへん大人の色気って感じでした。」 「そーお?最年長の貫禄出ちゃってた?」 興奮してアドレナリンが出ているのだろう、ワントーン高い声でふざけた感じで会話を繋ぐ。 女が自分のグラスを少し持ち上げて見せた。 「何飲みます?1杯どうぞ?」 「えー、ありがと!ノンアルいただこ!」 ようやく腰かけたばかりだというのに、ためらいもなくすっと立ち上がり、スウィングドアからカウンター内へと入り、自身で冷蔵庫の中から缶を出してカウンターテーブルの上に置いた。 缶のままでいいや、という本音と、征羽矢の言う『上に出すならきちんとする』理論がぶつかり、後者が勝って、冷凍庫で冷えたジョッキも取り出す。 「原付?」 女は置かれた缶のプルタブをパシュッと開けて、城本が持っているジョッキへと注いだ。 「そ。」 目だけで、にこ、と礼を言う。 「ごめん、早く帰りたいですよね、なんかミツヨさんが…」 「平気だよ、もともと2部終わりまでのシフト。そりゃね、そー、しばらくは厳戒体制でしょ。」 グラスの中の氷が崩れてからんと鳴いた。 そばにいるから聞こえたけれど、光世の演奏が始まって音楽と歓声とに埋もれて、女以外には届かなかっただろう。 「ずいぶん雰囲気違うね、メイクのせい?」 「…早く顔洗いたいです…」 女が口を尖らせる。 その顔を、城本がくすりと微笑んで覗き込んだ。 「いつものナチュラルなのも好きだよ?」 「…!」 思わず呼吸が止まりかける。 こんなことをだれにでも言うのだろうか。 「あっ、うそうそ、好きとかじゃなくて、分かるでしょ?」 呆れて、目を細めてむくれる。 「分かるけど、ちょっと迂闊すぎる!」 話には聞いている、カクテルグラスにヒビを入れたり、電球を粉々にしたりするオカルティックな現象について。 「…実はわざとやってたりするわけで。」 ステージの方を振り返る。 「なんなの?いのちだいじにして?」 「いのち、」 城本は、ふはっ、と吹き出して、その単語を反復した。 「てんちゃんに、ちょっかいかけたら、いのち、ヤバいと思うの、解釈一致。」 女の手元に転がっているラムネ菓子を摘んで、口の中へと放り込んだ。 「わたしが言うのもなんだけど、正直。」 肩をすくめて、困ったように眉を下げて、グラスの縁に唇を寄せる。 「あの兄弟、わたしに対する執着が尋常じゃないんですよね…なぜか…」 彼らの語る刀剣の記憶と主人との関係性に思いを馳せる。 城本にとってはまったく知らない話だ。 「運命的なもの、感じちゃってるんだろうなぁ、たとえば、前世とか…?」 自分で口に出して、ちょっとそれはファンタジー過ぎるか、と、語尾は疑問形になって消えていく。 「ね、妙にリアルな夢で忘れられないこととかない?いつも見る同じ場所とか、知らない人なのに、何回も出てくるとか、予知夢的なのとか。」 「うーん…」 少し考えてみる。 本当のところ、夢を覚えていること自体が珍しい。 眠るときはだいたい、坂道を転がり落ちるように意識を手放す。 夢を見ていないことはないのだろうが、起きるときにはすべてが濃い霧の中だ。 「…あんまり、ないかなぁ…」 城本は無責任に相槌を打つ。 「ふぅん、いや、聞いてみただけ。そんな深層心理暴くメンタリストみたいなことはできるはずないじゃん。」 ラムネはつまみにならないね、とひとりごちた。 「はー、腹減ったかも。ね、あとでラーメン食べに行かない?」 「既婚者が深夜に女性をその手の食事に誘うの?」 「近くにうまいとこがあるんだって。ミツヨさんも誘おーよ。」 なんだか光世とラーメンのジャンキーなイメージが重ならない。 ステージに目をやる。 ヘッドフォンのハウジングに向かって顔を少し傾けている角度が絵になる。 「あの顔の人間ってラーメン食べるの…?なんか、こう…蕎麦粉のガレットとかしか食べないんじゃないの…?」 「なにその妙に具体的な妄想?」 城本が笑いながらジョッキを空にした。 征羽矢にチェックの合図をすると、目を見開いて首をかしげた。 「えっ?帰んの?」 さらさらと合計金額を隅の欄に書き入れてはくれたが、怪訝な顔で睨んでくる。 女は財布からドリンク代を支払う。 「シロモトさんとラーメン食べ行こうって。」 「ラーメン…?」 むすっ、とつまらなさそうに眉をひそめた。 「ソハヤくん、顔、顔出てる。」 城本がからかう。 光世もセットが終わってやってきた。 征羽矢が無言で手渡したミネラルウォーターをぶがぶと飲み干して、女をじろりと見下ろした。 城本がリュックを背負いながら光世に尋ねた。 「ミツヨさんも行く?ラーメン。」 「…仕事中だ…」 柔らかい素材のペットボトルが光世の握力に負けて、ぐしゃり、と鳴いた。 「いーよ、兄弟、行ってこいよ、」 レジに札をしまいつつ、征羽矢が渋い表情でいちおうの許可を出してくれる。 「よく見張っといてな?」 それは誰に対して注意を払うよう言った言葉なのか、判別が難しい。 あまりに気ままな女か、例のストーカー男か、天然タラシ気味の城本か。 少し雨の気配を感じる。 湿った風と、土埃のような匂い。 久しぶりに降るのだろうか。 店から歩いて10分ほどのところ、ひなびた雰囲気のラーメン屋ののれんをくぐった。 店内は油臭く、老舗らしい貫禄はあるが、一般的に女性を連れて来る飲食店の印象からはかけ離れている。 「おじちゃん、まだいい?」 城本が調理場で背中を向けて作業している高齢の男性に声をかけた。 「あ?ああ、あんちゃん、ええよ、ともだちもいっしょか?」 その妻だろうか、女性が奥のテーブルの上の丼を片付けていた手を止めて、3人が座ったテーブルを拭いてくれた。 「全部おいしいけどオススメはとんこつ。俺、とんこつネギ増しとライスー。」 「齢三十五越えてとんこつは勇者なんですよ、わたし辛味噌と生ビールで。」 女がメニュー表を光世に回す。 「…まだ飲むのか…?」 「ラーメン食べるのに飲まない選択肢がないですよ。」 城本が機嫌よく笑っている。 「…じゃあ、俺も、とんこつ…」 光世がぼそりと呟いた。 「あん?なんだ?」 いかにもな江戸っ子らしいぶっきらぼうな大声で聞き返され、光世は思わず口ごもり、城本が助け船を出す。 「とんこつだって。」 「あいよ、声張れ声、若ぇんだからよ。」 先に生ビールとお冷が届けられ、なんともなしにグラスを合わせた。 「今日もいちにちお疲れ様でーす。」 城本が光世に問う。 「その後、どう?なんか困ったことはない?」 「…今のところ…」 「そ、それなら良かった。でもまだ器物破損でこっちが突っ込み食らう可能性あるから、油断しないで。」 まんがいち警察官がやってきて事情聴取などされようものなら、光世なら余計なことを言いそうである、確かに油断禁物だ。 「なんか、申し訳ないですね…」 女がひとまず謝罪してみる。 「ぜーんぜん!てんちゃんのせいじゃないじゃん、ミツヨさんのせいじゃないとは言い切れないけどね。」 ふざけて光世に圧をかける。 「弁護士さんにはソハヤくんが相談してるから、なんかあったら自分で対処しないで、すぐ電話してって。」 女は、ぴし、と敬礼のようなポーズをして見せた。 「順番にお持ちしますからね。」 女性がまず辛味噌ラーメンを持ってきた。 炒めたもやしとニラと豚肉がもりもりと乗っていてボリュームがすごい。 おお、と女が戸惑った感嘆の声を漏らした。 「これは…もう1杯いけますね…」 「うちはアルコールは1杯までだよ。」 大将が釘を刺してくる。 ちょっと小声で言っただけなのに、聞こえているじゃないか、と光世は少し口を尖らせた。 「お先にいただきますね。」 そうはいってもひどい猫舌なのだ、必死にふーふーと息を吹きかけていてなかなか食べ始めることができない。 そうこうしているうちに光世と城本のとんこつラーメンもやってくる。 むあ、と濃厚な動物性の香りが舞い上がった。 丼を運んできた足でそのまま表にかかったのれんを外す女性に、城本が言う。 「おばちゃん、いつも遅くにきてごめんね?」 「いいのよ、おともだちも連れてきてくれてありがとうねぇ。」 天然タラシは相手の年齢に関係なく発動するらしい。 「…うまいな、インスタントじゃないラーメン、久しぶり、だ…」 光世が長い髪を耳に掛けながら頬を赤く染めている。 こめかみには宝石のように汗が光っている。 「でしょでしょ、ギョーザもチャーハンもおいしいけど、この時間はもうやってないから、こんど休みの日にまた誘っていい?」 城本が大きな口を開けて真っ白な米粒の塊にかぶりついた。 「でもビールが1杯じゃ足りない予感!」 女が麺を不器用にすすり、いらぬ心配を口にするのを、大将が目を細めて牽制している。 店を出ると、霧のような雨が舞っていた。 蒸し暑い。 「めっちゃ楽しいです、深夜に徘徊するの。」 女は濡れるのもいとわず、ひらり、とワンピースのスカートを翻してターンした。 少し酔っているようだ。 「徘徊いうなし。」 城本が間髪入れず言い返す。 「もうちょっと歩きましょうよ、ゲーセン行きましょう?」 「さすがに閉まってるでしょ?」 「ふふふ、ダーツバーという名のほぼゲーセンがあるんですよ、レトロな筐体が揃ってて激アツなんです。」 バーと聞いて、もしかしてまだ飲むつもりか、と、光世は言いかけた台詞をぐっと飲み込んだ。 「よーし、朝まで遊ぶかぁ!」 城本が光世の腕にがしっとしがみついた。 女は踊るように弾むように裏通りを進む。 そこからまた10分をうっすら濡れながら歩き、とある重厚な木製の扉の前で立ち止まった。 窓がないので明かりがついているのかどうか分からないが、女は躊躇なくその取っ手を掴んで押した。 カラン、とドアベルが歌う。 外からはまるでそう思えないのだが、店内はバーと言うにはかなり明るい。 カウンターがあり、ダーツボードとビリヤード台が据えられている。 そこまではよく見るバーの景色だ。 その横のコーナーが、本当にまるでゲームセンターなのだ、男2人の脳がバグる。 格ゲー、音ゲー、雀ゲー、それも一昔前の世代のものがずらりと並んでいる。 「あ、ユキちゃん、しばらくじゃん。」 カウンターの中からガタイのいい男が手を振った。 「マスター、こんばんは。コイン90枚お願いします。」 「おっけー。」 じゃらじゃらと音を立てて、コインを用意してくれる。 「3つに分けるっしょ?」 「あ、すみません、ありがとうございます。」 3つのプラスチックのカップを受け取り、ひとつずつ連れ合いに配りながら説明する。 「現金じゃなくてコレ使います。」 「抜け道的な感じがすごいな。」 城本が肩をすくめた。 「格ゲーやりましょうよ、ほら同世代、昔やったでしょう?」 城本の手を引く。 誘われた方は気まずそうに光世を盗み見た。 分かりやすく唇をきゅうっと結んで歪めている。 「やったけどさぁ、テキトーに乱打してたらなんか技出たレベルなんだけど。」 「みんなそんなもんですって、そっち座って2枚入れてください。」 客は多くない。 時間が時間だ。 しかしここにいるほとんどの人間がゲームをしている。 酒を飲んでいる者はいないし、マスターはカウンターの中のモニターでコンピューターゲームに勤しんでいる。 ひょうきんな音楽とともに、2人が向かい合って座った筐体の液晶はキャラクターの選択画面になった。 「わたしこれ。」 骸骨のような見た目の、ひょろ長い身体のキャラクターを選ぶ。 「懐かしーなぁ、俺このこ好きだったわ。」 城本はチャイナ服の少女の絵のパネルで決定ボタンを押した。 光世はぐるりと店内を見渡した。 カップの中のコインがじゃりじゃりとせめぎ合う。 手持ち無沙汰に、いちばん端のカウンターチェアに腰かけた。 ぼんやりと、コントローラーを操るマスターの手元を眺める。 「あんまり興味ない?」 画面から視線を外さず、マスターが光世に話しかけてきた。 「…そういうわけでは…」 せわしなく動き回っていた画像が一旦停止する。 「なにか飲む?」 「…バーボンがあれば…水割りを…」 「銘柄なんでもいいでしょ?たいした酒はないからね?」 場違いなのでは、と緊張を隠しきれない光世に気を遣ったのか、若干濃い目の水割りが出された。 「…邪魔するつもりはない…続きを…」 順不同で渡されたおしぼりを受け取り、俺に構わなくても大丈夫だ、と示す。 が、マスターはじっと光世の目を覗き込んだ。 「ユキちゃんのカレシの人?」 「…」 どう反応したらいいのか見当もつかない。 とりあえずグラスの縁に唇をつける。 「…さっきまで、あの男、いたから、今度から電話してから来て。」 名刺を渡される。 光世は、はっと顔を上げた。 そうか、女が足繁く通う場所は当然把握しているのだろう、ニアミスか。 「…ありがとう、そうするよ…」 光世もポケットからカードケースを取り出し、名刺を1枚手渡した。 「thunder boxの三池だ、その件で、もし困ったことがあれば、こちらで片付ける…言ってくれ…」 背後では女と城本が、ぎゃーとかうわーとか騒いでいる。 楽しそうで何よりだ。 「本人の危機感がないのが問題なんだよ、あんなの、まともじゃない。」 「…?」 ピスタチオを大袋からザラザラと皿に出した。 「傍目にも付き合ってるようには見えなかったってこと。あれはストーカー。」 殻をパチンと割り、その中身を口に放り込んだ。 「ゲームもしないくせに、ユキちゃんにくっついて回って、すぐ機嫌悪くして怒鳴ってさ、強引っつーか、あれじゃ萎縮しちゃって抵抗できないだろって感じで。」 指についた塩分を舐める。 「何度も仲裁…助けようとしたけど、なんか弱みでも握られてた?けっきょく力になれなくて。」 光世は口を挟まずにただ俯いて聞いている。 手の中に握りしめたグラスが徐々に温まり、氷がゆるりと溶けていくのが分かる。 「…ごめん、カレシくんはこんな話聞きたくないよな。」 女が光世を呼んだ。 「ねぇ、ミツヨさん、来てくださいよ、シロモトさんと対決してくださいよ。」 2人は格ゲーコーナーから移動して、別の大きな筐体の前にたむろしている。 音に合わせて流れてくる記号にタイミングよく重なるようボタンを押すだけの、昔ながらのシンプルな音ゲーだ。 「ぜったい得意じゃん、これシリーズでDJ型のもあったんですよ、こう、ほんとにディスク回すやつ、ね、マスター?」 「あれはあんまり流行らなかったけどな、こんどオークションで漁ってみようか?」 「やりたいやりたい!というか、やらせたーい、です。」 光世がのそりと立ち上がって合流する。 女が簡単に動作をレクチャーしてやると、ひとつ頷いてコインを投入口に入れた。 隣にある同じ筐体には城本が構えた。 「楽し過ぎるー!」 こらえきれない笑みが唇の端からこぼれている。 長らくお得意様である女には、やはり幸せになって欲しいものだと、マスターは、友人でもなんでもないのだが、なんとなく思っている。 現役DJはふたりとも、なかなかの高得点を叩き出した。 初めてのプレイとは誰も思うまい。 「ミツヨさん、マジ初めて?チート過ぎる…」 城本は大袈裟なほど汗をかいている。 「…これは、おもしろい…リズム感と体幹、鍛えられるな…」 「プロ目線のコメント。」 断りもなく、追加のコインを投げ入れた。 「難易度あげちゃお。」 「ヤバいヤバい、息切れ動悸!動体視力がもう仕事しない!」 城本が騒ぐが、光世がそれを冷ややかに制した。 「…これは、動体視力は、必要ない、だろ…?音を、聴けよ…」 「師匠がスパルタだよぉ!」 降参、のポーズのつもりで両手のひらを見せて掲げる。 「この曲がいっちばん速いし手数多いから、もしこれでフルコンボ出したら、なんでも好きなもの1個プレゼントしまーす。」 周りに他の客たちが集まってきていた。 調子に乗って女が人さし指をピンと頭上に伸ばして宣言するのに、どよめきと拍手が起こる。 「…なんでも…?」 光世が振り向いて、その視線が女の瞳の奥を射抜く。 「あっ、常識の範囲内でね、フェラーリとかはだめですよ。」 「…ぜんぜん、なんでもじゃないじゃ、ないか…」 不満げにモニターへと向き直る。 が、ぶわっと、光世が纏う空気がさざめいて揺れた気がした。 いつか征羽矢が言った『霊力』という単語を思い出した。 テンポのかなり速い音楽がスタートする。 タン、タンタン、と、リズミカルに丸いボタンを叩く。 出鼻から相当ごちゃごちゃとした譜面だが、まだ序の口でパーフェクトマークを連ねていった。 「あっ!しくった…!」 城本が舌打ちする。 コンボが途切れたのだ、みるみるうちに光世とのポイントの差が開いていく。 「え?まだ続いてる?ミツヨさん、これ初見で?嘘だろ?」 自身にしか聞こえないボリュームで、城本が呟いた。 画面から目をそらせないけれど、ギャラリーのざわめきから様子は伺い知れた。 ぴゅー、見ている誰かがエキサイトして口笛を吹いた。 それを誰かが手で口を塞ぐ。 音が邪魔をしてはならない。 その場にいる誰もが息をのんで見守っている、のんきに見ているのは女だけだ。 バチンッ。 最後の音に合わせて、力いっぱい光るボタンを叩いた。 『Perrrrrrfect!It’s a Highest scorrrrre!』 巻き舌の発音で、筐体が叫んだ。 「マジか…この曲フルコン初めて見た…」 「…何者?プロ…?」 「ほとんどper判定じゃん、goodですらない…」 「…神…?」 「この点数、化け物…?」 ざわざわが収まらない。 「ミツヨさん、すっごい!めっ、っちゃかっこいい!です!」 女が興奮して光世に抱きついてきた。 額に汗を浮かべて、光世はとても混乱していた。 集中し過ぎていて記憶がほぼない。 フルコンボとやらを、やったのか…? ふらり、とその場を離れて、カウンターに置きっぱなしのグラスを掴み、ぐい、とあおった。 喉仏を大きく上下させて、それを飲み干すと、首がカッと熱くなる。 城本が声高に、ちゃっかり店舗の宣伝をしつつギャラリーを盛り上げている。 「CLUB thunder box、DJ mitsuyoに盛大な拍手、A round of applause!」 ブラボー!と歓声が飛び交う。 そんなにすごいことだったのか? たかがゲームでは? 光世にはにわかに信じがたい。 しかし、手が小刻みに震えている。 とくに後半に入ってから、ここまで画面に表示されていく数字がカウントアップされていくのが途切れていないと認識してから、ステージに立つより緊張していたかもしれない。 「クラブのDJだってよ、すげーな。」 「本職のテクニック、パねぇ。」 「こんど行ってみようぜ?」 マスターがタンブラーに氷水を入れて渡してくれる。 「すごいな、かなりやりこんでてもフルコンはできないよ。初見なんだろ?」 「…しょ、けん…」 光世は、へなへなとイスに座り込んでカウンターテーブルに突っ伏した。 「糖分、糖分!」 ラムネ菓子の小袋を握らされる。 またラムネだ…! なるほど、ゲーマーが何の疑いもなくつまみにラムネを食べるのには理由があったのか、と、あまり的を得ていない思考がぐるりと巡った。 女と城本はまた移動して、今度はレーシングゲームに挑戦しようとしている。 往年のデフォルメキャラクターがカラフルなカートで走るファンタジー寄りのものである。 家庭用ゲーム機でも常にランキング上位の人気シリーズだが、アーケードゲームだともちろんハンドルとシフトノブとペダルの操作が必要になる。 これこそ女の得意分野ではないか、テーブルに片方の頬を乗せたまま、じっとりとした視線を送る。 シートを模したイスに座った城本に操作方法を解説している。 シフトなどは簡素な作りで、上下にしか動かない。 上に向かって叩くとシフトダウン、下に向かって叩くとシフトアップのようだ。 クラッチペダルはない、アクセルとブレーキだけ。 走り出してすぐに、城本の車体は派手にスピンした。 壁にぶつかるが、当たり前だがダメージはゼロだ。 さぞ上手いのだろう、と女の運転を見ているが、なんと、女のほうも盛大にスピンしてコースアウトして奈落へと落ちていったではないか。 本職のテクニック、とは…? 「これね、ステアリング軽すぎるし実際の車の動きとぜんぜん違うんですから!」 言い訳しながら、モンスターのキャラクターによって崖下から救助されている。 「本物のレーサーは、こう…身体に伝わってくる振動とか?そういうので挙動掴んでるわけですし!?」 必死だが、満面の笑顔に近い。 楽しそうで、何よりだ…! ラムネをかじる。 ブドウ糖が疲労した脳に染み渡る。 こっちの方が挙動がリアルなんですよ、と、またその隣の筐体の座席に座る。 劇画調のイラストが特徴的な、一世代以上前のドリフトマンガの代名詞的な作品のレースゲームだ。 横からステアリングを回してみると、本物ほどではないにしろずいぶんと重く感じた。 操作自体はさきにプレイしたものと変わらないようだが。 車を選択する画面になり、女は迷わずに1台の車両にカーソルを合わせた。 光世も知っている。 白と黒のツートンの、ハチ、と女が、優しい声で呼ぶ、あの車だ。 すぐ次に、ほぼ同じ形、同じカラーリングの車両があるが、何が違うのかいまいち理解できない。 「…これと、どう違う?」 「あー、これ、ヘッドライトのところが、パカって、なるんですよ、これもかわいいですよね。あとおしりの形がちょっと違います。うちの子はこっち。」 そう言われてみると、確かに… だがさして車好きではない者にとっては誤差である。 不思議な世界だと改めて思う。 「これはね、かなり自信ありますよ、このコースなら目つぶってても走れるかも。」 「参戦ーっ!」 城本が隣のマシンに乗り込んで割り込みバトルを申し込んでくるのを、女は鼻で笑った。 「ボッコボコにしてやりますよ?」 そのあとはダンスゲームを楽しんだ。 光世も城本も運動神経はいいのだが、やはり慣れが強い。 足元ノールックでパネルを踏める女はなんなく高得点を出したし、不必要なところで上半身に動きをプラスしたりくるりとターンしたり、まさしく本当に踊っていた。 ときにワンピースのロングスカートを両手でつまみ上げてふわりと空気を含ませて、そのうちにローヒールのパンプスはポイっと脱ぎ去って裸足になって、壊れたオルゴールの人形のごとく回る姿に、2人の男は思わず見とれた。 夜が終わっていく。 朝になればこの世界は閉じられる。 惜しいな、光世は首を振った。 しかし無情にもコインは尽きて、他の客もおおかたいなくなり、マスターが少し眠そうにしているから、会計を済ませた。 「すんごいおもしろかった!ゲーセンなんて学生の頃ぶりだよ。」 城本があくびを噛み殺しながら笑う。 空は既に藍よりオレンジの混じった水色に染まり始めていた。 重く湿度のある雲はゆっくりと海の方へと流れていっている。 「ミツヨさん、なにか欲しいもの、考えておいてくださいね?」 「おっ、フルコンのご褒美だね。」 城本がちゃちゃを入れたが、光世はまつ毛をわずかに下げて微笑んだ。 「…あんたが、欲しいよ…」 女は頬をかっと高揚させ、目をそらした。 「冗談…っ!」 たまらず城本が駆け出した。 「おじゃまむしっ!は、帰りまーす!お疲れっしたー!また遊ぼーね!」 リュックのカラビナをガチャガチャと鳴らしながら走り去る。 残された光世と女の長い影がアスファルトの上で交差した。 「…全部が、欲しい…髪の一筋、血の一滴、まで…」 冷えた指先が女の首筋に触れる。 「…爪の先から、その機械油の匂いも…あんたが、見ている、未来も…」 人さし指がつうっと輪郭をなぞり、耳たぶを優しくつねった。 「…夜の、声も、笑う、瞳も…名前、も…」 膝を曲げてかがみ、顔を寄せる。 唇が、そうっと重なる。 「…なんでも、と言ったじゃないか…?」 吐息から甘いアルコール臭がたちのぼる。 光世の目が低い太陽を反射して紅く光った。 それは、ほんとうに、朝焼け? ゆら、そこに逆さまに映る自身の姿が歪んでいる。 意識を持っていかれそうになる、強い引き潮のように、足元を掬われる。 なぜか体中の力が抜けていくのを、感じた。 負ける。 一拍の呼吸ののちに、再び、キスが落とされる。 こんどは、脱力した口唇の隙間から舌がねじ込まれ、ふ、と、息が溢れた。 くちゃ、と、いやらしい水音が鼓膜を震わせる。 だめだ。 このまま、きっと、殺される… 「…由希…」 ふと、夕暮れの畦道の景色が眼前に広がった。 今は、早朝だ、これは、これが、妄想なのか、記憶なのかは知らない。 橙の夕日は朝日にも確かに似ているが、分厚い鼠色の雲がそれを遮っている。 天井近くは紺と灰が混じったような色の空が、狭い雲間からのぞいていて、よく見ればかすかに星がきらめいている。 青い稲が揃いかけた田んぼの水面は、アメンボの軌跡に揺れている。 生まれ育った北の地の春を彷彿とさせた。 はるか遠くには山脈が連なり、そこまではただただ続く平野。 カラスが鳴いていても良さそうな光景だが、とても静かで、しかしさみしくはない、悲しくもない。 長い冬が終わって、遅い春が懸命に拍動するのだ、悲しいものか。 振り向けば、わずかに潮風の香りがした。 ずぶ。 両足が、いつの間にかぬかるんだ水田に埋まっている。 にゅるりとした感触、うすら冷たい水の温度。 突如、誰かに突き飛ばされて泥の中に倒れ込んだ。 咄嗟に手を出したから顔から突っ込む事態はなんとか免れたが、足が抜けないし立ち上がれない。 せっかくの一張羅に泥水が染み込んでいく。 しかし、背中にのしかかり馬乗りになってきたその誰かが、後頭部を強く押さえつけてきて、けっきょく鼻と口の中に匂いの強い泥が侵入してくる。 息が、できない。 スカートの裾をまくり上げて、容赦なく下着を引き裂き、そこに熱いものをねじ込んでくる。 繰り返し子宮の壁を激しく穿ち、最奥を質量を増したもので、独り善がりにこねくり回す。 脳に酸素が足りなくなってきたから、犯されているというのに、膣は命を繋ぎ止めるように濡れてそのものに吸い付いて離れない。 でも、息が、苦しいよ… ピリリ、電子音が鳴って、まるで殴られたような衝撃とともに視界が揺れ、そして半瞬ののちに焦点が合う。 光世がポケットからスマホを取り出した。 1本向こうの大通りを走る車の音が聞こえる。 なんだ…? 今の…? 「…ああ、悪かったよ…いっしょだから、安心しろ…」 電話の相手は征羽矢のようだ。 ラーメンを食べに行くと言ったきりなものだから、居ても立ってもいられなくなったのだろう。 通話を終えて、帰ろう、と光世が女のほうを振り向いた。 「…今…」 女は、震える声を、絞り出す。 「…なんか、見た…なに…?これ…?」 光世はなぜか嬉しそうに首を傾げた。 「…?」 「…なに、これ…!?」 ふぅ、と色気の濃いため息をついて、指先を口もとに寄せる。 「…なにって…」 その瞳は、まだ紅い。 「…なんでも、与える、などと…安易に、口にするものじゃないと、教えてやったんだよ…」 少し迷ったように手を差し伸べ、女の手首を掴んだ。 そのまま数秒フリーズして、それから手を繋ぎ直した。 いやに詳細な設定の妄言も、ときおり覗かせる人ならざる気配も、伝え聞く超常現象的な事象も、まだ、まだ現実世界とは切り離せないと思っていた。 オカルト過ぎる、女が先日そう言ったし、城本が同調したけれど、それは、もはや、オカルト、そのもの… 「大典太さん…?」 光世が驚いたように目を見開いた。 「…違いました…すみません…あれ?なんだっけ…わたし…」 女の記憶がなにかと混線している。 ぐちゃぐちゃに縺れ絡まった赤い紐が脳裏に焼き付いて離れない。 光世は、ぎゅうっと手に力を込めた。 「…なにも、思い出さなくて、いい…」 そこからは、言葉を交わすことなく、ただ、コツコツと足音を響かせて、ふたり、来た道を戻っていった。 征羽矢が座卓に突っ伏して寝ている。 「…仲間外れにしちゃって申し訳なかったですね…」 女が、征羽矢のワックスがついたままの髪を撫でた。 「…次、遊んでやれよ…」 光世が服を脱ぎながら言う。 「ミツヨさんを仲間外れにしますよ?」 「…そう、だな…機嫌が、悪くなるかも、な…」 ふふ、と小さく笑みを浮かべた。 「…おい、寝床へ行けよ…それか、風呂…」 部屋着に着替えて、弟の肩を揺すった。 「…ん…かえった?…おせーよ…もう、かえってこねーかともった…」 「…そんなわけ、ないだろ…?」 兄の返事を無視して、征羽矢は、テーブルの上に散乱するビールの空き缶を片付けていた女の腕を強く掴んで引いた。 「…かえってこねーかともった…」 同じ言葉を、繰り返す。 自身の手首に頭をのせて眠っていたから、その額にはピンク色の跡がついている。 とろんとして眠気に勝てない目が、縋るように女の鎖骨あたりをなぞっていった。 カシャンカシャン、と空き缶が倒れて床に落ちる。 フローリングへ引きずり倒されて、女は光世を見上げた。 「ソハヤさん、酔ってる…」 「…の、ようだな…」 やれやれと肩をすくめる。 本来は酒に弱くない。 乱立する空き缶の数が、部屋を空けていた時間と結びつかない。 獣のように首筋にかじりついた。 「…っいっ…た…」 まあまあの力で皮膚を噛み千切られ、血が流れ出た。 「ちょ、タンマ…ソハヤさ…」 騒ぐ口をキスで塞がれる。 「…んっ…」 舌同士をこすりあわせ、そして絡め取り、唇をぐいぐいと押し付けてきた。 征羽矢の両手が女の頬を挟んで動かない。 女は腕を突っ張って征羽矢の胸を押し返そうとするけれど、ずっしりと体重をかけられていて力では敵わない。 「…っふ…んんっ…!」 呼吸する間も与えられず、吐息が二酸化炭素濃度を上げて交換されるだけ。 「っ!」 征羽矢が、ぱっと顔を上げて口元を手の甲で拭った。 女が差し入れられた舌に噛みついたのだ。 「けほっ…」 咳き込んで、それから深く息を吸う。 「…跳ねっ返り女…っ!」 思わず振り上げたその手首を、光世が押さえた。 「…そのへんに、しておけよ…」 キッ、と兄を睨む瞳の奥は、ちろちろと焚き火の炎のように紅く煌めいている。 「…兄弟はいーよな、好きほーだい抱いたんだろ!?」 「…そんなこと、しない…」 「嘘だね!兄弟の匂い、プンプンするぜ!?むっかつくな!?」 「…落ち着け…」 「…ずるいよ…なぁ…」 光世の手を振りほどき、スカートを暴いて女の膝を押し開く。 「ソハヤさん!いいかげんに…」 「…兄弟が買った服!兄弟が贈った指輪!兄弟がつけた火傷の跡…!」 女がたしなめるのを、激しい語気で遮った。 テーブルの上にはノートPCが出ていて、画面にはずらりとクリーム色のファイルのアイコンが並んでいる。 床にはグシャグシャに丸められたティッシュがたくさん散らかっている。 なにを見ながらなにをしていたか一目瞭然である。 光世はため息をついた。 「…飲み過ぎだ…頭を冷やして、来よう…?」 再び女の身体にしゃぶりつこうとする征羽矢を引き剥がして、玄関の側に放り投げるように突き飛ばした。 勢いに任せてセックスするのは簡単だしどうでもよかったけれど、酒に飲まれて正気を失って耽る行為に、酔いが覚めたあと後悔して苦しめられるのは征羽矢本人だろう。 それは嫌がらせではなく一種の救済なのだが、もちろん今の征羽矢には伝わらない。 女が上半身を起こして、乱れた衣服を軽く直す。 光世は征羽矢の肩を組んで抱き起こして、玄関のドアを開けた。 「…先に、休んでろ…」 がちゃり、と扉が閉まり、部屋はしんと静まり返った。 女はかぶりを振って立ち上がると、空き缶と汚れたティッシュをゴミ袋にまとめてからシャワールームへと向かった。 そのデータを全て消してやろうかと思ったが、あの男とのいざこざが完全に解決するまでは何らかの証拠になり得ると考え至り、こらえた。 彼らを傷つけないためにどうしたらいいか分からない。 どうしたらいいか、分からない。 ------------------------- 〜11に続く〜
2025/09/19 20:34:46(610G7lcM)
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