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hollyhocks occulted⑤
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:空想・幻想小説
ルール: あなたの中で描いた空想、幻想小説を投稿してください
  
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1:hollyhocks occulted⑤
投稿者:
ID:jitten
〜まえがき〜
⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠
—----------------------
「女同士の内緒話がしたいんですよ。」
と女は口を尖らせた。
「別にエッチなことしたりしないですよ。」
念を押すように畳みかける。
「今ごっついディープキスしてたじゃねーか!」
征羽矢が、女の飲みかけのビールジョッキを、わざと、ドスン、と音を立ててカウンターに置いた。
「内緒話ならここでしてくれ?俺あっち行っとくから。」
女はつまらなそうに首をすくめる。
「見てたんですか、やーらし。」
仕方ないかぁ、という目線で、立ち去る征羽矢と若菜を順番に見て、とりあえず席につく。
隣の椅子を引いて若菜を座らせ、半分に減っているジョッキとグラスで真顔で乾杯する。
「思ったより仲良くなれそうですね。」
「別にっ、仲良くはしないけどっ!」
水色のグラデーションのネイルにはラメが混じっていて、薄暗い照明を反射してきらめく。
白く細い小指には、シンプルなピンキーリングが光っている。
髪はブリーチしたうえに染めているのによくケアされていてサラサラで、メイクもぬかりなく完璧、まつげは女の倍の密度で揃ってくるんと上を向いている。
幼い頃に憧れた着せ替え人形のようだ。
女は頬杖をついて、若菜をじぃっと見つめた。
「…ミツヨと付き合ってるの?」
若菜が、ネイルの先をいじりながら、こわごわと女に問うた。
女は自分の爪を見る。
マニキュアなんてもう何年もしたことがない。
几帳面に短く切り揃えられてはいるが、色気はなく、不格好な丸い形で、中指にはいまだにペンだこがある。
「付き合ってはないです。」
その返事に、若菜がキッと睨んでくる。
「でも!キスしてた!」
「歳をとると、付き合ってなくてもキスすることもあるんですよ。」
女は、自虐的に薄く笑みを浮かべた。
「…付き合ってなくてもエッチする?」
「時と場合によりますが。」
嘘を言うには忍びなく、無難にはぐらかすように、女は答えた。
しかし、若菜は自身のスカートの膝の上あたりをぎゅっと握りしめて、うつむいた。
「高校生のときに、せんぱいが連れてきてくれて、一目惚れしたのよ…」
力んだ拳をほどき、その手で髪の毛先をくるくるともてあそびながら、ノスタルジーに浸る。
「でも、子どもは来ちゃだめって。」
無理してグラスのビールをまた一口、口に含んだ。
「青春を楽しんでってゆって、卒業したらおいでって。」
瞳がうるんで、初夏の海の水面のようにきらめいて揺れる。
「だから!学校やめようかと思ってたけど、ちょーがんばって卒業したの!」
指がグラスの結露を撫でて丸か三角かなにかの模様を描く。
固まった水滴がつうっと流れ落ち、コースターを濡らした。
「ずっと大好きなの…!」
とうとう、若菜は、うわーん、と声を上げてポロポロと涙をこぼし始める。
しまったなぁ、と女は苦笑いするしかない。
「てんちゃんが若菜ちゃん泣かせてる!」
征羽矢が熱いおしぼりを持って近づいてきた。
「不可抗力です。」
女は、降参しています、という仕草のつもりで、征羽矢に手のひらを見せて両手を挙げる。
おしぼりを若菜に手渡し、なだめるように優しく語りかけた。
「兄弟はさ、若菜ちやんのことはかわいい妹みたいに思えちゃうんじゃねーかな。」
それが征羽矢の方便であることが、女にはよく分かった。
光世は誰のことも妹のようになんて思わないだろうし、そもそも誰かに恋したり誰かを愛したりするなんてことがあるだろうか。
実の弟の征羽矢のことはおそらく大切に想っているのだろう。
クラブの従業員たちに対しても、会話の節々に、ぶっきらぼうながら配慮と遠慮を感じ取ることができた。
それ以外の人間関係がどんな風なのか想像もつかない。
征羽矢がどんなに、実はすごく優しくて繊細で他人の心の機微をいつも感じているんだと熱弁したとして、想像が、つかないのだ。
長い前髪に隠れた右目が何を映しているのかは見えない。
晒された左の目であっても、薄く伏し目がちで、その闇色のビー玉のような水晶体の奥を覗くことは憚られた。
その大きな口でもう少し話してくれればいいのに、余計なことを言わないどころではない、おおかたの必要なことさえ口にしないことが多い。
容姿の端麗さとコミュおばけの弟と、音楽の才能と優秀な従業員のおかげでどうにかやってきた感がどうしても否めない。
変な詮索はしない、お互いにそれがベストだ。
だが、女もまた光世のことをほとんど何も知らない。
悪夢に縛られて、女に異常な執着を見せる、哀れで残念な男であることくらいしか。
若菜の涙は宝石のようで美しかった。
もったいなくて、手のひらで掬い取りたくなるほどに。
だが、そうする勇気も権利もないのだと、手持ちぶさたにふらりとさまよった腕は、ほぼ空のジョッキの方へ伸びるだけ。

飲み慣れないビールを、ほんの3口ほどではあるが、飲んだためだろうか、若菜はめそめそと泣きながらカウンターに突っ伏して、そのうちにすうすうと寝息を立て始めた。
女は昼間に宣言した通りに、適当な頃合いでジョッキを置き、物足りなさそうにウーロン茶を飲んでいた。
「あ、わかにゃん寝ちゃったん?」
別の客に頼まれた高菜ピラフを作ると言ってその場を離れた征羽矢に代わり、濱崎が声をかけてきた。
「おーい、タクシー呼ぶか?」
ゆっさゆっさと肩を揺さぶる。
親しげな呼び方と話し方と接し方からするに、濱崎と若菜は歳が近そうだ。
「メイク落としてから寝ないとお肌が荒れちゃうぞーい?」
おどけておどかすが、目を覚ます気配はない。
「だめっすね、完落ちしてるっす。」
背の低い若菜は、カウンターのハイチェアに座っていると、すっかり両足が宙に浮くことになる。
今のところ身じろぎせずに眠っているからいいものの、なにかの拍子に転げ落ちてしまうかも分からない。
「ちょ、裏のソファに寝かしてきまっす。」
濱崎がスイングドアから颯爽と出てきて、ひょい、と若菜を横抱きにする。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
現実世界に存在するのか、と女はぼんやりと考えた。
マンガやアニメの中にしかないものだと思っていた。
濱崎は、いつも征羽矢の隣にいるからか、とくべつ高身長とは認識されていなかったが、こうしてみるとなかなかに背は高い方である。
比較対象の完成度がハイレベル過ぎるのと、子犬のような童顔の弊害だ。
平均的な女性よりもぐっと華奢な若菜を抱きかかえるのに不便はないくらいには、どっしりとした体つきをしていた。
裏口の扉の、もう数歩奥の、壁側のドアの向こうへ連れて行く。
従業員向けのバックヤードになっている部屋だ。
女も立ち上がり、若菜のバッグを持ってふたりに付いていった。
「あ、あざっす。ちょ、ソファに、そこの、それ、敷いてくれません?」
濱崎が顎で、デスクチェアの背もたれにかかっているミルク色のブランケットを指したので、女は指示通りに簡易的な寝床を整えてやる。
丁寧に横たえられた若菜の頬に一筋、涙で流れたファンデーションの掠れた跡が残っていた。
女はガラスのローテーブルに若菜のバッグを置く。
濱崎が、部屋の奥からもう1枚、ブランケットを持ってきて若菜にかけてやった。
「ここにいてもいいですかね?」
立ち去ろうとする濱崎の背中に聞く。
「え、別にいーっすけど、逆にいーんすか?」
「?」
「ミツヨさん見てなくて。」
思わず、女は、ふはっ、と声を出して笑った。

香ばしい匂いを漂わせて征羽矢がキッチンから戻る。
注文が入るのは簡単なつまみがほとんどではあるが、征羽矢が腕を振るう男の手料理メニューも隠れた人気だ。
古くからの常連客ほど、がっつり系の食事を頼みがちだ。
「あれ?2人は?」
「わかにゃん寝ちゃって。バックのソファに寝かしたっす。」
濱崎が氷を割りながら言う。
「てんちゃんは?」
立方体の塊が角を失っていき、滑らかに球体に近づく。
そこから顔を上げずに濱崎が答えた。
「付き添い?的な?」
「…まじか。いただけねーな…」
征羽矢はこめかみに人さし指を当てて目を細めた。
濱崎にはその意味が分からない。
「?」
「や、なんでも、ねーんだけど…」
しようのない事態に陥る前に阻止してやろうと、無遠慮に部屋を覗いてやると息巻いたが、そんなときに限って別のグループがまた征羽矢を名指す。
「ロコモコとペペロンチーノと照り焼きチキンバーガー!」
征羽矢が振り向きながら歯を見せて笑う。
「どんだけ腹ペコなんすか!」
「うまいの頼むよ、ほら先に飲め飲め、ハイボールがいいか?」
気の良さそうな中年男性がキープのウイスキーボトルを征羽矢に向かって傾けるが、征羽矢は軽く首を振った。
「今夜ちょっと控えとこーかともって、お気持ちだけ、あざすー。」
片手を高い鼻の前に立てて拝むようなポーズでうまく断る。
なんだよー飲み過ぎたかぁ?などと、がやがやとさざめくほろ酔いの会話の中をくぐり抜け、カッターシャツを腕まくりしながら濱崎に目配せし、キッチンへと入っていく。
嫌な予感しかしねーなぁ、と思いつつ。

断じてわざわざ起こしていない。
触れてもいない。
なんだったら熱い視線を送ってもいない。
背にしょったボディバッグにたまたま入っていた文庫本を読んでいただけだ。
何度も読み返して、展開の詳細もエンディングも全て把握しているストーリーだ。
はじめの数度は、例えば微妙に張り巡らされた伏線や作者の背景を鑑みて知るところとなる心情など新たな発見もあったが、もはや蛍光ペンのラインと細かなボールペンでの書き込みと付箋にまみれていて、ルーティンとして活字を追うだけであった。
だからほんの十数分で若菜が寝返りをうってソファから転げそうになり、がくっとなって目を覚ましたのは、誤算ではある。
落、ちる、とヒヤっとして文庫本を放り、腕を伸ばしたが、その一歩手前で覚醒した若菜が、とっさに片手を床についた。
仮に落ちたところでさしたる高さではない。
いつもの調子であれば、いたぁーい!とかなんとか騒いで泣き真似をする程度だろう。
どうにも、つい甘やかしてしまう、小憎たらしく煩わしい小娘は、すでに女の心の隙間にうまく入り込んでいた。
「…びっ、くり、したぁ、もぅ…」
頭を押さえながら上半身を起こし、あたりを見渡した。
女は落とした本を拾い上げる。
「…んふ、ここ、久しぶり…」
若菜が寝ぼけまなこで微笑み、かけられているブランケットを口元へ運んですうっと匂いを嗅ぐ。
ふと、女と目が合う。
「…あー、いたの…」
つん、と顔をそらした。
「…ハタチなって初めてお酒飲んだときさぁ、ぶっ倒れちゃって…朝までここで寝てたの。」
すごく昔の話をするがごとく瞳を潤ませて、言い訳のように呟いた、たかだか1、2年前のことだろうに。
「…これ、ミツヨの匂いかなぁ…」
毛羽立った、新しくもない、安物の薄い毛布に愛しげに頬ずりする。
女はガラスのテーブルを挟んで、デスクチェアに座っていた。
「ね、試しになんですけど、もう1回キスしてみてもいいです?」
3度目の正直と言うべきか、許可を求める。
「だッ…!ダメに決まってるでしょ!?ほんとに変態なの!?」
若菜が耳まで真っ赤になってそれを拒否した。
女は前髪をわしわしと掻き上げながら、もたもたと言葉を探す。
「まぁ…おそらく変態ではあるんですけど…」
ゆったりとした動作で威嚇的にならぬよう、少し身体をかがめて立ち上がった。
けっして見下ろす形にならないように、離れた箇所から膝をついて視線の高さを合わせ、体を寄せていく。
「でも、楽しいと思いますよ?」
自然な身のこなしで、手の甲で若菜の柔らかな輪郭に触れた。
部屋の外からは、光世が紡ぐ音楽の切れ端がアーティスティックにアクロバティックに内臓を震わせてくる。
アルコールと眠気と興奮にかじられた精神が正気を蝕む。
「…い、いっかい、だけなら、試しに…」
女の濃い茶色の瞳に、自身が逆さまに映って、なぜだか思索が塞き止められる。
見えない糸で自由度を絡め取られていく気がした。
改めて、唇が重なる。
互いのたおやかで弾力のある感触が心地よく、互いの脳幹を揺さぶった。
男のものとは、こんなにも違うものか、どこか客観的な所感を互いに抱く。
女の眼鏡のレンズが若菜の頬骨に当たり、ほのかにひんやりとする。
「…このまんま、してみませんか?」
唇が触れるままの至近距離で、女が囁きかけた。
アルコールの匂いの生ぬるい吐息が若菜の鼻先を湿らせた。
「なっ、に、を…?」
若菜は目を回して、分かりきったことを尋ねるしかできない。
「…こういうこと。」
女の、体温の低い手のひらが、若菜のスカートの裾から侵入して華奢な脚を撫で上げた。
「…わ、たし、」
若菜が何か言いかけるが、言葉が見つからずに黙り込む。
つるつるした薄い皮膚にまんべんなく鳥肌が立っていく。
「…いやなら、しませんけど。」
女が突き放すように言うと、若菜はますます顔を高揚させて眉間にしわを寄せた。
「…分かんないよぉ…」
そうこうするうちに、するり、と下着を脱がせてしまう。
布面積の少ない、淡い桃色でフリルとレースのあしらわれた、愛らしいパンティは、しっとりと濡れていて細く糸を引いた。
「…処女じゃないですよね?」
女は自身の中指と人さし指を咥え、唾液をふんだんに絡ませる。
「ちっ、ちがうもん!」
「ちょっと力抜いてください…無理かもですけど。」
「む、むりだよぉ。」
女の中指が若菜の体内にずぶずぶと入っていく。
その指の腹で、臍の裏あたりの内壁を擦る。
「…やぁんっ…しょ、やだぁ…」
若菜が身をよじった。
「ここ、いいですよね、わたしも好きなとこなんですよ。」
また唇を合わせる。
舌を尖らせて歯の間から口内にねじこみ、ぐるりとなめ回す。
意図的に唾液をまとわせて、若菜の舌をまさぐる。
「…ん…ふぅ…」
若菜は甘くとろけた目線で、女を見上げた。
親指で陰核を撫でられ、その部分が硬く膨らむ。
焦らすように、ゆっくりとフェザータッチを繰り返す一方で、胎の中の中指と外を刺激する親指を、丸を形作るように近付けると、若菜の腰が浮かび上がった。
「…ふ…」
くちゅくちゅとリップ音を大げさに立て、キスを楽しむ。
たっぷりと時間をかけて、罪悪感を脱がせていく。
顔を離すと、若菜はよだれを垂らして悦に浸っていた。
耳たぶ、耳珠、耳の穴の中、耳の裏、と順に舌で愛撫する。
頰同士をこすりつけ、それから瞼にもキスをする。
人さし指も挿入していく。
鎖骨に舌を添わせる。
「鎖骨の迷走神経は脳神経として子宮とつながってるらしいですよ。」
不必要な豆知識を、女がくぐもった声で若菜に伝えたところで、バン、とドアが開いた。
征羽矢がそこに立っていたが、部屋で行われている情事が予測していた最悪の状況に限りなく近く、慌てて室内に滑り込みドアを閉める。
もちろん、怒った顔で。
「…たいがいにしてくれ…」
喉の奥から、ようやく思いついた攻撃力の低い文句をなんとか絞り出した。
「…ソハくん…っ…」
若菜の身体がびくんと反応する。
こんな破廉恥な姿を他人に見られるなどありえない。
羞恥心と非日常感が一気に感度をバグらせる。
「あ、待って、汚れちゃ…」
女が、さっと若菜のスカートをたくし上げ、掴んだブランケットをそこにあてがった。
さらりとした粘度のない透明の体液が溢れ、染み込んでいく。
「…っんとに…なんでこんなことすんの…?」
征羽矢が呆れてかぶりを振った。
若菜は小さな両手をめいっぱい広げて、のぼせ上がった顔を隠して、はぁはぁと荒く息をついている。
「…関心が、あったので…」
女はさほど悪びれた様子もなく、若菜の衣服を整えてやり、それから眼鏡を外してレンズをTシャツの裾で拭き、テーブルに置いた。
「いや面接してるわけじゃねーから。」
征羽矢のその語気は苛立ちを含んでいる。
ちょっと調子に乗りすぎてしまったかなぁ、と女は視線を下げ、少しだけ反省しているようなふりをして見せた。
「ごめんなさい…?」
しかし謝罪の台詞とは裏腹によどみなく立ち上がり、征羽矢のシャツの胸ぐらを掴んで引き寄せ、その薄い耳たぶにかじりついた。
「5分で責任取りますから。」
肉汁とデミグラスソースとにんにくと唐辛子と照り焼きソースの匂いがした。
ソムリエエプロンの下で、征羽矢の身体がむくむくと膨らんでいっているのを、女は知っている。
若菜が指の隙間からどきまぎと見ている。
忠誠を誓うかのように跪いて、腰に腕を回し、エプロンのちょうちょ結びをほどいて取り去る。
慣れた手つきで素早くベルトを外し、反り返ってびくびくと痙攣する征羽矢のものを取り出すと、それを躊躇なく頬張った。
「…っ!」
また流される…!
征羽矢は歯を食いしばって、身体を離そうと頭では考えるのだが、かなわない。
腰が揺れる。
津波のように押し寄せる快感がいなせない。
若菜が見ているし、濱崎がドアを開けたら…?
緊張感と背徳感が背筋をなぞっていく。
どうにかなってしまう…!
手は自然と女の頭に添えられる。
きつく吸われ、敏感な窪みを舌で撫でられ掘り返され、尖らせた唇の肉で前後にしごかれる。
どうにか、なってしまう…!
「…も…出、る…!」
征羽矢が長身をかがめて女の頭を抱え込むようにして達した。
女は情緒なく、すぐさま顔を離し、口を開けて中を征羽矢に見せる。
「…いーよ、見せなくて…」
征羽矢はむすっとして、気まずそうに手早く衣服を正した。
おもむろに、女が振り返り若菜に口づけた。
口内のものを、若菜の中へ流し込む。
征羽矢は呆然として言葉を失い、若菜は目を回して顔をしかめ、咳き込んでそれを吐き出した。
「うぇぇ…」
女は満足気に手の甲で口の周りを拭い、征羽矢のほうへ向き直って言った。
「ワカナさんにタクシーを。」
狂ってる、女は兄にそう言ったし、征羽矢も、女に関わってしまった兄が狂っていくのを目の当たりにしていたけれど、そもそも、狂っているのは、この、女だ。
狂気が伝染する、ゾンビ映画のように。
不本意ながら足がガクガクとした。
恐ろしい、狂わされてしまう、逃れられない、このまま、いっしょう。
震える指で、スラックスの後ろのポケットから取り出したスマホのロックを解除して、馴染のタクシーを呼ぶ。

「ほんとごめんな、ちょっとあのひと、頭おかしーんだ。」
征羽矢が、タクシーに乗り込んだ若菜に謝る。
ドアの開け放たれた車体の上部に手をかけ、座席に沈む若菜の顔を覗き込んだ。
「…また来てな。」
若菜はすっかり疲れ果ててしまったようで、ぼうっとしている様子であったが、切なげに微笑んだ征羽矢を見上げ、頷く。
「来るよ、当たり前でしょ?」
ドアが閉まり、若菜が窓から手を振って、車が走り去る。
その場にしゃがみ込む征羽矢。
手のひらで口を覆う。
なんとか朝までもう数時間やり切らなければ。
うなだれて長い長いため息をつく。
若菜がこのできごとを安易に誰かに話したりしないと信じてはいた。
勉強は苦手なタイプだろうが、単純な馬鹿ではないし、あいかわらず光世に執心ではある。
度重なるスキャンダルにより店が立ち行かなくなると想定されるならば、心にとどめてくれるはず。
征羽矢の瞳が、街灯の明かりを反射してぎらりと光る。
「…えいぎょーぼーがいもはなはだしーぜ…」
ぽつり、と漏らす。
困っている。
腹を立てている。
呆れ果てている。
しかし、ではもう来ませんと宣告されると、足がすくむ。
捨てられたくない。
手放したくない、手放されたくない。
また記憶が交錯する。
差し入れで菓子や果物をもらえば、小柄な同居人たちにすぐに全て渡してしまう主人。
あるじさんもいっしょにたべようよ、と言われるのに、くるりと背を向ける。
それをさみしいとふてくされる彼らのざわめきを、縁側に腰掛けて見ている。
風が吹いて立葵が揺れる。
ほんの一瞬の走馬灯。
アスファルトに落ちた自身の影を見つめる。
それから重い身体をなんとか持ち上げ、大きく伸びをして、首をごきごきと鳴らした。
のろのろと階段を下りて店内に戻り、カウンターの中に入ると、ちょうど光世が交代してステージからはけてきたところであった。
当たり前の顔をして女の隣に座る。
バーボンのボトルの方へ視線を投げるのを、征羽矢が止めた。
「明日てか今日てんちゃんの仕事見に行くだろ?」
返事を待たずに、氷入りのタンブラーにリンゴジュースを注いで手渡す。
濱崎が聞き耳を立てていたようだ。
「え、仕事て、アレっすか?レース見に行くんすか?」
女がウーロン茶のグラスを持ち上げて見せた。
「ふふ、練習走行だけですよ。」
「えー、でもおもしろそーっすね。こんど俺もつれてってくださいよ!」
女は若菜の伝票と重ねた自分のものをトントンと指先で叩いて、濱崎の方を指さした。
「あざーす!いっただきまっす!」
サーバーから中グラスに生ビールをついで乾杯を求める。
「あれからめっちゃめちゃ動画見たっすよ!すげー人だったんすねてんちゃんさん!」
なぜてんちゃんと呼ばれているのかはどうでもいいようだ。
「何年か前のドリパラで特集されてんのも流れてきたから見ちゃったっす!」
「うわ、それ黒歴史です。当時はまだ女性珍しかったですからね。」
濱崎がからむと平和だ、征羽矢は胸を撫で下ろした。
光世は仲よさげに話を弾ませるふたりをつまらなさそうににらんではいるが。
「というわけで、早めに帰りますので。」
女が財布から数枚の札を取り出し、カウンターに置いた。
ふと思い直し、あと1枚を追加する。
「ハマサキさん、もう1杯どうぞ、ですからね。お仕事がんばってください。」
立ち上がってドアへと歩き出す女に、光世が黙って付いていき、さりげなく部屋の鍵を押し付けるように渡す。
「兄弟はまだあがれねーよ?」
征羽矢が言うと、
「…わかってるよ…」
と小さな声で答えた。
「ごちになりまっす!」
「ありがとなー、おやすみー。」
濱崎と征羽矢が口々に叫ぶのに顔くらいは見せようかと振り向いたところに、光世が身をかがめて軽くキスを落とした。
「…俺のいないところでやんちゃが過ぎるぞ…自重しろ…」
他の誰にも聞こえないボリュームで、耳元で唸る。
女は笑うでもなく、ペロ、と舌を少しだけ出した。
バレてました?というような素振りだ。
この場面だけ見れば、まるで普通に恋人同士の2人である。
無愛想な男とドライな女でたいそうお似合いなくらいだ。
ドアを開ける。
「さよなら。」
手を振ったりはしない。
またね、とも、言わない。
無表情と薄い微笑みが7対3くらいの面持ちで、扉の向こうの静かな、夜と朝の間へと帰っていく。

ぎし、と安物のパイプベッドがきしむ。
兄弟が帰宅したのだな、と思いはするが、まだまだ眠くて目は開けない。
今日は気まぐれで光世のベッドで横になっている。
細いがでかい身体がふとんに入ってくるだろうと、ごろりと壁側に寝返りを打ってスペースを空けた。
カチャカチャと金属が触れ合う音がして、横向きになっていた体を仰向けに転がされる。
なんと求められようとも今朝はもうなにもしない、そう言ってやろうとして気だるげにまぶたを上げると、案の定、光世がベルトを外しスラックスをくつろげて女にまたがろうとしていた。
声を出そうとしたその瞬間、光世は大きな手のひらで女の口を塞いだ。
汗ばんでいるのに冷えた手だ。
「んむ…」
見切り発進で出かけた言葉は形にならずにくぐもったただの不協和音になる。
逆光で、光世の表情は読み取れない。
ハーフアップの端からこぼれ落ちてくる長い黒髪が女の頬をくすぐる。
寝間着代わりに持ち込んでいたジャージのショートパンツは、片手でゆるりと下ろされてしまう。
毎日毎日飽きもせず、と、女は光世を睨み上げた。 今いったい何時なのだろうか、閉店後に片付けてから帰ったとして4時か5時か、仕事前に睡眠を確保したい女からしてみれば、まだ起床するには早すぎる。
声は出せないが首を左右に振る。
今朝はだめだと、主張したい。
「…なんだ…兄弟とはお楽しみだったんじゃないのか…?」
不機嫌な呟きが降ってくる。
「…気付かないと思うなよ…?」
ずしり、と体重を乗せられて、抵抗する気もなくす。
こんな風に手ひどくぞんざいに扱われると、つい気が乗ってしまうのが女の悪いところではある。
部屋の外からは、征羽矢が浴びているのだろう、シャワーの音が聞こえている。
言いつけどおりに飲酒を我慢していたようだから、それなりにサーキットへ出かけるのを楽しみにしているのかもしれない。
光世は、どうだろうか、ショッピングモールの帰りの車内でも、行くとも行かないとも言及しなかったし、先ほど店でバーボンをリンゴジュースにすり替えられても、否定も肯定もしなかった。
女の、セックス以外のプライベートに興味があるとも思えないし、スポーツカーに心躍らせるタイプにも見えない。
このまま欲求だけ吐き出せば眠ってしまうだろう、とも感じた。
服をまくり上げて下着をずらし、胸に顔をうずめる。
股ぐらに手を突っ込んで、いい加減で乱暴な前戯を一瞬で済ませ、すぐさま黒ぐろと猛り狂う男根を押し込んだ。
「…ふ、んぅ…」
女の鼻息が光世の小指をかすめる。
シャワーの音がやんで、バスルームの扉がパタンと鳴いた。
向かい合って下半身を繋げたまま、横向きになる。
まだ手のひらは口を押さえている。
「…声を出すなよ、兄弟に気付かれたら仕置きだ…」
そこで手を離し、ばさり、と厚手のタオルケットで2人分の身体を隠すように被る。
布の下で光世の右手が、じっとりと濡れ始めた陰核を弄った。
「…っ!」
女の体が分かりやすく反応を示す。
とたとたと征羽矢の足音が近づいてきた。
「あれ、兄弟もー寝た?…着替えくらいしろよな…ったく…だらしねーな…」
光世は目をつむり、狸寝入りしつつ、指先だけはちろちろと女のより敏感な部分を探してうごめいている。
女も固くまぶたを閉じ、静かに歯を食いしばって息を殺していた。
荒ぶる呼吸をなんとか鎮め、素知らぬ顔を決め込もうとするが、表情筋がひきつる。
征羽矢の視線をとてつもなく感じている。
確認はできないが、すぐそばに征羽矢の吐息の匂いがした。
「…ああ、いいなぁ、いとしいな…なまえを、よびてぇな…」
そはやのつるきが、熱っぽくささやいた。
「…兄弟…ねてるか…?」
征羽矢の尖った舌が女の耳の中をそっと舐める。
「…きけよ…」
あれ?
これ?
だめなやつじゃない?
いや、妄想の世界の話なんだから本名フルネームを呼ばれたからと言ってなにかがどうにかなるわけじゃない、当然だ。
でも、これ、ほんとに、呪われる、予感が。
背筋が、なぜか凍りついた。
脳裏に、ガン、と音を立てて閉まる鉄格子の巨大な門のビジョンが浮かぶ。
女は振り向いて走り出す。
反対側の門まで、距離はあるけれどまだ間に合う…
足がもつれて絡まり一度転ぶが、素早く受け身を取って体勢を立て直し、慣性の法則を利用して加速を付け、また駆ける。
裸足に砂利が食い込み、血の足跡が背後に伸びていく。
曇天の空、ちらつき始める雪、木々が揺れるざわめき、滝の流れ落ちる水音。
「…………そらちゆ、」
がばり、と起き上がった光世の握りこぶしが征羽矢の顎を叩いた。
絵に描いたような見事なアッパーカットが決まる。
征羽矢の体が後ろに吹っ飛び、座卓に激突した。 そこに並んで立っていたノンアルコールビールの空き缶たちが派手に大騒ぎしながら転げ落ちる。
 「…っ…ってーなぁ…」
立ち上がれずに、されど意識は飛ばさず、征羽矢が低い声でうめいた。
「…ずりーよ、おきてんじゃねぇか…」
光世は女の両の耳を、今さら塞いだ。
「…じょうだんじゃない…あまりおれをおこらせるな兄弟…」
そう冷たい目と声色ですごみながら、いまだ挿入されたままの下半身をぐりぐりと回す。
「あ…んっ、ミツヨさ…バれた、ら、お仕置き…」
半笑いで、漏れる喘ぎを抑えきれず、そのくせからかうように光世の鼻を人さし指で押した。
光世がおおでんたみつよにかわりかけていることに感づいていないし、半瞬前まで奇妙な幻覚を見ていたことさえ虚ろな記憶となっている。
征羽矢はまだ寝っ転がっている状態で、舌打ちする。
「…グルかよ…さいってー…」
征羽矢のほうは、強烈なパンチを食らってだんだんと征羽矢に戻ってきているようだった。
「ふ…ぅん…ね…ソハヤさん、ミツヨさんにお仕置き、するから…手伝って、くださいよ…?」
女が楽しそうに言う。
体をねじ伏せられ犯されながら発する台詞ではない。
痺れる顎を押さえ、征羽矢がやっとの思いで立ち上がった。
「…なんかよく分っかんねーけど。」
光世を背後から羽交い締めにして女から引き剥がす。
ずるり、とそそり立って脈打つものが引き抜かれ、つうっと糸を引いた。
「オシオキなんだってよ、覚悟しろよ?」
光世はさほど抵抗していない。
自らが持ちかけたルールの中でそれを反故にしたのだ、と観念しているのかもしれない。
女は脱がされかけていたジャージをずり上げて軽く正し、光世に迫った。
黒いサテン風の前あきのシャツのボタンを上から順番に外していく。
肌着代わりに着ていたタンクトップの下で、胸の先端がつんと勃起している。
女は布ごしにそれにそっと触れた。
「ソハヤさん、ちゃんと捕まえててくださいね?」
少し力を込めてつまんで、ひねる。
それから、爪の先で引っ掻くように優しく刺激を与え、それから押し込み、それから尖端を避けて周囲をぐるりと撫で回す。
ぴく、と光世の肩が跳ねた。
女は、今度はタンクトップをまくり上げて、ますます硬くとがったその部分を口に含む。
舌で丁寧に愛撫し、頃合いを見て上下の歯でコリコリと甘がみしてやると、ふぅ、と、珍しく光世の口から官能的な息が漏れた。
陰茎はいよいよ自身の腹に付くほどに反り返り、その先はぬらぬらと濡れて光っている。
ひとしずくが、肉の棒を伝って流れ落ちていく。
ゆらゆらと腰が揺れている。
女は、光世の引き締まった胸板に舌を這わせ、そこかしこを舐め回しながら、びくびくと痙攣する剛直に手を添えた。
手のひらの腹で、すうっとなで上げる。
その輪郭を確かめるように、ゆっくり擦っていく。
もう片方の手で、陰嚢の裏に触れ、柔らかく揉みしだく。
「…ぁ…きょ、だい…はなせ…」
光世の口の端から一筋の唾液が垂れた。
蛍光灯の明かりを反射して光る。
征羽矢はいっそう力を込めて光世を腕の中にがんじがらめにするが、興奮しだした兄の力は半端ではなかった。
思わず奥歯を噛み締めてがなる。
「…こんの…バカヂカラめ…」
女は2人のやりとりはお構いなしで、両手を使って光世のものを上下に扱いた。
滲み出続ける精液が潤滑油になり、ぬぷぬぷといやらしい水音が響く。
びくん、光世が大きく身体を強張らせた。
女は、ぱっ、と手を離す。
「…は、はぁ…はぁっ、」
光世は肩で息をする。
女を見下ろす瞳が、涙で潤んでいた。
「お仕置きっぽいですかね?」
手のひらを汚した光世の体液を、わざと見せつけるようにして舐め取りながら、女が問う。
「…これ完全に俺とばっちりなんだけど。」
そう文句を言う征羽矢の下半身もパンパンに膨れていた。
光世が顔をしかめて首を振る。
「…勘弁してくれ…柄じゃない…」
「柄とか柄じゃないとか、どうでもいいんですよ。」
女は意地悪く口角を上げ、また手を触れさせた。
そしてその先端のみを口に含む。
指を蛇腹のように器用に動かし、亀頭は舌でもてあそぶ。
尿道口をすするようにして吸い、上目使いで光世の顔を窺う。
光世は色白の肌をすっかり赤く染め、今にも零れそうに涙を溜めた目で女を睨んでいた。
歯ぎしりと荒ぶる息音が聞こえる。
「…くぅっ…」
仰け反ったところで、女はまた容赦なく手と口を離した。
「…ぁぐ…」
光世が苦しげに上を向いて声を飲み込んだ。
剛直のてっぺんからトロトロと白い汁が溢れ出てくるのを止められない。
「まったく、もうこんな時間ですよ。わたし、寝てたのに。」
女は立ち上がり、光世の股の間に膝を差し入れ、もう辛抱たまらないその部分をぐいぐいとこねくり回す。
「なにか言うことがあるのでは?」
もみあげのところから手を滑り込ませ、うなじへと髪をすいていく。
征羽矢が、ごくん、と生唾を飲み込んだ。
「…これ、きっつ…」
目を見開いて、女の乾いた唇を凝視する。
責められている兄以上に、自身へのダメージが大き過ぎる、と本能が警鐘を鳴らしている。
「…す、まなかった…」
光世が、掠れた謝罪を喉の奥から絞り出した。
「…では…どうして欲しいか、言えよ?」
女が光世の口の横を撫でていく。
唾液が頰に拭い付けられる。
「…抱かせてくれ…あんたの中に入りたい…」
とつとつと言葉が紡がれていく。
「…フェラじゃだめだ、胎の、中に、出したい…」
いつもとは逆に、女に顎を掬われて、キスをする。
「ふぅん…?」
そう機嫌良さげに鼻を鳴らした女は、挑戦的に親指の爪を噛みながら言った。
「5分でして。」
光世の肩越しに、征羽矢と視線が絡まる。
さきに店で、まさに5分足らずで果てさせられた、征羽矢に、あてつけのように。
俺も煽られてる?
征羽矢が腕の力をふっと緩めると、光世はそれを振り払って女を床へと押し倒した。
再び下半身の衣服を乱雑に剥ぎ取り、力まかせに膝を割る。
いきり狂ってひくつく自身を、そこへやっつけにねじ込んだ。
一息もつかずに深く、何度も突き刺し続ける。
女は、親指の爪を強くかじったまま、声をこらえて身体を反らせて震えている。
征羽矢が、我慢できずに、女の顔の上に跨った。
「5分で済ませてやるよ、こっちも頼むわ。」
ハーフパンツと下着を膝まで下ろし、女の口元の手と、もう片方、両の手首をフローリングへと縫い付けた。
真上から、その口の中に膨れ上がったものを押し込む。
スクワットをするような動作で、喉の奥を犯す。
「…あ、が…ッ…」
女が激しくえづいたが、ここにきて配慮などできるはずがない。
5分は300秒。
無意識に数字を数える。
そのリズムで腰を振る。
心のなかのカウントアップが、興奮をさらに昇り詰めさせる。
鋭い享楽が、2人の脳裏に、ほぼ同時に花火のように打ち上がった。

スマホをスワイプして時計を見ると、起床を予定していた時刻が近づいている。
「目、覚めちゃいましたよ。」
立ち上がった女は不満げにバスルームへと姿を消した。
光世が征羽矢の顎を撫でた。
「…すまん、やりすぎた…」
「いや、助かったぜ…てか、どーなんだろーな…」
征羽矢がミネラルウォーターのペットボトルを光世に手渡し、自分もキャップを開けた。
「…ぶっちゃけ別に名前呼ぶくれーいーだろ…?」
「…かまわんだろ、ここはほんまるじゃない…」
じゃあ殴られ損じゃね?と至極まっとうな疑問を、征羽矢は無味無臭の水とともに飲み込む。
「…なんなんだろ…」
窓の外から鳥のさえずりが聞こえる。
眩しい朝が始まってしまう。
「朝食はどっかドライブスルー寄りましょう。」
カラスの行水とはまさにこのことである、女が濡れた裸のままタオルを鷲掴みにして戻ってきて、最近もはや兄弟の部屋に置きっぱなしにされている大きめのリュックをごそごそと探り、チャコールグレーのツナギを引っ張り出した。
そしてもはや勝手に洗濯して干している自分の下着を取り込み、さっさと着替える。
入れ替わりで光世がシャワーを浴びに行く。
「動きやすいかっこってどんなん?」
征羽矢が衣装ケースの蓋を開けながら女に問うた。
「なんでもいいですけど、足首周りがスッキリしてるほうがいいですかね、ぜんぜんTシャツジーパンで。」
眼帯を新しいものに交換する。
痣は、内出血が重力で下がってきていて、頬骨の下までを青く染めていた。
「今日は健全な1日になりそうな予感がするぜ…!」
征羽矢が息巻く。
出足の1歩目をすでに踏み外していることには気が付いていない。

昨日と同じ通りに路上駐車している車に乗り込む。
「この車で走るんじゃねーんだろ?」
「この子は町乗り用です。車両は積車で持ち込んでもらいます、ナンバーないので。」
車に縁のない生活をしてきた2人にとって、せきしゃ、も、ナンバーがない、の意味もよく分からない。
雨の降らない日が続いている。
乾いた暑さなので、窓を全開にしていれば吹き込んでくる猛烈な風が気持ちいい。
「エアコンなくて。暑くて申し訳ないですね。」
ぜったい申し訳ないなどとは思ってないテンションで謝る。
ちなみに、エアコンがない理由も、兄弟には分かっていない。
昔の車はエアコンもなかったのか、くらいの勘違いをしている。
ハンバーガーショップのドライブスルーに立ち寄る。
注文のときにはエンジンを一度停止させないと、マイク越しに声が届かない。
支払いのとき、店員の若い男が目をキラキラとさせて、
「かっこいいっすね!」
と話しかけてきた。
車高が著しく低いので、商品を受け取るにも身を乗り出さないといけない。
なんと不便な、と光世は怪訝な表情で、紙コップのアイスコーヒーをすすりながら運転席の女の横顔を盗み見る。
都市高速に入ると、オーバートップで巡行するから左手でのギアの操作がほぼ必要なくなる。
女はノールックで紙袋からエッグマフィンを取り出して、ハンドルに前かがみになりつつ器用に包み紙を開いてかぶりついた。
「着くまで寝ててください。」
もぐもぐとそれを咀嚼しながら、CDプレーヤーの音量をぐっと下げ、2人に声を掛ける。
音楽のボリュームを下げたとて、激しい風と硬い振動ととにかくうるさいエンジン音だ。
眠れるもんか、と征羽矢はフライドポテトをつまんだ。
それに、なぜだかさほど眠くない。
幼い頃に経験したことのある、遠足の前の気分だ。
未知の世界に踏み込むのにわくわくが止まらない。
「ポテト食う?」
後部座席から助手席の兄に厚紙の容器を寄越す。
光世がフライドポテトをひとつ口の前に差し出すと、女は鳥の雛のようにぱくりと食いついた。
「なぁ、めんきょしょー見せてー?」
征羽矢が指についた塩を舐めながら、なんの気なしに言った。
「え、変な顔してますよ、写真。」
ちょっとめんどくさそうに、しかしただの戯れだと、下手に拒絶してコミュニケーションのハードルを上げることもないと思い直し、左手をグローブボックスへと伸ばした。
フロントガラスから視線を逸らさずに、パスケースを取り出して、後ろへと放り投げた。
征羽矢がそれをキャッチする。
人気のモンスター育成ゲームのイラストの、折りたたみのパスケースを開いて見る。
生真面目なむすっとした顔で、カメラを睨みつけて撮ったであろう写真である。
空知由希。
「レーサーってみんな本名?」
「芸名のかたもいてますよ、でも芸能人じゃないですからね、野球選手とかは芸名のかたもいますけど。」
「野球選手はほぼ芸能人かもなぁ。」
免許証の反対側のクリアポケットには地下鉄のICカードが入っている。
とくに理由なく、パスケースを裏返す。
表面とは別のキャラクターがカラフルに描かれている。
とくに、理由、なく、とうてい、何も、入りそうにない、薄っぺらな、外ポケットに、指を、突っ込んだ。
「ゴールドじゃないじゃん。」
「年1スピード違反で捕まってます。」
指先に、硬い厚紙のようなものが触れる。
どくん、心臓が跳ねた。
これは、見て、いいのか?
おそるおそる引っ張り出そうとする。
途中で角が引っかかってしまったのか、なかなか出て来ない。
嫌な予感が背筋を駆け上がっていった。
だが好奇心が抑えきれないし、明らかにしなければならないような焦燥感に襲われた。
「そんな飛ばさねーじゃん。」
「そりゃ、ひと乗せてたらゆっくり走りますよ。」
「断じてゆっくりじゃねーけどな?ほーてーそくどって知ってる?」
はやる心を悟られてはいけない、と、あくまでもいつも通りの感じで会話を続ける。
ようやくそれの端が覗いた。
薄汚れた、淡い、ピンク色のプラスチックカード?
指先でなんとか角をとらえて、やっと、その全貌が晒された。
呼吸が止まりそうになる。
会話を、続けなければ…
「ゆきちゃんって呼ぼーかな。」
「本来、ちゃん、っていう歳でもないんですけど。」
カードを抜き取って、こっそりと手のひらの中に隠してから、パスケースを女へと返した。
血が、沸騰するような、興奮。
「やっぱ、ちょっと寝よーかな、ごめん。」
嘘を、つく。
「着いたら起こしますから。ミツヨさんも。」
女は疑いもせず、ただ前を見ている。
ルームミラーに写る自分の顔は、大丈夫だろうか、征羽矢のこめかみを汗が一筋流れていった。
うつむいて眠ったふりで、抜き取ったカードを凝視した。
『審神者証』
黒い絵の具のような染みがいくつも点々と跳ねて乾いている。
引っ掻くと、削れて取れた。
血液だ。
埃か砂か、手触りはざらざらとしている。
見知った顔写真が印刷されている。
まるで少女のような見た目をしているが、れっきとした男である。
橙のロングヘア、夏の空の色の瞳。
なんで?
どうして?
妄想?
虚言?
空想?
夢?
前世?
来世?
胸が、苦しい。
俺は誰だ?
兄弟は誰だ?
この女はなんだ?
あそこはどこだ?
いつだ?
なんのドッキリだ?
繰り返し呼び起こされる謎の記憶と、ノスタルジーを誘う景色、無意識に口をついて出る自分でない誰かの言葉、それらが一気に竜巻のように巻き上がった。
『本丸名:結城実天城』
『審神者名:結城航乃』
『本拠地:石見国』
知ってる…!
ここに記載される名は政府から承認された偽名で、その偽名やもともとの本名になぞらえた城の名が与えられるのだ。
時の政府から派遣されてきた仲間が言っていた。
偽名も、呼ばれたときに咄嗟に反応できるよう、実名に似た響きや、好きなものにゆかりのある言葉が選ばれることが多いと。
心臓が破裂してしまう。
ぎゅっと目をつぶる。
「…兄弟、酔ったか…?」
征羽矢のざわつく気配を察して、光世が尋ねた。
慌てて、審神者証をポケットに突っ込んだ。
「や、酔ってはない…どっかトイレ寄ってくんね?コーラ飲み過ぎた。」
ごまかせているだろうか、不安に押しつぶされそうになる。
「りょーかい。次のSAで休憩しましょう。」
ウインカーを出して、鮮やかに前の車を抜き去るとき、かん高くエンジンが唸った。

迷ったけれど、手洗い場で光世を呼び止めた。
「…これ…」
審神者証を見せる。
光世は顔を真っ青にして、それを奪い取った。
食い入るように見つめる。
「…さっき、カードケースに…たぶんてんちゃんも気付いてない…?ってか知らない?ってか、覚えて、ない…?的な…?」
トイレに立ち寄っだけの設定だ、長居はできない。
「…あの本丸の最期を、知っているか…?」
光世は、いつかにもした質問を、また、繰り返した。
「…あのとき、兄弟は、どこにいた…?」
鏡に写った自身の瞳が、じわりと紅に染まっていく。
「…俺は…覚えている…たまたま第一部隊に入っていた…」
審神者証を返そうとしたが、征羽矢はまるで呪いのアイテムを見るような怯えた目をしたから、そのまま自身の財布へしまい込んだ。
「…たまたま、出陣の合間で、乱と、審神者の近くにいたんだ…」
目頭を押さえる。
「…ああ、兄弟は第五部隊で遠征に出ていたな…」
いつまでもここでおしゃべりをしているわけにはいかない。
とりあえず外へ出て、手持ちぶさたに自動販売機コーナーへ入っていく。
のろのろと小銭をポケットから拾い集めて、1枚ずつゆっくりと投入する。
「…あの本丸は敵襲を受け、ほぼ壊滅した…審神者は、瀕死の重体…」
征羽矢は先ほどからなにも話さない。
なにか、思い出そうとしているのか。
「…ほとんどの刀剣が破壊あるいは重傷…」
ブラックコーヒーのボタンを押す。
時間を稼ぎたいのに、ガゴン、とすぐに落ちてきた。
「…審神者自身が意識不明のため、手入不可能で…」
バシュッ、とプルタブを上げ、仕方なく車を停めた方へと向かって歩き出す。
「…敵の、本丸を経由しての、政府機関への侵入を防ぐため…あいつら…区画ごと、本丸を、破棄する決定を…」
「またあのほんまるの話ですか?」
2人の背後から、女が声をかけた。
光世はぎょっとして黙る。
征羽矢がいつもの話し方でなんとかはぐらかす。
「ちょいちょい混線するんだよな…そろそろ書き出したりして整理したらさ、小説か映画ができそーだなって。」
女は手に売店で買ったらしいグミの小袋を持っている。
「ふーん。なんか、オカ研みたいで楽しそうじゃないですか。」
他人事のような感想を述べて、グミをひとつ口に放り込んだ。
瀕死の重傷?
意識不明?
では、ここにいるこの女は?
とても理解できる範疇を逸脱している。
そもそも、俺たちは?
人間ではないのか?
幼少期の思い出は?
両親は?
辻褄が合わない、きりがない。
この世界は?
あの世界は?
なにも解決はしない。
ただ闇雲に記憶だけが鮮明になる。
謎は深まるばかりだ。
光世はポケットの中の、審神者証の入った財布を握りしめる。
「あと1時間くらいまだかかりますから、ほんと、寝てていいですからね。」
女は、なにも、本当に、知らない様子で、運転席のドアを開けた。
-------------------------
〜⑥に続く〜
 
2025/09/13 19:56:52(I5pwWfdb)
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