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〜まえがき〜
⚠書いた人はオタクです⚠某刀ゲームの二次創作夢小説です⚠暴力などこじらせ性癖の描写多々⚠自分オナニ用自己満作品です⚠ゲームやキャラご存知のかたは解釈違いご容赦ください⚠誤字脱字ご容赦ください⚠たぶんめちゃくちゃ長くなります⚠未完ですが応援もらえたらがんばります優しいレス歓迎⚠エロじゃないストーリー部分もがっつりあります⚠似た癖かかえてるかた絡みにきてください⚠ —---------------------- 女がやって来ない夜は気味悪く穏やかで、兄弟ふたり、神妙な面持ちで仕事を終える。 若菜は光世を目的に店にくるから、閉店までカウンター席にかじりついて離れず、ぺちゃくちゃと甲高いおしゃべりでふたりを疲れさせた。 あまり酒は強くないうえに、光世は煙たがるばかりだが容姿は愛らしい。 その、普通の女の子感が、どうにもこの兄弟にとっては重荷だった。 階段を上がり外に出て、そろって空を仰ぎ見る。 三日月が雲の合間に浮かんでいた。 そのとき、ピロリ、征羽矢のスマホが場違いに陽気な音を鳴らした。 すい、と液晶をスワイプして、征羽矢が息を呑んだ。 「…え?あ?…あ、これ…」 SNSのまとめサイトの画面を光世に見せる。 濱崎から送られてきたリンクを開いたそのページには、あの夜のピンボケキスシーンショットと、こちらも望遠レンズで撮影したものを引き伸ばしたような稚拙な出来ではあったが、斜め下に向かってまつ毛を伏せてヘルメットを脱ぐ仕草の、女性レーサーの写真が並べられていた。 もはや目に黒い線は必要ないと判断されていた。 『話題のイケメンDJ熱愛報道続報!お相手は元ドリギャル、アマチュアレーサー空知由希』 「…ギャル?」 「気になるのそこじゃねぇんだよなぁ。」 混乱しているのか、光世がとんちんかんな部分を繰り返すのに、征羽矢が呆れて緩やかにツッコミを入れた。 『XY Auto Station開催のレディドリミニイベントで総合2位、頂点逃すも手堅く表彰台』 『ドリ車も男も乗りこなす手腕に集まる注目でアーカイブ配信視聴数現在前年比300』 征羽矢は、ポカンと開いた口がなかなか塞がらない。 レーサー? ドリフト? あの、てんちゃんが? イメージが一向に繋がらない。 自室への階段を上りながら、ついついと続きを読み進める。 他にも何枚かの顔写真が載せられている。 ドリフト選手年鑑掲載、と記されているものは、履歴書の証明者のように正面をむいた真顔で、表彰台にてと特記のあるものは、短い前髪が汗でベッタリと額に張り付いている薄い笑顔で。 十数年前のドリフトパラダイスより、と引用が示されているものは、かなり若い時分のもののようだ。 しかし容姿もヘアースタイルも体型もさしたる変化はないのだが、どことなく幼い感じがするような、くらいのわずかな違和感で、シャコタンの角張ったスポーツカーに寄りかかってピースするツナギ姿であった。 どれも征羽矢と光世のよく知っているあの女で間違いない。 「有名なんかな?」 自分たちのよく知らない界隈のことだ、どのくらいの知名度なのか想像もつかない。 「…確かに、運転する仕事があるってゆったわ…」 それがまさか、アマチュアとはいえ、サーキットを走り賞金を稼ぐレーサーとは。 部屋に入ると、光世はすぐにパソコンを立ち上げて動画配信サイトで検索をかける。 同時に自身のスマホでも、報道について調べる。 征羽矢は濱崎に電話をかけていた。 『別に特別有名人ってわけじゃないっぽいっすよ?俺ら、SNSでこっちの業界の話ばっかり流れてくるから、ミツヨさんの一件でやたら目に入るだけで、クラブも行かないスポーツカーも乗らないフツーの人には、キョーミない話題っしょ?』 まとめサイトの最初の記事の更新時間は夕方店が始まる頃であった。 若菜は店ではずっと光世につきまとってばかりだったから、まだ知らなかったのだろう。 安心して良いのかどうか、正直まだよく分かってはいなかったが、とにかくものすごいファンがいて大変とか、熱愛報道でスポンサーが激怒して契約解消とか、そういう事態ではなさそうだった。 レベルとしては自分と同じくらいのものか、と光世は思った。 ということは、俺たちのようにあちこちに頭を下げたりすることもあるのか、とも思った。 罪悪感が、ないこともない。 あんなに非生産的でただただ疲労するだけの謝罪回り、もう二度とごめんだという意味では反省もしている。 あんな思いをするのを、女にも強いてしまったかもしれない、悪かったな、くらいの気持ちはある。 実況が、レース開始前に選手をひとりひとり紹介している。 「空知由希選手、35歳、車は今回も80年代のハチロクかぁ、渋いねぇ、」 女が車体をチェックしている様子がアップになる。 黒いレーシングスーツに、ショッキングピンクのハイカットのスニーカー。 隣に映る車両は、さっきまとめサイトで見た学生時代の頃の写真にも映っていたものと同じ車種のようだ。 「エンジン載せ替えてきましたね、でもNAです。」 実況が言うと、司会が相槌を打つ。 「NAで勝ちにくるんですよねー、ちょっとした化け物ですね。」 光世には、えぬえー、が何か理解できない。 エンジンの種類だろうか。 テロップが出ている。 空、知、由、希。 そ、ら、ち、ゆ、き。 無意識に、笑みが浮かぶ。 薄い唇が、今夜のもののような、上弦の三日月の形になる。 そして急激に脳裏にフラッシュバックする景色。 予測不可能だった敵襲、割れるガラス、破られる襖と障子戸、百振の刀たちの乱れた足音、飛び交う怒声、鋼同士がぶつかりあう金属音、響くアラート、火の放たれた家屋、踏み荒らされた圃場。 主人はちぎれかけた腕で、ビープ音で騒ぎ立てる液晶端末を抱えているが、指が動かないので操作ができない。 おおでんたみつよは、血まみれで這いつくばる主人を抱きかかえて、悲壮な表情で、その耳元で何かを叫んだ。 しかし主人は力なく首を振って口をつぐむ。 端末の向こう側のどこかで誰かが怒鳴り散らかしている。 『…石見八十六ご…う城実て…城本丸!応と…よ!…答がな…ば政府お…ん世への経…遮断す…!区画…消去さ…ぞ!?…応答…!審神者…ド結城…乃!生き…いるか!?誰か…いのか…!?』 ギャギャギャギャっ、と、聞いたこともない音がして、光世は顔を上げた。 レースが始まっている。 と言っても、走っているのは1台だけである。 よーいどん、で速度を競う訳ではないらしい。 何かの光景を見ていた。 またリンクしてしまっていたかもしれない、征羽矢を見る。 案の定、耳に当てられたスマホのあちら側で濱崎が何度も征羽矢を呼んでいる。 「…兄弟…!」 光世が強い口調で呼びかける。 征羽矢も、はっとして、濱崎との会話に戻る。 「…ああ、ごめん、なんだっけ?」 光世は配信アプリの横でドリフトイベントの公式ホームページを開いた。 出走スケジュールを確認すると、女の出番はまだ先であった。 シークバーをドラッグする。 レースを見たからといってどうにかなる訳ではないし、どうにかしたい訳でもない。 つまらない夜がつまらない朝を迎えるだけ。 ここ数日間にはなかった時間があるだけだ。 あれからもう2日間は謹慎期間としてステージには立たず、裏方に徹していた。 店の客層がさほど変わったということもないのだが、SNSで話題のイケメンDJである光世に興味を持った女性客が連れ立ってやって来たり、バズりを求めてプライバシーに配慮しない1枚をすっぱ抜いてやろうと息巻く、礼儀を知らない若者が少し増えたかもしれない。 昔からの常連たちは、報道の内容自体は気にしてもいなかったし、客の大半を担っていた光世の熱狂的なファンのほとんどは、光世自身に幻滅などするはずもなく、悪いのは光世を唆した女の方だと思っていた。 だから、ほんの数日、女が店に姿を見せないだけで、あんな特別かわいいわけでもない性格が良さそうでもない金がありそうでもない女に付きまとわれなくなって良かったね、という顔をしていた。 謹慎といっても、週末に看板が登壇しないのは経営上無理があった。 今日から復帰である。 光世はブースの脇でヘッドフォンの具合を調整していた。 首にかけたヘッドフォンのハウジングに向かって少し顔を傾けて目をつぶっている姿は、なんとも色気がある。 ライトもセッティング中で、明るいステージの上から暗いホールの様子は見えにくい。 だから、光世は、女が扉から入ってきたことに気が付かなかった。 「よっ、久しぶり…でもねーか。」 征羽矢が手を上げた。 が、驚いて、そのままのポーズで止まった。 数日ぶりに訪れた女は、左目に眼帯をしていた。 大きな痣はそれでは隠しきれておらず、青黒い内出血の跡が上下に少しはみ出している。 征羽矢がカウンターから身を乗り出した。 「え!?どーした!?目!?」 「厨二っぽくて嫌なんですけどね、しないと余計に目立つみたいで、やむなくです。」 女が肩をすくめた。 「じゃなくて!なんで怪我!?あの、あれ、レースで!?事故った!?」 女は気まずそうに耳の後ろあたりを掻く。 「あー、隠してもしょうがないので言いますけど…殴られたんですよ、男に、ほら、身バレしちゃったので。」 「男!?初耳なんだけど!?」 思わず大きな声が出てしまい、征羽矢は自分の口を押さえた。 スキャンダルにスキャンダルをかぶせてくる、信じ難い事態である。 アホなのか!? 言いかけた言葉を飲み込む。 「まぁ、別に恋人とかではないんですけど、なんとなく惰性で付き合っているというか、付き合ってはないんですけど。」 ビールを、と人さし指を立てて椅子を引く女の腕を、征羽矢が掴んだ。 「ダメ!ダメだダメ!今夜はダメだ、部屋行ってろ、」 裏口から追い出す。 女は口を尖らせていたが、ごねても無駄かと悟って、渋々と鍵を受け取った。 あんなの、もし兄弟の目に入ったらまたなにか問題が起きる、間違いない。 どうせすぐバレるだろうから、隠そうというのではない、あらかじめ征羽矢からワンクッション置いておきたいというところだ。 音響機器のセッティングを終えた光世が戻ってきたから、バックヤードで話そうぜ、と呼んだ。 どう切り出したらいいか悩んで、とりあえずそのあたりに転がっていた常温の缶コーヒーを手渡す。 しばしの無言のあと、あれこれ取り繕っても仕方ないな、と覚悟を決めて、本題から入ることにする。 「…てんちゃん、男がいるらしーよ。」 がごん。 幸いにも未開封の缶コーヒーが、光世の手から落ちた。 征羽矢はそれを拾って、また渡す。 光世は何も喋らない。 今に始まったことではないが。 「ちょっと聞いたんだけど、殴られたらしい。」 神妙に、だがシンプルに事実を伝える。 「兄弟のせいじゃない、とも言いがたいけど、責めるつもりはねーよ、俺も同罪だしな。」 手の中でますますぬるくなっていく缶をもてあそびながら、次の言葉を探している。 光世が掠れた声で問うた。 「…話したのか?」 「…実は、さっき来てたんだよ、でも眼帯してて隠せてないくらい顔殴られてて…」 光世がソファから立ち上がる。 「待てって。もう上行かせたから。」 征羽矢の両の肩に、光世はずしりと手を置いた。 「…兄弟…考えろ…こんな時間に…」 征羽矢が、ハッと顔を強張らせた。 …そうか…そうだ… 閉店間際に律儀に定価のチケットを持ってやってくる女が、なぜ? 答えはある程度予想できる。 「…逃げてきたのかな…?」 「…とも限らないが…少なくともこれまでの強メンタルじゃあないだろ…」 壁の時計を見る。 「…俺は上がる…2部とも堀江に回させろ。」 「…分かった…俺も区切りが付いたらすぐ行くわ。」 光世と女をこの状況でふたりにしておくのも不安ではある。 もし怒りが限界突破した光世がまた事件を起こしでもしたら、と思うと、あまりにあり得そう過ぎて背筋が凍る。 自分がしっかりしなければ。 征羽矢は頬をパチンと叩き立ち上がった。 すみやかに現場に戻り、スタッフたちに必要な指示を出す。 非番の濱崎に電話をかけて、詳しくは話せないけど、と事情を説明すると、快く代理出勤を引き受けてくれると言う。 「すぐ行きます!任せてくださいよソハヤさん!ミツヨさん単品だとポンコツすぎっすから!」 光世は呼吸を弾ませて玄関に飛び込んだ。 靴を脱ぐのももどかしく、土足で部屋に上がる。 明かりは常夜灯だけが灯っており、女は、光世のベッドの上で、窮屈そうなストレートタイプのデニムのまま幼虫のように身体を縮めて眠っていた。 寝息がまるで聞こえなかったので、光世は女が死んでいるのではないかと思って、顔の正面に手のひらをあてがった。 吐息を感じて胸をなでおろす。 丸まった背中は前開きのシャツブラウスが引っ張りあがってはだけてあらわになっていて、帆船の赤い旗がひらめいていた。 薄暗くてよく見えないし、左側を下にして横を向いている体勢だったから、眼帯をしていることは分かったが、怪我の酷さは確認できない。 起こしてもいいものか、しばし考える。 だが、寝顔は普段のひょうひょうとした雰囲気はなく、どことなく真に迫るようで、とりあえず兄弟が戻るまでは寝かせておこうと思いとどまった。 復帰の日のステージに穴を開けてしまったから、また明日は兄弟に迷惑をかけてしまうなと、ごきり、と首を鳴らす。 なにはともあれ靴を脱いで片付け、占領された自身のベッドの横に座り込む。 もし、男が、いたとして、そいつが、殴ったんだとして、そいつが、女を追い詰めたりしていて、そいつが、店に女を探しにやってきたりするだろうか。 しっかり店名も光世の顔も晒されているわけだから、これは、思った以上に面倒なことになったぞ、と髪をかき上げる。 そいつが、もし、女を恋人かなにかだと信じていて、周りがそれを承認していたとしたら、光世は一気に悪になる。 それを庇うだろう征羽矢やほかのスタッフ、もしかしたらスポンサーたちまで、叩かれ吊るされるかもしれない。 もし、もし本当にそうなれば、店はだめかもしれない。 だが… ぐるぐると頭の中で様々な思惑が回る。 自分自身に問う。 培ってきた人間関係を捨てて、夢だった店を捨てて、未来を捨てて、生きるか、あるいは死ぬか、その覚悟があるか。 妄想の中で、崖から女を突き落とす。 手にした太刀で、女の腹を袈裟斬りにする。 真紅の縄で、ぎりぎりと絞殺する。 両手で掲げた玉鋼の塊をその頭に打ち下ろして撲殺する。 得も言われぬ歓楽が胸に湧き、心が躍る。 余りある! なにを、捨てたとしても、それさえ手に入れば、余りある、満足感! それならば二度とこの部屋からは出さない、逃がさない! 閉じ込めてしまえ! 隠してしまえ! 泣いても喚いても、もう離さない、誰にも渡さない… 座卓に残された缶のうちの1本は、中が半分ほど残っている。 それを煽る。 ぬるい苦みが体中に染み渡る。 おおでんたみつよの気配が乗り移っていく。 だれにもわたさない、にがさない、かくしてやれ、なまえをしるところとなったいま、あとは、こえにだしてよぶだけで、すべてがおわり、これからはじまる… 光世の瞳に、じりじりと赤い炎が燃え上がる。 バン、と勢いよく扉が開き、征羽矢が転がり込んできた。 鍵をかけるのを失念していた。 視線が交わり、光世の瞳の炎が鎮火する。 征羽矢の騒々しい帰宅に、女はもぞもぞと身じろぎ、なにか寝言のようにつぶやいて、それから上半身を起こして振り返った。 「…おはよーございま…」 まだ眠そうに、右目を擦る。 光世が女の方へと振り向く。 橙の灯りに照らされて、ぼんやりとした輪郭がだんだんとはっきり見えてきて、眼帯の奥の痣をじっと睨む。 「あ、電気…つけていーですよ…もう起きるから…」 それは一般にはまだ起きない者が言う台詞だが、女はぐうっと両手を反らして伸びをして、首をぐるりと回してストレッチする。 征羽矢が壁のスイッチを押すと、ぱっと部屋が白くなった。 光世は目を細めた。 もう一度、女の顔をじっくりと覗き込み、怪我の様子を見る。 「特定、されちゃいましたね…」 女はあいかわらず、まるで他人事のように語る。 征羽矢が大袈裟に目を丸くしてみせた。 「びっ、っくりだよ!」 「名前、バレちゃいましたね…なんか、呪われるんですっけ…?」 寝起きでまだキャラ設定しきれていないのかもしれない、女はくすくすと普通に笑った。 ゆら、征羽矢の目にも、赤い光が一瞬だけ、射した。 「…あるじの、まな…」 「まな?」 語感から漢字が思い浮かばす、女が聞き返した。 「あーと、真の、名前かな、真名。」 ふっ、と光は掻き消え、そはやのつるきの瞳は征羽矢の瞳になる。 とたんに、 「どう?目、痛い?ちゃんと病院行った?てかケーサツ行ったら?」 立て続けに質問を投げかけてくる。 女は、飲みかけていたはずの缶を持ち上げて、中身がなくなっていることを知り、光世を少しだけ睨んで、征羽矢におかわりをねだった。 征羽矢が冷蔵庫から出した缶ビールを女の向かって放り投げる。 キャッチしようと手を伸ばすが、片目で見ているためか距離感が狂っていて、それを察知して光世が横から上手く受け止めた。 「あ、わりぃ、」 征羽矢が、しまったな、という絶妙な顔をした。 女は気にもしていない風で、光世の手からそれを奪い取り、プルタブを上げる。 「お店に迷惑かけるかとも思ったんですけど、どうせ場所は割れてますしね。」 征羽矢はキッチンに寄りかかって、兄にも同じものを投げてやり、自身も立ったまま缶の縁に口を寄せた。 光世は女の胸元に顔を近づける。 「…タバコ…吸うのか…?」 女は首を振った。 「いえ、自宅からこのかっこのまま来たので、匂いが…」 「…あんたの男が吸うのか…?」 光世が、棘のある言い方ですごむが、女はまた首を横に振る。 「わたしの、男、というのが、厳密には違うと思うんですよね。」 「…つまり、その男じゃないか…」 不機嫌にビールをすする。 征羽矢は、予想よりは落ち着いている兄の様子に、いくばくか安堵していた。 このときは。 安堵していたのだが。 「そういえば、ふたりともタバコ吸わないんですね。」 「喉やられたら音楽にひびくだろ、味覚鈍ったらドリンクでも困るしな。」 征羽矢が答える。 「はい、じゃあ、これ、どうぞ。」 すでに封の開いた、潰れたタバコの箱を、デニムパンツの後ろのポケットから取り出して光世に手渡した。 開けると、10本ほどの残りとライターが入っている。 「…勧められても吸う気はないが、」 「違いますよ、勧めませんよ。」 するり、とデニムを脱ぎ、あろうことか、ふたりに見せつけるように大きく脚を開いた。 突然の展開にぎょっとするが、すぐにその意味を悟る。 光世は体内の水分がすべて沸騰していくような感覚をおぼえた。 女の白く柔らかな内ももに、ぽつぽつぽつと赤黒い火傷の跡が3箇所に残っているのだ。 それはまだ生々しく膿んでいて、その傷が新しいものであることを表していた。 「…これと同じふうにしてください。」 脚を閉じて、シャツのボタンを上からひとつずつ外していって、脱ぎ、それから眼鏡と眼帯を外す。 白目は真っ赤に染まり、まぶたは腫れ上がり、青黒いと思っていた痣は中心に向かって赤紫色で、およそちょっとした怪我という診断には収まりそうもない具合であった。 「…やはり殺す…」 光世がぽつりと呟いて立ち上がったので、征羽矢が咄嗟にその腕を掴むが、ショックで言葉が出てこない様子である。 「殺さなくていいですから、同じこと、して、くださいよ。」 女は事も無げに言う。 憤怒のあまり我を忘れている光世を羽交い締めにして、征羽矢がやっとの思いで声を絞り出した。 「えっと、確認なんだけど、」 鳴り止まない心臓の動悸を数える。 「これは、そーゆープレイってこと?」 静かな怒りのこもった、低い声。 「そういうことです。」 女は淡白に頷く。 「もいっこ確認なんだけど、こんなんしたらほんとに痛いんじゃねぇの?」 「本当に痛いですよ、それはもう、本当に。」 女が肩をすくめた。 「それ、気持ちよくなれんの?」 征羽矢がすえた目で女を睨みつける。 「いっこじゃないじゃないですか、」 わしゃわしゃと髪をかき混ぜて、女は征羽矢を睨み返した。 「まぁ、ぶっちゃけ、ヤッてるときは、めちゃくちゃイってる、です。」 はぁー、と長いため息をつき、征羽矢が少しうつむき、人さし指で頬を掻いてから、その人さし指をピンと伸ばして女に突きつけた。 「俺!反対!断固反対!ぜっ、ったい反対!」 女は、つい、と目をそらす。 「ミツヨさんにしてもらうので、ソハヤさんはいいです。」 「兄弟!」 征羽矢が、羽交い締めにした腕の中でまだ打ち震えている兄に向かって怒鳴る。 「女の体にさぁ!ぜってぇ跡残るって確定してる怪我させるなんて、できねぇよなぁ!?」 女が下着姿のまま立ち上がり、光世の頬を両手で挟んで口づけた。 「早くしてくださいよ?」 征羽矢の腕を、肩から手首へと艶めかしく撫でて、その力を緩めさせ、ゆっくりと解かせる。 「もう、待てないですよ?」 今度は光世が、女の頭をがっしりと押さえ、膝を少し曲げて身をかがめて、深く長くキスをした。 ここで女の要求に応えてやらなければ、出ていってしまってもう戻ってこないのではないか? 不安で心臓が潰れそうになる。 女を胸の中にギュッと抱きすくめ、乾いた声で答える。 「…して、やるよ…」 女を解放し、征羽矢へと押し付け、部屋を見渡した。 壁に立て掛けてある掃除機の、ノズルの延長部分の上下をすぽっと抜いて、1メートルほどの単管パイプ状にする。 それから物干しのクリップから男物の薄手のハンカチを2枚、それと音響機器などの固定に使う太く長いタイラップをツールボックスから出して手に取った。 女をベッドへ横になるように促し、まずは両足首をハンカチで保護してノズルの両端近くにタイラップで結びつけた。 これで自力で脚を閉じることはかなわない。 そう考えるだけで、女も光世もぞくぞくと興奮を覚えた。 作業を進めつつ目は合わせずに光世が問う。 「…痛みはないか…?」 だが女はあいかわらず素直には頷かない。 「もっと痛いことしてほしくてやってるのに、おかしいですね。」 征羽矢はその一連の行動と会話をはらはらと見守っている。 「…衝動的に動くと、いらん怪我をするかもしれんからな…」 そう言って、パイプをぐっと持ち上げると、女はなんともあられもない姿にさせられてしまった。 珍しく赤面して小声で唸る。 「…これ素でやるとめちゃくちゃ恥ずかしいですね…」 次に、光世は女の手を取った。 「…こっちも縛ったほうが危なくないと思うんだが…」 征羽矢を見る。 こちらはまっすぐに視線を合わせて。 「兄弟、押さえててやれないか?」 征羽矢は、その提案に抗ってやろうと、何か言ってやろうと思考を巡らせるが、考えあぐねて、ぐっと言葉を飲み込んだ。 光世が続ける。 「こういうのは、知っていたのに関わらなかったやつが、いちばん辛くなる…」 最後の方は、自信なさげに消え入りそうにボリュームが下がっていった。 征羽矢は眉をひそめて、諦めたようにがなった。 「…わあったよ!悪かったな!?個人のシュミを否定してさぁ!」 ドスドスとわざと足音を立て、ベッドに上がり女の枕元に跨る。 乱暴な仕草で光世から女の手首を奪うと、仰々しく全体重をかけて抑え込んだ。 「やめろっつっても逃がしてもらえると思うなよ!?」 光世が、慣れない手つきで1本目のタバコに火をつける。 骨ばった長い指がタバコを弄ぶ様は、なぜか宗教画のような崇高な美しさがあった。 さしたる計画性なく女の自由を奪ってしまったため、下着を脱がすことができなくなってしまったことに気がついた光世は、煙をゆらゆらとさせながらいったん部屋を出て、すぐにバスルームからカミソリを持って戻った。 部屋にハサミもカッターもあるが、あえてのカミソリである。 「…危ないからな…動くなよ…?」 銀色に鈍くぎらつく刃を、わざわざ肌の上を滑らせてから、パンティのクロッチの部分を裂いていく。 なにも触れていないというのに、そこにじっとりと染みが広がる。 危機感からか腰が引けている。 本当はまだ迷っているはずなのに、光世は、緊張で震えたりなどしていない手で、残された火傷跡のすぐ隣に、それを押し付ける。 じゅぅぅぅ… 実際はそんなに音がするわけではなかったが、脳内で勝手に補完されてしまう。 「ゔ、ぁぁ…!い、ぃゃぁぁっ!あづ、いぃっ!」 見開かれた女の目に恐怖と激痛の稲妻が走る。 征羽矢がギュッと目をつぶり、そのうえ顔も背けた。 「…兄弟…ちゃんと、見ててやれよ…?」 光世は、心を殺して、1本めを空き缶の中へ捨てた。 女は、眉の間に皺の刻まれた絶望の顔容で歯を食いしばって、光世を見上げる。 意識が混濁するほどの疼痛にわななきながら、なぜか秘所がますます濡れていくのを止められない。 光世は鼻息荒く、自身が刻んだその傷跡を注視しながら、無言で次のタバコに火を点けた。 「ぁ…やめて…やめてっ!?もう…もうしないでっ!?」 一口だけ、深く息を吸ってオレンジ色の炎を噴かせる。 「ねぇ!?やめて?おね、おねがい…」 ゆっくりと、濡れた股ぐらに炎を近づけると、つんと勃起した陰核が、ひくひくと痙攣する。 「おねがいっ、しますっ…やめて…」 熱を感じるように、燃える先端をそっと内股の肌に沿わせて動かした。 そして、おもむろに、また押し付けた。 「ぁぁぁぁぁあ!いっ…!た、ぁぃっ!」 女が仰け反って、喉を露わにする。 光世は、ぐりぐりと、灰皿で火を消すときのようにタバコを捻った。 「ぁぁぁ…!」 猟奇的な甘さを含んだ絶叫が部屋の中でリフレインする。 ぷしゅっと音を立てて、膣から透明の蜜が溢れた。 「ごめ、ごめん、なさいっ…!ごめんなさいっ!」 目尻から幾筋もの涙をこぼし、いやいやと首を振る。 征羽矢は今度は薄目で見ていて、 「…ほんとにコレでイクのエロいな…」 ごくりと生唾を飲み込んだ。 光世はたんたんと次を手に取る。 「ねぇ!?もうやめて!?し、死んじゃう…」 その悲痛な懇願がまるで聞こえていないかのように、煙をくゆらせて、わずかに口角を上げた。 「…死ねよ…?」 女は、はっ、はっ、と短く浅い呼吸を繰り返す。 「…やだ…やだ…こわい…こわいよ…いたいよ…」 壊れたスピーカーのように、ただただ絶望を吐き出し続ける。 パイプに固定された足首ががくがくと震えていた。 そのパイプの真ん中あたりをぐいと高く掲げて、女の身体のほうへと押すと、よりいっそう脚が開かれ、敏感な雌の花弁が空気に晒された。 光世は、口に含んだ煙を、ふうっとそこへ吹きかけてやる。 「…最後だ、耐えろよ…?」 3つ目の狂気を押し当てる。 「あぎ…!あ…!ぎぁ…!あ…!あぁぁ…」 もはや疲れ果てて途切れ途切れになる悲鳴が、光世の鼓膜を刺激した。 女は、鬱血した左目と充血した右目をぐるりと回し、だらしなくも失禁してしまう。 生暖かく生臭い体液がシーツに染みていく。 「…いいこだ…よくがんばったな…」 光世は耳元に唇を寄せて、とろけそうに甘い声で女を労った。 そのまま耳の周りをくちゅくちゅと音を立てて舐めながら、優しい手のひらでまぶたを上からそっと撫でて目を閉じさせた。 女の口は開きっぱなしになっていて、泡立った涎がだらだらと流れ出ている。 ずっと力が込められたまま硬直していた四肢が安堵でだらりと弛緩し、荒ぶっていた息が徐々に落ち着いていく。 じゅっ。 「…っ!」 突如として、皮膚を切り裂く劇烈な熱が脊髄を焼いた。 光世が、片手を背中の後ろにやって隠し持っていた本当の最後の1本を、今までのどれよりも強く、今までのどれよりも秘所に近い内側へと、押し当てたのだ。 「…っがっ…!…ぁ…ぁ…ぁ…」 女は唾液を撒き散らしながら、舌を突き出して血を吐くほどの勢いで悶える。 「…えげつねぇ…」 誰に言うでもなく征羽矢が口走る。 女の蜜壺からは再びさらりと体液が溢れ、その部分は物欲しそうにぴくぴくと疼いた。 安心し始めたところに不意打ちで与えられた激痛は、快感と区別がつかなくなっていった。 「…ぁ…ぁ…ぁぁぅ…う、うそ、つき…ひどい…ひどい…ひどいよ…」 ずくずくと脈打つ熱傷の余韻がまるで麻薬のように女の脳を侵す。 「…だが良かったんだろ…?あんな…あんなに、はしたなくイったじゃないか…?」 光世は舌なめずりをしてから、脚をみっともなく広げたその中心にむしゃぶりついた。 口元をくすぐる繁みをかき分けて、酸っぱいような苦いような、血のような匂いのする穴へと舌を差し入れる。 光世の硬い髪が、先に付けた丸い傷跡を突き刺し、女は痛みと愉悦に惚けることしかできない。 意味をなさない文字の羅列が口をついて出るのをこらえられない。 じゅるじゅると女の体液を吸い、つんと硬く尖った陰核を甘噛して、光世はその甘美な味わいをじっくりと楽しんでいる。 ぷしゅ、と、また愛液が吹き出す。 顔面にしぶきが飛び、光世は女の身体から離れた。 シャツの裾をまくり上げて、それで顔を拭う。 「…やってくれたな…?覚悟しろよ…?」 ベルトを外す。 「…今日はもうこのままでいいな…?」 パイプを高く上げ、蛍光灯に照らされた濡れた場所へと、自身のいきり立つものを突き刺した。 「っ…はぁっ…んぅ…け、けほっ、けほっ、けほ、けほ…」 かれこれ半刻以上、悲鳴を上げたり痛みに絶叫したり、何度も何度も許しを請うたり、享楽に喘いだりを続けていたため、喉は渇きひび割れていた。 ひとたび咳き込み始めたら止まらない。 「…ん?なにか…飲みたいか…?」 下半身を繋げたまま、ベッド脇の棚のガラス戸を開け、中のボトルを鷲掴む。 すでに一度開栓されていたそのコルクを、右手の親指で押し上げた。 きゅぽん、という軽やかな破裂音とともに、濃厚なナッツに似た香りが漂う。 それまで黙って女の腕を抑え込みながら、うずうずと大きな体躯を揺すっていた征羽矢が、思わず兄の蛮行を止めようと叫んだ。 「それウォッカだぜ!?」 光世は聞く耳を持たず、その首丈の長めの注ぎ口を女の口に突っ込んだ。 ごぼごぼと、淡いグリーンイエローの液体が、口内を通り過ぎて喉の入口に達していた注ぎ口から流し込まれていく。 常温のはずの熱いアルコールは嚥下される間もなく、胃へと直接注入される。 征羽矢が慌ててボトルを取り上げた。 こぼれたウォッカが、溺れてむせる女の顔とシーツを濡らして匂い立つ。 うっかり解放してしまった腕は、もうとらえておらずとも抵抗する力もなかったが、征羽矢はそれを形式的に再び捕まえて、光世を忌々しげに凝視した。 高い酒であったことに対して文句があるというわけではなさそうだった。 光世はベッドを激しく軋ませて抽送を繰り返す。 そのうちに女の呼吸は規則的に喘ぐ息遣いになってくるが、それに反比例して瞳が色を失っていった。 急激に無理矢理に与えられた、工業用エタノールとほぼ同等の度数のアルコールに、巡る思索が奪われる。 見つめる天井がピカピカ光りながらぐるりぐるりと回るのだろう。 よがる声も、もう出せない。 無様だな、光世は罵声を飲み込んで、屍のように動かなくなった女の最奥を独りよがりにこねくりまわした。 そうして自身の最も高ぶったところで、かすかな咆哮を上げて、絶頂を越す。 そのころには女はとっくに気を失っており、ただ本能のままに子宮の壁だけがうぞうぞとうねっていた。 「…あったま…いったい…さすがに…」 目を覚ますやいなや、トートバッグからポーチを取り出した。 頭痛薬を口に放り込む。 光世と征羽矢は先に起床してすでにシャワーを済ませていた。 ただでさえ低血圧で寝起きが悪いのに、深酒した翌日はなおのことである。 「酒残ってんのに市販薬飲んだら、なんやかんやで死んじまうぜ?」 わざわざ要求しなくても、征羽矢がミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくれる。 当たり前のように気が利く。 双子というわけではないはずなのに、光世とほぼ同じ顔の作りで、光世よりもぐっと華やかな容姿で、明るく元気で優しくて、さぞかしモテるのだろう。 「ありがとうございます…なんですか、なんやかんやって。」 女はその半分ほどを一気に喉を鳴らして飲み、滴った水を手の甲でぐいと拭った。 「その前に急性アル中で死んじゃいますよ、ミツヨさんに言ってやってくださいよ…」 「…死んでもしかたないと思っていないと、あんなことはとてもできない…俺だって必死なんだ…」 光世は、心外だ、とでも言いたげな表情で不貞腐れてキッチンに立つ。 冷蔵庫の中を覗いて、朝食兼昼食をなににするか考える。 「そうかなぁ、頭のネジぶっ飛んでるだけじゃね?」 征羽矢は昨夜の兄のナチュラルにサディスティックな行動を思い返していた。 征羽矢には到底思いつかないような狂行であったし、たとえ脳裏をよぎったとて、実際には実行できまい。 女は、もう半分もあっという間にごくごくと飲み干してしまう。 ぷは、と満足げな息を吐いた。 「…これ、冷やしてくれてたんですね、ありがとうございます。」 火傷の跡に当ててくれていた、タオルでくるんだ冷まれた冷却材を返す。 「あー…いちお。」 征羽矢が目を伏せた。 「こんなのすぐ治りますよ、そんな顔しないでください。」 そう言われても、納得はいっていなかった。 引き出しから救急箱を出す。 「…たまご、なにがいい…?」 征羽矢が用意してくれた絆創膏をぺたりぺたりと内股に貼っていく女に、光世は尋ねた。 湯沸かし器に水を注いでスイッチを入れる。 トースターに食パンを並べる。 「なにからなにまで、手厚いですね、」 女が不思議がって首をかしげるが、征羽矢はこわばった相好をわずかにほどき、にこ、と微笑んだ。 「兄弟はてんちゃんが大好きだからなぁ。」 光世はなんの反応も示さない。 女はなにかしら否定してやろうと口を開きかけて、やめた。 ただの言葉遊びである、真に受けてもしようがない。 「目玉焼きがいいです、半熟のがいいです。シャワー借りますね。あと、洗濯機回しちゃいますね。」 一息に要望と予定を伝える。 天気がいいから、自身が汚したシーツもタオルケットも全て洗って真っ白にしてしまいたい。 薄い敷布団も太陽の光にたっぷりと当てて、昨夜の痕跡を全て、消してしまいたい。 消えて、しまいたい、女はまだガンガンと脈打つこめかみを押さえて、シャワーのカランを捻った。 熱い湯で、汗と、カピカピになって肌にこびりついた様々な種類の体液を洗い流すと、頭痛と吐き気がおさまってくる。 濡れた短い髪はドライヤーをしなくてもすぐに乾く。 「お先に食べてるぜ?」 征羽矢が早々と空の皿を重ねて、食後のコーヒーを飲んでいた。 女はベッドの布団をベランダへ抱えていき、塀にかけて干していく。 植木鉢があり、そこにまだ青いミニトマトがいくつか成っている。 ひとつめのミッションを終え、キッチンへと戻り、 「牛乳ありますかね?ちょっと、胃が。」 と、勝手に冷蔵庫を開けた。 賞味期限が2日切れている牛乳が紙パックの底に少し残っているのをコーヒーカップに注ぎ足す。 「カップ、ありがとうございます、買ってくれたんですか?」 黄色地にピンクや紫や水色の花が描かれたマグカップは、先日はまだなかった。 「100均だけどね。」 「でもかわいいです。朝顔…じゃないですね、立葵ですかね、好きな花です。」 征羽矢が女の顔をじっと見つめた。 「そーだな、なつはけっこうずっとげしのけいしゅにしてたもんな。」 「?」 またなにかよく分からないものを見ている。 そはやのつるきに対しては、うかつに返事をしないほうがいいような気がして、トーストにかじりついた。 「それさ、失明とかしねぇ?すげー痛そ…」 ほんの一瞬で普段の征羽矢に戻り、昨夜から眼帯と眼鏡を外したままであらわになっている痣にそっと触れる。 「しないんじゃないですか?そんな簡単には。」 もぐもぐと口を動かしながら、女が答える。 「えー、病院行けよ、ほんとに失明したらどーすんだよ?」 「目は、2個ありますし。」 その台詞にかぶせ気味に、 「ぜったいそーゆーと思ったよ!」 と眉をひそめた。 「だいぶ分かってきたぜ…!その感覚は分かんねーけど…」 同じく食事を終えてコーヒーをすすっていた光世が、真面目な顔をして言う。 「…残念だが…病院には行けない…」 「行きませんよ、もうさほど痛くもないですし。」 「…警察にも…行けない…」 「行かないですよ、めんどくさいですね。」 フォークで黄身を潰す。 絶妙な半熟具合の目玉焼きは女の好みにぴったりだった。 カリッと香ばしく焼けた食パンの耳に、とろりとした黄身をまとわせて口へと運ぶ。 光世が、まだ中身の残ったカップを置いて、女の手からフォークを奪い、突き飛ばした。 女はごく冷静で、ゆっくりと咀嚼を継続しながら、覆いかぶさって両手をひとまとめに拘束してくる光世を見上げている。 ごろりとうつ伏せに転がされ、背中側で、左右の親指同士を、昨夜の残りのタイラップで繋がれる。 「…まだ食事中ですが…なにが始まるんです?」 口の中のものを胃に押し込んで、女は少し楽しそうに口角を上げた。 「…その…男がいるところへは…帰さない…」 征羽矢は、やれやれまた始まった、とでも言いたげに目を細めたが、ふと、昨夜、自身は兄の情事をもんもんと見ていただけで発散させてもらえなかった、と思い出す。 「今日はいませんよ、平気です。」 シャワールームのほうから、洗濯機がぐわんぐわんと回る音が聞こえる。 「…なぜ…?平気、では…ないと、思う…」 そう、たいそう切なげに、泣きそうに言葉を絞り出す光世は、その声色とは裏腹に、女の首に男物のベルトをぐるりと巻き付けていく。 バックルをぬかりなく締め、そこにどこからか用意してきていたロープを通して、自分のベッド柵へと結びつける。 きつく、固結びを繰り返す。 十分な長さがあるから、全ての自由を奪うほどの制約はない。 だから本来なら兄をたしなめそうな征羽矢も、もはやそれを止めない。 そのほうがいいんじゃないかとさえ思う。 知らない誰かに乱暴されて傷ついて、でもそれをまた求めて部屋を訪れる女の不健康さに辟易していたからだ。 女は、よいしょ、と、こともなげに身体を起こし、光世に向かって、かぱ、と口を開いた。 「黄身、しみしみにして食べさせてくださいよ?」 光世が、トーストをちぎって黄身を拭い付け、女の口の前に差し出す。 ぱく、と女が食いつく、光世の指ごと。 ぬるり、黄身と唾液が混じってぬめった舌で、指を舐める。 ちゅぱちゅぱとわざとらしく音を立て、指の股まで深く咥える。 昼間っからとんでもねーな、征羽矢はぬるくなったコーヒーを飲み干して、座卓を遠ざける。 またどったんばったん始められて蹴っ飛ばされてもかなわない。 割られたりこぼされたりする前に、と、食器を流しへと運び、着々と洗って片付けていく。 しかし下半身がうずき始めるのをいなせない。 光世が女の口から手を引き、濡れたままの髪を掴んで、弟に目配せする。 征羽矢はタオルで手を拭きながら、吊るし上げられた女の顔を眺めて頬を高揚させた。 「首輪されて、犬みてーだぜ。」 ゆっくりと女の背後へと回る。 「え、これ、せっかくシャワー浴びたばっかなんですけど。」 女が不満げに肩越しに振り向く。 「また入ればいいじゃん。」 「そのときには、手、取ってくれます?」 征羽矢は、女の背骨をつうっと撫でた。 「気が向いたらね。」 くすんだパープルのジョガーパンツをずり下ろし、下着越しに秘部に触れる。 「あと、パンツの替え、もうないです。」 ムードに欠ける発言。 「じゃ、早く脱がせたほうがいーな。」 女の下半身から全ての衣服をむしり取る。 征羽矢の手のひらと同じくらいの大きさの帆船が姿を現した。 「ところでなんで船?」 割れ目をそっと撫で、まだ水気の少ないそこへ、指を差し入れた。 「海に…んっ…」 女は、ぴく、と身体を震わせる。 「…絶対的な憧れが、あるんですよね…」 征羽矢の長くたくましい指が、掻き出すような動きで中を刺激すると、そこはあっという間に愛的にまみれた。 「…車、好きで乗ってる…んです、けど…」 正面からは、光世が乱暴なやりかたで頭を持ち上げたまま、さらけ出された首筋に歯を立てて食いつく。 「…海…渡れない、から…」 女が喋るたびに喉が震え、光世は、生きているものを屠っている感覚に酔いしれた。 これを噛みちぎったら、と想像する。 ほとばしる鮮血、恐怖に濁った瞳、悲壮な絶叫、荒くなる呼吸、やがて静まっていく呼吸、弛緩していく身体、乾いた涙の跡、失われていく温度。 自然界では当たり前に繰り返される畜生の営みに思いを馳せている。 今まさに女は、獣が交尾するかのような体勢で、征羽矢に種付けられようとしている。 「ふーん。あこがれ、ね。」 征羽矢の、そそり立ったものが女の中へとうずめられていく。 「それで、どこへにげるんだ?」 律動が開始される。 「くるまでみなとへはしって、ふねでうみのそとへにげるんだろ?」 徐々に動きは激しくなり、肌と肌がぶつかり合って、パンパンと乾いた音を鳴らす。 「あいつらからにげられると、ほんとにおもってる?」 首輪に繋がったロープを強く引く。 「…がっ…」 女が悶えた。 「…なぁ…こんなひどいこと、おれはしたくねーんだ…やさしくしたいんだ…」 ぎりぎりとロープがわななく。 そはやのつるきのときに、返事をしてはいけないのかもしれない、女はなんとなく決めたルールをなんとなく遵守する。 「…にがして、あげる…だからおれのものにしてもいーい?」 息が苦しくなってきて、快感が研ぎ澄まされてきた。 膣が締まる。 あと一歩で、頂点を、越える、女は、白く点滅する思考で、その糸口を探している。 征羽矢のものはますます質量を増して、深くより深くと女を突き刺し続ける。 それまで黙ってベルトが食い込む喉元に噛みついていた光世が、ギラリと目を光らせた。 「…だめだ…よぶなよ、兄弟…」 唇の端に血がついている。 女の首にはいくつも歯型が残っていて、血が滲んでいた。 「…ぬけがけはゆるさない…」 意識を半分は手放した表情で、弟を牽制する。 「…じょーだんだよ…」 征羽矢は、結合部分に強く腰を押しつけ、顔をしかめた。 生暖かい粘度の高い男の体液が、膣の奥へ奥へと流し込まれ、やまぬ怒張がそれを肉の壁へと塗りたくる。 「…はぁっ、ごめ…あるじ…さきに、でちまった…」 惜しいところで絶頂を迎えることができなかった女が、なにかわめきながらがくがくと腰を振る。 「…ぁ…やだ…やめ、ないで…イかしてよぉ…」 光世はその言葉を拾い上げ、ふん、と鼻を鳴らした。 「…にんげんふぜいが…」 そして熱り立つ剛直を女の口内へとねじ込んだ。 「んぐっ…」 舌を差し出して添わせる間もなく、喉の奥を犯される。 頭は両手で固定され、女の意思とは関係なく腰を突き動かされ、性玩具のように扱われて、気持ちが昂ぶる。 征羽矢は、落ち着きを取り戻した自身をいったんは根こぎにする。 昨夜から行き場をなくしてさまよっていた欲望は果てて、ゆらり、と征羽矢が征羽矢の感覚を取り戻していく。 「…あ、俺…また…引っ張られてた…」 同居人たちが順番に主人を輪姦していくのを、拳を握りしめて見守っていた。 やりかたは日々エスカレートして、主人は毎晩それぞれ違う箇所に生傷を負っていた。 ほかのほんまるがどのような方法で運営されているか知らない。 なぜ、さにわは自身を切り刻んで分け与えるかのようにしか、力を授けられないのか。 今すぐ手を取って走り出したい。 このままここにいたら近いうち必ず狂ってしまうと、説得したらよかったのか。 女は光世に強烈なイマラチオで奉仕させられ、ぐぼぐぼと声にならない悲鳴を上げている。 兄の目は仄赤くさんざめいている。 ------------------------- 〜④に続く〜
2025/09/11 21:18:51(o1iXL/ql)
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