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契約・ 2 【悪魔】
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:空想・幻想小説
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1:契約・ 2 【悪魔】
投稿者: 詩乃
(「契約1」の続きなので、そちらから読んでください)

「こんばんは、心実さん。約束どおり魂をいただきに来たよ」

私の前に現れた美しい男は悪魔だと名乗り、わけのわからないことを言った。

悪魔?

造り物みたいに美しいのに、微笑むと天使のように無垢にも見える。
だけど目が。
私を見てるのに、私を通してなにか他の物を見てるような。遠くて捉えどころのない目。
そうだ、あれに似てる。
水の中から空を見てるような感じで、私を見てる。

…確かに、悪魔なのかもしれない。

彼が言うには、前世の私の名前は寧々というらしい。
願いを3個叶えて魂をもらう約束をしていていたけど、叶え損ねたまま寧々が死んでしまったので、生まれ変わりの私のところに現れたんだって。

寧々の3個目の願いは、普通の女性として生きること。

悪魔は寧々の代わりに私を守り、私が寧々と同じ時間を生き終わった今日この日に現れたんだって。
だから、私の魂で精算させるつもりなんだって。

こんな理不尽な話ってある?
だって、私は一つも願いを叶えてもらってないのに。

「だけど、君はとても幸せに生きていただろ?ちゃんと愛されて育って、人を愛して生きて幸せな結婚もしただろう?」

少し困ったような顔で目を細めて、悪魔が言う。

「だけど、私は宝クジも当たったことないし、特別いい家庭に産まれたわけでも、美女に産まれたわけでもない。夫も普通のサラリーマンよ。
悪魔の力で幸せに育ったなんて思えないもの」

私がそう言うと、悪魔は呆れたような顔をした。

「なに言ってるの?そんなことしたら幸せに生きてこれないだろ?
大きなお金は価値観を狂わせて、幸せを感じる心を奪う。
君の両親は君が笑っているだけで幸せを感じるくらい、君を愛してた。
それに、飛び抜けた美人に産まれてきたら、普通の恋愛ができなかったと思うよ」

確かに、そうかも知れない。
悪魔って口が上手いって言うのは本当なのね。

「悪魔の僕が言うんだから間違いないよ。人間はだいたいそういう願いごとをしては、本来持っていた幸せを失って破滅するんだ」

そして、貴方が魂をいただくわけね。
なんだかどこかで聞いたような話。

でも確かに、説得力はある。

「いいね、さぁ、今度は君が約束を守る番だよ」

私は寧々という女の願いが何だったのか、聞いてみたいと思った。
悪魔は教えてくれた。

それはとても醜悪で、理解し難い物語。
その女の過去を私は知らないけど、かわいそうな人だと思った。
それから。
悪魔は彼女に執着していて、それが恋に似た気持ちだったことも感じた。

ヒリヒリするほどむき出しの孤独な魂だったころの彼女に、特別なものを感じてたんじゃないかなって。

そんな魂を抱えて生きていることへの憧れとか。
自分にないものだから求めてたとか。
彼女の持つ闇に魅了されたとか。
ただ、彼女が欲しくてたまらなかったとか。

なにかは、私にはわからないけど。

彼自身が自覚してないだけで、なにかしら特別な感情があったんじゃないかなって。

寧々の話をする表情を見て、思った。

もし、寧々が人間だけでなく悪魔の頭上にもマークを見ることができたなら。
寧々は2つ目の願いをする必要がなかったかもしれない。

この悪魔は彼女のことを特別に感じて求めてたんだと思うもん。

ああ、そうか。
『かわいそうな人』なのは、貴方も同じなのね。
悪魔と寧々は、どこか似てる。

愛することを知らない人は、誰にも愛されないのかも知れない。




「ねぇ、悪魔さん。
やっぱりいきなり魂を持っていかれるのは納得できないの。私にも3個の願いをさせて?
何年も何年も待っていてくれたんでしょう?
だったらあと少しだけ付き合ってよ」

私は契約を持ちかけた。
そして、悪魔は了承してくれた。




「願い事をするね。でもその前に悪魔さんの名前を教えて?」

悪魔に名前なんてあるのか知らないけど、私は聞いてみた。彼は『詩音』と答えた。
いったい、誰が彼に名前を与えたんだろう。
彼は誰かに愛されたことがあるのかな。
彼はどれだけの魂を喰らって、どれだけの月日を独りで過ごしたのだろう。

「ひとつめの願い。
人の心がなくて人の心がわからない詩音に、心を与えてちょうだい」

願われた言霊を、拒否することができないんでしょうね。
彼は少しだけ目を細めて。
私をまっすぐに見て。
その瞳孔が開き、真っ黒い穴のような眼差しになり。
それから、突如、天を仰ぐように反り返る。

自分自身をすべて吐き出そうとするかのような、狂おしい叫びをあげた。


ノドが破れそうなほどの叫び声。

慟哭。

私は、生理的な恐怖を感じて鳥肌を立てた。
頭を抱えるように耳を塞ぎ、胸の痛みに耐えた。

前世のことなんて、貴方のことなんて、覚えてないはずなのに。
何かが私の胸をかき乱していて。
切なさで張り裂けそうになる。

これは悪魔からあふれ出した感情が私に流れ込んできて、共感を起こしてるのかな。

込み上げるこの苦しさは、それとも、寧々の魂が感じてるものに共感を起こしてるのかな。





どれだけ時間が経ったのか。
詩音の叫びは、声にならない、絞り出すような頼りないものになって。すすり泣きのように震えていた。
彼は、小さく小さく体を丸めて、床にうずくまったまま動かない。
乱れた髪に隠れて、表情は見えない。

私は彼を抱きしめた。

愛おしさを感じた。

「ねぇ詩音、貴方は悪魔だからわからなかったのね。
だけど、心のある今は感じてるでしょう?
貴方が魂を奪ってきた人たちの痛み。
それから、寧々にしたことの意味」

心って重くて痛いの。

貴方が寧々にしたことは間違ってる。
そこに愛なんてない。
だけど貴方はきっと、好きだったんだよね。

目の前の願いを叶えてあげることしかできないなんて。
彼女を死よりも不幸にしてしまうことを予想できなかったなんて。
願いを叶えることで彼女を壊して、永久に失ってしまったなんて。
かわいそうな悪魔。

そして。

自分の望む通りの彼女を手に入れるために、彼女の魂が宿る私を待ってたなんて。

感情があるのに、それを感じる心がない貴方は、本当に悲しい生き物。
でも、心があっては悪魔ではいられないものね。

心ってやっかいなの。

わからないということは、悲しくて残酷。
わかるということは、辛くて苦しい。

貴方が私にしてくれたように、私も貴方に普通の幸せをあげたい。幸せも苦痛も感じられる心をあげたい。
私をそう生きさせてくれたように、貴方も誰かを愛おしいと思うことができるようにしてあげたい。

だけど悪魔さんに、私がもらった幸せを分けてあげるには…。

まず愛せる心がなきゃ。

愛されることで私達は幸せになれるの。

愛される人になるためには、愛することを知らなきゃだめなの。

記憶を奪ったり、自分自身であるための大切なものを奪ったりしても、意味がないのよ。
貴方でなくなってしまうから。

だから、私は奪わない。
貴方に「心」をあげるの。




なくなってしまいたいかのように、これ以上小さくなれないほど体を丸めている彼を、私は抱きしめた。
おおいかぶさって、母猫が子猫をお腹の下に隠して守るように。
暖めるように。
私の中に吸収して、胎内に還すように。
想いを込めて包み込み抱きしめた。

「ふたつめの願いよ、悪魔さん。
貴方の1番望んでいることを、叶えてあげる。
心を手に入れた貴方に問うわ。
悪魔をやめてもいいし、何かを消してもいい。
さぁ、どうしたいのか願って」

「僕は…」

悪魔は顔を上げて私を見ると、言葉を止めた。

その目は私を見ているのに、それを通り越してもっと遠くを見ているみたいで。
だけど、もう水の中ではなくて。
そこには感情的な、揺らぐ色があった。
人の目のようだった。

両手で彼の頬を包み込み、おでことおでこをつけて。
「大丈夫だよ」
と言ってあげる。
幼い頃、泣いている私に母がしてくれたように。

それから「ありがとう」と伝えた。

悪魔は目を伏せた。
何かに耐えるような顔。

それから、一瞬ふわりとゆるみ、微笑んだように見えたのだけど。
確かめることはできなかった。

なんでって。
彼が霧のように消えてしまったから。

手の平で受け止めた綿雪が、一瞬にして体温に溶かされた時のように。
滲むように、溶け込むように。

詩音はいなくなってしまった。

2つ目の願い。
消えたのか、還ったのか、巡るのか。

「さようなら、詩音」

気がつくと、頬が濡れていた。

これは私の涙?

それとも寧々。

あるいは詩音。







私のお腹に命が宿ったのは、それから3ヶ月ほど後の話。

大きくせり出してきた下腹部を撫でて、話しかける。

「愛してるよ」




fin
 
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2017/11/03 23:34:51(P19agjIl)
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