彼は今、地獄に落ち、二度目の死刑を執行されようとしていた。彼の首に
は縄がグルグル巻きにされた。彼は１３段の階段を上らされていった。や
がて彼の体は落ちていった。すぐさま彼に殺されたものたちが、彼の足を
引っ張り、彼の体は２倍にも伸び上がり、彼の体はバラバラに千切れてい
った。彼の残骸はそのまま日干しにされ、もはや人間の形も悪魔の形も留
めないただのゴミくずと化していった。風が吹き、埃となった彼はどこに
も見えなくなった。これも自業自得なのだろう。・・・

生前の彼は大分県別府市に生まれた。父親は精神病院を経営しており、持
続入浴療法の草分け的存在として有名である。彼の父親は九州大学医学部
卒である。彼も九州大学医学部に入学するように命じられたが、出来のよ
くない彼は３年以上も浪人生活を送らなければならなかった。

彼の父親は大金持ちである。寄付金さえ払えば、私立の医学部に入学する
ことはできたが、父親がそれを許さなかった。そのために彼は父親を酷く
憎むようになった。

彼はようやく九州大学医学部に合格した。父親は彼に自分の病院を継がせ
るつもりであったのだが、父親を憎んでいた彼は、精神科ではなく、外科
を専攻した。病院を継がない態度を示すことによって、父親に復讐するつ
もりだったのだ。

だが長い受験生活で頭が疲れていた彼は医学全般の勉強もサボり、授業に
出ないこともよくあった。彼は医師免許を取ると、よその病院で外科を中
心に内科も含め、いい加減な治療をやった。手術に失敗することなど日常
茶飯事であり、患者に訴えられたときは、父親が賠償金を肩代わりした。
外科をやること２０年、何度か病院を代わったものの、あるとき、子供の
虫垂炎の手術に失敗して死亡させ、その病院を閉鎖に追い込んでしまっ
た。彼を使おうとする病院はどこにもなくなった。

仕方なく彼は名ばかりの精神科医として父親の病院に戻ってきた。彼はそ
のとき、５０歳近くになっており、父親は８０歳になっていた。息子の経
験不足を心配した父親は後輩のA氏を雇った。A氏は精神科医で６０歳であ
る。このことでも彼は父親に酷く反発し、A氏とは口も利かなかった。

やがて父親は院長の座を彼に譲った。彼は年は５０歳を越えていたのに、
精神科医としての経験は５年にも満たない。やがて父親は死去し、A氏は
退職していった。彼はようやく名実ともに、院長になったわけである。
しかし患者にしてみれば、まさか５０づらを下げた男が経験不足だとは思
わない。彼は精神医学の本を独学し、父親のやっていた持続入浴療法など
まったく効果がないとハナから決め付けていたので、大量の薬物を使用し
た。

また精神科の臨床の経験もないので、診察中には徹底的に患者に暴言を吐
いた。彼の医院にはおよそ５キロ離れた場所にある入浴療法園から患者が
来ていたが、それらの患者の順番を先にし、そのことをどこにも断ってい
ないので、順番を何人も抜かされた患者が怒ることもよくあった。一般常
識のカケラもない彼はそういう患者にも「あんた、文句ばかり言ってる
と、誰にも相手にされなくなるよ」と何度も暴言を吐いた。

１９５０年代、ようやく統合失調症に効果があるクスリが開発され始めた
が、自律神経系の副作用と、体が自分の意思と無関係に動いてしまう錐体
外路症状が酷い。彼は「大胆かつ繊細に」と自画自賛しながら、統合失調
症の患者だけでなく、神経症の患者にも無意味に大量にクスリを使用し
た。また彼は不勉強のため、クスリの相互作用を考えずに使用した。

自律神経系の副作用はクスリをやめれば、治るのであるが、錐体外路症状
は遅発性で、クスリをやめても治らない不可逆性がある。彼の暴言に腹を
立てたある患者は、彼の医院に行くのをやめた。だが、彼に飲まされたク
スリの多さを知ると大抵の病院はその患者を受け入れるのを拒んだ。

その患者に錐体外路症状の遅発性ジスキネジアが現れたのは、それから２
年後のことである。他の病院では原因が分からなかった。その患者は内
科、耳鼻科、歯科など様々な医院を回ったが、結局原因となった薬物は抗
うつ剤のルボックスであった。その患者が調べたところによると、ルボッ
クスで遅発性ジスキネジアが起こることは滅多にないが、抗精神病薬の服
薬歴が危険因子であることが判明した。

彼は今、６０歳を越えている。入浴療法園で温泉につかって休んでいた彼
が、足を踏み外して岩に頭をぶつけて死亡したのはそれから数年後のこと
である。・・・

Tweet