春の柔らかな日差しが差し込む休日、県立◯◯女子高等学校の体育倉庫は静まり返っていた。埃っぽい匂いと、使い込まれた体育器具の独特の気配が漂う中、2年生の吉岡ユキは一人、秘密の儀式を始めようとしていた。
ユキには、誰にも知られてはいけない、特別な趣味があった。それは、鼻に小さなフックを引っ掛け、そっと持ち上げて自分の顔を豚の鼻のように歪ませる瞬間、湧き上がってくる奇妙な興奮だった。そして、その時必ず身につけるものがあった。胸と背中に大きなゼッケンが縫い付けられた、少しばかり色褪せた体操服。その下には、新品の、ふかふかの紙おむつを丁寧に装着し、さらにその上から、濃紺のブルマを重ねて履くのが、ユキにとって至福の瞬間だった。
きっかけは、幼い頃に図鑑で見た豚の愛らしい鼻だったか、それとも体操服を着た自分の姿を鏡で見た時の、どこか幼いような、守られているような安心感だったか、今となってはもう思い出せない。ただ、その組み合わせが、ユキの奥底に眠る何かを刺激し、他のどんなことにも代えがたい、特別な感情を呼び覚ますのだった。
いつもの自室では、家族の気配が気になり、完全に自分の世界に浸ることができない。そこでユキは、休日の学校の体育倉庫こそが、誰にも邪魔されず、自分の秘密の趣味を満喫できる唯一の場所だと考えていた。
先週、こっそりと体育倉庫の鍵を持ち出した。用具係の先生が、鍵の管理を少しばかりずさんなのを知っていたからだ。今日、ユキは少しの緊張と、高鳴る期待を胸に、学校へと足を踏み入れた。
人気のない校舎を抜け、グラウンドの隅にある体育倉庫へと向かう。鍵を開け、重い扉をゆっくりと押し開けると、ひんやりとした空気がユキの頬を撫でた。
バッグから、大切にしまってきた鼻フックを取り出す。小さなそれは、ユキにとっては宝物のような存在だ。鏡はないけれど、感触を頼りに、そっと鼻の穴にフックを引っ掛けた。少しだけ痛みと違和感がある。
次に、体操服を丁寧に畳まれた状態から広げ、素肌の上に羽織った。背中と胸に縫い付けられた大きなゼッケンが、ユキの身体を覆う。そのざらりとした感触が、ユキの心を落ち着かせた。
そして、いよいよ紙おむつの出番だ。新品のそれを広げ、丁寧に装着する。ふかふかとした感触が、ユキの身体を優しく包み込む。最後に、濃紺のブルマを、おむつの上からしっかりと履いた。太ももに吸い付くような、少し懐かしい感覚が、ユキの心をくすぐる。
準備が整った。ユキはそっと鼻フックを持ち上げた。自分の顔が、少しだけ歪んで、丸みを帯びた豚の鼻のようになる。その瞬間、ユキの体中に、じわじわとした熱と、言いようのない高揚感が広がっていくのを感じた。
体育倉庫に置かれたマットの上に、ゆっくりと横たわる。体操服とブルマに包まれた身体、そして、ほんの少しだけ持ち上げられた鼻。ユキは目を閉じ、自分の内側で渦巻く奇妙な感情に身を委ねた。
誰にも見られない、誰にも知られない、自分だけの秘密の時間。体育倉庫の静寂の中、ユキの心臓の音だけが、微かに聞こえるようだった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。ユキはゆっくりと目を開けた。体育倉庫の窓から差し込む光は、少し傾きかけている。満足感と、ほんの少しの罪悪感が、ユキの胸に残っていた。
名残惜しい気持ちを抱えながら、ユキは身につけていたものを丁寧に脱ぎ、バッグにしまった。鼻フックをそっとケースにしまい、体操服を畳む。最後に、使用済みの紙おむつをビニール袋に入れ、誰にも見られないようにしっかりと口を閉じた。
体育倉庫の中をもう一度見渡し、ユキは鍵をかけ、来た時と同じように静かに学校を後にした。帰り道の夕焼け空は、ユキの少し火照った頬と同じように、オレンジ色に染まっていた。
ユキにとって、この秘密の趣味は、誰にも理解されないかもしれない、自分だけの特別な心の拠り所だった。今日もまた、誰にも知られることなく、その秘密の場所で、自分だけの特別な時間を過ごした。そして、その秘密は、これからもユキの胸の中で、大切に、そっと育まれていくのだろう。

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