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1:祖母・昭子 最終章 1
投稿者:
雄一
煌々とした灯りの点く八畳間の、黒塗りの座卓の前で向かい合って座っているのは、つい
一ヶ月ほど前に他界している吉野氏と僕の二人だった。 高明寺の境内にある住家の一室で、寺のお守り役の竹野が一人で居住している。 六人ほどが座れる少し大きな座卓で、六十半ばほどの吉野氏の前にはビール瓶が一本置か れていて、まだ未成年の僕の前にはオレンジジュースの入ったコップがあった。 蒸し暑い真夏の夜で、虫と蛙の鳴き声しか聞こえてこず、吉野氏と僕との間にも、ほとん ど会話らしきものはなかった。 二人がどういう経緯で、この場にいるのかはわからなかった。 室の間仕切りになっている襖戸の向こう側で、人の動くような気配があって、吉野氏と僕 の二人は思わず目を合わせて、音の聞こえた襖戸のほうに視線を向けた。 木と木が静かに擦れ合うような音がして、襖戸がゆっくりと開いた。 ステテコと縮のシャツ姿での、小柄で細身な坊主頭の四十代くらいの、目つきのあまりよ くない貧相な感じの男と、薄い桜色の艶めかしい長襦袢姿の、小柄で華奢な体型をした妙齢 の、肌の色が抜けるように白い女性の二人が、好対照な印象で並ぶようにして立っていた。 男の名前は竹野といって、住職が尼僧のこの寺のお守り役として、もう何年も勤めている。 薄く栗毛色に染めた、ボブヘア風の髪の下の色白の肌をした小ぶりの顔に、何もかもが美 しく整った顔立ちの女性は、まごうことなく僕の祖母である昭子だった。 細い顎を引いて、小さな顔を深く折るように俯けている。 三日月のように細長い眉毛の下の、切れ長のやや奥目がちの目と、つんと高く鼻梁の通っ た鼻筋や、かたちのいい輪郭のはっきりとした唇が、肌の色の白さもあって口紅の赤さを品 よく際立たせている。 手で強く握ったら砕けてしまいそうなくらいの細い顎は、血を分けた孫である僕にも、何 か憂いのようなものを感じさせる。 その祖母が着ている長襦袢の胸の辺りに、赤い縄が幾重にも巻き付けられているのが見え た。 祖母の手が後ろ手になっているようだった。 僕の前に座っていた吉野氏の、それまで穏やかだった顔が、見る間に驚きの表情に変わっ ていた。 祖母がどうして、こんな狡猾そうな目をした貧相な男に、まるで罪人のように縄で括られ、 孫の僕の前に出てくるのかという詮索の気持ちは、ここでの僕にはなかった。 僕も多分、目の前の吉野氏と同じ目線と表情をして、祖母の艶めかしげな姿に見入ってい たのだと思う。 味噌っ歯の黄色い歯を見せて竹野が、吉野氏と僕に向けて、 「今からショーの始まりです。どうぞ、ごゆっくりご堪能下さい」 と如何にも狡猾そうな口調で喋ってきて、祖母の身体を縛り付けている縄尻を、間仕切り の鴨居の上に投げ通して、祖母の小柄な身体を吊り上げるように固定した。 僕も吉野氏も気づかなかったのだが、もう一本の赤い縄が、祖母の襦袢の下から出ていて、 それも同じように竹野が、鴨居の上を通して、下からゆっくりと手繰り上げてきた。 竹野の手繰りに伴って、祖母の襦袢の裾が割れ、白くて細い脹脛と太腿が、僕と吉野氏の 前に露わになってきた。 祖母の太腿の下辺りに、赤い縄が幾重にも喰い込むように巻き付いていて、その縄尻を竹 野が手繰っているのだった。 片足が次第に上に向かっていき、襦袢の裾の割れも大きくなってきて、こちらが少し身を 屈めれば、足の付け根の辺りまでが覗き見えるようになっていた。 祖母は小さな顔を恥ずかしげに何度も振り立てて、声が出るのを必死で堪えているようだっ た。 吉野氏の興奮したような視線が、僕を見てきているような気がして、視線を向けると、白 髪の混じった眉毛の下の目が、僕に何か目配せしているようだった。 首を小さく頷かせ、僕は座布団から立ち上がり、そのままあられもない恰好で鴨居から吊 らされている、祖母の前に向かった。 祖母自身の身体から発酵される匂いと、化粧の匂いが入り混じったような、僕の一番好き なあの香しい香りが、忽ち、僕の鼻孔を強く刺激してきた。 「ゆ、雄ちゃん…」 前にいるのが僕ということに気づいた祖母は、驚きと狼狽えの表情を一杯にして、僕の名 前を呼んできた。 「昭子…」 僕がそう呼び返してやると、 「あ、あなた…ご、ごめんなさい」 歯並びの奇麗な白い歯を覗かせて、悲しそうな声で僕に目を向けていった。 「だめじゃないか、こんな奴といたりしちゃ」 そういいながら、僕の手は、祖母の大きく割れ開いた襦袢の裾の中に、素早い動きで潜り 込んでいた。 「ああっ…だ、だめっ…そ、そこは!」 縄で拘束された不自由な身体を、強く捻じらせて、襦袢の奥へ差し伸ばした僕の手の指か ら逃れようとする祖母だったが、結果は徒労となり、僕の手は苦もなく祖母の両足の付け根 をしっかりと捉えていた。 祖母は、下着を身に付けてはいなかった。 僕の指先が最初に感じたのは、祖母のその部分の湿りだった。 「何だい、これ?」 手を裾から取り出して、濡れそぼった指先を、意地悪く祖母の顔の前に翳しながら、僕は おそらく竹野と同じような、下品で淫猥な表情になっていたと思う。 「ご、ごめんなさい…ゆ、許して」 「許せないね。吉野さんと二人で今からお仕置きだ」 ここで場面は暗転するように変わり、隣室の六畳間に敷かれた布団の上で、僕と吉野氏が 素っ裸で立っていて、その間に祖母が全裸の身で正座していた。 片方の手で僕の股間から固くなって突き出たものを、もう一方の手で吉野氏の股間から突 き出たものを握り締め、祖母は愛撫の動作を繰り返していた。 祖母のかたちのいい唇が開き、吉野氏の下腹部の半勃起状態になっているものの先端をゆ っくりと咥えこんでいった。 「むむっ…」 短い声を挙げて、吉野氏が顔を天井に向けて上げていた。 六十代半ばの吉野氏のものは、半勃起状態から見る間に脱し、固く屹立してきたのが僕に もわかった。 祖母の顔の向きが変わり、僕の下腹部に向けられ、同じように口が僕のすでに怒張しきっ たものの先端から含み入れていった。 室の隅に、所在なさげに座り込んでいる竹野の顔が見えた。 二人の男の下腹部のものを、従順な仕草で愛撫している祖母に、少し嫉妬の滲み出た複雑 そうな顔で見つめていた。 僕のものへの愛撫から、また吉野氏に祖母の愛撫が変わって暫くした時、 「ううっ…むむ」 呻き声を挙げて、吉野氏の身体が立ったまま硬直し出したのが見えた。 「むむっ…あ、昭子さん!」 吉野氏が祖母の頭に手を当てて、背伸びするように身体を硬直させて、祖母の口の中で果 て終えたようだった。 吉野氏から顔を離した祖母の口の端から、ねっとりとした白濁の液体の一筋が流れ出てい 静かに流れ出ていた。 「あ、後は君に任せた」 満足そうに穏やかな口元を緩ませて、吉野氏が僕に目配せしていってきた。 布団の上には僕と祖母の二人だけだった。 吉野氏と竹野はお互いに離れた位置に座って、僕ら二人を見つめてきていた。 表情もお互いに好対照で、吉野氏の落ち着いた余裕のある眼差しで、竹野のほうは相変わ らず嫉妬めいたぎらついた視線だった。 布団に仰向けになった祖母に、僕が覆い被さっていて、すでに僕のものは彼女の下腹部の 柔らかな部分に深く埋没している。 僕が腰を動かせるたびに、心地のいい圧迫と擽られるような摩擦が、僕の屹立したものか ら全身にくまなく伝播し、気持ちを昂らせてくる。 「昭子、二人が僕らを見てるよ」 「…は、恥ずかしいわ」 「吉野さん、とても嬉しそうな顔してる」 「……………」 「反対に、竹野の顔がすごい。ヤキモチ一杯の顔だ」 「……………」 「俺って、今、どんな顔してるんかなぁ?」 「い、いい顔してるわ」 「いい顔ってどんなだい?」 「知らない…わ、私は?」 「いい男に抱かれてるから、最高にいい顔してるよ」 「こ、このまま…ずっとこうしていたい」 お互いに耳元に顔を寄せ合いながら、囁くように言葉を交わしていたが、僕を絶え間なく 襲ってきている、心地のいい圧迫と摩擦の快感は、若い僕を限界の淵にまで追い込んできて いた。 「ね…わ、私」 祖母の喘ぎの声も、大きくなってきているようだった。 このままの勢いで爆発したいと僕は思い、腰の動きを早めた。 祖母の口が大きく開き、 「ああっ…も、もう!」 と身悶えする声に、傍で見ていた吉野氏と竹野の目が、驚いて僕と祖母に集中した時、僕 は自分が爆発したことを知った。 祖母の身体の匂いが、僕の全身を煙のようにを包み込み、その香しさで僕は無上の夢から 覚めていた。 何のことはない。 この夏休みに、僕が最初に衝撃を受けた覗き見の光景で、あの時吉野氏と一緒にいた古村 氏の役目を、僕がなり代わって演じているだけの夢だった。 目を覚ますと、カーテンの開けられた窓から明るい陽光が、室の中に満ちていた。 横に寝ていたはずの、僕の夢の主人公だった祖母の姿はどこにもなかった。 枕元のスマホを手繰り寄せ、時刻を見ると、八時五十分だった。 働き者の祖母が、こんな時間まで寝てるわけがないと、僕は納得し、寝ぼけ眼で室を出て 居間に向かうと、祖母が誰かと電話で話し込んでいた。 誰かと何かの時間の打ち合わせのようだったが、祖母の着ている服を見て、何かの異常が あったと僕は思った。 いつもならポロシャツか野良着姿の祖母が、余所行き用の濃紺のワンピースを着込んでい たのだ。 祖母は先天的にセンスがいいのか、普段着も含め、何を着させても妙に似合ってしまうと ころがあると、僕はふいに思った。 祖母の電話が終わった時、 「何かあったの?」 と座卓の前に座り込んで僕が尋ねると、 「この前入院した高明寺の綾子さんのね、容態が急に悪くなって昏睡状態になったんだっ て。檀家の総代さんのところへ病院から、今朝早くに電話があったって。婆ちゃんも総代さ んたちと一緒に様子見に行くから、あなた、朝ご飯、一人で食べてね」 ハンドバッグに何かを詰めながら、祖母は早口でそういって、台所に向かった。 盆の上にご飯と湯気の立つ味噌汁を載せて、戻ってきた祖母に、 「僕も行かなくていいかな?…夏休みの宿題でお世話になったし」 と聞くと、 「今日は総代さんと、他に二人ほど行くから、あなたはいいわよ」 と返されたので、そのまま僕は黙って座卓の上の箸を取った。 尼僧の綾子については、祖母には話せない事情が僕にはあったのだが、ここで無理押しは できないと思った。 「それより、あなた、今日、彼女が来るとかいってたじゃない。何時に来るの?」 「あ、忘れてた!」 「嘘おっしゃい。昨日寝る前に、彼女のこと迷惑そうな顔で声は嬉しそうにいってたじゃ ない」 「嬉しくなんかないよ。それに彼女でも何でもない」 「あら、そんな人がわざわざこんな田舎まで訪ねてくるかしらね?」 「向こうが勝手に、一方的にやってくるんだよ」 「はいはい。婆ちゃんもう行くから、食べた後片づけくらいしといてね。帰りは夕方にな ると思うけど、何かあったらまた電話するわね。彼女さんにもよろしく」 いうだけのことをいって、祖母は忙しなげに玄関を飛び出していった。 昨日の夜の、祖母の話は半分は当たっているが、半分は違っている。 僕があの小煩い紀子の話をした時、途中まで穏やかな顔で聞いていた祖母の顔が、話のど こかから急に少し寂しそうな表情になったから、僕が途中で止めたことを、どうでもいいこ とだが祖母はいっていない。 十時二分に着く列車だといってたので、十分ほど前に駅前に行くと、例の雑貨屋の叔父さ んと目が合ってしまった。 「やあ、兄ちゃん、来てたのかい。さっき婆ちゃんたち、総代たちと列車に乗ってったよ。 住職さん悪いんだってな」 「そ、そうみたいですね」 「あんたは、もう帰るんかい?」 「い、いや、ちょっと人の迎えで」 やばいことになりそうだと思っていたら、店のほうから叔父さんを呼ぶ声がして事なきを 得た。 十時二分の列車から降りたのは女の人三人だけだったが、背の高い紀子はすぐにわかった。 青のジーンズにGジャン姿で、赤い野球帽を被っている。 向こうも僕をすぐに見つけたらしく、白い歯を見せながら大きく手を振って、丹頂鶴のよ うな細長い足をなびかせるようにして駆けてきた。 「おはよう」 「やあ」 と短い挨拶を交わした後、紀子が大きく深呼吸しながら、 「こんなところまで私を来させるのは、雄ちゃんだけだぞ」 早速、減らず口を吐いてきた。 「お前が勝手に来たんじゃないかよ」 「あ、そうか」 こいつは僕に男という意識を持ってないのか、いつも話をする時に、異様なくらいに身体 を寄せてくる癖がある。 そのせいで、長い髪を後ろに束ねて、野球帽を被っている紀子の頭から、弾けるような若 い香りといったらいいのか、小気味のいい匂いが、僕の鼻先をいつもむず痒くしてくる。 明るく日焼けした小麦色顔を見て、 「あれ、お前、化粧してんの?」 とこちらから、からかい半分で応酬してやると、 「こんな黒んぼな顔に似合わないっていうんでしょ」 耳朶を少し赤らめながら、口を尖らせて返してきた。 「いや、その口紅の色可愛くていい。キスしたらもっといいかも」 「バカ、スケベ」 減らず口をいい合って無人の改札口を出て、何げに雑貨屋のほうを見ると、あのおじさん がこちらに向かって、親指を突き出しているのが見えた。 「ね、雄ちゃん、この前行った芝生公園行こ」 紀子が急に足を止め、線路の向こう側を流れる川のほうに指を指していってきた。 「ああ、じゃ、ちょっと待ってろ。飲み物買ってくる。ミネラルでいいだろ?」 叔父さんに冷やかされるのを覚悟して、僕は店に向かった。 「兄ちゃんもやるねえ。彼女、背高いし、スタイルもどこかのモデルさんみたいだ」 「ああ、どうも」 逃げるように店を出て、紀子のほうを見ると、ここへ来た時には颯爽としていた肩が、寂 しげに窄んでいたので、何かがあったな、と僕は直感した。 公園には、連休に里帰りでもしてきたような、若い夫婦が二人の子供を連れて遊びに来て いた。 この前に来た時に座ったベンチが空いていたので、祖母が急用で隣村に出かけていて、い ないということを、簡単に説明をしておいてから 「何かあったかい?」 とさりげなく聞いて、先に僕から座り込んだ。 「やっぱり、私、元気なく見える?」 「俺みたいな鈍感にも、わかるくらいだからな」 両親が離婚の危機に追い込まれている、と紀子が苦しげに告白したのは、それからしばら くしてからだった。 原因は父親の不倫ということだ。 大手の商事会社に勤める紀子の父親が、下請け会社の女性社員と男女の関係を持ったとい うことで、元から真面目で潔癖症だった母が、即離婚をいい出したのだという。 不倫相手の女性は三十代のバツイチで、二人の子供を抱え、厳しい競争社会の中で、必死 に奮闘していることに、最初は激励といたわりの気持ちだったのが、つい深みに嵌り、道を 外してしまったようだが、関係を持ったのは一度だけで、相手女性のほうも自ら過ちを認め、 て身を引いていったという。 どこかの誰かと違って、本能的な欲望が第一で、誰彼無しに、関係を結ぶというのではな く、まただらだらといつまでも関係を続けるのでもない、魔が差したとしかいいようのない 不倫のようだった。 娘の紀子にも父親は土下座をして詫びたとのことだが、母親の気持ちは相当に壊れてしま っているようで、子供の力ではどうしようもないところまできていると、紀子は途中で言葉 に詰まったりしながらも、正直な気持ちと事情を告白した。 こと女性の問題に関しては、十六のこの年齢で、脛に傷を一杯持つこの僕に、明瞭な解決 論などいえるわけもなく、ただ紀子の話を黙って聞いてやるだけしかなかった。 苦しい話を終えた時、彼女の切れ長の目の端に、涙の筋が滲んでいるのが見えたが、それ でも僕にはどうしてやることもできなかったのだ。 「もし、両親が離婚となったら、私はどちらかについていかなくちゃいけないんだけど、 そんなこと考えることもできないでいるって、十六にもなって子供以下ね…」 悲しげに、自嘲的な笑みを口元に浮かべて、紀子は川のせせらぎに目を向けていた。 「すまないな。俺、お前に何の言葉もかけてやれなくて…」 素直に僕は紀子に詫びた。 「ううん、雄ちゃんに話聞いてもらっただけで、私、随分と気持ちが楽になった。ほんと よ」 「そういわれると、俺はもっとつらい。けど、いい加減な慰めの言葉なんて、出てこない んだよ。ごめんな」 「あなたは頼りない友達だと思ってたんだけど、私が一番最初にこの話をしたいと思った のが、あなただったの。何でも屈託なく話せる人が、雄ちゃんだって知って、私、内心では すごく嬉しかったのよ」 「褒められてんのか、貶されてんのかわからないな」 「褒めてるのよ。ああ、雄ちゃんに喋ったらすっきりしてお腹空いてきた」 「ああ、さっきもいったけど、婆ちゃん、家にいないから、何にもないぜ」 「冷蔵庫にあるもので何か作りましょ」 「ああ、そういえばこの前も作ってもらったな、クリームシチュー」 家に帰ると、紀子はさっきまでの深刻な話も忘れたかのように、エプロン姿になり、台所 に立ち向かった。 僕も少し気が引けて、台所にいって、何か手伝おうか、といったら、忽ち邪魔者扱いされ て居間に戻った。 紀子の手料理は野菜入りのピラフだった。 本当に美味しかったので、 「旨い!」 といってやると、彼女は嬉しそうな顔をして、白い歯を覗かせた。 「この前、お婆ちゃんがいってた、あなたにそっくりだという、お祖父ちゃんのお墓参り 行かない?」 紀子の誘いに言葉で、食事を済ませた後、高明寺に出かけた。 この寺の住職が病気で入院していて、今朝になって容態が急に悪くなったので、祖母が朝 から見舞いに出かけたことを、歩きながら紀子に話した。 主のいない寺はひっそりとしていた。 供花も線香も持たず、ただ手を合わしに来ただけの墓参りだったが、僕にはわからない深 い悩みを抱えている紀子には、ありきたりの山の木々や草の匂いや、吹く風の清々しさがひ どく身体と心に沁みたようで、何度も大きな深呼吸をしたり、道端の草花の匂いを嗅いだり して嬉しそうに笑っていた。 帰路の途中、僕のスマホが鳴った。 祖母からだった。 尼僧の容態がよくなくて、朝方に緊急手術をした医師の話で、今夜一晩がヤマだという深 刻な話だった。 尼僧の親族で妹が群馬にいるのだが、病院に来れるのは明日の朝だということなので、祖 母が病院に留まるということになったようだ。 「僕のほうは一人でも元気だし、大丈夫だから婆ちゃんも無理しないでな」 そういって電話を切ると、横に寄添っていた紀子が心配げな表情で、 「ご住職さん、相当に悪いの?」 と聞いてきた。 「今日見舞いに行った人がね、男の人たちばかりで、婆ちゃんが身内の人が来る明日の朝 まで付き添いで残るって」 「そう…心配だわね、お婆ちゃんも」 紀子がそういって、何か考え込むような顔になった。 二人でまた歩きかけた時、 「私、今日、雄ちゃんちに泊まってく」 と紀子が突拍子もないことをいい出し、僕は驚き慌てて足を止めた…。 総代を含め見舞いに行ったのが男性ばかりなので、女性の患者ということもあり、
2023/05/05 23:47:16(d8zW4FA6)
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