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1:嗜虐の求婚
投稿者:
司馬 名和人
「さ着きやしたぜ。関口の奥方様」
そのような男の声とともにそれまで由香を運んできた町籠の簾が取り払われて男の笑う顔があった。 その男の名は恵比寿屋源蔵と言って浅草で兄の藤蔵ととともに口入屋を生業にしている男である。 兄の藤蔵がいかにも口入屋の主人らしいいかつい感じの40男なのに対してこの源蔵は年も兄とはだいぶ年が離れていて三十近いくらいの年頃の男手その風貌もどちらかと言えば優男のような感じでとても兄と一緒とは言え、口入屋を営んでいるような男には見えなかった。 「ここなんですか?」 「へい、そうでございますよ。関口の奥方様」 由香は先ほどから源蔵が何度も口にする関口と言う名に繭ねを寄せながらも周囲を見阿多巣のである。 「しかし、ここは一体、どこなんです。方角から考えて深川のあたりだと思いますが」 由香はそのようなことを腑に落ちないと言った感じで源蔵にたずねるのである。 もう既に夕刻近くで日もくれ係り、既に周囲も暗くなってきているとはいえ、由香には何となくウラブレテいる様な町並みが不気味に感じるのである。 「まあまあ、詳しいことは中に入ってとくとご説明致し康代」 源蔵は依然として微笑しながら由香を止めた町籠のすぐ目の前にある町やに入るように促すのである。 由香はやや不安を感じながらも源蔵の言うとおりにその町やに入っていくのであった。 由香は今年24歳になるがつい最近まではれっきとした三百石の直参旗本の奥方として江戸・赤坂の旗本屋敷で何不自由なく暮らしていた。 由香は江戸南町奉行所の与力を勤める柴田兵六の娘として、江戸・八丁堀に生まれた。家族は父と母親の多江と他に由香より十歳年下の弟・修理がいる。 由香は娘としてはやや大柄であったが目鼻立ちがすっきりとした美貌を誇り、若い頃から八丁堀小町と言われていた。 17歳の時にかつて江戸町奉行を務めた事がある旗本家に行儀見習いの為に腰元として二年程奉公していたが、やがて知人の紹介で禄高300国の旗本である関口隼人のもとに嫁いだのであった。 その時、由香は19歳、相手の隼人は24歳であった。 関口家は隼人の父親が長らく勘定所の役人を務め、最後は奥州・野場野沢花等ら各地の大寒を勤めた優秀な役人であり、その父が隠居したのちに家督を継いだ隼人自身も勘定衆として勤めていた。 関口隼人は大変穏やかで由香には優しい夫であったし、夫の父も動揺に由香には優しいひとであった。また隼人の母は既に数年前に病のために亡くなっていた。 由香が関口家に嫁いでから約三年ぐらいは大変穏やかな日々を送っていた。あ相変わらず、由香には優しい夫であり、舅でああったからだ。由香に心配なことと言ったら、まだ隼人ととの間に子供が生まれていないことぐらいであった。 そのような穏やかな由香の暮らしに影が差し始めたのは、嫁いでから三年後に隼人の父親が急な病のためにあっけなく亡くなってからである。 それからである、夫である隼人の遊蕩が始まったのである。隼人は妻である由香や厳格な舅の前では真面目な役人を装っていたが本来は遊びが好きな方だったのか、どうかは知らないが。厳格な性格であった父親が死んで隼人の頭を押さえつけるものが居なくなったせいもあってか。実の父親が急死していらい、にわかに遊蕩が始まったのであった。 最初は由香は夫の遊蕩に気がついていなかった。屋敷に帰るのが少々遅くなってきたことには気が着いてはいたが、単に仕事が忙しくなったのであろうと思っていた。 それでもたびたび帰りが遅くなり、ついには2、3日も屋敷に帰らないような状態が続くとさすがに由香にも夫の遊蕩に気が着き始めていた。 そのような夫・隼人の遊蕩に気が着きながらも由香は夫を責めたり、悋気を起こしたりするような性質の女ではなかった。 決して大身とはいえないもののそれなりの武家の娘として育てられた由香は優しく、大人しい性質の女で夫の行状を詮索したり、責めることはできないのである。それに祝言をあげて三年にもなるのにまだ一人も夫との間に子供を生んでいないことも由香には負い目になっていたのである。 妻である由香がそのような女であったことも隼人の遊蕩の原因の一つだったのかもしれないのである。 そのような状態の中でのある日のことであった。その時も夫の隼人が屋敷を二日前から留守にしてこれまた由香がやきもきしている最中でのことである。 その日の昼過ぎに赤坂にある関口家に突然に町人らしい若者が数人押しかけてきたのである。 その連中はいかにも柄の悪そうな風体、身なりの町人らであるが全員が黄色い斑点を纏っていて、その斑点には丸屋と記されていた。 由香は訝りながら関口家の用人である玉木順平とともにその連中に対座した。するとその連中の頭らしい男が口を開いた。 「ヘヘヘ、関口様の奥方様でございますね」 「そそうですが、ああなたは」 その男はかすかに笑いながら「へえ、あっしは名乗る程の者ではありませんが、まああっしらは吉原の丸屋に雇われている若いもんでさあ」と言った。 吉原の丸屋が吉原で中堅の遊郭であったが、勿論由香がそのような事を知る訳がない。しかし、吉原と言うことでさすがに由香もこの連中が遊郭の者らであることは判ったのである。 「そそれで」 「へい、当然のようにそりゃ、関口の殿様に用ががありやすので」 その男はいかにも粘っこい面持ちで由香を見上げながら不気味な微笑を口元に浮かべるのであった。 「主人はいえ関口はいま留守をしておりますが」 「そうですかい、それはそれは、それでお殿様はいつごろお帰りで」 「そそれはわたくしには何とも」 そう言って由香は俯いてしまったがふいに気が着いた様にに顔を上げて目の前にいる遊郭の男に恐る恐ると言ったように尋ねた。 「あのお、夫に御用とはそのお、おお金のことでしょうか?」 その由香の言葉にその男はやや怪訝な顔をしたがすぐに表情を改めて言った亜。 「まあ確かに金子も頂きたいのですが、フフフフフフフフフフフ、関口のお殿様には金よりも先に返して貰いたいものがありやしてね」 「お金よりも先に返してほしいもの」 今度は由香が怪訝な表情になった。隣に控える容認の玉木の方を見たが玉木も首を左右に振るだけであった。 「それでは夫はあなた方のに何を返しなければならないのですか?」 そのように由香が尋ねるとその遊郭の男は「クククククククククククク」と忍び笑いを漏らしたあとで急に表情を引き締めて由香の顔を覗き込むようにして言った。 「それはですね、奥方様。人なんですよ」 「ええ、人ですって」 「ええ、人は人でもこちとらの商売もんですよ」 「人手商売もの、ままさか」 さすがにそこまで言われて世間知らずの由香でも判った。 「ええ、あっしらの丸屋の商売もんの女を返して貰いたいですよ」 「それは、どう言う意味です。夫が関口が何をしたのです」 「フフフフフ、関口の殿様は女郎を足抜けさせたんですよ」 「足抜け?」 その言葉を由香は当然知らなかったがさすがにその遊郭の男はやや焦れたように叫んだ。 「あんたのご亭主は女郎と一緒に逃げたんだよ」 「そそんな」と由香は信じられないと言うような表情をしたがその遊郭の男は怒りを抑えながら詳細を話し始めた。 その遊郭の男の話によると一昨日、丸屋に入った関口隼人はその夜の相方であった若い女郎と一緒に玉代を踏み倒した挙句にその遊郭を逃げ出したと言うのである。 その遊郭の男は唖然としている由香や用人の顔を見ながら苦笑して言った。 「まあそんなことを奥方であるあんたに言ってもしょうがないが。それに俺たちもまさかあんたの亭主が今頃、のこのこここに戻るとは思っていませんよ。しかし奥方様よお」 その遊郭の男はややすごんだ目で由香を眺めながら履吐き捨てる様に言った。 「しかしね、いかにご直参の旗本の殿様とは言え、このままでは済まないよ。へへへへそれは覚悟するんだな」 それからその遊郭の男らは出て行ったのである。 それからしばらくは由香も用人の玉木も呆然自室の状態であったがやがて我に返ると大童で親類や知人を当たって隼人の居所を探ったものの、隼人の居所も知れなかったし、その日もとうとう隼人は関口家には戻っては来なかったのである。 そうこうしているうちに一日が過ぎて由香も今後どうすれば良いのか考えあぐねた頃に関口家に再び来客があったのである。 その日の午前中に関口家を訪れた客は先日の客とは違ってれっきとした二人の武士であり、しかも由香はその二人に見覚えがあった。 「これはこれは坂崎様に室戸様。主人が大変お世話になっております」 そのように由香は不安を押し隠しながらその二人の武士に挨拶をした。坂崎も、室戸もともに勘定所に措ける夫、隼人の同僚であり、たびたび隼人がが屋敷にこの二人を連れてきたことがあり、由香もこの二人を見知っていたのである。 「早速出アイス万のですが、御内儀」 挨拶もそこそこにまず坂崎が口を開いた。 「そのお、隼人殿はいまどこに居られるのじゃ」 由香はその坂崎の問いに「やはり」と心の中で思った。二人の顔色からそのような問いかけをされるのではないかと思ったのである。由香がどう答えれば良いか思いあぐねていると室戸がやや焦れたように言った。 「いかがされた。御内儀、やはり、そうか」 「やはりとは?」 その室戸の口ぶりが気になって由香は問い介さずにはいられなかった。 「いえやはり、関口殿はこの屋敷には居られないのですね。そうですね。御内儀」 室戸も坂崎も真剣な表情で由香を眺めたのでついに由香もこれ以上は隠しきれないと思って夫・隼人が三日程前に屋敷を出たきり戻って来ず、更にその行方も掴めていないことを話したのである。 その由香の話を聞いた坂崎と室戸はともに大きくため息をつきながらともに「やはりのお」と呟きながら互いに顔を見合すのであった。 そのような二人の様子から由香は只ならぬことであると察すると恐る恐る、坂崎とも室戸ともつかない様子でこう尋ねるのである。 「あのお関口が、夫が何かをしたのですか?」 その由香の真剣な面持ちに坂崎も室戸もまたまたため息をつきながらも仕方がないと言ったようにまず坂崎が重い口を開いたのである。 「関口殿は約十日程まえから役所に出ていないのです」 「ええ、十日も」 これには由香は唖然としたその間、隼人は何食わぬ顔をして役所に行く不振りをしてこの屋敷を出て行ったのである。 「その間、何をしていたのだ」と由香は心の中で呟いた。 「それで当然のことで役所での仕事にも差し支えが出ます。それで生かし方がなく我ら二人が関口殿の仕事を引き継いだのです」 「それはそれは大変申し訳ないことでした」 そのように由香が恐縮して頭を下げると二人とも困惑して室戸が口を開いた。 「いえいえ、それは宜しいのです。それがしもこの坂崎もともに関口殿とはともに助け合って来た仲です。しかし、そのおお」 名にやら、室戸の口ぶりは重たい様子であり、これ以上言ってはどうかと坂崎と顔を見合すのである。 由香はそのような室戸と坂崎の様子に不安を覚えながら言った。 「室戸様、坂崎様。わたくしへの遠慮は無用です。わたくしは関口隼人の妻です。どうか夫のことはお教え願いたいのです」 その由香の思いつめた表情を眺めた室戸はやがて大きくため息をつきながら話し始めた。 「それがしとこの坂崎が取り合えず関口殿がつけていた帳簿・書類等を当たったのですが、そのお」 室戸の口ぶりは尚も重そうであったがやがて意を決したように言った。 「あのお、はなはだ言いにくいのですが、その帳簿の帳尻が合わんのです」 「帳尻が合わない? そそれは」 「はああそれがあるべき金額よりどう計算しても少ないのです」 「そそれは?」 さすがに由香も室戸の言った意味が判り顔色が蒼くなった。 「それでこの坂崎に話したところ、彼が担当した帳簿も帳尻が合わないそうで、それでこれは大変だと言うことになりまして」 「そそれはせ関口が、夫がこ公金に手をつけたと言うことでございます そそのように言われるのですか?」 そのように言う由香は唇を震わせながら言った。その由香の顔をまともに見るのがつらそうに室戸も坂崎もやや俯いたが坂崎が気を取り直すように言った。 「いえ、まだそうと決まった訳では、とにかく。その理由をお聞かせ願いたいとこちらにお伺いした訳です」 それから室戸が「まだこのことを知っているのはそれがしらだけです。とにかく、関口殿の弁明を聞いてから上役に話そうと思いまして」 「そそれは申し訳ありません。そそれでいかほど帳簿の帳尻が合わないのですか」 「はあ、まだ全ての帳簿を当たった訳ではないので完全にはわかりませんが、いままで判っているだけでも百両は下らないと思いますが」 室戸は尚もつらそうに話すのである。それから坂崎と顔を見合しながら更に言った。 「わたしどもがこのことを秘密にしておけるのはあと二日ほどです。その間にもし関口殿がこちらに戻られたらすぐにそれがしかこの坂崎のところまで来るように言って下さい」 「ああいがとうございます。そそれで関口がその間に戻らね」 その由香の問いに坂崎、室戸両人は尚もつらそうな表情になり、坂崎が由香の顔を見ないで言った。 「そそのと時ははなは残念ですが勘定所の上役へ話さざる終えません」 「そそうでしょうね」と由香は力なく答えるのである。そしてその結果、どうなるのか由香は考えたくなかった。 結局、関口隼人は赤坂の屋敷にその後も戻ることはなかった。 当然のことに隼人の公金横領の件は公となった。更に吉原の丸屋から町奉行を通じて旗本・関口隼人が丸屋御抱えの女郎をその郭から足抜けさせたことも報告されたのである。そして更に驚くべきことに隼人が方々にかなりの借金をしていたことも判明したのである。 そしてなりよりも姿をくらましたことが災いして関口家は解易・取り潰しになったのは当然の次第となった。 由香は関口家の後始末をしてから当然のように実家の柴田家に戻ったのである。しかし、ことはそれで納まった訳ではなかった。 由香が八丁堀にある柴田家に戻ってからまもなく、借金取りらが柴田家に押しかけ始めたのである。 その頃、丁度折り悪く由香の父親である兵六が病を患い床に就くようになっていた。そのような状態の柴田家に多くの借金取りらが押しかけることになったのであるからたまらないのである。 父親が倒れたあとは頼りになるのは母親だけとなり、あとは十歳年下でようやく父親のあとを継いで見習い与力として奉行所に出資するようになった弟の修理がいるだけ母も弟も由香を庇うことはできなかった。 それに夫の隼人が誰にも何も言わずに突然屋敷を出てしまったことが由香には災いした。せめて隼人が事前に由香を離縁してから行方をくらませればよかったのであるが、何も言わずに隼人が失踪したので由香はそのまま夫の借財を被る結果となったのである。 連日、八丁堀の柴田家にはいかにも柄の悪そうな連中が隼人の残した借財の返済を迫るために押しかけて、由香にその返済を促すものの、事実上、無一文で関口家を出た由香にそれらの借財を返すことはできないし、病気である父親に頼ることも適わなかった。 借金取りの中には露骨に由香に対して吉原に身を売れと迫る者さえいたのである。そのためにあるときにはたまたま居合わせた今年14歳になる由香の弟の修理が思わず刀を振り回してそのような連中を追い出したことさえあったのである。 しかし、そのようなことで諦めるような連中ではなく。その後もたびたび柴田家を訪れては借財の返済を由香に迫った。 これ以上、実家に迷惑は掛けられないのでどうしようと由香が思いあぐねていたそんな時に一人の町人が由香のもとに訪れたのである。 その男は年は四十近いぐらいの小商人らしいこざっぱりした身なりの中年男であり、その身なりも更にその雰囲気から言ってもそれまでたびたび由香のもとに訪れていた借金取りらとは明らかに違う人物であった。 その男は由香に会うなりいきなりこう言った。 「これはこれは関口様の奥様、お久しぶりでございます。それにしても関口様はとんだことで」 その男からいきなりそのような挨拶を受けて由香は正直、やや面食らった。そう言われればこの町人の顔ににはどこかで確かに会った覚えがあったが由香にはいま一つ思い出せなかった。 「あのお、失礼とは存じますが。どなた様でしょうか?」 そのように由香に問われてその男は微笑しながら頭を掻きながら口を開いた。 「これはこれは大変、失礼致しました。わたくしはそれ、蔵前の白金屋の番頭をしていた権兵衛でございます。赤坂の関口様のところへは何度かお邪魔致しまして、奥様にもお目にかかっておると思いますが」 そのように言われて由香もようやく思い出した。蔵前の白金屋はいわゆる大店の札差であり、権兵衛はそこで番頭を務めていた男であり、確かに由香も何度か会っている。 札差は旗本・御家人が幕府から受け取る蔵米をその旗本・御家人に代わって換金することを請け負った業者であるがやがてその蔵米を担保に旗本・御家人相手の金融業を営むようになったものである。 白金屋は関口家出入りの札差であり、その番頭である権兵衛も当然に関口家に挨拶に出向いた折奥方である由香に会っている筈であるが札差との交渉はほとんど用人の玉木に任せていた由香は権兵衛のことを失念していたのである。 「これはこれはわたくしの方こそ、大変失礼致しました。それで権兵衛殿はまだ白金屋さんの方におられるのですか?」 由香がそのようなことを言ったのは以前に用人の玉木から何気なく権兵衛が白金屋を辞めたらしいと聞いたことがあったからである。 その由香の問いに権兵衛は頭を掻きながら言った。 「いやあ、白金屋は既に辞めております。どうもわたくしはお店勤めが性に会わないようで、それでいまは自分で商売をしております」 「ご自分でご商売を」 「いやあ、商売と申しましても別に棚を構えてる訳ではありません。まあ何と言いますか白金屋に勤めていた経験を生かしまして公事師や蔵宿師の真似事のようなことをして糊口をしのいでおります」 「あのお、それはどのようなお仕事なので」 さすがに由香んには公事師も蔵宿師も何たるか判らなかった。 その由香の疑問に権兵衛は詳しく説明を始めた。 公事師は町人らが町奉行所に訴えを起こす場合にそれらの訴状当の書類の書き方や訴訟の仕組み等の助言を与える者で、よくいまの弁護士に相当するとも言われるが厳密に言えば司法書士や行政書士に相当するものである。 それに対して蔵宿師とは旗本・御家人の依頼を受けて札差相手に借金の交渉するものであり、いわば金融ブローカーに相当するものであろうか。いず公事師にしても蔵宿師にしてもお上が認めた生業とは言い切れない怪しげな仕事であるが、勿論由香にはそのようなことが判る訳がないのである。 「それでその権兵衛殿がわたくしにどのような御用でいらしたのでしょう」 どうやら、たびたび押しかける借金取りではなさそうなので、一安心した由香であるがなぜ自分をこの権兵衛が用があるのか判らないので聞いたのは当然であった。 「そのことでございますが」 権兵衛は周囲に誰もいないのに声を潜めて言った。 「実はあるお方に奥様の相談に乗って、少しでも奥様のお悩みを和らげてほしいと以来されまして」 「あるお方に?」 「はい、そのお方より関口のお殿様のことや多くの借金取りらが今でもこのご実家の方まで押しかけて、奥様を悩ませていらっしゃることなどをお聞き致しまして。奥様の相談にぜひ乗ってほしいと言われまして」 「そそのあるお方とはどなたでしょうか?」 その由香の問いに権兵衛は更に声を潜めて言った。 「実は、そのお方より、ご自分の名前は秘してほしいと硬く言われましたので。ご依頼された方については申し訳ございませんが。奥様にお教えできないのでございます」 「そうでございますか」 由香はそう言って考え込んだ。一体、誰であろう。由香は知り合いの顔を幾人も浮かべたが思いつかなかった。 「早速ですが、まだ奥様のところに借金取りらは押しかけているのでございましょう」 「そそれは確かに」 「その連中の中にはかなり悪質な連中もおるのでしょう」 権兵衛はやや厳しい表情で由香に聞くと由香もやや蒼い表情で頷くのであった。 「そうでございましょうね。その連中の中には失礼とは存じますが。そのお奥様にその身をその売れとなどと無礼なことを申す者もいるのでしょう」 その権兵衛の問いにさすがに由香も顔を朱に染めながらも頷くのである。 その由香の返事に権兵衛はため息をつきながら言った。 「やはり、そうでございますか。それではもはや一刻の猶予もありませんな」 権兵衛はそのようなことを呟きながら由香の方に一段と顔を寄せて言った。 「奥様、もうこうなりましたら、しばらくの間、奥様が身を隠すしかございません」 ええ、わわたくしが身を隠す」 「そうでございます。このままこの実家に居られますと毎日のように借金取りに押しかけられるばかりですし、万一それらの連中の中で奥様に不埒な真似をする者がでないとも限りません。それに失礼とは存じますが、今でもかなりこのご実家の方にご迷惑をおかけていらしておるのではございませんか」 「そそれは」と言って由香は思わず唇を噛んだ。 それは由香に取って一番つらいことであった。病で臥せっている父親や母親も勿論だが最近見習い与力として出仕を始めたばかりの修理も決して由香に苦情などを言わないだけに実家に迷惑をかけているのが由香には心苦しいのである。 「しかし、権兵衛殿、わたくしが身を隠すと申しましても」 「ですから、そのことでわたくしどもがお役にたてると存じます」 「ええ、あなた様が」 「はい、わたくしに奥様が身を隠す心当たりがございます」 「それは一体」 「実はですね、わたくしの知っている口入屋より以前から頼まれていたことがあったのです」 「それは」 「ええ、何でもある下町にある町家で女中らに行儀・作法を教えることができる武家の女の方を探しているとの話があったのです。それで奥様のことを思い浮かべたのです。確か、お聞きしたところでは奥様は以前にあるご大身のお旗本に腰元として奉公していらしたとか」 「それは確かにそうでございますが。それはどのようなお家なのでしょうか?」 「それはわたくしも詳細は知りません。ただかなり長い間例えば半年から一年ぐらいはその町家に住み込む仕事らしいのでそのような条件を承諾してくれるお武家の女の方がいないので困っているとのことでした。それならば奥様にピッタリのお仕事だと思いまして」 「そこのおたくにこのわたくしが奉公せよと」 「いえ、奥様もただ身を隠されるよりは何らかのお仕事をされていくばくかの報酬を受け取られた方が気兼ねがないと存じまして」 そう言って権兵衛は由香を下から伺うようにして見るのである。 「はあ、そうでございますか」 由香はこの話にどう返事を返せば良いか途惑った。一見すると大変、有難い話でありそうであるが、ただすんなりと承諾しても良いのか迷っているのである。 「いかがされました。余り気が進みませんか」 そのように権兵衛が微笑しながら問うと由香はやや慌てて首を振りながら言った。 「いえ、有難いお話とは存じますが。ただ突然のお話なので」 その由香の返事に権兵衛はいかにもと頷き「それはそうでございますね。ただですね。奥様」 権兵衛は更に由香の方に顔を近づけて言葉を続けた。 「一応、その話を持ってきた口入屋から詳しい話を聞くだけでも聞けば宜しいのではありませんか?」 「そそれはそうでございますね。ででも」 「他に何かご懸念のことでもございますか?」 その権兵衛の問いに由香は少し考えてからやや躊躇うように口を開いた。 「わたくしが突然に姿を眩ました場合、たびたびこの家に押しかけている者どもらが病の父やらに何を仕出かすか、知れません。そそれが気掛かりでして」 そう言って由香は俯いた。またその場合に父親の跡目を継いで与力になるべき、弟の修理、ひいては実家の柴田の家名に傷がつくのをなりよりも由香は恐れていたのである。 その由香の懸念に権権兵衛は大きく手を振りながら言った。 「そのご心配ならばご無用と存じますよ。奥様」 その権兵衛の言葉に由香はやや驚いて顔を上げて言った。 「ええ、そそれは何ゆえです」 「宜しいですか。奥様、借金取りの連中は関口隼人様の借財の返済を関口様の御内儀であであられた奥様に関口様に代わって払えと迫っておるのでしょう」 「ええ、その通りです」 「つまり、ご実家の柴田家の娘としての由香様に返済を迫っておる訳ではありますまい。たまたま奥様が関口家ご解易となった為にご実家に帰っているのでここにたびたび押しかけているのでございましょう」 そのように権兵衛は噛んで含めるような調子で由香に言うので由香も思わず頷くのである。 「そうであれば、当の借金のご本人である奥様がこの柴田の家におらねばその連中もこのお屋敷に押しかける根拠を無くすのではありませんか」 そう言われて由香は思わずはっとしたように権兵衛の顔を見つめた。そう言われて見ればそうかも知れないと由香は思った。しかしである。そんな簡単なことであろうかとも思うのである。 「しかし、権兵衛殿、ほんとうに大丈夫でございましょうか」 「ええ、大丈夫と存じます。だいたいが奥様のご実家まで押しかける連中は金貸しと申しましても、かなりたちの良くない連中でございましょう。そのような連中は常に脛に傷を持つ輩でございます。そのような連中が問うの借財を負うべき本人がいないのにそう幾度も御奉行所の与力様のお屋敷に押しかける度胸のある奴はいませんよ。まあ仮にそのような世間知らずな奴がおればそれこそ、お奉行所のご権威でどうにでもなるでしょう」 そのように強く言われると由香もそうかも知れないと考え始めていた。更に念を押すように権兵衛の言葉が続いた。 「まあ、その場合には奥様が半年から一年ぐらいは全く姿を眩ます必要がございます。それくらいたってほとぼりがさめた頃にまたこのご実家に戻られれば宜しいのです。但し、その間、できればお身内の方にもご所在は知らせない方が宜しいでしょう」 「ええ、両親や弟にも知らせずにですか?」 その由香の問いに権兵衛は頷いて「なまじ奥様の行方を知らない方がお互いに宜しいのではないかと思います。あの連中がいくら親御様らに奥様の所在を尋ねても本当に知らないのであれば答えようがありませんでしょう。そうしておいて時間が立てばほとぼりもさめるでしょう。そうしてから奥様はまた戻れば宜しいのです」 「そうですね」 「どうでございましょう。勿論、奥様のお考え次第でございますが。その例の口入屋のお話だけでもお聞きしたらどうでございましょう」 その権兵衛の言葉を聞いて由香は考え込んだ。いくら由香が幼い頃より苦労らしい苦労も知らずに育った武家の女であろうと普通の状態であったならばよくよく考えればこの権兵衛の話はおかしいと思ったであろう。しかしである。 この時の由香はとても普通の状態では無かった。ある日、突然夫が女郎と一緒に逐電したと知らされて挙句に夫の公金横領と多額の借財があることを知らされたのである。 そのために嫁ぎ先は取り潰されて、夫の残した借財がおのれの肩にかかり、実家に戻ってからも連日にわたり、それらの債鬼らからの督促に悩まされ続けてもはや普通の精神状態ではなかった。 そのような状態の中で権兵衛の巧みな話術も手伝ってこの明らかな怪しげな話にうまうまと乗ってしまったのである。更に具合が悪いことにこの時にたまたま由香の母親であった多江が所要の為に外出していた。弟の修理は奉行所に出仕しており、病に臥せっている父親には勿論相談できることではなかった。 由香は少し考えてから権兵衛に言った。 「判りました。そのお話、聞いて見るだけは聞きましょう」 その由香の言葉に権兵衛は満面の笑みを浮かべて「そうでございますか。それは良かった。まさにこれこそ奥様には丁度良いお話だとわたくしは思っておりましたので」 「それでいつごろその口入屋に参れば宜しいのでしょう」 「そうですね、うむ善は急げと申します。これから参りましょう」 「ええこれからですか」 「はい、実は既にその口入屋の方には奥様のことを話しているのです。そうしたらそのようないい方が居られるのであればいつでもお連れしてほしいといわれまして」 「そうですか、しかし今日これからですか?」 「ええ、今日は奥様の方で何か御用がおありでしょうか。そうでなければこれから参りたいと存じます。それにまたグズグズしているとまたまた例の連中がまた押しかけますよ」 「わ判りました。これから参りましょう」 それから由香は自分の部屋に戻って着替えなど外出の支度を整えて更に母親宛の簡単な書置きをシタタメタ。 それから柴田家の女中や中間らに外出することと夕刻までには戻ることを伝えたのである。 そうしておいて由香は権兵衛に促されて柴田家の屋敷を出たのである。 権兵衛は近くで町籠を拾ってからそれに由香を乗せてから駕籠かきの男に「浅草の恵比寿屋さんまで行ってくれ」と言ったのである。 そうして由香を乗せた町籠はその日の昼過ぎに浅草のある町家の前に着いたのである。 そこが権兵衛が由香に先ほど話していた例の口入屋である恵比寿屋であった。籠を降りた由香の目の前には大きく恵比寿屋と書かれた看板が飛び込んできたのである。 権兵衛は由香を籠から降ろした後で二人の駕籠かきの男らに籠賃に加えてやや多額の金子を渡しながら二人のそれぞれの耳元で何事かを囁いた。そうするとその駕籠かきらも薄笑いをしながら頷くのであった。 それから権兵衛は「さあここでございますよ」と言って一緒に恵比寿屋と記された暖簾を潜るのであった。 店に入ると権兵衛は帳場に座っていた手代らしい男に「公事師の権兵衛ですが、元締めはおられますか?」と案内を乞うた。 そうするとその男は顔を上げて権兵衛と由香の顔をそれぞれ眺めながらやや微笑しながら頭を下げつつ言った。 「これはこれは権兵衛さん。はい、元締めならいま居られます。こちらへどうぞ」 そう言ってその手代らしい男は奥に案内するように言った。 その言葉に頷いた権兵衛は傍らの由香に「さあ奥様、上がりましょう」と促すのであった。 権兵衛と由香は奥の客間らしい部屋に通されるとやがて二人の男がのっそりとその部屋に姿を現したのである。 権兵衛はその二人の顔を見ると頭を下げながら「これはこれは元締めさん。それに差配さんまでご足労願って」 そうするとその元締めと呼ばれた男は美称して「いやいや。本来、この話は俺と言うよりもこの源蔵が持って来たものでな。それでこいつを一緒に連れてきた」 そのようなことを言いながら二人の男は座るとともに由香の方に丁寧に頭を下げながら言った。 「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。あっしがこの恵比寿屋を取り仕切っている藤蔵と申し安。そしてこいつが」 恵恵比寿屋藤蔵は傍らの男の方を振り向きながら「この恵比寿屋を一緒にやっている弟の源蔵と申し安」と言った。 その恵比寿屋源蔵はまた由香に一例して「恵比寿屋源蔵でございます。関口の奥様にはこのようなむさ苦しいところに来ていただき、兄ともども恐縮しております」と言った。 「わたくしの方こそご挨拶が遅れまして申し訳ありません。わたくしが由香でございます。確かにかつては旗本・関口隼人の妻でございましたが、いまでは実家の方に戻っております」 由香はそのように返事を返しながら恵比寿屋兄弟をそっと盗み見た。 兄の藤蔵はいかにも口入屋の主人らしい大柄で赤ら顔をしたいかにも勢力的な感じがする40男であったが、それに対して弟の源蔵はその兄とは対象的な印象を受ける男であった。 年の頃は兄よりは一回りほど年下のまだ三十前ぐらいの年齢であり、口入屋の主人と言うよりも呉服屋か小間物屋の番頭・手代の方が似合いそうな優男であった。 由香がそのようなことをぼんやりと考えていると傍らにいる公事師・権兵衛が由香に説明した。その話によればここの恵比寿屋はこの兄弟が共同で取り仕切っており、兄の藤蔵が元締め、弟の源蔵が差配と呼ばれていること。藤蔵が主に武家の中間、下男や人足等男の仕事の世話をするのに対して源蔵の方は武武家の下女や商家の女中・下女らの仕事の斡旋を主にしているとのことである。 「そう言うことでして、あのお話はこの源蔵がこの店に持ってきたんでさあ」 藤蔵はそのようなことを言いながら源蔵の方を振り向いて「さあお前の方からこの奥方様にちゃんとご説明しな」と促した。 「実はでございますが、その話はこの江戸でも有数の大棚のご主人の方から持ち込まれたお話なのです」 そのように源蔵が切り出した話と言うのは次のようなことであった。 この江戸でも指折りのある豪商の主人がいよいよ隠居してその店を倅に譲る決心をした。既に女房も数年前に無くしており気楽な立場なので隠居するのを機会に江戸の郊外の方に豪壮な隠居所を作らせたと言うのである。 そしてこの隠居所の女中らの使用人らは店の者とは別に雇おうと言うことになったのである。そしてそれらの使用人らを監督・教育する者を探していると言う話なのである。 「実はですね。このご隠居様は商売以外にも俳諧や謡等のいろいろな趣味をお持ちの方でございまして。それでご親交しておられる方の仲にはかなり身分の高いお武家様やお坊様らもおりますので、隠居後はそれらの方々をその隠居所に呼んでいろいろと語りたいと言うのが以前からのお望みでして。そのためにもその隠居所の女中らにはお武家の行儀・作法を身に身に着けて貰わねば困ると申されまして。そのような行儀・作法を女中らに教え込んでさらにしばらくその者らの監督に当たるお武家様の女の方はいないかとのご依頼でした」 源蔵はそこまで言って一息つくと更に言葉を続けた。 「まあ折角のご依頼ですが、そのように都合の宜しいお武家の女の方など、そうそうと居るものではありません。それでほとんど諦めかけていたところにこの権兵衛さんより、奥様のことを伺ったのです。まさにこちらが探しているようなお方だと」 「それでこのわたくしにその話を?」 その言葉に源蔵は大きく頷いて言った。 「ええ、どうでございましょう。奥方様がいま措かれておられる状況についてはこちらの権兵衛さんよりおききしておりやす。奥様が身を隠すのに丁度良いところだと思います。それに加えて無事に用事が済めばそのご隠居からたんまりと謝礼がいただけるのです。奥方様にとっても都合が宜しいと存じますが」 源蔵はそのようなことを揉み手をせんばかりに愛想よく言った。 「そうですね。今のわたくしに取って大変に有難いお話と存じますが。それでそのご隠居様とはどちらのどなた様でいらすのです?」 その由香の当たり前すぎる話に源蔵は困ったように頭を掻きながら言った。 「そそれがですね。ここで先方の名を明かす訳にはちょっと」 「ええ、それはどう言う意味でございます」 「はああ、それがそのお、どう説明したら良いか。そのお方は大変に用心深い方でして。しかもその隠居所にはこれまで蓄えた書画・骨董の類を多く陳列する心積もりらしくて、そのおめったにその名と隠居所の所在を言ってはならんと硬く口止めされておるのです」 その源蔵の言葉に由香よりも先に公事師・権兵衛が噛み付いた。 「それはおかしいですよ。差配さん。それではまるで奥様が信用ならんと言っているのと同じですよ。そんなことは奥様にご無礼でしょう」 その権兵衛の言葉に藤蔵も首をひねりながら弟に言った。 「それは源蔵、権兵衛さんの言われる通りだよ。幾ら用心深いと言ったって」 その権兵衛と兄の言葉に源蔵は更に困惑したように 「そんなこと言ったって。そのご隠居が申されるのにはなあ。とにかく、自分が直接会って話をしたお人でナイト信用はできないと言われうのだ」 その源蔵の言葉に権兵衛はやや呆れながら由香の方を振り向いて言った。 「奥様、どうされます。折角のお話ですが。このようなことでは断りましょうか」 由香は少し考え込んだ。少々気にかかる点も無いではないが断るには余りにも由香に取って魅力がある話しである。 「それではそのご隠居は直接、わたくしに会って信用できるかどうか その人物を確かめないと気がすまないと言われるのですね」 その由香の言葉に源蔵は大きく頷きながら言った。 「ははい、その通りなんでございますよ」 「それではどこでそのご隠居にお会いすれば宜しいのでしょう」 「ああ、そのことを奥方様にお話しようと思っておりました。どうです。奥方様、これから奥様をそのご隠居様のもとにお連れ致したいのですが?」 「ええ、いますぐこれからでございますか」 「ええ、実は既に奥様のことは既にそのご隠居様にお知らせしてあるのでございます。するとそのご隠居様はすぐにでも奥様にお目にかかりたいと申されておるのです」 「そうですか、でも」と由香はやや躊躇いながら答えた。すると源蔵はかすかに繭ねを寄せて言った。 「奥方様、何かご支障でもおありですか?」 「いえそのお、屋敷を出る際に屋敷の者らには夕刻までには戻ると言っておりますので、それ以上遅くなるとなると、屋敷の者らが心配しますので」 「それならばわたくしがお屋敷に奥様のお帰りが少々遅くなるが心配しないようにと言いにいきますので」 その時に権兵衛がそのようなことを言った。更に「奥様が余り気が進まないのであれば仕方がありませんが、やはりよくよく考えて見ればいまの奥様にとって断るには誠に惜しいお話です」 そこまで言われてようやく由香も心を定めて言った。 「判りました。お供いたします」 その由香の言葉に源蔵はほっとしたように笑みを浮かべて「そうですかい。それでは早速籠を呼んでまいりやしょう」 そう言って源蔵は奥に入って行った。すると公事師・権兵衛も「それではわたしはお屋敷の方に奥様の件をお知らせにまいりましょう」と言って立ち上がった。 それと入れ違いに源蔵が戻って繰ると「すぐに籠がまいりますので籠が参り次第にすぐにでもまいりましょう」と言った。
2017/07/27 06:16:17(u.Z7U9/y)
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