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1:背徳の加算 ③
投稿者:
司馬 名和人
多江が屋敷に戻って見ると何やら騒がしい様子である。下女や下男らがなにやら玄関先でヒソヒソ話をしている様子である。
「そなたらはこんなところで何をしているのです」 多江がやや厳しい声音で言うと彼女に気が着いた下女の一人が慌てて多江の方に近づき「これはこれは、奥様。お帰りなさいませ」と床に手を着いて一例するのである。先ほどまでその下女と話し込んでいた下男も慌ててかしこまるように平伏するのである。 「そなたらは玄関先でなにを話しこんでいるのです」 多江が依然としてやや厳しい調子で問いただすと下女と下男は互いに顔を見合わせてやや困ったような表情を浮かべていたやがて下男の方が重たそうな口を開いた。 「そそれがお嬢様のお帰りが遅いと思いましたので」 この二人がお嬢様と言うのであれば当然のことに娘の由香のことである。 「由香の、それでは由香は外出しているのですか」 「はい、昼過ぎにお出かけになられました。お出かけになられる際には夕方までには戻ると言われましたので」 「そうですか、それでまだ戻っていないのですか」 「はい」 多江はなんであろうと思った。娘からは別に今日外出するとの話は聞いていないのである。 「そそれに」とその下女は何かを言いにくそうであった。 「どうしたのです」 「いえ、そのお。お嬢様が外出される直前に、お客様がお見えになりました」 「由香にお客? それはどのようなお方で」 「はい、それが40ぐらいのお年の商人風の町人だったと思います」 「40がらみの町人?」 はて誰だろうと多江は考え込んだが、そのような町人に多江も思い当たることはないのである。その時に多江の脳裏にある悪いことが思い起こされた。 「まさか、その者、例の輩の一味ではないな」 その多江のやや厳しい口調に下女、下男ともに慌てて首を左右に振りながら言った。 「いえいえ、とてもとれも借金取りとは思えない。穏やかな物腰のお方でして。それゆえにお嬢様もお会いになられたのです」 「そうか」と多江は返事を返しながら何か悪いことが娘の身に起こったのではないかとの胸騒ぎがしてならないのである。 多江と夫、兵六との間に生まれた長女の由香は今年24歳になる。 先述したように17歳の時に行儀見習いの名目で知り合いの大身・旗本の屋敷に奥女中として芳香に上がった。 そしてそこで2年程、女中芳香をしてから、知人の紹介で旗本・関口隼人と結婚したのである。 関口隼人は300石の直参・旗本でその父は長ら各地の天領の大寒を勤めた能生売吏であり、その嫡男であとを継いだ隼人も勘定衆として幕府・勘定書に出資していた。 勘定所は勘定奉行を長官として勝手掛老中の指図を受けて幕府の財政・収税・天領の訴訟を司る幕政の中核の役所であり、その一員たる勘定衆を務める隼人はいわば今日で言えば若手の財務官僚とも言える存在であった。 そのような相手ゆえに多江も夫の兵六にとっても娘の相手としては申し分ない相手であり、勿論、その縁談を喜んだのである。 そして由香と夫である関口隼人の結婚生活は何事もなく五年ほど続いたのである。 由香の結婚生活はある日、突然に破局したのである。隼人が遊蕩の挙句に吉原の遊女を足抜けさせた上に、一緒に行方をくらましたのである。 そして、更に悪いことに役所の公金の一部を着服した上で行方をくらましたのである。更に各方にいろいろと借金を重ねていたらしいのである。それがどうやら遊女と逃げた原因らしいのである。 結局、関口家は取り潰しとなり、由香は言えの始末を終えたあとはやむなく実家である柴田家に戻ったのである。 両親である多江と兵六は傷心のためにうちひしがれた娘を暖かく迎えたのは言うまでもない。そして両親以上に隼人に対して憤慨したのは今年14歳となり、病あがちの父。兵六に代わって見習い与力として町奉行所に出仕するようになった息子の修理である。 「もしも、江戸御府内であやつを見つけたらただではおかない」 修理は姉を悲嘆にくれさせた義兄に対して憤懣やるかたない雰囲気であった。 しかし、騒ぎはそれだけではすまなかったのである。 由香が実家である柴田家に戻ってから、少したった頃から八丁堀の柴田家にいる由香を怪しげな輩が訪ねるようになったのである。 彼らはいずれも由香の夫である隼人が残した借財を妻である由香に払うように迫る借金取りの連中であった。 由香はそれらの連中に対して「わたしは既に関口家とは関係ありません」とその支払いを拒もうとしたが、しかし、借金取りの連中はそれで怯むことはなく口をそろえて次のように嘯くのである。 「ヘヘヘヘヘ、しかし、関口の奥方様。関口の殿様は正式に貴方様に三くだり半を出した訳ではありますまい。それでは貴方様は依然として関口隼人様の奥様でございます」 借金取りの連中はそのように嘯いてあくまでも由香に借財の返済を迫るのである。 そのような輩の中にはまだ若い由香に吉原の遊郭にでも身売りしろと暗に求める者もいて、五日程前などはたまたま非番で屋敷にいた修理が由香に身売りしないかとほのめかした借金取りの男らに刀を振り回して追い返す有様であった。 「姉上の身が心配です。姉上、当分はこの屋敷を出てはなりませんぞ」 修理は姉の身を気遣ってそのように言うのであった。それに対して由香も真っ青になりながらも十歳年下の弟の忠告を受け入れた様子であった。 そのような次第で多江には由香がこの屋敷を無闇に出ることなど思いもよらないのである。 それから一刻[二時間]ほどの時が過ぎてもうすっかり暗くなっても由香は帰る様子も無かった。そのようなところに奉行所から修理が戻って来た。 母親から姉のことを聞いた修理は眉ねを寄せて考え込んだあとですぐに父親である兵六の病間に入り、病で寝込んでいる父親と何事かを話し込んだ。既に兵六には多江の口から由香のことは伝えていた。 兵六の病間から出てきた修理は一人の下男を呼んで講言った。 「急ぎ、湯島の万吉のところに行って、これを渡してほしい」 その下男は黙って頷くとその手紙を持って屋敷を出て行った。 湯島の万吉とは兵六が以前から目をかけていた目明しである。それから修理は母親の方に振り向いて「姉上がここを出られた際にいた奉公人らに問いただす必要がありますので一室に集めておいて下さい」と言うので多江も頷くのである。 ある一室に奉公人らが次々に呼ばれて修理の質問をいろいろと受けた。修理が特に聞きただしたのは由香が屋敷を出る直前に由香を訪ねてきた町人風の男についてであった。 そんな仲でその客に茶を出した下女の一人が次のようなことを言ったのを修理は聞き逃さなかった。 その下女は由香がその四十がらみの商人風の男に「ああ白金屋さんにいた」と言うようなことを言っていたのを覚えていたのである。 「ほんとうに姉上は白金屋と申したのだな」 「ははい」 白金屋が蔵前にある札差であることは修理も多江もよく知っていた。柴田家とは付き合いがないが江戸でも一、二を争う大棚でかなり大身の旗本も顧客にしてい札差である。 「その白金屋に関わりがあるものか?」 修理がそのようなことを考えていると湯島の万吉が柴田家を訪ねてきた。万吉は五十際ぐらいのかなりがっしりした体の男手二人の子分を下っ引きとして従えていた。 万吉は屋敷に入るなりに修理に向かって「お手紙を頂戴してからすぐに若い者を走らせてこのあたりの籠屋をあたらせておりやす。若旦那様」 修理は母親の話を聞くとすぐに父と相談の上で父親の代から柴田家に出入りしている万吉に手紙をだしてまずはこのあたりの籠やに由香らしい武家の女を乗せた町籠がないか当たらせたのである。 「うむ、とにかく、宜しく頼む。それとまたそなたに調べて貰いたいことがある」 修理はそこで先の下女の話をしてから「この男の素性を当たってほしい」と言った。 「へい、わかりやした。早速、あたらせましょう」 修理は頷きながらもそこで急に声を潜めて「それにくれぐれも姉上の件は内密に誰にもしられないようにしてくれよ」と言うと満期吉も頷いて「それはわかっております。お嬢様のことは誰にも知られないようにいたします」と返事をかえすのであった。 先ほどから多江は頼もしい目で修理を眺めていた。由香が帰ってこないときいてから自分はおろおろするばかりであったが、まだ十四歳であるこの修理が落ち着いてテキパキと支持をを下しているのである。 しかし、結局、その日夜があ明けても由香は帰っては来なかったのである。 翌日の夕方になって、湯島の万吉が柴田家に顔を出したがややさえない表情であった。 「とにかく、このあたりの町籠を一通りあたらせましたが、お嬢様らしい方を乗せた町籠が見当たりません」 「ふむ、それで例の町人風の男はいかがした」 「はい、そいつのことなんですが、白金屋にいろいろと探りをいれたところ、なんとか思い当たる男が出てきましたよ」 「ふむ、そいつはなんと言う名前だ」 「へい、そいつはたぶん、権兵衛と言う奴だとおもいます」 「権兵衛だと、そいつは」 「はい、もとは白金屋の番頭をしていた男なんですが、何か不始末をしたらしく。店をくびになったらしいのです」 「ふうう、元番頭なあ。それでそいつはいいま何をしているのだ」 「へい、それが何でも公事師のまねごとみたいなことをして口銭を稼いでいるらしいのです」 「公事師のまねごと?」 公事師とは本人に代わって訴状を代筆するなどして口銭を稼ぐ輩で勿論、公に認められた商売ではない。あやしげな公事師もおおぜいいて詐欺などの被害になっているものも大勢いてたびたび町奉行所の取調べの的にもなっている。 「それでそいつの居所は」 「それがよく判らないのでさあ。とにかく、引き続き若い者にその居所をさぐらせておりやす。しかし、若旦那様」 そこ万吉は急にこえを潜めて周囲を憚りながら言った。 「幸い、いま奥様が側におりませんので思い切って申し上げます。お嬢様の居所を探るのであれば。一つ、探さねばならないところがありますよ」 「うう、それはどこだ」 「へえ、まだお若い若旦那様にははなはだ申し上げにくいのですが、吉原あたりを探る必要がありはしませんか」 「吉原だと、つまり、万吉。そなた、姉上が遊郭におると申すのだな」 「へい、それくらいのお覚悟が必要だとあっしは申し上げているのでございます」 「うううむ」 さすがに若い修理は唸った。 「たぶん、若旦那様も察しておられると思いますが、この一軒にはお嬢様に借金を返せと言われた連中が絡んでいるのはまず確実で」 「うむ、おそらくそうであろうな」 「その権兵衛と言う奴もそういった連中の差し金でここに来たんでしょう。それで言葉巧みにお嬢様を連れ出したのですよ」 「すると、万吉。そなた、姉上がそのような連中にカドワカサレタと申すのか」 「へい、そう考えたほうがいいでしょう。その場合に、そのような連中がお嬢様をどうするかは、おわかりでしょう」 「うううう、女衒などを使って姉上を遊郭等に売り飛ばすと申すのか」 さすがに修理は顔面蒼白になって聞いた。 「へい、まだそうと判った訳ではありませんが、もしもお嬢様が吉原あたりの遊郭にいるとなると、これは少々厄介なことになりますな」 「うーむ」と修理は口ごもった。吉原等の遊郭街は一種の治外法権の土地であり、そこには町奉行所の威光も余り聞かないのである。 「まあとにかく、その辺も調べてみましょう。もしもお嬢様が遊郭に売られていたとしても、それはその時に考えれば宜しいことです」 その万吉の言葉に修理は黙って頷くしかないのである。 それから約十日程立ったが、由香の行方は依然として判らなかった。報告に来た万吉も頭をかきながらぼやくばかりであった。 「一通りに吉原の遊郭を当たってみましたがお嬢様らい女郎の話はとんと聞きません」 「それでは姉上は身売りされ訳ではないのだな」 修理がややほっとしたように呟くと万吉がやや気の毒そうに次のように言った。 「いえいえ、吉原にいないと申してもわかりません。品川、内藤新宿、板橋、千住にいるかもしれませんし。それに最悪の場合には」 「最悪の場合に?」 「ええ、もしかすると岡場所にいるかもしれません」 「なに、岡場所だと、そそんな」 修理は言葉を失った。 岡場所とは吉原等とは違い、いわば非公認の遊郭のことである。 「もしも、そのようなところへ、姉上が売られていたら、もうどうしようもないぞ」 「へい、それにそう言うことでしたら、江戸でなく。遠方の遊郭に売られていることもかんがえられますな。もっともそうでしたら、あっしらにはお手上げですけれど」 万吉からそのような話を聞きながら、とてもそのような話は母親や病勝ちの父親にも聞かせられないなと思うのであった。 それから約二十日あまり日々が経過したが由香の行方は依然として判らなかったのである。 その間、多江は焦燥感にかられて、それこそ気が狂わんばかりであったが病の夫を支えなければならないとの思い出なんとか気力を保っていた。 そのような状態の中で由香が行方をくらましてから約一ヶ月が経過したある日のことである。 「母上、母上、姉上の行方が判りましたぞ」 その日の昼過ぎ、普段は町奉行所に出仕している筈の息子の修理がそのように叫びながら息せき切って屋敷に戻って来たのである。 「修理殿、ほほんとに由香が見つかったのですか」 「ははい、どうやら、深川の方にいらした用です」 「深川ですと。なぜそのようなところに?」 「詳しいことはわたしにもよくは判りません。先ほどあるお人から奉行所のわたしのところにしらせをよこしたのです」 「そのお方は信用できるのですか? それになぜその方は由香のことをご存知なのですか?」 多江はやや疑わしそうに息子を見た。なにしろ、由香が行方を眩ましたことは柴田家以外の者で知っているのは湯島の万吉ぐらいであるからである。 その母親の懸念を察したように修理はやや苦笑しながら言った。 「母上のそのようなご懸念はご無用です。そのお方とは勾当殿です」 勾当殿?、猪市、いや武井殿が」 「はい」 柴田家の離れに間借りしている猪市ならば当然に由香の行方不明は知っているだろう。あえて猪市にわざわざ知らせた訳ではないが、当然知られているだろう。しかし、この一月の間、猪市は多江と顔を合わせてもいつものように挨拶を交すだけであった。 そうこうしている内に何やら柴田家の玄関先が何やら騒がしくなったのである。 「奥様、若様、ここちらに来てください」 女中の一人が行き席切手多江と修理を慌てて呼びにきたのである。 急いで多江と修理が玄関先に駆けつけると丁度、二丁の町籠が着いたところであった。そしてその二丁の町籠のすぐ側には猪市の手代であるあの健吉が付き添っていたのである。 やがて、二丁の籠は地上に下ろされると前の方の籠から猪市が出てきた。猪市は籠から出てくると玄関先でやや呆然としている多江、修理の方を振り向いてニコリと微笑しながら「ご内儀殿、修理殿、お喜びなされ。久しぶりに由香殿がお帰りになられましたぞ」 そう言うか否や後ろの籠の簾が開けられて由香が姿を現したのであった。 姿を現した由香は一ヶ月まえに行方を眩ました時と同じ身なりであり、籠から出ると玄関先に立っている多江の姿を見つけると駈けるように母親に抱きつくのであった。 「母上えええ、母上えええ」 由香はただただそう叫んで多江の胸の中で無くばかりであった。そのような由香の姿は二十四歳の旗本の奥方だった女の姿でなく、まるるでまだ幼い娘の用であった。多江はただただそのような娘を抱きしめるばかりであった。 柴田母娘が喜び合っている側で息子の修理が勾当の方に近づいて「勾当殿、ありがとうぞんじます」と頭を下げるのである。 「いやいや、修理殿、そのように水臭い。とにかく、本当に良かった。良かった」 「本当にありがとう存じます。しかし、この一月の間、姉はどこにいたのです?」 「修理殿、それはあとで詳しくご説明しよう」 その勾当の言葉に修理も黙って頷くのである。 3、 それから、柴田家の奥の間で病床の兵六も交えて由香の話を聞くことになったのである。 やはり、修理や目明しの万吉が察したように例の公事師の権兵衛に言葉巧みに外に誘い出されたと言うのである。 権兵衛は彼が白金屋の番頭をしている頃に関口家に出入りしていたので面識があったと言うのである。 「それですっかり信用してしまいました」と由香は顔を伏せながらそう言うのである。その後ことは事実上、武井勾当が引き継いで語った。 「その公事師によって言葉巧みに由香殿が連れて行かれた先がある女衒の家でして、そこからその女衒も言葉巧みに由香殿を騙して、深川岡場所にある遊郭につれて行かれたらしい」 その遊郭にそれから事実上、監禁されて夫の隼人が残した借財のために身売りするように迫られていたと言うのである。 その話を聞いて兵六は顔面蒼白になって「そそれではまさか、そなた、み操をよもや汚されてはおらんのか?」と喘ぐように問いただすのである。 その父親の問いに由香は顔を左右に必死に振りながら「そんんな、そんんな。父上、それだけはそれだけは」と呻くように言いながら嗚咽するのである。そんんな娘を多江は痛ましい目で眺めながら、その背中を優しく摩るのである。 そんな由香を見かねたように再び、勾当が言葉を続けた。 「その間、由香殿は無理強いすると自害すると言って身を汚すことを拒んだようです。しかし、本当に危なかった。これ以上、由香殿を助けるのが遅かったら、由香殿の身がどうなっていたか。わかりません」 「しかし、勾当殿、失礼ながらなぜ貴方が姉の居所を知ることが出来たのです。はなはだ面目ないがそれがしもかなり手を尽くして姉の行方を捜したが」 そのように修理がやや自嘲気味に言うと勾当は笑顔を向けながら言った。 「いえいえ、わたしとしても運河良かったのです。わたくしも由香殿が行方をくらましてから密かに心当たりを探したのです」 依然として笑顔を浮かべながら勾当は言葉を続けた。 「ただ、わたくしも一応、金貸しもやっておりますので、座頭以外の所謂高利貸しと呼ばれる連中とも多少のつながりがありましたので、その縁でいろいろと調べたところである女衒の話を聞いたのです」 「それで姉の居所を」 「はい、何しろ、元は御旗本の奥方であられた立派な武家のおなごが遊郭に押し込められていると言う話なのである種の世界ではかなり知られておりました」 「そうですか」と修理は唇を噛んだ。まだ与力としてはまだ未熟な自分を責める口ぶりである。 「その話を聞いて、その女衒や遊郭の女将と会って話をつけたのです」 「ええ、話をつけたと申されますと?」 それまで倅、修理と勾当とのやりとりを聞いていた兵六がやや不安そうに聞いてきた。 「はい、金で話をつけたのです。まあ由香殿が背負わされた借財をわたくしが肩代わりすることにより、由香殿を自由の身にすると」 その勾当の話に修理は眉根を寄せながらやや不満そうに口を開いた。 「しかし、勾当殿、相手は姉をかどわかし同然で連れ出した連中ですぞ。そのような連中に金を払わなくても」 「修理殿、貴方様のお気持ちは良く判る。しかし、ここで貴方様らがかどわかしなどと騒ぎ立てれば、失礼ながらこの柴田のお家に傷がつかないともかぎりませんぞ」 「そそれは」 「それに連中はヘタをすると由香殿を遠方に更に売り飛ばすこともありえます。もしそうなったら、取り返しもつかんでしょう」 そのように諭すように勾当が言うとさすがに修理は押し黙るのである。そんな息子に代わって病床の兵六が口を開いた。 「それで金を払われたと言うことですが、そのいかほど払われた?」 「アハハハハハ、柴田殿、そのようなことは宜しいではありませんか」 「いえいえ、そう言う訳には参らん。是非、お聞かせ願いたい」 言葉は病の為にかすれがちであったがしっかりとした口調で兵六は言った。それに勾当は仕方がないと言った感じで口を開いた。 「まあおよそ、150両ほどですが」 「えええ、150両ですと、そんな」 兵六はその金額を聞いて驚いた。とても居間の自分たちには用意出来る金額ではなかった。 「勾当殿、誠に申し訳ござらん。わたくしが、わたくしが不甲斐ないばかりに」 修理が平身低頭の体で匂当に頭を下げるのである。 それと同時に兵六も病がちな体を正しながら改めて一例するように口を開いた。 「勾当殿、誠に、誠に申し訳ない。お礼の言いようもござらん」 それから兵六は先ほどから泣いている由香と彼女を慰めている多江の方を振り向いて「これこれ、お前たちも勾当殿にお礼を申し上げんか」と言った。 その兵六の言葉にはっとしたように多江と由香はともに勾当の方に顔を向けて一例するのである。しかし、頭を下げながら多江は少し、複雑な気持ちであった。 「まああまああ、皆様。表をお挙げ下さい。わたくしはこれでも御屋敷の片隅に住まわせていただいている身です。いわば身内も同然と思っております。これくらいは当然のことでございます」 武井猪市勾当はそのようなことを言ったあとで俄かに姿勢を正してから話を切り出すように話を始めた。 「ここであらためて、皆様にお願いがございます」 「ええ、わたくしどもにお願いが? そそれは」 兵六は猪市が俄かに真剣な表情になったので緊張しながら尋ねた。 「はい、しかし、事前に申し上げますが。いまからわたくしがお願い致すことは今回の件と切り離してお考え下され」 猪市はそのように言ったあとで次のような言葉を続けた。 「是非、由香殿をわたくし、武井猪市の妻に申し受けたいのです」 猪市の口からそのような言葉が出た瞬間は兵六、多江そして修理は皆押し黙った。そのような中で猪市の言葉が続いた。 「勿論、先ほども申し上げた様にわたくしが由香殿が苦界に落ちるところお救い申し上げたことといまのわたくしの願いは別にお考え下され。わたくしが気に入らなければ遠慮なくお断り願いたい」 「いえそれは勾当殿」 兵六はやや困惑したように言葉を濁した。 「確かにわたくしはあんま、はり灸を生業としているしがない座頭でございます。しかしながら一応、京の都の朝廷からご厚誼を通じて勾当の官位を頂いておりますし、それに奥州の小藩の軽輩とは言え、曲がりなりにも武家の出です」 猪市はそこまで言ってから一息つくと更に言葉を続けた。 「それに、今後も精進を続けて必ず、検校の位に進んで決して、由香殿に不自由な真似はさせません。どうか由香殿をわたくしの妻に申し受けたいのです。お願い致します」 それから、猪市は頭を畳にこすりつけながら由香との婚儀を願うのである。 「勾当殿、頭をお挙げ下され。お願い申す」 少しの間ののちにようやく兵六がそのように言ったのでようやく猪市も顔を上げたのである。 そのような猪市の顔を見ながら兵六の言葉が続いた。 「わたくしどもとしては由香を貴殿のもとに嫁がせるのもやぶさかではない」 「それではご承知願えるか?」 「はい、しかし、一つ懸念がござる」 「どのようなご懸念でござろう」 「ご貴殿もご承知のようにこの由香は直参・旗本であった関口隼人殿の妻であった」 その言葉に猪市も黙って頷くのである。 「その関口殿が公金横領の上で吉原の遊女と駆け落ち同然に出奔したためにこの柴田の家に戻ったのであるが、その為にまだ関口殿より正式に離縁された訳ではない。まあそのような状況であるので事実上、離縁されたも同然と考えられるが、今度、ご貴殿とこの由香が婚儀を挙げるとなると、いろいろと煩くことを言ってくる者がいないかが気がかりでして」 その兵六の言葉を聞くと猪市はニコリと微笑んでから口を開いた。 「そのことなら、ご心配いりません。わたくしの方から関東惣禄検校様を通じてご公儀に由香殿との婚儀の許しをいただきましょう。それと関口家の親類筋にもそれとは別にわたくしの方からそれなりの挨拶をしておきましょう」 「勾当殿の方でそこまでしていただければ当方に拒む理由はござらん」 「それではわたくしの妻として由香殿をいただけるので」 猪市は喜色満面の表情をしながら言うと兵六も頷いて「はい、誠に不つつかな娘でござるがどうか宜しくねがいます」と言ってから改めて由香の方を身ながら言った。 「由香よ。それで良いな」 その父親の言葉に由香は姿勢を正していかにも武家の女らしくきっぱりとした口ぶりで「わたくしは父上の良いように致します」と言ったあとで改めて猪市の方を振り返りながら言った。 「武井様、宜しくお願い致します」 その間、多江はただただ呆然として押し黙って成り行きを見ているだけであった。 4、 先日と同じ女中に案内されながら、多江はまた例の待合茶屋・桐壺の廊下を歩いていた。 前と同じ部屋の襖の前で女中は立ち止まり、正座するとその襖の向こう側に声をかけた。 「お連れ様がお見えになりました」 襖の向こうから返事があり、頷いた女中は笑顔多江の方に向けながら「どうぞ。おは入りください」と言って襖を開けるのである。それに対して多江は黙って頷きながらその部屋に入るのである。その彼女の後ろでは「ごゆっくり」との女中の声とともに襖が閉められる音がした。 多江はそれまでやや俯かせていた顔をその部屋に入るなり、すぐに上げて正面を見据えた。 そこには目の前に置かれた茶を上手そうに飲んでいる勾当・武井猪市のニヤニヤ微小している姿があった。その姿を見た途端に多江は思わず声をあげた。 「猪市殿、いや勾当殿、貴方様と言うお方は、いったい何を考えておられるのです」 そのような言葉を吐く多江の唇は怒りの為にわなわなと震えていた。 「何を考えておると言われましてもなあ」 猪市はいかにも惚けた調子で言い、更に「わたくしももう三十台半ばの年になりました。ここらへんで身を固めようと思ったまでですよ」と言うのである。 「あなたと言うお方は、本当に由香を、娘をを妻にするなど、正気の沙汰ですか」 そのようにいきり立つ多江の姿を猪市は不思議そうに眺めながら口を開いた。 「わたくしが由香殿を妻に迎えるのに何か差し障りがございますかな。既にご公儀のお許しも得ましたし、関口家の親類筋等、各所へにはねんごろに挨拶もすませております。もはや、どこからもわたくしと由香殿との婚儀に意義をさしはさむ者などおりませんでしょう」 その猪市の言葉に多江は二の句がつかなかった。 確かに猪市の言う通り、柴田家・由香に対する求婚ののちに猪市は師匠である花岡徳市や関東惣禄検校を通じて、主に目付け方等の幕閣の要所に運動した。その結果、関口隼人と由香との婚儀は隼人が逐電した時点で事実上、離別されたも同様とみなされて、猪市と由香の婚儀の支障にはならないとの内諾を受けたのである。それに加えて猪市は関口家の親類筋や隼人の勤めていた勘定所の同僚等当にもそれなりに挨拶したので猪市の言う通り、もうどこからも猪市と由香との婚儀に意義を挟む者など確かにいないのである。 多江は猪市がこともあろうに猪市が娘の由香に求婚して依頼、散々に気をもんでいたが、事態はどんどん進んでいくので焦燥感に駆られていた。すぐに猪市と密かに会ってその真意を確かめずには置かれなかったが、ついにその機会が得られずに、今日に至ってしまったのである。 そのような多江の思いを知ってかしらずか、その当人はどこ吹く風とニヤニヤしているのである。 そのような多江の様子を察しながら、猪市は楽しそうに眺めながら口を開いた。 「フフフフフフフ、多江殿、いや御内儀殿にはわたくしと由香殿との婚儀にははなはだ不承知の様子ですな」 多江はその猪市の言葉を聞いてますます頭に血が上る思いになり思わず叫んだ。 「勾当殿、あなたと言う方はよくも抜けぬけと、そのようなことを」 「まあまあ御内儀、気を静められよ。そんなに由香殿とわたくしとの婚儀にご納得いただけないようですな。何故です」 「何故って、そんな、当たり前です。あなたが娘と婚儀など」 多江はそう言ったきり、怒りのためにもうあとの言葉が続かなかった。 そのようにいきり立つ多江の姿を眺めながら猪市はさも楽しそうに次のような言葉を言ったのである。 「ハハーン、判りました。多江殿、あな娘御に嫉妬していますね」 その猪市の言葉に多江は表情を強張らせて「嫉妬ですって、わたしが由香に嫉妬してると」と呟くのである。 「そうですよ。いくら与力の奥様とすましてもあんたも所詮は女だ。フフフフフフ、自分と情を通じた男が娘と婚儀を挙げるとの話を聞いて思わず、逆上したのでしょう」 「猪市殿、あなたと言う人は」 多江はそう言ったきり、もうあとの言葉が続かなかった。 そのような多江の姿を眺めながら薄笑いを浮かべながら次のようなことを言ったのである。 「フフフフフフ、わたくしが由香殿と婚儀を挙げても、多江殿、そなたが体の疼きを別に我慢する必要はないのですよ」 「何ですって、猪市殿、あなた、何が言いたいのです」 多江が怪訝な表情でそう尋ねると猪市はニヤリと微笑みながら言った。 「フフフフフフ、知れたこと。わたしが由香殿を妻に迎えても、多江殿、あなたとの肉の交わりをわたしの方から絶つつもりはありませんよ」 その猪市の言葉を聞いた途端に多江は顔を真っ赤にしながら叫んだ。 「猪市殿、そそなたはなんてことを言うのです」 多江はそう言ったきり絶句した。そしてその唇は怒りのためにわなと震えていた。 「ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ、多江殿、別にいまさら恥ずかしがることもあるまい」 「猪市殿、いや勾当殿、そなたと言う人はまさか母娘ともに情を通じるおつもりか、ああああ何とおぞましいまねを」 多江はそのように言うと自分の両耳を手で塞いで、その顔は嫌悪の表情であった。 しかし、それに対して猪市は平然と次のようなことを言うのであった。 「フフフフフフ左様、いわゆる親子丼と言う奴ですな」 「猪市殿、そなたと言う人は、恥知らずでかつ鬼畜にも等しい方ですね」 そのような多江が放った侮蔑の言葉にも猪市は平然としながら言った。 「アハハハハハハ、恥知らずはともかく、鬼畜はちと酷いですな。しかしですよ」 そこで猪市はいかにも告白そうな笑みを浮かべながら更に言葉を続けた。 そのようなわたくしと長年に渡って互いに肉を貪りあったのはどこのお方でしたかな」 その猪市の言葉に一瞬に表情を曇らせたがすぐに表情を引き締めながら次のように言った。 「猪市殿、武井勾当殿、貴方様と娘・由香との婚儀にはあくまでも反対いたします。それでは」 多江はそのように申し渡すように言うと猪市に背を向けてその部屋を出ようとした。 その多江の背後に猪市は声をかけた。 「どうしてもわたくしと由香殿との婚儀に反対されるおつもりかな」 「当たり前です。娘が、由香があなたの妻になって幸福になる訳がありません」 「フフフフフフフフ、今更、娘御とわたくしとの婚儀に反対するとして、どのような理由を述べるつもりですかな」 「そそれは」 多江はそう言ったきり、背を猪市に向けながら立ち止まった。 「ふふふふふ、まさか、わたくしとの仲を打ち明けるつもりではないでしょう」 「ウウウウウウウウ、それは」 とてもそのようなことを夫や息子、ことに娘の由香に言えることではない。猪市はその多江の心中を見透かしたように言った。 「フフフフフフ、とてもそのようなことは出来んでしょう。多江殿」 それからやおら立ち上がるとゆっくりと背を向けてつったっている多江の背中に両手を置いた。その瞬間、多江はぎっくっとした様子であるが別に抗いもしない様子である。猪市はそのような多江の耳に口を近づけて囁くように言った。 「もしも、よしんばそなたがわたしとの仲を打ち明けられたとしてもだな。わたしはそなたに誘惑されたと申し立てるぞ」 「そそんな無体な。そんな偽りを?」 「フフフフフフ多江殿、そなたが何と言おうと、わたしの方がそなたより七歳も年下ぞ。誰の目からみても女の盛りを過ぎたそなたがわたしを閨に誘ったと思うだろう」 その猪市の嘲りにも等しい言葉に唇を噛んで聞いていた。確かに何も知らない者ならばいま猪市が言うようなことを信じるかもしれないと思ったのである。 「それにだ。多江殿、そなたがわたしと由香殿との婚儀に反対して騒ぎを起こせば由香殿が傷つくことになるぞ」 「由香が傷つく? それは」 「ウフフフフ、由香殿がカドワカサレテから柴田家に戻るまでの間の由香殿やわたしの説明はかなりぼかしてある」 「ぼかしている?」 「そうじゃ、フフフフフフ、鬼与力と言われた兵六殿や見習い与力を勤める修理殿も所詮は男だから、あのようないい加減な話に納得された様子であるが、あの話のように由香殿はただただ深川の岡場所の女郎屋に押し込められてただけではないぞ。フフフフフフフ、女であり、母親でもあるそなたなら、既に薄々察しておったであろう」 確かにそれは猪市の言うように多江はそのまま由香の話をそのまま鵜呑みにした訳では無かったが、事の仔細を娘に問いただす勇気がなかったのである。 「しかし、娘は由香は操、貞操だけは穢されてはいないと」 不安を押し隠しながら、多江がそのように呟くと更に猪市は囁くように言った。 「フフフフフフフフ、確かに操だけは、正確には女の あ そ こ にほれ男のあれを受け入れたことは無かったようであるがの。フフフフフフ、それ以外の色々な手管で嬲りものになったらしいぞ」 「何ですって、そんな」 「良いかな。あのような女郎屋にはな、。つい昨日まで堅気の素人の女に客を取らせることが出来るように女郎としての鍛錬をすることを生業とする男がいるらしい。フフフフフフ、由香殿はカドワカサレタ一月の間にそのような男から女郎としての修行・鍛錬を散々に受けたらしいぞ。フフフフフフ、その修行・鍛錬なるものがどのようなものかおなごであるそなたには大体察しがつこう」 「もうもうそのような話を聞きたくはありません」 多江は首を左右に振りながら呻くように言ったが猪市は尚も囁くように言った。 「ほんとうのところを言うとですな。わたくしは由香殿を身請けしたのですよ」 「えええ、身請けですと?」 身請けとは男が遊郭・女郎屋の遊女・女郎等を金で事実上買い取ることである。 「でもあなたは由香が背負った借財を肩代わりしたと」 「結果的にはそうなりましたが、実態はわたしが由香殿を身請けした、つまり買い取ったのですよ」 「そんな」 「フフフフフフフフ、あのような場所にいるおなごを買い取った者は普通、買い取った女をどうするか。おわかりですかな」 「うううう」 「悪辣な奴だと、もっと高い値で他に売り飛ばすでしょう。フフフフフフ、由香殿はまあややとうがたっているが、あの美貌でしかも元は旗本の奥方だったお方だ。フフフフさぞかし多角売れるでしょうね」 「勾当殿、そなたと言う人は」 「まあ、そのように悪辣な奴でなくても、普通は身請けした女は慰み者、つまり妾にするでしょう。フフフフフそれをわたくしは正式に妻に迎えようと言うのですよ。フフフフフフ、少しは感謝してもらいたいですな」 そのような猪市の言葉を聞きながら、多江はもはや、この猪市と娘・由香との婚儀を阻止することはできないと感じ始めていた。そのためにがっくりとうな垂れてしまったのである。 「ヘヘヘヘヘヘヘヘヘ、多江殿、そんなにガックリすることはありませんよ。別にこれまでと代わることなど何もないのですから」 猪市はそのようなことを囁きながら背後から多江を抱きすくめるのであった。 「アアアアアア、何をなさるのです。猪市殿」 多江は言葉でこそ抗ったがその声も弱弱しかった。 「フフフフ、ここは待合茶屋ですぞ。何をなさるもない。このよな場所で男と女がすることは決まっておりますでしょう」 猪市はそのようなことを嘯きながら抱きすくめた多江の体を引きずり始めた。 「ウウウウウウウウ、猪市殿」 とても盲人とは思えない器用な動きを見せた猪市は多江の体を次の間まで引きずって行ったのである。そこにはいつものように寝床の支度がなされていたのは言うまでもない。 「ドッサ」と猪市は抱いていた多江の体を寝床の上に突き放しながらこう呟くのである。 「フフフフフフフフフ、今日は、わたしの方から、帯を解いてあげましょう」 そう言うやいなや、猪市は前述のようにとても盲人とは思えぬ器用な手つきで多江の帯を解き始めたのである。 そのためにたちまち多江は薄桃色の長襦袢姿にされてしまったのである。 それから猪市は多江の体を背後から再び抱きすくめながら、長襦袢の襟元から手を差し入れて乳房を触り始めたのである。 「ウウウ」 それから猪市は更に胸元を押し広げて左右の乳房を露して、そっと背後から両手で揉みはじめるのである。 その後、しばらくの間、猪市は背後から多江の左右の乳房を揉みしだきながら、口で首筋を陣割と舐めていたのであるが、やがて多江の耳元に次のような言葉を囁くのである。 「フフフフフフフフフフ、今日はいつもよりはやけに駄々をこねて手数をかけた上に散々とわたしに暴言をはかれましたね」 「ウウウウウウウウウ、暴言などと」 「ヘヘヘヘヘエッヘ、惚けてもだめですよ。恥知らずとか、鬼畜とかまあ言いいたい放題でしたね」 猪市はいかにも告白そうな調子でそのように嘯き奈良更に言葉を続けた。 「ですから、今日はそれに対するお仕置きをしないといけませんな」 「おおお仕置きですって」 その多江の問いに何も答えずに猪市は多江の着ている長襦袢の伊達巻に手をかけてやや強引に解き始めるのである。 「ああおやめください」 多江の抗いの言葉も空しくたちまち多江の上半身から長襦袢を剥がされてその素肌が露になったのである。多江は羞恥のために両手で左右の乳房を抱えるように蹲ったのである。 そのような多江の姿を横目で余り見えない目で眺めながら猪市はやがて布団の傍らに置いてある風呂敷包みを解き始めた。その様子を多江は恐る恐る見つめていた。 やがて、猪市はその風呂敷包みからあるものを取り出したがそれを見た多江はやや引きつった声で叫ぶように言った。 「い猪市殿、そそれは何ですか、なぜそ
2017/07/26 13:27:36(QFdVfj5B)
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