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1:売母⑤
投稿者:
阪神国道
◆BdvyHmCiVI
「…そういう訳で今回ね、木村さんからお話頂いてこうして鈴木さんとお会いする機会を設けさせてもらったんだけど。
いやぁ、でも大変でしたねぇ。心情、お察しします」 佐原は既におおよその事情は察しているらしく、顔に同情の色を浮かべていたが、直子はむしろ木村とこの男との繋がりの深さに不安を覚えた。 「でも鈴木さん本当、偉いなぁ。 息子さんがこさえた借金を自分の身体張って返す。 今時いませんよ、こんないいお母さん」 佐原は直子の緊張をほぐそうと冗談めかしてそう笑いかけたが、それに対し直子はぎこちなく愛想笑いを返しただけだった。 佐原は軽く咳払いし、コーヒーを一口飲むと再び親しげな笑顔に戻って語りだした。 「でも鈴木さん僕の所に来て正解。 お金が必要だからAVに出て稼ぎたいって女の子、実は結構多いんですよ。 その際、何が問題になるかというと、自分がAVに出た事が、家族や知人にバレないだろうか?って心配なんですね」 それは直子もずっと心配していた事柄だった。 しかし今は何を犠牲にしてでも和紀を救う事が先決だと思い、あえてそれについてはあまり考えないようにしていた。 「ここがネックになって出演を諦めちゃうって人がけっこう多いの。 でもうちはそういう心配、いりません。 なぜならうちはインターネットを通して限られたお客様にのみ有料で作品を配信してるからなんですね。 観るのは僕の作品を愛してくれている数少ない会員さんだけです。 何年もレンタルビデオ店などで不特定多数の人に自由に借りられるものじゃありません」 それがどれだけの規模のサイトなのか、出演者のプライバシーはどれぐらい守られるものなのか…? 疑問はまだ色々と残ったが、確かにレンタルビデオ店などに置かれる、いわゆる普通のAV作品などよりは多少なりとも知人に知られる危険が少ないだろうという事に間違いはなかった。 「それと撮影のギャラですけれども、僕の所は一回の撮影で大体30万から40万出します。 もちろん鈴木さんのようなお綺麗な方だからこそ、というのもありますが、普通、素人さんがAVに出演する場合のギャラなんて10万いけばいい方ですからね。 僕の演出に合わせて大人向けのお芝居何回かしてもらったらね、200万円の借金なんかすぐ返せちゃいますよ」 頼もしげな笑顔で佐原はそう言ったが、直子の顔からはまだ憂いの影が消えなかった。 「…あの、佐原さんと木村さんはどういったご関係でいらっしゃるんですか…?」 直子は恐る恐る、心に引っ掛かる疑問の一つを尋ねた。 想定外の質問に一瞬、きょとんとした顔をした佐原だったが、すぐ笑顔に戻り 「ええ、木村さんね。 僕のお仕事関係でよくお付き合いさせてもらってるんですがね。 今回みたいな形でね、お美しい撮影モデルの方を木村さんからは何度かご紹介頂いてるんですよ。 もちろん木村さんの本業は金融屋さんですからね、ご紹介いただく女優さんも今回の鈴木さんみたいに “借金返済のためにがんばって撮影する” って方が多いんだけど、うちはギャラがいいでしょ? だから元気ないのは最初だけ。 みなさんすぐに借りたお金完済して、元の安定した毎日を取り返してらっしゃいますよ。 木村さんも口は悪いけど、ああ見えて意外と悪い人じゃないんだ」 渇いた低い声で佐原が笑う。 佐原の親しげな態度やわざとらしいぐらいの猫撫で声などに、直子はむしろ決してこっちに本音を見せない油断のない性格を感じた。 しかし木村に指定されたこの方法以外、すぐに200万円という大金を稼ぐ手段は浮かばず、和紀の切羽詰まった状況を考えると、今はそれがたとえ表面的なものでしかないとしても、佐原のこの紳士的な態度にすがるしかない気持ちでもあった。 「わたし以外にも何度か木村さんからご紹介のあった方を撮影されているんですか。 お芝居、とおっしゃいましたが、撮影の内容はどういった形になるのでしょうか…?」 「ああそうね、これ忘れちゃいけない。撮影の内容ですけどね」 灰皿で煙草を消ながら思い出したように佐原がそう言うと、直子は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。 「僕はわざとらしいお芝居は好きじゃないんだ。 自然な流れの中での真に迫った演技を大切にしたいですから、僕の作品はいつもこれといった撮影内容は決めてないんですよ。 ただやっぱりアダルトビデオですからね、こちらで用意した男優さんとセックスはしてもらいます」 直子の唇がピクリと動く。 「ただ、セックスそのものよりもそこに至る“過程”に重点を置いて撮影しますので、あれこれ考えず男優さんと直子さんとのフィーリングのままに自然な演技して貰えればそれでオッケーです」 当然覚悟していた事ではあったが、佐原の口からはっきり「男優とセックスする」と聞かされると「アダルトビデオに出る」という実感がいよいよ現実味を持って迫り、直子は緊張で呼吸が苦しくなるのを感じた。 「…自然な流れ…ですか」 胸が落ち着くのを待ち直子がそう言うと、佐原は相変わらずの猫撫で声で答える。 「はい。自然な流れを大事にしますけど、もちろんあくまでお芝居ですからね。 それなりの演技力は必要になります。 中には過激な演出もあるんだけど、そこは演技と割り切って、ね。 僕の演出に従って役作りしてくれたら何も難しい事はないですからね。 」 (過激な演出…。) 直子の心に重い不安が立ち込める。 「他に何か質問ありますか?ざっと一応の説明はさせてもらいましたけど」 直子にはまだ分からない事が沢山ありすぎて、何が聞きたい事なのかすら分からない程だったが、直子が黙ったままでいるのを見ると佐原は今までのくだけた調子から一変、テーブルの上に手を組み真面目な表情で言った。 「じゃあ鈴木さん、僕のお話聞いてみてね、どうです? お金返すまでのあいだ、僕の事務所の専属女優として契約してくれる気になりましたか?」 「…この場でお返事差し上げた方がよろしいのでしょうか…?」 “撮影の内容がどんなものであろうとやるしかない”そう決意してこの場に臨んだはずの直子であったが、ここにきてまだ、撮影に対する怖さと不安が拭えなかった。 「いえいえ、そりゃ今ここですぐにお返事するというのは難しいですよねぇ。 二、三日ゆっくりと考えてみてください。 鈴木さんにとっても僕にとってもいいお話になると信じてますよ。 今日は僕の話聞いてくれてありがとうございました」 佐原は一貫して紳士的な笑顔のまま話を締め括り、財布を出す直子を押し止め二人分のコーヒーの勘定を済ませると二人は店を出た。 「では鈴木さん、いいお返事期待してますよ」 店の前で佐原と別れ、直子は重い足どりで帰路へと着いた。
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2010/04/13 17:43:21(uR/783Z5)
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