(ほう、歳の割にはまあまあいい女じゃねぇか。)

それが、木村が初対面の「鈴木の母親」に持った率直な感想だった。

木村健次、28歳。ホストあがりのこの男はこれまで夜の世界で得た幅広いコネを生かし、五年ほど前からこの新宿で金融業を営んでいる。
いわゆる「ヤミ金」だが、多重債務者、水商売の人間、それに和紀のような若いサラリーマンなど、正規の金融ではスムーズに借りにくい客層をターゲットにかなりの需要があり、木村の絶対的な回収率の高さもあって業績は好調だった。


「でね…奥さん、このままずーっとお金返して貰えないままだと、借金ってのは今よりどんどん増えていっちゃうわけ。
どっかでケリつけないとお互いマズイでしょ？

で、息子さんの借金、一体どうやって返してくれんの？」
木村は、左手のいくつもの指にはめている純銀製の指輪のずれを調節しながら上目遣いに直子に尋ねた。


この日直子は、朝一番に新幹線を席を手配し昼頃にはもう新宿に到着していた。

「…ええ。ですから、私もパートのお仕事を増やし、息子のお給料と合わせて毎日必ず…」

急なスケジュールと心労でやや疲れた表情で直子が言うと、
「だからそんなのじゃ間に合わねえって言ってんだろが！」

木村の怒号が響き、直子は思わず目をつむった。


「これ以上待てないからお母さんにわざわざ来てもらったんでしょ！？
こっちは鈴木が持ってった200万すぐに返してもらえる話が聞けると楽しみにしてわざわざ時間空けたんだよ。
…お母さんあんた自分の立場分かってんの？」


「……はい」

怒鳴られた事によるショックと、この男の吐く屈辱的な言葉に思わず直子の眼に涙が滲んだ。


「泣いてても金は返せないだろうがよ。
奥さんひょっとしてあんた、何の返済プランも持たずに東京までノコノコ出てきたの？」

木村に言われるまま一言も返さず、静かに涙を拭く直子。

「あーあ。息子が泥棒なら親もやっぱ泥棒なんだ」

そこに追い打ちをかけるように意地悪く木村がこう言うと、涙目の直子がキッと木村を睨んだ。

「おいババァ。何こっち睨んでんだよ。
人から借りた金返さないのは泥棒だろうがよ。違うのかよ」

木村は直子に暴言を吐き、直子の傷付く顔を見る事に嗜虐的な快感を感じ始めていた。
確かに、哀しい表情で恨めしげにこちらを睨みつける直子の眼には、男の嗜虐心を煽る怪しい魅力があった。


「和紀は泥棒じゃありません…！そちらにお借りした200万円は私がどんな事をしてでも必ず全額お返しします」

眼に悔しさを滲ませ、直子ははっきりと木村に言った。



(しかしこの女、かなりの上玉なんじゃねぇのか？)

涙を浮かべそう言い切った直子を尻目に木村は、直子の持つ怪しい色っぽさに心惹かれ、少しの間、一人考え込んだ。


「あのね奥さん、一応こっちでも貸した金を返してもらうアイディアを二つ提案できるのね。
一つは臓器売買ね。
肝臓と腎臓ね。これ売れば、200万返してお釣りがくるよ。
あくまで提案だからね、やるのは本人の意思よ」

煙草に火を付け、おもむろに木村が直子に提案した。

直子は下を向いたままぎゅっと唇をかみ締めた。

「ただしこの場合、売れるのは20代の息子さんの臓器のだけね。
あんたの臓器じゃ200万にもなんねぇからな」

覚悟を決めようと葛藤していた直子の心はまたも絶望に引き裂かれた。

「では、どうすればいいのでしょうか…」


少し落ち着きを取り戻した直子が尋ねる。


木村は内心、ほくそ笑んだ。

「どうしてもお母さん、あんたが息子の代わりに金返すってんなら、臓器売買じゃない方法になるんだけどよ、
アダルトビデオってあるでしょ？ＡＶね。
俺の知りあいにそのＡＶの監督さんがいて、その人に俺が口利いたら高いギャラで作品撮ってくれるから、あんた、それに出なさい」

「えっ！？」

思ってもいなかった木村の言葉に直子は驚いた。

「もちろんあんたに出る気があるんなら、だけどな。
でもぶっちゃけそうでもしなきゃお金返せないでしょ？
だから出なさい、って話だろ」

昨日の電話口と同じ強引な口調で木村は断定的にそう言った…。