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1:売母③
投稿者:
阪神国道
◆BdvyHmCiVI
話は過去に遡る。
事の発端は去年の暮れ、東京で働いている正樹の兄、和紀から掛かってきた一本の電話だった。 「はい、もしもし鈴木です。 あら和紀、久しぶりやない!」 「…あ……お母さん…? …うん…久しぶり。 …お父さんはもう帰ってきてるの?」 久々に掛かってきた長男からの電話に嬉しそうな声を出した直子だったが、和紀の声にどことなく元気がないのが気にかかった。 「まだ帰ってきてないのよ。もうそろそろ帰ってくる頃だと思うんやけどね。 どうしたの?なんか元気ないじゃない。風邪でもひいたの?ご飯はちゃんと食べてる? …何かお父さんに相談したい事でもあるの?」 心配そうな顔であれこれと問いかける直子の声を遮るように和紀が話した。 「いや、お母さんに話があって電話してん…」 「あたしに話…?」 直子は不吉な胸騒ぎを感じ、自分の胸に手を当てた。 要約すると和紀の話はこうだ。 東京での様々な誘惑に負け、金融業者から少額の借金を借りた。 それを重ねるうちにいつしか返済が追いつかなくなり、金融業者から矢のように返済を迫られるようになった。 まぁ、今の世の中よく聞く話ではある。 そして今日、金融業者から“この2、3日のうちに納得のできる返済計画が示されない場合、職場や親族などに連絡して、こちらで返済の筋道を立てざるを得ない“との通告を受けた、という事だった。 「どうしよう…。正直言って今の給料ではまだ、返すめどが立てられへんねん…。 それに…会社に連絡なんかされたら僕、クビやわ。 …」 まさか和紀が…。 直子は信じられない思いで立ちすくんだ。 和紀は真面目な性格で、教育に熱心な直子の期待にこれまで一度も背いた事はなかった。 母の願い通りに名門大学を現役で合格し、大手企業に就職した素直で優しい性格のこの息子を直子は溺愛していた。 「借金ってあなた…。それで借りてるお金の額は全部でいくらになるのよ」 気を取り直し直子が尋ねると、受話器の向こうからぼそっと 「………200万…」 消え入りそうな小さな声で和紀が答えた。 「200万? 200万円!? 和紀あなた、何に使うからって200万円も人から借りたのよ」 直子は予想をはるかに越えたあまりの額の大きさに思わず自分の耳を疑い問いただした。 「お母さんごめん…。僕が弱かってん…。 こんな事相談できるのお母さんしかいなかってん…」 落ち込んだ溜息混じりの声はいつしか弱々しい涙声になっていた。 自分の小遣いすら切り詰めて和紀を大学にやり、大手企業への就職を涙ながらに喜んでくれた父に、200万円の借金 の相談など出来るわけもなかった。 (…私が和紀を助けるしかない。) 母に救いを求める弱々しい我が子の嘆きを聞き、直子は覚悟を決めた。 「…わかった。 和紀、もう心配せんでええのよ。 お母さんが絶対何とかしてあげるから」 直子は自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、和紀がお金を借りている金融業者の名前と電話番号を聞き出し、弱々しく嘆く我が子を優しく元気づけて受話器を置いた。 「ピースローン、木村さん…」 直子は、いましがた和紀から聞き出した金融業者の名前を口の中で小さく繰り返した。 次の日、夫と息子を送り出した直子は、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせた後、さっそく昨夜和紀から聞いた「ピースローン」なる金融業者に電話を掛けた。 「もしもし、お電話ありがとうございます!」 電話が繋がるやいなや、元気のいい若い男らしき声が電話に出た。 「…あの、こちらピースローンさんでよろしかったでしょうか…?」 おそるおそる直子は尋ねた。 「……はい!そうでございますよ」 おそらく他にも店名があるのだろう。一瞬間を置いてから、男は愛想よく答えた。 「あの…、鈴木和紀の母でございますけど、こちらに木村様はいらっしゃいますでしょうか…?」 「で、どぉ~すんの!?」 直子が名乗ると同時に、受話器の向こうの元気のいい声が豹変し、間髪入れず横柄にこう尋ねてきたので、直子は一瞬、男の質問の意味を理解する事ができなかった。 「あ…、木村様ですか?わたくし…」 「鈴木のお母さんなんでしょ?だから、どうすんの?って聞いてんのよ」 直子の声に耳を貸す様子もなく一方的に高圧的な言葉を投げかけてくる男に思わず直子は怯んだ。 それよりも心が痛んだのは、この男が和紀の事をまるで犯罪者のように「鈴木」と呼び捨てにしている事だった。 「…そちらにお借りしているお金はちゃんとお返しいたします。そこで…」 「どうやって!」 直子の言葉が終わらないうちにまたも男は高圧的な声で言葉を挟んだ。 「そこでぜひ一度、木村様としっかり話し合いをする機会を設けていただきたいと思いまして」 男に言葉を遮られないよう、努めてしっかりした声で直子は言った。 「奥さんあんた関西に住んでるんでしょ?…じゃあ今日すぐにってのは無理だな…」 男は何事か思案するようにしばらく間を置くと 「じゃあ明日。 奥さんあなた明日午後三時にね、新宿の方まで出てきてよ。 出てきたらすぐこっちに電話ちょうだい。そこで話聞きましょ」 直子に拒否する権利は無い、と言わんばかりの強引な口調で男は話を決めてしまった。 「…わかりました。では明日、そちらにお伺いします。」 直子は受話器を置くと、その場に立ち尽くしたまま一つ大きく溜息をついた。 「お母さん、今日はどこか体調でも悪いん? なんかぼんやりしてるしさ」 いつもと違う母の様子に正樹が心配すると、直子は 「ううん、なんでもないんよ。ちょっと疲れが溜まってるのかな」 と努めて明るく振る舞った。 結局その夜、直子は一睡も出来ずまんじりともしないままその日の朝を迎えた。
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2010/04/06 23:59:02(RlKyex0N)
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