艶子は個人会社の嫁で、専業主婦とは行かず経理を担当している。
「内の人は呑気な人で、お金の事なんて何の心配もしてないの、私がどれだけ銀行に頭を下げてるか何も解ってないの」
艶子が愚痴る相手は取引先の担当者、水野だった。
聞き上手な水野は艶子の愚痴に軽く相槌を打ちながら軽く笑みを返す。
そんな水野の事を艶子は信用し切っていた。
そんなある日の支払日。
夕方遅くに水野は集金に訪れる。
「支払うお金が足りなく成っちゃったかも」
艶子は笑いながら水野に言う。
小切手で支払いを済ませた艶子は
「あ～今月もお金が足りないなぁ、どうやって生活しようか…」
半分本気みたいに言う。
出されたお茶を飲みながら、その日も水野は世間話と愚痴を聞いている。
「奥さんも偶にはリラックスしないと」
「そうよねぇ、と言っても趣味も無いし、それにお金も無いから、な～んも出来ない」
笑いながら艶子が言う。
「社長を当てにしても、あの社長じゃね」
水野も冗談で返す。
「そうよねぇ…って、おいコラコラ」
艶子は大袈裟な身振りで笑い返す。
「今度、社長に内緒で食事にでも行きますか」
そんな冗談半分の会話を交わしながら、水野は会社を出る。
それから、暫く日にちが経ち艶子から携帯に電話が入る。
「前に食事にでも行こうか、って言ってたでしょう、本当に食事に付き合って貰える？」
艶子の言葉。
電話でも解るくらい艶子の声が震えてる。
「私は何時でも構いませんよ、奥さんの都合の良い時に連絡下さい」
水野の言葉に艶子は、今日にでも…と言い出す。
水野は一品料理屋に予約を入れ、約束の時間に店に向かう、艶子も時間通りに店にやって来た。
普段とは見違える程に身だしなみを整えた艶子。
派手ではなく上品な姿の艶子。
個室に次々と運ばれる料理を美味しそうに口に運ぶ艶子。
少しのビールのせいか多少、顔を赤らめ、ほんのりとした色香さへ漂う艶子。
最後のデザートが運ばれた頃に艶子は
「今日は、ありがとう、凄く美味しかったし愉しい気分に成れたわ」
と言う。
「そうですか、それは良かった奥さんの満足そうな表情を拝見するだけで、私も良かったです」
「水野さんって優しいんですね、それに比べて主人なんかは」
艶子の声が急に暗くなる。
水野は少しでも艶子を明るくしようと
「ここを出たら近くにカラオケが有りますから、そこで大声で唄いますか」
と言う。
艶子は音痴だから…と笑いながら言い、でも今夜はストレスを発散したいから行きますか…と答える。
支払いを済ませ二人で店を出る、人通りは疎らだが帰りを急ぐ人々が行き過ぎる。
「うふっ…こうやって歩いてると何かデートしてるみたいね」
肩が触れ合う近さで並んで歩く艶子と水野。
時間は九時を少し過ぎた頃にカラオケ店に着く。
最初は照れながらも交互に唄い出し、やがてデュエットをする、艶子は水野に腕を組み身体を密着させながら唄う。
ビールは要らないとの事で二人でジュースで喉を潤す。
二人はピッタリと寄り添う形になり、いつしか艶子は水野の肩に頭を凭れさせる。
艶子の手が水野の腿に置かれる。
その手を水野が上から被せるように添えて来る。
暫くの沈黙の後
「帰りたくない気分…」
艶子が呟くように言う。
「そんな事言ったら駄目ですよ奥さん、私も男ですから」
「そうね…でも、こうして居ると何もかも忘れられそう」
重ねた艶子の手が返り水野の手に指を絡ませて来る。
「奥さん…」
「お願い、もう少し、このまま夢を見させて」
絡めた手が、まるで愛撫をするように妖しげに蠢く。
艶子の頬が水野の頬に触れる。
水野が艶子を見れば唇が触れ合う距離。
少しだけ水野は艶子の方に顔を向ける、それを追うように艶子の顔が更に迫って来る。
「奥さん…」
呟くように言うと自然に唇が重なり合う。
無言で唇を重ね合わせる。
唇を開き悩ましい舌を蠢き始めさせたのは艶子の方からだった。
やがて水野は艶子を強く抱き寄せ、激しく唇を求め合う。
「奥さん…良いのですか？」
水野の言葉に艶子は頷き、自ら唇を押し付けて来る。
カラオケ店を出た水野は艶子の腰に手を回し歓楽街の隅に有るホテルに入る。

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