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1:後悔6
投稿者:
まさ
◆72/S7cCopg
遠くから眺めているだけだと、みるみる綺麗になっていく外見ばかり目に
ついて、手の届かない存在になっていくように思ったが、話してみると、朝 香は朝香のままで、内面の変わっていないことに健介は安心した。同じクラ スとなれば、話しかけてもさほど不自然でないので、健介はそれまでと比べ れば断然よく声をかけた。朝香のほうもよく彼に話しかけた。健介は、お隣 さん同士だった頃のことが思い出されるようで、大いに幸福を感じた。 直人とも、一、二年生のときと変わらず仲良くした。会話は、健介、直 人、朝香の三人ですることもよくあった。しかし、朝香との付き合いが長い だけ、健介のほうが朝香の話しに合わせるのが巧く、直人は二人の会話を聞 いているだけのことが多かった。あるとき直人は、 「お前らは本当に仲良いな」 と茶化すような口調で二人に言った。健介は恥ずかしがる振りをしなが ら、そういう風に見られているのが嬉しくってたまらず、脂下がった。朝香 を見ると、返事に窮するというような表情をしていたが、満更でもなさそう なのがまた嬉しかった。 健介は、いつ想いを打ち明けようか、真剣に考えた。勝負するなら今年度 中しかあるまいと考えた。夏頃に部活動は引退することになるから、その後 のほうがいいか、しかしその後は進路のことで忙しくなる、いやそれを言い 出したら結局最後まで機会がないことになる、とはいえ、部活動には熱心な 彼女のことだから、それは引退した後のほうがいいだろう。そんな風に考え て、ひとまず、夏頃までは様子を伺いつつ待つことにした。それまでの間 に、思いがけず機会が巡ってくれば、そのときに言ってしまっていいと思っ たが、残念ながらその機会は訪れず、夏になった。 引退が近いのは、健介とて同じであった。それから直人も。ある日健介 は、部活動を終えて、自転車に乗って帰ろうとすると、偶然、駐輪場で直人 に会った。 「おう。淺川も今帰りか」 「そうだ。途中まで一緒に行こうか」 直人は頷き、二人は並んで校門を出た。自転車を扱ぎながら、話をした。 「今年のラグビー部はどうだ? いいところまで行けそうか?」 「いや、所詮公立校だからな。三回戦くらいまで行ければいいって感じだ な。そっちはどうよ」 「似たようなもんだな。地区大会で金賞とって、都大会に出られれあ上出来 さ」 そんな会話をしながら、二人はきこきこ自転車を扱いだ。蝉がしゃわしゃ わと煩かった。二人とも上はYシャツ一枚だったが、びっしょり汗をかい て、背中に張り付いていた。 「こう蝉がうるさいと、余計に暑苦しいな」 と健介は言った。直人は返事をしなかった。見ると、真っ直ぐ前だけを見 ていた。何か考え事をしているようであった。すると突然、はっとして、 「え? ああ! うん。そうだな」 と言った。そうしてすぐまた、考え事をしだした。健介がいぶかしく思っ て、 「どうした?」 と訊いても、いや、とか、うん、とか生返事をするだけで、要領を得なか った。健介は無理に追及するのも悪いと思って、話したくなるのを待つこと にした。 もうすぐで別れるところに着くという辺りで、直人はぼそりと話し出し た。 「浅川。お前は、小嶋さんのことを好きなのか?」 直人らしく、率直な質問であった。健介は慄然とした。直人がそれまでに 何を考え、これから何を言わんとしているのか、大方予想がついてしまった のである。だから、好きだと言わねばならないと思った。しかし、同時に、 相手は大事な、失うべきでない友人であるということを思い出してしまっ た。そうして、どう返事をするか考えている時間はなかった。 「いや」 人生最大の失敗と言ってよかった。直人は、隙を見せたところにすかさず 次の太刀を振り下ろした。 「俺は好きだ」 あれだけやかましく鳴きまくっていた蝉が、一斉に鳴き止んだ。健介の耳 に届かなくなったのである。 「小嶋さんのことが好きなんだ」 健介の心は、寂しい諦めの感情が支配しだした。直人は言葉を続けた。 「協力してくれ」 「協力」 「いや、と言うか、最近、一人でそのことに悩んで、苦しかったものだか ら、誰かに打ち明けたくって、お前なら信用できると思って。協力と言う か、応援してくれれば、それで」 直人らしくもなく、やたらに照れながら、最も残酷な言葉を健介に言っ た。健介は、憎悪に似た感情を覚えながら、それでも親友を思いやりたい一 心で、微笑して、 「わかった」 と応えた。 「ありがとう!」 直人は意外なほど喜んだ。その様子がまた、健介には憎らしかった。 「それじゃ、また明日」 いつの間にか、別れることころまで来ていた。健介は行こうとする直人 に、軽く手を挙げて応えた。 本当に大切なものは、失ったときに初めて気付く、とよく言われる。その 言葉は真実らしく思われる。健介は、このときになって初めて、朝香に対し て自分が抱いていた感情は、紛れもなく、恋だったのだと確信した。今ま で、幼馴染である彼女を、そのことだけで、我が物のように思っていたのだ と気付いた。しかし遅すぎた。自分が愚図であったために、人に先を越され てしまう。健介は、これでいいのだ、自分がいけなかったのだ、これでいい のだ、と心の内で何度も何度も繰り返した。しかしどうしても、自らのした 返答を後悔せずにいられなかった。
2006/12/01 22:33:46(Qm70L0fw)
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