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1:後悔9
投稿者:
まさ
◆72/S7cCopg
健介が目を覚ましたときには、とうに夜が明けていた。カーテンの隙間か
ら朝日が射し込んでいた。その眩しさから、晴天であると知れた。清清しい 朝のはずであったが、それとは対照的に、健介の頭の中は濁り、混沌として いた。のみならず、体全体がけだるく、起き上がることすら大儀であった。 前夜の記憶も曖昧なところがあった。健介は、鈍くなっている頭を必死に働 かせて、昨日のことを思い出した。 昨日の朝、健介は待ち合わせ場所の聖蹟桜ヶ丘駅に行った。駅前で待って いると、直人が車で迎えに来た。 「おはよう」 はじめにそう言ったのは、助手席から顔を出した朝香であった。健介を見 るなり笑顔を弾けさせた。綺麗に化粧をして、いつもより幾層倍美しい顔を していた。後部座席には、高校生のときの友人の、AとBが乗っていた。二 人とも男である。朝香は紅一点であった。五人乗りの車で、健介は必然的 に、AとBと共に、後部座席に座った。 出発した。国立府中インターチェンジから中央自動車道に乗り、八王子、 甲府方面へ向かった。直人は大学合格を決めるや否や、高等学校在学中に 早々運転免許を取得し、その後は親の車ではあるがしばしば運転していたの で、すでに慣れているようであった。健介は、教習所を出て以来、自動車の 運転をしていなかった。自らはもちろん、母も車を持っていなかったし、買 うための金もなかった。免許は、ほとんど仕事に就きやすいようにするため に取ったようなものであった。慣れた手つきでハンドルを操作する直人に、 健介は畏敬の念を感じたが、それは僻みにも似ていた。今もそうしているよ うに、助手席に朝香を乗せて、色々なところに出かけているのだろうなと、 羨ましく思った。 盆の時期は避けたものの、道はそこそこ渋滞した。途中、小腹が空いた と、全員の意見が一致したので、軽く食事をしようと談合坂パーキングエリ アに入ったが、ざっと見る限り駐車できるスペースがなくて、諦めて通り過 ぎた。次の初狩パーキングエリアも混雑ぶりは変わらなかったが、運良く一 台分の空きがあったので、そこに停め、エリア内の立ち食い蕎麦屋で昼食を 摂った。 立ち食い蕎麦屋というのは、どこも大抵食券を購入することになってい る。健介は肉そばのボタンを押した。それを横で見ていた朝香が、 「健くんは肉そば?」 と話しかけた。 「うん。小嶋は?」 「私はねえ」 と言ってから、券売機の文字を見ながら少し考え、 「山菜そばにしよう」 と言ってボタンを押した。 「山菜そば、美味しいよね」 健介は、肉そばを選びはしたが、山菜そばも好きだから、そう愛想を言っ た。朝香は笑った。 肉そばを貪り食いながら、ちらと朝香の横顔を見た。長い髪が下に垂れな いようにしている仕草が女らしくて、可愛いと健介は思った。朝香は、上品 にそばを口の中へ滑り込ませていた。人の食べているものというのは、何と なく自分のものより美味しそうに見えて、食べたくなるものである。健介 も、目の前に自分の頼んだ肉そばがあるのにも関わらず、山菜そばが食べた くなった。が、この場合、山菜そばが食べたいのか、朝香が食べているもの が食べたいのか、健介自身にも判然としなかった。 食事を済ませ、車の中で飲むためのジュースや茶を買い、再出発した。道 は、大月を過ぎた辺りからは概ね順調であった。長坂インターチェンジで降 りた。そこはもう山梨県である。はじめからわかってはいたが、緑の多さ、 建物の少なさなどに彼らは感嘆した。いたるところに畑があり、時々農作業 車とすれ違った。畑といえば、家庭菜園くらいのものしか周囲にないような ところに普段住んでいるので、それらの風景がみな珍しく感じられた。直人 はナビを注視しながら車を走らせた。インターから離れると、ますます田舎 ぶりが顕著になっていった。道の両側がほとんど森林ばかりになって、人里 から離れていった。いよいよ山の中に入っていくと、目的地のキャンプ場に 辿り着いた。 キャンプ場には貸し別荘がいくつも建てられていて、それぞれにバーベキ ューができるよう装置が備えてある。別荘は木造の小住宅、いわゆるバンガ ローというやつで、バルコニーから中へ入ると、まず居間があって、左右に 一つずつ部屋がある。居間は台所とくっついている。はしごを降ろすと、居 間からロフトへ上がっていける。外は一面緑に包まれていて、空気がとても 澄んでいる。小川のせせらぎが聞こえる。 一同は車から下りると、ほとんど無意識に近く、深呼吸をした。都会の排 気ガスだらけの濁った空気とはまるで違う、綺麗な美味しい空気を胸いっぱ いに取り込むと、体の隅々まで洗浄されるような心持ちがした。別荘に入り ひとまず荷物を置き、それからの予定を大まかに決めた。まず周辺の森の中 を散策などして遊び、日が暮れる前に一旦町に行って、バーベキューをする ための食材と酒を買い、戻ったらバーベキューをして、その後近くの温泉に 行ってさっぱりして、再び戻ったら好きなだけ酒を飲みながら語り合う、と いう具合である。 まずは森林の中をゆっくりと散歩した。二十歳になる男女が、童心に返っ て、珍しい花や虫を発見する度に、いちいち驚いて、じっくり観察したりし た。健介はそういった自然、動植物を見たり触れたりするのが好きなので、 しんから楽しんだ。が、その一方で、朝香を観察することも忘れていなかっ た。朝香は、始終直人の側にいた。全く直人の彼女らしい態度であった。健 介はとうに朝香を自分のものにすることを諦めているから、以前のように不 快を感じはしなかったが、それでもやはり、ぼんやりとながら、羨ましさを 感じずにはいられなかった。朝香と直人が二人になりがちなので、健介は自 然と、AとBと三人で散歩するような形になった。男というのは幾つになっ ても幼稚なもので、三人は馬鹿馬鹿しい冗談を言い合いながら、やたらとは しゃいだ。 五時頃に、五人は一旦キャンプ場を出て、買い物に行った。来る途中、イ ンターチェンジの近くで大きなスーパーマーケットがあるのを確認していた ので、そこへ行った。肉、野菜、酒を買った。バーベキューははじめからす る予定だったので、調味料や米や味噌などは持参していた。 買い物を済ませてキャンプ場へ戻った。朝香はさっそく野菜を刻み始め た。実家暮らしだが、自分で料理することはよくあるらしく、上手に包丁を 扱っていた。男どもは火熾しをした。木炭を軽く積み重ねて、着火剤に火を 点けて放り込み、あとは交代しながら団扇で扇いだ。程なくして火は熾き た。ちょうどその頃に朝香も野菜を刻み終えた。 バーベキューを始めた。熱くなった鉄板と網に肉をのせると、じゅうじゅ う音を立てて勢いよく焼けた。煙が昇り、食欲をそそられる香ばしい匂いが した。腹を空かせていた彼らは次々に焼けた肉を口の中へ放り込んでいっ た。野菜も適宜焼いた、さんまも買ってあったので、直人がそれも焼こう と、パックを手に取った。すると彼は、 「あれ? はらわたとってないのか」 と言って朝香を見た。 「うん。とったほうがよかった?」 と朝香は言い返した。 「当たり前だろ。とってきてくれよ」 直人はそう言ってさんまの入ったパックを朝香の前に差し出した。朝香は 眉を曲げ、不満そうな顔をしつつも、 「はいはい」 と言ってそれを受け取り、別荘の中へ行った。 女性らしく、上手に野菜を刻む朝香を見て、何となく嬉しい気持ちになっ ていた健介は、魚も扱えるのかと、さらに感心した。同時に、直人に対し て、何もそんな命令的に言わないでもよさそうなものだと言いたい気を起こ した。それは結局言わずにしまったが、亭主染みた態度をする直人が、羨ま しいような憎いような気がした。また、それに従う朝香が、やけに健気に見 えた。 しばらくして、朝香は丁寧にさんまのはらわたを除いて戻ってきた。直人 がそれを焼き、皆して突いて食べた。皆揃って、美味しいと言った。健介 は、食事を始めた後で、余分とも言える仕事を命ぜられた朝香のことが気の 毒で、ねぎらってやりたく、皆と同様、美味しいと言った後に、 「小嶋がはらわたとってくれたからな」 と言い添えた。それを聞いた朝香は、 「ありがとう」 と言って笑ったので、健介は満足した。
2006/12/11 20:18:04(kaguioiP)
投稿者:
(無名)
お前はパアか?青春の傷痕は流行らない でももっと捻れば純文学でいけるかもな
06/12/11 22:32
(o2deH4By)
投稿者:
匿名☆
久々見たら9まで作ってたんですね。これからどうなるんですか?すごく気になります。10も楽しみにしてますね☆
06/12/11 22:34
(oS46zQ9w)
投稿者:
かつ
◆EzPkwPyadc
お疲れです!健介の心もより複雑になってきましたね?違うと叱られかも知れませが、自分も想いばかり募り勇気が出せない人間だったのでこれからの展開が気になります。 大変だと思いますが、これからも宜しくお願いします
06/12/11 22:52
(jN4ZzY.i)
投稿者:
(無名)
◆KnFHojOWaA
いよいよか
06/12/12 00:53
(IS8SNoPQ)
投稿者:
(無名)
毎回、更新を楽しみにしています。とてもいい作品で、引き込まれます。
06/12/12 02:35
(xVUUq.SW)
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