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1:後悔2
投稿者:
まさ
◆72/S7cCopg
隣に住んでいるのだから、当然、同じ小学校へ通った。その頃からすで
に、朝香は才媛と呼ぶに相応しい資質の片鱗を見せ始めていた。かけっこを すれば、学年中の誰よりも速かった。小学生の頃というのは、俊足の持ち主 がとかく人気者になりがちなものである。朝香も例に漏れず、そうして美少 女と言って差し支えない容貌も相まって、クラスのヒロイン、アイドル、マ ドンナというような存在であった。セミロングの髪をさらさらとなびかせな がら疾走する彼女の姿は、子供ながら美麗であった。健介にとって残念なこ とには、小学生の時は一度も同じクラスになれなかった。しかし、別のクラ スでも彼女の人気の高いことはなんとなく知れた。それで健介は朝香と同級 の男子全員に嫉妬を感じた。学校にいる間、同じ教室に居られる彼らの境遇 が羨ましかった。はじめは、休み時間になるとよく朝香に会いに行った。朝 香はいつも同級の男女と楽しげに話をしたり遊んだりしていた。けれども彼 女は、健介を発見すると、笑顔を一層膨らませて、他の友人らと何かしてい るにも関わらず、 「健くん」 と言って彼を迎えた。健介はそれが嬉しかった。優越感、という言葉は知 らなかったけれども、それを感じずにはいられなかった。 学校内では、だんだん、二人の距離は離れていった。健介は健介で、新し い友達がクラス内にできたし、同じ教室に朝香がいないのにも慣れていっ た。朝香のところへ通う頻度は減っていき、やがてほとんどなくなった。そ れでも、廊下などですれ違うときは、 「おう。朝ちゃん」 「おう。健くん」 と子供らしい快活さで挨拶をした。それに、家に戻れば仲の良いお隣さん 同士であることは変わらなかった。休日に、お互いに予定が無ければ、 「ああそぼうっ」 と言って誘った。健介から言うことも、朝香から言うこともあった。健介 はそういう、学校の者は知らない自分だけの朝香との時間のあることが嬉し かった。けれども、そういう時間もやはりだんだん少なくなっていった。無 論健介はそれを残念に思ったが、思いつつも、つい男友達の方へ足が向きが ちであった。十歳を過ぎる頃には、男と女というものの違いを意識しつつあ ったので、女の子と遊ぶことに恥ずかしさを覚えていた。朝香もそのような のか、同様に、彼女から声をかけることは少なくなっていった。 十二歳の時、不幸が起きた。健介の両親が離婚したのである。原因は父親 のギャンブル癖による借金であった。ほぼ全面的に、父が悪いのだから、そ れについていくわけにはいかず、健介は母と共に家を出ることになった。と 言っても、遠くへは行かなかった。母は仕事を変えたがらなかったし、健介 の友達付き合い等、生活環境も考慮して、同学区内のマンションの一室に住 むことになった。それでも、それまで隣に住んでいた朝香と離れてしまうの は痛嘆なことであった。 引越し先の住所と、引越しの日が確定してから、健介は朝香にそのことを 伝えた。 「うそっ」 存外、朝香は大きな反応を示した。その頃にはもう、ほとんど遊ぶことは なくなっていたから、自分にはさほど興味を持っていないのではないかと思 っていただけに、その反応は健介を喜ばせた。朝香は表情を曇らせたけれど も、健介の心はむしろ晴れた。それに、 「でも、そんなに遠くじゃないんだ。学校も今までと変わらないよ」 という言葉を用意していたのも、健介の心を愉快にさせた要因の一つであ った。朝香はそれを聞いて、安堵の表情を浮かべた。 「ああ。なんだあ。よかったあ。でも、寂しくなるなあ」 思えば、朝香と会話をしたのも随分久し振りのことであった。にも関わら ず、朝香の態度や言動には白々しさや余所余所しさが少しも感じられなく て、健介は、そういう彼女の屈託のなさが好きだと思った。 「それをわざわざ言いに来てくれたの?」 不意に朝香が言った。健介は、その問いの中に朝香の自分に対する慕情み たようなものが含まれているように思えて、また、それに答えることは自分 の朝香に対する想いを自白するのと同じことだという気がして、照れ臭く、 「うん。まあ」 と言葉を濁しながら答えた。朝香は笑って、 「ありがとう」 と言った。 だいたい話し終わって、もうすぐ出る予定の我が家へ戻ろうとすると、朝 香は健介の背中に声をかけた。 「引越しの日は手伝いに行くね」 「え。いいよ、いいよ。悪いよ」 「ううん。行く。きっと行く」 朝香は微笑みながら強情を張った。健介はそれ以上反対する気にもなれ ず、うんとだけ言って、帰った。朝香の言葉は、ことごとく、健介の気分を 良くさせた。 引越しの日の当日、朝香はなかなか来なかった。もとより、朝香の手を煩 わすほどのことではなかったけれども、健介は彼女の来るのが待ち遠しかっ た。これが済んでしまえばお隣さんではなくなってしまうのだ。そう思う と、何としても会いたかった。行くと言っていたからきっと来るだろうと思 っていて、なかなか来ないから、じれったくなった。不安をさえ感じた。 朝香が来たのは、概ね荷物が片付いた頃であった。彼女は、庭を仕切って ある柵を乗り越えて、縁側から顔を見せた。 「健くん」 「あ。朝ちゃん」 まだかなあ。まだかなあ。と思っていた健介の心の不安は一気にすっとん だ。もう、手伝うべきことは何も残っていなかったが、そんなことはどうで もよかった。 「遅くなっちゃってごめんね。お母さんが、行ったって邪魔になるだけなん だから、よしなさいって、言って」 「謝らなくていいよ」 「なにもお手伝いできなくって」 「そんなこといいよ」 「行くって言ったの、私だから、来たの。ごめんね」 「うん。ありがとう」 ちょうど正午くらいであった。明るい日差しの中に、本当にすまなそうに している朝香の顔がよく見えた。健介は、朝香の心が少しでも軽くなればと 思って、出来る限り良い表情を見せてやろうと努めた。それは、健介の心か らして弾んでいたのだから、至極容易であった。自然と笑みが漏れた。朝香 はそれに安心したらしく、かなり下に落としていた眉毛を次第に持ち上げて いった。 「もう行っちゃうの?」 「うん。ほとんど終わったから、もうそろそろ」 「そっか。そしたら、ほとんど学校でしか会えなくなっちゃうね」 「なに。近いもの。会おうと思えば、いつでも」 「そうだね。また遊びに来てね」 「うん。朝ちゃんもね」 荷物はほとんど引っ越し屋のトラックで運んだ。健介は母と自転車で新居 へ行った。新しい住まいとなる、マンションのその部屋は、それまでの一軒 家とは比べ物にならないほど狭かった。母と子が二人で暮らすには十分であ ったが、その家の格の下がりようは子供の健介にも大きな失望を与えた。 「これあちょっと呼べないよなあ」 と思った。
2006/11/22 22:16:28(uCEyNOVC)
投稿者:
朝香
まぁ君好き
06/11/23 00:57
(dd0ctfqr)
投稿者:
匿名
好きですね、こぅいぅの。続きの予定はあるのかな?早く見たいです
06/11/23 11:22
(aspES5HO)
投稿者:
(無名)
◆KnFHojOWaA
まっとる
06/11/23 16:19
(f6Cd0Bgj)
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