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1:気の弱い男
投稿者:
ま
二人とも、若くて健康である。男は正輝、女は郁美という。愛し合ってい
る。 正輝には重大な欠点があった。他に類を見ないほど、臆病なのである。郁 美に対してさえも、やたらと気を遣い、顔色を伺い、デートの行き先を決め るときなど、自分の意見を言って、嫌と言われるのが恐ろしく、自分で決め たことがない。郁美は当初、それを、優しさだと判断していたが、しばらく 交際を続けていると、どうやら違うと思われてきて、しかも、なにをするに しても自分で決定しなければならず、交際することに疲れを感じてきてしま った。だから、もう少し気の強い男に、心が動いてしまったとしても、責め るべきでないのかも知れない。 正輝は、臆病なくせに、性欲は強かった。しばしば郁美の体を触りたが り、そうすることが楽しみであった。郁美もそれには応じた。 まず、服の上から胸を揉み、股間をまさぐる。そうしている間に唇と唇を 重ね、舌を絡ませる。そうして正輝は、郁美に気を遣い、顔色を伺いなが ら、少しずつ服を脱がせていく。胸が露になったところで、そこに舌を這わ せる。そうしながら、指は股間を刺激している。最初はパンツの上から、染 みができるくらいのところで、中に手を入れ、直接撫で回す。郁美はクリト リスを触られるのが好きで、そうされると、声を挙げた。 始終びくびくおどおどしているのには閉口であったが、郁美は、確かに感 じていた。気持ち良い、と思っていた。しっかり濡れた。やや気を遣いすぎ ている感はあったが、そうしていたわってくれることは、嬉しいことだと思 っていた。 しかし、いよいよ挿入の段になると、郁美はこれを拒んだ。正輝は何度も 求めたが、いつも同じことであった。恐る恐る理由を尋ねると、痛いのが怖 い、このとしでもうそんなことをするのが怖い、と言った。正輝はいつも残 念でならなかったが、気の弱さゆえ、そう言われてしまってはそれ以上求め ることはできなかった。手でならいいと言うので、郁美の細い手で、指で、 自分の行き場を失ったものをしごいてもらって、欺瞞ではあったが、自分自 身を満足させていた。また、もう少し大人になれば、いずれ、してもいいと いう気持ちになるだろう、と思っていた。 郁美が、セックスを拒む理由は別にあった。二人は、お互い、初めての彼 氏、初めての彼女であったので、当然、童貞と処女のはずであった。しか し、郁美のほうは、すでに処女でなかったのである。 先に述べたように、郁美は、正輝との交際にやや疲れを感じていた。無意 識に、自分を引っ張って行ってくれる人を求めた。そうして、正輝とは別の 男と、談話をしたり、食事をしたりしているうちに、その男に憧れを抱い た。正輝とは正反対の性質の男であった。名は、隼人といった。隼人の方 も、郁美に好意を抱いた。 学校にいる間は隼人と付き合い、そうでないときは正輝と付き合うように なった。郁美は悩んだ。正輝とは別れるべきだと思ったが、それを考える と、正輝にも良いところがあると思われてきて、また、自分をあれだけ思い やってくれるのは正輝だけだ、と思うと、別れるのが惜しくなった。かとい って、隼人と別れることを考えても、自分に新しい刺激を次々と与えてくれ る隼人との付き合いは捨てがたく、結局、ばれていないことを良いことに、 態度をはっきりさせなかった。 そうこうしているうちに、郁美は隼人に処女を捧げた。強引、というほど でもなかったが、隼人のペースに乗せられて、セックスが怖いのは、嘘では なかったのだけれど、気持ちが緩んで、してしまった。はじめは、想像通 り、痛かった。 隼人の行為は、正輝に比べると、乱暴に感じられたが、それは正輝と比べ るからであって、一般的に乱暴というほどでもなかった。郁美は、新たな快 感を覚えた。正輝の行為は、のろのろしていて、パターンが少なく、それで もまあ、感じていたものの、隼人の、手を変え品を変え、様々な手口で感じ させられるのを覚えてしまっては、いささか物足りないものに感じるのは仕 方のないことであった。 そうして郁美は処女を失った。正輝はそれを知らず、処女だと信じてい た。郁美は、正輝とセックスをしたら、それが知られてしまうので、いつも 拒んでいた。 郁美は常に自分を極悪人だと卑下していたが、その関係を断ち切ることは できなかった。思い返すと、正輝はこれまでさんざん自分に優しく、これか らもそうであろうし、なにより自分をしんから愛してくれているのが、わか りすぎるくらいわかっていたからである。かといって、隼人が自分に与えて くれる快楽は…という具合に、考えは堂々巡りを繰り返し、解決の糸口を見 出せないままであった。 思いもよらぬところから、もっとも凄惨なかたちで、事態は変化した。正 輝の、無神経な友人が、郁美の浮気を告げてしまったのである。 「後藤と別れたんだって?」 後藤とは、郁美の苗字である。正輝は、身に覚えのないことを言われて当 惑し、 「別れてない」 とだけ言うと、友人はいぶかしげな顔をして、 「だってあいつ、今、同じ学校のやつと付き合ってるって」 そこまで口を滑らせて、ようやくその友人はしまったと気付いたが、遅す ぎた。正輝は血相を変えて友人を問いただし、その事実を認めさせた。その ときの表情は、正輝を知る者が誰も見たこともないほど強張っていた。 すぐに郁美にも言った。郁美は、どうにかはぐらかそうとしたが、それも できなさそうなので、観念し、打ち明けた。 気の弱い人間が、何かの拍子に我を失ってしまうと、それはもう、信じら れぬくらいに烈しい性格に豹変してしまうものらしい。正輝は、全く別人の ように郁美を問い詰め、ことごとくを吐かせた。真実は、正輝の想像以上に 惨たらしかった。肉体関係をまで結んでいるとは思っていなかったのであ る。 郁美は、目に涙をため、つい、 「退屈だったから」 とこぼしてしまった。これが、いけなかった。正輝は、完全に、正気でな くなった。 気付いたときには郁美は倒れていた。血がたくさん流れていた。正輝はし っかり握り締めていた包丁を取り落とし、呆然としながら外に出た。 ふらふら歩いていると、だんだん意識がはっきりしてきて、思考ができる ようになった。そうして、とてつもない後悔の念に襲われた。 愛する人を殺してしまった後悔は、比類なきものであった。退屈、という 郁美が泣きながらもらした言葉を思い出し、自分がいけなかったのだと思っ た。正輝は、自分が臆病なために、かえって郁美に気を遣わせていると、自 覚していたのである。けれども、それも臆病なために、どうにもできなかっ た。生き返ってくれたら、と思った。時間が戻れば、と思った。そうすれ ば、もう、退屈はさせまい、自分はもう全てわかったのだ、やり直したい、 いや、今更やり直そうなどと、虫のいい話だ。せめて、せめて、今までの全 てのことを謝って、ちゃんとお別れをしたい。でも、それはどうしても叶わ ない。死んでしまったのだ。自分が刺して殺してしまったのだ。奇跡が起き たって、もう全ては終わったことだ。そう考えながら、どこに行くでもな く、ただ歩いていた。 やがて、自分が、殺人という犯罪を犯したことに気付いた。すると、元 来、臆病な男である。周りの人間全てが、自分を捕まえようとするのではな いかという気がして、息が詰まった。 後悔と、不安から逃れる術は、死ぬことであった。殺してしまった郁美へ の償いだとも考えた。 高いところから飛び降りて、正輝は死んだ。 その頃、正輝の電話に、留守番電話のメッセージが入っていた。 「おい!今どこでなにしてるんだよ!お前の彼女が、誰かに刺されて、重体 だってよ!幸い命に別状はないらしいが、とにかく行けよ!入院先は…」 ああ、もう、滅茶苦茶。つまらん話だ。
2005/12/11 15:51:40(Uy2tce.F)
投稿者:
ちー
いいんでない?
俺は正輝の気持ち分かるぜ。そんな感じだよ。
05/12/14 05:46
(BHsCB9WH)
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